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2016年6月

2016年6月30日 (木)

歴史・履歴への許可証

歴史・履歴への許可証

昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー


夢はでっかく、根はふかく。
花を支える枝 枝を支える幹 
幹を支える根 根はみえないんだなあ



Kobanasi_3


『一人になった鬼の親分』 (日本の昔話) 

むかしむかし、鬼神山(おにがみやま)という山に
二匹の鬼の親分が住んでいて、
それぞれが大勢(おおぜい)の子分(こぶん)を
ひきつれていました。

親分同士の仲がよく、これまでけんかをした事が
ありません。ところがある日、二匹の親分が
一緒に酒を飲んでいる時に片方の親分が、
「お前の子分よりも、わしの子分の方がずっと
元気がええ」と、言いました。

それを聞いたもう一人の鬼の親分が、顔を真っ赤にして
言い返しました。
「何を言うか! わしの子分の方が、お前の子分よりも
ずっと元気がええわい!」
「なんだと!」「なんだとは、なんだ!
」「やる気か!」「ああ、やってやるぞ!」
二匹の鬼の親分が、同時に立ち上がりました。
でも、二匹の鬼の親分の力は同じです。
けんかをすれば、両方とも無事ではすみません。

そこで片方の鬼の親分が、もう片方の
鬼の親分に言いました。
「おれたちがけんかをすれば、両方とも
死んでしまうかもしれん。
そうなれば、子分たちのめんどうを
見るやつがいなくなる。

ここはけんかでなく、他の事で勝負をつけないか?」
「なるほど、お前さんの言う通りだ。
それなら、あのけわしい谷の上に石の橋を
かけるというのはどうじゃ?」
「それは、おもしろい。
よし、日がくれたら仕事の開始じゃ。
朝までに石の橋をかけ、どっちの橋がよく出来ているか、
わしとお前で見てまわろう」

「わかった。もし、わしの方が負けたら、お前の
弟分(おとうとぶん)になるとしよう。
その反対にわしの方が勝ったら、お前が
弟分になるんだ」
「いいとも。決まりだ」
二匹の鬼の親分は、さっそく子分たちの
ところへ行って、この事を話しました。

さて、日が暮れると同時に、どっちの鬼たちも
石の橋をつくりはじめました。
「しっかりとがんばれ。負ければ、あっちの親分の
家来にされてしまうぞ」
二匹の鬼の親分は、必死(ひっし)で子分たちを
追いたてます。

静かだった鬼神山は、まるで戦(いくさ)の様な騒ぎです。
ところが片方の橋はどんどん出来上がっていくのに、
もう片方の橋はなかなか仕事がはかどりません。
東の空が白くなる頃、谷の上に一つの見事な
橋が出来上がりました。

でももう一つの橋は、まだ半分というところです。
負けた鬼の親分が、勝った鬼の親分に言いました。
「どうやら、わしらの負けのようだ。
約束通り、今日からわしはお前の弟分になろう」

それからというもの鬼神山の鬼の親分は一人になり、
その下に大勢の子分をしたがえるようになったのです。

おしまい・・・




米のご飯を腹一杯 (日本の昔話)

むかしむかし、吉四六さんと言う、人がいました。
吉四六さんは、いばっている人が大嫌いで、
そんな人は得意のとんちでやっつけたりしますが、
貧しい人や困っている人にはとても親切な人でした。

ある時、吉四六さんは近所の貧しい家の
子どもを預かりました。
「なあ、坊主、お前の一番の望みは何だい?」
吉四六さんが尋ねると、子どもが言いました。
「ああ、おら、一度でいいから、米のご飯を食べてみてえ」

それを聞くと吉四六さんは、何とかしてお米のごはんを
食べさせてやりたいと思いました。
でも、その頃のお百姓さんは貧乏で、食べ物は
アワかムギのおかゆで、お米のご飯は、
お祭りや祝い事などの特別な時しか食べる事が
出来ませんでした。

「弱ったなあ。お祭りは、まだまだ来ねえし」
そこで次の朝、吉四六さんはわざと外へ行くと
すぐ戻って来て、おかみさんに言いました。
「実は、今日は村のみんなで、壊れた道を
直す事になった。だから早く弁当を作ってくれ」

村の仕事で出かけるとなると、弁当を
作らないわけにもいきません。
それにみんなと一緒に食べるのですから、
アワやムギでは恥ずかしいので、おかみさんは
とっておきのお米を炊いて弁当箱に詰め、
干し魚もたくさん入れてあげました。

「ありがとよ」吉四六さんは弁当を持って、
あわてて家を飛び出して行きました。
ところがしばらくすると、がっかりした顔で
帰ってきたのです。

「まったく、しょうのない話だ。
せっかく弁当を持って行ったのに、急に仕事が
取り止めになった。
もう少し早く教えてくれれば 弁当なんか
作らずにすんだものを」

吉四六さんは、わざと怒ったふりをしました。
それから急に、やさしい顔になって言いました。
「しかし、せっかくの弁当を捨てるわけにもいかん。
どうだろう、この弁当をあの子に食わせてやっては? 
きっと喜ぶぞ」

するとおかみさんは、ようやく吉四六さんの
やろうとしていた事が分かって、
「ええ。そうしてあげましょう」と、にっこり微笑みました。
「あはは。まったく、お前はいい嫁さんだ」

そこで吉四六さんは、さっそく子どもを起こしてくると、
「ほら、米のご飯だ。これは全部、お前が
食ってもいいんだぞ」と、言って、
腹一杯米のご飯の弁当を食べさせてあげました。

「おいしい! おいしい!」夢中で弁当を食べている
子どもを見ながら、吉四六さんとおかみさんは
顔を見合わせて、「よかった、よかった」と、言いました。

おしまい・・・



『先生と少年』 泣ける実話ドラマ






誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ……。



Mituo

人の為 と
書いて、
いつわり(偽) と
読むんだねぇ







時は絶えず流れ、 
  今、微笑む花も、明日には枯れる 



鬼が餅つきゃ、閻魔が捏ねる、そばで地蔵が食べたがる   

   

    P R

 
      カビの生えない・きれいなお風呂
 
        お風呂物語
 
  入れてもらえば気持ちは良いが、
    どこか気兼ねなもらい風呂
 
 
Set1

2016年6月29日 (水)

妄想劇場・番外編(18禁)

妄想劇場・番外編(18禁)

信じれば真実、疑えば妄想……

Oiran_2



18歳未満禁止の内容が
含まれています
18歳未満の方は
ご遠慮下さい。






これほど惚れた素振りをしても、ほんとに悟りの悪い人


メジャーでは無いけど、
こんな小説あっても、良いかな !!
アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい。

『同窓会・・・・揺るぎない想い編(2) 』 

ここのところのオーバーワークで、まともな休みすら
取れなかった俺は、ようやく手にした休暇を
自分の為だけに使おうと決めていた。
最近の俺ときたら、慢性的な睡眠不足によって
ひどい頭痛に悩まされていたし、心はそれ以上に
ささくれて悲鳴を上げる寸前だった。

心身が破綻をきたす前に、この仕事漬けの生活を
リセットしなければならない。
『よしっ、今度休みが取れた時は、誰にも邪魔されずに
昼過ぎまで寝てやるぞ!』
毎朝ふらつく自分に鞭打って起き上がり、満員電車に
揺られるたびに、魔法の呪文のように唱え続けてきた
この言葉…。

ついに実行に移す日が来たんだと、昨夜ベッドに入った時は
1人ニマニマしてしまった。
ところがどうだろう? 朝の清々しい部屋の空気を一瞬にして
破壊するような目覚ましから解放され、
好きなだけ夢の世界に浸れるというのに…。
皮肉なことにいつもと同じ6時に目覚めた俺は、
それからまんじりともできなくなってしまった。

『学生の頃は15時間だって寝られたのにな。
俺も28にしてワーキングジャンキーか…』
いつも以上の寝覚めの良さで、そんな虚しいような
誇らしいような心情を吐き、俺はベッドから抜け出した。
ひとまずキッチンに行き、エスプレッソマシーンで
コーヒーを立てる。

部屋中に香ばしいエスプレッソの香りが立ち込め、
いつもなら気持ちが引き締まるところだが、
今朝は時間に追い立てられない分、
心持ちゆっくりコーヒーを啜る。
コーヒーなんていつから好きになったんだろう…
こげ茶の泡の下のほろ苦い液体を味わいながら考えた。

アイツと過ごした頃は、たしか一緒にアイスティー飲んでたな…。
若かった自分を思い出すと同時に、賭けに負け
自販機でミルクティーを2本買うアイツの姿が
まぶたの裏に甦る。
「藤木ってホント甘党だよね~普通男子は
コーヒーじゃないの?」
『うるせ~よ!柏木だっていつもソレ飲んでんだろうが!』

「あたしは女の子だもん当たり前でしょ…
コーヒーとかお酒とか、たぶん一生ダメかも」
尖らせた口を俺に向け、黙ってミルクティーを
差し出す柏木の手から、わざとソレをひったくる。

「もう…藤木っ!せっかくおごってやったのに金返せ!」
怒って追い掛けてくるアイツを振り切り、俺は笑う。
そんなささいな言い合いやじゃれ合いが中心だった
アイツとの時間を、俺は懐かしく思い出す。

『柏木今頃元気かな?』 改めて口に出してみた
その名前に、胸が掴まれるように痛む。
柏木雪乃…それは俺が高校3年間、
片思いし続けた相手。
いつもそばにいながら、結局最後まで手が届かなかった
最愛の人。

『おいおい…あれから10年も経つって言うのに、
いまさら忘れられぬ恋でもないだろうにな』
そう強がってはみたものの、未だ癒えぬ
過去の傷に、俺は1人苦笑する。
高校卒業後…柏木と別の大学に進んだ俺は、
もちろん人並みに恋もした。
恋愛をゲームのように楽しむ何人かの悪友のように、
器用に立ち回ることは出来なかったけど、
俺は俺なりに目の前の人を大事にしていたつもりだ。

季節がひと巡りするまでつき合いが続いた子もいれば、
ひと月足らずで会わなくなってしまった子もいる。
原因は相手の方にあったこともあるけど、
たいていの場合は俺のせいだった。
「快斗はさ、結局いつもうわの空で私のことなんか
見てないんだよ…」
言い回しは違うけど、いつもそんなような言葉を残して、
彼女たちは俺の前から去っていった。

ムリもない、あの頃の俺は柏木の残像や残響に
埋め尽くされていたのだから…。
それでも、そうしていくつかの出会いと、いくつかの別れを知り、
俺はやがて社会人になる。
相変わらず、柏木を俺の中から消し去ることは
出来なかったけど、目の前に押し寄せる仕事に
忙殺され、彼女の記憶が少しでも薄らぐなら、
むしろありがたい。

就職先の大手商社では、およそ自分には
似つかわしくない営業の部署に配属され、
ついに社会人として世間の荒波に揉まれる日々が
始まった。

もともと人と競争すること自体に意味を見い出せず、
自己主張と無縁だった俺は、ビジネスマンとして
いささか熱情不足に映ったらしい。
そのことでたびたび上司や先輩にどやされ、
客先では何度も恥をかくはめになった。
さすがに悔しさに奮い立った俺は、必死になって
社会の仕組みや成り立ち、大人としてのマナーや
人間関係を学んでいく。

就職後2~3年は、とにかく仕事の出来る先輩に
置いていかれないよう、サービス残業、
休日出勤もいとわず率先して働いた。
その後遅ればせながらやる気を買われた俺は、
会社が立ち上げたプロジェクトに参加が許される。
そのプロジェクトの成功を肌で感じた時、
俺は仕事の醍醐味や達成感に魅了されていく。
そして、自分の男としての価値を試すべく、
さらなる営業利益確保の為に邁進する。
入社7年目の今年、いくつかの大口契約を
取りつけた俺は、もう先輩にどやされることもなければ、
客先で恥をかくこともなくなっていた。

無我夢中で走り続けたこの6年…
最近そんな仕事漬けの毎日に、ふと
疑問を感じ始めている。
仕事での評価が上がるたびに高くなるハードルを
越える為、さらに自分の時間を削り、
心をすり減らしていく生活に…。

俺はこんな今…無性に柏木に会いたかった。
彼女の何色にも染まらない透明な心に触れたら、
きっと自分を取り戻せそうな気がする。
同窓会の知らせが届いたのは、そんな柏木の
幻想に包まれていた日の午後だった。
冬物のコートをクリーニングに出し、その店先にいた
トラ模様の仔猫とひとしきり遊んだあとマンションに戻ると、
ポストの中にそのハガキは入っていた。

何なんだ?このタイミングの良さは…
ふいに自分にツキが向いてきたようで、途端に
目の前が明るくなる。
結局…その日1日は柏木との思い出に心地よく酔った。
俺と柏木は、高校3年間を同じクラスで過ごした。
柏木は入学当時から大人びていて、凛とした美しさを
持つ子だった。

内向的で人と関わることが極端に苦手だった俺と似て、
柏木も又、1人でいることを好んでいたように思う。
入学式が終わり、教室に戻ったクラスメイト達は、
さっそく数人の輪を作る中、女子では柏木…
男では俺だけが、どこのグループにも属さず1人だった。
柏木は当時から背が高く、目鼻立ちがはっきりしていたから、
クラスの中では目立つ方だったと思う。
「あれで愛想がよかったら言うことねぇんだけどなぁ」
なんて、野郎の戯言も、実際俺の耳に
届いていたくらいだから…。

でも俺から見る柏木は、別段無愛想という訳でもなかった。
相手から話し掛けられれば、男子にも女子にも、
そつなく応対していたから。
ただ、柏木の方からその輪に加わらない為、一部の生徒には、
そんな印象が強かったのかもしれない。

休み時間の柏木は、たいてい1人窓際に立ち、
グラウンドを眺めていたし、俺は机に突っ伏したまま、
そんな柏木を見つめていた。
俺はその時すでに、柏木が気になる存在だった。
敢えて自分から近づくことはしなかったけど、
俺の視線の先にはたいてい柏木がいた。

そんな柏木と俺を結び付けたのは、雨の日に
公園に捨てられていた仔猫だった。
よりによって月曜の朝から寝坊した俺は、
ギリギリ2時限目の始業に間に合わせようと、
雨の中チャリを飛ばす。
学校まであと少しという公園を横目に見ながら
走っていると、赤い傘を差した柏木の横顔が見えた。
『なぁ…お前柏木だろ?こんなとこで何してんの?』 俺
が近づくと、柏木が泣いた直後の真っ赤な目で
俺を見る。

「仔猫がね…死んじゃったんだよ。見つけた時は
微かに温かくて、途切れ途切れだけど息もしてたのに…。
もう少し私が早く見つけてたら、
助けられたかもしれないのにさ…」
柏木はそう言って、痩せこけた仔猫の体を
そっと撫でた。
もう散々泣いて涙は出尽くしたあとなのか…
柏木の顔から涙は消えていた。

『可哀相だけどさ、最期にお前の手に包まれて
逝ったんだから、そいつ幸せだったと思うぜ』
俺は小さく頷いた柏木の手から仔猫を受け取り、
葉桜になった桜の木の根元近くに埋めてやった。

『学校行けるか?』 俺が柏木にそう聞くと、
柏木は弱々しいがニッコリ笑う。
とても清らかなその笑みに、俺は一瞬にして
恋に落ちた。

チャリのうしろに柏木を乗せ、学校までの道を
無言で走る。 ずっとこうしていたかったけど、
時間を止めることは出来なかったから、
せめてゆっくりペダルを漕いだ。
学校に着いてからも、俺達は無口なままだった。
ただでさえ喋らない2人だから、当然と言えば
当然なんだけど…。

それでもその時の柏木とは、気持ちが通じ合えて
いたような気がする。 その証拠に…柏木は
それ以来、ちょくちょく俺に話し掛けてくるようになった。
それは昨日見たテレビの話や好きな音楽の話、
慣れてくると、そこに柏木の恋の話も混じったりした。

無口だった柏木は、俺の前で日に日に
おしゃべりになっていく。 俺
はたいていいつも聞き役で、ふんふん頷きながら、
彼女の話に耳を傾け続ける。 ―
―と言うよりこの時の俺は、柏木と過ごせるなら
たとえノロケ話を聞かされようとも、黙って
堪える覚悟があった。

実際彼女は、耳を塞ぎたくなるような彼氏との話まで
俺に聞かせ、俺をヤキモキさせた訳だけど…。 1
6の柏木には、その時すでに付き合っている奴がいた。
ソイツは俺らよりずっと年上で、仕事をしていて、
車も持っているような大人の男だった。

柏木には父親がいない。 生まれながらに、
戸籍には母親の名前しかなかったらしい。
同じく母子家庭で育った俺とは、ほぼ同じような
境遇だとわかった。
「だからかな?私…完全なるファザコンなのよ。
彼氏って言うより、側にいて安心できる存在が
欲しいのかもしれない」

彼氏とうまくいっている時の柏木はそう言って
嬉しそうに笑うけど、当然俺はおもしろくない。
決まってその手の話になると、途端に俺は不機嫌になる。
年上のソイツの前で見せる柏木の姿を想像すると、
俺の胸は押し潰されそうになったし、
俺の知らない柏木をソイツが知っていると思うと、
俺の拳は怒りに震えた。

それでも柏木は、ちっともそんなこと気にしなかったけど…。
高校生の俺には、当然ながら金もなきゃ車もない。
あるのは唯一、兄貴のお下がりの原チャリぐらいなもので…。
どう考えたって俺に勝ち目はないし、
柏木が望むような付き合いも叶えてやれない。
どうせ柏木と付き合うことが出来ないならと、
自暴自棄になっていた頃…。

柏木に当て付けるつもりで、告白されるがまま
他のクラスの女の子と付き合った時期がある。
でも柏木以外の子と一緒にいたところで俺の心は
満たされず、当然あっというまに別れが来る。

「藤木はたぶん優し過ぎ!女の子は甘やかすだけじゃ
ダメなんだから!」 1人に戻った俺に向かって、
したり顔で説教する柏木に背を向けた俺は、
心の中でこう呟く。 『お前にしか優しくねえから、
いつも続かねんだろが…』と。 そんな状態が3
年近くも続いた卒業間際…俺は柏木に意を決して
想いを告げることにした。

相変わらず柏木には、何人目かの年上の男がいたけど、
そんなこと気にしてる場合じゃない。 こ
の機会を逃したら、もうこの先柏木を手に入れるチャンスは
永遠に来ない。
「藤木知ってるじゃん…あたしに彼氏がいるの」
怒ったような顔で柏木が俺を見る。
『付き合って欲しいとは思ってない。
ただ気持ちを伝えたかっただけだから』
つい悔しまぎれにそんな言葉が口を突いて出る。
3年間毎日一緒にいて…どうしょうもないくらい
好きだった女を前に、俺は情けないくらい動揺してしまう。
気がつくと、黙って俯いた柏木をムリやり抱き寄せ
唇を重ねてた。 その瞬間…もの凄い力で突き飛ばされて、
おまけに平手打ちまで食らって、
俺の初恋は無残に散った。

同窓会で再会した柏木は、俺の期待を裏切ることなく、
高校の頃より一段ときれいになっていた。
あの頃の柏木も十分きれいだったけど、
どちらかと言えばそんな自分のきれいさに
気づいていないところが、当時の柏木の
魅力だったようにも思う。

でも目の前にいる彼女は、等身大の自分を知った上で、
その魅力を最大限引き出す術を身につけていた。
色白の肌は透き通るように艶やかで、洗練された
自然なメイクが、一見きつく見えがちな柏木の顔を
優しいものにしている。 濃

いブルーのワンピースは、細くしなやかな柏木の
体の線に添い、大人になった彼女にとてもよく似合っていた。
少し痩せたかな?…と遠目から見ているところを
同級生にからかわれ、俺は慌てて視線を逸らした。
どうやって声を掛けようか迷ったあげく、
あえて軽い素振りで柏木の肩を叩く。
『おう柏木っ!…って、
お前も結婚して名前変わってるよな!』…と。
柏木は俺の顔を見るなり「藤木…」と名前を呼んでくれた。
たったそれだけのことなのに、10年間俺が
抱えてきた罪が免罪されたようで、晴れやかな気持ちになる。
照れながらも、俺だけに見せる懐っこい
瞳が嬉しくて…胸が詰まりそうだった。

柏木は大学を卒業して数年後に結婚した…と
風の便りに聞いていた。
相手が12才年上の医師だと知っても
驚きはしなかったけど、柏木がもう手の届かないところに
行ったと思うと無性に哀しかった。
それでも、母子2人の淋しい子供時代を送った
柏木には、心から幸せになって欲しいと願ったものだ。

今夜は同窓会とは言え、願ってもない柏木との
再会なのだから、せめて雰囲気だけでも明るいものにしたい。
柏木が出席すると知った俺は、何が何でも
ここに来る為に、昨夜遅くまで残業しながら
そんなことを考えていた。 同級生と談笑する
柏木の笑顔はあの頃よりずっと穏やかで、
まわりの空気をやわらかなものに変えてしまうような、
不思議な力さえ感じる。 ともすれば何もかもが
順調で、彼女は輝くような幸せの中にいるように見えた。
でも俺は、一瞬見せた柏木の瞳の陰りを見逃さない。
次々と押し寄せる不安の波に、本当は彼女が
さらわれそうになっているのではないか?
なぜなら…時折俯く柏木の瞳の奥には、
公園で仔猫を抱いていた時の、あの哀しい色が
映っていたから。
しばらくそんな柏木から目が離せないまま、
他愛のない話をしている時だった。
柏木が突然席を立ち、店を飛び出した。  
俺は一瞬追うべきか迷い、彼女の頼りない
うしろ姿を見つめる。
柏木にはきっと…自分にしか手に負えない種類の
悩みがあるのだろう。
そこに突然現われた俺が、彼女の今に無断で
立ち入ることが、果たして正しいことなのかわからない。
でも気がつくと、俺は柏木を追って店の外に出ていて、
あげくの果てに、泣きじゃくる彼女を自分の腕に包んでいた。
その時の俺に、彼女を救う確実な手立てなんて
なかったけれど、とにかく夢中で彼女を抱きしめた。

たとえ一瞬でもいい、そうすることで柏木の心から
不安が消えるなら…と願いながら。
そんな俺の思いなど知る由もない柏木は、
俺が酔ってした軽はずみな行動だとたしなめる。
いつだってそうだった…。
柏木にとって俺は居心地のいい同級生で、
それ以上距離を縮めようとする俺を彼女は
やんやりと…でも頑なに拒んだ。

『たしかに酔ってるけど、酒の力借りてこんなこと
してるわけじゃねぇよ』 俺はいつになく、
素顔の荒々しい自分を柏木にぶつけていた。
なりゆきでこんなことをしてる訳じゃない…
それだけはわかって欲しかったから。

それでもあらがう柏木の唇を、俺はまたしても
強引に塞ぐ。 白状すれば、今ここで力づくでも
彼女をものにしてしまいたい…
そんな焦りも確かにあった。
彼女の弱みにつけ込む卑怯な手だとわかっていたけど、
俺は俺なりに必死だったから。

『お前のせいで酔いが冷めたから、責任取ってもう
1軒付き合えよな!』 明らかに理不尽な俺の要求を、
柏木は「ったく…しょうがないわね」と涙の乾いた顔で
了解してくれた。

「あたしもうすぐ離婚することになると思う」 そ
う言った柏木の口調が、どこか淋しげだった。
『それは柏木が望んだことなの?』
「たぶん…お互いがそう望んだんじゃないかな?
もう今となってはどっちでもいい…」
珍しく投げやりな柏木が痛々しくて、
やりきれない気持ちが俺を襲う。

我慢しないで泣いちゃえばいいのに…
俺がそう思いながら隣を見ると、柏木は痩せた
指にはまる結婚指輪をクルクル回していた。
柏木は高校当時から、泣き言を口にして
人を頼るタイプではなかった。
むしろすぐ側にはいつも俺がいたんだから、
泣きついて甘えてしまえばいいと何度も思った
…そう今だって。

でも柏木は一時の感情に流される奴じゃない…
それが10年経った今でも変わっていないことが、
嬉しいようなもどかしいような気持ちにさせる。
当時の柏木は、ことあるごとに素直じゃないところや、
甘え下手なところを気にしていたけど、
俺はそんな柏木の気に入らない部分が好きだった。

柏木と一緒に巡った3度の季節は、今思えば
俺にとって永遠に続く夢のような日々で、
お互い側にいるのが当たり前…。
いつの日か別れが来ることすら、その時の俺には
信じられなかった。

俺が柏木への気持ちを自分の胸にしまい込んでいたのは、
柏木とのそんな心地いい関係を壊したくなかったから。
だから柏木の前では、ずっとただの親切な
友達のふりをして笑っていた。
たぶん素直じゃないのは、俺も一緒だよ…柏木。

「今まで結婚考えたことないの?」
少し落ち着き、朗らかに話し始めた柏木が、
ふいに俺にそう聞いてくる。
『あるよ』 そう答えたら、柏木がどんな顔をするか
見てみたかったから、俺は嘘をついた。

一瞬見せた柏木のせつない表情を胸に焼きつけ、
柏木にこう聞いた。 『柏木?また会えるか?』
これきりだと言われたら、明日からどうやって生きていこう…。
半分そんなことを考えながらだったから、
俺はとんでもなく悲痛な顔をしていたと思う。
てっきり茶化されると覚悟したけど、柏木は
思いのほか冷静だった。

「すぐには無理だけど…色んなことが片付いたら、
藤木に会いたくなるかも」
柏木の答えは、俺を天国へと舞い上がらせるものでもなければ、
地獄へと突き落とすものでもなかった。
だけどそんな彼女の素直な言葉で、
俺の心は温かいものでいっぱいになる。

柏木の気持ちが、2人の間で泡のように弾けて
消えてしまわないうちに、俺はこう付け足した。
『待つよ。俺柏木を…っていうか、
俺ずっと待ってたのかもお前のこと』
柏木は一瞬驚いた顔で俺を見たけど、
すぐに穏やかに微笑み頷いてくれる。 1

0年越しの告白なんていまさら流行らないのはわかってる…
でも俺はもうこの先柏木しか欲しくない。 そ
う遠くない日に、再び俺の横には柏木がいて、
2人して何でもないことで笑い合っていられたらいいなと思う。

相変わらず早起きだってしなくちゃならないし、
得意先では下げたくない頭だって下げることだろう。
もしかしたら…先の見えない不安が2人を襲って、
初めてのケンカをするかもしれない。 で
も柏木が隣にいてくれるなら、俺はどんなことだって
受けとめられる。 きっと2人の関係は…
幼すぎて恋なんて呼べないようなものかもしれない。
でも俺はもう…柏木の側を離れないと決めたから。
やわらかな柏木の頬を両手でそっと包む。
目を閉じた柏木に、俺は誓いのキスをした。・・・・

終わり


Author :ミヅキ
http://syosetu.net/pc/

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Tinko_2
人の為(ため)と
書いて
いつわり(偽)と
読むんだねぇ
 






俺とおまえは、玉子の仲よ、俺が白身で黄身を抱く

 

 

P R

    カビの生えない・きれいなお風呂

    お風呂物語

入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂


Set1

2016年6月28日 (火)

信じれば真実、疑えば妄想……

信じれば真実、疑えば妄想……

昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー



こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
  知りつつ、こうして、こうなった



メジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、
良いかな !!
アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい



Kanshin021111



韓信
紀元前二〇〇年代の
中国大陸。
衰退した秦の末期に
生を受けた韓信は、成長し、
やがて漢の大将軍となる。
「国士無双」「背水の陣」
「四面楚歌」
そんな彼を描いた小説。






漢の韓信-(134)


「……積年の漢と楚の争いの中で、足下の
功績は甚だ大きく、充分に賞賛されるべきものである。
しかし漢王たる余は長引く戦乱の中で、
足下の働きに対して充分な恩賞を与えることを
怠ってきた。そこで、今余は足下の功績を
いちいち列挙し、それに対する恩賞を与えようと思う。

一 足下は漢中において大将軍の任を与えられ、
その権限に基づき、関中反転の計を指揮した。
すなわち足下自身が断りもなく焼き尽くした
桟道を修復すると見せかけ、古道を用いて
秦の地を征服したのである。

これにより雍王(章邯)を囲むことに成功したが、
桟道を修復する作業には多大なる費用、
また多くの人命が失われた。
しかし、功績の甚大なるを鑑みて、これは
不問に処す。

二 足下は大将軍として函谷関から東方へ
進出する兵をよく指揮し、首尾よく河南、殷、韓の
それぞれの王を討ち破った。
このとき足下が韓を制圧する際、
旧韓の王家の復権を援助したため、
韓は王国の体を維持し、漢の直轄の郡と
なることはなかった。
しかしこれは張良の意に沿ったものであると
認められるので、やはり不問に処す。

三 余が彭城の占拠に失敗し、三万の楚兵に
追われることになった際、足下は余の逃走を助け、
素晴らしき才幹で楚軍を撃退した。
これは甚だ賞賛されるべき功績で、余が今に至り
存命であることも、ひとえに足下のこのときの
働きによるものである。

しかしあえて言えば、余が敗走を始めてから
行動を始めるのではなく、事前にそうならないよう
戦略を練るのが足下のそもそもの役目であった。
だが、余が足下に命を救われたのは事実であるため、
今になってこのことをとやかく言うつもりはない。

四 滎陽にて軍容を整えた余は足下の献策に基づき、
京・索の地で楚軍を迎え撃ち、その西進を
止めることに成功した。このときの指揮官としての
足下の働きは筆舌に尽くし難く、まことに
見事だったと言えよう。

しかしながら、このとき敵将鍾離眛を討ち逃したことは、
足下らしからぬ失態である。
だが、これも足下の軍功の大きさに比べれば
ほんの小さなことなので、目をつむる。

五 魏王豹が老母の看病と称して背信した際、
余は足下に事態の収拾を命じたが、
足下は黄河を挟んで正面から魏豹と
対陣すると見せかけ、市場で瓶を買い集め、
これを急造の筏にして後背から渡河し、
見事魏豹を虜にした。

実はこのとき、余は魏豹に裏切られることを
それほど恐れていたわけではない。
ただ、魏豹のような男が裏切りに成功すると、
第二、第三の魏豹が漢軍の中に現れる。
余はそのことを恐れたのである。
このとき、足下のとった処置は最善であった。

すなわち魏豹を殺さず、裏切りに失敗した
男の見本として残したことである。
ただし余はこのとき魏豹の娘とされる人質を
足下に預けたが、足下はこれを自身の
幕府に招き入れたまま返さず、なにを思ったのか
愛妾として扱っていた節がある。
このことは機会があれば、ぜひ
問いただしてみたいところである。

六 井陘口において足下は陳余率いる
趙の大軍と戦い、これを見事破った。
足下はこのとき新たな趙王として張耳を推挙し、
余はそれを認めた。
そしてもとの王である歇を殺さず捕虜とし、
余はそれも認めた。

しかし、敗軍の将である李左車を赦したことは、
聞かされていない。
足下は敵将の生殺与奪の権を握っているので、
誰を生かし誰を殺すのも自由であることは
確かであるが、それにしても敵軍の中心的な
立場にある人物を無条件に赦すとはどういうことか。

李左車を中心に漢に敵対する輩が
集結するかもしれぬ、ということを足下は
このとき考えるべきだった。
しかし、現在に至るまで李左車はなんの動きも
見せていないので、結果的に足下のとった処置は
問題がなかった、とみなすことにする。

七 修武の地ではさまざまなことがあったが、
余は足下に趙の相国の任を与え、斉へ赴かせた。
無数の武勇を誇る足下が率いる軍の前に、
斉の七十余城はいずれも屈服し、
田一族は事実上、潰えた。

また足下は介入をはかる楚軍を撃退し、
猛将竜且を斬ることで、さらに武勇の数を増やした。
しかし、余が派遣した酈食其を
救出できなかったことは、足下の輝かしい武勇に
一点の曇りを生じさせる出来事だったと言えよう。
しかし、これについて余は足下を責めはしない。
弁士に過ぎない酈生と勇者の足下の
どちらを生かすべきかとなれば、余は間違いなく
足下を生かす。

八 聞くところによれば、足下のもとに
項羽の使者が訪れ、足下を誑かして楚に
帰順させようとしたらしいが、
賢明なる足下はこれを謝絶し、
余に対する臣従の意を明らかにした。

余は常々足下の意志を固く信じており、
これから先もそれは変わらない。
しかし、あえて言わせてもらえば、このとき足下は
使者を斬り、その勢いをもって軍を動かし、
楚を討つべきであった。

斉の国内の問題に頭を悩ませていることはわかるが、
余の最終的な目標は、漢という国号で
天下を統一することであり、
斉国の継続的な存続ではない。
よって斉が多少不安定な状態にあるといっても、
まずは最大の敵である楚を討つことを
最優先に考えるべきであった。

しかし、このことについて張良や陳平は
口を揃えて言う。足下が心を変え、
敵対しようとしないことこそ、漢の最大の強みなのだと。
したがって余もそう考え、足下の判断と行動を
支持することにする。

九 これに先立ち、足下は斉の国民を
服従させるには自分に与えられた権力が
不足だとし、王を称した。
これにより、漢王たる余と斉王たる足下は
身分上同格となった。

しかし足下が以前と変わらず臣従の態度を
示していることに余は感謝し、満足している。
願わくば、それが未来永劫続くことを望んでいるが、
このたび足下は余が命じたにもかかわらず、
会戦の場に現れなかった。

あるいはこのことは足下の心変わりの
結果ではないのか。
このような疑念が余の頭に浮かばぬよう、
足下は努力すべきであり、またその義務がある。
しかし、寛大な余はこのことも不問に処す。

以上のように足下のこれまでの功績は
甚だ大きい。しかし、戦乱の世とあって、
これまで余は足下の功績に報いることが
できずにいた。よって正式に足下の斉国の領有を
保証することとする。

すなわち、陳から東の海に至る地は、
すべて足下のものである。しかしこれは、
足下が遅れることなく次の会戦の場に現れ、
正しく兵を指揮した場合に限ってのものである。

つまり、足下の行動が余に再び疑念を
抱かせるようなものであったなら、
次は不問に処すことはないと思え。
足下の正しき行動を期待する。  漢王劉邦」

・・・・・

つづく

Author :紀之沢直・:野沢直樹
http://kinozawanaosi.com.



愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る


歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
人のせいにしない、恨まない、人生、絵模様、万華鏡…


YouTube  『ほかされて』


人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ



時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる

P R

カビの生えない・きれいなお風呂

お風呂物語 

入れてもらえば気持ちは良いが、
    どこか気兼ねなもらい風呂


Set1

2016年6月27日 (月)

妄想劇場・特別編

妄想劇場・特別編

信じれば真実、疑えば妄想……


Mituo



昨日という日は
歴史、
今日という日は
プレゼント
明日という日は
ミステリー








誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。



 
『下座に生きる』

人よりも一段と低い位置に身を置き、
不平不満を表さない生き方

野口雨情という童謡作家がいる。
ところが有情にはなかなか子宝が授かれなかった。
なかば諦めかけているとき、女の子が授かった。
八年目のことだった。
だからその子を目の中に入れても痛くないほど
可愛がった。

あるとき、有情は童謡普及のために、
地方公演に出掛けていった。
ところが二歳にもならない女の子が
伝染病にかかって瀕死の重体になったのだ。

…「どうか助けてほしい!」ところが
雨情の祈りも虚しく、待っていたのは
子供の悲しい姿だった。

それからの雨情は浴びるように酒を呑んだ。
酔って悲しみを忘れようと。
酔って前後不覚になる日が続いた。

ところがある日、その子が夢の中に現れたのだ。
その女の子は泣いていた。
涙に濡れた瞳を見たとき、雨情ははっとした。

「ああ、このままでは天国行っても
娘に合わせる顔がない。
…おまえの分まで一生懸命生きたよと
いえるようになろう」

それが雨情の転機となった。
「七つの子」「青い目の人形」「十五夜お月さん」など、
後世まで残る童謡を書き残した。
「しゃぼん玉」も雨情が書き残したお嬢さんへの
思い出を託した歌だった…

Image11


私たちに注がれる父や母の愛とはこういうものかも・・・。
気がついていないけれども、私たちの命の背後には
父母のそういう祈りや涙がある・・・・。

…そのことに気づいたときに、
素直に、心から「おかげさまで」と
言えるようになるのではなかろうか・・・・。

野口雨情(のぐち うじょう、
本名・英吉は、詩人、童謡・民謡作詞家。
多くの名作を残し、北原白秋、西條八十とともに、
童謡界の三大詩人と謳われた

(1907年10月)、妻は女児みどりを出産したが、
この子は一週間ほどで亡くなった
のちの『シャボン玉』はこのとき夭折した
娘のことを歌っていると言われた?・・・・・

Author :神渡良平 知致出版社

こうして、こうすりゃ、こうなるものと、

知りつつ、こうして、こうなった



【事件の核心】

「死んじゃうよ」・・・「ごめんね」
利根川心中で娘が明かした悲痛な決意


娘は両親の服をつかみ冷たい川の深みに進んだ
埼玉県深谷市を流れる利根川で昨年11月、
両親を溺死させたとして殺人と自殺幇助(ほうじょ)の罪で
起訴された三女、波方敦子被告(47)に、
さいたま地裁は、懲役4年の実刑判決を言い渡した。

母は認知症、一家を養ってきた父も病気に倒れ、
生活保護を申請しながら一家心中の道を選んだ
生き残った娘は、法廷で心中に至る様子を
生々しく語った。

「あっちゃん、ごめんな」

波方被告が心中を決行したのは昨年11月21日。
いつものように、認知症とパーキンソン病を患った
母=当時(81)=を軽乗用車の助手席に、
父=同(74)=を後部座席に乗せてドライブに出かけた。

昼ごろ、かねて自殺場所として考えていた
利根川に下見に行き、暗くなるまでの
時間つぶしを兼ねて群馬県内のダムに車を走らせた。

ダムでの心中は車ごと飛び込める場所がなく
断念した。
最初に心中を持ちかけた父は
「電車に飛び込むのはどうか」と提案したが、
波方被告は「遺族への賠償金が高いから」と反対した。

夕方になり、再び利根川に戻ってきた波方被告は、
車を降りて川縁で自分と父の携帯電話を折って壊し、
財布の中身とともに川に投げ捨てると、
再び運転席に乗り込み、河原をスピードを上げ
川に突っ込んでいった。
後部座席から「あっちゃん、ごめんな」と
つぶやく父の声が聞こえた-。

Kawa


3人の穏やかな生活

波方被告は姉2人が家を出た後、
父母と3人で暮らしていた。
高校中退後にいくつかの仕事をしたが、
「仕事中に人の目が気になった」と退職した。
事件当時は無職。退職後は両親のもとで暮らしたが、
母は平成15年ごろから認知症と
パーキンソン病を患うようになった。

波方被告は母の介護を献身的に行っていたという。
母の介護について波方被告は「母のことは大好きだったし、
大変だとは思わなかった」と振り返っている。

父は波方被告が幼いころに一度蒸発したが、
約20年前から再び3人で暮らすようになった。
それからは、真面目に新聞配達の仕事をこなし、
月収は約18万円と決して多くはなかったが、
時にはドライブに行ったりと3人での生活を
楽しんでいたという。

しかし昨年秋ごろ、父親が手足のしびれの症状を
訴え始めてから、3人の穏やかな生活は急速に
脅かされていく。
しびれは頸椎が圧迫されたことが原因で、
バイクに乗れなくなり新聞配達の仕事を退職した。
その後、症状はみるみる悪化し、ついには1人で
歩くこともできなくなり、手術を受けることが決まった。

「かわいそうだなと思ったし、父本人も『惨めだ』と
感じていると思っていた」
波方被告は今後の生活を考え、深谷市役所に
生活保護の受給について相談に足を運んだ。
父が心中を口にしたのは、その翌日だった。

「死ぬ日」早めた生活保護


「あっちゃん、一緒に死んでくれるか」
父は18日の夕食時、いつも通り他愛もない
会話の中でそう切り出した。
「お母ちゃんだけ残してもかわいそうだから、
3人で一緒に死のう」。

傍らには会話の内容を理解できないまま
座っている母。波方被告はすぐに「いいよ」と答えた。
翌日、申請を受けて市役所職員が生活保護受給の
審査のために自宅を訪れた。

家族の生い立ちや、これまでの自分の生活を
細かく聞かれた。
「仕事を転々として、高校も中退で惨めだと思ったけど、
父も同じような感じで。親子で似たような人生だと、
また惨めに思った」。
唯一の希望となるはずだった生活保護だったが、
波方被告はこの訪問をきっかけに
「死ぬ日を早めよう」と決めたという。
2日後、波方被告は両親を車に乗せて、
最後のドライブに出かけた。

「冷たいよ、死んじゃうよ」

両親を乗せて11月の利根川に突っ込んだ
波方被告の車は、水に浸かったものの、
屋根まで水没することなく途中で止まった。
波方被告が車を押そうと外に出ると、
水が入った車内では母が「冷たいよ、
冷たいよ」と繰り返していたという。

車は押しても進まず、波方被告は車内で
水に浮かんだ状態の父母を車の窓から出した。
右手に父、左手に母の服をつかむと、
水深が深い方へと進んでいった。

「死んじゃうよ、死んじゃうよ」と言いながら
手足をばたつかせる母に「ごめんね、ごめんね」と
繰り返し謝った。
いつのまにか父の服から手が離れ、
母も動かなくなった。死んじゃったかな。

私もこのまま流れにそって浮いていれば
死ぬかな」と流れに身を任せた。
川の水を飲んでははき出し、浮き沈みを
繰り返していると、浅瀬にたどり着いていた。

それからは、一緒に流れ着いた母の遺体が
離れていかないように見守りながら、
空を眺めたり、歌を歌ったり、うたた寝をして
夜を明かしたという。

「こんな私ですが、見守っていて」

法廷では、波方被告は被告人質問で
「本当は3人で死にたかった」と繰り返し、
「でも父を証言台に立たせることにならずに良かった。
そんな残酷なことはない」と嗚咽をもらす場面があった。

公判で検察官から父が心中を持ちかけた際に
迷わず同意した理由を尋ねられた被告は、
「遺書のような感謝するような文章が
あったと思うんですけど」。

検察官が「1人で行くのは両親に悪く、
父に言われて気持ちが軽くなりました」と走り書きされた
リポート用紙があったことを示すと、
「自分で読み返して、死にたい気持ちが
心の隅の方にあったのかなと思いました」と
自らに問いかけるように話した。

論告求刑公判では、最後に涙を流しながら
「母と私はうり二つの親子。そこに父も入れて
三位一体だと思っていた」
「お父さん、お母さん。こんな私ですが、
これからもどうか見守っていてください」と
絞り出すように話した波方被告。

の判決公判では、懲役4年の判決を受けた。
まじめに暮らしながら、困難な状況に追い込まれた親子。
裁判長は、裁判員らからのメッセージとして
「仲良く暮らしたときのお父さんお母さんの顔を
忘れることなく毎日を大切に生きてください」と伝えた。
波方被告は何度もうなずき、
「ありがとうございます」と深く礼をした。

Author :産経ニュース(菅野真沙美)

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人前で大恥をかいた有名人



時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる

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Set1

信じれば真実、疑えば妄想

信じれば真実、疑えば妄想

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Mousou2

人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ
誰にだってあるんだよ、
人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、
人には言えない悲しみが。
黙っているだけなんだよ……






仮面の囚人仮面に覆われた謎の人物

17世紀の終わり頃、フランスは
ブルボン王政の絶頂期で太陽王と呼ばれた
ルイ14世の治世の真っただ中にあった。
その頃、1669年から1703年まで、
実に34年間も牢獄に監禁され、
仮面をかぶったまま一生を終えた
謎の囚人がいたという。


Rui




何ごとにも派手な王であったが、
そのせいか、晩年の財政は
火の車であった。








この期間、一握りの役人をのぞいて
囚人についての秘密は堅く守られ通して来た。
囚人には常に看守がつきっきりで、
他の囚人とも交わることも厳禁されており、
もし囚人が禁止されている内容のことを
口外しようものなら、即座に殺されることを
肝に銘じさせられていた。

その反面、囚人の対応は重要人物のそれに匹敵し、
生活面には特に気を配られていた。
食事も高級だったし、敬虔なカトリック教徒としての
尊厳は十二分に配慮されており、
支給されている衣服の類も上等なもので
あったという。

囚人を診察した医者は、
声はよく通る響きのいいバリトンで、
背は高く筋肉質、肌は浅黒く、髪はほぼ
白髪だったと述べている。

囚人が死んだときもその隠滅の仕方は
異常とも思えるほどで、衣類と所持品は
炉にくべられて焼却され、
家具類も打ち壊されてことごとく燃やされ、
それらの灰は溶かされた。

独房の壁は、囚人が何か残そうとしてはいないか、
念入りに調べられ注意が払われたのち、
徹底的に削られ、その上から白く塗られた。
床の石もはがされてすべて新しく
敷きなおされるという徹底ぶりであった。

かくして囚人に関するあらゆるものが
焼き払われ、いかなる痕跡もこの地上から
永久に消されてしまったのである。
この囚人は一体何者だったのだろうか? 
その正体は永遠に解けない謎となり、
永久に歴史の闇に葬り去られて
しまったのだろうか?

重大な秘密を知る囚人

まもなく、この囚人は一体、
何者だったのだろうといううわさが
世界中に広がっていった。
公の席上にあらわれれば、ルイ14世にとって
すこぶる都合が悪く、かと言って
殺して口封じすることも出来ない存在。

何か重要な秘密を知っている高貴な人物で
あるらしかった。
こうした史実をもとに、いろいろな作家が
想像力を駆使していろいろな作品をつくった。

作家ボルテールは仮面の囚人はルイ13世の
王妃アンヌと宰相マザランとの間に生まれた
庶兄ということになっている。

作家アンドレ・ジュマの場合は、双生児の
兄であるという案配だ。
ちなみに、その作品「鉄仮面」では
囚人は鉄の仮面をかぶって登場する。
彼のおかげで仮面は、いかめしい鉄製の
仮面というイメージが強くなってしまったが、
実際は黒のビロード製でそれも四六時中
かぶっているわけでなく、
人と面会する時にだけ着用していたというのが
事実らしい。

1998年のディカプリオ主演の映画
「仮面の男」では、囚人はルイ14世の双生児の
弟という設定になっている。
弟は繊細で物静かな性格だったが、
兄のルイ14世は自己中心的な性格で、
その横暴な政治によって民衆は飢えで
苦しんでいた。

ルイ14世の双子の弟が仮面を着けて牢獄に
監禁されていることを知った三銃士は、
邪悪な兄のルイ14世と交代させようと
とっぴな計画を練るというストーリーだった?。
何ごとにも派手好きで、浪費家のルイ14世の
統治に民衆の不満の矛先が向けられつつ
あったのは確かなのだ。つまり、
この頃すでにフランス革命の火種は
用意されていたのである。

発見された重要な鍵

この謎の囚人については、その後も
いろいろと憶測がされたようであるが、
いずれにしても確証がなく、これ以上の進展は
見られなかった。
ところが、フランス革命後、囚人の死後
100年近くたって、軍事省所有の古文書を
整理している最中、手がかりとなる
大量の手紙が発見されたのである。

手紙は軍事大臣ルボア伯爵と監獄の責任者
サンマルスとの間で交わされたものであった。
それによると、次のような書簡が送られた。

「ルイ王の命により、ユスターシュ・ドジェなる男を
ピニョロール(トリノにある牢獄の名前)に送るものとする。
貴殿は彼を厳重なる監視下におき、
少しでも、自身のことについて語らせるべからず。
万が一、彼がしゃべろうとした時は即刻、
殺すぞと脅かすようにあられたし」

書簡はこのような内容で、これに同意する王
(ルイ14世)の手紙も同封されていたのだ。
日付は1669年6月。すなわち仮面の囚人が
監禁された年である。
仮面の囚人がこの人物であったのなら、
ではユスタージュ・ドジュとはいかなる人物
だったのだろうか?

当時ルイ13世は、女性に興味を示さず、
王妃アンヌとも仲が悪く、王位についてから
24年間も世継ぎに恵まれぬ状態であった。
このままではブルボン家は断絶してしまう。

そこでルイ13世の宰相であったリシュリューは、
父親の代理を探して王妃に子種を宿させようと考えた。
その白羽の矢が立ったのが、親衛隊の
隊長であったフランソワ・ドウ・カボイエという男であった。
この計画は見事に成功して王妃はめでたく
ルイ14世を出産する。

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(1601~1666)
スペインハプスブルク家の出身。
ルイ13世とは不仲で
3度も流産したと言われる。







このとき、民衆は奇跡の子だと半ばあきれて
うわさしたらしい。
当のルイ13世でさえ、あっけにとられて
信じられないような表情であった。
しかし成長するにつれ、ルイ14世は父親の
ルイ13世とは似ても似つかぬ容姿であることが
誰の目にもわかってきた。

ルイ13世は生彩がなく病気がち、生真面目、
女性に興味を示さず(ホモだったという説もある)、
一方、ルイ14世はエネルギッシュで食欲旺盛、
見事な体格、派手好きで女好きという
相反する性質を持っていたのだ。
おまけに顔も全然似ていない。

ところで、この親衛隊の隊長フランソワだが
子供は男女合わせて11人もいたという。
その中で男の4人は戦死しているが、
5番目の男の子はその後どういうわけか、
たいした手柄をたてたわけでもないのに
公爵の位をさずけられている。

ユスターシュ・ドジュはその3番目の
兄弟であったのだが、金使いが荒く
だらしない性格の上に黒ミサなどに凝っていて、
いつも何か問題をおこすやっかいの種であったらしい。

どこからか、ルイ14世が自分の異母弟だと
秘密を知ったユスターシュは宮廷に金を
ゆすってきたのではないかと思われる。
この鼻つまみ者をなんとかせねばならない。
ルイ14世はユスターシュを密かに逮捕すると、
仮面をつけさせて幽閉することにした。

顔を隠したのはルイ14世とあまりにもそっくりで
瓜二つであったからだ。
そうしてユスターシュはフランス中の牢獄を
34年間もたらい回しにされ、
最後はバスチーユ牢獄にて息をひきとるわけだ。
逮捕されたときが32歳というから66歳まで
生きたことになる。

つまり仮面の囚人の正体は異母兄だったと
いうことになるが、これが現在、もっとも
有力視されている説と言われている。

・・・・・・
ルイ16世の王妃マリー・アントワネットは
好奇心旺盛でこの謎の仮面の囚人の正体を
知りたがったひとりである。
このときまだ16歳だった彼女は、
古文書の類をかき回したり、
夫の祖父にあたるルイ15世のところにまで行って、
話を聞かせて欲しいとだだをこねたらしいが、

ルイ15世は知ってか知らずか、ニコニコ
黙っているだけで決して口を開くことはなかったという。
もし口外でもしてこの秘密が漏れようものなら、
ブルボン王朝の基盤が崩壊しかねない
大変な事態となるからだ、だが、皮肉なことに
この時すでに、フランス革命は目前にまで
迫って来ているのをルイ15世は知るよしもなかった。
・・・・・


愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る


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人のせいにしない、恨まない、人生、絵模様、万華鏡…



『不思議な自然現象 』 



昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
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816

2016年6月25日 (土)

チャンネル・掲示板

チャンネル・掲示板

幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない



Mituo_3




昨日という日は
歴史、
今日という日は
プレゼント
明日という日は
ミステリー








子を持つも持たぬも人の宿命(さだめ)なり
日に日に努めて行かむ
あなたの人生なんだから好きなように
お行きなさい(生きなさい)


ニュースの深層・「沖縄の貧困」
中学生が売春に走る沖縄の貧困の現実


平均年収全国最下位、離職率全国1位
沖縄で貧困に苦しむ女性のルポ
「個人」にクローズアップして、
そこから浮かび上がってくる真実がある・・・・

娘を風俗店に売る母親も珍しくない
女性、特に単身女性と母子家庭の貧困が
社会問題となっている。
沖縄最大の歓楽街・松山には、性風俗が密集する。
路上にはスーツ姿の若い男性キャッチがあふれ、
一晩中立ち、ひっきりなしに声をかける。
歓楽街の真ん中にある雑居ビル前で、
男性ピンサロ経営者・上地氏(仮名)を待つ。
沖縄の住人たちの夜の始まりは、遅い。
21時を過ぎてから、出勤する女性が続々と
前を通り過ぎる。

雑居ビルでは、数店の風俗店が派手にネオンを灯す。
しかし、上地氏が経営するピンサロは、
いくら探してもそのビルにはなかった。
「うちは違法店だから、看板はないのですよ。
空テナントに見えるここが、うちの店です。
白看板の営業です」

現れた上地氏は、恰幅のいい男性だった。
3階の真っ白のプレートが掲げられた店を指して、
そう言う。22時に開店、朝5時まで営業する。
風営法でキャバクラや店舗型風俗店の営業時間は
深夜0時か1時までと定められているが、
松山では基本的に誰もコンプライアンスを
守っていない

「本番」の価格は40分1万円

エレベーターを降りると殺風景な扉があった。
インターホンを押すと中から若い店員が鍵を開ける。
1メートル先の人が見えないほど暗い。
大音量の音楽が流れている。
店内には、べニア板で仕切られたプレールームがあった。
学園祭のような手作りだ。

「店舗型ピンサロは風営法の許可を得ようがないので、
無許可。完全な違法営業です。
だから、沖縄のピンサロは看板出さない。
税金も払ってないですね。
お客さんはキャッチが集める。

価格は時期によるけど、40分1万円が基本。
本番で1万円です。
観光客が多い時期や週末は、1万3000円とか
値段を高くする。暇なときは
40分9000円とか8000円まで下げることもある。
それと地元の人間と観光客で値段を変える。
沖縄の人間はカネがないから、
値切りの交渉に応じることもある」

価格は観光客か地元住民か、
そして季節、天候、人出によって変動する。
40分1万円は、安価な価格帯だ。
路上で声をかけるキャッチが観光客か
地元住民かを見分け、価格交渉して
客を看板のない店に誘導する。

女性はシャワーのない狭い部屋で、
40分以内で客と本番する。
女性の取り分は売り上げの半分、
キャッチは売り上げの1割、残った4割が
店の収入となる。

貧困が蔓延する沖縄出身の風俗嬢たちは、
ほぼ全員が経済的な理由でその仕事に就く。
夜の仕事は大都市圏と異なり、
職種によって階層がある。

上からキャバクラ→デリヘル→店舗型ヘルス
→ソープ→ピンサロ(抜き屋)→ちょんの間、
という順位で、
キャバクラで働けるスペックの沖縄出身の女性が、
違法店で本番を売ることはない。

どのような女性が働いているのか

「その職種で働けるかは、年齢と容姿の問題。
容姿がよければ、飲み屋(キャバクラ)ができる。
容姿と体型が悪かったり、中年女性だったりすると、
うちのような抜き屋(ピンサロ)しかない。
抜き屋には飲み屋は当然、ソープもいけない子が
流れてくるわけ。

うちは本番店だから、松山では最下層ですよ。
うちにいる女の子たちは学歴ないし、
容姿もよくない。
みんなほかに行き場所のない子たちです。

だから、店をやってしまった以上、
女の子への責任はあると思っている。
ほかに行き場所のない貧困の子たちが
うちで働いているから、摘発されるまで
続けるしかないですね」

上地氏は高校中退によってレールから外れた。
10代後半から雇用がなくて苦労している。
さまざまな職種を転々として20代半ばに
松山の夜の仕事に足を踏み入れ、
31歳から風俗店経営をしている。

「沖縄は、僕が子供の頃からずっと貧しい。
観光産業が潤っても、基本的に内地の会社が
儲かっているだけ。
沖縄の人間はそういう会社に安く
コキ使われているだけ。

自分で商売しようという知恵も勇気もないし、
本土の人間に利用されやすいわけ。
自分もずっと貧しかったから、
行き場所のない女の子たちには情が入る。
貧しい女の子たちを助けているといっても、
売春斡旋だから売春防止法違反。
それと無許可営業だから風営法違反がつく。

警察に捕まれば、よくて執行猶予、
悪くて実刑1年くらい。
それは仕方のないことですね」
上地氏は那覇市内で飲食店と風俗店を
3店舗経営する。
容姿に恵まれない貧困女性たちが集まる
このピンサロは、ほとんど儲かっていないという。

夜10時から子供を保育園に預ける

22時半、照屋由美子さん(33歳、仮名)が出勤する。
早足に待合室へ入ってワンピースの下着に着替える。
照屋さんは5歳の子供がいるシングルマザーだ。
週に何度かの出勤日は、21時過ぎに
子供と一緒にアパートを出る。

バスで松山へ向かい、繁華街の近くにある
夜間営業する保育園に子供を預ける。
子供が保育園で眠る間、
22時半から閉店の朝5時までピンサロで
本番を売る。

沖縄の離婚率は全国1位だ。
2013年は人口1000人に対して2.59組が
離婚している。
2位は北海道2.09組、
全国平均1.84組で圧倒的な都道府県1位だ。

繁華街近くにある保育園は、続々と風俗嬢や
キャバ嬢のシングルマザーたちが子供を
預けに来る。
20~21時半が保育園のピークとなる。

照屋さんは「お客が来るまで」という条件で、
取材に応じてくれた。


Oknaw1



照屋さんの1日とは?

「正直、疲れています。睡眠時間は毎日3時間くらい。
お店は朝5時に終わる。
私だけ送迎で帰って、朝起きるのは9時くらい。
10時~16時までグループホームで介護職して、
保育園で子供を引き取るのは夕方17時以降です。

翌日に介護の仕事がないときは朝5時半くらいに
迎えに行けて、一緒に過ごせるけど、
ダブルワークしているから子供は保育園で
過ごす時間が長い。かわいそうだけど、仕方ないです」

グループホームは時給720円。週3~4日出勤しても、
月収は6万5000円ほど。
週3日平均で本番を売ることで、なんとか
月収17万~18万円を確保する。

アパート家賃4万円、保育園代4万円の支出が痛い。
児童手当1万5000円、母子扶養手当4万円が
支給されることで、なんとかギリギリの生活を送る。

彼女は童顔でかわいらしい顔だったが、
体型はぽっちゃりだった。
キャバクラやデリヘルで働けるスペックはなく、
5年前からピンサロ勤めである。

「出身は北関東です。
16歳のときに家出して沖縄に来ました。
親とは縁を切っています。
お互い興味がないので、もう8年くらい連絡は
取っていません。

それに地元には友達はいない、ゼロです。
地元に戻ることは一生ないと思う、
これからもずっと沖縄で暮らします」
16歳で家出して沖縄移住、親と絶縁、
地元に友達はゼロ――とは尋常ではない。

いったいなにがあったのか。
「ずっと、イジメられていました。小学校低学年から
汚いとか死ねとか、全員から言われ続けた。
田舎の小学校で1クラスしかなくて、
イジメは沖縄に逃げる16歳まで、ずっと。

小学生の頃から自分が生まれてこなければ
よかったって意識があって、どうして私を産んだのって
親を憎んだ。だから、人と付き合うのがうまくない。
人が怖い。中学校に入ってから誰か友達が
欲しいと思っても、同じ小学校だった人たちに
邪魔された。

悪いウワサを広められた。中学でも友達は
全然できなかったし、なにもできなかった。
本当に誰とも話さないで16年間を過ごしました」

地元を捨てて沖縄に逃げた

高校進学はしなかった。コンビニで働きながら、
30万円を貯めて家を出ようって決めた。
コンビニの同僚に「沖縄って楽しそう」と
冗談半分で言われ、地元を捨てて
沖縄に逃げることを決めた。

「那覇の飲み屋で働くことにして、18歳って
年齢をごまかしてキャバクラで働いた。
時給2500円くらいだった。
求人広告で面接に行って、そのまま事情を話した。

年齢がバレないようにバイトをさせてもらって、
寮みたいなところに住めた。
沖縄は親切な人が多くて、助けてくれる人がいた。
1年後にはアパートも借りることができました。
18歳になって飲み屋の仕事を減らして、
居酒屋とかコンビニとか、エイサーとかいろんな
アルバイトを転々として、20歳で最初の結婚しました」

結婚相手は……

19歳のとき、出会い系サイトで沖縄出身の
サラリーマンと知り合った。
恋愛関係になって20歳で結婚。
安定した生活だったが、26歳のときに旦那が
地元に近い北関東に転勤となった。
「内地には絶対に戻りたくない」と、離婚した。

「おカネに困るようになったのは、離婚後。
ずっといろいろな昼の仕事と、水商売の仕事で
ダブルワークした。どんなに頑張っても
稼げるのは17万~18万円くらい。今と同じくらい。

離婚して生活どうしようって不安になって、
その頃にヘルパー2級も取りました。
学歴がないと仕事がない、
介護がいいかなって思って。

6年前、スナックに客で来た沖縄の人と付き合った。
寂しかったし、一人じゃキツイってことですぐに再婚した。
最初はいい人と思ったけど、ふたを開けたら
DVとか生活費くれないとか、ギャンブル好きとか
借金まみれとか、メチャクチャでした。
とんでもない男だった。

息子は、その男との子供です」
妊娠したことを男に告げれば、ギャンブルや
お酒を控えて普通の生活をしてくれるかと期待したが、
なにも変わらなかった。
子供が生まれて半年後、離婚した。バツ2となる。

「今のグループホームで介護職しながら、風俗を始めた。
最初からピンサロです。
太っているのでデリヘルは断られた。
子供のためにも売春みたいなことはしたくないけど、
仕方ないです。

飲み屋ができる年齢じゃないし、
それしか生活する手段がありません。
介護で社員になるには介護福祉士を
持ってないとダメだし、
家賃と保育園と生活費でどうしても17万円くらいは
稼がないとやっていけない。

だからすごく無理してダブルワーク続けています。
子供は5歳でまだまだ先は長いけど、
ずっと風俗はやるしかないかな」
照屋さんは何度もため息をつきながら、
暗い待合室でそう語る。

50分間くらい話しただろうか。
キャッチが酔客を連れてきた。
照屋さんは店員に呼びだされ、
酔客の手を引きながら本番する部屋へと
消えていく。
後ろ姿は疲れ切っていた。・・・・

Author :中村 淳彦 :(ノンフィクションライター )



添うて苦労は覚悟だけれど、添わぬ先から、この苦労


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時は絶えず流れ、
 今、微笑む花も、明日には枯れる




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ニュースの深層・「沖縄の貧困」

(2)続き


Okinawa2


沖縄県那覇市松山のキャバクラに勤める
里見千穂さん(23歳、仮名)


「虐待をやめられない今も苦しいけど、
本当に貧困で苦しんだのは18歳で結婚した後。
妊娠中が特に悲惨だったよ」
17歳でキャバクラ嬢になった里見さんは、
18歳で妊娠。
相手の暴力団員と出来ちゃった婚をする。

「結婚は本当に失敗。ヤンキーばかりの環境だから、
暴力に対するハードルが低いの。
だからヤクザも身近なの。そうじゃないと、
貧乏ヤクザと結婚しないよ。
学歴がない人間は、狭い地元のコミュニティが
すべてになるし、ヤクザはヒエラルキーのトップ。
だから、当時は相手がヤクザでラッキーくらいに
思っていた。

18歳だと女の先輩に呼びだされるとかあって、
暴力振るわれる。
でもね、ヤクザと結婚した瞬間、面倒くさいことが
いっさいなくなる。平和になる。
狭い世界で自由を手に入れられる代償として、
社会的な信用を失ったわけ。

18歳じゃ社会のことなんてなにもわからないからさ」
出来ちゃった婚をして、夫婦の住まいとして
実家近くにある祖母の持ち家を無償で借りた。
家賃がかからない恵まれた環境だったが、
結婚すぐに暗雲が立った。

「普通の家庭を築きたかったから、妊娠して
キャバは辞めた。
そのときはちゃんとした家庭を築きたい
みたいなことは思っていたけど、
暴力は得意だけど、旦那はまったく稼げなかった。
暴力的なのは、今は本当に需要がないみたい。
今のヤクザは頭を使えないとカネ稼げないから、
上納金も払えないみたいな。
なんとかしてほしいって旦那を支えたけど、
全然ダメだった」・・・・

ライフラインがすべて止まった

夫婦2人は無職になった。
祖父と祖母からもらう1000円、2000円の
お小遣いしか収入がない。光熱費は払えない、
最終的には自宅のライフラインがすべて止まった。
「無収入が半年くらい続いて、水も止まった。
貧乏はキツイ、頭おかしくなるよ。

ライフラインが全部止まると、生きている感覚がなくなる。
意気消沈する。
水が止まるとお風呂とかトイレとか、
本当に根本から生活に困るの。
最初は近くの公園から水をくんでくるわけ。
最初は水を運べても、だんだん気力がなくなる。

電気が2カ月、水道は4カ月で止まった。
マジで、払えなかった。
そういう状態だと2000円があったら、光熱費払うより、
食べ物買う。極限だよね。
そうなると、旦那のダメさに腹立つのではなくて、
ツライ思いをしているからもっと一緒にいよう
みたいな感覚になる。
正常な判断ができなくなった」

近隣に家族がいたので飢餓状態は免れたが、
水が出ない家で無収入の生活を続けながら出産した。
長女が生まれた。本当に「かわいいな」と思った。
「子供を産んだ瞬間に現実が見えた。

産んだ後、夫が事件を起こして裁判があったの。
私は反社会勢力の人と婚姻関係にあるから、
自分も同じに見られるってことに気づいた。
最悪と思った。
狭いコミュニティのヒエラルキーより、
社会的な排除のほうが大きい。
19歳のとき、そんな当たり前のことに気づいた。
心からまずいと思った。
そこで初めて夫と離婚しなきゃって思った」

そして長女と2人暮らしに

離婚した。無収入の夫は離婚を納得して
自分の実家に戻り、
出産1カ月後にキャバクラに戻ってライフラインを
復活させた。長女と2人暮らしが始まる。

「自分のツライことが、全部子供に向くわけ。
だから虐待しちゃう。今もヒドイけど、
2年くらい前は本当にヒドかった。
子供はアザだらけだよ。
どうして虐待かって? 

瞬間的にそうなる。
表情が夫に似ている瞬間とか。
こいつにカネがかかる、離婚しても
たかってくる夫にもカネがかかる、
夜の仕事と子育てで自分のことは何もできない。
なんだ、お前も夫と一緒かよって、思考回路。

本当は夫に暴力を振るいたいけど、
やり返されるから子供にいく。本当に最悪」
虐待に悩むようになった。
子供と一緒にいると、どうしても拳を
振り上げる瞬間がある。
そして、地元の仲間や男に誘われて外泊を
するようになった。
子供は置いていく。子供ひとり、
部屋に押し込めて鍵をかけて、遊びに行く。

2010年7月、風俗嬢の21歳の母親が
ネグレクトで2人の子供を餓死させた
大阪2児虐待事件と同じ状況だ。
「子供なんていなければいいって、
あの人の気持ちはメッチャわかるよ。

殺意はないと思う。
子供に生きていてほしかったけど、
途中でどんどん現実逃避して、最悪の結果に
なったんだろうね。

あのね、現実逃避すると、徐々に子供を
放置する時間が長くなるの。
最初は2時間だけと思っても、2時間大丈夫だった、
じゃあ次は3時間ってなる。
結局、それが一晩になるわけ。

ネグレクトって段階がある。
私がラッキーだったのは、自分が
一晩空けるようになってからあの事件を知ったこと。
彼女のほうが先に事件になってくれたから、
自分はこのままだとまずいって思えた」

キッズ携帯に児童相談所の番号を登録

23歳、母娘の2人暮らしは4年目に突入した。
母親や祖母に協力してもらって週5回は働き、
16万~17万円は稼がないと最低限の
生活はできない。

子供を実家に預けて、出勤する。
母親と祖母は文句を言いながらも、
子供を預かってくれる。
周りに助けてくれる家族がいる、
シングルマザーの中では恵まれている環境だが、

それでも仕事と育児に追われる生活はツライという。
「キッズ携帯に実家と娘のことを知る友達、
それと児童相談所の番号を登録して、
お母さんが1日とか2日帰ってこなかったら
電話してって言ってある。

いつ頭がおかしくなるか、わからないから。
まずいなと思っても外泊はやめられないし、
歯止めが利かない。
自分の時間がないと、本当に壊れる。
子供とずっと一緒にいたら、結局、殴っちゃうもん。
それは治らない。
殴りたくないから、今でも遊びに出掛ける。

殴るより、遊びに行ったほうがいいって
現実逃避だよ」
4歳の娘の写真を見せてもらった。
満面の笑顔でカメラを見つめている。
本当にかわいい女の子だった。
里見さんはこれからヘアメークをしてキャバクラに
出勤をする。

「キャバで一緒の大学生がいるけど、
彼女たちには卒業がある。
でも、自分には卒業がない…って思うと、
本当に落ち込むよね」

最後に大きなため息をついて、里見さんの
話は終わった。
貧困が蔓延する沖縄でシングルマザーになった
彼女は、ずっと松山に出勤するしか
選択肢がない。・・・

(2)終わり →  次号につづく

Author :中村 淳彦 :(ノンフィクションライター )



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2016年6月24日 (金)

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ニュースの深層・「沖縄の貧困」


平均年収は全国最下位、雇用は崩壊状態

「子供は4歳の娘、虐待をやめられない。
普通に殴ったり、蹴ったりしちゃう。
まずいと思うけど、どうにもならない。
やめられないです。
放置して遊びに行くのは日常だし、
ヒドイときは髪の毛引っ張って、引きずり回して
ひっぱたくとか。

子供は、ギャーって泣くよね。
でもね、どうしてもかわいそうに見えないの。
虐待しちゃうときは、“こいつがいるから、
どうしてこいつのために、私が……”って
思考回路になっているからさ」


沖縄県那覇市松山のキャバクラに勤める
里見千穂さん(23歳、仮名)


Okinawa2



出勤前に取材に応じてくれたキャバクラに勤める
里見千穂さん(23歳、仮名)は、顔色ひとつ変えずに
娘に対する虐待を語る。
彼女は4歳の娘と暮らすシングルマザー。
学歴は高校中退、18歳で出来ちゃった結婚し、
3年前に無職で収入のない旦那と離婚している。

沖縄県那覇市松山は、沖縄県最大の歓楽街だ。
300メートル四方の一角にキャバクラや
風俗店が密集する。
ゆいモノレール・美栄橋駅を降り、国道58号を
越えるとネオンの明かりが見える。
路上から男性キャッチが続々と現れ、
ひっきりなしに声をかけられる。沖縄の夜は長い、
連日朝方までネオンが消えることはない。

平均年収は全国最下位、雇用は崩壊状態

沖縄県の経済は、本当に厳しい。
県民の平均年収は333万円
(平成25年賃金構造基本統計調査)、
平均月収は23.75万円
(勤続9年、平均40.5歳)で、全国最下位であり、
第1位の東京都580万円と比べると
57%強の収入しかない。

戦後復興や高度経済成長から切り離され、
基地や公共事業への依存から
抜けだせないことが理由と言われる。
全国最下位なのは、年収だけではない。
県内の非正規雇用者は44.5%、
離職率は極めて高く、大卒3年内離職49%、
高卒3年以内になると57.4%と、
雇用は崩壊状態だ。

さらに最低賃金は693円と全国最低の一方で、
公務員の平均月収は40万7000円と高く、
公民の深刻な格差も抱えている。
沖縄の子供たちは公務員にあこがれ、
公務員になることを夢見る。

シングルマザーも多い。離婚率は
人口1000人に対して2.59組が離婚(2013年)と
断トツの全国1位で、児童の半数以上が
シングル家庭という小学校も存在する。
沖縄には、本土都市部住民の想像を超える
貧困が蔓延しているのだ。

沖縄最大の繁華街「松山」とは

里見さんは、まず沖縄最大の繁華街である
松山について語る。
どこの町でも貧困と繁華街は、密接な
つながりがある。
「松山には離島も含めた沖縄県全体から、
学歴が低かったり、シングルマザーだったり、
経済的に困る女性が集まっている。

いろんな風俗がある東京とは、事情は
全然違う。朝まで普通に営業しているし、
客引きの規制はないし、
店は未成年とか平気で雇用する。違法だらけ。

松山のキャバクラや性風俗で働くのは、
女も男も中卒とか高校中退が多い。
高校中退率が高いから、沖縄は
中卒だらけですよ。
とにかく高校中退がすさまじく多い。
高校を辞める理由は妊娠とか、バイトとか、
遊んでいるほうが楽しいとかいろいろ。
低学歴の人間は、夜以外だったら最低賃金の
コンビニか居酒屋、ステーキ店、
コールセンターくらいしか仕事ないから」
キャバクラ嬢である

里見さんの収入を見てみよう。
4歳の子供を自宅近くにある実家に預けて
21時に出勤して、朝方3時、4時まで働く。
時給は2300円だ。
3000~4000円の東京と比べると、格段に安い。
1日の賃金は2300円×5時間=1万1500円となる。
日払いで支払われるこの金額が丸々
収入になるわけではない。

出勤ごとに必要なヘアメーク代2000円、
タクシー代往復2000円を引くと、
7500円しか残らない。週5回働いても、
実質的な賃金は16万~17万円程度となる。
「私、いわゆるヤンキーだったけど、
今になって本当にキツイ。キャバクラと性風俗は、
男も女も高校中退か中卒ばかり。
それで、ほとんどシングルマザー。
週5日とか働いても16万~17万円くらいしか残らない、
シングルだったらギリギリの生活だよ。

最低賃金のコンビニだったら、フルで働いても
10万~11万円くらいだから生きていけないわけ。
私は母親とか祖母に子供を預けられるからマシだけど、
家族がいないシングルは本当にキツイ。
よく生きていると思う」

なぜ沖縄にヤンキーが多いのか

「沖縄はヤンキーだらけ。
最初からバカは少なくて、中学生になって徐々に狂う。
家庭と中学校、それと周囲の環境だよね。
ヤンキーグループに入ると、だんだんと
環境が悪くなって昼夜逆転して
普通の中学生じゃなくなる。

それと、ヤンキーの子たちは貧困家庭が多い。
親がキャバ嬢とか風俗嬢で、夜に家にいなくても
監視がない。
友達にシングルの風俗嬢は何人もいるし、
友達の親が覚醒剤で逮捕されるとか、
家賃滞納で一家がホームレスになるとか、
中学生からキャバとか風俗で働く子はたくさんいたよ。
沖縄では普通のこと」

長年、県全体に雇用がない中で、格差と貧困が蔓延、
貧困家庭の生活環境は荒れている。
観光以外の大きな産業がないと、負の連鎖が起こる。
大人の社会は権力に偏った学歴社会、階級社会で、
子供の世界は親が貧困層の子供たちによる
暴力に支配されている。

中学生になると、ヤンキー→スポーツマン
→親が公務員の優等生→普通の子→内向的な子と、
スクールカーストが形成されて、
派手な髪型・スタイルで暴力を背景に持つヤンキーが、
子供の世界の権力を握る。

「成人式とか毎年報道されているでしょ。
沖縄の子たちは、中学生からあんな感じ。
ヤンキーはモテるし、私もそういう人しか
相手にしなかった。なぜかというと、
学校のヒエラルキー(ピラミッド型の階層組織。)
のトップなの。

学校とか地元で偉そうにしているし、
子供の中では圧倒的な権力がある。
中学校で先生を殴るとかは、普通。
先生に注意されたから蹴ったり、殴ったりとか」
彼女は地元の高校に進学したが、
中学時代の友達はほとんど進学しなかった。

地元の仲間は未成年を雇用するキャバクラや
水商売、
男は建築業、とび職などの仕事に就く。
そして、高校に進学しない者たちは
夜通し遊ぶのが日常だった。・・・・・

琉球大学出身の公務員が頂点の学歴社会

沖縄は琉球大学出身の公務員を頂点とする
厳然とした学歴社会がある。
学歴がない者たちの月収は、10万~11万円ほど、
覚悟を決めて夜の仕事に飛び込んでも
10万円台後半が平均となる。

有効求人倍率は非正規やパートを含めて
1倍を割る0.9と雇用が極端に少なく、
那覇市周辺の物価や家賃は内地とさほど変わらない。

公務員、大企業のサラリーマン、
公共事業に絡んだビジネスで起業に成功した
一部の者以外、普通に働いても普通の生活が
できないという状態だ。

「そもそも19歳で結婚とか、10代で出産したのが
間違いだった。みんなが出産しているから、
それが普通なことになっちゃっている」
そう嘆くように、沖縄は“結婚前に妊娠し、
第1子を産んだ女性割合”が25.3%(厚生労働省)と
「出来ちゃった婚」の比率は高い。
さらにその8割以上が10代だ。
女性と子供の貧困の原因となる若年出産と
高い離婚率は、そもそも県全体に
深く根付くヤンキー文化が原因という。
彼女も非行少女だった。
3年前の成人式で中学校時代の地元の仲間たちは、
派手な改造車で会場に駆けつけて大騒ぎし、
テレビカメラに囲まれて報道されている。

暴力の連鎖が「離婚」と「離職」を生む

「私は、彼氏のDVで高校辞めた。
彼氏は無職のヤンキーで、学校に行っていることを
責められて、日常的に暴力を振るわれた。
ちょっと機嫌損ねると、パンチが飛んでくる。
沖縄のヤンキー男は暴力を使って偉そうにするから、
いつまでも俺様みたいな性格。
恋人とか配偶者に対して虐待は普通なの。
たぶん、普通の人のほうが少ない。
特に貧困でネグレクト家庭に育った男は、
DV体質になりやすくて、それが女性にも影響する。
だから、離婚が多いでしょ。

会社も同じ、公共事業頼りのもともとヤンキーの
中小企業の社長が部下とか後輩を虐待するから
仕事が続かない。
それが離職率高い理由。
本当の負の連鎖、どうしようもない」

高校は1年で中退、17歳で松山のキャバクラに勤めた。
未成年を雇用する店はすぐに中卒、高校中退の
ヤンキーグループに情報が伝わる。
友達の紹介で面接して、その日から
髪の毛を飾って出勤した。・・・・・

(1)終わり →  (2)つづく

Author :中村 淳彦 :(ノンフィクションライター )



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『小さなお店をもちました 』



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2016年6月23日 (木)

妄想劇場一考編

妄想劇場一考編

信じれば真実、疑えば妄想……

時は絶えず流れ、今、微笑む花も、明日には枯れる


Mituo

一目惚れしたのは、
私が先よ、
手を出ししたのは、
あなたが先よ




談の核心

日本の性風俗 シリーズ(1・2・3)

貧困が蝕む性風俗の実態(すぐ隣にもある現実)
友人、恋人、妻がカラダを売る時代


日本の貧困問題が深刻化している。
世帯収入は10年前の20%減、非正規雇用率40%、
単身女性の30%が貧困状態、
生活保護受給者200万人突破……
暗い数字ばかりだ。
日本で格差と貧困が拡大し、女性を中心に
普通に働いても人並みの生活が困難な現状がわかる。

その現状を風俗嬢や性風俗業界の動向から
解き明かすのが『図解 日本の性風俗』(中村淳彦)だ。
中村淳彦氏は「裸の女性は、社会を映した鏡である。

子供の頃に『風俗嬢になるのが夢』と作文に
書く女の子はいない。
風俗嬢たちは自覚、無自覚含めて、そこで働く
強い理由がある」と言う。

日本は、終身雇用や年功序列などの
「日本型雇用」によって世界に冠たる
経済大国まで発展した。
しかし、バブル崩壊後、日本型雇用は破壊され、
「一億総中流」も過去の遺物となり、
現在に至る格差社会の幕が開ける。

バブル以前、格差が少なく景気の良い時代は、
性風俗でカラダを売る女性はあくまでも少数派だった。
風俗嬢になる女性は、借金や精神疾患を抱える、
過剰な浪費癖がある、悪い男に騙されたなど、
いわば一部の「ワケあり」女性だけだった。

しかし、失業率上昇、雇用悪化、世帯収入や
実質賃金は下落の一途。格差と貧困が拡大した現在、
「普通」の女性が生活のために、性風俗の世界へ
続々と足を踏み入れる。
高校や大学を卒業し、社会のレールに乗りながら
就職や結婚、そして出産。常にマジョリティの中で
「普通」に属した女性たちが、自らの意志で裸となり、
性を商品としてお金を稼ぐ――
そんな格差と貧困に喘ぐ女性たち、
現在の性風俗の実態が解説されている。

奨学金の返済のために吉原のソープランドで働く
慶應大学の女子学生。
生活費と長女の進学費用を捻出するため飛田新地で
売春する40代のシングルマザー。
家賃が払えずデリヘルの待機所に住みつく20代の
ホームレス女性。
一人暮らしの費用を稼ぐつもりが気づけば
援交業者の下で管理売春を強いられる19歳の元OL……。

今は経済的に困窮し、性風俗で働かざるをえない
「普通」の女性が多くいる。
月5~6万円程度のお金が足りないため、
女性が売春する
現代の異常性を警告する。

さらに、性風俗市場では、働く女性の増加と
男性客の減少により、需要と供給が崩壊。
価格破壊により本番サービスを提供して
客1人つき2500円しか稼げないなど、
異常なデフレが進行。

女性の最終手段である性を売っても、
生活保護以下の貧困から抜けられない風俗嬢も
大勢存在するという。
もはや性風俗は女性のセーフティネットとしても
機能していないのだ。

「常時30万人といわれる風俗嬢だけではなく、
一度の売春などまで含めれば、裸やセックスを
換金したことのある女性の数は膨大です。
都市で生活をしていれば、会社の同僚、得意先、
元同級生、近隣などなど、どんな人でも
それらの女性たちと、なにかしらの人間関係を
経験しているはずです。

自分には関係ない世界と思っていても、
性風俗や売春は、すぐ隣にある現実なのです」。

「風俗とは?」「風俗嬢はどのような女性なのか?」
働く女性の実態を通して貧困が蝕む日本の現状は・・・・・。
性風俗の現場で起きている格差と貧困の問題は、
我々のすぐ隣にある現実であると認識できる・・・・。
・・・
Author :谷口京子
(清談社)


『夜桜蝶々 ( あさみちゆき ) マドンナ・ライブステージ』…




昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー

P R

   
カビの生えない・きれいなお風呂

      お風呂物語

入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂

Basu21

2016年6月22日 (水)

歴史・履歴への許可証

歴史・履歴への許可証

昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー


夢はでっかく、根はふかく。
花を支える枝 枝を支える幹 
幹を支える根 根はみえないんだなあ



Kobanasi_3


『親ネコ子ネコ』  吉四六(きっちょむ)さん

むかしむかし、きっちょむさんと言う、
とてもゆかいな人がいました。
ある日の事、村の伝兵衛さんの飼い猫が、
子ネコを四匹生みました。
そのうち三匹は、すぐによその家へ
もらわれて行きましたが、母親によく似た
メスネコだけは、なぜかもらい手がなくて、
そのまま家に残りました。

Neko_2


そして一年もたつと子ネコはすっかり大きくなって、
今ではどちらが親で、どちらが子どもか、
家の人でも簡単にはわかりません。

ある夜の事、村の若者たちが伝兵衛さんの
家に集まって酒を飲んでいたのですが、
途中で酒が無くなってしまいました。

酒に酔ってせっかくの良い気分なので、
だれも町へ酒を買いに行こうとはしません。
すると一人の若者が、よく似た親子のネコを見て、
「おい、ここにきっちょむさんを呼んできて、
このネコの親と子を見わけさせようじゃないか。
そして間違った答えを言ったら、町へ
酒を買いに行ってもらおう」と、いいました。

それはおもしろいとみんなも賛成し、
すぐにきっちょむさんを呼んできました。
そして親子のネコをきっちょむさんの前において、
「きっちょむさん、このネコはどっちが親で、
どっちが子か、見分けがつくか? 
もしうまく言い当てられたら、ここにある
料理をみんなやろう。
その代わり、もし間違ったら、町まで
酒買いに行ってくれ。
もちろん、きっちょむさんの金でな。・・・
さあ、どうする? 
もし見分ける自信がないのなら、
やめてもいいんだぞ」と、言うと、
きっちょむさんは平気な顔で、
「いいとも。その勝負、受けた」と、答えました。

そしてきっちょむさんは、料理の中にある魚を、
二匹のネコの間に投げ与えたのです。
すると二匹のネコは、「ニャー」「ニャー」と、
同時に魚に飛びかかりましたが、
そのうちの一匹はすぐに手を引っ込めて、
もう一匹のネコが美味しそうに魚を食べるのを、
じっと見つめています。

きっちょむさんは、このありさまを見て、
「魚を食べているほうが子どもで、
見ているほうが親ネコだ。
伝兵衛さん、そうだろう?」と、答えました。

本当にそうだったので、伝兵衛さんが
感心してうなずくと、
「よくわかったな。おれでも、時々
間違えるというのに」と、言いました。

するときっちょむさんは、さっそく料理を
一つの皿に移して、持って帰る準備をしながら
答えました。

「親と言うのは、自分が腹を空かせていても、
子どもにはご飯を与えてくれる、ありがたい存在だ。
それは人でも、ネコでも同じ事。・・・

さあ、おれも家に預かっている子どもがいるから、
早く家に帰って、この料理を食べさせてやらないとな」
そしてきっちょむさんは料理を持って、
家に帰っていきました。・・・・

おしまい・・・

Oog1111_2


沖縄県の民話 

むかしむかし、あるところに、二人の姉妹がいました。
お姉さんの方は色白できれいな顔をしているのに、
妹の方は色黒でちっともきれいではありません。
だからお母さんは、色白できれいな顔の
お姉さんばかりを可愛がっていました。

ある日の事、二人が一緒に道を歩いていると、
向こうから馬に乗った男の人がやって来て尋ねました。
「この村のお宮へ行きたいのですが、
どっちへ行けばいいのでしょうか?」

この男の人はひげだらけの顔をしていて、
汚れた着物を着ていました。
(なんて汚いんでしょう。こんな人とは、
口をきくのもいやだわ)

そう思ったお姉さんは、聞こえないふりをしました。
でも、親切な妹は、
「それでは、わたしが案内してあげましょう」と、
村はずれにあるお宮さんまで、男の人を
連れて行ってあげたのです。

二人がお宮の前まで来ると、男の人はふところから
白いおうぎを出して言いました。
「わたしは人間の姿をしているが、本当は山の神じゃ。
お前はまことに親切な娘。お礼にこのおうぎで
あおいでやろう」
山の神さまが、白いおうぎで娘をあおぐとどうでしょう。

色黒だった娘の顔が、みるみる色白で
きれいになったのです。
「よい顔じゃ。お前のうつくしい心には、
その顔が似合っておる。

・・・それにしても、お前の姉さんはひどい娘じゃ。
わしの汚いかっこうを見て、口をきこうともしなかった。
いくら色白できれいな顔をしておっても、心はまっ黒だな」
そう言って、山の神さまはお宮の中へ消えて行きました。

さて、妹が戻ってくると、お姉さんは目を丸くして
驚きました。
色が黒くてみっともない顔の妹が、
見ちがえるほどきれいになっていたのです。
「どうして、そんなにきれいになったの?」
美しさで負けたお姉さんは、くやしくてたまりません。

そこで妹からわけを聞き出すと、すぐにお宮さんへ
飛んで行きました。
「山の神さま、お願いです。どうかわたしも、
おうぎであおいでください」
するとお宮の中から、山の神さまが出てきて言いました。

「そんなにあおいでほしけりゃ、のぞみ通りに
あおいでやろう」
山の神さまはふところから黒いおうぎを取り出すと、
お姉さんの顔をあおぎました。

すると色白で美しかったお姉さんの顔は
みるみる黒い顔になったのです。
でも、それを知らないお姉さんは、大喜びで
妹のところへもどってきました。
「どう、わたし、すごくきれいになったでしょう?」

「・・・・・・」 妹は何も言えなくて、首を横にふりました。
「えっ?」お姉さんはあわてて近くにある池に行くと、
水面に自分の顔をうつしてみました。
するとそこにうつっているのは、色黒の顔だったのです。
「どうしよう、どうしよう」

お姉さんはすぐにお宮へ行って、元の顔に
もどしてくれるように頼みました。
でもどこへ消えたのか、山の神さまは
二度と姿を現しませんでした。

さて、妹はそれからもますますきれいになって、
その国のお殿さまの奥方になり、いつまでも
幸せに暮らしました。
しかしお姉さんの方は、一生、色黒で
みにくい顔だったそうです。・・・・

おしまい・・・




『最高の宝物 』




誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、
言えば、言い訳になるから……。



Mituo

人の為 と
書いて、
いつわり(偽) と
読むんだねぇ







時は絶えず流れ、 
  今、微笑む花も、明日には枯れる 



鬼が餅つきゃ、閻魔が捏ねる、そばで地蔵が食べたがる   

 

  P R


    カビの生えない・きれいなお風呂

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入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂

Set1

2016年6月21日 (火)

妄想劇場・番外編(18禁)

妄想劇場・番外編(18禁)

信じれば真実、疑えば妄想……


18歳未満禁止の内容が
含まれています
18歳未満の方は
ご遠慮下さい。






これほど惚れた素振りをしても、ほんとに悟りの悪い人


メジャーでは無いけど、
こんな小説あっても、良いかな !!
アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい。


『同窓会・・・・揺るぎない想い編(1) 』 

『おう柏木っ!…って、お前も結婚して
名前変わってるよな!』
うしろからポンッと肩を叩かれ、振り向いたそこには、
10年ぶりの懐かしい顔があった。

「あ…藤木」
『おうっ、俺のこと覚えてたか!』
藤木はあたしの隣りの席に移りながら、そう言って笑った。
「当たり前だよ…」 『そう?そんで俺は、お前を
なんて呼べばいいわけ?』
藤木が慣れた手つきで、あたしのグラスにビールを
注ぎ入れる。
そしてそのまま自分のグラスにも注いだ。
「いいよ…柏木で」
『は?だってお前結婚してるって聞いたけど…』
藤木の顔が一瞬、気まずそうに曇る。

『まいっか…とりあえず再会を祝して乾杯!』
「うん乾杯!」
…カチンッ クイッとおいしそうにビールをあおる藤木。
下戸のあたしは、ほんの一口、グラスに口を付ける
真似をする。
あたしが藤木の空のグラスにビールを注ごうと、
ビール瓶を持つと、藤木がそれをやんわりと取り上げた。
『いいよお前はそんなことしなくて。
それよか、酒じゃないもの頼んでやるよ…
烏龍茶でいいか?』

「うん…ありがと」 頷くあたしの手元に、早々と
烏龍茶が届けられた。
10年ぶりに再会した藤木は、あの頃よりずっと
大人になっていた。
体型に合ったスーツを、バリッと着こなした全身からは、
仕事が出来そうな男のオーラが漂っている。
程よく鍛えられ、あの頃よりも一回り大きくなった
藤木の体は、彼をより精悍に見せていた。

見た目だけでなく、てきぱきとした口調、
スマートでそつのない振る舞い…
そこにいる藤木は、あたしが知っている、
高校の頃のシャイで不器用な藤木ではない。
卒業以来会うことのなかった10年間を、
無駄なく丁寧に生きてきたことが、藤木の
自信に満ちた表情からも伺えた。

「藤木…いい男になったね」 あたしの口からは、
自然とそんな言葉が突いて出た。
『へぇ~柏木、お世辞なんか言えるようになったんだ!
お前も成長したな~!』
藤木がいきなりグッと顔を寄せてきたもんだから、
あたしはカーッと赤くなった。

照れ隠しに、慌てて烏龍茶をがぶ飲みするあたしを、
藤木は目を細め眺めている。
『お前今…あん時俺を振ったこと後悔したろ?』
ニヤついてそう口にした藤木を、
あたしはキッと睨みつけた!

『おぉ怖…そんな顔すんなって!お前はいつも笑ってろよ。
俺の記憶の中の柏木みたいにさ…』
そんな藤木の言葉に、甘苦い高校時代の想い出が甦る。
――そう言えば、あたしここんとこ笑ってないなぁ。
藤木や仲間達と過ごしたあの頃は、他愛もないことで
笑ってた。
藤木はそう言って、あたしの肩にそっと手を置いた。

「あたしそろそろ行くわ」
『――は?柏木?』
店を出たところで、追ってきた藤木に腕を掴まれた。
『柏木ちょっと待てよ!』
駅に向かって歩き出そうとするあたしの頭に、
藤木の大きな手がふわりとかぶさった。
その途端、あたしの視界が涙でぼやける。
潤んだ瞳から溢れ出した涙が、幾筋も頬を伝い
流れていく。

無理をしている色々なことを、藤木に見透かされそうで
罰が悪かった。 どうにか声は堪えたけど、
鼻を啜る音だけはどうしょもない。
『どうした柏木? お前なんかあったのか?』
心配そうに覗き込む藤木を、あたしは手で制した。

藤木に見られたくなかったなぁ…あたしのこんな姿。
あの頃だってずっと強がってたんだから、
いまさら涙なんか見られる前に、黙って
別れてしまいたかった。

「何でもない…」 あ―あ… あたしかっこ悪過ぎ。
藤木はこの10年間で、すっかり大人の男になったのに、
あたしは未だ大人の女とは程遠い場所にいる。
あの頃とちっとも変わらない不器用なまんまで…
高3の3学期、放課後の教室で藤木に告白された。
彼氏がいると言ったあたしに、藤木は不機嫌そうに
ひと言『知ってる』と答えた。

3年間好きだったから、結果はどうあれ、卒業までに
気持ちだけ伝えたかったと…
正直、それなら告白なんてしないで欲しかった。
そしたら、あたしたちはあれからもずっと
友達でいれたのに… 卒業の日までは変わらずにいようって、
あの時あたしは藤木に言ったけど、結局その約束は
守れなかった。 なぜなら、もう次の日から、あたしは藤木を
避け始めたんだから… 前みたいに、あたしが
気軽に藤木の側に寄ることはなくなったし、
藤木の視線を感じても、あたしは気付かないふりをした。


Neko1



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卒業の日まで、いったい藤木がどんな顔をして
過ごしていたのかすら、あたしは知らない。
『なぁ柏木?俺、今なら柏木の力になれそうな気がする』

いつのまにかあたしは藤木の腕の中にいた。
「ずるいよ!人が弱ってるときにそうやって付け込むの…」
『だってお前、こんなときじゃなきゃ素直になんないじゃん!』
うっ… 悔しいけど当たってる。

『吐き出しちゃえよ俺に…なっ、柏木!』
遅いよ藤木… あたしたちもう高校生じゃないんだよ。
高校を卒業してから10年間…恋や仕事や
色々なことがあって、ふたりは今、こうして別々の
場所に立ってる。

あの頃みたいにお互いの距離を縮めるのは、
口で言うほど簡単なことじゃない。
「あたしは平気だからさぁ…もう離して!」
努めて明るくそう言って、藤木の腕を取った
あたしを、藤木は再び力強く抱き寄せた。
『俺が平気じゃない!』 藤木の強い心臓の鼓動が、
あたしの耳の鼓膜を震わせている。

「どした?藤木?酔ってんの?」
あたしはこれ以上藤木を刺激しないように、
冗談にしてしまおうと笑った。
『たしかに酔ってるけど、酒の力借りてこんなこと
してるわけじゃねぇよ』
聞いたこともない真剣な口調に、藤木の男の部分を
見たようで怖くなった。

「ねぇ藤木…こういうのやめよう」
掠れた声でそう言ったと同時に、膝頭がかたかたと
震え出す。
『いいから今は黙って抱かれてろ!
これ以上喋ったら、その口塞ぐからな…』
昔から冷静だった藤木が珍しく声を荒げた。

「あたしがそういう乱暴なこと嫌いなの、
藤木は知ってるはず――」
ん?んむっ?! 消え入りそうにそう訴えた
言葉の途中で、急に息苦しくなったと思ったら、
警告通り、藤木があたしの唇を塞いでいた。
戒めのような激しいキスが続いたあと、
藤木はあたしから体を離した。

ショックで波打つ両肩を抱きながら、
生々しい藤木の唇の感触を消したくて、
あたしはグロスごと唇を拭った。
「――なにすんのよ藤木!これじゃ、
あの時と同じじゃない!!」
あたしはまわりも気にせず泣き叫んでいた。 

そう…思い出した。 あの告白のあとも、 こうして強引に
唇を奪われたんだった。
その藤木の強引さが、当時あたしの逆鱗に触れ、
結果それで藤木を避けるようになったんだった。
『だって柏木はこうでもしなきゃ、 俺の言うことなんか
聞かないじゃん!』

あ…デジャヴだ… ――今の言葉、 一語一句、
あの時の感覚とシンクロしてる。
あたしを小馬鹿にしたような、
憎らしいやんちゃな表情までそっくりだ!
今あたしの目の前に、あの日の藤木がいた。

「あたしもうすぐ離婚することになると思う」
藤木が飲み足りないとあたしを誘う形で、
地下のバーに移動した。
『それは柏木が望んだことなの?』
大人に戻った藤木はあたしにそう聞いた。
現実のあたしは28才で、目の前には、
片付けなければならない問題が山積みだった。

3年続いた夫との結婚生活は、修復不能な程
冷えきっていたし、大学卒業後から勤めてきた会社は、
この不況で倒産寸前だった。
「たぶん…お互いがそう望んだんじゃないかな?
もう今となってはどっちでもいい…」
あたしは吐き捨てるようにそう言った。

『なげやりになるなよ…柏木らしくない』
藤木は手に持ったロックグラスをじっと見つめていた。
「藤木…何もかもうまくいかない。
あたしどうしたらいい?」
あの頃はよかったなんて言うつもりはないけどさ。
世の中は試験勉強とは違って、頑張った分だけ
評価されるわけじゃないし、ご褒美だって
そうそう貰えない。

それはわかってても、自分の頑張りが報われないのは
やっぱりつらいし、それが続けば心だって弱ってく。
今のあたしはまさにそんな状態だった。
『柏木が悪いわけじゃないよ。俺はあの頃の
お前しか知らないけど、お前はきっと、精一杯
やってきたんだと思う』
藤木の言葉がじんわりと心にしみた。

涙を見られたことは恥ずかしかったけど、
素のあたしを知ったあとも、こうして藤木は
側にいてくれる。
誰かの言葉がこんなに嬉しく感じたのは初めてだった。
それが藤木だから、余計にそう思えるのかな?

「藤木はまだ独身を謳歌してるんだ?」
藤木に本音を曝け出したあたしは、久しぶりに
心の平穏を取り戻していた。
そんなあたしは、藤木ととりとめもない会話を
楽しんでいる。 『まぁ…結果的にはな』

ふとまつげを伏せた藤木の横顔に陰が射した。
「今まで結婚考えたことないの?」
『あるよ』 即答だった。
だよね…藤木くらいの男なら、まわりの女の子だって
ほっとかないだろうし…
「それならなんで結婚しないの?」
自分で聞いておきながら、ちょっと嫌な気分になった。

『なんでだろうな…』
高校時代のあたしは、年上男性への憧れが強くて、
藤木のことは、仲のよい同級生としか見ていなかった。
だけど大事なのは、車を持っていることや、
おしゃれなお店を知っていることじゃなかったんだよね。
お互いの弱さやわがままを受け入れ、認め合って…
そうやって少しずつ成長しあえるような関係を、
この先築けたら素敵だと思う。

『柏木?また会えるか?』
吹き出しそうな程真面目な顔で、藤木があたしを見た。
でもそんな藤木の真剣さが、今は素直に嬉しい。
「すぐには無理だけど…色んなことが片付いたら、
藤木に会いたくなるかも」
素直になるってこんなに楽なんだね。
それに何だか優しい気持ちになってる気がする。

『待つよ。俺柏木を…っていうか、俺ずっと
待ってたのかもお前のこと』
藤木は照れて笑った。
10年という時間を超えた、こんなのんびりとした
やりとりが心地よかった。
今のあたしには、自分を見つめ直す時間が
必要なんだと思う。

今すぐに何かを変えることは出来なくても、
藤木が待っていてくれるなら、ゆっくりと
私らしい答えを見つけていけばいい。
藤木の前で自然に微笑む今のあたしみたいに、
飾らない自分で過ごしていこう。
時にはわがままで素直じゃないあたしが
顔を出すとしても、懲りずに見守っていてくれる
藤木がいれば、またいつか心から笑える日がくるだろう。

優しくあたしの頬を包んだ藤木の手が、
とても温かかった。 そっと目を閉じたあたしに、
小さなキスが降ってきた。…… つづく

Author :SO-AIR
http://syosetu.net/pc/


Tinko_2
人の為(ため)と
書いて
いつわり(偽)と
読むんだねぇ



俺とおまえは、玉子の仲よ、俺が白身で黄身を抱


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Set1

2016年6月20日 (月)

漢の韓信

信じれば真実、疑えば妄想……

昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー



こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
  知りつつ、こうして、こうなった



メジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、良いかな !!
アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい



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韓信
紀元前二〇〇年代の中国大陸。
衰退した秦の末期に
生を受けた韓信は、成長し、
やがて漢の大将軍となる。
「国士無双」「背水の陣」
「四面楚歌」
そんな彼を描いた小説。




漢の韓信-(133)

臨淄に戻ってきた韓信の姿は、一見普段どおりであるが、
よく見ると目もとに疲労の色が浮かんでいた。
彼は、ほとんど寝ていなかったのである。
「やあ、曹参どの……ご苦労。私は……
さしたる理由もなしに、戻ってきてしまった」
出迎えた曹参は、いたわりの言葉をかけた。
「あのような事件のあとでは、仕方のないことです」
「うむ。少し休もうと思う。休んだところで気持ちが
安らぐとは思えないが……」
「鋭気をお養いください」曹参に言われるまま、
韓信は居室に入って一人きりになり、思考を巡らせた。

なぜ、私は戻ってきたのだろう?というところから
彼の思考は始まる。
女の死を理由に戦意喪失する指揮官に、
兵が従うはずがない。
そのことを知っているのに、自分は戻ってきた。
臨淄に戻ったとしても、蘭が待っている
わけではないというのに……。
自分でも説明がつかない。臨淄に戻れば、
自分を癒してくれる何かがあるわけでもなかった。
私が戻ってきたことで、あるいは漢は敗れるかもしれない。
漢王の苦悩する顔が頭に浮かぶ。
迷惑をかけて申し訳ない、という気持ちが
浮かんだことは確かだった。
しかし、いまはどうにでもなれ。知るものか!
彼は腰の剣を外し、床に投げ捨てるように置くと、
そのまま横になった。
天井を見上げ、さらなる物思いにふける。

蒯通が去ったとき、私は悲しみにくれて涙を
流したというのに、蘭がこの世を去ったときは、
一滴も涙が出てこなかった。……
私は生来酷薄な男なのだろうか?

これも自分で自分自身に説明できないことのひとつであり、
容易に解けない謎のようなものであった。
あのとき、泣いている暇がなかった、といえば
確かにそうだ。しかし、いま蘭の顔を思い浮かべてみても、
涙は浮かばない……。
それは、最後まで彼女が私を裏切ることを
しなかったからかもしれない。
あれは誰だったか……。
かつて私のことを評した者がいた。
人を信用しないくせに、人からは
信用されたがっていると……。

蒯通が去ったときに泣いたのはその証拠か。
思いが通じなかった相手に失望したから泣いた、
ということか。では……人生の半ばまで
生きることもできず死んでいった蘭のために、
流す涙はないということか。……
やはり、私は自分のことしか考えられない
酷薄な人間に違いないな。誰が私をこのようにした? 
父から受け継いだ血のせいか? 
母の教えか? 
それとも栽荘先生が私をそのように育てたのか? 

いや、いずれにしても私の人生は私自身のものだ。
誰を責めることもできない。
私自身の生き方が間違っていたのだ……。
蘭はかつて、私のことを人生の半分も知らない
男だ、と評した。しかし、いま考えてみると、
それは蘭自身もそうだったと思う……。
蘭、私は君がうらやましい。私の残りの人生は、
きっとつまらないものに違いないからだ。
だってそうだろう? 人生とはほとんど……
苦難に満ちている。君がいたからこそ……
それにも耐えることができたというのに、
残りの人生をどう過ごせというのか? 
野望、謀略、裏切り、変節……私は人生を満たす
これらの苦難を君なしで乗り越えていかねばならない。
私は君がうらやましい。君はこの先そんなものと
無縁でいられるのだから……。
行軍の間、ひとしきり考える余裕もなかった韓信は、
このとき初めて蘭の死を現実のものとして
受け止めることができたようだった。
その証拠として、彼はこのとき久しぶりに
熟睡できたのである。しかし、
事態は韓信に休息を許さない。

このとき劉邦は、韓信の到着を待ち続けた結果、
すでに固陵の地で楚軍に敗れていたのである。
「信の奴め! ……わしを見捨てて生き残れると
思ってのことか。……許せぬ。
誰のおかげで今まで……」劉邦は癇癪を起こし、
身の回りの食器や調度品を手当り次第に
打ち壊し始めた。
兵たちはその様子に恐れおののき、
平身低頭するばかりである。
張良はそんな劉邦の姿を見て、嘆息せざるを得なかった。
韓信……なにがあったかは知らないが……
なぜ漢王の逆鱗に触れるような行動ばかりするのだ。
私も君を見る目を改めなければならないのか? 
できることなら、そうあってほしくないことだ。 
張良も覚悟を決めざるを得なかった。
彼が韓信をかばい続けるのには、限界が近づいている。

張良は気を取り直して、話を続けた。
「一方彭越は」「とにかく梁に固執した男です。
彼には天下を統一するような気概はありません。
秦のような広大な帝国は彼の常識から外れたものであり、
旧来の戦国諸侯国こそが彼の理想なのでありましょう。

つまり、彼には項王亡き後の梁の領有権を
保証してやることです。
きっと言うことを聞くでしょう」
「ふむ。して韓信は、どうする?」
「同じです。彼にも土地の領有を正式に認めることです。

広大な領地を。しかしそれでいて、その権力が
大王を超えるものではないことであることが重要です。
それによって、彼は安心するでしょう」
「餌で釣り上げるようなものだな。
結局は韓信と彭越を同列に置くということか?」
「然り。皮肉ですな。欲の少ない韓信と、
欲の塊のような彭越。

この二人の得るものが同じだということは……。
しかしこの二人を動かすには同じ口調では駄目です。
彭越には協力を促すように、
韓信には強要するように言わねばなりません」
「逆ではないのか……ますます皮肉だ。
しかし、韓信に臣下としての立場をわからせることは、
彼自身にとっても良いことだろう。

子房に任せる」かくて、韓信には陳
(泗水と睢水が分かれるあたり。
現在の淮陽)から以東、海に至るまでの地を与え、
彭越には睢陽から北、穀城(現在の東阿)までの
地を与えることが正式に宣言された。 

彭越はこの報を聞いて手放しで喜び、
参戦を決意したという。
しかし、韓信はそうはいかなかった。
韓信の手には、使者から託された書簡がある。
それはいわゆる命令書であったが、
彼はそれを一読して、深いため息をついた。

「書簡には、なんと?」
様子をみて不審に感じた曹参は、韓信に尋ねた。
韓信はそれに対して苦笑いで応じ、
曹参にそれを渡した。
読んでみよ、というのである。

「これは、命令書に違いないが、同時に私を
糾弾する書簡である。
凝っていてよくできた文章だ」
曹参が目を走らせてみると、書簡には
以下のように記されていた。・・・・・

つづく

Author :紀之沢直・:野沢直樹
http://kinozawanaosi.com.



愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る 


歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
人のせいにしない、恨まない、人生、絵模様、万華鏡…



『東京迷い猫』




人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ

誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、言えば、……



時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる




P R

カビの生えない・きれいなお風呂

お風呂物語

入れてもらえば気持ちは良いが、
    どこか気兼ねなもらい風呂


Set1

2016年6月19日 (日)

妄想劇場・特別編

妄想劇場・特別編

信じれば真実、疑えば妄想……


Mituo


昨日という日は
歴史、
今日という日は
プレゼント
明日という日は
ミステリー








誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、言えば…




「クラゲに入った魚」





ミステリアスな生き物、ネコ。
『ネコの不可解な行動の理由は?』

どんなに仲良くなっても、ネコは謎が多い生き物だ。
私たち人間は、そのよそよそしさに惹かれる一方で、
わけがわからない反応に腹を立てることもある。
ネコの不可解な行動に関する、3つの質問

鳴きまくる

コリナ・サンソーネさんご夫妻は、9歳になるラグドールを、
生後5週間のときから飼っている。
放し飼いだったネコは、2年半ほど前の引っ越しが
トラウマとなり、一時的にえさを食べなくなり、
夜中に鳴きながら家中を歩き回るようになった。
近所のネコやアライグマと何度もケンカをし、
獣医に行かなければならないこともあった。
しかし、最近では家の中で過ごすことが増えたと
サンソーネさんは言う。

ところがこのところ、また家の周囲を歩きながら
大声で鳴き始めた。エサや特別な配慮など、
何をしても静かにならない。
「とてももどかしく、2人とも困り果てています」

英ブリストル大学のネコの専門家ジョン・ブラッドショー氏と
米ペンシルベニア大学獣医学部のカルロ・シラクーサ氏は、
何よりも先に獣医師による検査を受け、
身体的な痛みを排除すべきだと言う。

たとえば老齢のネコは甲状腺異常を起こしやすい。
その症状には余計な動作や鳴き声が
増えることがあるとシラクーサ氏。
一方、ブラッドショー氏は別の可能性を指摘する。
感染症で耳が聞こえなくなっており、
「自分の鳴き声が聞こえない」のかもしれない。

だが、もっとも可能性が高そうな原因は、
以前ケンカをした動物が家の周りでたてる音や
臭いだとシラクーサ氏は言う。
「鳴き声は『自分はここにいる。あっち行け!』という
なわばりの主張かもしれません」

いずれにしろ最良の対策は、ネコを
室内で飼うことだ。外に出さないことが、
「ネコの安全と医学的健康にとってベストです」と
シラクーサ氏は述べる。
シラクーサ氏もネコを飼っているが、
外出はさせていないそうだ。

それでも、サンソーネさんのネコは、外にいる
動物の音や臭いに苦しめられるかもしれない。
その対策としては、クラシック音楽や睡眠誘導用の
「ホワイトノイズ発生装置」を使えば、
音をかき消すことができる。
また、動きに反応してシトロネラ(虫除けに使われる)を
噴霧するスプリンクラーなどを家の周囲に
設置することで、望まぬ動物を安全に家から
願わくばネコのレーダーからも遠ざけられると
シラクーサ氏は語る。

そしてブラッドショー氏は、サンソーネさんのネコは、
母親から引き離されるのが早すぎたのでは
ないかと付け加えた。「生後8週間が普通なので、
(5週間で引き離された)このネコの行動は
まだしかるべき段階まで発達していなかったのでしょう」。
ストレスの影響を受けやすいのも、
そのせいかもしれない。

よその家に上がり込む

次は、引っ越しを嫌うネコとは大きく異なり、
すぐに新しい家に入りたがるネコだ。
パットと名乗る読者から、こんな質問があった。
飼いネコが数日おきにネコを飼っていない
見知らぬ人の家に上がり込んではベッドに
直行するのだが、その理由を知りたいと。

シラクーサ氏によると、特定の臭いがそのネコを
惹きつけている可能性がある。
それに、寝室にはクローゼットがあり、
隠れる場所がたくさんある。ネコはそのことを
知っているのかもしれない。

とてもかわいがられているネコでも、
「時にテリトリー拡大の可能性を調査」して、
新たな安息所の候補をチェックして回ることがあると
ブラッドショー氏は語る。
これについては心配無用だ。
単なる「自立した性質」のサインなのだから。


私の帰宅がわかる

最後に、米ナショナル ジオグラフィックの
クリスティン・デラモーレが飼っているネコは
“千里眼”ではないかという質問である。
クリスティンの夫いわく、子ネコのスノーリーは、
クリスティンがアパートの建物に入ると
1階の玄関まで走って行くそうだ。
一方、クリスティン以外が建物に入って来ても
無反応だという。

「なぜ私だとわかるのかしら?」とクリスティン。
ネコの聴覚と嗅覚は、人間とは比べものに
ならないほど優れている。それらの感覚を使って、
人が知るよりもずっと早く人を識別できると
ブラッドショー氏は解説する。
(参考記事:「ネコは飼い主をネコと思っている?」)

たとえば、レーダーのようにくるくる動かせる
ネコの敏感な耳は、人の足音や鍵をジャラジャラ鳴らす
音などの小さなノイズを容易に聞き分けられる。

それに、ネコは人間に依存しており、私たちの毎日の
パターンや行動に細心の注意を払っている。
そのため、日々の習慣が途切れると、
すぐにそれに気付く。

ロビーを歩くクリスティンの足音、
くしくも缶切りで缶を開けるときの音に似ているは、
スノーリーにとってはご飯タイムの合図なのだろう。


終わり

Author :Liz Langley/訳=堀込泰三


『キツツキの背中に乗って空を飛ぶイタチ。





時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる


   P R

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入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂

Set1

2016年6月18日 (土)

信じれば真実、疑えば妄想

信じれば真実、疑えば妄想

時は絶えず流れ、
 今、微笑む花も、明日には枯れる


Mousou2













人の為(ため)と書いていつわり(偽)と読むんだねぇ
誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、言えば、……



「ポルターガイスト現象」超常現象

思春期の生体エネルギーが引き起こす未知のパワー


A1



ドイツ語で「騒霊」を意味するポルターガイストは
心霊現象の中でも最も多く記録されている現象である。
古今東西、世界中で記録が報告されている。
古いところでは355年にドイツのある村で
起きたことが記録されている。

その奇怪な現象は人間に危害を与えることは
あまりなく、無秩序でありながら、ものすごい
エネルギーによる数々の物理現象のくりかえしが
特徴とされている。

例えば、夜中にあるはずのない空間から、
石つぶてが無数にバラバラと降ってきたり、
テーブルや椅子が突然と激しく動きだしたり、
スプーン、フォークの類が生き物のように
部屋の中を飛び回ったり、
生タマゴがコロコロと人の後をついて行ったりする。  

そうかと思えば、ある空間の一角から、
人のうめき声のような音が聞こえてきたり、
壁に落書きや文字が綴られたりすることもあり、
およそその動きには統一性は見られないのである。
しかし、人間に害を与えることがないと言っても、
原因も皆目わからず、不気味で気味の悪いこと
おびただしい。結局、その家の家族は恐怖のために
ノイローゼに陥ってしまうのが普通である。

神父、祈祷師などが呼び出され、その現象を
封じ込めるための努力がいろいろ試みられるが
ほとんどの場合効果がないのである。
そして、不思議なことに、この怪奇現象の起きる
家族や周辺には13~14才ぐらいの思春期の
少女、少年がいるという事がほとんどの場合
報告されている。

このポルターガイストは日本でも記録されている。
今から250年ほど前の江戸時代、
ある旗本の屋敷に近くの村の娘が女中として
奉公にあがった。それから、
しばらくして奇怪な現象が起り始めた。

大人一人が持てないほどの重たい石の臼が
突然と垣根を飛び越えて隣の庭に移動してしまったり、
突如、天井に巨石が落下したと思えるような
ものすごい音がドスンドスン響きわたったりしたのである。
また夜になれば、行灯がひとりでに宙に浮かび、
茶わんや食器が勝手に落ちてこわれたりするのである。

それは連日続き、次第に程度を増していくようだった。
屋敷の者もこの奇怪な現象のために恐怖で
疲労困ぱいしてしまい、
山伏、神主などにお払いしてもらったものの
全く効果はなかった。

旗本はこの奇怪な出来事が起りだしたのは、
娘がこの屋敷に奉公にあがって以来であることに
気づき、娘と何らかの関係があるのではないかと考え、
わけもわからないままに娘に暇をやって村に帰した。
そのとたん、この怪現象はピタリとおさまって
しまったということであった。

1958年に、ニューヨーク州のある家に起った
ポルターガイスト現象は、科学的調査が
徹底的になされた。
調査したのは、世界でも最優秀の設備を誇る
高名な大学の超心理学研究所であった。
この家には12才と13才になる二人の男女の子供がいたが、
家具や食器類が勝手に動いたり、びんのフタがはずれて
中身が溢れるといった現象がくりかえされた。

2か月にわたる調査の後、これらの現象が
手品やインチキによるものではないということ、
さらには他の物理的な影響によって
引き起こされたものでもないという結果に
到達したのである。

結局、このケースでも思春期の子供がいたわけである。
では、ポルターガイストはこれらの 思春期の子供が
原因で起きる現象なのであろうか?
今のところ、科学的には証明されていない。しかし、
彼らとこの怪奇現象とは何らかの関係があると
見ていいだろう。

思春期の人間の持つ不安定な精神状態が
何らかの引き金となって、周囲の記録された
エネルギーを呼び起こしているのかもしれないし、
自分の深層心理に閉じ込められた欲望のようなものが
精神念動力(サイコキネシス)の形で周囲に
影響を与えているのかもしれない。

いずれにせよ、近い将来、未知のエネルギーとして
物理学の一角に加わって来ることは
十分に考えられると思う。

Author :週刊現代



愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る


『不思議な自然現象 』 





昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー

P R

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チャンネル・掲示板

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幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない


Mituo



昨日という日は 歴史、 今日という日は
プレゼント、 明日という日は ミステリー


子を持つも持たぬも人の宿命(さだめ)なり
日に日に努めて行かむ
あなたの人生なんだから好きなように
お行きなさい(生きなさい)


ニュースの深層(衝撃事件の核心)


衝動で万引繰り返す病気「クレプトマニア」 
患者の多くは女性、盗品価格は数千円以内


「盗みたくないのに、スイッチが入って盗んでしまう」
経済的な理由などでなく、衝動を抑えきれずに
万引を繰り返す病気「窃盗症(クレプトマニア)」。
再犯率も高いが、奈良県内には専門的な
治療を行う施設などはなかった。

そうした中、昨年12月、弁護士らが県内唯一の
支援団体「KAなら」を発足させた。
“病気”という側面を認識した上での再犯防止に向けた
取り組みを進めている。(山崎成葉)

患者の多くは女性、摂食障害と併発 再犯率も高い

平成27年版犯罪白書によると、
窃盗罪の再犯率は覚せい剤取締法違反に次いで高い。
22年の出所者(9855人)の5年以内の再犯率
(26年)は46・1%(4542人)と、半数近くにも上り、
捜査関係者が「癖(へき)」とも表現するほど。
だが、「窃盗症」の治療など行う支援施設は
全国的にも少なく、先進的な治療を行っている
「赤城高原ホスピタル」(群馬県渋川市)では
20年以降、1370人が受診している。

患者には女性が多いといい、
摂食障害(過食症、拒食症)など、
他の病気と併発する傾向が高い。
同院でも、摂食障害での入院患者の約半数に
万引した経験があったが、盗品の価格は
ほとんど数千円以内だったという。

経済的な理由や、所持する目的さえないのに
盗みを繰り返す特徴がある窃盗症は、
精神的ショックや生活上の変化などが引き金となり
発症するケースが多いという。

同院での治療の核は、自助グループでの
ミーティング。
再犯したら報告し返金、罰金を科すという
誓約書を作成するほか、物品のため込みが
ないかをチェックしたり、窃盗犯の裁判を
傍聴させたりする。
病気に向き合うことで、「回復」が
期待できるのだという。

批判はしない「言いっぱなし」が原則

専門的な治療を行う施設や支援団体が
なかった奈良県内では昨年12月、
法テラス奈良法律事務所の松井大輔弁護士(33)らが、
当事者と家族、弁護士ら支援者でつくる
支援団体「KAなら(クレプトマニアクス・アノニマス)」を発足。
同月上旬、当事者の30代~60代の男女5人を含む
計約10人で最初のミーティングを開いた。

代表も務める松井弁護士には、仕事で
窃盗症患者とみられる被告人と接した経験があった。
「盗みたくないのに、衝動に支配されて
盗んでしまう」などと打ち明ける様子が
「本当に苦しそうで、つらさがひしひしと
伝わってきた」と話す。

窃盗症などの依存症の治療には、
批判はしない“言いっぱなし”が原則のミーティングが
有効とされる。同会でもそうした会を、
週1回、1時間半ほど開催。参加資格は16歳以上で、
匿名も可能で、今後は、当事者だけで解決できない課題を
家族や支援者で共有し、法律相談などにも応じる方針だ。

松井弁護士は「互いに体験談を話し、
共有することで、それぞれの問題解決に
つながっていけば」と期待する。

短期間での治癒難しく

窃盗罪には、10年以下の懲役または
50万円以下の罰金が科せられる。だが、
執行猶予期間中に再犯を繰り返す窃盗症患者は多く、
松井弁護士は「病気なので、刑事的処罰だけでは
解決されないのではないか」と指摘する。

近年は執行猶予中に万引で逮捕され、
地裁で実刑が言い渡された事件の控訴審で、
執行猶予付き判決になった事例もあるという。
松井弁護士は「病気という性質を考慮しての
司法判断が、徐々に見受けられるように
なってきた」と話す。

短期間での治癒は難しいのが依存症の治療で、
患者は長期間の治療を継続することが必須となる。
だが、赤城高原ホスピタルでは、患者の約7割が
3カ月以内に治療を止めてしまうといい、
竹村道夫院長は「唯一確実に治療を受けられるのは、
刑事裁判の進行中」と指摘。

改正刑法で薬物使用者を対象に導入が決まった
「刑の一部の執行猶予制度」を挙げ、
「窃盗症患者にも同様の制度があれば」と話した。




なぜ万引?「前頭側頭型認知症」


認知症女に苦渋の判決
裁判長「もう1回だけ、執行猶予ですからね」… 

「もう1回だけ、執行猶予ですからね」。
裁判長は諭すように女性被告に語りかけた。
万引したとする窃盗罪で執行猶予付き
有罪判決を受けたにもかかわらず、
執行猶予期間中にまたもや万引事件を
起こしたとして窃盗罪に問われた

神戸市兵庫区の女性(61)に対し、
神戸地裁は4月12日、懲役1年、
保護観察付き執行猶予5年
(求刑懲役1年6月)の有罪判決を言い渡し、
確定した。

執行猶予期間中の再犯で、再び猶予判決が
言い渡されるのは珍しい。
〝温情判決〟が下されたのは、女性が裁判前、
感情や行動を抑制できなくなる
「前頭側頭型認知症」と診断されていたためで、
司法は刑務所でなく「社会での更生」という
苦渋の選択をした。
常習窃盗犯と見分けがつきにくい
同認知症の患者を、社会はどう
受け入れていけばいいのだろうか。

上着ポケットにマヨネーズ

昨年9月11日、神戸市兵庫区内のスーパー。
女性はリンゴとマヨネーズをおもむろに買い物かごに入れた。
店内をきょろきょろと見渡すと、従業員や
他の客から死角になっている場所に行き、
上着のポケットにしまい込んだ。

さらに別の食品コーナーに行くと、パンと和菓子を同じように
買い物かごに入れ、周囲を確認した上でまたポケットに入れた。
最後に、歩きながら手に取った菓子も、すばやく懐へ忍ばせた。

計5点(計797円)の会計を済まさないまま
女性は店の外に。しかし、店の保安員は一部始終を
しっかりと目撃していた。
「ポケットの中、どうしたんですか」保安員の問いかけに、
女性は「お金、払います」と返したが、
店側の通報を受けた警察官に窃盗容疑で現行犯逮捕された。

女性は万引の〝常習犯〟だった。

平成24年6月、トマトなど約1千円分の商品を盗んだとして
罰金刑を受けていた。2年後の26年7月には、
もやしなど約1800円分の商品を万引したとして
懲役10月、執行猶予3年の有罪判決を受けており、
今回の万引は、この事件による執行猶予期間中の
再犯だった。

前頭側頭型認知症の実態

「なぜ万引してしまうのか、自分でも全く分からない」
万引を重ねる度にこうつぶやく女性に、
女性の夫は病気の可能性を疑った。
逮捕後に保釈され、医師の診断を仰ぐと、
「前頭側頭型認知症」という聞き慣れない病名を宣告された。

介護福祉士で追手門学院大社会学部の古川隆司准教授
(社会福祉学)によると、前頭側頭型認知症は、
脳の前頭葉や側頭葉が萎縮することで起きる。
他の認知症と比べると、50代など若年層でも
発症するケースが比較的多い上、
アルツハイマーとは異なり、物忘れや徘徊(はいかい)といった
認知症によくみられる症状は少ない。

万引など「反社会的な行動」を繰り返すことが多いが、
患者数も少ないことから、周囲が気付かないことも少なくない。

「社会での更生期待できる」


公判では「認知症の影響」を強調する弁護側と、
「認知症とする医師の診断は信用できず、
被告の健全な意思決定で犯行が行われている」と
指摘する検察側が激しく対立した。

裁判所はどう判断したのか-。

長井秀典裁判長はまず、女性を診察した医師が
「女性が前頭側頭型認知症の症状で衝動を
抑制しづらい状態にあった」とした証言について、
「検査結果や行動傾向の分析など複数の
根拠を示して説明しており、信用できる」と判断。
「認知症が一定の影響を及ぼしていることは否定できず、
非難はある程度、限定されるべきだ」と示した。

また、犯行態様を「商品を上着のポケットや脇に
隠して店外に持ち出す比較的単純な手口」と指摘。
被害の面は「額は約800円にとどまり、弁償もされ、
違法性は特別に高いものではない」と位置づけた。

その上で、女性が医療や介護の支援を受けると
公判で供述したことや、親族も女性の面倒をみると
約束した点を踏まえ、「社会での更生が期待できる」とし、
執行猶予を付した。

「あなたがしたことの責任はよくよく感じてください。
今後は絶対にものを取ることのないようにしてください」
裁判長が最後にこう説諭すると、
女性は深々と頭を下げていた。

地域社会との関わり重要

実は今回の事件と同じ前頭側頭型認知症が
影響したとされる事件は過去にも起きている。
24年に神戸市内のスーパーで食品を万引したとして
窃盗容疑で逮捕された70代の女性は、
懲役1年、執行猶予4年の有罪判決を受けたながら、
同年11月に再び逮捕された。
1審は実刑判決を受けたが、2審では執行猶予付きの
有罪判決を宣告され、確定した。

この裁判では「認知症の影響で自制力が低下し、
量刑上有利に考えるべきだ。
治療に適した施設の入所など再犯防止が
図られており、実刑は重すぎる」とされた。

同じような万引を重ねる症状として、窃盗を繰り返す
精神疾患「クレプトマニア」(窃盗症)が近年、
クローズアップされているが、これとも異なる。

古川准教授によると、違いは動機。
クレプトマニアは依存症で、10代でも依存者がみられ、
物を盗む直前の高揚感から何度も
犯行に手を染めてしまう。

一方、前頭側頭型認知症は、自分でも
よく分からないうちにものを盗んでしまうことが多く、
動機をうまく説明できないことが多いという。

古川准教授は「この認知症は地域や社会との
つながりが少なくなり、刺激のない生活を送ると
症状が悪化してしまう傾向がある」とし、こう訴える。

「認知症と診断されても社会と距離を取るのではなく、
普段から近所付き合いや地域との関わりを
続けていくことが重要。

患者は、万引が悪いことという認識は
持っている場合が多い。
周囲がそれを理解し、患者が盗みを
しそうになった場合は指摘してあげられるような
環境づくりが求められる」・・・・・



『珍しい気象現象 』


Author :
産経ウエスト


時は絶えず流れ、
 今、微笑む花も、明日には枯れる


添うて苦労は覚悟だけれど、添わぬ先から、この苦労



P R


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2016年6月17日 (金)

妄想劇場一考編

妄想劇場一考編

信じれば真実、疑えば妄想……

時は絶えず流れ、今、微笑む花も、明日には枯れる


Mituo

一目惚れしたのは、
私が先よ、
手を出ししたのは、
あなたが先よ





冥談の核心

”男女のすれ違い”

些細なことで繰り返す原因は、
「脳」のつくりの違いにあった!


男女の脳はすれ違うようにできている!
(よしおかゆうみ:著書)  
男女の付き合いの中で、最も面倒で、
そしてもどかしいものがあるとすれば、
それは「すれ違い」ではないだろうか。  
ケンカというものはいつも、些細なすれ違いから
派生することが多い。

伝えたい気持ちが伝わらず、すれ違いの日々...
男女では脳のつくりが違うので、自ずと考え方も行動も
感情も変わってくる、つまり、「男女の脳は
すれ違うようにできている」のです。

男女の脳の違いの特徴を知ることで
男女関係が上手くいくコミュニケーションのコツが、
具体的な悩みとともに、
「自分を知る」「相手を知る」「二人を知る」
「結婚を知る」という、4つのPARTで構成されています。

「自分を知る」ためのPART1では、

オトコ脳・オンナ脳チェック、同性・異性との関係チェック
などを通して、自分のことや、異性と上手くいかない原因が
自分のどこにあるのかを知っておくことができる。

さらに、「男の子は上下関係をつくる、
女の子は対等な役決め」といった幼少期から
すでに見られる関係の築き方や、
「男性は認められたい、女性は共感されたい」といった、
男女による欲求などの違いが紹介されている。

PART2以降では、

その男女の違いを前提に、カップルが
よく抱える悩みに対し、伝え方や会話例の
「Before」「After」という形で、理想的な
コミュニケーションの取り方を紹介しています。

例を一つ取り上げたい。
「仕事で忙しい彼が、私と会う時間を
作ってくれません」というケースである。

Before(一カ月ぶりのデート)

女:「(不満気に)友君が忙しいのはわかるよ。
でも前は週末必ずデートしてたから、
会えないのは寂しい。
私たち付き合ってるんだよね。せめて、
次の約束だけでも決めておかない?」

男:「今は週末も何もないくらいに忙しい。
急にチャンスが到来してさ、
今なら波にうまく乗れる気がする。
これから3年くらいが勝負だな」

女:(彼の心が離れるのでは…と不安)
「でも連絡くらい入れてもらってもいいじゃない?
まったく時間がないわけじゃないでしょ?」
(省略)・・・・・
男:「今、仕事以外の予定決められると
プレッシャーなんだ。約束は難しい…。
そんなふうに義務みたいにして付き合うんだったら、
続けてくのは無理だな・・(ため息)

これに対するアドバイスは、


仕事優先の時期にある男性は
目的に集中したいため、女性の一方的な
要求が続くと負担に感じ、女性と距離をおく。

夢や自由を理解し、落ち込んだ時には
明るく癒してくれる相手を望むので、
自分も一人の時間や友人との交遊など、
自己投資の時間を増やすように。
彼に頼らない自分なりの対処法を見つける。

これをもとに改善した会話「After」では、

女性側の言葉が、「忙しいのに時間作ってくれて
ありがとう!」「ただ…健康には気をつけてね」
「〇〇くんの声を聞くだけで、安心できる」と
いったものに変わり、
気持ちの伝え方も素直になっている。
さらに、「Before」では不満気だった態度も
改善されており、会話の雰囲気は終始
明るいものになっている。

自分も相手も気持ちいいコミュニケーションを
身につければ、余計なケンカやすれ違いを回避し、
さらにパートナーとより深い絆で
結ばれることになるでしょう。

PART2では、主に「会話術」が紹介されているのに対し、
PART3では、「セックスレスの解消法は?」
「家庭で頼りにならない夫」
「本当に結婚していいか悩む…」
「どうか、小遣いを増やしてほしい」など、
具体的な悩みについて解説されています。

また、PART4では、現代人の結婚観や、
「結婚」や「子育て」に対する男女の考え方の
違いなどを紹介した後、
幸せな結婚のために自分ができることや
すべきことを、現実的に考えてみようとなっています。

「男女の脳はもともとつくりが違う」という前提を知ることから、
解決の糸口を探すとよいのかもしれない。
読んでからすぐ実践できる、
恋愛コミュニケーション術が詰まった1冊です。・・・

Author :松尾果歩




『愛鍵』
『部屋の鍵 変えて下さい どの合い鍵も 合わぬように』…




昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー

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Basu21

2016年6月14日 (火)

歴史・履歴への許可証

歴史・履歴への許可証

昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー


夢はでっかく、根はふかく。
花を支える枝 枝を支える幹 
幹を支える根 根はみえないんだなあ



Kobanasi_3


『月から降った餅』 沖縄県の民話

むかしむかし、ある小さな島に、男の子と女の子が
二人で住んでいました。
二人は一日中遊んで、遊び疲れたら眠り、
目が覚めたらまた遊ぶという毎日を過ごしていました。

食べ物は、夜の決まった時間に神さまが月から餅を
降らせてくれるので、それを拾って食べればよいのです。
男の子も女の子も、なぜ月から餅が降ってくるのか
考えたこともありません。
つきたてのやわらかな餅をお腹いっぱい食べて、
緑の美しい島をかけまわり、青く輝く海で
泳いで暮らす毎日を当たり前のように思っていました。

そんな、ある夜の事です。
いつもの様に月から降ってきた餅を拾って食べていると、
ふと、どちらからともなくこんな事を話し合いました。
「ねえ、今まで食べきれない餅は捨てていたけど、
残しておけばお腹が空いた時に食べられるね。
今夜から残しておこうよ」
「そうね。残しておけば、夜に餅を拾わなくてもすむわね。
餅の降る時間には、眠たいときもあるもの」

そこで男の子と女の子は、食べ残した餅を
置いておくことにしました。
二人はいいことを思いついて、大満足でした。
ところが月の神さまは、二人の思いつきが気にいりません。
「毎晩毎晩、必ず餅を降らしてやっているのに、
とっておくとは何事だ。神を信じていないのか」

神さまは、それから餅を降らすのをやめてしまいました。
男の子と女の子は、あわてて月の神さまに
お願いしました。
「神さま、神さま、月から餅を降らせてください」
「神さま、お腹が空いて倒れそうです。
今までの様に、餅をください」

けれど月から餅が降ってくることは、
二度とありませんでした。
男の子と女の子は次の日から海へ出て、
貝や魚をとって食べるしかありませんでした。
もう今までの様に、遊びたいだけ遊ぶ暮らしは
出来ないのです。

二人はお腹が空くことなど知らなかったむかしを
なつかしみ、そして初めて神さまに感謝しました。・・・

おしまい・・・



日本の昔話

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むかしむかし、何日も何日も日照りの続いた
年がありました。
「せっかく蕎麦(そば)をまいたばかりなのに、
このままでは蕎麦が全滅してしまうぞ」
お百姓はそう言いましたが、何日かたって
孫が畑へ行ってみると、少しも雨が降っていないのに
蕎麦が青々と生えていたのです。

「じいちゃん! じいちゃん!蕎麦が生えているぞ!」
それを聞いたお百姓も、大喜びです。
「そうか、そうか。蕎麦は少々の日照りでも
生えると言うが、今年の様なひどい日照り続きでも
生えてきたか。だが、蕎麦の花が咲いて、
蕎麦の実を実らせるまでは安心は出来んぞ」

するとそれから何日かたって孫が畑へ行ったら、
蕎麦が大きくなって花を咲かせていたのです。
「じいちゃん! じいちゃん! 畑一面に蕎麦の花が
まっ白に咲いているぞ。これで蕎麦が食えるな」

「いいや、まだまだ。ちゃんと実るまではわからんて」
それからまた何日かたって、再び畑へ行った
孫が言いました。「じいちゃん! じいちゃん!
蕎麦に、まっ黒い三角の実がいっぱい実っているぞ。
これで間違いなしに、蕎麦は食えるな」

しかしお百姓は、首を横に振って、
「いいや、物事は最後の最後までわからんぞ」と、
言うので、孫はお百姓をせかして言いました。
「それじゃあ、今から蕎麦刈りをしよう」
そこで二人は蕎麦を刈って、刈った蕎麦を干して、
それから家へ持って帰って叩いて蕎麦の実を
取り出しました。

「じいちゃん! じいちゃん! 
これでもう蕎麦が食えるな」
孫がそう言いましたが、お百姓はやはり首を横に振って、
「いいや、まだわからんぞ」と、言うのです。
そこで孫は蕎麦を臼(うす)にかけて粉をひいて、
その粉に少しずつ水を入れてこねると
板状にして包丁で細長く切りました。

そして熱々のお湯で蒸すと、いよいよ蕎麦の完成です。
すると孫が、お百姓にニンマリと笑って、
「じいちゃん! じいちゃん! 
これでいよいよ蕎麦が食えるな。
なんぼ、じいちゃんでも、ここまでくれば、
『いいや、まだわからんぞ』とは、言わんだろう」と、
言いました。

ところがお百姓は、「いいや、まだわからんぞ。
口に入るまではな」と、言うのです。
すると孫は、ケラケラと笑って、
「いくら何でも、そこまで心配する事は」と、
その蕎麦をそばつゆにもつけずに、口の中に
かきこもうとしましたが、
「あっ!」と、孫はうっかり手を滑らせて、
蕎麦をざるごと目の前の囲炉裏の灰に
ぶちまけてしまったのです。

するとお百姓は、
「それ見ろ、だからわしは、物事は
最後の最後までわからんと言っただろう」と、
笑いながら言って、はんべそをかく孫に
自分の分の蕎麦を食べさせてやったと言うことです。
・・・・
おしまい・・・




『かわをむく』




誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、
言えば、言い訳になるから……。



Mituo

人の為 と
書いて、
いつわり(偽) と
読むんだねぇ







時は絶えず流れ、 
  今、微笑む花も、明日には枯れる 



鬼が餅つきゃ、閻魔が捏ねる、そばで地蔵が食べたがる   

 

  P R


    カビの生えない・きれいなお風呂

      お風呂物語

入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂

Set1

2016年6月12日 (日)

妄想劇場・番外編(18禁)

妄想劇場・番外編(18禁)

信じれば真実、疑えば妄想……


18歳未満禁止の内容が
含まれています
18歳未満の方は
ご遠慮下さい。






これほど惚れた素振りをしても、ほんとに悟りの悪い人


メジャーでは無いけど、
こんな小説あっても、良いかな !!
アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい。


『比重 』 悲恋 Tragic love(2)

十二月に入り、新しい仕事が始まった。
以前やっていた事と同じように、庶務、雑務が中心で、
そんなに難しい事は無かった。
心療内科へ行くために早退する事も許されていた。
ただ、時給は低かった。食べていくのが
やっと、という水準だ。

働き始めて数日経った十二月の初旬、男はやってきた。
首には見慣れないブランド物のマフラーが巻かれていた。
「仕事が決まったのか、良かったじゃないか」
男は春巻きを齧った。
「お前が作る春巻きは、絶対に中身が飛び出さないんだな」

まるで誰かが作る春巻きと比べるように言うその言葉に、
怪訝な表情を隠しきれなかった。
男はそれに気づいたのか「うちの母親が
ヘタクソだったんだ」と言った。

安心させようとしているのか、何かを隠しているのか、
分からなかった。
「クリスマスぐらい一緒にいれたらいいなぁ」
シャワーを浴びた後にまたビールを呑みながら、
そう言った。この癖はいつからついたのだろうか。
付き合い始めてからずっと、お酒はセックスの
後だったのに。

部屋の中は凍えるような寒さなのに、男はセックスで
汗をかいた。
終わってからシャワーを再度浴びて出てきた。
その頃にはエアコンで部屋は温まっていたが、
それまではスカイがフクロウの様に丸まって
暖をとっていた。

翌日男は「クリスマスに来れるようにする」と言って
部屋を出た。
すぐに鞄の外ポケットから携帯電話を取り出し、
何か操作をしていた。
私は部屋に戻り、カレンダーにピンクの丸を付けた。
次に男が来るのは多分――二月だ。

一週間後、勿論男は来なかった。
シチューは鍋にたっぷり作ってあったので、
数日はシチューの日が続き、数日空いて、
また土曜の夜にシチューだ。

隣の部屋から複数の男女の笑い声がする。
耳障りな、甲高い声。
スカイはその度に身体をびくつかせていた。
音を遮るためにテレビをつける。
バラエティはうるさくて好きではない。
おのずと、ニュース番組を選局し、リモコンを
ちゃぶ台に置いた。

缶ビールを開ける。 見知った顔が、
テレビ画面の半分を覆った。
ハローワークで話しかけてきた、あの男性だ。
右目の下にほくろがあるから間違いない。
「自家用車で51歳男性ガス自殺」
写真の下にはそう字幕が出ている。

あの人、自殺したのか――。
仕事、見つからなかったんだろうか。
家族を持つという事は、非常に重い事だと思った。
すぐにテレビを消した。
途端に隣の部屋からの騒音が気になる。
そうか、今日はクリスマスイブか。
勿論男は来ない。

身寄りのない私は、年末年始もこの家で一人、
静かに過ごした。
隣の部屋の若者は実家にでも帰ってるのだろう、
物音一つしない。
テレビを見ていてもくだらない特番ばかりで、
見る気が起きない。

結局、インターネットでニュースを見たり、
料理のレシピを調べたり、男の事を考えたりして
正月を過ごした。

男は今、誰と、どこで、どんな風に正月を
過ごしているんだろうか。
思考は悪い方へ悪い方へと傾いていく。
全ては病気のせいにする。

仕事がある事だけが救いだ。
仕事中、やはり男の事を考えてしまうが、
睡眠がとれている分、居眠りする事は無くなった。
幸か不幸か、それ程忙しい会社ではないので、
ぼーっとしていても誰にも咎められない。

一月の殆どの夕飯を、シチューで済ませた。
時々ルーと肉を変えて、ビーフシチューにしたりした。
それでも男は来なかった。
急ぎ足で一月が過ぎ去って行った。

階下にある、梅の花が咲いた。
この木に咲く梅は、赤みが強く、
少ない花数でも力強さを感じさせる。
ベランダからその梅の花を見るのが、
ここ数日の楽しみになっていた。
時々スカイを籠ごと外に出し、痛い程冷たい
二月の空気に触れさせた。

予想通り、二月の初旬に男は現れた。
「年末年始は忙しくて」
この言い訳も、想定の範囲内だ。
男は出来立てのビーフシチューを口に運んだ。
「冷えた体に沁みるなー」

いつまでだったか、男に恨み言を言ったりしたが、
いつの間にかそんな事もしなくなっていた。
考えてみれば、あの様な恨み言を女から言われるのは、
男にとってきっと重いのだろう。
それに、今更言っても仕方がない。
あと二か月で四月なのだから。
男が出向から戻ってくるのだから。

しかし男は出向が終わる事を一切口にしなかった。
私も追及はしなかったが、もうすぐ四月になる、
と言うぐらいは話題にのぼるかと期待していただけに、
落胆も大きかった。
いつもの様に、男の鞄からは時々、
携帯電話の振動音が響き、セックスの前に
缶ビールを一本呑み、翌朝に家を出て行った。

「一週間後に来れたら来るから」
また曖昧な表現をして階段を降りて行った。
いいいんだ。四月になったら帰ってくるんだから。
四月が近づくにつれ、心配する要素が減る筈なのに、
心のどこかで心配が消えない。
本当に、帰ってくるのだろうか。
今、出向先で本当に一人でいるのだろうか。

一週間後、炊き込みご飯とお刺身を
用意して待っていたが、男は来なかった。
本来なら胸を高鳴らせて待っていられる三月も、
何だか不安にに満ちていて、心療内科から
貰った薬は手放せなかった。
一度、睡眠薬を飲まずに寝てみたが、
やはり暫く眠気が来ず、結局薬を飲んだ。

会社の同僚で、同じような薬を飲んでいる人がいて、
やはり同じような事を言っていた。
「あれは依存性が高いから、一度飲んだら
飲んだ年月の倍かけて脱薬していくしかないようだよ」
それでも私は、男が帰ってきてくれさえすれば、
薬とはオサラバだと思っている。
懸案事項は男の事だけなのだから。
男さえ傍にいてくれれば、心穏やかにしていられる。
男さえ傍にいてくれれば、静かに眠りがやってくる。

部屋から見える桜の木から伸びる枝の先端が、
赤々と色を持ち始めた。
数日もしないうちに、少しずつ薄桃色の花弁が
顔を覗かせ、あっという間に樹を覆った。
春の風に負けじと樹に食らいつきながら
咲く姿は見事だが、やはり風に舞う花弁の、
雪のような様が綺麗だと思う。

スカイを籠ごと持ち、ベランダに出ると、
こちらへ向かって花弁が飛んできた。
スカイの籠の中に一枚の花弁が舞い込み、
水受けに浮いた。
スカイはそれを薄黄色の嘴でつついて、
顔を傾げていた。

もうすぐ、この桜が散る頃には、男が戻ってくる。
どこか確信出来ない自分がいた。
樹に掴まりながら、風に吹き飛ばされる事を
恐れる桜の花の様に、何かに怯えていた

三月の終わりの土曜日。今日男は絶対に
来るだろうと思っていた。
刺身と炊き込みご飯、サラダと味噌汁を用意し、
男が来るのを待った。
しかし、いくら待っても男は来なかった。
時計の針は二十三時を指していた。
私は灰色の携帯電話を手に取り、
男の名前を呼び出した。

震える指で、通話ボタンを押す。
いつもなら、風呂に入っている時間だろうか。
だとしたら、不在着信でかけなおしてくれるだろう。
呼び出し音が長く続いた。出ないのだと思い、
携帯電話を耳から離し、通話終了ボタンを
押そうとした瞬間に、小さな穴から

「もしもし」と掠れた声がした。すぐに耳にあて、
男の声を待った。
『あの、夫に何か用ですか?」
私はすぐに通話終了ボタンを押した。
夫・・・・・・・・。

出向から帰ったら、結婚の準備をすると
言っていた男には、妻がいる。
いや、正確にいうと、妻が出来ていた、のだ。
いつからか。手に持っていた携帯電話がごろりと
転げ落ちた。

私は鳥籠を手に持ち、ベランダに出た。
街灯に照らされた夜桜は見事で、花弁が私の顔に
ひとつ、ついた。そのままにした。
「明日の朝には、青空が見えるからね」
鳥籠の出入り口を開けて固定した。餌も水も、
十分入っている。
「出たい時に出て、帰りたくなったら帰っておいで」
格子に指をやると、スカイは私の指先を啄んだ。

桜の花弁が部屋に入り込んでもいいと思い、
掃出し窓は開けたままにした。
夜風が冷たい。でもそんな事はもう、関係ない。
苦みのある睡眠導入剤を、五粒ほど飲み込んだ。
意識がもうろうとするまでの時間が少しは
短くなるだろう。

キッチンでいつも使う包丁を手にし、浴室へと向かった。
折り畳み式のドアを開けるとギィと軋む音がする。
お湯の張られていない淡い桃色の浴槽に身を沈め、
頸動脈の位置を指で確認する。
いざとなったら、深めに切ればいいんだから。
簡単な事。

泡と水が一体となって押し出される様な音がする。
浴室の壁に飛び散った赤い物が、重力によって
垂れて行く。
さっき顔についた桜の花弁は、もう紅色に
着色しただろうか。梅の花弁のように。

部屋から、携帯電話の機械的な着信音が響く。
男に設定した着信音だった。
もう遅い。かなり前からもう、手遅れだった筈だ。
薄れゆく意識の中で、人間の心臓が
血液を送り出す力強さを感じた。
死ぬ間際になって、生きていると実感する。

朦朧とする視界に、スカイが飛び込んできた。
「スカイ、外に羽ばたきなさい」
声になったかどうかも定かではない。
スカイは首を左右に傾げて、浴室から出て行った。
水色の小さな羽が一枚、ひらりと落ちるのが分かった。

近いうちに男は、私の重さを思い知るだろう。
私がどれ程男を思っていたかを。
それでも、男が傍にいなくても、私には
静かな眠りがやってきた事を。
・・・・・
……
終わり

Author :SO-AIR
http://syosetu.net/pc/




『弾き語り』

ノラ 徳久広司 & 再会 弦哲也





Tinko_2
人の為(ため)と
書いて
いつわり(偽)と
読むんだねぇ






子を持つも持たぬも人の宿命(さだめ)なり
日に日に努めて行かむ
あなたの人生なんだから好きなように
お行きなさい(生きなさい)


P R

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    お風呂物語

入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂


Set1

2016年6月11日 (土)

信じれば真実、疑えば妄想……

信じれば真実、疑えば妄想……

昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー



こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
  知りつつ、こうして、こうなった



メジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、良いかな !!
アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい



Kanshin021111



韓信
紀元前二〇〇年代の中国大陸。
衰退した秦の末期に 生を受けた韓信は、成長し、
やがて漢の大将軍となる。
「国士無双」「背水の陣」 「四面楚歌」
そんな彼を描いた小説。


漢の韓信-(132)

「斉王のご様子は、どうだ?」
「正気を保っておられますが、さすがに覇気は
感じられません……。
どこか、力が抜けた感じでございます」
「そうだろうな。楚を相手に戦うどころではない。
斉王はおそらく、謀反を起こした郭尹よりも、
魏蘭を守りきれなかった自分自身を
恨んでいるに違いない。
あの方は……そういうお方だ。
なんともおいたわしい限りじゃないか」
灌嬰には痛いほどよくわかる。
韓信という男は、常に人を当てにしない。
よって郭尹の叛乱も魏蘭の死もすべて
他人のせいではなく、自分のせいだと考えるだろう。
そして、そう考えなければ自分を慰めることも
できないに違いない。灌嬰はそう考えたが、
使者は別の見方をしたようである。

「しかし魏蘭どのは、女性でありながら……
勇ましく戦ったことは賞賛に値しますが、
私としてはもっと自分を大事にすべきだったと思います。
斉王のご寵愛を受けていたのですから……」

「確かにそうかもしれぬ。結果的に命を落とし、
斉王を悲しみの底に落としたことを考えれば、
君の言うことは正しい……が、
魏蘭のことを斉王が愛したのは、おそらく
魏蘭がそのような性格であったからだろう。

知ってのとおり、斉王は堅物で、身辺に
あまり女を近づけない。いわゆる女性らしい女性には
興味がないのだ」
「しかし、斉王はことあるごとに魏蘭どのが
前線に立とうとすることを戒めておられました」
「そうだ。だがもし魏蘭がおとなしく言うことを
聞くようであれば、斉王は魏蘭のことを愛さなかっただろう。
そこが複雑な、男女の心理というものだ。

斉王が魏蘭を愛したのは、彼女が美しかったからではなく、
彼女が共に乱世を戦った戦友だからさ。……
考えてもみよ。魏蘭は確かに美女であったが、
世の中には彼女以上の美女はいくらでもいる。
もっとも、容姿に限っての話だが」

使者はそれを聞いて納得したのか、引き下がった。
灌嬰はその後ろ姿を見送りつつ、思考を重ねる。
しかし、まずいことになった。
斉王の精神の回復にどれだけ時間がかかるのか……。
漢と楚の抗争終結の鍵は、斉王が握っているというのに。
このまま動かないということになれば、漢王は怒り、
斉王が背信したと思うだろう。
一方項王はこれを見て、斉に戦う気なしと判断すれば、
攻め込むか、懐柔するか……
いずれにせよ、事態はよりいっそう混迷を深める。

……魏蘭よ、なぜ死んでしまったのだ。
君さえ存命ならこんなことには……。
長く国境守備の任にあたり、魏蘭と接する
機会の少なかった灌嬰だったが、にもかかわらず、
悲しみがこみ上げてくる。
あの凛とした姿を二度と見ることができないとは、
残念なことだ。「…………」
しかし、このとき劉邦のもとに来なかったのは、
韓信だけではない。項羽から梁の地をもぎ取り、
何度も楚の補給線を断ち切り続けた彭越も
来なかったのである。

彭越の功績は、地味ながら非常に大きい。
常に草莽に身を潜めるようにして、楚軍の後背を狙い、
隙を見ては攻撃する。危なくなれば散り散りになって逃げ、
いつの間にか結集して、再攻撃する。
項羽にとっては蚊を追い続けるような作業の連続であった。
事実、劉邦はこれによって何度も窮地を救われたのである。

しかし、当の彭越にとって、自分の地道な活動が
劉邦のためであったかというと、そうとは断言できない。
済水のほとり、鉅野(きょや)出身の彭越にとっての
第一の目的は、あくまで自身の支配地の確保にあった。
もともと梁の地を支配していたのが楚であったから
攻撃したまでで、仮に支配者が漢であったなら、
ためらわずに漢を攻撃したことだろう。

劉邦にしても、もし自分が梁の地を支配していたなら、
それを彭越に分け与えようとはしなかったに違いない。
もともと他人の土地だから、勝手に横取りすることを
許可したのである。

そのような彭越に対して、無償の忠誠を求めることは、
難しい。功績は並び称されるものの、
劉邦の禄を食んだ韓信との違いはそこにある。
しかし、逆に考えれば、これは韓信の方が
不遜な行動をしていることになる。

彭越は劉邦に忠誠を尽くす義務はないが、
臣下の韓信にはそれがあるのであった。
彭越は、わかる。しかし、韓信は……。という気持ちを
劉邦が抱いたとしても、不思議ではない。
このとき韓信は万難を排してでも
劉邦のもとへ参上するべきであった。

「韓信や彭越を動かすには、もはや信用や
忠誠で臨むべきではありません」
張良は、考えたあげく劉邦にそのように切り出した。
「子房よ、それはどういうことか? 
わしは彼らを信用してはいけない、ということか? 
忠誠を期待してはいけないと?」
「左様にございます」
張良は、持論を展開し始めた。

「韓信、彭越の功績は多大にして、余人の及ぶところでは
ありません。この二人は広大な領地を持ち、
それぞれに独自の戦力を抱えております」
「……ふむ」
「なおかつこの二人は軍事的指揮能力にすぐれ、
たとえ寡兵でも独力で楚と戦えるだけの力がございます。……
これに対して我が漢軍は兵の数では楚と
対抗できるものの……」
「わかっている。その先を言うな」

「……残念ながら指揮官に彼らほどの才能を
持った者がおりません」
「だから言うなというのに。斬るぞ!」
「お許しを。しかし、考えても見てください。
大王が韓信と戦って勝てるかどうか。
彼がひとたび天下に号令すれば、斉の兵はおろか、
趙、燕、代それぞれの兵が彼に味方しましょう。

彭越がその気になれば、人知れず諸城を攻略し、
我が漢軍は関中との連携を裂かれるに
違いありません。
しかし、彼らは今まで何度となくその機会は
あったはずなのに、それをしてこなかった。
それはなぜでしょう」

「さあ……わからぬ。子房にはわかるのか?」
「推測ですが……大方の予想はつきます。
韓信に関しては、天下を望む気持ちはありません。
斉王を称した今でさえも、彼は自分のことを
大王の臣下のひとりだと認識していることでしょう。
しかし、その認識があるからこそ、
彼は動きづらくなっています」

「まだ、わしにはよくわからぬ」
「つまり……彼は頭の良い男ですので、先のことが
よく見えるのです。
臣下である自分がこれ以上の戦果を挙げてしまえば、
功績の面で主君たる大王を凌ぐことになる……
忠実な臣下であったはずの自分が、いつのまにか
大王の最も有力な対抗勢力になってしまうことを
危惧しているのです。

要するに自分は功績をあげた後、
滅ぼされるのではないかと」
「わしが韓信を滅ぼすというのか? ……
信の奴がそのように考えることはありそうな
話ではあるが……現実的にはあり得ない。
わしは武力で奴を制圧することができぬ」

「しかし、韓信は大王が命じるたびに、
自身の兵を割いてよこしました。
彼の忠義心がそうさせたのです。
彼には申し訳ありませんが、その忠義心を
利用すれば、大王が彼を滅ぼすことは可能でしょう」

「……聞くだけでも嫌な話だ。わしは悪逆の
項羽を討つために、最も忠義に富んだ男を
滅ぼさねばならぬ、ということか?」

「そう決まったわけではありません。しかし、
韓信自身は、それを恐れているのです」
劉邦の表情にも、張良の表情にも後味の悪い
木の実を噛み潰したような色が浮かんだ。
実際にはそうではなかったが、自分たちが
韓信を亡き者にしようと画策しているような
気がしたからである。・・・


つづく

Author :紀之沢直・:野沢直樹
http://kinozawanaosi.com.



愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る 


歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
人のせいにしない、恨まない、人生、絵模様、万華鏡…



『ボヘミアン』

社会の規範にとらわれず、自由で放浪的な
生活をする人。





人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ

誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、言えば、……



時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる




P R

カビの生えない・きれいなお風呂

お風呂物語 

入れてもらえば気持ちは良いが、
    どこか気兼ねなもらい風呂


Set1

妄想劇場・特別編

妄想劇場・特別編

信じれば真実、疑えば妄想……


Mituo


昨日という日は
歴史、
今日という日は
プレゼント
明日という日は
ミステリー







誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、言えば…



『ライオンのクリスチャン 』

都会育ちのライオンと人間との感動の再会の物語

Raion2



これは、人間とライオンとの心温まる話である。
それはデパートのペットショップで売られていた
ライオンと、それを買った二人の青年との間に生まれた
心の交流であった。


ともに生活したのは、わずか8か月足らずの
期間であったが、彼らはともにいろいろな経験をした。
やがて、ライオンがアフリカの大自然に
帰っていった後も、彼らは感動的な再会を果たした。

クリスチャン大きくなる

それから4か月が過ぎた。
つまりクリスチャンにとって生後8か月である。
身体も急に大きくなりはじめ、体重は15キロから
60キロほどにもなっていた。
たてがみも伸びてライオンらしくなってきた。
最初のころは店のマスコットとしてかわいがられていた
クリスチャンだが、客にこわがられることもあった。

一度などジェームズボンド役で知られる
人気俳優が入って来たこともあったが、クリスチャンが
テーブルにだらしなく寝そべってあくびしているのを見ると、
「うっ!」と口を押えたまま身がすくんでしまい、
そのまま後ずさりして出ていったことがあった。
映画では空中高く飛行するヘリコプターにぶら下がったり、
虎やワニなどのおりに落とされても拳銃片手に
敢然と格闘したり、手なずけたりするはずだったが、
やはり現実となると大違いなのであろう。

この頃になると、クリスチャンは人に知られる存在となり、
テレビのCМやラジオの生放送などにもたびたび出演した。
クリスチャンに食べさせる生肉、乾燥肉、レバーや
野菜などの食費にも結構かさむようになっていたので
いいアルバイトになった。

英国海外航空の仕事は大成功だった。
これはアフリカへの新ルート開設にちなんだキャンペーンの
一環だったが、新聞広告ではクリスチャンが
6羽のヒヨコと一緒にいる写真が使われた。
みんなクリスチャンがおとなしくて紳士的だと
びっくりしたようだったが、もともとクリスチャンは
百獣の王にふさわしい礼儀正しさを持っていたのである。

しかし、二人はクリスチャンの将来を真剣に考え始めていた。
次第に大きくなるにつれて、クリスチャンが毎日の生活に
不便さを感じるようになってきているのも確かなのであった。
いつも座る階段のお気に入りの場所は窮屈になり、
家具売り場にも飽きてうんざりしているようだったのである。

二人はクリスチャンの受入れ先として、
サファリパークや動物園などにいくつかあたってみることにした。
しかしどれもが満足できる条件ではなかった。
というのも、サファリパークではサーカスや
商業目的のために貸し出すことも行われており、
動物園に入れるとなると、今後の二人との関係に
支障をきたすと思われたからだ。

ともかく動物を拘束しようというのがこれらの
運営の基本である以上、クリスチャンにとって
いい環境になるとは思えなかったのだ。
何とかしてクリスチャンを自由な環境に
戻してあげられないだろうか?というのが
二人の願いでもあった。

こうした中、ある日のこと、「野生のエルザ」で出演した
ビルとマッケンナの夫妻が家具売り場にやって来た。
夫妻はマツ材でできた机を買うために
偶然、立ち寄ったのである。
二人はさっそくクリスチャンを紹介することにした。
二人がクリスチャンの今後のことを悩んでいると言うと、
理解をしてくれ、相談に乗ってもらうことになった。
夫妻は「野生のエルザ」に出演して以来、
動物保護活動に力を注いでいたのである。

数日後、夫妻は「野生のエルザ」で監督をつとめた
ジェームズを連れて来た。
そこでクリスチャンをアフリカに連れて行き、
ジョージ・アダムソンの手を借りて自然に
返したらどうかと言うふうに話が動いていった。
このとき、二人はこれでクリスチャンを野生の世界に
戻してあげられるのではないかと思って
ホッとしたのも確かである。

リースヒルでの生活

俳優のビルはさっそくジョージ・アダムソンに連絡をとってくれ、
クリスチャンを戻すことになる適当な場所を見つけるために
ケニアに飛んでくれた。
一方、アダムソンからも必ずうまくいくから
心配しないでという返事が来た。

こうしてロンドンに住む都会育ちのライオンが
アフリカの大地に帰るまでというキャッチフレーズで
ドキュメンタリー番組が制作されることになった。
監督は「野生のエルザ」を撮ったジェームズ・ヒルである。
それにホスト役のビルとマッケンナ夫妻、
ハートとジョンの二人はその飼い主ということで出演する。
スポンサーがついたので、クリスチャンの運搬費用や
もろもろの必要経費はまかなえるようになった。

アフリカまで旅立つまで、クリスチャンは
リースヒルにある夫妻の家で暮らすことにした。
リースヒルはロンドンから50キロほど離れたところにある場所で、
まだ手つかずの自然が豊富に残っていた。
クリスチャンはここでアフリカに旅び立つまで
暮らすことになるのだ。
ロンドンとちがって、なにより規制がなくのびのびと
暮らすことが出来るので大助かりだ。

クリスチャンは基本的にはケージの中で暮らしていたが、
ケージ内は広く、おまけに木や灌木までも植えられているので、
クリスチャンは大変満足そうであった。
二人は交代でケージ内で暮らすことにした。
クリスチャンとしても、二人が近くにいてくれるだけで
ホッとしているようだ。

周囲は3.5メートルほどのフェンスが張り巡らされており、
ここからは夫妻の家と庭が見える。
犬と散歩する夫妻の子供たちの姿も見えるが、
そんなとき、クリスチャンは中に入って一緒に遊びたそうに
うずうずしているようだった。
フェンス沿いにうろつきまわるので、そのうち地面が固くなり、
小道が出来上がってしまったほどだ。

リースヒルに来て3か月が過ぎようとしていた。
クリスチャンの成長とともに、ケージ内のキャラバンも
日ごとに小さくなってゆく感じだ。
ここでの撮影も順調に進み、ドキュメンタリー映画も
問題なく仕上がっている。
まもなく新天地に行く日も近いだろう。

1970年8月12日、この日はクリスチャンの
1歳になる誕生日だ。
バースデーケーキをつくって一本ローソク立ててお祝いしたが、
クリスチャンはたちまちおいしそうにぺろりと
平らげてしまった。

しばらくして、アダムソンから連絡があり、
現地での受け入れ態勢がすべて終了したとの連絡が入る。
いよいよ8月22日、クリスチャンはイングランドを離れ、
ケニアに旅立つことになる。

アフリカの大草原

ナイロビ空港に着く。ロンドンから15時間の旅である。
さすがに疲れたのかクリスチャンはぐったりしている。
最初のうち、長旅のためぐったりしていたが、
2日目には元気に回復してきた。その後、
ジョージ・アダムソンが二頭のライオンを連れてやってきた。
まず、他のライオンとゆっくり親しんでともに生活させてから
自然に馴らしていこうというのが彼の考えのようであった。

見わたす限り草原がつづく。
ところどころに背の低い灌木が生い茂っている。
地平線の向こうに小高い丘のシルエットが見える。
そうここがケニアの大草原だ。
クリスチャンは最初はとまどったようだった。
初めて見るアフリカの大自然、
灌木が地平線の果てまで限りなく続いている景色。
何もかも新鮮で初めて見る景色なのに、

しかしやがてここが自分の故郷だったことが
本能的にわかったようである。
体毛の色もここでは自然と溶け込んで保護色になってしまう。
クリスチャンは本来いるべきところに自分が
今いるという事実を悟ったにちがいない。
しかし、ソフィストキャットの家具売り場にいたクリスチャンは
大きく見えたが、ここではとても小さく見えたのも
事実であった。

ジョージ・アダムソンは思ったより小柄でヤギひげを生やし、
白くなった髪は短く刈り込んで、くたびれたサファリを着ていた。
知的で穏やかな口調で信頼できる人柄をにじませていた。
この人物ならクリスチャンを自然に戻すことができると
二人は思ったに違いない。
ジョージはライオンのことに深い愛情を持っており、
他の動物となら難しいと思われる会話でさえも
ライオンとなら出来ると信じていた。

二人は10日間の滞在の後、ケニアを後にした。
出発の日、クリスチャンは二人のそばを
なかなか離れようとしなかった。
断腸の思いで二人はクルマに乗り込んだ。
やがてクルマが動き出す。
二人を寂し気に見送るクリスチャンの目は
心なしかうるんでいるように見える。
クリスチャンがどんどんと遠ざかっていく。
二人はクリスチャンの姿が小さな点になって
ついに見えなくなってもずっとその方角に
視線を送りつづけていた。

「今度会うときはいつになるだろう?
元気でいてくれるだろうか?
僕たちと過ごした日々を思い出してくれるだろうか?」
二人は心の中で同じことを考えていた。

遠ざかるアフリカの大地を眺めながら、
二人の頭の中ではクリスチャンと過ごした9か月間の
思い出が走馬灯のように駆け巡っていた。
これからクリスチャンのいない人生を思うと、
涙があふれてくる。

だがクリスチャンにとって、長い道のりであったが、
ようやく本来の幸福ある生活に戻っていけるのである。
後はときどき、アダムソンがクリスチャンのことを
報告してくれるはずだ。
ライオンに対してもっとも深い愛情と情熱をもった
人物のもとで、クリスチャンはアフリカの大自然の世界に
なじんでいくのである。

再会

一年後の1971年7月、二人はクリスチャンと
再会することになった。一年ぶりの再会である。
果たしてクリスチャンはぼくたちのことを覚えているだろうか? 
エースは内心心配を隠せない。
専門家はもう頭の中にはほとんど記憶にないだろうという。
あっても自然に親しんでいるクリスチャンは警戒して
寄ってこないだろうとも言う。
ただ、アダムソンだけは「大丈夫だ。
しっかり覚えているはずだ」と言ってくれた。

案内された丘陵地帯に来てみると、
遠くにアダムソンのシルエットが見えた。
手を振るとアダムソンも手を振って答える。
つづいて彼の後から、ライオンらしきシルエットが見えた。
クリスチャンだろうか? 二人の鼓動は高まった。
クリスチャンと一年ぶりに会えるのだ。
僕たちのことを覚えていてくれているだろうか?
二人のそんな複雑な心境にもかかわらず、
ライオンは二人の姿を見つけるとゆっくりと丘を降りて来る。

その足取りは用心深く警戒しているようにも思える。
少しづつ距離はせばまって来る。やっぱりクリスチャンだ。
一年ぶりに見たクリスチャンは一段と大きくなっている。
たてがみも少し伸びて、どう見ても立派なライオンだ。
二人の心の中で込み上げる感情が
抑えきれなくなってきた。

「クリスチャン!」十数メートルまでせまった時、
ついにジョンが笑顔で呼んだ。
ジョンの声を聞くなり、クリスチャンはスピードをあげて
犬のように飛びついて来た。
大きくなった身体をあずけ、グルグルと喜びの
鳴き声をあげながら、ペロペロなめてくる。
ずっしり重たい。70キロだったクリスチャンの体重は
140キロまで増えていた。2倍以上だ。
こんなのにまともにのっかって来られたのだから
たまらない。よろめきながら、二人は交互に
クリスチャンとの抱擁をくりかえした。

永遠の友情

エースは言う。あれから40年の月日が経った。
長いようでほんの一瞬、目を閉じれば昨日のことのようだ。
あの日、ハロッズのデパートで偶然、君を見つけたときから、
僕らはたちまち君に引きつけられた。

大金だったけど君と過ごせるならちっとも惜しくなかった。
いつも呼びかけると、無邪気に飛びついて
大きな体をあずけて来たクリスチャン。

いたずら好きでよく後ろから飛びかかられたことがあったね。
もう生きていないと思うけど、
君の子供たちは立派な子孫となり、
今もアフリカのサバンナを駆け巡っているはずだ。

ジョンも言う。あのとき、ロンドンのアパートの地下室で
クリスチャンと暮らした日々。抱き合った感触、
ともにクルマに乗ってドライブした時間。
夢と不安の交錯したあの頃の、ときめく
永遠の時間を僕らは決して忘れはしない。
いつまでも・・・・


「感動の再会」



終わり

Author :エース・バーク、ジョン・レンダル
(不思議館)



時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる



   P R

    カビの生えない・きれいなお風呂

      お風呂物語

入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂

Set1

2016年6月10日 (金)

妄想劇場・特別編

妄想劇場・特別編

信じれば真実、疑えば妄想……


Mituo

昨日という日は
歴史、
今日という日は
プレゼント
明日という日は
ミステリー








誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、言えば…



『ライオンのクリスチャン 』

都会育ちのライオンと人間との感動の再会の物語

Raion



これは、人間とライオンとの心温まる話である。
それはデパートのペットショップで売られていた
ライオンと、それを買った二人の青年との間に生まれた
心の交流であった。

ともに生活したのは、わずか8か月足らずの
期間であったが、彼らはともにいろいろな経験をした。
やがて、ライオンがアフリカの大自然に
帰っていった後も、彼らは感動的な再会を果たした。

出会い

1969年12月、ロンドン。人々の足取りが
忙しそうに歩いているクリスマス。
20代前半と思える二人の青年が、
ハロッズ高級デパートにぶらりと立ち寄った。
彼らはジョンとエースと言い、ともに
オーストラリア生まれで、ここイギリスには
旅行で来ていたのだ。

このデパートは客が望むものなら何でも
取り揃えているということで知られる
有名デパートである。
動物園と名付けられた3階に行ってみると、
そこには、シャム猫からプレリードッグ、
インド産のアリゲーター、きれいな色をしたトカゲ類など
いろいろな珍しい生き物が販売されていた。

二人は3階の売り場を何度も見て歩き回った。
そして、あるゲージのところで立ち止まった。
そのケージの中には2頭の赤ちゃんライオンがいた。
2頭は雄と雌で子犬ほどの大きさである。
生後4か月ぐらいであろうか? 
ケージには3500ポンド(現在の金額で約65万円)の
値札がついていた。

現在は、動物愛護法などさまざまな法律が
つくられているので、ライオンなどのような猛獣は
販売ができない。
しかし、この当時はこうした猛獣の子供も
販売されていたのである。

子供連れの客が時おり、ライオンの
赤ちゃんのいるところで足を止める。
そしてのぞき込んでは、手をかざしたり、
ライオンのうなり声をまねてみたり、
ちょっかいを出したりしては通り過ぎていた。
その様子を見ているうちに二人は
切ない気持ちになって来た。

雌ライオンの方はそういう人々のちょっかいに
うなり声をあげて過敏に反応していた。
一方、雄ライオンの方は無関心なのか、
あらぬ方向に目を向けてよちよちケージ内を
歩いている。

その仕種がまたたまらなくかわいいのである。
二人はお互い無言でかなり長い間、
しゃがみ込んだり立ち上がったりして、
雄の赤ちゃんライオンを見つめていた。

かなりの沈黙の後、ジョンが独り言のように
ぽつりと言った。「飼ってみようか?
」すると、「もう名前をつけたよ」とエース。
黙ってライオンの赤ちゃんを見続けていた
二人の頭の中では同じことを考えていたのである。

クリスチャン(キリスト教徒)・・・
これが二人が赤ちゃんライオンにつけた名前だった。
クリスマスという日にちなんだ名前としては
ふさわしいと二人は思った。

クリスチャンとの生活はじまる 


二人は購入にあたって面接を受けることになった。
責任を持って飼うことが出来るのか、
つまり興味本位だけのその場限りの気持ちでないのか?
 またどこで育てるか? 
また今後の予定は?などということを
聞かれるのである。というのも、猛獣は
赤ん坊のうちはかわいくていいが、成長するにつれて、
凶暴になり、いつなんどき周囲に迷惑をも
たらしかねないからである。

当時は、ヒョウやライオンなど資産家や俳優、
有名人などがよく邸宅で飼っていたようだ。
ところが成長するにつれ、維持費もかさんできて、
いろんな問題が出て来る。
結局、持てあましたあげく、動物園やサーカスなどに
転売した人も多かったのだ。

二人はアパートで暮らしていた。
そのアパートの一階はアンティークの家具売り場で、
二人はそこでアルバイトをしていたのである。
アパートには地下室があり、クリスチャンの
居場所としてはふさわしいのではと考えていた。

二人は店のオーナーに頼み込むことにした。
アパートのオーナーは理解のある人物だったので
こころよく了解した。もっとも、
その店の名前はソフィストキャットという名前だったので、
クリスチャンの居場所としてはこれ以上
ふさわしいものはないなどと説き伏せたところもある。

オーナーとしては、ライオンの赤ちゃんが
マスコットになれば、店の収益にも一役
かってくれるだろうと期待したのかもしれない。
実際、クリスチャン見たさに、お客の足が
集まりだしたのも事実であった。

こうして、クリスチャンは二人の住む
アパートの地下室で生活することになった。
普段は地下室にクリスチャンはいる。
たいていゴムボールをくわえたり、
バケツを転がしたりしていた。
一番のお気に入りはくずかごで、
頭からすっぽりかぶってそのまま転がったり
ひっくり返ったりして無邪気に遊ぶことが多かった。

一般にライオンはネコ科の動物だから、
猫の大型版のように考えている人も多いように思う。
確かにライオンの仕種を見ていると
猫とよく似ているが、猫ほど潔癖ではなく、
冷淡でもない。

ライオンは猫とちがって大家族で暮らすため、
社交的な動物なのである。
一度、家族の一員だと思い込めば、
相手に深い愛情を示すのである。

ライオンはお互いの顔をこすり合わせて相手に
愛情を示す。その意味では、むしろ
犬に近いところがあると言えるだろう。

エースは言っている。
だからぼくたちもそのしきたりを忘れなかった。
その場を離れるときもお互いの顔をなめ、
抱き合うのである。
これはライオン流の愛情表現で、
相手への敬意と愛情を忘れないようにという
意味があるのだ。

そして、午後になると上の家具売り場で昼寝をしたり、
家具の間で遊んだりするのであるが、
その仕種がなんともかわいいので、
大勢の客がクリスチャンを見に来るのだ。
店の看板ライオンとしてクリスチャンは大人気になった。

ほとんどの人はクリスチャンに好意的で、
自分の買う予定の家具の上に赤ちゃんライオンが
寝そべっていても文句など言う人はいない。
ある女性客など、購入直前だったマホガニー製の
テーブルにクリスチャンがいたずらをして
傷がついてしまったことがあった。

店側ではそれを謝って別のを申し出たのだが、
その女性はむしろクリスチャンがかじったり、
引っ掻いてたりして、跡のついたテーブルの方が
いいと言ってたいそう気に入って買っていったそうだ。

クリスチャンは利口で、ライオンの中でも
特に記憶力がよく人の顔をしっかり覚えていた。
一度出会っただけでも、自分が相手から
どう思われているか瞬時にわかるらしかった。
反応を見て相手によって態度を変えたりもする。
好奇心もめっぽう強く、
いたずら好きなクリスチャンにとって、
この人にはここまで甘えられるとか、
この人は怒りっぽいからこのへんでほどほどにしないと、
後で大変なことになるなどということが
直感的にわかるらしい。

よく、家具の陰から前足だけだして客の反応を
確かめてみたり、家具のすきまから静かに客を
観察したりして面白がっていた。
客は家具をゆっくり見て回るのだが、
急に目の前にライオンの前足が突き出したり
来たりするのでびっくりするのだ。
ある客はしゃれたクローゼットを眺めまわしていたが、
気が付いてみると、すぐ目の前にクリスチャンがいて、
じっと見つめているのでぎょっとしてしまった。
しかしほとんどの場合、客はすぐに笑顔にもどるのが
常であった。

しかし、いたずらが過ぎて大変な目にあったという
教訓もある。
クリスチャンが通り過ぎる女性客の頭に
前足ではらって髪の毛を引っかけたときのことだ。
女性客はびっくりして大声を上げた。
しかし、本当にびっくりしたのはクリスチャンの方で、
女性の金切り声を聞くなり、身をかがめて、
耳を平たくし、尻尾を垂れたまま、
けたたましい音を立てて家具類のすきまに
すっとんで逃げ込んでいったのだ。
そして、怖いのかしばらくは出てこなかった。・・・

次回に続く

Author :エース・バーク、ジョン・レンダル
(不思議館)




歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
人生、絵模様、万華鏡…


『地獄花』



あの「昭和の大女優たち」のいま…

原節子のようにすぱっと姿を消した女優もいれば、
大原麗子のように一人寂しく晩年を過ごした女優もいる。
昭和を彩った大女優たちはいま、どこで何をして、
女優人生の最終幕を迎えようとしているのか。

京マチ子(92歳歳)大阪で独り暮らし

B11



日本映画全盛期に、黒澤明監督作品『羅生門』('50年)や
溝口健二監督の『雨月物語』('53年)などに出演し、
「グランプリ女優」と呼ばれ、
後年は日本のお母さんとしてお茶の間でも
親しまれた女優の京マチ子。

関西の芸能関係者によれば、芸能活動を引退し、
現在は独り大阪で暮らしているという。
まったく公の場に出なくなった京だが、
昨年、早稲田大学演劇博物館で行われた
「京マチ子展」にお忍びで訪れていたという。

同館の職員が、卒寿を過ぎてなお、
かくしゃくとした彼女の姿を明かしてくれた。
「挨拶程度の短い時間でしたが、
ご高齢なのにお元気そうで凛とした方でした。

どうやって接触したのか?
彼女のお世話をしている方が東京にいて
その方を通じて依頼しました。
ただ京さんは基本的に取材を受けないので、
今後もメディアに出ることはないと思いますよ」

全盛期のようにその姿を見ることはなくなっても、
大女優たちは美しく逞しく、「いま」を生きていた。・・・

Author :週刊現代


時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる



   P R

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入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂

Set1

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2016年6月 8日 (水)

信じれば真実、疑えば妄想

時は絶えず流れ、
 今、微笑む花も、明日には枯れる


Mousou2











人の為(ため)と書いていつわり(偽)と読むんだねぇ
誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、言えば、……



「虫はなぜ人を刺すのか?」「シュミット刺突疼痛指数」

夏になると虫が出てくるのはしょうがない。
世界中どこに行っても、野外活動で肌を露出していたら、
虫に刺されるリスクを避けられない。
そもそも虫はなぜ人を刺すのだろうか。

なぜ刺すのか

昆虫が刺すのは身の危険を感じたときの
防御行動である、と昆虫学者は言う。
ハチに刺される痛みを指数化した
「シュミット刺突疼痛指数を使って1~4段階
(数字が大きいほど痛い)に分類し、
刺した虫たちの興味深い進化史を紹介している。
(野生の一刺し)

たとえばアメリカジガバチは指数「1」と低く、
「普通のチーズだと思って食べたら、トウガラシが
入っていた」ような痛みだと説明。
一方、ウォリアーワスプは指数「4」で、
その痛みは「拷問」だと表現する。

シュミット氏によると、昆虫はむやみやたらと
刺すわけではない。
刺した相手に反撃されると、脚や触角など
体の一部を犠牲にする恐れがあるからだ。
だから、色鮮やかなレッドベルベットアント
(カリバチの一種)のように警告色の体をもっていたり、
騒々しいセミクイバチのようにブンブンと大きな羽音を
立てたりして、刺す前に私たちに注意を促す。

なぜ、刺すのはメスだけなのか

毒針は、卵を産むための管である産卵管が
進化したものなので、メスにしかない。
毒針と産卵管は分離していることが多いが、
ヤドリバチは例外で、宿主に毒を注入して
麻痺しているあいだに卵を産み付ける
(動けなくなった宿主は、たやすく幼虫の餌食になる)。

オオベッコウバチに太い毒針があるのは、
毒グモのタランチュラに卵を産み付けるためだ。
幼虫は卵からかえると毛深い宿主の体をエサにする。
オオベッコウバチに刺される痛さは指数「4」で、
万が一刺されたら「横になって悲鳴を上げる」よう
シュミット氏は助言する。
激痛が我慢できずに動き回ると、
さらに苦痛が増す恐れがあるからだ。

なぜ針をもつ昆虫と、もたない昆虫がいるのか

チョウやガのように、毒針をもたない昆虫が
産卵するのは、植物の中ではなく表面だ。
「産卵管が必要ないので、毒針を
進化させなかったんです」と、米国アリゾナ州立大学の
昆虫学者の、ケイティ・プルディック氏は語る。  

しかしプルディック氏は、チョウやガの幼虫のなかには
強力な一刺しをもっているものもいる、と警告する。
「ドナルド・トランプ氏の髪の毛のような見た目の
幼虫に触れてはいけません」と、プルディック氏。
「刺しますから」。ボリビアバグと呼ばれるガの幼虫は、
毒を分泌する針をもっていて、米国でもきわめて
毒性の高いものの一つだ。

どうしたら刺されずにすむか

このような「刺す虫」にはなるべく近寄らないのが
最善の方法だ、とシュミット氏は言う。
だが、虫刺されを防ぐ対策はまだある。
息を止めるのだ。

湿り気があり、化学物質を多く含んだ私たちの
息のにおいを、ハチは「捕食者」のものだと認識する。
だから、息を止めてそろそろと動けば気づかれずに
すむ、とシュミット氏は言う。
私も、米国ユタ州でハチの群がる植物の脇を
通り過ぎるとき試したところ、刺されずにすんだ。

効果てきめんのアドバイスだ。だが、
どんなハチの巣がそばにあっても、冷静さを保って
息を止められるだろうか。そう簡単にはいかないだろう。


アリが「公衆トイレ」を持つと判明

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アリの排泄習慣を綿密に調べた初めての研究から、
数種のアリは複雑に入り組んだ地中の巣で
共用の「トイレ」を維持していることが明らかになった。

亜種が日本にも生息するトビイロケアリを調査した
研究者らは、巣の中に排泄物を溜める専用の
場所があることを発見した。
これはある意味、道理にかなっている。

数千匹ものアリがひしめく狭い空間では整理整頓が
カギだからだ。ただし、糞は細菌を増やし、
病気を蔓延させ、コロニーを危険に曝す可能性もある。

「アリは実にきれい好きな生物ですが、
あまり擬人化しないよう注意しなければなりません」と
述べるのは、今回の研究を率いた大学の
博士研究員トメル・チャチュケスだ。

「きれい好きなのは自己満足のためではなく、
種の生き残りにおける選択的優位性があるのでしょう」

2カ月後、あるパターンが浮かび上がった

チャチュケスと共著者らは、世界中に広く分布する
トビイロケアリを対象に、研究室で飼育された
21のコロニーで実験を行った。

研究チームはそれぞれのコロニーに赤、
あるいは青色の食用色素で染めた砂糖水を与えた。
青色の砂糖水を摂取したアリは青い糞を出す。
つまり、アリがどこに排泄物を溜めるかが
一目瞭然となる。

実験開始から2カ月後、あるパターンが浮かび上がった。
赤青両方のコロニーで色のはっきりした箇所が
いくつか堆積し始め、それらは主に巣の端々に
現れるようになった。
明らかにアリは糞粒を「トイレ」界隈に集めて、
無造作に撒き散らしている様子ではない。
しかし、なぜだろう?

「強いて言うなら、危険な巣の外に出たくない
消極的なアリなどが住空間をきれいに
保っているのかもしれません」と、
チャチュケスは推測する。

2月18日に「PLOS ONE」誌に発表された論文の中で、
著者らはミツバチやハダニといった社会性昆虫が
コロニーから遠く離れた場所へ排泄物を捨てにいく
行動について言及した。

その一方で、トビイロケアリが糞を巣の中に
溜めるということは、彼らの社会にとって何かしら
有益な面があるのかもしれない。

アリにとってトイレとは何か
巣の中に排泄をする共通の場所、
すなわちトイレを持つとチェは説明する。
その1つとして絆を深める時間が考えられる。

同じ巣に棲む仲間は定期的にそこを訪れて、
糞を体中にこすり付け、同じ集団に属すことを
示すフェロモンを付着させる。

アリの幼虫にとって貴重な栄養源を含んでいる
可能性もある・・・




あの「昭和の大女優たち」のいま…
      
原節子のようにすぱっと姿を消した女優もいれば、
大原麗子のように一人寂しく晩年を過ごした女優もいる。
昭和を彩った大女優たちはいま、どこで何をして、
女優人生の最終幕を迎えようとしているのか。……



朝丘雪路(80歳)

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最近めっきり姿を見なくなった朝丘雪路。
老人性うつ病から認知症を発症しているとの
報道もあったが、健やかに暮らしているのだろうか。

彼女の現状を確かめるため、事務所に問い合わせると
「スケジュール的な問題で、取材は受けられません」と
言いつつ、「体調については、元気にしている」と
病気説を否定。

そこで都内にある朝丘の自宅マンションを訪れたが
応答はなかった。朝丘と古い付き合いのある
芸能プロ幹部が語る。

「表向きは芸能活動を続けている形をとっていますが、
女優業は開店休業中です。
朝丘は長年社長を務めた個人事務所を閉鎖し、
夫の津川雅彦が社長を務める事務所へ
移籍しましたが、この移籍はあくまで
世間体を考えてのこと。
『所属事務所なし』となると、仕事がなくなったかのような
印象を与えてしまうので、形式上、移籍にしたのです」

この幹部によると、ヘルパーが自宅に通う形で
介護を受けているのではないかという。
「ヘルパーと一緒に、実娘で女優の真由子が
面倒を見ているようです。

真由子はいまだ独身で、母娘の関係は良好。
夫の津川雅彦が演出を担当した舞台
『男の花道』('12年)には真由子も出演しており、
その頃は朝丘も、毎日のように舞台に
駆けつけていました」だが一方で、
あれほど仲睦まじかった夫の津川とは、
別居生活を送っているという。

「津川は熱心だった玩具事業で多額の
負債を抱えてしまい、返済のため家族が長年暮らした
一軒家を'08年末に売却。
以来、二人は別々に暮らしている。

離婚こそしていませんが、津川が朝丘の自宅マンションを
訪れることは、ほとんどないみたいです」
(前出の芸能プロ幹部)・・・


Author :週刊現代



愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る


歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
人のせいにしない、恨まない、人生、絵模様、万華鏡…



『夜のめぐり逢い 』 





昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー




P R

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入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂
816

2016年6月 7日 (火)

チャンネル・掲示板

チャンネル・掲示板

幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない


Mituo



昨日という日は 歴史、 今日という日は
プレゼント、 明日という日は ミステリー


子を持つも持たぬも人の宿命(さだめ)なり
日に日に努めて行かむ
あなたの人生なんだから好きなように
お行きなさい(生きなさい)


ニュースの深層

飲み続けてはいけない薬〜
一般的な頭痛薬、降圧剤、抗うつ薬
…がはらむ危険


ふだん何気なく飲み続けている薬。
メジャーなものだから安全だと思っていても、
長年飲んでいると思わぬ副作用が起こることもある。
言われるままの安易な服用はやめて、
薬の飲み方を見直そう。

新しければいい薬とは限らない

「'13年に代表的な降圧剤であるディオバンに、
論文の不正問題が発覚して、大騒ぎになりました。
ノバルティスファーマ社の社員が統計データの解析に
不正に関わっていた問題も明るみに出た。
その影響で一時期、処方されることが少なくなりましたが、
最近になってまたよく使われるようになっています」
こう語るのは新潟大学名誉教授の岡田正彦氏。

中高年になると、血圧の薬を毎日飲んでいる人も
多いだろう。だが、その薬が本当に効いているのか、
逆に副作用がないのかをよく見極めて処方されている
ケースは意外に少ない。岡田氏が続ける。

「ディオバンに限らず、ARB(アンジオテンシンII
受容体拮抗薬)と呼ばれる血圧を下げる薬は
薬価も高く、処方されている量も多い。'
14年度の医療用医薬品国内売上高ランキングを見ると、
売上高トップ10のうち3つもARBが入っています。
しかし、これらの薬が本当に必要かどうか、
大いに疑問です」

ちなみに売上高の多い降圧剤とは、
ブロプレス(武田薬品、946億円、'14年度=以下同)、
オルメテック(第一三共、763億円)、
ミカルディス(アステラス製薬、612億円)の3種。
このうち、いくつかを服用したことのある人も多いだろう。

「高血圧の薬は歴史も古く、たびたび大規模な
調査が行われ、論文も多い。しかしわかっていることは、
わずかに寿命を延ばすほど効果があると認められるのは、
サイアザイド系利尿剤という古いタイプの
降圧剤だけだということです。

つまりARBなど最新の降圧剤は薬価が高いだけで、
古くからある薬より寿命を延ばす効果も少ないのです。
私自身、医師としてはサイアザイド系を主に処方しています。
しかし、このような古くて安い薬ばかり処方されては、
製薬会社は赤字になってしまう。ですから、
そういう古い薬は一切、宣伝されませんし、
オーバーに言えば『この薬は使うな』という
無言の圧力がある。

ARBをサイアザイドに切り替えるだけで寿命は延びるし、
薬代も下がるので、いいことずくめなのですが……
ARBに限らず、そもそも少し血圧が高いからといって、
降圧剤を飲む必要はない。

「血圧が上がりすぎると脳出血の恐れがありますが、
逆に下がりすぎると今度は血管が詰まって、
脳梗塞になる。また、
めまいが起こって失神する危険性もあります」(岡田氏)

長尾クリニック院長の長尾和宏氏も、
安易な降圧剤の使用に反対だ。
「降圧剤は副作用がないと言われていますが、
血圧を下げるということは生命力を下げるということ。
仕事や生活の意欲が低下したり、
性欲が減退したりするなど、生活の質に関わることも
あります。

薬を飲み続けていると、血圧は下がったけれど、
うつ病のようになってしまったという人もいる。
これでは逆に寿命を縮めてしまいます」

日本一売れる薬の効果は?

寿命が延びる証拠があるわけでもないのに、
新しくて高い薬が次々と出て、医者も当たり前のように
その薬を処方する。このような患者無視の投薬が
あたりまえになってしまうのには、構造的な問題がある。

現在、売れているARBが発売される前、高血圧の治療で
主に使われていたのはACE阻害薬というタイプの薬だった。
しかし、ACE阻害薬の特許切れが近づき、
大きな利益が得られなくなった製薬会社は、
次のドル箱としてARBを開発し、それが「新しく、
安全で、効果が高い薬である」という大キャンペーンを行った。
その結果、医療界では、ARBが降圧剤治療の
スタンダードとなったのだ。

生活習慣に関わる病気の薬は、製薬業界にとって
大きなビジネスになるので、多かれ少なかれ
似たような構造的問題が生じてくる。
現在、日本で一番売れている薬。それがプラビックスだ。

抗血栓薬で、血液をサラサラにする効果があり、
心筋梗塞や脳梗塞の再発予防に使われている。
前出の岡田氏が解説する。

「心筋梗塞のステント治療
(血管に金属を入れて広げる治療)の後に、
この薬を飲むと再発が大きく防げるということがわかっています。
しかし、脳梗塞の予防効果は、実はきちんと
確認されていません。

使いづらく危険な糖尿病の薬

血液サラサラというのが患者さんに受けているのでしょう。
脳出血など副作用の心配があり、薬価が高いのも問題です。
私はどうしても必要な患者さんにだけ、アスピリンか
ジェネリックのシロスタゾールを処方しています」

糖尿病の薬も長期間、服用することが多いので要注意だ。
薬剤師の深井良祐氏が語る。
「糖尿病については、血糖値を下げたほうがいいというのは
ゆるぎない事実。

しかし、薬を使って無理矢理下げようとすると、
低血糖の症状が出てかえって危険な場合もあります。
厳格に血糖値をコントロールしすぎて、
逆に死亡率が高くなったという研究報告もあります。

ジャヌビア、エクア、アマリールなどがメジャーな薬ですが、
処方されたからといって、同時に何種類も飲むのは
やめたほうがいい」
若い患者の場合は、低血糖になると手が震えたり、
動悸がしたりするが、高齢者の低血糖は症状が出にくい。
低血糖は心筋梗塞を起こす危険もあるので、注意したい。

ナビタスクリニックの佐藤智彦氏は、糖尿病薬としては
アクトスが「とくに使いづらい危険な薬」だという。
「心臓に問題のある患者に使用すると、
心不全を起こすことがあるので気を使います」

高脂血症の原因になるコレステロールはどうだろう?
現在、「スタチン系」と呼ばれる薬が処方されることが多いが、
この薬の効果のほどは「かなり怪しい」と、
小野沢滋・前北里大学病院トータルサポートセンター長は語る。
『このままでは将来心筋梗塞になるかもしれない』と
患者の不安を煽り、定期的な外来受診と食事制限を行い、
スタチン系の薬を処方する。

しかし、これらの薬は飲む必要がなく、費用対効果も悪い。
合併症がなければ、薬を飲もうが飲むまいが、
高脂血症のリスクはまったく変わりません」

認知症薬で暴力的な人格に

前出の佐藤氏もスタチン系のクレストールは
「横紋筋融解症を起こすことがある」と警鐘を鳴らす。
「薬を飲み始めてから、だるい、
筋肉痛があるという場合は要注意です。
横紋筋が融解し、筋細胞中の成分が血中に流出すると、
腎不全を発症し、死に至る場合もあります」

認知症薬の副作用

高齢化が進むにつれて、爆発的に使用量が増えているのが
認知症薬だ。
現在、最も多く使用されている認知症薬はアリセプトだが、
この薬は処方を間違えると症状を悪化させることも多い。
認知症治療に詳しい名古屋フォレストクリニックの
河野和彦院長が解説する。

「認知症にはアルツハイマー型、レビー小体型、
脳血管性など色々な種類があり、症状によって薬の種類や
処方量を細かく調整する必要があります。
にもかかわらず、日本ではアリセプトを機械的に
処方する医師が多い。

アリセプトは適切に使えば効果的だが、一部の型の
認知症にしか効かない上に、その他の認知症に使うと、
逆に症状を悪化させる危険性もあります」

アリセプトの副作用としてよく指摘されるのは、
患者が興奮状態になって、暴言を吐いたり、
暴力的になったりするということだ。
とりわけすでに怒りっぽい症状が出ている認知症患者に、
過剰投与すると手が付けられないほど暴れることがある。

ならば投与量を調整すればよさそうなものだが、そうもいかない。
アリセプトは用量の規定があり、最初は3mg、
1~2週間後に5mg、さらに病状の進行に合わせて
10mgにすると決められている。
医師の判断で用量を変化させると、薬のレセプト
(診療報酬明細書)審査が通らず、病院は健保組合から
医療費の支払いを受けられない仕組みになっているのだ。

「こういう増量規定のある薬は珍しい。しかし、
患者の様子を見て投与量を調整することで、
暴力的になることを抑えることができるのは事実です。
厚労省はただちにこの規定を改善すべきでしょう」(河野氏)

このように、医師が適切な処方をしようとしても、
厚労省や製薬会社側の都合で、患者の状態が
悪化するという事態も生じているのだ。

抗うつ薬のリスク 、新しい薬が新しい病気を作る

うつ病は「心の風邪」といわれるほど一般的な病気になったが、
患者の増加はSSRIという新しい抗うつ剤が生まれた'
90年代に重なる。医療ジャーナリストの田辺功氏が語る。

「海外でも日本でも、SSRIが出てからうつ病患者が2倍、3倍と
増えていった。現代社会はなにかとストレスが多く、
気が滅入ることもある。そこで精神科に出向くと、
『心の風邪ですね』と言われてSSRIを処方される。

パキシル、デプロメール、ルボックスなどが代表的な薬ですが、
これらはセロトニンという脳内物質に関わる薬で、
脳内の環境を変えてしまいます。
うつ状態は改善されても、どんな副作用があるか
わからないので恐ろしい。

また、わかりやすい副作用として消化管の出血なども
報告されています」
他にも注意が必要な精神薬はある。例えば、
統合失調症などに処方されるジプレキサや向精神薬の
セロクエルは、糖尿病患者が服用すると
血糖値が跳ね上がる危険性がある。
しんクリニック院長の辛浩基氏が語る。

「血糖値が500以上になって、糖尿病性ケトアシドーシスという
非常に危険な状態になることがあります。
精神科の医者が、単純に『ポピュラーな薬だから』という
理由だけでこれらの薬を処方すると、患者が
糖尿病持ちだった場合、命を落とす危険性もあるのです」

医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏は睡眠薬の
投与に懐疑的だ。
「エチゾラムのような睡眠薬は朝まで薬が残り、
ボーッとしてしまったり、転倒してそのまま寝たきりに
なったりする人もいます」

他にもマイスリー、ハルシオンといった短期間作用型の
睡眠剤もよく使われる。
医薬ビジランスセンター理事長(内科医)の浜六郎氏が、
その副作用を語る。

「前向健忘といって、酒に酔って前の日のことを
まったく覚えていないのと同じような状態になります。
その人の普段の状態からは想像がつかないほど
性格が変わったり、事故を起こしたり、人を傷つけたり、
場合によっては人を殺しても自分のやったことを
全く覚えていないということが起きる。また、
これらの薬は続けて服用していると、
1日飲まなかっただけで、翌日痙攣を起こすこともある」

身近な鎮痛剤の落とし穴

「つい先日も『お腹がひどく痛くなり、吐血した』という
患者さんが来ました。よく話を聞いてみると、
その方はひどい頭痛持ちで、痛み止めに
ロキソニンを常用していることがわかりました。
胃カメラで見てみると、胃の粘膜が真っ赤にただれて
出血していた」

こう語るのは前出の佐藤氏。ロキソニンは
頭痛や生理痛など、幅広い痛みを抑えてくれる鎮痛剤として
ポピュラーな薬だ。
しかし、この薬にも重大な副作用があるという。

「頭痛持ちの人が痛み止めとして日常的に
使用している場合が多いのですが、
効き目がシャープな分、胃の粘膜も荒らしやすい。
空きっ腹に飲んだりすると、胃潰瘍になったり、
腎臓を傷めたりします。
吐血したり、血の混じった黒い便が出たりして
病院に駆け込んで、初めて薬の飲みすぎだと
わかったというケースはよくあります」(佐藤氏)

そのロキソニン、今年3月には、厚生労働省が
「重大な副作用」の項目に「小腸・大腸の狭窄・閉塞」を
追加するように改訂指示を出した。
軽い気持ちで痛み止めを飲み続けていたら腸閉塞になる
病院で処方されたからといって、安易に薬を飲んでいては
思わぬ副作用を招くことになる可能性があるのだ。
前出の田辺氏が語る。

「誰も注意してこなかっただけで、これまでに頭痛持ちの人が
腸閉塞で死亡した例もあったかもしれません。
因果関係がわからなかったから問題にならなかっただけで、
そのような可能性は無きにしもあらずなのです」

ポピュラーな薬であればあるほど、医師や病院は
安易に処方しやすい。
「一般的な薬だから、これさえ出しておけば安心だろう」と
飲み方の注意や副作用について十分な説明をしないまま
出してしまうケースが多いのだ。
だが、そのような薬を何も考えずに飲み続けていると
寿命を縮めることになる。


薬の仕分けが健康への第一歩

糖尿病の患者がセレスタミンを使用すると
「ステロイドの影響で血糖値が300、400と急上昇することがある」
(辛氏)ので要注意だ。

胃の調子が悪いからといって、恒常的にPPIと呼ばれる
胃酸を抑える薬を飲んではいけない。

「ネキシウムやタケプロンが代表的な薬ですが、
確かにこれは胃が痛いとか胸のあたりがチリチリするという
患者さんにはよく効くので、出してくれと言われることが多く、
医師も再発防止にもなると思って処方する。

しかし、長期間飲むと骨粗鬆症が進行して
骨折しやすくなるという海外の調査研究があります。
予想外の副作用があるので、服用は短期間
(2~3ヵ月)にしておいたほうがいい」(岡田氏)

前立腺肥大の症状改善に用いられるアボルブは、
男性ホルモンの作用を弱める薬剤。
しかし「インターネット上では前立腺がんを少なくするなどという
情報が飛び交っているが、実は悪性度の高いがんが
逆に増える」と前出の浜氏は忠告する。

「これは特に男性にとって発癌作用のある女性ホルモンが
増えることと関係があります」
アボルブと同じ成分がザガーロという名で、
また似た成分がプロペシアという名で、
男性型脱毛症に使用が許可されているが、
「その効果はザガーロで10%ほど頭髪が増えるという程度」
(浜氏)。
はげを気にして、がんになっては元も子もない。

このように何千種類もの薬が氾濫している現在、
医者や病院がすべての薬の副作用や危険性を
把握しているとは限らない。病院が医療費の点数が
つくからといって何も考えずに処方した薬を
飲み続けることで、寿命を縮めることだってある。

まずは自分のお薬手帳を見て、なんとなく安易に
飲み続けている薬がないか確かめよう。
そのうえで、信頼できる医者と相談しながら、
飲み続けるべき薬、やめてもいい薬を仕分けする
——それが健康への第一歩だ。

飲み続けてはいけない薬リスト
興味のある方だけ見てください。


Author :「週刊現代」2016年6月11日号より
     医療ジャーナリスト田辺功氏



……【妻あるあなたに】




あの「昭和の大女優たち」のいま…

      
原節子のようにすぱっと姿を消した女優もいれば、
大原麗子のように一人寂しく晩年を過ごした女優もいる。
昭和を彩った大女優たちはいま、どこで何をして、
女優人生の最終幕を迎えようとしているのか。……



小川眞由美(76歳) 今、すがったもの

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日本アカデミー賞にも輝き、
『浮世絵・女ねずみ小僧』('71年)や『アイフル大作戦』
('73年)などのテレビドラマでも、そのお茶目で
妖艶な魅力を十二分に披露してくれた小川眞由美。

'12年にかつての夫で、名優の細川俊之との間に
生まれた娘・小川雅代が、母娘の愛憎を赤裸々に綴った
告白本『ポイズン・ママ母・小川真由美との
40年戦争』を出版。

その中で「母は信心にのめり込み、洗脳されていた」と
告発し大きな騒動となった。
同書によると小川は、30代後半頃から、宗教や
霊的なものにすがるようになり、怪しい占い師や
教祖に翻弄されていたという。
当然、女優業は続けられず、騒動以降は'14年に一度
バラエティ番組に出演したのを最後に、姿を現していない。

本誌が調べたところ小川は数年前から、
霊能者として知られる下ヨシ子氏に心酔し、
氏が管長を務める肥後修験総本山六水院の
(東京)吉祥寺教場の教場長を務めていた。

この教場は小川の自宅も兼ねている。
訪ねてみると豪華な一軒家で「小川」の表札が出ていたが、
玄関前が少々荒れていて、生活臭も感じられなかった。
付近の住民によると「最近、姿をお見かけしませんね。
あの家も、少し前に売りに出ていたようです」とのこと。

下ヨシ子氏の事務所に連絡してみると「現在、小川は
体調を崩していて自宅療養中です」と言うのみ。
熊本にある六水院本院にも聞いてみたが、
「吉祥寺教場は現在閉鎖しています。
小川さんも体調を崩されていて、こちらに
お見えになることはありません。
現在はコンタクトがない?
まあ、そうですね」との答え。
・・・


時は絶えず流れ、
 今、微笑む花も、明日には枯れる


添うて苦労は覚悟だけれど、添わぬ先から、この苦労



P R

    カビの生えない・きれいなお風呂

      お風呂物語

入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂


2016年6月 5日 (日)

妄想劇場一考編

妄想劇場一考編

信じれば真実、疑えば妄想……

時は絶えず流れ、今、微笑む花も、明日には枯れる


Mituo

一目惚れしたのは、
私が先よ、
手を出ししたのは、
あなたが先よ





冥談・の核心

『セックスと障害者』(坂爪真吾/イースト・プレス)
障がい者が性的に自立したら…
乙武さん不倫騒動は、障がい者の「性」を
考える上で、大きな一考を与えてくれた

一般社団法人ホワイトハンズの活動のひとつに、
デリヘルの待機部屋に弁護士とソーシャルワーカーを
派遣して、在籍女性の生活・法律相談に無料で応じる
「風テラス」というものがある。

借金返済のためにデリヘル嬢になる主婦など、
「女性の性と貧困」が昨今話題になっているが、
「激安風俗店」には軽度の障がいを持つ女性も
多いというウワサも、まことしやかに流れている。

坂爪さんに真偽を確認すると、精神障がいや
発達障がい、軽度の知的障がいを抱えた女性たちが、
少なからず在籍していると教えてくれた。
彼女たちのなかにはお金や時間の使い方、
そして感情の制御が難しいことから、
さまざまな問題を起こす女性もいるそうだ。
だが障がいを持っている女性を風俗で働かせることに、
どうしても「搾取のにおい」をかぎとってしまうのだが……。
      
「搾取と支援ってある意味、紙一重の部分が
あると思うんです。しかし店側には決して搾取の意図はなく、
女性にお客さんがついて稼いでほしいと思っています。
そして障がいを抱えた女性は決まった時間に
起きられなかったり、集中力が持続しなかったり、
薬の副作用で思うように頭や身体が動かず、
人間関係をうまく築けないところがあります。

そういう人が一般企業の正規雇用者になるのは
難しいのが現状ですし、福祉的就労の時給は
最低賃金以下というところも多い。
彼女たちが働く場所として風俗が機能しているという現実は、
善悪の二元論では到底語れません。

だったらお客さんなどによる性暴力やストーカー、
盗撮などの犯罪に巻き込まれないように、安全に安心して
働くことを支援する必要があると思います。

もはや乙武さんにギョッとしている場合ではないのかもしれない。
その行為自体は褒められたものではないが、
障がい者だって不倫もすれば浮気もする人がいて当たり前。
だから何か変えるものがあるとすれば、
それは健常者の意識の方かも。そういう意味でも、
身近に障がい者がいる人はもちろん、いない人にとっては
尚更必要な一冊と言えるだろう。
」……

後編・おわり

Author :玖保樹 鈴


あの「昭和の大女優たち」のいま…

原節子のようにすぱっと姿を消した女優もいれば、
大原麗子のように一人寂しく晩年を過ごした女優もいる。
昭和を彩った大女優たちはいま、どこで何をして、
女優人生の最終幕を迎えようとしているのか。
芸能界から隠棲し、家族で楽しく余生を過ごす
大女優もいれば、一方で家族と決別し、
孤独な晩年を過ごす女優もいる。・・・


香山美子(72歳)。

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端康成原作の映画『眠れる美女』('68年)などに出演し、
リカちゃん人形のモデルとなった
香山美子を覚えているだろうか。

香山本人が答える。「今は流れに任せて、
絵を描いたりジムに通ったりして楽しく暮らしていますね。
油絵はもうかれこれ25年くらいやっていて
本名で展覧会に出展しています。
私は今まで仕事をやりすぎたんです。
プライベートな時間がまったく持てず、
子供が生まれても傍にいてあげられなかった。
だから、死ぬまでカメラの前、舞台の上に立つという
気持ちよりも、もっと力を抜いて、自分の人生を
楽しみたくなったんです」

香山は、70代になった今も、年齢を感じさせない
若々しい外見を保っている。
夫で歌手の三條正人との間に生まれた息子は
33歳になるという。

「それが(実家の)居心地がいいようで、
まだ独身なんですよ。そういう意味では
楽しくこき使われています(笑)。
時々、息子が飲み屋から『一緒に飲まない』と、
電話をかけてくるんです。
息子にとっては、親孝行のつもりなのかもしれません。
33歳になっても仲良くしてくれるのは嬉しいですね。
息子の職業?普通の会社員です」




司葉子(81歳)

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小津安二郎監督の『秋日和』('60年)や黒澤明監督
『用心棒』('61年)に若くして抜擢され、
東宝の看板女優となったのは司葉子だ。

私生活では、'69年に弁護士で元自民党議員の
相沢英之氏と結婚し、代議士の妻となった。
現在の生活を司本人が語る。

「目下、テレビも舞台も予定はありませんが、
講演は今でもよく頼まれるので全国を飛び回っています。
幸運な人生に感謝して少しでも何か、
皆さまに還元したいと思っております」

嫁姑の関係にあたる元Wink・相田翔子
('08年に司の三男と結婚)との関係も良好だという。
「私も翔子さんもお互いに頑固者ですから、
息子も最初は合わないんじゃないかと
随分心配したようです。

でも、ふたを開けたら、思いのほか仲良くなりましてね。
今では実の親子の様に過ごしています。
私が翔子さんにお料理を作ってもらったり、
教えてもらったりね。あっ、これって逆ですよね(笑)
4歳になった孫娘から司は「葉子ちゃん」と
呼ばれているそうで、仲睦まじく穏やかに生活している。


……次回に続く



『愛はいずこへ 』



昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー

P R

    カビの生えない・きれいなお風呂

      お風呂物語

入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂

Basu21

2016年6月 4日 (土)

歴史・履歴への許可証

歴史・履歴への許可証

昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー


夢はでっかく、根はふかく。
花を支える枝 枝を支える幹 
幹を支える根 根はみえないんだなあ



Kobanasi_3


『黒いつばきの花』 

Tubaki


むかしむかし、吉四六さんと言う、
とてもゆかいな人がいました。
さて、国のお殿さまが吉四六さんのうわさを聞いて、
家来たちに言いました。
「いくらとんちの名人でも、わしをだます事は出来まい。
さっそく、連れてまいれ」
そこで家来が、吉四六さんを連れて来ました。
吉四六さんが殿さまの前に行くと、殿さまは
後ろにある刀を指差して言いました。
「お前はとんちの名人だそうだが、わしをうまくだませたら
この刀をやろう。だが失敗したら、お前の首をもらうぞ」
それを聞いて、吉四六さんはびっくりです。
「と、とんでもない。殿さまをだますなんて。
どうか、お許し下さい」
吉四六さんは泣きそうな声であやまりましたが、
でも殿さまは承知しません。
そこで吉四六さんは、殿さまに言いました。
「わたしには、殿さまをだます事は出来ません。
いさぎよく首を切られましょう。
だけど首を切られる前に、
一つだけお願いがあります」
「わかった。言ってみろ」
「実は今朝、わたしの家の庭にまっ黒な
つばきの花が咲きました。わたしがこんな事になったのも、
縁起の悪い花が咲いたからです。
せめてこの花を叩き切ってから、
首を切られたいと思います」
「何? まっ黒なつばきの花だと。
そんな花が、咲くはずがない。
わしをだまそうたって、そうはいかないぞ」
「いいえ、本当です。うそだとおっしゃるなら、
取ってきましょうか?」
「よし、すぐに取って来い」
そこで吉四六さんは、急いで家に帰って行きました。
でも黒いつばきの花なんか、どこにも咲いていません。
吉四六さんは、そのまま殿さまのところへ戻って、
「すみません。とても硬い木で、のこぎりやオノでは
切れません。どうか、その刀を貸して下さい」と、
言いました。
すると殿さまは、イライラして、
「よし、貸してやろう。その代わりにすぐ切り取って来ないと、
首をはねるぞ!」
さて、刀を貸してもらった吉四六さんは大喜びで
帰って行き、それっきり殿さまの所へは
戻ってはきませんでした。
次の日、殿さまが怒って家来を吉四六さんの
家に行かせると、吉四六さんはすました顔で言いました。
「黒いつばきの花なんて、咲くわけないでしょう。
約束通り、お殿さまをだまして刀を頂きましたよ」
それを聞いた殿さまは、「しまった。
見事にやられたわ」と、 怒るにも怒れず、
とてもくやしがったそうです。・・・

おしまい


『牛池』 (日本の昔話)

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むかしむかし、ある山の中に、
美しい水をたたえた深い池がありました。
その池からさほど遠くない小さな山里に、
欲の深いおばあさんと心やさしい娘が住んでいました。
娘が家の窓から顔をのぞかせると、
外は白い雪が降り続いていました。
「ああ、烏や牛に生まれた方が、どれほどよかったか」
娘はそう言って、小さなため息をつきました。


「こらっ、また機(はた)をさぼっておるな! 
この役立たずが!」
おばあさんが恐ろしい声でそう言うと、娘の顔を
ぴしゃりと叩きました。
この娘は、毎日毎日休むことなく機(はた)を
おらされているのでした。
「早く機(はた)おりをせんか! 
よその娘は一冬に四反もおりあげるというのに、
このグズ娘がっ!」
おばあさんが部屋を出て行くと、娘はそっと
涙を流しました。


「四反なんて、どう頑張ってもおれるわけねえ。
でも、少しでもおらないと、ご飯を食べさせてもらえないし」
娘は寒さにふるえながら、また機おりを始めました。
♪わたしの機(はた)は、誰が着る?
♪おしろい塗って、紅をさし
♪かんざしつけた娘かな?
♪どんな娘か、見てみたいな
娘が悲しく歌いながら機をおっている隣の部屋では、
おばあさんが反物を売って何を買おうかと
考えていました。


こうしているうちに、春が来ました。
家から一歩も出してもらえない娘も、春が来ると
うれしいものです。

そんなある日、一羽の白い小鳥が舞い込んできました。
「ああ、きれいな小鳥」
娘は小鳥に見とれて、思わず機(はた)をおる
手足の調子を乱して機の縦糸を
バッサリ切ってしまいました。


「あっ!」
その縦糸が切れた音に気づいたおばあさんは、
部屋に飛び込んで来ると狂った様に叫びました。
「このグズ娘がっ! 早くなおせ! 
なおらんうちは、一粒の飯も食わさんからな!」
その真夜中、ようやく縦糸をなおした娘は、
眠っているおばあさんに気づかれないように
家を抜け出しました。娘が家の外に出たのは、
何年ぶりでしょう。


「娘は夜空に浮かぶ月を見上げ
ると、つぶやきました。
「きれい。外はこんなにきれいだったの? 
でもわたしは、いつも家の中。・・・
どこかへ行きたい」娘は悲しくなって、
そのまま泣き崩れてしまいました。


その時ふと、何かが娘のそばに近寄って来ました。
(おばあさん?!)娘がびっくりして顔を上げると、
そこにいたのはおばあさんではなく、
おばあさんが飼っている牛でした。
牛はやさしい目で娘を見つめると、自分の背中に
乗るように合図をしました。


「あなた、わたしをどこかへ連れて行ってくれるの? 
お願い、どこでもいいから連れて行って」
娘の言葉がわかったのか、娘を背中に乗せた牛は、
月光の中をゆっくりゆっくりと歩き出し、
そのままどこかへ行ってしまいました。
その後、山の池は牛池という名がつけられました。


不思議な事に牛池では月の明るい晩になると、
『トンカラリ、トンカラリ』と、機(はた)をおる音が
聞こえてくるということです。・・・

おしまい



誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、
言えば、言い訳になるから……。



Mituo

人の為 と
書いて、
いつわり(偽) と
読むんだねぇ







時は絶えず流れ、 
  今、微笑む花も、明日には枯れる 



鬼が餅つきゃ、閻魔が捏ねる、
  そばで地蔵が食べたがる   

 

  P R


    カビの生えない・きれいなお風呂

      お風呂物語

入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂

Set1

2016年6月 3日 (金)

妄想劇場・番外編(18禁)

妄想劇場・番外編(18禁)

信じれば真実、疑えば妄想……

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18歳未満の方は
ご遠慮下さい。



1810



これほど惚れた素振りをしても、ほんとに悟りの悪い人


メジャーでは無いけど、
こんな小説あっても、良いかな !!
アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい。


『比重 』 悲恋 Tragic love

八月の末の土曜日、やっと男が現れた。
から揚げと冷奴、サラダと味噌汁をちゃぶ台に出すと、
「暑いのにから揚げなんて揚げてくれるんだな」と
気遣ってくれた。
しかし、会社を解雇される事を告げると、
あざ笑うかのような顔で言い放った。
「あんな小さな会社で解雇されるなんて、
どんなダメ人間だよ。誰だってできる仕事だって、
お前言ってただろ」

男の事が気になって仕事にならない、
なんて言ったところで、人のせいにするな
と叱られて終わるだろうから、黙っていた。
スカイは暑さにもめげずに二本の止まり木を
行ったり来たりしている。
時々、誰にでもなくピチクリと一人喋りをする。

自分はシャワーを済ませ、男がシャワーを浴びる
水音だけが浴室から響いていた。
時折、男の鞄の中から低い振動音がする事には
気づいていたが、男は私の前で携帯電話を
操作しなかった。

「今日は先にビールを呑もうかな」
シャワーからあがってビールを呑んだ。
それからセックスをした。いつもとは違う行動に、
少し動揺した。

もしかして、他の誰かといる時はいつもこうして・・・
消極的な思考は排除せねばと己を律した。
「来週また来るから」 そう言って。
翌朝男は帰って行った。
玄関を出るとすぐ、鞄のポケットから
黒い携帯電話を取り出して、何やら操作をしていた。
誰に、何の連絡をしているのか。

一週間後、男は来なかった。
夕飯はチャーハンとスープだった。
これもまた二日に分けて食べた。
それから二週間して、解雇となった。
すぐにハローワークへ行き、失業保険の
申請手続きを行った。手続きの書類を書いていると、
隣のブースで作業をしている中年の男性に
話しかけられた。

「依願ですか、解雇ですか?」
解雇だと伝えた。
「今の時代、若い人でも解雇されちゃうんだねー。
私なんて、もうこれで三回目ですよ、解雇」
私は当たり障りのない顔で、頷いて話を聞いた。

「嫁さんと子供を食わしていかないといけないからね。
仕事してないと駄目なんですよ」
五十代かと思われるその男性は、右目の下に
ほくろがあり、すぐに顔を覚えてしまった。

ハローワークに手続きに行く度に、彼を見つけると
会釈をした。
「どうです、仕事は見つかりました?」
手続きに来ている時点で、仕事は見つかっていないのだが。
社交辞令だろう。

不眠が気になり、心療内科を受診した。
医者は淡々と私の症状を聞き、暫く「うーん」と唸った後、
「抑鬱状態と、不眠症という所ですかね」と言って、
処方箋を出した。
安定剤と抗鬱剤、睡眠導入剤だけで一か月分、
袋に一杯だった。

次の仕事に就くまでに、少なくとも睡眠だけは
とれるようにしなければ。・・・
その晩、就寝前に薬を何種類も並べて飲んだ。
睡眠薬には苦い味が付けられていた。
これをオーバードーズして自殺するなんて事は、
まず出来ないな、と思った。
その日は久しぶりに、一時間もしたら眠気が訪れ、
朝まで眠る事が出来た。

昼間はまだ少し暑い日もあるが、だんだんと
秋の色が濃くなってきた。
日が暮れるのは早いし、日の出は遅い。
昼間が短いという事だ。

ハローワークを訪れ、とある会社の事務仕事を
斡旋してもらい、面接を受ける事となった。
事前に電話で、心療内科に通院している事を
先方に告げると、「それはちょっと」と面接を受ける前に
断られてしまった。

それから何度か、中年男性と顔を合わせ、
近況を報告するようになったが、両者とも芳しくなかった。
男性は、奥さんと子供がいると言った。私には
扶養する家族はいない。
今は、食べていけるだけの稼ぎでいいんじゃないだろうか。

来年の四月には男が出向から戻り、結婚の
準備に入るのだから。それまでの繋ぎ。
求職条件を「正社員」から「パート」まで広げる事にした。

すっかり秋になった。窓を開けると郷愁が漂う
匂いが鼻をつく。
スカイは知ってか知らずか、鳴く事はせず、
ただただ外の方を向いてその香りを身にまとっている。

十月の中旬に男はやってきた。
「九月の終わりに向けて色々忙しかったんだ」
私が糾弾した訳ではないのに、男は言い訳めいた事を
言った。

チャーハンとスープを作ってちゃぶ台に出す。
「お前の作る中華スープは凄く美味しいんだよな」
そう言うと、蓮華でチャーハンを掻きこむ様に食べ、
あっという間にお皿を空にした。

青果店で見掛けた梨があまりに美味しそうで、
思わず買ってきてしまった。
それをお皿に乗せ、果物ナイフと一緒にちゃぶ台へ
持って出た。くるくると渦を巻くように皮が剥がれていく。
切り分けた梨を男が口にした。

「この前も食べたんだよな。その時のよりも甘くてうまい」
いつ、誰と梨を食べたのか。料理だって、
果物の皮むきだってしないこの男が、誰と梨を食べたのかは
気になったが、追及しなかった。

梨を少し小さく千切って、鳥籠の格子に挟んでやると、
スカイが啄みに来た。
時折、部屋の隅にある男の鞄から、携帯電話の振動が
聞こえてくるが、男は気にする気配が無かった。
ふと、カラーボックスに立て掛けてあった
年間カレンダーを見た。
男が来た日はピンクで丸が書かれている。
それに気づかれたら重い女だと思われてしまうと思い、
男が見ていない隙に物入れに隠した。

男が来る間隔が、一週間、二週間、三週間と少しずつ
空いている事が分かるそのカレンダーに、
明日またピンクの丸を書こう。
翌朝「また来週来れたらいいんだけど」と少し曖昧な
表現をして男は去って行った。・・・

一週間後、男は現れなかった。
相変わらずハローワークに通い、
今度はパートタイム社員として事務職を斡旋された。
心療内科に通っている旨を先方に伝えると
「今はそういう時代だから」と理解を示してくれた。
結局、十二月から働き始める事となった。
失業保険は切れるが、一カ月程度なら貯金で何とか
生活できるだろう。

心療内科では、薬を飲んでいれば睡眠はとれると伝えた。
ただ、男の事を考えない日は無かった。
考えれば考えるほど、沈む一方なのは何故だろう。
「ハローワークに通えているのなら、それで
十分じゃないですか」
医者はそう言い、処方を変えなかった。

ハローワークに就職報告に行った際、あの男性に会った。
就職先が決まった事を伝えると、「良かったですね」と
笑みを浮かべてくれた。
「私の方は歳が歳なもんで、なかなかね」
苦笑している彼には、家族がいる。当然、パートなどでは
やっていけないだろう。
検索機で仕事を検索している後姿は、
か細く、頼りなかった。・・・

土曜日は、春巻きと玉子焼き、ポテトサラダに味噌汁を作った。
勿論、二人分。
男は携帯電話を持っていて、私も携帯電話を持っているのに
、四月からこちら、一度も通信していないことに気づく。
「明日は行けない」それぐらいのメール、
くれたらいいのに、と思う。

私は冷え切った春巻きを口にした。
情けなくなって、涙が溢れた。これはきっと、
鬱病のせいだ、と思う事にした。 ……

続く

Author :SO-AIR
http://syosetu.net/pc/




『とまどいルージュ』




Tinko_2
人の為(ため)と
書いて
いつわり(偽)と
読むんだねぇ






子を持つも持たぬも人の宿命(さだめ)なり
日に日に努めて行かむ
あなたの人生なんだから好きなように
お行きなさい(生きなさい)


 

P R

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    お風呂物語

入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂


Set1

2016年6月 2日 (木)

信じれば真実、疑えば妄想……

信じれば真実、疑えば妄想……

昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー



こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
  知りつつ、こうして、こうなった



メジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、良いかな !!
アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい




Kanshin021111

韓信
紀元前二〇〇年代の中国大陸。
衰退した秦の末期に
生を受けた韓信は、成長し、
やがて漢の大将軍となる。
「国士無双」「背水の陣」
「四面楚歌」
そんな彼を描いた小説。




漢の韓信-(131)

九つの罪
魏蘭を失った時点での韓信の思念を分析することは
難しい。なぜなら彼自身が、なるべくそのことに
思いを馳せないようにしていたからだ。
そのため彼女の死に関する彼の具体的な思いは
包み隠されており、一見雲の中にあるように
はっきりとしないが、注意深く観察すると、
それは自己嫌悪という形をとりながら、確かに
存在しているのである。

そして彼の思考には、この時点から世の中に対する
諦念が目立ち始める。
それは主君である劉邦との意思のすれ違いから、
より際立っていくのであった。

臨淄に留まっていた曹参のもとへ韓信から使者が送られ、
それにより曹参は事態のあらましを知ることになる。
このとき、使者の第一声は次のようであった。
「予測に反し、賊徒郭尹は首都臨淄ではなく、
遠征隊を襲撃せんとしたが、我々は犠牲を払いつつも
これを撃滅し、郭尹の首は討ち取ったり。
よって臨淄の宮殿、城市の厳戒態勢はこれを
解くことを許可する」使者の報告に曹参は内心で安堵した。

郭尹が斉の子弟をそそのかし、多数の兵力をもって
臨淄を襲撃すれば、正直守りきれる自信がなかった。
せいぜい籠城し、持ちこたえ、韓信の帰還を
待つことしかできなかっただろう。

「郭尹は、そちらに現れたのか……。だとすれば、
あまり政治的な野望はなかったのかもしれぬな。
戦車隊を解散させた斉王への単なる仕返しであったか」
使者は頷きながらも深刻な面持ちで答えた。
「そうに違いありませんが、危険なことは変わりありません。
万が一斉王が郭尹によって討ち取られることが
あったりしたら……」

「個人的に武を競い合って、斉王に勝てる者はおるまいよ
あの方にとっては、項王でさえも敵ではない。
私はそう見ている」
「はあ……」
「ところで、犠牲というのは、どれくらいだ?」

「……数は少のうございます。しかし、その中に
もとの西魏の公女が」
「……魏蘭が!彼女が死んだというのか」
「左様にございます」
これは、いかん! 
曹参が見るに、韓信は武人としては一級である。
しかし、そのことと人として成熟していることとは、違う。 
確かに韓信は礼儀をわきまえ、謹み深い男であったが、
彼はそれを他者にも求める傾向が強く、
無法者の部類を人一倍嫌う。

このため、たとえて言うと韓信は切れ味の鋭い
抜き身の剣のようであった。
剣の輝きにだけに惹かれ、いたずらに近寄ると
大怪我をする。そういう存在である。

その危険きわまりない剣を収める鞘のような存在が、
魏蘭であった。
鞘をなくした剣があたり構わず人々を斬りつける、
そのような事態が曹参には連想されたのである。
「斉王は魏蘭どのを眼前で失いましたが、
気丈にも涙は見せず、終始ご立派でございました」
使者はそのように評したが、これは暗に
韓信が薄情だったことを伝えたかったかのように
曹参には聞こえた。

「いや、悲しくないはずがない。あるいは悲しいという
感情を飛び越え、呆然自失の状態に
陥っているのかもしれぬ。
いずれにしろ、このことで斉王のお人柄を
忖度するのはよせ」
曹参はそう言って使者を下がらせ、
自身は自室に引きこもった。

そして、生前の魏蘭の姿を頭の中で回想し、
涙をこぼした。彼は、あまりの衝撃のために
泣けなかった韓信のかわりに泣いたのである。
「……このたびの楚遠征の計画は中止……。
あるいは、無理もないことか」
国境付近で韓信の到着を待っていた灌嬰は、
やはり使者の言上を聞き、そう呟いた。

「…………」

つづく

Author :紀之沢直・:野沢直樹
http://kinozawanaosi.com.



愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る 


歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
人のせいにしない、恨まない、人生、絵模様、万華鏡…



『よこはま物語』




人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ

誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、言えば、……



時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる



P R

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お風呂物語

入れてもらえば気持ちは良いが、
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Set1

妄想劇場・特別編

妄想劇場・特別編

信じれば真実、疑えば妄想……



Mituo

昨日という日は
歴史、
今日という日は
プレゼント
明日という日は
ミステリー








誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、言えば…



『駅やコンビニでキレる、中高年の心の闇とは? 』 

4月16日、63歳の会社員が東京メトロ千代田線の
車内で、つり革を引きちぎったとして逮捕された。
えーそんなに簡単にちぎれるもの? 
犯人は巨漢か筋骨隆々? 
そう思ったけれどニュースで見る限り、
容疑者はどこにでもいそうな体型の
60代男性だった。

本人は「電車は混雑して立ちっぱなしで
疲れていた。鉄道会社を困らせようと思った」と
供述していたけれど、
つり革を引きちぎれば千代田線は
100両に増えるというのか。
沿線の住民が激減するというのか。

冷静に考えればすぐにわかることなのに、
自分の感情を優先させてしまい、結果
誰かや何かにキレる中高年は後を絶たない。

ちなみに全国のJRや私鉄などの鉄道事業者が
発表しているデータによると、駅構内や車内における
2014年度の暴力行為は800件で、
その6割は中高年によるものだそうだ。

「キレる」といえば若者と思われていたのに、
作家の藤原智美さんが『暴走老人』という
本を発表した2007年頃から、中高年の暴走が
取りざたされるようになった。

それから約10年、なぜおっさんやおばさんの怒りは、
今なおとどまることを知らないのだろうか……? 
心理学博士の榎本博明さんは
『中高年がキレる理由(平凡社新書)』のなかで、
彼らには「こんなはずじゃなかった」という
思いがあることを挙げている。

「仕事で自己実現」とか「好きを仕事に」などの言葉は、
今では当たり前のように使われている。しかし、
いまの中高年が就職した頃は、そんな発想は
あまりなかった。働くのは生活のため、
生きていくための経済力を得るためであり、
どこでもいいから就職する、

潰れそうもない会社に入れればいいという
感じだったから、「仕事で輝きたい!」などと言っている
若者に反発を覚える。一方で、いつの間にか
時代の風潮の影響を受け、自己実現とは
ほど遠い生活をしている自分がみじめに思えて
くることがあるのが、現代の中高年の傾向なのだそうだ。

しかし敵は若者のみにあらず。これまでの
会社組織は終身雇用や年功序列が
保証されていたからこそ、
彼らは意に沿わない仕事でも黙々と働いてきた。

「将来報われるから」と、私生活を犠牲にして
サービス残業も休日出勤もこなしてきた。
だが今では企業の倒産が相次ぎ、
リストラや賃金カットは「明日は我が身」。
自分より上の世代はしっかり退職金をもらって、
悠々自適の老後を送っているのに……。
そんな不公平感も、彼らにとっては
ストレスになっていると榎本さんは分析する。

そしてこの20年の間に急速に進んだIT技術も、
解放されないストレスを生み出している。
ひと昔前なら外回りをして時間が余ったら、
映画を見ようが喫茶店に行こうが、
バレることはそうそうなかった。

だが今や携帯電話があるおかげで
しょっちゅう連絡が入るし、下手すりゃ
居場所もわかってしまう。
これでは自由も解放感もあったものではない。
挙句の果てには、時代の流れについていっており、
新しい技術にもすぐ適応できる
若い世代の方が有能で、古いことはよく知っていても、
新しい技術になかなか適応できない年輩者は
使えないというような価値観が広まっていった。

「昔は」とか「俺たちの頃は」なんて話は一切通用しない。
滅私奉公で頑張ってきたのに認められていない。
惨めな彼らは何かの衝動に身を任せ、
キレてしまうのだ。

うーん……。「生きづらさ」を抱えているのは
今や全世代に共通していることなので、
そうはいってもなあ、と思ってしまうところもある。

「中高年の心の闇」は
「こんなはずじゃなかった世代なんだから、
「心の裂け目から突然噴出してくる衝動に
振り回されないように、タフな心を保つためのコツ」を
養う必要がある。

例えば
・・・上から目線で子どもじみた上役を冷めた目でみながら、
  部下という役割に徹して丁重な応答をする「役割に徹する」
・・・イラッっときたり、ムカッとしたときは、すぐに行動せず
  「ひと呼吸置く」
・・・「たいしたことじゃない」「大丈夫、落ち着こう」など、
  怒りの衝動を鎮めるような「セルフトークを身につける」
・・・「ネガティブな思いの反芻グセを直す」

といったもので、「若さが失われていくのではなく、
年輪が増えていくと考えればいい。
肉体的な衰えと反比例して、精神的な内面は
充実していくのだと考えたい」という
五木寛之氏の言葉を引用しながら、
「成熟の価値に気づくこと」の大事さについて触れている。
これらのことを「前もって知っておくことで、
いざというときに効果的に対処できるだろう」と、
榎本さんは結んでいる。

今青春真っ盛りの若者でも、いつかは必ず年を取る。
だからこれらのことを覚えておいてソンはないと思う
。だがここにある対処法は世代を問わず
「ムカッときた時」に使えるものでもあるので、
できれば中高年ならではのキレを抑える
「何か」が欲しかった。

キレている中高年は、「企業勤めを経験している
現役&元サラリーマン男性」の事例ばかりなので、
自営業や主婦など、それ以外の例も欲しかった。

だってお金にも人脈にも事欠かない社長だって
有名人だって、最近はささいなことですぐキレているから。
かつてニュースを騒がせた、「引っ越し! 
さっさと引っ越し!」と大声でがなり立ててご
近所トラブルを起こした還暦女性は記憶に新しいし、
先日は混雑したバス内で、ベビーカーをたためずにいた
子連れの女性に、高齢の白人男性が英語で
延々文句を言っているのを私自身が目撃している。

キレる中高年は、決してサラリーマンの悲哀が
生み出した現象ではない。
おっさん&おばさんの「キレ」を抑える何かを、
教えてほしいと思う。・・・・・

Author :玖保樹 鈴




歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
人生、絵模様、万華鏡…


『秘きのメロディー』



あの「昭和の大女優たち」のいま…

原節子のようにすぱっと姿を消した女優もいれば、
大原麗子のように一人寂しく晩年を過ごした女優もいる。
昭和を彩った大女優たちはいま、どこで何をして、
女優人生の最終幕を迎えようとしているのか。


鰐淵晴子(71歳)元祖セレブ女優はドイツにいた

B6



なぜあのとき、脱いだのか

「実は今、ドイツにいるんです。
娘(理沙)がクラシック音楽の勉強で留学していたので、
ここ4~5年は、私も手伝いのため日本とドイツを
行き来する生活をしていました。
その合間をぬってドラマの仕事をしていたのですが、
娘のほうが一段落ついたので、6月からは
娘と一緒に、日本で暮らす予定です。
まだまだ引退なんてしませんからね(笑)」

そう語るのは、オーストリア人の母を持ったハーフ女優で、
知的な美貌が懐かしい鰐淵晴子だ。
『ノンちゃん雲に乗る』('55年)や『あんみつ姫の武者修行』
('60年)などに出演し、松竹を代表する映画スターになる。

さらにこの頃、二人目の夫で写真家のタッド若松が
撮影したヌード写真集を発表。
そのアート性の高さから歴史に残る作品として、
現在も高く評価されている。

「青春映画を中心に出ていた私が、突然脱いだので、
ファンの方にとってはかなりセンセーショナルだったと思います。
でもあの作品が、大人の女優へ脱皮する
きっかけの一つとなったのも事実です」(鰐淵)

以降、鰐淵はドラマや映画でエロスを漂わせる
「悪女」を演じる機会が増えていく。
特に横溝正史原作の映画版『悪魔が来りて笛を吹く』
('79年)で演じた椿秋子役は、彼女にしかできないほどの
ハマリ役だった。

その後、歳を重ねたこともあってか、ここ数年は
テレビで見る機会も減っていた。
「でもね、この2月まで昼ドラ『新・牡丹と薔薇』(テレビ)に
久々に出演させてもらいまして。

これまで私は、手の届かないムリ目な女性役が
多かったのですが、このドラマで私が演じた母親役は
三枚目キャラ。初めての役柄だったので、
演じていてすごく楽しかったですね。

他のキャストの方から『鰐淵さんって、
こんな役もやるんですね』と言われて、
『私だって笑いの演技ができるのよ』と、
ちょっと得意になっていました(笑)。
まさか、この年になって役者の幅が広がるとは
想像もしていなかったので、嬉しい驚きでした」(鰐淵)

家庭では、2匹の愛犬に囲まれ、プライベートも
充実しているという。
「娘は大きくなってもう遊んでくれないけど、
犬はいつでも甘えてくれますから。
女優だって一人の人間ですから、皆さんと同じように
苦しんだり悩んだりします。でもやっぱり人生は
楽しくないと。今でもこうやって取り上げてもらえるのは、
ありがたいし、励みになりますね」・・・・

      
Author :週刊現代


時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる



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