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2016年7月

2016年7月31日 (日)

チャンネル・掲示板

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幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない



Mituo


 
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TOCANAニュース。

【相模原19人刺殺】イルミナティとフリーメイソンに
傾倒した植松容疑者!
犯行現場にみる“ヒトラーばりの優性思想”とは?
・・・

相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で
起こった殺傷事件は日本中に衝撃を与えた。
元職員の植松聖容疑者は19人を殺害、26人に
重軽傷を負わせた。

戦後最悪レベルの大量殺人に及んだ容疑者は、
施設の元職員・植松聖(26)。
事件直後、植松容疑者が「施設を辞めさせられて
恨んでいた」と話していることが伝えられ、
解雇による逆恨みが動機かに思われた。

しかしその後、同容疑者が今年2月に「妄想性障害により
他人を傷つける恐れがある」と診断されて
緊急措置入院していたこと、
尿検査で大麻の陽性反応が出たこと、
さらに「障害者を抹殺する」と記した手紙を
衆院議長に渡そうとしていた事実などが次々と発覚。
障害者に対する差別や偏見、一方的な恨みを
募らせていた可能性が浮上している。

植松容疑者は実生活でもSNS上でも、これまで
奇天烈な言動を連発していた。
「過去のおかしな書き込みに関しては、素材が
多すぎて取捨選択が難しいほど。


B11



容疑者は優生思想に取り憑かれていた!?

「障害者は死んでくれた方がいい。その方が家族は楽だ。
施設を回って10月までに600人殺す。
まず自分がいた施設からやります」
「重度障害者の大量殺人は、日本国の指示があれば
いつでも実行する」

過去、このように語っていたという植松容疑者の言葉には、
優生思想の一端が垣間見える。
障害者福祉施設の職員として働いていた植松容疑者が、
どの時点でこのような考えを抱くようになったのか、
正確な経緯は今後の捜査を待たなければならないだろう。

しかし、「障害の有無や人種等を基準に人の優劣を定め、
優秀な者のみが存在を許される」という優生思想自体は、
過去から現在に至るまでさまざまな形で
受け継がれてきたという現実がある。・・・・

とりわけ優生思想を全面に押し出し、国家ぐるみで
“劣等種”の排除に動いていたナチス・ドイツの
悪行は有名だ。
彼らが主要な敵と位置づけたユダヤ人たちの虐殺も
さることながら、数多くのロマ(ジプシー)や同性愛者、
そして障害者たちが強制収容所に送られ、殺害された。

ナチス・ドイツは「役に立たないのに食事が必要な人間」を
特定することを国民に義務付け、安楽死の手順を
公式に定めていたとされる。


日本にも20年前まで障害者を排除する法律があった

しかし、実はこのような優生思想に基づく国家的な
差別と虐待が、ここ日本で、しかも近年に至るまで
脈々と受け継がれてきたことを、
今回のような凶悪事件を機として私たちはもう一度
確認するべきだろう。

ナチス・ドイツと同時期、大日本帝国においても
国民皆兵と大和民族の健康維持という名のもと
優生思想が広く浸透しており、1940年には
「国民優生法」が成立。

「劣悪な遺伝性疾患の素質を持つ者の増加を防ぎ、
健全な素質をもつ国民の増加を図る」
「戦争遂行のために、国家に奉仕できない者を
養う必要はない」として遺伝性の身体障害者、
精神障害者(現代における統合失調症、
躁うつ病、てんかん等も含む)、

さらに当時は完治することが難しかったハンセン病患者や、
重度のアル中患者に対する強制的断種が
合法化されてきた経緯があるのだ。
そしてこの国民優生法は、第二次世界大戦後に
「優生保護法」と名を変えたが、本人の同意なしに
強制的断種(優生手術)を実行できる制度は受け継がれた。

それだけならまだしも、強制的断種の対象が
「らい病」や「遺伝性以外の精神病」にまで
拡大されたのである。
1949~94年の間に、優生思想に基づく断種が実に
16,000件以上も行われたとの統計もある。
このような不条理な法律は、1996年になってようやく
「母体保護法」に改正され、現在は優生思想に基づく
強制的断種が行われることはなくなった。

しかし我が国において、わずか20年前まで、
障害者を強制的に社会から排除する仕組みが
維持されてきたことは紛れもない事実なのだ。

植松容疑者は今年2月14日、自身のツイッターで
イルミナティカードに言及。
他にも様々な陰謀論への賛同も書き込んでいるが、
やはり特筆すべきは同日に衆議院議長公邸に
持参した手紙だ。大きく話題になった

「私の目標は重複障害者の方が(中略)
安楽死できる世界です」といった内容のほかに
フリーメイソンに関しての言及がなされている。
「リア充として、多数の友人を抱えていた容疑者は
周囲の意見を簡単に受け入れる傾向にあったのでしょう。
現実世界での整合性よりも実際に関わる人の意見を
大切にしていたんだと思います」

「被害者の方たちはいずれも首を中心に
狙われていますが、被害状況を分析すると、
実は容疑者は障害者の中でも、とくに
対面コミュニケーション全般が苦手だった方を
中心に襲い、致命傷を与える与えないの判断を
していたのではないかとささやかれています。

つまり、相手の障害の度合いに応じて
生死の判断を下していったことがうかがえるのです。
殺す直前までそうした思考をしていたのは
狂気としか言いようがありません」

このような究極の選民思想こそが今回の事件の
闇の深さを物語っているとも言える。

「容疑者の父親は真面目な公務員ですが、
母親が野良猫にエサをあげ続けて近隣トラブルを起こし、
両親は相模原市内の自宅を出て八王子市内の
マンションに居住。親子で別居していました。

猫がかわいいのはともかく、引っ越さざるを得ないほど
近所ともめるというのも、極端すぎる話。
こうしたエピソードも含め、今回の事件は
掘り下げなければいけない部分が多すぎるんです」


障害者施設職員の女性が語る“日本社会の闇”

当然ながら「優生保護法」下で強制的に
断種された人々は、現在の日本社会に数多く暮らしている。
知的障害者施設で働く女性は、彼らの苦しみを
次のように代弁する。

「断種された女性で、突然子宮をおさえて
泣き出す人がいます。
子宮を摘出されたことに気がついていないはずなのに、
とても悲しそうな顔をするのです。
こんなことが最近まで行われていたことを日本人は
もっと知るべきです」

「相模原の事件で、犯人が語った言葉……。
普段は表立って口には出さなくても、あのような考え方が、
実は社会の深部に根付き、ずっと受け継がれている
可能性は否定できないと思います」

社会的弱者を自らよりも“劣る”存在と決めつけ、
その命を軽く見た結果が今回の凶悪犯罪に
つながったとすれば、日本社会に脈々と受け継がれてきた
“深い闇”が投影されていると考えることもできそうだ。

いったい障害者たちの受難は、この先いつまで続くのか?
部外者であるということはあり得ない。
私たち一人ひとりに、重い課題を突きつける
事件と言えるだろう。

Author :TOCANA 記事一覧




「落日」




時は絶えず流れ、
 今、微笑む花も、明日には枯れる




P R

   
 
カビの生えない・きれいなお風呂 

      
お風呂物語 

入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂


DIYの感動をあなたに!!
『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。

2016年7月30日 (土)

妄想劇場一考編

妄想劇場一考編

信じれば真実、疑えば妄想……

時は絶えず流れ、今、微笑む花も、明日には枯れる


Mituo
一目惚れしたのは、
私が先よ、


手を出ししたのは、
あなたが先よ



『冥談の核心・深層告白』   

現実に起きていることから、
浮かび上がってくる真実がある。・・・・

「目が開かない!」〝無限の苦しみ〟に悩む
エリート息子を絞殺した母 
難病「ジストニア」が招いた悲劇・・・・

終わりの見えない苦しみに2人の精神は限界を超えた。
大阪府東大阪市の民家で長男(33)を絞殺したとして
6月、殺人容疑で同居の母親(67)が大阪府警布施署に
逮捕された。
長男は目が開きづらくなる症状に悩まされ、
親子で病院を探し回った末に判明した病名は、
脳神経系の難病「ジストニア」。
長男は体の一部も思うように動かせなくなり、
常に吐き気を催すような状態が続くなど、
病状は悪化の一途をたどった。

献身的に面倒を見ていた母親も心身ともに疲労が
極限に達したのか。親子で心中しようと母親は
長男の首を絞めた。しかし、自分は死にきれず、
長男から依頼があったとする嘱託殺人罪で起訴された。

子の将来悲観、自分も…

「午後7時9分、逮捕」
6月27日、薄暮の住宅街に警察官の声が漏れ伝わった。
警察官とともに自宅から姿をみせた母親は
伏し目がちだった。
母親や長男と付き合いが深かった隣家に住む
アルバイト男性(65)は「余計なことを
してしまったかもしれない」と、悔悟の念を
抱きつつ振り返る。

男性は機転をきかせたつもりだった。
きちょうめんな母親がごみ出しの日に2日続けて
ごみを出していない。新聞もポストに数日分たまっている。
「胸騒ぎがした」という男性は、妻(67)とともに
近くの交番へ駆け込んだ。

ほどなく布施署員が駆け付けた。
呼び鈴を鳴らしても応答はない。
男性宅の2階ベランダから母親宅へ移って
改めて呼び掛けても無反応だったが、
カーテンのすき間から赤い液体が床に
広がっているのが見えた。

「血や、血出てるぞ! 救急車を呼べ」
署員の一人が同僚に叫んだ。
閑静な住宅街は緊迫した空気に包まれ、
応援で駆けつけたパトカーのサイレンが
辺りにこだました。

布施署によると、母親は手首を切って2階で
倒れていたが、一命は取り留めた。
長男は自宅1階和室の布団の上であおむけになっている
状態で見つかった。すでに死後数日が経過し、
腐敗も始まっていた。首にはネクタイが巻かれ、
母親が「自分が絞めた」と認めたため、
同署は殺人容疑で緊急逮捕した。

母親は「長男は目が見えない(開けない)病気を
患っており、将来を悲観した」と供述した。
長男を殺害した後、自らも命を絶とうとしたが、
死にきれなかったと吐露した。

5年前から症状の兆候

隣家の男性らによると、母親は約15年前、
東大阪市の現在の自宅に引っ越してきた。
夫とはすでに離婚しており、両親と死別してからは
長男と2人暮らしだった。
「(母親は)すらっとした身なりで謙虚な性格。
到底人を殺すようには見えない」。
男性ら近隣住民は口をそろえる。

長男は府内の国立大を卒業後、システム
エンジニアとして、充実した生活を送っていた。
しかし、5年ほど前からやっかいな症状に
悩まされていた。

「目の奥が痛むんです」 
長男がうつむき加減でこうこぼす姿を、
男性は覚えている。
コンピューター関係の仕事に就いており、
長男も当初はストレスから来る一時的な
症状と考えた。だが、症状はおさまるばかりか、
悪化の一途をたどった。

神経痛からか目は開けづらくなり、肩こりもひどくなる。
気分は優れず、吐き気が止まらない
。しゃべることさえ、おっくうになる日々が続いた。

総合病院を受診してもストレスが原因と
疑われるだけで、真の病名を突き止めるまでには
至らなかった。
長男は仕事を1年ほど休んだ後、勤務先から
解雇されたという。

男性は見るに見かねて自家用車を持たない
母親と長男を乗せ、しばしば病院まで付き添った。
男性が自ら医者を紹介したこともある。
「向こうからお願いされたことは一度もない。
ただ、自分にできることはそれぐらいしかなくて…」

多くの病院を訪ね歩き、ようやく病名が判明した。
脳神経系の難病「ジストニア」だった。
詳しい病院が京都市伏見区にあることが分かり、
母親と長男は通院治療を続けた。

「ジストニア」は難治性

2人を追い詰めたジストニアとは一体どんな病気なのか。
NPO法人「ジストニア友の会」のホームページによると、
ジストニアは「脳や神経系統の何らかの障害により、
持続的または不随意的に筋肉が収縮したり
固くなったりする難治性の疾患」だ。

思うように体が動かなくなる一方、意思に関係なく
筋肉が動き、動作や姿勢に異常をきたす。
川崎市立多摩病院の堀内正浩・神経内科部長は、
長男のように「目が閉じてしまう」ケースについて

「(1)眠くて、まぶたに力が入らず落ちてしまう
(2)ぎゅっと目をつぶってしまう-の2ケースがあるが、
ジストニアは後者」と解説する。
原因はストレス、薬の副作用、外傷などだ。
日本神経学会ジストニア診療ガイドライン委員会によると、
国内では10万人あたり13~15人の
孤発性(遺伝ではない)ジストニア患者がいると
推計される。そのうち、眼瞼(がんけん)けいれんの
症状を抱えているのは約9千人という。

だが、治療しても症状はなかなか改善しない。
就労が困難で身体障害者手帳の申請を行っても、
まぶたが閉じてしまうだけで目の機能自体には
異常が認められず、障害認定されない
ケースが目立つようだ。

誤解から近所で悪評も…

隣家の男性にとって、長男は自身の息子とも
年齢が近く、ずっと気がかりな存在だった。
働き盛りの年代にもかかわらず、
重い病に悩まされる日々。
平日に近くの公園まで一人で苦しそうに散歩する
長男を見るにつけ、胸が締め付けられた。
だが、近所の住民らは詳しい事情を知らないこともあり、
誤解して「大の大人が働きもせず、
昼間からふらふらして…」といった悪評が
立つようにもなった。

「ジレンマだった。つらい病気なんだと(住民に)
言ってやりたかった。でも、それは(母親が)望んでいない。
苦しむ(長男の)姿を見ていたら、気安
く『頑張れ』とは言えない。
『無理だけはするなよ』と、毎日そんな気持ちだった」

だが、そんな願いもむなしく、母子は約5年に及ぶ
闘病生活に「心中」という手段で終止符を打つことを
決意した。

大阪地検は7月19日、殺人容疑で逮捕されていた
母親について、長男に頼まれて絞殺したことが
判明したとして、嘱託殺人罪に切り替えて起訴した。

「2人は命を削って病と闘っていた」。
男性は身近で起きた悲劇に、今もやるせない思いを
募らせる。
親子の間にどのようなやり取りがあったのか詳細は
不明だ。今後開かれる刑事裁判で
真相は明らかになるのだろうか。・・・・

Author ::「週刊現代」




歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
人生、絵模様、万華鏡…



『 ほかされて 』…




昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー

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カビの生えない・きれいなお風呂

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入れてもらえば気持ちは良いが、
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歴史・履歴への許可証

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昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー


夢はでっかく、根はふかく。
花を支える枝 枝を支える幹 
幹を支える根 根はみえないんだなあ


Kobanasi_3


『 日本の昔話 』 

B1
   
       
 『なぞかけ姉さま』福井県の民話

 むかしむかし、男前(おとこまえ)の
 若者が、お伊勢(いせ)参りに
 出かけました。
      
   お伊勢まいりをすませて茶店で
   一休みしていると、
 絵から抜け出したような美しい
 姉さまが、同じ茶店に立ち寄りました。
      
      
      

(はあー。世の中には、これほどきれいな姉さまが
いるのだな)若者は、しばらく見とれていましたが、
「いかんいかん、早く今夜の宿(やど)を
探さないと、日が暮れてしまう」と、
町はずれのはたご屋(宿)にわらじを脱ぎました。

すると同じはたご屋に茶店で見かけた
あの姉さまが入ってきて、若者の隣の部屋に
通されたのです。
「あんなきれいな姉さまと、同じはたご屋で
泊まりあわせるとは、なんと言う幸運。
これだけでも、お伊勢参りに来たかいがあったわ。

しかし、どこのお人だろう。
せめて名前だけでも知りたいものだ」
その夜、若者は胸がドキドキして、
なかなか寝つけませんでした。

あくる朝、若者は寝坊してしまいました。
隣の部屋の姉さまは、もうはたご屋を出た後です。
「ああっ、なんたる事だ。あのような美しい姉さまには、
もう二度と会えんだろう」 若者はがっかりしながら
出発し、次の宿場のはたご屋に泊まったところ、
何と隣の部屋にあの姉さまがいるではありませんか。

「これは、お伊勢さまのお引き合わせに違いない。
よし、明日の朝は早起きして、姉さまに
名前を聞かせてもらおう」
若者は姉さまの事ばかり考えて、この晩も
なかなか寝つけませんでした。

次の朝、またもや寝坊した若者があわてて
隣の部屋を訪ねてみると、もう姉さまの
姿はありませんでした。
「ああっ、一度ならず二度までも・・・」
若者がガックリしていると、はたご屋の番頭(ばんとう)が
やってきて言いました。
「お客さま。この部屋に泊まった娘さんから、
これを渡すように頼まれました。

「なに、姉さまが!」若者が手紙を広げてみると、
《恋しくば、たすねきてみよ十七の国。
トントン町のその先の、くさらぬ橋のたもとにて。
夏なく虫の、ぼたもちが待つ》と、書いてありました。

「はて、なんじゃ、こりゃ? 
なぞなぞの歌のようだが、さっぱりわからん」
若者がいくら考えても、この歌に込められた
意味がわかりませんでした。

それでも、あの姉さまからもらった
大事な手紙です。若者は村へ持って帰ると、
その手紙を大切にしまいました。
「あーぁ、姉さまに会いたいな。
歌の意味を読み解いて、姉さまに会いたいな」
あれから何日もたちましたが、若者は
姉さまの事が忘れられません。
その想いは、日に日に増す一方です。

そんなある日、旅の坊さんが村を通りかかったので、
若者は姉さまからもらった手紙を読み解いて
欲しいと頼みました。
するとさすがは、物知りの坊さんです。
坊さんは手紙を読むと、若者にこう言いました。

「いいかね。十七の国とは、年の若い国だ。
つまり、若狭(わかさ→福井県)の国じゃ。
そしてトントン町とは、おけを作っている
町の音だから、これはおけ屋町じゃ。
くさらぬ橋とは、石の橋。
夏なく虫といえば、セミ。
ぼたもちは、おはぎの事じゃ。

つまり、こうじゃ。『恋しいなら、若狭の国へ
訪ねて来てください。
おけ屋町の先の石橋のたもとにある、
蝉屋(せみや)のおはぎが待っていますよ』

よかったの。お主のいとおしいおはぎさんが、
待っておるぞ。はやく、訪ねてゆきなされ」
「ヨッシャアーー!」若者は大喜びで村を飛び出すと、
若狭の国のおけ屋町の先の石橋のたもとにある、
『蝉屋』という大きな店に、おはぎさんを訪ねました。
すると店の中から、あの姉さまが出て来たのです。

「あなたさまが来るのを、今か今かと待っておりました。
さあ、おあがりくださいな」
その後、若者は、おはぎさんと両親に迎えられ、
めでたくお婿さんになりました。

おしまい


「幸運を招くネコ」  (東京都の民話)

B21


今から四百年ほどむかし。
あるボロ寺に、天極秀道(てんごくしゅうどう)という
お坊さんが住んでいました。
本当にボロ寺で、屋根は傾き、くずれた
土塀(どべい)の穴から中が丸見えでした。

それでも秀道はまったく気にせず、迷い込んだ
一匹のネコとのんびり暮らしていました。
ある年の春、秀道は寺の緑側(えんがわ)に座って、

ひざの上のネコの頭をなでながら何気なく言いました。
「『ネコの子ほども、役立たず』、という言葉があるが、
お前もそろそろ役に立つネコになってはどうじゃ?」
そのとたん、ネコはひざからピョンと飛び降りて、
「ニャーオ」と、鳴きました。

「おや、怒ったのかい? 
あははははは。気にするな。今のは冗談じゃ。
お前は今のまま、役立たずでけっこう」
秀道はふたたびネコをひざに抱き上げて、
一日中ネコと一緒にひなたぼっこをしました。

それから数日後、表の方からにぎやかな
馬のひづめの音が聞こえてきました。
「おや? 客かな?」
秀道が庭(にわ)に出てみると、七、八人の狩装束
(かりしょうぞく)侍(さむらい)が、次々と馬をおりて
境内(けいだい)に入ってきました。

「何か、ご用かな?」秀道が声をかけると、
その中の主人らしい侍がていねいに頭を下げて
言いました。「わしは、彦根(ひこね→滋賀県)城主の
井伊直孝(いいなおたか)と申す。
この地方を新しく将軍さまから拝領することになったので、
遠乗りのついでに土地を見に来た。

そしてたまたま寺の前を通りかかると、
ネコがわしに手招きをする。
そこでつい、立ちよったのじゃ」
「それはそれは。こんな破れ寺に、よく立ち寄って
くださいました。わたしはこの寺の住職で、
天極秀道と申します。ごらんの通りの貧乏暮らしで
何もさしあげるものはございませんが、
せめてお茶なりともいっぷくしてください」

秀道は一行(いっこう)を居間(いま)に案内して、
お茶の用意を始めました。
すると急に空がくもりだし、はげしい雷鳴とともに
滝のような雨が降ってきたのです。
この寺に立ち寄らなければ、今頃は
ずぶぬれになっていたところです。

直孝(なおたか)は、とても喜んで、「助かった。
あのネコに招かれたおかげで、運よく
雨やどりが出来た。これも何かの巡り合わせであろう」と、
言いました。
「おそれいります。役立たずのネコにしては、
上出来でした。どうぞ雨があがりますまで、
ゆっくりしていってください」

城主だというのに、とても親しみやすい直孝の態度に
秀道はすっかり感心して、心からもてなしました。
直孝の方も、貧乏寺の住職とは思えない秀道の
人柄(ひとがら)にほれこみました。

やがて雨もあがり、直孝の一行は晴れ晴れとした気分で
寺を出ていきました。一行を見送った秀道は、
すぐにネコを抱きあげて頭をなでました。
「人助けをするとは、大したやつ。
おかげでわしも、久しぶりに立派なお方と話すことが
出来たぞ」
「ニャー」ネコはうれしそうに、秀道の胸に顔をうめました。

この事がきっかけで、直孝はちょくちょくこの寺を
たずねるようになりました。
そしてその度に、秀道は直孝に仏の道について
語って聞かせました。
そのすぐれた秀道の知識に、直孝はとても感心して、
「これぞ、まことの高僧(こうそう)である」と、
この寺を井伊家の菩提寺(ぼだいじ)
(一家の先祖を代だいをまつってある寺)としたのです。

こうして今までは荒れるにまかせていた寺は、
井伊家によって改築(かいちく)され、各地から次々と
修行僧も集まり寺は栄えていきました。

さて、あのネコは寺が立派になって間もなく
死んでしまいました。
秀道はネコのために石碑(せきひ)を建てて、
命日には必ず訪れたそうです。
そして直孝もネコの事が忘れられず、秀道に言いました。

「あのネコは、観音菩薩の化身(けしん)にちがいない。
わしはネコに招かれたおかげでそなたに会い、
仏の道のすばらしさを学び、寺を復興(ふっこう)させる
喜びまで与えてもらった。

どうだろうか、あのネコを招き観音として
本堂のそばにまつってあげては」
「はい。ネコにとっても、わたしにとっても、
この上なくありがたいお言葉です」
この話しがたちまち広まり、
『幸運を招くネコ』として、お寺にお参りに来る人が
ますます増えたということです。

おしまい・・・



信じれば真実、疑えば妄想・・・


『猫と赤ちゃん。。。』




誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ……。



Mituo

 人の為 と書いて、

 いつわり(偽) と

 読むんだねぇ







鬼が餅つきゃ、閻魔が捏ねる、そばで地蔵が食べたがる


時は絶えず流れ、 
  今、微笑む花も、明日には枯れる    

   

    P R

 
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  Dr1

 
 

2016年7月28日 (木)

妄想劇場・番外編

妄想劇場・番外編

信じれば真実、疑えば妄想……


1810

 メジャーでは無いけど、
 こんな小説あっても、
 良いかな !!
 アングラ小説です、
 不快感がある方は、
 読むのを中断して下さい。






子を持つも持たぬも人の宿命(さだめ)なり
日に日に努めて行かむ
あなたの人生なんだから好きなように
お行きなさい(生きなさい)



『シュレディンガーの客』 午後の大一番

夕食の支度をしていると、インターホンの
鳴る音がした。
きっとセールスマンか何かだろう。
少なくとも主人じゃないことは確かだ。
私はため息をつく。あぁ、断るのが面倒だ。

いや待てよ? もしかしたら訪問客は
セールスマンなんかじゃなくて、強盗かもしれない。
「奥さん、オレですよ。オレオレ」だなんて、
覆面で顔が分からないのにオレオレ詐欺を
してくるのだ。

いや、もっとポジティブに考えてみよう。
この前買った宝くじが当たったのかもしれない。
「おめでとうございます!
見事三億円が当選いたしました! 
ささ、この紙に名前と拇印をお願いします。
あぁ、当選なさったご記念に、この壺を
買われてみてはいかがですか? 
今ならたったの二百万円で――」

……ダメだ。結局詐欺になってしまった。
どうも私は悲観的に考えすぎてしまうからいけない。
シンデレラストーリーを思い浮かべよう。
私の元にスカウトマンがやって来て、
芸能界デビューを勧めてくるのだ。
そこまで考えたところで、私は自分の三段腹に
目をやった。こんな私がアイドルになんて、
とうていなれっこない。

すると、今まで思い描いていたハンサムな
スカウトマンの輪郭がぼやけて、でっぷりとした
お相撲さんへと変わった。
彼は頬の肉をぶるぶる震わせながらこう言うのだ。
「そのどっしりとした体! おいと一緒に、
世界初の女横綱を狙ってみないでごわすか!?」

「いや、それはちょっと……」私は首を横に振るが、
力士は引かない。「どうしても嫌だと言うのなら、
おいを倒してから断るでごわす!」

彼はいきなり猫だましをしてくる。
私は一瞬だけひるむも、すぐに台所の
フライパンを構え、お鍋をヘルメット代わりにかぶる。
「どすこーい!」力士は張り手をかましてきたので、
私はそれをフライパンでしのいだ。

さすがに重い一撃なので、両手でフライパンを
支えなければいけない。
何か武器はないか? 
ちらとまな板の上を見ると、そこには包丁が。
いや、刃物はダメだ。失格になる。

「受けてみんしゃい!」相手は交互に突っ張りを
繰り出しながらも、隙あらば足払いで
こちらの体勢を崩そうと狙っている。
足? そうか、その手があったか! 

私はフライパンを振りかぶり、バットの要領で
力士の手のひらにそれを叩き込む。
両手に金属の振動が伝わってくるが、
向こうの衝撃はこの何倍もあるだろう。

力士が手を押さえて痛みに耐えている間に、
彼の脛をフライパンの側面で思いっきり
殴ってやった。
「ごっつぁんです!」力士はそう言い残して
消えていく。

勝った。私は勝ったんだ!そこで勝利の
余韻に浸っている私を、インターホンが
現実に呼び戻す。
「すみませーん、書留郵便が届いておりますので、
サインをお願いしまーす」

せっかく人が良い気分だったのに。
不機嫌になってドアを開けると、
むっちりと太った男がいた。

郵便局員の制服が今にもはちきれそうだ。
私はとっさに身構え、「どすこい!」と返事をした。

おわり

シュレディンガー量子力学での基本的な
考え方である「重ね合わせの原理」

Author :二石臼杵(ふたいしうすき)
https://kakuyomu.jp/users/Zeck





砂浴(すなよく)というものをご存知でしょうか?
砂療法とも呼ばれる自然療法の一種です。
カラダに溜まった毒素を排毒(デトックス)


私たちは、身体の中に有害な物質を数多く
取り込んでいます。保存料や香料・甘味料など
食品添加物、トランス脂肪酸、アルミや水銀などの
有害ミネラル(重金属)、残留農薬、排気ガス、
他にも薬やワクチンに含まれるであろう
有害物質など、、、。

自然由来のものではないものは消化されにくく、
排泄されないまま体内に留まると、
それが不定愁訴や病気の原因ともなりかねないので
困りものです。にもかかわらず、我々は、
自然食品やサプリメントなどカラダにいいものを
摂り入れることにはいろいろと考えますが、
カラダに溜まった毒素を排毒(デトックス)することには
あまり神経を使わないのかもしれません。

人間は本来、ある程度なら自然治癒力や免疫力を
備えています。
人工化学物質を避け、自然で新鮮な手作りのものを
笑顔で美味しく食べるだけでも十分波動が上がり
免疫力がUPするでしょう。
しかしながら、薬が毒になる!?のが悲しい現実として
存在します。

化学物質の塊である薬を摂取したせいで
苦労している人の多いこと。
とりわけ今問題になってる子宮頸がんワクチンは、
その効果を長く持続させるためのアジュバント
(免疫増強剤)としていろいろな重金属などが
添加されており、その中でもサーバリックス社の
ワクチンに添加されている“水酸化アルミニウム”は
細胞や神経に対する毒性が疑われており、
マウスでの実験によって脳内運動ニューロンを
破壊することが指摘されています。

また、他にもいろいろ薬害と呼ばれるものは、血液を汚し、
強酸化させている可能性があり、
それらによってよって細胞が傷つき、
他の病気や不定愁訴になる場合も考えられます。
このことはもはや、医者や学者やWHOの見解が
どうのこうのではなく、現場で起こっている重篤な
事例、症例がすべてを物語っているのです。

体にクスリを入れるのではなく、体に溜まった毒素を
出してやれば、細胞はイキイキと活動を
再開し始めると思うんです。
細胞や血液が正常に戻れば、3大疾病だろうが
なんだろうが全く怖くないでしょう。
そこまで言うほど、元々人間に備わったチカラというの
は計り知れないものだと思っています。

砂浴(砂療法)

B3

大自然の力を利用して毒素や老廃物を
体外排出して細胞イキイキ、
そして副作用がないこと。
中に溜まっている毒素や老廃物を排出することで、
体中の細胞に元気になってもらうのが目的です。

動物は生まれてすぐ母親の肛門を舐めることがあるが、
この行為は母親の肛門に付いた大腸菌を
自らの体に取り込む行為なのだということです。
それだけ腸内細菌をうまく取り込むことは
重要なことなのですね。

よく赤ちゃんが床やなんかを触った手を
口に持っていきますが、大抵の母親は
「ばっちいからやめなさい」と言って手を口から
引き離します。でも、考えてみるに、
ほっとけばいいと思うんです。
床の菌や屋外での土の菌がちょっと入っただけでは
重篤な病気にはならないでしょうから。

キレイ信仰で菌を身体に取り込まない方が
さまざまなアレルギー疾患などを引き起こすのでは
ないでしょうか。
喘息やアトピーの子は腸内細菌が普通よりも
少ないことが実験で明らかになっていますし。

裸足で土の上を歩くと、足の底から自然の土の力が
入ってくるので疲れが取れ、心が和んでくるのです。
この土の力を応用して、発熱した時や疲れた時など、
バケツに土を入れて湯をさし、泥の中に足を入れて
足浴をすると、疲れも熱も取れてしまいます。

子供は泥遊びが大好きで、自然の土療法の中で、
元気に丈夫に育つのです。
汚れるからと嫌って止めると、心も身体も
自然な成長を歪めることになります。
腐ったものや台所のゴミも、土や砂に埋めておくと
見事にきれいになって、土に還元し、
土を肥やし、生命の芽を育てて植物を養ってくれます。
動物の死骸も浄化して土に還す程の力があるなら、
生きた人間が土に全身を任せて埋もれたら
どうだろうと言う発想で考えられたそうです。



歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
人生、絵模様、万華鏡…

女エレジー




これほど惚れた素振りをしても、ほんとに悟りの悪い人。・・・



Tinko_2
人の為(ため)と
書いて
いつわり(偽)と
読むんだねぇ
 




俺とおまえは、玉子の仲よ、俺が白身で黄身を抱く 

P R

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    お風呂物語

入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂


Dr1

2016年7月27日 (水)

漢の韓信-(138)

信じれば真実、疑えば妄想……

昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー



こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
  知りつつ、こうして、こうなった



メジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、
良いかな !!
アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい



Kanshin021111


韓信
紀元前二〇〇年代の
中国大陸。
衰退した秦の末期に
生を受けた韓信は、成長し、
やがて漢の大将軍となる。
「国士無双」「背水の陣」
「四面楚歌」
そんな彼を描いた小説。






漢の韓信-(138)


四面楚歌

「籠城はしたものの、支援部隊が来るわけでもない
項王としては、早めにこの状況を
打開したいところです……。
つまり城外で兵が戦っている隙に、自分は
難を逃れてひそかに彭城に戻り、再起を期す。
項王の行動としてはこれしか考えられませんが、
我々としては、そうさせてはなりません」

「項羽が逃げる、というのか?」
「その機会をうかがっておりましょう。
そのため、私はこのたびの戦いで項王が
直接陣頭指揮をとることはない、と思っています。
おそらく彼は兵を小出しにして戦わせ、
自身は戦いません」

「…………」「しかし、項王は生来こらえ性のない
男でございます。一度は逃げると決めたとしても、
きっかけさえあれば我々を打ち負かし、
前面を突破しようと試みるに違いありません。……
このため、我々は二度三度にわたって楚軍に
負けるふりをし、それによって彼らにきっかけを与えます」

「……それは敵に倍する大軍のとるべき作戦ではないな」
「相手の意表をつくことこそ、作戦と言えるのでは
ないでしょうか。
項王は漢が大軍だと知れば、対抗できないものと思い、
逃亡を企む。ところがその大軍が意外に弱かったら? 
数だけを頼んだ烏合の衆だとしたら? 
彼ならずとも攻撃して撃ち破りたくなるでしょう。
我々としては、そこを突けばよいのです」

「しかし、我々の戦いが偽計だと悟られはしないか。
確かに我が漢軍は強くなく、数を頼んだだけでは
楚には勝てないかもしれない。……
しかし、今の漢軍は数だけではない。
指揮官として君がいるのだぞ」
「私は負けるふりに関しては常日ごろ得意としており、
今に至るまで何度もそれを実行してきています。

項王は私の戦い方を見て、気付くかもしれません。
『韓信の戦いぶりは、噂どおりの
意気地のないものだな!』と。そう思えば、
自ら出陣し、戦場に姿を現すでしょう。
この場合は、そこを捕らえる。

あるいはそれでも慎重を期し、彼自身が出陣しない
場合も考えられます。
しかしそのとき彼は、城中の大半の兵士を動員し、
漢を撃ち破ろうとするでしょう。
このときこそ我々は大軍の利点を生かし、
彼らを逆に殲滅する。

これにより、項王は城中に孤立します」
「戦況不利となれば、逃げ出すと君が今言った
ばかりではないか」
「そのとおりです。この場合、彼は落ち武者となります。
私の狙いは彼を落ち武者にすることです。
それもほぼ単独で逃亡する落ち武者に」

「ふうむ。……よく考えてある。
お前が敵でなくてつくづくよかったとわしは思うぞ」
劉邦のこのときの発言には、多少の
皮肉がこもっていた。
韓信にはそれがよくわかったが、
今さら言うべきことは何もない。

このときの漢軍の布陣は先頭に韓信が自ら率いる
三十万の兵、両翼を孔将軍(孔煕)と費将軍(陳賀)が固め、
その後ろに総大将の劉邦、さらにその後ろに周勃と柴武が
それぞれ率いる部隊が陣取る、という重厚なものであった。

漢軍の総数に関しては、あまりに急激に兵力が増加したため、
その正確な数値を知る者は誰もいない。
しかし韓信の軍だけで三十万であることを考えると、
少なくとも五十万は越す数であったと思われる。
また、彭越や黥布の軍が予備部隊として
控えていたことを考えれば、垓下を囲んだ漢の勢力は
天地を覆うようなものであったに違いない。

というのも、これを迎え撃った項羽率いる楚軍は
十万程度でしかなかったのである。
いかに武勇を誇る項羽といえども、太刀打ちできる
数ではない。
深刻な状況に項羽は城壁の防備を固め、
突出させる兵はほどほどにして対応した。
わずかな兵を犠牲に脱出を試みようというのである。

しかし、城外に出した兵の数は僅かであったのに、
それを処理しようとする漢軍の動きは
項羽の目に鈍重に見えた。
韓信はほぼなにもすることもできず、
少数の楚軍の動きに翻弄されているようであった。

あるいは、大軍であるからこそ、指揮が
徹底しないのかもしれぬ。
項羽はそう思い、韓信の指揮能力を軽く
見積もることにした。

これは、できることなら逃亡ではなく、
戦いを欲した項羽の本能がそう思わせたのかもしれない。
しかし、実際は韓信が項羽にそう思わせているのであった。
だが、それを見抜けなかった項羽は、
韓信が要領を得ずに後方に下がる姿を見て、
城内に留まっている残りの兵に出撃命令を出した。

これを機に両翼の孔将軍と費将軍が猛然と
楚軍に襲いかかり、韓信が攻めあぐねた少数の
兵たちを殲滅した。

城内からは楚兵たちが次々に出撃してきたが、
彼らはただ大軍に包囲されるだけのために
出てきたようなものである。
態勢を立て直した韓信が再び前面に兵を進めると、
目立った抵抗もできずに壊滅するに至った。

してやられた……韓信めに……。
項羽の全身から力が抜けていき、
それとともに気力が失われていった。
覇気を失った項羽は、もはや本来の項羽とはいえない。
貴族の子として甘やかされて育てられてきた、
忍耐強くない男の姿が見え隠れする。

これまで、乱世の武人として人に見せないようにしてきた
姿がそこにあった。項羽は絶望のあまり、天を仰ぎ、
座り込んでしまったのである。

それを遠巻きに、なにも言わずに見つめた虞の目には、
彼が溢れようとする涙をこらえているかのように見えた。
このとき城内に残った楚兵の数は、わずか
千名に満たなかった。

日が暮れ、空に星の姿が見えるようになった。
韓信は篝火のもとで物思いにふけっている。
今夜は星や月の光が眩しい……。
我々にとっては好都合だが、逃亡をはかる
項王にとっては不運なことだ。
また、こんなことも思う。星の光りが人それぞれの
運命を示しているとしたら、今夜、とびきり大きな巨星が
その輝きを失うことになるかもしれない。
それは、あの星か、それとも、あの星か……。

韓信の陣営には、吉兆を占星術で占うような者はいない。
彼は戦いを前にして、祭壇に生け贄を
捧げるようなこともしなかった。
常に現実的で、自分の力のみを頼りにしてきた
彼であったが、このときは人並みに感傷に
浸っていたのである。

「お見事でしたな。城内に残るは項王と、わずかの兵……。
あとは、それをどう仕留めるか」
灌嬰は物思いにふける韓信の横に立ち、
純粋に興味本位に聞いた。
韓信が項羽の息の根をどうやって絶つつもりか
聞きたかったのである。

「うむ……。戦力の大半を失った項王は、
半ば強引な形で脱出をはかるに違いない。
……そこで我々は彼を追うわけだが……
その役目は……灌嬰将軍、君にやってもらおうと
考えている」
「は?」「いや、これはもう私の考えではない。
既に私は漢王にこのことを奏上し、許可を得ているのだ」

「なぜです? 斉王様直属の部隊をもってすれば、
決して難しい任務ではないはずですが……」
「恐ろしいのか?項王のことが」
「そういうわけでは……」
「君はかつて漢王のもとで滎陽と敖倉をつなぐ
甬道を守り続け、多大なる功績を示した。

しかし、地味な任務であったために、その功績は
正当に評価されていない。
また、私のもとに来てからは長らく国境の守備にあたり、
私としては感謝しているのだが……
君は漢王の部下であるため、勝手に私が
封地を与えることはできぬ。
私にできることは、君に誰も文句のつけようもないほどの
大功をあげさせることだ」

「つまり……?」
「うむ。君の自慢の騎馬隊をもって項王の
首をあげてみせよ。
それによって漢軍内での君の地位も高まるだろう」
韓信の命令は、灌嬰が主に護軍中尉の陳平と
そりが合っていないことを考慮してのものであった。
灌嬰は古参の武将として、新参の陳平が
劉邦に重用されていることにかつて異議を唱えたが、
その陳平の作戦がこれまで成功しているので、
結果的に漢軍内での孤立度を高めている。
韓信はそのことを気遣い、灌嬰に軍功を
あげさせようとしたのだった。

一方で韓信が項羽を斬れば、本当の意味で
劉邦を上回る存在となってしまう。
人臣の身でありながら主君を恐れさすほどの軍功を
あげることの危険性、その本当の意味に
ようやく気付き、自らは身を引いたのかもしれない。

だが、そんな気遣いも本来は戦いが終わってから
するべきものだった。というのも未だ項羽は
城内に健在で、彼が生きている限りまだまだ油断は
できないのである。

しかも、実は韓信としてもいかにして項羽を
城外に引き出すか、この時点で具体的な
考えはなかったのだ。
垓下城を取り囲む漢兵の間から、歌声が
響き始めたのはちょうどその頃であった。・・・・

つづく

Author :紀之沢直・:野沢直樹
http://kinozawanaosi.com.

愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る



歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…



「神戸北クラブ 」




人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ


時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる



P R

カビの生えない・きれいなお風呂

お風呂物語 

入れてもらえば気持ちは良いが、
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2016年7月26日 (火)

妄想劇場・特別編

妄想劇場・特別編

信じれば真実、疑えば妄想……


Mituo



昨日という日は
歴史、
今日という日は
プレゼント
明日という日は
ミステリー








誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。



【事件の核心】
知られざる深層レポート


獄中出産の「声優のアイコ」
      
Prm1508070003n1       
      
      

法廷で赤裸々に
告白した
神いっき被告。
      
警視庁が公開した
画像では、
女性の服を着て
      
ヒョウ柄の帽子を
かぶった姿を
している
      
      
      
      
      

公判で突然4歳児に多重人格、性同一性障害、
親からの暴力、自殺未遂、
獄中出産、ゴーストライター…。
「声優のアイコ」を名乗った女が裁判で赤裸々に
語った内容は衝撃的だった。
男性に睡眠薬を飲ませて金品を奪ったとして
昏睡(こんすい)強盗罪などに問われた無職の
神(じん)いっき被告(31)。

東京地裁で7月下旬に2回にわたり被告人質問が
実施された。
人格が4歳児に変わったり、小学生の頃から
女性でいることに違和感を覚えていたなど、
壮絶な人生を神被告の証言をもとに振り返った。


連続昏睡強盗?




2日間の被告人質問とも、上下スエット姿で法廷に
姿を見せた神被告。耳に髪がかかる程度の短髪で、
肌がすごく白いのが印象的だった。
神被告は「声優のアイコ」を名乗り、
男性に睡眠薬入りの酒を飲ませて金品を
奪う方法で、東京都内などで相次いで起きた
5件の事件で昏睡強盗罪などで起訴された。

昨年9月の初公判では無罪を主張した。
普段は男装していた神被告だが、検察側は冒頭陳述で
犯行当時は女性の服を着てヒョウ柄の帽子を
かぶっていたことを明らかにした。
神被告はその後に起訴内容を認め、
弁護側は刑事責任能力がなかったとして
精神鑑定の実施を求めている。

「ゲンキ」、「コウジ」、「アイコ」。神被告が本人の
知らない間に別人格になっていると訴える。
「一度だけ、公判中にゲンキ君になったことがあった。
公判が終わった後、弁護士との面会で元に戻った。
その時は眠りから覚めるような感覚だった」と話す。
4月に開かれた第4回公判の人定質問で、
「ゲンキ」と名乗った神被告。
「ゲンキ」は4歳児の幼い男の子だ。
母によると、5年前も幼い子供のようになり
急に甘えてきたという。
      
一方で、ドスの聞いた声が特徴の別人男性の
「コウジ」になり、性格も豹変(ひょうへん)した。
その人格で母に電話をしたことがあったという。
今回起訴された全ての事件で、犯行で名乗ったのが
「アイコ」。

神被告はいずれの人格についても、その際のことは
記憶がないという。
今回の事件で逮捕され取り調べを受け、現場から指紋や
DNAが検出されたと知らされた。
「初めは誰かに細工されたと思ったが、
今考えると自分がやったから指紋やDNAが出ても
当たり前だなと思った」という。

5月の第5回公判までは無罪を主張していたが、
同公判で罪を認めた。「自分の中に違う人格が
いると思ったので」と理由を説明した。
妊娠にまったく気づかず公判では性同一性障害のことも
語られた。

性に対する違和感は小学4年生の時だった。
体育の授業で男女で着替える部屋が別々になった際、
「自分が女の部屋でいいのか」と疑問に思ったという。
ただ、誰にも相談しなかった。

中学生になってもなるべく制服を着ないようにし、
ジャージー姿で登校していた。
私服では男性用の服を着ていた。
高校入学後、女友達となじめずに1年生の時に中退した。
19歳の頃、当時働いていた職場で、同僚の女性に
ボディータッチされ、意識してしまい話せなくなったという。
恐怖で過呼吸やパニック発作を起こした。

神被告自身が性同一性障害とはっきり認識したのは
23歳の時だった。
飲食店の店主に「君、心は男なんだよね」と言われたとき、
「はい、そうです」と口にした瞬間、
肩の荷が下りてすごく楽になったという。

逮捕後の留置場では、最初女性下着を支給されたが、
「気持ちが悪いので取り換えてもらった」と振り返った。
勾留中の昨年9月には執行停止が決まり、
東京都内の病院に入院し、子供を出産した。

「ぜんぜん妊娠に気づかなかった。
そういう行為は一切していなかった。
男性ホルモンを入れていたので生理は止まっており、
おなかも大きくなかった」と話した。
      
「神いっき」のアイデンティティ
      
      神容疑者は生物学的性別は女性で、
性の自己意識が男性という性同一性障害
(FTM)とされ、自身のブログ(アメブロ):
『障害は宝物☆〜本当の自分で生きていいんだ〜』の
プロフィル欄にも性別は男性と記していた。

神容疑者はトランスジェンダーで、生まれたときの性別は
女性だが、性自認は男性。胸部を手術により切除したが、
性別適合手術は受けておらず子宮と卵巣は
摘出していなかった。

女性扱いされることを極端に嫌がり、
24年春ごろには都内の病院で乳房の除去手術を受け、
体つきも男性に近づいていった。
「いっき」という名前も改名したものだという。
つまり、「神いっき」→「声優のアイコ」のときは、
かつらをかぶり、化粧をし、ミニスカートを履くという
「女装」をしていたことになる。・・・・

      
父への確執、母への信頼
      
父との確執など家族のことも詳しく語った。
「おやじはすぐにキレやすく、かっとなって
暴力を振るった」と振り返った。
小学4、5年生のとき、鉄亜鈴で
あざができるほど後頭部付近を殴られたという。
16歳の時にはバイトを終え夜遅く帰宅したことを
とがめられ、首を絞められた。
「ほっといたら殺されるほどの強さだった」という。
怒鳴られることもあり幼い頃から父と
食卓を囲むのが怖かった。

「おやじのせいで家がひどいことになっているのに、
それでも自分が一番偉いという態度が許せなかった」。
神被告の父に対する確執の深さが垣間見えた。
父はゴルフショップを個人で経営していたが
自己破産し、その後はギャンブルにはまって
借金が膨らんだという。

一方で、神被告は母には尊敬の念を
抱いていることが見て取れた。
父に代わって朝から夜まで仕事を掛け持ちして
パートで働き続けた母。「怒るときはきちんと怒り、
でもやさしかった」と表情をほとんど変えない
神被告が、一瞬表情を和らげたように見えた。
兄もいるが仲が悪く、10年以上会っておらず
疎遠だという。
      
自傷行為を繰り返す
      
幾度となく自殺も試みた。「死なないとみんなに
迷惑がかかると思った」と19歳の時、
睡眠薬を大量服用した。
医師から「肝臓の全摘も覚悟しないといけない」と
言われるほどの重症だったという。

一命を取り留めたが、その後も10回ほど
薬の大量服用を繰り返した。
26歳の頃には、リストカットをして病院に搬送された。
信頼していた人物に裏切られ金銭トラブルに悩み、
さらに心を許していた友人と2度と会えない状況に
追い込まれたからだという。

23歳で性同一性障害の悩みを打ち明けて
気分が一時は良くなったが、薬漬けになった体は、
普通の状態には戻れなかった。
ナイフを持ち出して掲示板を切りつけたり、
木や信号機に登ったり、草を食べるなど
異常行動が続いた。

「自分ではその時の記憶はない」と振り返った。
留置場でも今年3月にパニック発作が起きて、
頭を壁にぶつけるなど自傷行為に及ぶことも
何度かあった。・・・・
      
父親は誰なのか?
      
昏睡強盗の被害者と行為に及んだ可能性もあるし、
金欲しさに売春していた可能性もある。
男性ホルモンを注射していても子宮があれば
妊娠する可能性はある。

性同一性障害を自認する人の中には
避妊具を用いないで性交渉する人も少なからず
いるのだとか。
神容疑者は男性ホルモンを打ったり、
性別適合手術を受けるための金や生活費に困り、
昏睡強盗を繰り返していたとみられる。
真相は法廷で語られるのかもしれない。

週刊新潮によると、父親の人物像は事件絡み、
つまり強盗目的で接触した男ではない。
半ば強引に関係を持たされた男性であると
報じている。
・・・・
      
実は演技か?
      
神被告は、事件については「記憶がない」との
発言を繰り返すなか、検察側の追及にかたくなに
否定する場面もあった。
神被告は交際中だった女性に5回にわたり
100万円以上を送金していた。
検察は現金の原資について追及した。

検事「彼女に20万円送金しているが、
当時生活保護を受けていたけど、どうして
工面できたのか」
神被告「ゴーストライターの仕事をしてカネを得ていた」
検事「誰(のゴーストライター)なのか」
神被告「それは言えない。横浜で作曲している人」
検事「どうして言えないのか」
神被告「ゴーストライターをする上で、すべて
内緒にするという決まりがあるので。出所したら
最初にカネを得られるのがそこなので言えない」

その後も検察は、女性に送金した金額を
提示しながら、原資はどこから出たのかを
何度も質問。
神被告が女性に送金する現金を稼ぐため、
一連の犯行に及んだのではないかと追及した。
さらに、検察は今年3月から過呼吸などの症状や
幼児の別人格があらわれた点についても言及した。

検事「幼児の言動は考えたのでは」
神被告「それはない。幼児の人格になっていた」
検事「幼児行動が増えたのは当時は、
 罪を認めるかどうか迷っていたからでは」
神被告「分からない」

被告人質問ではほとんど表情を変えることはなかったが、
神被告がなぜかピンク色の女性用の
サンダルを履いていることが印象的だった。
次回は9月9日に公判が開かれる。・・・・
      
      Author :産経ニュース(太田明広)



こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
知りつつ、こうして、こうなった




 『雑学2』 




時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる

   P R

     カビの生えない・きれいなお風呂

      お風呂物語


入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂


Dr1

信じれば真実、疑えば妄想

信じれば真実、疑えば妄想


時は絶えず流れ、
 今、微笑む花も、明日には枯れる



Mousou2111


人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ
誰にだってあるんだよ、
人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、
人には言えない悲しみが。






奇跡を起こす泉

彼女は幻の女性からある啓示を受けていた。
それは洞窟内のある場所を掘ると、
泉が湧き出して来るだろうというものであった。
やがてベルナデットは、地面のある場所を
手で掘り始めた。すると果たして、
水が噴き出して来たのだ。

最初は泥水だったが、そのうち透明な清水となって、
後から後からこんこんと湧き出して来たのである。
水はその後も湧き続け、水かさを増して、
とうとう川に注ぎ込むまでになった。
そしてこの水の湧き出た場所は世に言う
ルールドの泉と呼ばれ、数々の奇跡を
生むことになるのである。・・・・


B2



カレル博士の見た奇跡

1912年、ノーベル生理医学賞受賞。
ルルドの奇跡を目の当たりにした彼は、その後、
熱烈なカトリック信者となった。
著書に「祈り」「ルルドへの旅」がある。

1903年に起きたある奇跡の話。
それは末期の腹膜炎を患った患者の記録である。
患者は19才のマリーという女性で、もはや
医者からはさじを投げ出され、最後にはかない
一末の望みを持って
ここルルドの地にやって来たのであった。

下腹は大きく膨れ上がり、顔には青紫の
斑点(チアノーゼ)つまり死相があらわれていた。
死がまもなく彼女を捕えるのは時間の
問題であったろう。
生きてルルドの地に着けただけでも驚きであった。
こうした彼女に付き添っていた一人の医師がいた。

彼の名はカレル博士といい、ルルドで起きる奇跡を
この目で見たいと願っている科学者でもあった。
博士はなぜルルドで奇跡が起きるのか、
何か根拠があるのか、それを科学者としての立場から
証明したいと考えていたのだった。

ノーベル賞を受けたこともあり実証主義者で
唯物論者でもある博士は、内心、奇跡など信じておらず、
聖なる泉に何かの有効成分が含まれているのか、
もしくは患者の強烈な思い込みから来る
自己暗示による結果に他ならないと信じていた。

列車はルルドの駅に到着し、マリーを乗せた担架が
静かに下ろされた。容態が一段と悪化し、
話をすることさえ出来なくなっていた。
ひどく痩せた身体は腹部の部分が異常に膨らんでおり、
呼吸は苦しそうに小きざにくり返されていた。

光を失った両目が博士の方に向けられ、
灰色のくちびるがわずかに動いている。
博士に何か言おうとしているのだが判然としない。
この娘が死ぬのはもう間もなくだ。
今、動かすのは危険だ。運んでいる途中で
亡くならねばよいが・・・
博士は頭の中でこのようなことを考えていた。

博士はこのまま霊水場まで運ぶべきか、
様子を見るべきなのか、つき従っていた別の医者に
意見を聞いてみることにした。
「もう臨終ですよ。動かせば死ぬでしょう。
それに洞窟まで持たないかもしれません」
その言葉を聞くなり、横にいた看護の修道女が言う。

「でも、この子にはもう失うものは何もないのです。
洞窟前まで運んでもらえるだけでも幸せなんですから」 
博士も黙ってうなずいた。
せめて、死ぬ前に彼女の希望だけでも
かなえさせてやりたい・・・
これが博士の正直な気持ちでもあったのだ。


B1



霊水場まで運ばれた時、マリーはほとんど
死人同然のようだったが、それでもかろうじて
まだ生きていた。
やがてほとんど危篤状態のマリーの体に
聖なる水が静かにかけられた。

このとき、ようやく自分の念願がかなったのか、
マリーは心なしか安らかな表情を見せていた。
しばらくして、あれほど死相のあらわれていた
土褐色をした彼女の顔色にほんのり赤味が
さして来たように思われた。

最初、博士は幻覚だと思って何度も目をこすったりした。
しかし今度は、表情全体に生気が溢れて来るのが
はっきりと見てとれた。
診察してみると、彼女の呼吸、脈拍が
正常値に戻っているではないか。
博士は驚いてしまった。

その間にも、マリーの顔は変化しつづけた。
目は輝き、うつろだった視線ははっきり博士の目を
とらえている。さらに、腹部を覆っている布を取った
博士は、目を見開いて驚嘆の声を抑さえることが
出来なかった。

あれほど青紫に変色し醜く膨れ上がっていた腹部が
すっかりすぼんできれいになっていたのである。
こ、これは・・・一体、どうしたのだ? 
内心そう戸惑いながらも博士はマリーに聞いてみた。
「具合は・・・どうですか?」

「とても気持ちがすっきりしてきました」
小さな声だったが、しっかりした口調でマリーは
こう答えたのであった。
しゃべることはおろか、くちびるを動かすことさえ
出来なかった瀕死の患者が、はっきりと声に出して
答えたのだ。

この信じられぬ出来事を目のあたりにした博士は、
科学者としてではなく、一人の生身の人間として
ただただ感動するばかりであった。
それはこれまで修得した医学のいかなる
知識をもってしても、到底はかり知れぬことであった。

「今、奇跡が起こっている。それも私の目の前で。
死ぬ直前だった娘がほとんど直ってしまっている・・・」
彼の頭の中で死に対する考え方やこれまでの
既存の概念が音を立てて崩れ落ちていった。

「おお、神さま・・・」彼はこれまで決して
口にすることのなかった言葉を思わず口にしていた。
続いてわけもなく涙が後から後から込み上げて来た。
それには理由などなかった。

誰からも見放され、医者からもさじを投げられ、
今まさに死ぬ間際だった一人の女性が、
目前で死の淵からよみがえったのだから。
数時間後、すっかり回復したマリーは、
今後、自分は修道会に入り病気で苦しんでいる
多くの人々のために精一杯奉仕して
自分をささげるつもりだと答えたという。・・・・

Author :後藤樹史(不思議館 )
http://www.cosmos.zaq.jp/t_rex/profile.html



愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る


『動物の赤ちゃん』







昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー

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入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂
Dr1

2016年7月24日 (日)

チャンネル・掲示板

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幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない



Mituo


 
昨日という日は
 歴史、

 今日という日は
 プレゼント

 明日という日は
 ミステリー






TOCANAニュース。
現代日本に残された最後の秘境・奄美大島
不倫、謎のドリンク、…!? 7つの魅力


現在においても、奄美大島は沖縄と鹿児島のほぼ
中間に位置しながら、沖縄でも鹿児島でもない
独自の文化を形成している。
現代に息づくこの島の驚きの風習を、同島出身の
ユカリさん(30代・仮名)の証言をもとに紹介したい。

【1】オープンな性事情?

毎年、奄美大島には、教師、警察官をはじめとする、
公務員など多くの人間が本土から赴任してくる。
また、出身地は鹿児島本土が多いものの、
島暮らしに憧れて東京などの都会からもやって来る。
そして、彼らのほとんどは島の女性とデキてしまい、
相手が人妻というケースも少なくない。

ただでさえ狭い世界のため噂はすぐに広まる。
島にはラブホテルは3つしかない。
田舎のラブホによくある“ナンバー隠し”は
常備されているものの、車種でバレるのは明白だ。
それなのになぜ不倫が横行するのか。

「飲み会がしょっちゅうありますし、
飲むなら朝までというパターンも多いので、
どうしても親密になってしまうんじゃないんですかね」

奄美大島には南国の開放的な雰囲気もあるのだろう。
島のフィリピンパブで働いているお姉さんたちも、
母国の空気に近いためか、居心地はよさそうだという。



Amami



【2】現代に生きる妖怪

奄美大島には、ケンムンと呼ばれる妖怪がいる。
沖縄のキジムナーとは親戚関係にあり、
ガジュマルの木に住む精霊だ。
背格好は5歳くらいの子どもで、見た目は河童に似ている。
ケンムンはいたずら好きとして知られる。
相撲を取ろうと人間を誘い、応じると仲間が次々に現れ、
体力が尽きて死んでしまうまで付き合わされるとも
いわれている。

ユカリさんの付き合っていた彼氏はケンムンを
目撃している。
「慌てて帰って来て、『ケンムンを見た』と怯えているんです。
夜中に坂道で三輪車を漕いでいたと。
場所を聞くと人里離れた場所で、
子どもが遊ぶような場所ではないし、
なにより真夜中ですから、あれはケンムンでしょうね」

はたから見れば笑い話のようだが、島のお年寄りの中には、
茶化すと怒る人もいるという。
ケンムンは今も大自然の中に息づいているのだろう。

【3】おとろえぬ土着信仰

奄美大島にはノロ、ユタと呼ばれる女性が存在する。
ノロは行事を取り仕切る女司祭であり、
ユタは霊媒師である。
ユタには子どもの名前を付けてもらったり、
病気の平癒を祈祷してもらったりする。
「困ったことがあったらユタに相談というのが
奄美スタンダードです」

お礼の金額ははっきりとは決まっていないが
三千円程度あればいいという。
本土の怪しい占い師に比べればリーズナブルな
価格だろう。

【4】歌うと幽霊が出る呪いの歌

奄美大島には多くの島唄が存在する。
「かんつめ節」は、非業の死を遂げた美女について
歌われたものだ。
真夜中に歌うと、ヒギャと呼ばれる美女の霊が出るため
歌うことは固く禁じられている。

ただ、この曲は石碑が存在するほど有名な曲であり、
元ちとせなどもカバーしている。
ほかにも、悲劇の歴史を刻んだ歌が多く残されている。
奄美大島の隣の徳之島では、さとうきび畑の
過酷な労働に従事させられ、
果ては殺されてしまった老婆にまつわる歌が存在する。

歌詞は方言で綴られているため、
本土の人間にはにわかには理解したがい。
民衆の間では薩摩に対する抵抗、
恨みの意思を込めて独自の言語によって
密かに歌い継がれてきたのだ。

【5】驚きのB級グルメ

歴史編では犬をはじめ、多くの野生動物を食べていた
奄美大島の姿を取り上げた。
独自の食文化を持っていたこの島だが、
現在でもここでしか味わえないB級グルメが存在する。

奄美人の食卓に欠かせないものといえば、
米とサツマイモを発酵させ砂糖を加えた
ドリンクである「ミキ」である。
製造後も発酵を続けるため、数日後、
強い酸味が生じる。

「通はすっぱい方がいいという人もいますね。
黒糖焼酎で割って飲む人もいます」
そして、焼酎のおつまみに最適なのが
ウミガメの卵だという。

「子どもの頃、親戚のおじさんがそのまま
食べていましたね。
ピンポン玉くらいの大きさで、
飲むと“とぅるん”という感じで食べていました」

【6】現代の生き神、徳田虎雄氏

奄美大島一帯にはケンムンをはじめ
精霊が存在するが、
生き神も存在する。
隣の徳之島出身の徳田虎雄氏である。
徳田氏は幼少期に弟を病気で亡くしている。
離島である徳之島では適切な医療が
受けられなかったのだ。

これを悔やんだ徳田氏は医学を志し、
「生命だけは平等だ」をスローガンに、
37歳の若さで医療法人徳州会を設立。
その後、地元徳之島をはじめ、奄美大島、喜界島、
沖永良部島など離島に次々と病院を設立した。
そのため、地元では彼を神のように
崇める人間もいる。

「おじいちゃんおばあちゃん世代には
“徳田先生に助けてもらった”といった信奉者が
多いですね」

一方で徳田氏は毀誉褒貶(キヨホウヘン)の
激しい人物でもある。
自民党の政治家であった保岡興治氏と
保守陣営同士で議席を争い、票の買収をめぐり
現ナマが飛び交った“保徳戦争”はよく知られている。
「ちょっと政治に詳しい人からは、
『選挙は大変だったでしょ』っていわれることもありました」

【7】結婚式は夜に開催?

奄美大島は結婚式も変わっている。
通常、結婚式が行われる時間といえば日中だが
奄美大島の場合、披露宴は夕方6時に始まる。
さらに終わるのは10時を過ぎるという。
なぜ4時間もあるのか。

「披露宴の途中に“余興”と呼ばれる時間が
2時間ほど取られているんです」
余興は、出席者全員参加の宴会芸披露タイムである。
最初は、お祝いの島唄がプロの唄者と
三味線奏者によって披露され、
その後、親族、友人と芸が披露されてゆく。
地元では余興芸を競う「Y-1グランプリ」なる
コンテストも存在する。

ユカリさんが子どもの頃には、、
「瓶ビールをペニスケースに見立て、
藁の腰ミノをつけ、各テーブルを踊り狂う」
芸を目撃したという・・・

余興というよりは、どこかの部族の踊りである。
本土からやってきた鹿児島の人間は
ドン引きであったという。

そして、結婚式の最後はベタな両親への挨拶で終わる。
その後は二次会、三次会が朝まで続くのは
言うまでもない。
ちなみに結婚式は会費制であり飲み放題付きで
5000円程度で済む。

「本土に行った友人は、結婚式の祝儀代が
高すぎると嘆いていましたね」
最後にユカリさんは、「奄美大島には
自然がたっぷりあって、不思議なスポットも
いっぱいあります。

日本であって日本でない文化をぜひ
楽しんでください」と話してくれた。
一度、奄美大島を訪れ、観光地化されていない
島の魅力を探求するのも面白そうだ。・・・

Author :平田宏利(TOCANA)



徳之島民謡「ワイド節」




時は絶えず流れ、
 今、微笑む花も、明日には枯れる




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お風呂物語

入れてもらえば気持ちは良いが、
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Dr1

2016年7月23日 (土)

妄想劇場一考編

妄想劇場一考編

信じれば真実、疑えば妄想……

時は絶えず流れ、今、微笑む花も、明日には枯れる


Mituo

一目惚れしたのは、
私が先よ、
手を出ししたのは、
あなたが先よ



『冥談の核心・深層告白』   

現実に起きていることから、
浮かび上がってくる真実がある。・・・・

なぜ私たちは「フーゾク」で働くのか~
女子大生の学費稼ぎ、主婦の小遣い稼ぎ……
でも、それだけが理由じゃない・・・・
見知らぬ男に抱かれる恍惚

最初はあくまでもお金が目当てだった。
だが夫とは違う顔と指を持つ男に触られているうちに、
身体の奥の奥の芯が熱くなっている自分に気づいた—。
風俗が哀しい仕事だった時代は、もう遠い昔だ。

もうOLには戻れない

サトミは東京・丸の内にある某業界団体で
会長秘書をしている。32歳。
女優の小雪を小柄にしたような印象で、
Cカップのスレンダーボディだ。
彼女は週に2回、渋谷のデリヘルで働いている。
なぜ、風俗で働くようになったのか。

「私が秘書をしている会長は別の会社の
社長でもあるので、毎日、私のいる会館に
来るわけでもなく、仕事が暇なんです。
周りは様々な会社から出向してきている
おじさんばかりで、若い男性との出会いもありません。
退屈しのぎと新しい出会いを求めて、
デリヘルに応募しました」

知的で好奇心旺盛。そんな彼女が「男を責める快感」に
目覚めるのに、時間はかからなかった。
「男性の乳首を舐めるのがあんなに楽しいとは
思いませんでした。私の勤めているお店は
高級店(90分3万5000円)です。
お客様はそこそこのおカネが自由になる方ばかりで、
客層がいい。

そういった方々の乳首を唾液たっぷりの舌で転がすと、
体を固くして感じているんです。
同時に内腿からタマタマ(○○)、お尻の○○のあたりを
指で刺激すると、どんな男性でも身悶えするように
感じてくれます」

かつて性風俗業界は「苦界」と言われた。
生活苦から春をひさぐ。おカネのために嫌々、抱かれる。
足抜けする日を夢見て……。
だが、近年、風俗で働く女性の意識は
劇的に変わった。
もちろん、最初はオカネのためだったりもする。
ところが、仕事に意義を見出し、
風俗業を楽しむ女性が爆発的に増えているのだ。

B



新しい快感に目覚めた主婦

ハルカは福岡県在住の大学3年生、21歳。
髪型は地味だが、胸元が大きく開いたワンピースで
派手な印象だ。
「私の通う大学は偏差値が低く、就職できても
小さな会社のOLがせいぜいです。
だったら、卒業後にエステティシャンになろうと思って、
専門学校の学費稼ぎに風俗で働くことにしたんです。
昼間にカフェでバイトをしていたんですが、
学費の200万円を稼ぐには時給が安くて話にならない。

そんなとき、街でもらったティッシュに書いてあった
ピンサロの求人を見て応募しました。
仕事はすぐに慣れました。
○○で射精させてあげるだけの単純作業ですから(笑)。
3ヵ月も経つと、少しずつ常連さんもついて
仕事が楽しくなってきたんです」
そんなときについた客に「もっと良いバイトがある」と
誘われたのが、デリヘルだった。

「思えば、プロのスカウトだったんですね。
ハダカになるわけだし、ピンサロよりも仕事が激しくなるのは
わかりましたが、稼げるおカネは増えそうだし、
本番があるわけでもないからいいかな、という感じですね。
実際に働いてみると、思った以上に楽しい仕事でした。
元々エッチが好きで、それまでも街で出会った人と
エッチまでいくことがあったから、それと同じと考えれば
どうってことはないですよ。

お店には内緒ですが、好みの若い男性のときは、
サービスで本番をすることもありますね。
女の子のなかには、お客さんを引き止めるために
本番をするっていう子もいましたが、
私は自分のためにやっているって感じです(笑)。

気持ちがいい上に、おカネも稼げて、結局、
エステの専門学校はどうでもよくなりました。
かといって、普通のOLさんになるのはやっぱり嫌だし、
これからどうなるんですかね、私」・・・・

夫に「パート」とウソをつく

女性が性風俗業に参入する心理的障壁がどんどんと
低くなっている。女子大生やOLだけでなく、
主婦もこぞって参入してきているという。
かつて風俗で働く人妻は、ホスト遊びや浪費癖の果ての
借金返済など、「ワケあり」の女性が多かった。
ところが、今では小遣い稼ぎ、子供の学費の確保などが
理由になってきているようだ。

埼玉・春日部在住のミサエ(39歳)には、今年、
小学4年生になった息子がいる。
「子供を学習塾に通わせるために、デリヘルで
働き始めました。
夫の給料だけでは授業料が払えないんです。
夫には飲食店でパートをしていると、
ウソをついていますが。

人妻専門店で、昼間しか働けないので、
お客さんは圧倒的に60代以上が多いですね。
みなさん、女性をイカせて喜びたい人たちばかりですから、
まず乱暴には扱われません。
研修で店長にローションプレイを習ったのですが、
あんなに気持ちがいいものがあるとは
知りませんでした。

男性の○○の先っぽにローションを塗って、
自分の乳首を押し当てると全身に電流が走ったように
感じます。
あとヌルヌルの手で○○を撫でられると本気で濡れてしまう。
夫とは子供が生まれてからセックスレスですので、
新しい快感に目覚めた気持ちです」

性のデフレ化が止まらない

風俗業界の動向は、日本経済と切っても切れない
関係にある。昨今、これまででは考えられなかったほどの
美人と風俗で出会うことが増えたと言われるが、
それも長く続く不景気が背景にある。

ライターの中村淳彦氏が言う。
「手に職のない人妻が働こうとすると、コンビニや飲食店が
選択肢になりますが、外国人労働者に職を奪われて、
賃金は安い。しかも、働きたい人間は多いですから、
シフトに毎日入ることもできません。

子供の学費や老後を考えると、生活が成り立たない。
経済合理性から考えて、短時間で多く稼げる
風俗を選ぶわけです。
女子大生も同じです。特に地方から出てきた都会の私学生は
大変です。親の収入も減っているから、
仕送りの額も少なくなっている。
かつて10万円だったのが、今は平均で7万円程度です。
また、今時の大学は昔と違って出席も厳しく、
課題が大量に出るので、長時間バイトをしている
余裕がありません。

そうなると、夜の仕事しかないわけです。
キャバクラという道もありますが、お客さんのケアなど、
手間がかかる。手っ取り早く風俗を選ぶ女子大生が
多いのも頷けます」
おカネのためと割りきって始めた風俗だが、
多くの女性は徐々に風俗の仕事が楽しくなってくるという。

なぜか。「ブラック企業の存在です。
安い時給で長時間働かされ、上司から精神的な
圧迫を受ける。ひどいときには暴力も振るわれる。
あまりに労働環境がひどいため、
それに比べれば、男性を射精に導くことで喜ばれ、
時には感謝もされる性風俗業のほうが
『いい仕事』に思えるんです」(中村氏)

八王子にある人妻専門のデリヘルで働くシズカ(44歳)は、
介護施設のパートで働いていたが、
昨年、嫌気が差して風俗に転じた。
「介護の仕事でおじいちゃんのアソコを散々見て
世話してきましたから、風俗の仕事に抵抗感は
ありませんでした。
広い意味では『シモの世話』ですしね(笑)。

怖い目にあったことはありませんが、
変わったお客さんはいました。
一番強烈だったのは、70代の方に、
孫が着ていたと思われる体操服を持ってきて、
『これを着てくれ』と迫られたときですね。
この歳になって体操服を着ることになるとは
思いもよりませんでしたよ。
でも、普段できない自分の性癖をさらけ出して、
隠し持っていた願望を叶えられる場所が
風俗だと思いますので、嫌悪感は全然ありません」

おカネ以上の「何か」を求め

見てくれのいい女子大生や人妻がこぞって参入した結果、
風俗業界でも二極分化が起こっていると、
風俗情報誌、編集長の生駒明氏が分析する。
「現在、風俗嬢は推定40万人ほどいます。
対して、風俗店は2万店(店舗型2500、無店舗型1万7500。
いずれも推定)。

明らかに風俗嬢が供給過多なのです。
一握りの売れっ子は高給を稼げますが、
外見や心に難のある女性は買い叩かれる。
そういった女の子は激安店に流れていきます。
不景気もあるのでしょうが、価格破壊の
勢いはすごいですよ。

吉原には30分8000円の、福岡や沖縄には
15分5000円のソープが、
札幌には1分100円のデリヘルなんていうのもできました。
人気AV女優を抱ける超高級店が人気を集めている一方で、
底辺では『性のデフレ化』が止まらないのです」

「良かったよ」と言われたい

本誌記者は、新橋にある人妻専門の格安風俗店で
デリヘル嬢を呼んだ。60分1万円足らず。
それでいて○○もあり、だという。
ホテルを訪れたのは、大きなスーツケースを引く熟女だった。
「きみこ」と名乗った。45歳。神奈川県に住んでいるという。

平日はネットカフェで仮眠を取りながら、仕事に従事し、
土日になると自宅に帰る。
カバンには1週間分の衣類が詰められているそうだ。
「16歳離れた夫がいましたが、事故にあって、
ずっと介護をしながら二人の子育てをしてきました。

夫の障害年金とファミレスの深夜勤務でなんとか
生活をしてきましたが、夫が1年前に肺炎で亡くなり、
生活が完全に立ち行かなくなったんです。
それで、風俗で働こうと決意しました。

お店選びは重要です。最初に勤めたところは
70分8000円の激安店でした。
私の取り分は5割で、一回4000円しか稼げない上に、
いくら待機してもお客さんがつかなかったんです。
今のお店は熟女を売りにしたお店ですが、
月30万円ほど稼げて、天国のようです。

○○を洗わずに○○をさせるようなお客さんも
なかにはいますが、それに応じる私を見て、
相手は喜んでくれるわけです。
私も気持ちよくなって、
最後に『良かったよ』と言っていただければ、
やはりうれしくなります」

おカネ以上の「何か」を求めて・・・・
風俗嬢たちは今日も働いている。・・・・


Author ::「週刊現代」




歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
人生、絵模様、万華鏡…



『 新宿慕情 』…




昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー

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DIYの感動をあなたに!!
『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。

2016年7月22日 (金)

歴史・履歴への許可証

歴史・履歴への許可証

昨日という日は歴史、
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夢はでっかく、根はふかく。
花を支える枝 枝を支える幹 
幹を支える根 根はみえないんだなあ


Kobanasi_3






『 釣り舟清次のお札 』 (東京都の民話  )

疫病神に教えてもらった、疫病除けの方法

Blog1



むかし、江戸の海辺にある
古長屋に、
清次(せいじ)という
漁師が住んでいました。

清次は海に乗り合いの
釣り舟を出して暮しを
たてていましたが、

お客のない時は自分で
魚を釣って売っていました。





ある日の事、その日はお客がなかったので、
清次は朝早くから沖へ舟を出して
キスと言う魚を百匹ばかり釣りあげました。
そして、港に帰ってくると、
「ほほう。これは見事なキスじゃな。
一匹、おれにくれぬか」と、えりの立った衣を着た
大男が、長いひげをなでながら言いました。


「はっ、はい」清次が魚を手渡すと、
何と男は大きな口を開けてその魚を生のまま
パクリと一口で食べてしまったのです。
「・・・!」びっくりした清次がぽかんと口を開けていると、
男がたずねました。
「お前の名は、何というんじゃ」
「はっ、はい。せっ、せっ、清次と申します」

「そうか。実はわしは、みんなにきらわれておる
疫病神(やくびょうがみ)だ。
だがお前は、そんなわしに親切にしてくれた。
こんな事は、初めてだ。
魚をもらった礼に、良い事を教えてやろう。

よく聞いておけよ。『釣り舟 清次』と書いた紙を
家の戸口に貼っておけば、わしはその家には
決して入らないし、もし入っていてもすぐに
出て行くだろう」

「ほっ、本当ですか! ありがとうございます」
疫病神が決して来ないなんて、こんな
良い事はありません。
清次が頭を深々と下げると、疫病神は
もうどこにもいませんでした。
家に帰った清次は、さっそくこの不思議な話を
家族や長屋の人たちにしました。

それからしばらくたった、ある日の事です。
長屋の奥に住む藤八(とうはち)のおかみさんが、
はやり病にかかって苦しみ出したのです。

藤八は清次の話を思い出すとすぐに
清次の家に行って、『釣り舟清次』と紙に
書いてくれと頼みました。
そしてその紙を自分の家の戸口に貼り付けると、
不思議な事におかみさんの病はすでに
治っていたのです。

「清次さんよ、わしにも書いておくれ」
「わたしにも書いてくだされ。お金なら、
たんと払いますので」
うわさを聞いた人たちが、ひっきりなしに
清次の家へやって来るようになりました。

それから清次は釣り舟を出すのをやめて、
毎日毎日『釣り舟清次』という字を紙に書いて、
疫病除けのお札をつくるようになったという事です。

おしまい


「十七毛ネコ」  (日本の昔話より)

Blog2



むかしむかし、吉四六(きっちょむ)さんと言う、
とてもとんちが上手な人がいました。
吉四六さんは面白いアイデアで、お金儲けをするのが
得意な人です。

ある時、吉四六さんは、町でこんな話しを聞きました。
「オスの三毛ネコ(→ネコの毛色で、
白・黒・茶の三色の毛が混じっているネコ)を
船に乗せておくと、どんなにひどい嵐にあっても
決して沈む事がない。

それで船乗りたちはオスの三毛ネコを見つけると、
良い値段で買い取るんじゃ。
何しろメスの三毛ネコはいくらでもおるが、
オスの三毛ネコは、めったにおらんからのう」

それを聞いた吉四六さんの頭に、お金儲けの
アイデアが浮かびました。
(そういえば、わしの家にオスの三毛ネコがいたな。
こいつを使えば、一儲け出来るぞ)

そこで吉四六さんは、さっそく浜の船乗り場へ行くと、
大きな声でこんな一人言を言いました。
「この辺には、オスの三毛ネコがたくさんおるのう。
だがわしの家にいる様な、十七毛のオスネコは
さすがにおらんのう」

すると一人の船乗りが、吉四六さんに声をかけてきました。
「十七毛のネコとは、珍しいな。
吉四六さん、そのネコを譲ってはくれんか?」
しかし吉四六さんは、わざと渋い顔で言いました。

「いや、売るわけにはいかん。何しろ十七毛のオスネコは、
わしの家の宝物じゃ」
そう言われると船乗りは、ますます十七毛のネコが
欲しくなりました。
「それなら吉四六さん。お礼に五両を出そう、どうだ?」
「まあ、それほどに言うのなら仕方あるまい。
売る事は出来んが、しばらく貸してやろう」
「それは、ありがたい。ちょうど明日から、
大事な仕事があるんだ。
じゃあ明日の朝に、吉四六さんの家へ取りに行くよ」

さて翌朝、船乗りは吉四六さんの家へやってくると、
財布からお金を取り出して言いました。
「大事な宝物を借りるのだから、ただでは申し訳ない。
お礼に、この一両を受け取ってくれ」
「はい、せっかくのおこころざしですから、
ありがたく頂きましょう。

では、オスの十七毛ネコを連れてきますでな」
そう言うと吉四六は、家の火鉢の横で寝ていた
汚い三毛ネコを抱きかかえてくると、
船乗りに渡しました。

受け取った船乗りは、不思議そうな顔で吉四六さんに
たずねます。
「吉四六さん。このネコはどう見ても、普通の
三毛ネコに見えるのだが」
すると吉四六さんは、にんまり笑って説明をしました。
「確かに、こいつはオスの三毛ネコじゃ。
だがこのあいだ、火の残っているかまどにもぐり込んで、
背中をちょいとヤケドしました。つまり、八毛」

「しかし吉四六さん。三毛と八毛を足しても、
十一毛にしかならんぞ。
十七毛には、まだ六毛が足らんのではないか?」
「いやいや。尻の毛が、むけておるでしょう。
毛が無いので、つまり無毛(六毛)。
三毛と、八毛と、六毛を全部合わせると、十七毛ですよ」

「なるほど。確かにこいつは、三毛と八毛と六毛で、
十七毛ネコだ」
船乗りは吉四六さんのとんちに感心すると、
ほかの船乗りにも同じ話しで自慢してやろうと、
その十七毛ネコを喜んで持って帰りました。

おしまい・・・



信じれば真実、疑えば妄想・・・


『人間の赤ちゃんの子守りをするペット達。。。』







誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ……。



Mituo

 人の為 と書いて、

 いつわり(偽) と

 読むんだねぇ







鬼が餅つきゃ、閻魔が捏ねる、そばで地蔵が食べたがる


時は絶えず流れ、 
  今、微笑む花も、明日には枯れる    

   

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Set1

2016年7月21日 (木)

妄想劇場・番外編

妄想劇場・番外編

信じれば真実、疑えば妄想……


1810

 メジャーでは無いけど、
 こんな小説あっても、
 良いかな !!
 アングラ小説です、
 不快感がある方は、
 読むのを中断して下さい。






子を持つも持たぬも人の宿命(さだめ)なり
日に日に努めて行かむ
あなたの人生なんだから好きなように
お行きなさい(生きなさい)




『現実・・・蚊・』

今日も今日とて一日が終わりつつある。
金色に傾いた日の光がやけにまぶしい。
部屋の中は、遠慮を知らない日差しと容赦のない
蒸し暑さに侵略されていた。
日の入りが始まっても、暑さはなりを潜めようとしない。
クーラーは電気代を気にして身動き一つとれない。
おかげで全身から汗が流れ出し、毛穴の存在を
はっきりと感じることができた。

今夜もまた、居酒屋でのバイトが待っている。
昨日はタコキュウの量が少ないと、
タコみたいな頭の酔っぱらい客にいちゃもんを
つけられた。
それに、店長にジョッキを片付ける音がうるさいとも
注意された。
誰かに怒られるなんていつものことだ。
ただ、いくら経験しても慣れることはない。

そろそろ今の店をやめて、新しいバイトを探してみようか。
どうせ、食っていければどこでもいいのだから。
一つの店にこだわる必要もないだろう。
そう、いやになったらやめればいいんだ。
汗がぱたぱたと床の畳に滴り落ち、染みへと変わる。
染みはすぐに消えるが、次から次へとこぼれる雫が
畳に渇く間を与えない。

これだけあふれても枯渇しない汗を感心すらして
眺めていると、耳障りな音がやってきた。
妙に高く、それでいて不規則にメロディーラインの
調子を崩している。
その音は俺の右耳を通過したあと、左腕に着陸した。
見ると手首と肘の中間地点、前腕部に一匹の蚊が
止まっていた。

真っ黒な体にところどころ白い筋が差している。
体長は五ミリ程度。一番後ろの両足にある、
白黒の縞模様がひときわ目立つ。
ヒトスジシマカというやつだろう。
俺の左腕の上で旨そうに血を飲んでいる。
こっちは暑さに苦しんでいるというのに、気楽なもんだ。
さて、殺すか。右手を振り上げたとき。

《やめときな。ここで俺を殺してもいいが、
余計に痒くなるだけだ。殺すんなら、俺がしっかり
血を飲み終わったあとをお勧めするがね》
不意に声が聞こえてきた。
どこからだ。いや、そもそも誰だ。
思わず手を止め、顔を上げて周りを見回す。
《俺だよ俺。今、お前の手に乗っているだろう?》
またもや声。おそるおそる腕に目を戻すと、
そこにはやはり蚊の姿があった。
相変わらず血を吸い続けている。

《血を吸いながら失礼。どら、じっくり
話でもしようじゃないか。もうちっと腕を
上げてくれないか? 
そうそう、地面に対して水平になるように。
おっと、ストップ。ああ、いい感じだ。
悪いがこのままで頼むよ》
声に従うまま胸の前まで腕を持ち上げると、
つつうと汗が肌をくすぐりながら伝ってすべり落ちた。
腕に顔を近づけ、蚊に向かって訊ねてみる。

「お前なのか?」
《そうだよ、俺しかいないじゃないか。面白いことを言うな》
蚊蚊蚊、とやつは笑う。
蚊は自分をアピールするように、羽をゆっくりと
上下に動かしてみせた。
「人間の言葉が話せるのか」再び話しかけると、
またもや答えが返ってきた。

《と、いうよりは、お前さんがたまたま俺の声を
聞けたんだろうな。
たとえばラジオを聞くとき、放送局に合わせて
周波数を変えるだろう? 
ところがお前は、チューニングなしで
俺のチャンネルとぴったり周波数が合っちまったのさ。
俺も人と話したのは初めてだがな、
たまにあるらしいんだよ、そういうの》


六本木ワルツ





どうやら誰にでも聞こえるわけではないようだった。
しかしよりによって蚊と話せるとは。
ありがたみもない能力だ。そ
れにしてもこの蚊、ずいぶんと人間の文化に
詳しいじゃないか。思考力というのは案外、
人間も動物もあまり差はないのかもしれない。
お互いに共通のコミュニケーションツールがないから、
それに気づけないだけで。なら、
もしかしたらこっちの要求も飲んでくれるだろうか。

「声が聞こえるよしみで頼みがある。
血を吸うのはいいが、痒くするのだけは勘弁してくれ」
さすがに言葉の通じる相手を殺すのは気がひけたので、
なるべく穏便な方へと話を持っていく。

しかし、蚊に気を遣うときがくるとはなあ。
《蚊っ蚊っ蚊。善処するよ。約束はできんがね》
蚊はとくに悪びれた様子もなく、俺を
あざ笑うかのようにのんきに吸血に勤しんでいた。

こっちが下手に出ていれば調子に乗りやがって。
俺がその気になればいつでも潰せるということを
わかっているのだろうか。
《まあ待てよ。そうかっかしなさんな、兄弟よう》
こちらの頭の中を覗いたかのように語りかけてきた。
俺は虫の兄弟になった覚えはない。

《おんなじことさ。俺はお前の血を体ん中に
持っているんだ。
こいつはもう立派に血を分けた
兄弟みたいなもんだろう。
少なくとも今、この瞬間だけは、
俺とお前は血を共有しているんだからな》

「薄気味悪いことを言うな。
お前たち蚊はどうも気に入らん。
蚊が血を吸うのは子を産むためだというのを
知ったときは、それならしかたがないと思っていた。
でも、よくよく考えてみれば、その子どもも結局は
血を吸うんだろう? 堂々巡りじゃないか。

血をやっても損するだけだ」
《ふむ、確かに俺が血をいただくのは出産のためだが、
オスの蚊は血なんぞ吸わん。
生まれてくる蚊の全部を害虫だと決めつけるのは
どうかと思うがね》
蚊は、小さなゲジゲジのような触角を片方だけ
持ち上げてみせた。
人間で言うところの肩をすくめるジェスチャー
みたいなものだろうか。

「ところで血を吸ってるってことは、お前、
メスでいいのか」
《見てわからないかねえ》
「わからないから聞いたんだろうが。
お前、メスとは思えないほど口が荒いな」
《ふうん。お前は口調で雌雄を決めるのか?》
「たいていの人間はそうなんだよ」
なぜかむきになって言い返してしまった。

《なるほどなるほど? 
つまらんことをいちいち気にするんだな》
「余計なお世話だ」血を吸っておいて、なんてやつだ。
取れやすくか細い前脚で、蚊は俺の腕をちょんと
一回タップする。触られた感覚はほとんどなかった。

「それはいいがお前、変なウイルスとか持って
ないだろうな。
蚊を経由して伝染病にかかるって話はよく聞くぞ」
《心配しなさんな。俺はいたって健康だよ。
自分の体の調子ぐらい自分でわかるさ》
ならいいや。心中でほっと胸をなでおろす。

蚊の言葉を信用するというのも変な話だが、
不思議とこいつの言うことには説得力があった。
《健康かどうかと言うのなら兄弟。お前の血には
どうも旨みがないな。血が薄いというか、
血に熱がこもっていないように見える。
これは体ではなく、心の不調からくる味だ。
お前さん、何か不満でもあるのか?》

「なんだよ急に。お前には関係ないだろ」
どうして蚊なんかに心配されなきゃならんのだ。
《関係? 大ありだ。何か後ろめたいものを
抱えているやつの血はまずい。
吸う側としては、やはり旨い血が望ましい。
ゆえに、血の味が改善できるのなら、
相談に乗るぐらいはいとわないのさ。

何か悩みでもあるなら聞かせてくれやしないだろうか》
「悩み、ねえ。強いて言えば、悩みがないのが
悩みといったところかな」 
驚くほどするりと、思いのたけを吐き出していた。
どうせ相手は蚊なのだからと、
人間相手じゃ言えないような愚痴をぶちまける。

「俺さ、最近疲れてるんだ。飽きたとも言っていい。
やりたいことが見つからずに、その場しのぎで
一日を暮らしているんだよ」
いくら話したところで、こいつは他の誰かに
漏らすこともないだろうし、いずれあっさり
死ぬに違いない。

今のご時世、そんなに長く蚊が生きていられるほど
甘くはないのだ。そう思うと肩は楽で、口は軽かった。
「たまに思うんだ。これは本当に俺の人生なのかって。
なにしろ、小さい頃に思い描いていたものと
まるで違うんだからな」

唯一赤みを帯びている蚊の腹部は、いつの間にやら
まん丸に膨れている。赤いのは、中に血が
詰まっているからか、それとも元からだったか。
《つまりお前は、生きたいのか? 生きたくないのか?》
「そんな風に割り切れないから、困っているんだよ」
逆に俺の方から問いかけてみよう。
こいつはいったい、何をどう考えながら
生きているのだろうか。

誰でもいいから、とにかく自分以外の答えが聞きたかった。
「なあ、教えてくれよ。お前は、何かやりたいことがあって
生きているのか? 
血を吸って子を産んでの繰り返しで、人間のように
進化をするでもない。
遺伝子の流れ作業をしていて楽しいか?」
じいっと蚊を見つめていると、時間が足並みを
ゆるめていった。

二本だけ異様に長い後ろ脚がのらりとたゆたう。
黒と白の縞模様が、揺れた。
俺は静かに答えを待つ。
《それはな……》直後。ぽん、と。
聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな音を立てて、
蚊の体は破裂した。血袋が弾け、
俺の血が狭い範囲に飛び散る。
「え」何が起きたのか、とっさに理解できなかった。

《おっと、こいつはいけねえ。つい話すのに夢中で、
血を吸いすぎちまった》もう体は残っていないのに、
蚊の泣くような声だけがする。
《まあ、これはこれでありか。
お前さんと話すのは悪くない時間だったよ。
さっきの質問の答えは、そうだな、
また次に生まれ変わったときに答えるとするさ。
宿題だ》蚊蚊蚊、と言い残して、
それっきりやつの声は去っていった。

左腕の上にできたピンク色のふくらみと、
ごくささやかな血痕だけが、蚊がいたことを物語っていた。
ほんの少しの名残惜しさと罪悪感が、胸の中で渦巻く。
気づけば日は暮れて、空と畳が赤く染まっていた。
気温が下がっていくらか汗は引いたものの、
それでもまだまだ暑さは健在だ。
ひょっとするとさっきの蚊は、暑さが見せた幻
だったのかもしれない。
いたとしても、喋らせたのは俺で、蚊を通して
自問自答していただけとも考えられる。

蚊に刺されて腫れた部分を、軽く爪で引っ掻いてみた。
「やっぱり、痒いじゃないか」ひとり言が初夏の風に拾われ、
どこか遠くへと運ばれていく。
あの蚊に届かないかな、と、なんとなしにそう思った。

空気を裂くように携帯電話のアラームが鳴り、
アルバイトの時間が迫ってきたことを告げる。
自然と、あんなにも重かった腰を上げ、
居酒屋に行く準備を始めていた。

流しで手を洗えば、腕についていた血も
排水口に飲み込まれていく。
とりあえず、今日を生きてみようかな。
玄関で靴ひもを結び、アパートのドアノブに手をかける。

少しずつでも生きていたら、いつか生まれ変わった
あいつに会って、答えが聞けるかもしれないから。
なら、せめて。もうちょっとぐらいは。・・・・
「行ってきます」久しぶりにその言葉を家に置いて、
外に足を踏み出す。どこかで、小さな羽音が
俺を見送っている気がした。・・・・

おわり

Author :二石臼杵(ふたいしうすき)
https://kakuyomu.jp/users/Zeck



これほど惚れた素振りをしても、ほんとに悟りの悪い人。・・・





Tinko_2

人の為(ため)と
書いて
いつわり(偽)と
読むんだねぇ
 




俺とおまえは、玉子の仲よ、俺が白身で黄身を抱く 

P R

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Set1

2016年7月20日 (水)

漢の韓信-(137)

信じれば真実、疑えば妄想……

昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー



こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
  知りつつ、こうして、こうなった



メジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、
良いかな !!
アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい



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韓信
紀元前二〇〇年代の
中国大陸。
衰退した秦の末期に
生を受けた韓信は、成長し、
やがて漢の大将軍となる。
「国士無双」「背水の陣」
「四面楚歌」
そんな彼を描いた小説。






漢の韓信-(137)


四面楚歌

垓下(がいか)に項羽を包囲した韓信がとった戦術は、
相手の性格を最大限に利用したものであった。
項羽に長期の籠城を許さず、あえて彼が好む
戦いの場に引きずり出す……
韓信は、そのために負けるふりをしてみせた。
そして最終的に戦局を決定づけたのは
漢の陣営から発生した楚の歌であった。
項羽はこれに心理的に揺さぶられ、
行動を起こすに至る。

俗に戦いは天の意志によってもたらされ、
そのため勝敗は運命によってあらかじめ
定まっているというが、それは人の罪深さを
ごまかすための言い訳でしかない。

人を滅ぼすものはやはり人であり、
世に戦いが生まれる原因は天の意志にあらず、
人々の意志にあるのだ。
人々はそのことをわかっていながら、
今なお戦いをやめることができないでいる。

つい先日まで優勢であったはずの楚が、
窮地に立たされている。
彼らは、固陵で追いすがる漢軍を撃破したものの、
決定的な打撃を与えることができないでいた。

以前の楚軍であれば、勝ちに乗じて漢軍を追い、
劉邦の息の根を止めることもできたであろう。
しかし、このときの楚軍には、体力がなかった。
広武山での対立が長引き、その間に彭越に
補給路をたびたび断たれた彼らは、深刻な
飢えの問題に面していたのである。

彭城に戻れば、食にありつける。
しかしそれは漢を彭城に招き入れることになり、
下手をすれば、首都陥落の恐れがある。
彭城は平野のただ中に位置し、
周囲には山も川もなく、攻めやすく守りにくい
土地なのであった。

項羽としては、以前のように首都を荒らされることは
避けたい。
それは単に戦略上の問題よりも、自分の愛した土地が
よそ者に奪われることを嫌ったからであった。
このため項羽は全軍に命じて、固陵より西、
彭城に至る手前の垓下という地に築城を命じ、
残りわずかな糧食をそこに運び込んだ。

垓下を最後の決戦の地として籠城戦を挑もう、
というのである。
なぜ、このようなことになったか……。
腹を空かせながらも、懸命に築城作業にいそしむ
兵の姿を見て、項羽は心を痛めた。
兵たちは餓死寸前の状態にありながら、
自分に対する不平を口にせず、働いてくれる。
彼らの忠節に報いる機会がないかもしれないと思うと、
涙が出てくる。

もし不平を言う兵がいれば、全軍を戒めるために
その者を殺さねばならない。
そのこともたまらなく気が引けるのであった。
傲岸で暴虐だと恐れられた項羽ではあるが、
そのような人並みの感情も
持ち合わせていたのである。

彼が常人と違うのは、その感情の量であった。
敵と見れば見境なく殺し尽くし、酌量しない。
しかし、その一方で彼は降伏した章邯を赦し、
鴻門で劉邦を赦している。
最後まで抵抗する敵には容赦ない態度を
とり続けることができるが、
ひとたび相手が下手に出れば、感情が揺れるのであった。

このため、項羽に殺されるかどうかは、
相手の出方次第による。
この点を生前の范増老人は、項羽は心が弱い、
とたびたび批判していた。

あるとき項羽が劉邦と対峙している間に、
外黄(がいこう)の地を彭越に奪われたことがあった。
このとき項羽は、前面の敵を部下に任せ、
急ぎ外黄へ向かったが、城壁の内部の
住民たちが抵抗したため、奪還に苦労した。
それでもなんとか彭越を撃退したが、
腹がおさまらなかった項羽は、住民に
仕返しをしようと決める。

例によってすべて穴埋めにしようとしたのであった。
しかし、このとき住民の中のとある小童が、
項羽に泣きながら訴えかけた。
「外黄の民は彭越が強要するので、
抵抗しただけなのです。
そうしなければ皆彭越に殺されるからです。
私たちは彭越が恐ろしく、大王の到来を
心待ちにしていたというのに、
今その大王によって殺されるとあっては、
天下の民のなかで大王に味方する者は
いなくなりましょう」

これで心を動かされた項羽は、外黄の民をすべて赦し、
その結果、諸城が争って項羽に降ったという。
范増の批判する項羽の心の弱さが、
福に転じた結果となったのだった。

もちろん項羽にそのような心の弱さを
恥じる気持ちはない。ただ感情のおもむくままに
行動してきたのみである。

怒るべきときに怒り、悲しむべきときに悲しむ。
本能のままに生きてきた項羽は、
この時代の誰よりも人間らしいと言えるかもしれなかった。
しかし、項羽は何ごとにも感じやすい男であったので、
ひとたび敗戦の色が見え隠れするようになると、
踏みとどまって逆転を期するという気持ちに
なれなかったようである。

あたかも激情に駆られるまま、兵を道連れに
全軍玉砕という滅びの美学を追及したかのように見える。
垓下に築城し、最後の決戦を挑もうとした項羽の目に、
続々と集結する漢軍の姿が見える。

その数は際限がないほど増えていく。
項羽にはそれが信じられなかった。
漢にはまだ、これほどの兵力があるのか。
いつの間に……。

口には出さないが、内心で驚愕している
項羽のもとに、報告がもたらされた。
「新たに三十万の兵が、漢に加わった模様です」

三十万! 冗談ではない。今までどこに
そんな兵力を隠していたと言うのだ!
「……どこの、誰が指揮している軍だ」
項羽は動揺を隠し、聞き返した。
「斉軍です。斉王韓信が、漢軍に加わったのです」

「韓信! あの男……」項羽の心に、
諦めの気持ちが浮かんだのはこのときで
あったかもしれない。
わしは、彭城に帰ることができないかもしれぬ。

かつて項羽は韓信のもとに使者を送り、言わしめた。
「君が漢の側に立てば、天下は漢に帰し、
楚の側に立てば、天下は楚に帰す」
這いつくばってでも、味方に引き入れるべきであった。
そのような後悔は確かにあった。

しかしそんなことが自分にできようか?
絶対にできない。このわしが、韓信などに……。
項羽は必要に応じて自分の意志を曲げる、
ということができなかった。
貴族として生まれた誇り、自分自身の力を
信じる心がそれをさせなかったのである。
市井に育ち、あまり自尊心のない
劉邦との差が、そこにあった。

信……いや、斉王よ。ようやく来たな。
しかし、よく来てくれた」
「は……」
劉邦と韓信の対面は果たされた。
対面は両者とも言葉少ない状態に終始し、
わずかの時間で終わりを告げた。

二人とも、互いに相手のことを憎んでいるわけではない。
しかし、かつてのように腹を割って話をする間柄では、
すでになくなっていた。
しかし、それでも劉邦は韓信に全軍の先頭に立って
指揮をするよう命じ、韓信はそれを受けたのである。

指揮権を得た韓信は以下のように諸将を前にして
戦術を説明した。
「およそ項王という人は、常に軍の先頭に立ち、
敵兵の血潮を浴びながら戦うことを誇りとしてきた。
しかし、このたび彼は籠城戦の構えを見せている。
これは彼らしくないことであるが、
それだけに逆に警戒すべきことでもある。

……そこでなぜ項王が籠城したのかを
考えてみる必要があるのだが……
私が見るに、楚軍は食料の確保に苦労しており、
漢軍と正面から戦う体力がない。

この場合楚軍が取る選択肢は二つある。
ひとつは追いすがる漢軍を適当にいなし、
いち早く彭城へ戻り、食を確保する策。
ふたつは彭城の手前に拠点を築き、
そこを決戦の場として、勝ったのちにゆっくり
食事にありつく、という策だ。
しかし、どちらの策も楚にとっては最善の
策とはなりえない」

劉邦を始め、兵たちは韓信の言葉に聞き入った。
戦いを前に彼の発する言葉は、常に不思議な
説得力を持ち、聞く者に自信を与える。
韓信の持つ状況の把握力、戦術理論が
そうさせたことに違いないが、
そのいちばんの理由は彼が常勝の
将軍であったことによるだろう。

「まず、いち早く彭城へ向かう策であるが、
これはたとえそれに成功したとしても、
彭城にたどり着くまでに多大の兵の犠牲を伴う。
また、たどり着いたとしても彭城が戦場となり、
今度は彭城の民衆までも犠牲となってしまう。

自国の兵や民を愛する項王が取る策ではない。
……まして彭城自体が平野のただ中にあり、
守りにくいという事情もある」
「ふたつめの策であるが、拠点を築いて彭城を
守ろうとする意図はわかる。
しかし食料はすでに残り少なく、
籠城にたえるほどの量はない。
必然的に補給が必要だが、彼らにとって
残念なことに拠点へ食料を運ぶ手だてもない。
今や楚は四方を漢の勢力に囲まれ、
後方からの支援などは望めぬ状態だ。……

だが、結果的に項王はこの策を取った。
おそらく食料が尽きる前に全兵力で漢にあたり、
雌雄を決しようと決意したからに違いない」
おお、というどよめきが兵の間に起こった。
最後の一戦。項羽の決意。
韓信の言葉に兵たちの中に緊張が走る。
「しかし、状況は変わった。
今漢王のもとには私を始め、淮南王黥布、
相国彭越の軍が加わり、兵数は倍になった。

これはいかに項王が武力に長けた人であったとしても、
容易に撃ち破ることができない数である。
つまり項王の思惑は外れ、垓下は単なる
孤城になったのだ」
再び兵たちの間にどよめきが起こる。
「楚軍恐れるに足らず!」そんな声が上がったりもした。
兵たちの覇気が高まっていくのを韓信は感じ、
心強く思ったが、話はまだ終わっていない。
落ち着いた所作で兵たちの興奮を抑える仕草をすると、
彼はさらに語を継いだ。

「以上のことを鑑みて、項王が垓下に籠城したことは、
彼の戦略眼が鈍ったことを示すものである。
……しかし、我々は油断してはならない。
かの項王は、多少の戦略上の不利など、
たったひとりで打開できる実力を持った剛勇である。
楚の兵士はそんな彼が生きている限り、
彼を信奉し続けるだろう。
そして彼の行くところに兵が集まるのだ。

項王を逃がしてはならぬ。この一戦で
彼を必ず亡きものとし、楚兵たちの
心のよりどころを絶たねばならない」
一座が緊張に満ちた。
しばらくの間、だれもひと言も言葉を発せず、
事態の深刻さを噛み締めている様子であった。
とんでもないことになった。
いつかは訪れるに違いないことではあるが、
これは戦局の決定的場面であった。 
兵たちにとって自分がそんな場面に立ち会うのは
名誉であると同時に、なるべく避けたいことでもある。

その理由はいうまでもないことだが、死の危険性が
他の場面より高いからであった。
漢王劉邦の立場は少し異なり、
長らく続いた項羽との争いに終止符を打つことに
名残惜しさを感じていた。

不思議なことに寂しい気がしたのである。
しかし、そんな思いは間違いで、自分に従う
兵たちの気持ちを裏切るものだと考えた彼は、
思いを心の奥底にしまい込むことにした。
韓信の様子を見て、彼が本気であることを
確認した劉邦は、静寂を破り、語を発した。

「信よ。……して、具体的な戦術は?」
韓信はこのとき微笑したようであった。
「考えてあります」答えながら、韓信は
自分に激しい嫌悪を感じざるを得ない。
なんということだ! 自分は……
楽しんでいるというのか? 

蘭を失ったというのに。酈生を、カムジンを……
みんなもう帰ってくることはないというのに! 
彼らの死という悲しみを乗り越えながら
私が成そうとしているのは、人を殺すことなのだ!
 しかも私は……それを楽しんでいる。

なんという不埒な男!さらに許せないのは、
一方でそう思いながらも、他方では沸々と
戦略が自分の頭の中にあふれてくることであった。
なんということだ。韓信は繰り返しそう思ったが、
自分を抑えることができない。

つづく

Author :紀之沢直・:野沢直樹
http://kinozawanaosi.com.

愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る

歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…



「女の港」




人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ


時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる





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お風呂物語 

入れてもらえば気持ちは良いが、
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Set1

2016年7月18日 (月)

妄想劇場・特別編

妄想劇場・特別編

信じれば真実、疑えば妄想……


Mituo



昨日という日は
歴史、
今日という日は
プレゼント
明日という日は
ミステリー








誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。



【事件の核心】
知られざる深層レポート


トイレで出産した女児を窓から… 
24歳の女が明かした呆れた「理由」とは?!


自宅のトイレで女児を出産し、へその緒を引きちぎって
窓から「捨てた」-。
そんな信じられない行為に及んだのは、
茨城県鉾田市に住む無職の女(24)。
県警に保護責任者遺棄致傷容疑で逮捕、
起訴され、8日に水戸地裁(長島銀哉裁判官)で
初公判が開かれた。

検察側の冒頭陳述などで明らかになった犯行の
一部始終は、想像を絶するものだった。
事件の発覚は昨年11月3日に遡(さかのぼ)る。
同日午前7時25分ごろ、鉾田市当間の路上で、
生まれて間もない女児が全裸で泣いているのを
近隣住民の男性が発見し、110番通報した。

駆けつけた救急隊員が同7時47分に体温を
測定したところ、何と24度。極度の低体温状態で、
公判に提出された医師の調書に「あと少し発見が
遅れていれば命の危険があった」と書かれたほどだった。

女児は搬送先の病院で保育器に入れられ、
入浴させるなど懸命な治療を受けて同9時半には
体温が32度まで上昇。
診察した医師は全治2週間の低体温症と診断した。

「全治2週間」とはいえ、低体温状態が続いたことによる
後遺症の有無については「1~2年の経過観察が
必要」という。
事件から3日後の11月6日、県警鉾田署は
保護責任者遺棄致傷の容疑で、女児が捨てられていた
現場近くに住む女を逮捕した。

B1


 昼間でも人通りは
 ほとんどない

 茨城県鉾田市





DNA鑑定などから女児の母親と特定した。
女は県警の調べに対し「自宅で一人で産んだ。
産むことを誰にも相談できなかったので、
仕方なかった」などと供述した。

迎えた今月8日の初公判。
検察側の冒頭陳述や被告人質問などで明らかになった
犯行の一部始終は以下の通りだ。
女は高校卒業後、職を転々としており、犯行時は
市内のスーパーでパート従業員として勤務。
祖母と実母との3人暮らしだった。

犯行前、出会い系サイトを使い5人の男性と
肉体関係を持っており、
昨年の春ごろには生理が来ないことから
妊娠に気付いたという。しかし、

「結婚を前提としない妊娠を家族に言うと
怒られると思った」といい、妊娠の事実を
家族に打ち明けないどころか、
産婦人科を受診することもなかった。
女児の父親とみられる男性にも「(妊娠の事実を)
言ったら逃げられる」と思い、
切り出せなかったという。。・・・・


そして、ついにその日が訪れる。

11月3日午前6時ごろ、寝室で祖母と母親と
川の字になって寝ていた女は、
激しい腹痛から出産が間近であることを認識。
「とにかく家族に知られたくない」と、トイレで出産することを
決意して、1階のトイレにこもった。

便器内に女児を産み落とすと、へその緒を両手でちぎって、
女児を胎盤もろとも下水に流そうと水洗レバーを引いた。
しかし、女児の「生きたい」という願いが通じたのか、
流れなかった。

女は女児の左足をつかんで便器から拾い上げ、
トイレの高窓から外に落とすと、今度は外に出て、
自宅境界にある高さ約1・5メートルの塀の外に投げ捨てた。

外は小雨が降り、冷え込んでいた。
そんな中で女児は約1時間、母親の保護を求めて
生まれたままの姿で泣き続けていたのだ。
「どうしてよいか分からず、頭が真っ白になっていた」という
その女は、泣き声を自宅内で聞きながら放置した。

被告人質問で女は女児について「私には収入がないので
子供を育てられない」
「赤ちゃんはかわいそうだと思う」などと発言。
まるで人ごとのような態度に、長島裁判官から
「育てられないなら、どうしますか?」と問われ、
「子供がいない家庭に預ける」と小さな声で答えた。

長島裁判官は女を「子供にとって血を分けた母親は
未来永劫(えいごう)、あなたしかいない。
これだけは覚えておいてください」と諭した。

公判は即日結審となり、検察側は論告で、
「女児の生命を極めて危険な状態においた残忍な犯行で、
女児が受けた肉体的、精神的な苦痛は大きい」などと指摘。
懲役3年の実刑判決を求刑した。

弁護側は「被告には前科前歴がなく
真摯(しんし)に反省している。
今後は祖母や親族が監督を約束している」などと主張。
起訴状に記載されている「塀越しに路上に
ほうり投げて遺棄」という文言について、
「ほうり投げたのではなく、落としただけだ」と述べた上で、
執行猶予付きの判決が相当だと訴えた。

女への判決は22日に言い渡される。・・・・
Author :産経ニュース(桐原正道)



こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
知りつつ、こうして、こうなった




雑学 1




時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる

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入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂


Set1

信じれば真実、疑えば妄想

信じれば真実、疑えば妄想


時は絶えず流れ、
 今、微笑む花も、明日には枯れる



Mousou2


人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ
誰にだってあるんだよ、
人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、
人には言えない悲しみが。






陰陽師の世界・陰鬱な闇との戦い
~呪術と怨霊に支配された奇怪な世界を探る~


陰陽道とは、陰陽五行説と言った空間的概念に
天文、時間などの暦が加わった日本古来の
呪術体系である。すなわち、
物事に吉凶が発生するのも、森羅万象と
それらを取り巻く天体の運行や宇宙の動きの
因果関係の中で起こるものと考えられていたのである。


最強の陰陽師、安倍晴明

平安時代には、多くの陰陽師が活躍したが、
その中でも最強の力を誇ったのは、何と言っても、
安倍晴明(あべのせいめい)であろう。
晴明は921年に生まれ、1005年に84才で
死去したことになっている。

つまり、彼はかの紫式部や清少納言と同じ頃に
生きていたのである。
出生地は定かではない。幼い頃から、陰陽道の大家、
加茂忠行(かものただゆき)の弟子となり、
地道に修行を続けて術を磨いたと言われている。

その後、宮廷陰陽師として、花山、一条天皇、
中宮彰子(しょうし)などの王室や
3人の娘を天皇に次々と嫁がせて、絶大な権力を
手中にした藤原道長などの摂関貴族のための
顧問役のような存在となり大活躍をした。

何か祭祀や行事がある度に、日時の選定や
占いなど一手に引き受けたのも晴明であった。
今昔物語や宇治拾遺物語には、晴明の驚くべく
超能力が記されている。

例えば、晴明が草の葉を摘み取って数匹の
ガマガエルのいる方に投げたところが、
葉が触れたとたんにガマガエルは、すべて
うら返って死んでしまったという話や
花山天皇の出家を遠く離れた場所から察知したという
話などがそれである。

まだ、晴明が加茂忠行の弟子だった頃、
真夜中、百鬼夜行の接近を察知して危うく
難を逃れたという話もある。
その当時は、京の街と言えども、夜もふけると
恐ろしい鬼どもがばっこする時代であった。

まだ幼い晴明は、向こうの闇から異様な一団が
近づいて来るのを察知した。
どれもこれも身の丈5メートルはあろうかと思われる
鬼どもで、赤や青のもいて不気味なことこの上ない。
しかも口々に「諸行無常・・・」と声を上げながら
こちらに歩いて来る。

もし、見つかれば、たちまち、取って食われてしまうのは
間違いなかった。そこで、急いで横で眠っていた
師匠の忠行を起こしてそのことを告げたのである。
忠行は、目を覚ますと、急いで鬼どもから自分たちを
見えなくする術を使った。そして、間一髪のところで
難を逃れることが出来たのであった。

その他、日照りがつづいた時、雨乞いの儀式を行ない、
見事、大雨を降らせたことも記されている。
このように晴明の非凡な力を讃えた話は多い。

晴明と道満の息づまる術くらべ 

しかし、晴明に並び称される陰陽師がもう一人いる。
蘆屋道満(あしやどうまん)である。
道満は、播磨の国(兵庫県加古川市付近)の陰陽師で、
その卓越した能力は他に並ぶ者がないと言われほどであった。

性格はわがままでごう慢であったが、人々は彼を恐れて
敬っていた。しかし道満は、
都に宮中一と噂される陰陽師がいるのを知って
内心穏やかではなかった。
誇り高い道満としては、自分よりも力のある
陰陽師の存在を許すことが出来なかったのである。

そこで道満はその陰陽師と術比べをして、
どちらが天下一の陰陽師か白黒を決着させるために
京に上ることにしたのである。
無論、その相手とは安倍晴明である。

多くの説話集で道満と晴明の術による対決が
物語られている。
仮名草紙には、晴明と道満の術比べの話が
紹介されているが実に圧巻である。
対決は帝の南殿の庭先で行われることとなった。
すでに、帝を始め、公家、殿上人が残らず勢ぞろいしていた。
女房たちも御簾の中から見守っている。
庭の周囲にはいろいろな役人連中が取り囲んでいた。

人々はこれから起こる晴明と道満の対決を
固唾を飲んで見守っているのである。
道満はまず、庭の白い小石をむんずと握りしめると、
気合いを込めて空中に放り投げた。
すると、どうだろう。白い小石は、たちまち数十匹の
ツバメとなって、勢いよく宙を舞い始めたではないか。

人々の中から息を飲むようなどよめきが起こった。
それを見た晴明は、ゆっくりと立ち上がると、
何事もないような仕種で扇を広げてポンと軽くたたいた。
すると、今まで風を切るように舞っていた数十匹のツバメは
元の小石となってたちどころに落ちてしまった。

この光景に、すべての者は感心してただただ
溜め息をつくだけであった。
今度は、晴明が陽明門の方に向き直ると、
やにわに呪文を唱え始めた。
すると、どこからか真っ黒な雨雲が現れ、
たちまち空を覆いつくしていった。
あたりは真っ暗となり、まるで夜にでもなって
しまったかのようである。

突如、目もくらむような閃光がほとばしり、
続いて耳をつんざくようなけたたましい雷鳴が響き渡った。
殿上人の何人かは、びっくり仰天して
尻もちをついてしまった。
たちまち、天と地がひっくり返ったようなどしゃぶりとなり、
南殿の庭先は水びたしになってしまった。

あまりの凄まじい雨音に耳を覆いたくなるほどである。
雨の勢いはものすごく、みるみる南殿の床下まで
水かさが増して来た。
庭先にいた役人たちは、腰まで水に浸かって
どうしていいものか戸惑っている。
人々の着物はびしょ濡れになり、
おろおろするだけである。

道満がさかんに念じているが、それを
止めさせることが出来ない。
やがて、洪水のようにあたりは濁流が轟々と
渦を巻き始めた。
人々はうろたえ始めた。これでは舟が必要なほどである。
やがて、頃合いを見計らって、晴明が何事か唱えると、
今までの悪夢のような嵐は、嘘のように晴れ上がり、
たちどころに水は引いていった。

気がついてみると、今までびしょ濡れだと思われた
人々の着物は、完全に元に戻っているではないか。
人々は互いに驚きの表情を隠せず、
あっけに取られてざわめくばかりであった。

形勢が悪いと見てとった道満は帝に申し出た。
「このような術比べは、ただムチャクチャなだけで
意味がございません。
次ぎなる占いで勝負を決めた方が良いと思います」

そこで、長櫃(ながびつ、長方形の箱)が
奥から引き出されて来た。
その中に何があるか当てて見よというのである。

まず、道満が中に大柑子(だいこうじ、夏ミカンのこと)が
15個入っているはずですと言った。
晴明は、長櫃に近づくと目を閉じて何やら念じて言った。

「いいえ、この中にはネズミが15匹いるはずです」
この瞬間、前もって中身が柑子であることを知っている
帝以下の殿上人は、晴明が占いを仕損じたと思った。
誰もが道満の勝ちだと思った。だが、
誰もが晴明に勝たせてやりたかったので、
蓋を開けるのをしぶっていたところ、
当の晴明自身が早く開けるように促して来るので、
仕方なく役人が長櫃に近づいて蓋を開けた。

すると果たして、入っているはずの柑子はなく
中には15匹のネズミがいるだけだった。
ネズミは蓋を開けたとたん、チュウチュウと
鳴きわめいて四方八方に逃げ出していった。
つまり晴明は、中に柑子が入っていることを
事前に見ぬいた上、術でそれらを
ネズミに変えてしまったのであった。

こうして、術比べは晴明に軍配が上がり、
道満は恐るべき晴明の力の前に負けを認めて、
ただただ脱帽して晴明の弟子になったということである。
芦屋道満は、民間の陰陽師として実在していた
人物だとされているが、江戸時代になると、
晴明の悪役的なライバルとしてかなり脚色されて
しまうことになる。

事実は、道満の生きた頃には晴明は生存しておらず、
二人が術比べをしたことはない。
1021年の法隆寺建立の時にも、晴明が
道長を呪詛した者を見破る話も出て来るが、
法隆寺建立の時と言えば、この時、すでに晴明は
この世におらず、これも超能力者としての晴明を
際立たせるためにつくられた逸話に過ぎないのである。


北斗七星と属星の配置。貪狼星(たんろうしょう)は子年、
巨門星(きょもんしょう)は丑年、禄存星(ろくそんしょう)は
寅と戌年、文曲星(ぶんきょくしょう)は酉年、
廉貞星(れんていしょう)は辰と申年、
武曲星(ぶきょくしょう)は巳と未年、
破軍星(はぐんしょう)は午年に当たっていた。



On1



廃止された陰陽道

安倍晴明の影響で、陰陽師は平安時代の
特産物だと思われている節があるが、
陰陽道がもっとも普及したのは江戸時代で、
その頃、陰陽師は人気の絶頂であった。

しかし明治維新になって、宗教政策が変更され、
太陽暦に移行すると陰陽道は廃止され、
それまで絶大な権威を誇示していた陰陽師は
消え去る運命にあった。

こうして、病気や災害の占い、
日時や方角の吉凶の判断を主軸として、
約1千年もの間、民衆の生活に深くかかわってきた
日本固有の呪術宗教、陰陽道は社会の
表舞台から消えてゆき、世に存在しなくなったのである。

今では陰陽師というと、占いや憑きもののお払いなど、
まるでエクソシストのような感覚で捉えられている面も
否定できない。
まるで、陰陽道成立の背景となった社会の実情が
無視されたかのようである。
そこでは、かつて人々が喜び悲しみ、恐れ敬って
生きた赤裸々な生活感情があったのである。・・・

Author :後藤樹史(不思議館 )
http://www.cosmos.zaq.jp/t_rex/profile.html



愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る


『動物の赤ちゃん』





昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー

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入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂
816

2016年7月16日 (土)

チャンネル・掲示板

チャンネル・掲示板

幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない



Mituo




昨日という日は
歴史、
今日という日は
プレゼント
明日という日は
ミステリー









子を持つも持たぬも人の宿命(さだめ)なり
日に日に努めて行かむ
あなたの人生なんだから好きなように
お行きなさい(生きなさい)


【事件の核心】ニュースの深層

猪瀬直樹氏が衝撃発言 「遺書」画像も公開
自殺した都議は“都議会のドン”にいじめられていた…

猪瀬直樹元東京都知事がインターネット上の
インタビューで、「都議会のドン」に関する衝撃的な発言を
炸裂(さくれつ)させた。

2011年に自殺した自民党都議が、ドンの
いじめに遭っていた-というすさまじい内容だ。
猪瀬氏は自身のツイッターで、遺書ととれる
「殴り書き」の公開にまで踏み切った。
都知事選を直撃しかねない、強烈な
「爆弾」が投げ込まれた格好だ。(夕刊フジ)



Kaba



インタビューが掲載されたのは、ニュース共有サービス
「NEWS PICKS」(ニューズピックス)で、
13日に公開された。
猪瀬氏は、自民党都議の樺山卓司(かばやま・たかし)氏
(当時)が、11年7月1日に自宅で自殺した原因について、
「(都連実力者の)A氏にあります(中略)。

A氏に何をされたかというと、都議会議員の
集まりの中で嫌がらせ的に罵倒されたり、
議長になれたのにならせてもらえなかったり、
ギリギリといじめ抜かれた(中略)。

『反A氏』の声を上げると粛清されてしまう-
そんな世界が都議会にはあるわけです」と
語っているのだ。

猪瀬氏が名指ししたA氏は、都知事選に出馬した
小池百合子元防衛相も「都議会のドン」と呼び、
注目を集めたことでも知られる。
猪瀬氏は先日、樺山氏の親族から
「父は憤死した」との連絡を受け、遺書を
見せてもらったという。

猪瀬氏は証拠を示すかのように自身のツイッターで
遺書を公開した。
その遺書には、《これは全マスコミに発表して下さい。
Aを許さない!!人間性のひとかけらもないA。
来世では必ず報服(原文まま)します!御覚悟!!
自民党の皆さん。旧い自民党を破壊して下さい》という
壮絶な殴り書きが確認できる。

なお、産経新聞は11年7月2日付朝刊で、
樺山氏が1日未明に死亡したとの記事を掲載し、
「警視庁は、自殺の可能性が高いとみて調べている」と
報じている。

猪瀬氏が投げ込んだ「爆弾」は、都知事選を
「A氏ら自民党都連に支援された増田寛也元総務相」と
「A氏らと戦う小池氏」という構図にするのか。

猪瀬氏はインタビューの中で、小池氏について
「期待したい」と語っている。
A氏は14日朝、夕刊フジ記者の直撃取材に対し、
猪瀬氏のインタビュー内容について
、「そんなのコメントしたくない。バカみたいな話」と語った。

夕刊フジ記者が「あり得ない話なのか?」と聞くと、
A氏は「はい」と言い切った。
同氏の事務所も同日、「事実無根だ」とコメントした。

。・・・・

Author :産経ニュース



添うて苦労は覚悟だけれど、添わぬ先から、この苦労


いまだ身元不明の謎

クマのぬいぐるみ抱き、電車に飛び込んだ母娘…

兵庫県尼崎市のJR東海道線立花-尼崎間の踏切で
女性2人が走行中の普通電車にはねられ即死した。
兵庫県警尼崎北署はDNA鑑定などから
2人が母娘だったと発表。

所持品のクマのぬいぐるみ2個を公開し、
自殺とみて身元の確認を急いでいるが、
事故から1カ月以上経過した今も身元は
不明のままだ。

ぬいぐるみの一つは娘が抱きかかえ、
もう一つは現場に落ちており、
いずれも血痕が付いていた。身分証も持たず、
所持金はわずか500円だったという母娘。
最後を共にした血で汚れたぬいぐるみは
何を語るのか。・・・・


Kuma



■クマのぬいぐるみを抱えて飛び込む

事故は昨年12月11日午後10時20分ごろ、
尼崎市七松町のJR東海道線立花-尼崎間の
七ツ松踏切で発生した。2人は遮断機が下りた後、
電車が迫ってきたことを確認し、踏切内に立ち入り、
走行中の電車にはねられた。
2人とも全身を強く打ち、即死だった。

2人は身分証などを持っておらず、遺体の
DNA鑑定から母娘と判明した。
母親は70~80歳で身長153センチ、
黒のダウンコートに長ズボン姿。
約500円が入った小銭入れを持っていた。
娘は40~50歳で身長164センチ、
黒のコートに長ズボンをはいていた。

クマのぬいぐるみは白と茶の2個。
いずれも体長約30センチで、ピンク地に白の
水玉模様のベビー服のようなものを着ていた。
白は娘がコートの中に抱きかかえるように持っており、
茶は現場に落ちていたといい、血痕は
ぬいぐるみの顔や服の部分に付いていた。


■7件の情報が寄せられたが…

尼崎北署は所持金が500円と少なく、
遠方から訪れた様子がないことから
尼崎市内を中心に捜査。
歯の治療痕から、兵庫県歯科医師会を通じて
県内の歯科医に照会を求めたほか、
県歯科医師会会報の1月号にも情報を
掲載するなどした。

尼崎市などの周辺自治体や近隣の警察署にも
情報提供を求めている。
事故発生当初は20~30人態勢で聞き込み
捜査などを行ったほか、クマのぬいぐるみの写真を公開、
広く情報を求めている。

これまでに東京や広島、福岡など全国各地から
「写真によく似たクマのぬいぐるみを抱えた女性を
見たことがある」
「電車の中でクマのぬいぐるみを持った女性を
見たことがある」など、
昨年末までに計7件の情報提供があった。

いずれも兵庫県外からで、今年に入ってからは
新たな情報提供は得られていないという。
「正月までには身元を判明させ、供養したいと
思っていたが…」。身元につながる情報が得られず、
同署も戸惑いをみせる。


■ぬいぐるみと一緒に荼毘

兵庫県警によると、昨年1年間に県内で発生した
電車の関係する事故は53件。
うち人身事故は51件で、自殺は少なくとも
25件発生している。

いずれもその後の捜査で身元が判明しており、
不明なのは今回の事故だけだという。
一般的に身元が分からない遺体は、
腐敗しにくい4度前後の温度に調整した冷凍庫に
安置されるという。

安置期間に決まりはないが、
身元がまったく分からない遺体は数日程度、
身元が判明しそうな場合には1カ月程度まで安置する。

家族が見つからなかったり、引き取り手が
なかったりする遺体は、安置期間を過ぎた後、
無縁仏として地方自治体に引き渡すという。

今回の場合は、母娘ともに尼崎北署で安置され、
昨年12月25日に所持品とあわせて
尼崎市に引き渡され、28日に荼(だ)毘(び)に付された。
同市によると、葬儀業者に依頼し、
クマのぬいぐるみも一緒に棺に入れたという。


■事故防止の対策も

現場のJR東海道線立花-尼崎間の七ツ松踏切では
昨年7月にも60代の男性が立ち入り、
普通電車にはねられ死亡する事故が発生している。

JR西日本によると、踏切での事故防止対策として、
すべての踏切に非常ボタンを設置し、
押すと電車が停止するようになっている。

尼崎北署は「母娘が一度に亡くなっていて
身元が分からないのは珍しい。
最近は、プライバシーの問題などから、近くの住民が
1カ月顔を見せなくても分からないことが多い。
今後も引き続き捜査を続ける。
思い当たることがあれば、情報提供してほしい」と
話している。 ・・・・

Author :(阪神支局 芦田彩、猿渡友希)



歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
人生、絵模様、万華鏡…


北の蛍 




時は絶えず流れ、
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妄想劇場一考編

妄想劇場一考編

信じれば真実、疑えば妄想……

時は絶えず流れ、今、微笑む花も、明日には枯れる


Mituo

一目惚れしたのは、
私が先よ、
手を出ししたのは、
あなたが先よ




『冥談の核心』   

現実に起きていることから、
浮かび上がってくる真実がある。・・・・


「エイズ感染」告知後に5人をレイプ
被害者女性は「一生、刑務所から出さないで」と泣いた
失意が生んだ戦慄の犯行手口

それは、あまりにも身勝手な犯行動機だった。
HIVに感染していることを知り、将来を悲観し
自暴自棄になった男が、見知らぬ女性5人を強姦。
前代未聞のレイプ事件の核心・・・。

そのまま膣内に

被害者らが感じた恐怖と絶望と屈辱は、
想像を絶するものがある〉(判決文より)

11月14日、横浜地裁で一つの判決が下された。
被告人は三木英夫(49歳)。罪状は強姦、強姦致傷、
住居侵入、窃盗で、懲役23年の実刑判決だった。
三木は5人の見知らぬ女性を次々と強姦した後、
金品を盗んだ容疑で神奈川県警に逮捕されていた。

5人の女性をレイプ、その事実だけでも十分すぎるほど
非道だが、今回の事件では、さらにそれを超える
「特殊な事情」が逮捕後、明らかになっている。

三木はエイズウイルス(HIV)に感染していた—。
しかもそのことを知っていながらレイプに
及んでいたのである。

事件を取材した全国紙記者が語る。
「自身がHIVに感染していることを認識していながら、
無差別に女性をレイプするなんて、
国内では前代未聞です。

しかし、この事件はテレビも新聞もほとんど
報道していません。
被害者への配慮というのがタテマエですが、
『あまりにショッキングで、扱えない』というのが
正直なところでした」

三木が最初に犯行に及んだのは、'
12年7月8日のことだった。
被害者は横浜市内のマンションで一人暮らしを
していたA子さん(当時21歳)。

午前2時頃、無施錠の玄関から堂々と侵入した
三木は、寝ているA子さんの口を手で塞ぎ、
そのまま首元から肩付近を押さえつけ、こう脅した。
「静かにしろ。騒ぐと殺すぞ」
三木は、恐怖で身動きができないA子さんに対して、
さらにこう続けた。

「服を脱げ」タンクトップを脱がせ、
それを彼女の顔面に巻きつけて目隠しする。
視界を遮られ怯えるA子さんを、
三木は避妊具すら装着せず、○○した。
強い痛みを感じたA子さんが「やめて」と懇願したが、
三木は「だんだん気持ちよくなってくるから」と
卑劣な言葉を発し、彼女の首や足の付け根を
押さえつけ、○○を続けた。
そして、○○に○○したのである。

A子さんにとって悪夢のような時間は、
三木が部屋から立ち去るまで45分間、続いた。
三木が去ったあと、A子さんは下腹部に
鈍い痛みを感じた。
無理やり挿入されたため、膣壁裂傷を
負ってしまったのだ。

検査結果を待つ不安

三木の凶行は続く。8月には藤沢市に住むB子さん
(当時22歳)のマンションに、無施錠のベランダから
潜入。首をタオルで絞め、両手をそのタオルで
縛った後、自らの○○を舐めさせ、またしても
避妊具を装着せずに○○に及んだ。

さらに三木はC子さん(当時22歳)、
D子さん(当時25歳)、
E子さん(当時23歳)と、
最初の犯行から4ヵ月の間に合計5人もの女性を
レイプした。

犯行後、財布や現金、下着などを盗んでもいる。
三木は、行為中の動画を携帯電話で撮影しており、
一部の被害者には「もし警察に通報したら、
この動画をばらまくぞ」と脅し、口止めしていた

。また、性玩具を使って被害者女性の○○を弄び、
○○にシャワーホースで湯を入れるなどの
凌辱行為も行った。
三木の犯行は常軌を逸しているとしか言いようがない。

その一方で、三木には計画的な一面も見られた。
防犯カメラを避け、犯行後、
濡れたタオルで指紋をふき取る隠蔽工作をしていた。

捜査関係者が語る。
「三木がシャワーホースを使ったのは、
膣内に残った自分の精液を洗い流し、
証拠を隠滅しようとしたからだとも取れる。

また三木は一人暮らしの女性の
ワンルームマンションを事前に探し、
無施錠がちな部屋に目星をつけていた。
犯行当日、その部屋が無施錠であるかを試し、
女性が一人しかいないことを確認した後、
強姦に及んでいることから、犯行は
計画的だったと考えられる」

裁判では、被害者女性たちが捜査員に語った
悲痛な声が公開された。

「電気を暗くすると眠れなくなった。
常に不安を抱えて生活しています」
「出歩くときは周囲を極度に警戒してしまう。
もう誰とも結婚できないし、友人にも言えない。
真っ暗な未来しか描けません」
「私の人生は終わったと思い、いっそ
死んでしまおうかとも考えました」

だが、悲劇はそれだけではなかった。
この後、被害者たちを、さらにどん底に
叩き落とす事実が明らかになる。
警察は、電話で彼女たちにこう告げた。

「逮捕後、三木がHIVに感染していた…

「逮捕後、三木がHIVに感染していることが
判明しました。ただちに病院で検査を受けてください」

その時の被害者女性の恐怖と不安を、
判決文はこう語る。
〈被告人が逮捕された後、犯人がHIVに
感染していたことを知らされ、検査結果を
待つまでの間、ただでさえ強姦被害により
相当な精神的苦痛にさいなまれていた被害者らが、
どれほどの恐怖と不安を感じたか、
その心情は察するに余りある〉

地獄のような恐怖を2度味わわされた
被害者女性たちは、三木に対する苛烈な処罰感情を、
公判で涙ながらに訴えた。
「私や家族の生活を変えた犯人のことを
許すことはできません。
一生刑務所に入れておくような厳罰を望みます」

「犯人は世の中に出てきてほしくないし、
出てきてはいけないと思います。懲役は、
できる限り一番重い期間であってほしい」

検査の結果、被害者女性のなかにHIV感染者は
いなかったが、それは不幸中の幸いと言うほかない。
危険は十分にあった。
「1回の性交でHIVに感染する確率は決して
高くありません。
しかし、膣壁裂傷していたとなると話は深刻です。
血液感染の可能性も出てくるので、感染の危険性は
一気に高くなります」(HIV/AIDS先端医療開発センター)

逮捕後、三木は犯行の動機についてこう
供述している。


「自分がHIVに感染していることを知り、
残りどれくらい生きられるか不安を抱えていた。
エイズウイルスの増殖を抑えるために、
薬を飲み続けなくてはならないことが苦痛だった」だが、
こんな理由で見ず知らずの女性を5人も強姦したのは、
身勝手以外の何物でもない。

妻と別れた直後の犯行

犯行に及ぶまで、三木はどのような人生を送ってきたのか。
三木の出身は茨城県。群馬県高崎市に移住し、
一時期はプロゴルファーを目指していたという。
だが、カネに困り、'00年にゴルフ用品販売店に侵入し、
クラブなどを盗み逮捕されている。

当時の三木について地元住民はこう振り返る。
「おとなしい普通の青年という感じだったので、
窃盗事件を知った時、『えっ、まさかあいつが』と驚いた」

三木の前科はこれだけではなかった。…

三木の前科はこれだけではない。
この時すでに三木は建造物侵入と道交法違反で
2度の逮捕歴があった。
さらにその後、'03年には群馬県でコメの自動販売機を壊し、
中から現金とコメを盗んだとして再び逮捕されている。
三木は前科4犯だったのだ。

家族関係はどうなっていたのか。

神奈川県警の捜査一課長が答える。
「三木には妻がいましたが、離婚しています。
子供はいません。
今回の事件で逮捕されたときは住所不定、無職でした。
妻と別れてからは神奈川県内で車上生活を
送っていたようです」

「実は三木の元妻もHIVに感染していた」と明かす。
「'11年5月に三木が肺炎にかかり入院した際に
HIV感染が発覚し、元妻も検査したところ陽性だったんです。
感染経路は不明ですが、三木側の証人として
法廷に立った元妻は『感染源は夫からだと思う』と主張し、
三木は『いや、妻からだと思っている』と反論していました。

さらに元妻は『元夫の性欲は相当強い。
性的玩具を使うのも好きだった』とも証言していた。
感染判明後も毎晩のようにセックスをしていたようです」
妻と結婚していた時はまだ、三木の性欲が
見も知らぬ女性に無差別に向かうことはなかった。

ところが、金銭トラブルにより、二人は'
12年6月末に離婚してしまう。
そして、妻の家を出た三木は、住む家も失った。
家もない、カネもない、仕事もない。
ある種、狂気の暴発に対する「唯一の抑止力」だった
妻も消えた。

すべてから見放された三木は、やがて失意から
犯罪へと手を染めていく。
三木が「HIVが感染しても構わない」という考えで
強姦に及んだのは、妻と別れてから10日も
経っていない頃だった。

「法廷で、三木は反省の弁を述べていましたが、
心の底から反省しているようには見えませんでした。
裁判長に促されるまで、被害者に謝罪もしなかった。
被害者女性たちは『二度と刑務所から出てほしくない』と
望んだが、求刑30年に対して、判決は懲役23年。
最大限収監されたとしても、72歳で三木は出所します」

強姦などの性犯罪の場合、出所後の再犯率は
約50%と非常に高い。
72歳で出所した時に、三木の異常ともいえる性欲が
消えているという保証はない。

エイズ患者の生活を支援するNPO・ジャンププラス
代表理事の高久陽介氏は、この事件がきっかけで、
エイズ患者に偏見の目が向けられることを危惧する。

「エイズ患者さんの多くは、エイズと向き合い、
闘いながら日常生活を送っています。
こういう男のせいで、エイズ患者全体が危険だと
認識されるのはあまりに悔しい」

身勝手な理由で、無抵抗な女性の人生を破壊する—
三木のような犯罪者が生まれることは、
もう二度とあってはならない。・・・・

Author ::「週刊現代」




歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
人生、絵模様、万華鏡…



『情恋歌』…




昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー

P R

   
カビの生えない・きれいなお風呂

      お風呂物語

入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂

Basu21

2016年7月14日 (木)

歴史・履歴への許可証

歴史・履歴への許可証

昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー


夢はでっかく、根はふかく。
花を支える枝 枝を支える幹 
幹を支える根 根はみえないんだなあ



Kobanasi_3



『 天人女房(てんにんにょうぼう)』 (山口県の民話 )

むかしむかし、あるところに、一人の若い木こりが
住んでいました。
ある日の事、木こりは仕事に出かける途中で、
一匹のチョウがクモの巣にかかって苦しんでいるのを
見つけました。

「おや? これは可哀想に」木こりはクモの巣を払って、
チョウを逃がしてやりました。
それから少し行くと、一匹のキツネが罠(わな)に
かかっていたので、
「おや? これは可哀想に」と、木こりは罠から
キツネを助けてやりました。

またしばらく行くと、今度は一羽のキジが
藤かずらにからまってもがいていました。
「おや? これは可哀想に」木こりはナタで
藤かずらを切り払い、キジを逃がしてやりました。

さて、その日の昼近くです。
木こりが泉へ水をくみに行くと、三人の天女が
水浴びをしていました。
天女の美しさに心奪われた木こりは、
泉のほとりに天女が脱ぎ捨ててある羽衣(はごろも)の
一枚を盗みとって木の間に隠れました。

やがて三人の天女は水から出てきましたが、
そのうちの一人だけは天に舞い上がるための
羽衣が見つかりません。
二人の天女は仕方なく、一人を残して
天に帰って行きました。



Ten

残された天女は、しくしくと泣き出してしまいました。
これを見た木こりは天女の前に出て行って、
天女をなぐさめて家へ連れて帰りました。
そして盗んだ羽衣は、誰にも見つからないように
天井裏へしまい込みました。

そして何年かが過ぎて二人は夫婦になったのですが、
ある日木こりが山から戻ってみると、
天女の姿がありません。
「まさか!」男が天井裏へ登ってみると、
隠していた羽衣も消えています。

「あいつは天に、帰ってしまったのか」
がっかりした男がふと見ると、部屋のまん中に
手紙と豆が二粒置いてありました。
その手紙には、こう書いてありました。

《天の父が、あたしを連れ戻しに来ました。
あたしに会いたいのなら、この豆を庭にまいてください》

木こりがその豆を庭にまいてみると、
豆のつるがぐんぐんのびて、ひと月もすると
天まで届いたのです。
「待っていろ、今行くからな」木こりは天女に会いたくて、
高い高い豆のつるをどんどん登って行きました。

何とか無事に天に着いたのですが、しかし
天は広くて木こりは道に迷ってしまいました。
すると以前助けてやったキジが飛んで来て、
木こりを天女の家に案内してくれたのです。

しかし天女に会う前に、家から父親が出て来て
「娘に会いたいのなら、この一升の金の胡麻(ごま)
を明日までに全部拾ってこい」と、言って、
天から地上へ金の胡麻をばらまいたのです。

天から落とした胡麻を全て拾うなんて、
出来るはずがありません。
とりあえず金の胡麻探しに出かけた木こりが、
どうしたらよいかわからずに困っていると、
以前助けてやったキツネがやって来て、
森中の動物たちに命令して天からばらまいた
金の胡麻を一つ残らず集めてくれたのです。

木こりが持ってきた金の胡麻の数を数えた
天女の父親は、仕方なく三人の娘の天女を
連れてくると、「お前が地上で暮していた娘を選べ。
間違えたら、お前を天から突き落としてやる」と、
言うのです。

ところが三人の顔が全く同じなので、どの娘が
木こりの探している妻かわかりません。
すると、以前助けてやったチョウがひらひらと
飛んで来て、まん中の娘の肩にとまりました。

「わかりました。わたしの妻は、まん中の娘です」
見事に自分の妻を言い当てた木こりは、
妻と一緒に地上へ戻って幸せに
暮らしたということです・・・・

おしまい


「ウサギとカメ」  (イソップ童話より)

むかしむかし、ウサギとカメがかけ比べをしました。
足のはやいウサギが勝つのに決まっているのですが、
油断したウサギはつい昼寝をしてしまって、
カメに負けてしまったのです。
これは日本にも世界にも伝わる、有名な昔話ですが、
これはそれからのお話しです。


Kame



さて、カメに負けたウサギが、しょんぼりと
ウサギ村に帰ると、ウサギ村のみんなは
かんかんに怒って言いました。

「カメに負けるようなウサギは、ウサギじゃない。
お前なんか、出て行け!」
「そ、そんな・・・」
こうしてカメに負けたウサギはウサギ村から
少し離れた山で、しょんぼりと一人ぼっちで
暮らし始めたのです。

それから何日かたったある日の事、
カメに負けたウサギは、小鳥たちが木の上で
こんな話をしているのを聞きました。
「ねえねえ、ウサギ村は、とても大変な事に
なっているそうだよ。
なんでもオオカミに、子ウサギを三匹差し出せと
言われたらしいんだ。

ウサギ村の親ウサギたちは、悲しくて
泣いているそうだよ」 カ
メに負けたウサギはそれを聞くと、
「これは、神さまがくれたチャンスだ!」 と、喜んで、
大急ぎでウサギ村にかけて行きました。
そしてウサギ村のみんなに、大声で言いました。

「みんな! おれがオオカミをやっつけてやるよ。
だからもしうまくいったら、またここでくらしてもいいかい?」
すると、親ウサギたちが言いました。
「本当かい! そうしてくれたら、喜んで仲間に
入れてあげるよ」

「よし、約束だよ」 カメに負けたウサギは張り切って、
オオカミの住んでいる崖(がけ)へ出かけて行きました。
そしてオオカミを見つけると、カメに負けたウサギは
オオカミに頭を下げました。

「やあやあ、オオカミさま。今すぐここへ、
子ウサギ三匹連れて来ますよ。ですが子ウサギは、
オオカミさまのお顔が怖くて近よれないと
泣いて困らせるのです。どうか連れて来るまで、
崖のすみっこで谷の方を向いて待っててくれませんか?」

「そうか、ではそうしてやるから、早く連れて来い」
オオカミは言われた通り崖のすみっこに座ると、
谷の方を向きました。
(よしよし) カメに負けたウサギは、そーっと
オオカミの背中に近づくと、 「えいっ!」 と、
力いっぱいオオカミを突き飛ばしました。

「うわぁー!」 突き落とされたオオカミは
叫び声をあげながら谷底へ落ちていき、
二度と帰っては来ませんでした。

「やったー! オオカミをやっつけたぞ! 
これで村に帰れる!」
カメに負けたウサギは大喜びでウサギ村に帰り、
それからは仲間たちといつまでも楽しく暮しました。

おしまい・・・



信じれば真実、疑えば妄想・・・


『動物の赤ちゃん。。。』





誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ……。



Mituo

 人の為 と書いて、

 いつわり(偽) と

 読むんだねぇ







鬼が餅つきゃ、閻魔が捏ねる、そばで地蔵が食べたがる


時は絶えず流れ、 
  今、微笑む花も、明日には枯れる    

   

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Set1

妄想劇場・番外編

妄想劇場・番外編

信じれば真実、疑えば妄想……


Oiran

 メジャーでは無いけど、
 こんな小説あっても、
 良いかな !!
 アングラ小説です、
 不快感がある方は、
 読むのを中断して下さい。






子を持つも持たぬも人の宿命(さだめ)なり
日に日に努めて行かむ
あなたの人生なんだから好きなように
お行きなさい(生きなさい)




『真実と現実・・・・』

夜8時。新宿のネオン街。
そこには財布の中の蜜を求めて、
華やかに着飾った蝶達が舞い降りる。

「や~、すっかり降ってきちゃったな。」
「もう~、せっかくの巻き毛が台無し!」
「そんな顔すんなよ~。」
「でも大丈夫!ご飯ごちそうしてもらったから、
私はご機嫌だよ。」

政司の差し出す傘の下で、玲緒奈は指で
クルクルと巻き毛を遊ばせながら歩いていた。
「レオちゃんは、そんな派手な格好しなくても
十分可愛いよ。」
政司の言葉に「うふふ。」とうつむき、
そのまま顔を上げずに呟いた。

「ねぇ、知ってる? 
女の人が派手な格好するのは自分が
寂しいからなんだって。
私もいつのまにか、そうなっちゃってるのかな?」
政司は軽く笑って応える。

「何?寂しいの?何言ってんだよ。
俺がいるじゃないか。
なんなら俺と一緒に住むか?
飲み屋のホステスなんか辞めたって
そこそこ養えるぞ。」
玲緒奈はうつむいたまま「ぷっ」っと吹き出して、
政司の腕に絡んだ。

「あっはは!冗談よ! 
でも、ありがとう。私は政ちゃんと
飲んでるだけで楽しいよ。
今日もたくさん飲んでってね。」
そう言って、政司の傘の中から抜け出し、
細長いビルへ入ってエレベーターの
ボタンを押した。

政司も傘を閉じてバサバサ降りながら
後からやってくる。
玲緒奈は「4F」のボタンを押して、
嬉々としながら政司を見上げる。
静電気を帯びたような甘い香りに包まれた
エレベーターは、やがて「4F」のフロアに
光を点した。

ポ~ン♪エレベーターのドアが開いた。
目の前に白いタイルの内装とコバルトブルーの
光が目に入る。

「いらっしゃいませ~。あ!な~に、
レオちゃん同伴?いいわねぇ~。
政司さん、いらっしゃい。ボトルすぐ持ってくからね。」

ママの明美が、口早に二人を促して奥へと案内した。
レオちゃん、2番なんだけどいいかな・・・
芳彦君なんだけど。」
「あっ、はい。」玲緒奈は酔いで上機嫌な
政司の手を軽く握って笑顔を作った。

「ごめんね。ちょっと別のテーブル行ってくるね。」
「おう! 人気者はつらいな。帰っちゃおうかな~。」
「そんな事言わないでよ。すぐに戻ってくるから。」
玲緒奈は明るく騒ぐ政司を尻目に、
足早で芳彦のテーブルへ向かった。

「いらっしゃい。今日も素敵なシャツね。」
携帯をいじっていた芳彦は、目線を上げて
玲緒奈を見る。
優しい眼差しで玲緒奈にニコっと微笑んだ。

玲緒奈は芳彦が好きだった。
政司ほど金払いが良いわけでもなく、
会話のユーモアも持ち合わせていないが
物静かな雰囲気と優しい口調が、
不思議と玲緒奈の心を落ち着かせてくれた。
気取らず飾らず・・・自然体の自分でいられる。
芳彦の横に座っている時間が、
玲緒奈にとって憩いの一時だった。

「じゃあ、そろそろ帰ろうかな。」
芳彦は赤い顔に満面の笑みを浮かべて
残りの酒を飲み干した。
玲緒奈は少し憂いの表情を見せたが、
すぐに笑顔で取り繕う。

芳彦が会計を済ませてる間に、玲緒奈は
エレベーターのボタンを押しに向かう。
途中で横切る大鏡の前で髪型を整え、
小指で唇をなぞってから「よしっ!」と
小声で呟いた。

「今日もありがとね。」
エレベーターの中で、玲緒奈は芳彦の肩に
寄りかかって語りかけた。
「明日も会いたいな・・・」

「・・・・・・。」芳彦は応えない。
毎日通い詰めてくれるのは嬉しい事だが、
芳彦の経済状況を全く知らないわけではないので
答えは「ノー」でも構わない。

ただ、嘘でもいいから「会いに来ようかな」と
軽い冗談を言って欲しい。
こういう場面で、芳彦の生真面目ぶりが
時折もどかしくなる。

黙っていた芳彦がボソっと言った。
「俺・・・来月から仕事で海外に住むんだ・・・。」
「えっ!?」玲緒奈は突然の言葉に息を呑んだ。
「こんなこと、突然言うのもアレなの分かるけど。
俺・・・レオちゃんと離れるの・・・
なんか・・・んだよね・・・」

「えっ!?」最後の言葉が途切れて
聞き取れなかったが、芳彦の言いたそうな事は、
なんとなく理解できた。
エレベーターの中の空気が一気に消えたような
息苦しさに襲われ期待とも不安ともいえる動悸が
玲緒奈の中で鼓動する。

芳彦が意を決したように、両手で玲緒奈の右手を
ギュっと包み込んだ。
そのまま玲緒奈を真っ直ぐ見て
次の言葉を吐こうとする。
「・・・・・レ・・」ポ~ン♪

二人は我に返ってエレベーターの外を振り向いた。
幸い目の前には誰もいなかったが、
ビルの外は相変わらず雨音と人ごみの雑踏で
賑わっていた。
二人は慌ててエレベーターから降り、
ビルの出入口まで無言で歩いた。

芳彦が傘を広げてビルの外に出る。
そのままクルっと玲緒奈の方に振り向いて
ニコっと笑った。
玲緒奈も笑いながら、芳彦の差す傘の
下まで寄ってみる。
「あはは・・・ごめんな。なんかタイミング悪かったな。」

「うふふ。あなたらしいかも。」
芳彦が再び真剣な眼差しで玲緒奈を見つめる。
「一緒に来てくれないか・・・。」「・・・・・・。」
「まだ、日にちはあるし、今答えなくてもいいから・・・
少し考えて欲しいな。」

「うん、ありがとう。」玲緒奈は、少し目に涙を浮かべて
掠れた声で芳彦に答えた。
「でも、ゴメンね。私、まだこの商売やっていきたいし。
それに、今私を養ってくれてる人もいるから・・・。」
「それって、政司さんって人?」
「うん。」

芳彦は驚いた表情で玲緒奈を見たが、
すぐにいつもの優しい表情になって静かに呟いた。
「・・・そっか。それじゃあしょうがないや。
あの人俺の目から見てもスゲーって思えるから。」
「うふふ。そんな事ないよ。あたしから見たら
あなたもスゲー人だよ。」

「あはは・・・こりゃ参ったな。」
芳彦は苦笑いを残したまま、玲緒奈の肩に
ポンっと手を置いた。
「じゃ、また旅立つ前に何度か来るね。」
「うん。」
背中を向けて遠ざかる芳彦を玲緒奈はしばらく
見つめていた。

・・・咄嗟の嘘・・・本心は違う。
「一緒に来てくれないか?」と言われた時は
体が震えた。
もちろん今後の不安も頭を過ったが、
それ以上に、芳彦の気持ちを知る事が
できたのが嬉しかった。

できれば「行きます!」と明るい笑顔で
応えたかった。
・・・でも、ここは新宿。偽りの街に、
真実は似合わない・・・

芳彦の後ろ姿が見えなくなると、玲緒奈は
フゥっと軽い溜め息をついて、目の前を歩いてくる
サラリーマン二人組に声をかけた。
「飲んでいきませんかぁ♪」

おわり 

Author :半ちゃん
https://kakuyomu.jp/users/hannbee_chan


これほど惚れた素振りをしても、ほんとに悟りの悪い人。・・・



紋黄蝶






Tinko_2
人の為(ため)と
書いて
いつわり(偽)と
読むんだねぇ
 




俺とおまえは、玉子の仲よ、俺が白身で黄身を抱く 

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Set1

2016年7月12日 (火)

漢の韓信-(136)

信じれば真実、疑えば妄想……

昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー



こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
  知りつつ、こうして、こうなった



メジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、
良いかな !!
アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい



Kanshin021111


韓信
紀元前二〇〇年代の
中国大陸。
衰退した秦の末期に
生を受けた韓信は、成長し、
やがて漢の大将軍となる。
「国士無双」「背水の陣」
「四面楚歌」
そんな彼を描いた小説。





漢の韓信-(136)


楚を討つにあたって、劉邦は韓信・彭越の両軍を
招集するのに先行し、黥布に淮南の地を制圧させている。
黥布は劉邦の従弟である劉賈りゅうかとともに
楚の南方地域に侵攻し、ついに旧都寿春を陥落させた。
さらには楚の大司馬周殷しゅういんを説き、
これを寝返らせることに成功すると、ともに
北上して城父を陥とし、決戦の地に向かうべく
さらに北上を続けた。

これにより黥布は正式に淮南王を称した。
韓信・彭越・黥布。この三人こそが、楚を倒し、
漢の世を築いた元勲である。
並び賞されることの多い彼らであるが、この中で
武勲随一の者は、やはり韓信であろう。

韓信は他の二人とは違い、長く劉邦の配下として
働いてきた男であり、漢が国家として産声をあげたときから
支え続けた男なのである。
このため韓信は彭越・黥布のほかに、
張良・蕭何と並び賞されることも多い。

その意識はこの時代に生きる者の通念であり、
韓信自身もそれを否定していない。
しかし後世に残された史書の中には、
韓信の増長をうかがわせるような発言の記録はなく、
彼の自意識がどれほどのものだったかを
客観的に推測することは難しい。

ごくわずかな判断材料として、このとき各地から
集結した漢軍を指揮したのが、
やはり韓信だったことが挙げられる。
劉邦は居並ぶ豪傑たちの中から韓信を選び、
韓信も迷わずそれを受けたのであった。
この事実は韓信の実力が自他ともに
認めるものであったことを証明するものだと
言えるのではないか。

臨淄を発ち、決戦場へ向かう道すがら、
韓信は灌嬰をその軍に迎え、行軍を共にした。
「斉王……いよいよ、ですな。いよいよ項王を……」
灌嬰は積年の抗争がついに終結することに
興奮を抑えきれない。

「ああ。いよいよだ。私が淮陰を出てから
何年の日々が経ったことか……。
あっという間のことのように思える。
しかし逆に長い年月だったとも思う。
いずれにせよ、ついに我々の戦いの日々も
終わりを告げる。……そう思うと実に感慨深い」

韓信のこのときの表情は、灌嬰にはひと言で
説明できない。喜んでいるようでもあり、寂しそうでもある。
「私は、自分自身のことがよくわからない……。
もう無用に人命を犠牲にすることがなくなることは、
やはり嬉しい。しかし、一方で私はまだ
戦い足りないのではないかと……。
戦いを指揮することしか能のない男から、
戦いを取りあげたらなにが残る? 
おそらくそれは無であろう」

「斉王には、王として斉国の発展に責任がございます。
この先もやることは多いでしょう。
無であるはずがありません」
「……私などは国政に口を挟まぬ方が良いのだ。
曹参がうまくやってくれる。あの者は寛大で、
人の良いところも悪いところも受け入れる。
そして緩やかに、社会全体を包むように
統治していける男だ。
狭量な私にはその真似ができぬ」

「大王、あなた様には曹参のような能力は
ないとおっしゃるのか?」
灌嬰の見るところ、韓信は常に正しさを
意識している男であった。
それは確かに素晴らしいことである。
しかし、今本人が語ったように、確かに
狭量なところは存在するようであった。

「ない。実は私はこう考えている。
他人には気を許すことができないと。
社会は悪意の塊のようなものであり、
その悪意は過去から脈々と受け継がれてきたものだと。

つまり、ちんぴらから生まれた子はやはり
成長してちんぴらとなり、ちんぴら同士で寄り添う。
そしてやがてちんぴらの子を産むのだ。
世の中からちんぴらをなくすには、
その血脈を絶つしかない。殺すしかないのだ」

灌嬰は絶句し、ひとしきり考えた。
この方は以前からこのような考え方をしていたのだろうか。
あるいは魏蘭の死がきっかけとなり、一時的に
極度の人間不信に陥っているのかもしれぬ。
「極端に過ぎますな」
結局どう答えてよいかわからず、そのひと言だけを返した。

もしかしたらこのひと言が韓信を怒らすのではないかと
灌嬰は内心で恐れたが、意外にも韓信はこれを肯定した。
「そのとおりだな。だから私は王には向かないのだ。
以前にも言ったが、私はこの戦いが終わったのち、
漢王に斉国を献上するつもりだ。誰かに譲ってもいい」

「……また、そのようなことを」
「私は生前の魏蘭とひとつ約束を交わしていた。
戦いが終わったら静かなところで、
誰にも干渉されず、ひっそりと暮らそうと。
残念ながら魏蘭はいなくなってしまったが、
今でも私の思いは変わらない。

私が王であれば、きっと世の中を正したくなる。
理想を掲げて、その実現のために人の命を
軽々しく絶とうとするだろう。
おそらく私は、自分自身を止められないに違いない」

韓信はそう語り、不思議なことに灌嬰は
この言葉に納得したのだった。
私が仕えた韓信という人は、王座にありながら
自身の増長を恐れ、ありのままに
権力を振るうことを嫌った。……
一言でいえば、自制の人だった。
灌嬰はのちに知人に対してそう語ったという。・・・・


つづく

Author :紀之沢直・:野沢直樹
http://kinozawanaosi.com.


愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る


歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…


冬の恋歌




人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ


時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる



P R

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お風呂物語 

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Set1

妄想劇場・特別編

妄想劇場・特別編

信じれば真実、疑えば妄想……


Mituo



昨日という日は
歴史、
今日という日は
プレゼント
明日という日は
ミステリー








誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。



【事件の核心】
知られざる"韓流経営"深層レポート


LINEのすべてを取り仕切る「韓国人幹部」の正体

今や国民的メッセージアプリに育ったLINEが、
いよいよ日米上場という新たなステップに踏み出す。
今年、世界で最大級とされる注目株となったLINEは
「日本発の世界的アプリ」と表現されてきたが、
実は韓国IT業界の巨人がすさまじい日本への
攻勢の果てに生み出した念願の大ヒット作だ。

上場を前に、これまで知られなかったLINEの
韓国企業としての側面を深く追った
『韓流経営LINE』が発売されたのに合わせ、
LINEの一番のキーマンの正体は?。・・・


謎の韓国人男性

2016年4月21日、東京・渋谷にあるオフィスタワーの
ヒカリエの9階には、LINEの社員たちが続々と集まっていた。
LINEの未来像など、大きな戦略を共有する
全社集会に参加するため、社長の出澤剛をはじめとした
経営幹部から新入社員たちまでが、ホールに
ずらりと顔を揃えていた。

そこで、開始時間になり、マイクを握ったのは、
ひょろりとした姿の韓国人男性だった。
「まずは日本市場でLINEが成功させたモデルを、
グローバルに展開し、各国の文化に合わせて
ローカライズしてゆきます」

日本にいれば、LINEというメッセージアプリの
存在感の大きさは、誰もが否定できないだろう。
2011年6月に誕生したこのアプリは、すでに
日本国内では人口の半分以上である6800万人の
月間ユーザーを抱える。

テキストメッセージや可愛いスタンプを使った
コミュニケーションは、女子高生からビジネスマン、
子育てをしているお母さんたちや、地元の商店街で
お店を営んでいる高齢夫婦まで、
老若男女に広く愛されている。

海外に目を向ければ、世界全体で2億1860万人の
月間ユーザーを抱えており、とりわけアジアの4ヵ国
(日本、台湾、タイ、インドネシア)では、
メッセージアプリとして高い市場シェアを誇っている。
「あのフェイスブックも、LINEのサービスを常に
研究しています」

スピーチは30分を過ぎて後半に入り、
喋りのトーンはいよいよ熱を帯びていた。
そこには世界最大のソーシャル・ネットワーキング・サービス
(SNS)である米国のフェイスブックには規模でこそ劣るものの、
新しいサービスの開発では、このLINEは
負けていないという強い自負心が透けて見えた。

それにしても、急成長を遂げてきたLINEの社員たちに
向かって、日本語を巧みに操りながら、
壮大なビジョンを語るこの人物は一体誰なのか。


表に出ることのない「もう一人の経営者」

シン・ジュンホ――。何を隠そう、まるで学者のような雰囲気を
漂わせているこの韓国人男性こそ、約5年前に、
LINEを生み出すことに成功した開発責任者だ。
対外的な肩書きはLINEの海外戦略を担当する
最高グローバル責任者(CGO)であり、
取締役の一人に過ぎない。

過去の新聞報道では幾度となく取り上げられてきた
LINEにあって、不思議なことに、一度も日本の紙面上に
シンの名前は登場していない。
またLINEが最新のサービスを発表する恒例の
大型イベント「LINEカンファレンス」でも、
これまで壇上に立ったことはない。
それゆえに、同じ日本のIT業界で働いていても、
シンの名前を知っている人はそう多くはない。

しかしLINE社内では、彼こそが“LINEの父”のような存在であり、
表に出ることのない「もう一人の経営者」として疑う者はいない。
だからこそLINEの未来を語るのはシンであり、
その舵取りをしているのもシンなのだ。

ホールを埋め尽くす数百人に向かってビジョンを語る
シンの姿は、まるでLINEのサービスを日々開発する
社員たちに向かって指揮棒を振る、
オーケストラのマエストロのようでもあった。

「シンさんが何を言ったか、どのように判断したかが、
LINEとしての最終決定です。だから、
誰もが気にしています」(LINE元幹部社員)

今、LINEは7月15に予定している東京証券取引所への
上場によって、いよいよ日本経済の表舞台に
上がろうとしている。
しかも、その経営における最大のキーマンである
シンの存在を徹底して伏せたままに、だ。

何という奇妙な話なのだろうか。シンのような
経営者だけではない。
LINEには多くの人に知られている「表の物語」と、
まだ世の中には知られていない「もう一つの物語」が、
光と影のように存在するのではないか。

「メイド・イン・ジャパン」幻想

2011年6月に誕生したメッセージアプリのLINEは、
それまでグローバルなサービスを生み出すことが
できなかった日本のインターネット産業が、
世界に向けて発信することができた「メイド・イン・ジャパン」の
成功モデルである。……
今でも、多くの日本人が自然にそのように受け止めている。

だからこそ、韓国ネイバーがLINEの親会社で
あるという点については、あまり語られてこなかった。


シンはなぜ日本に来たか?

ネイバーは1999年に設立されたインターネット企業であり、
検索サービスを中核としている韓国のITを代表する企業だ。
LINEは日本に本社を置く100%子会社であり、
いわば韓国資本の外資系企業である。

そのため、新聞を中心とした日本の大手メディアは、
LINEについては、ほぼ一貫して「日本発の
メッセージアプリ」という言い回しでしか説明してこなかった。
それよりも、国内市場に甘んじたままの“ガラパゴス化”した
日本のIT企業が見習うべきお手本のような存在として、
その成長にエールを送ってきた。

ところが、LINEが世界2億1860万人を超える
巨大サービスに成長するにつれて、
こうした“物語”だけでは、どうにも理解できない
空白の部分も広がっていた。
「日本発アプリ」の裏に隠されたLINEの生命線。
その一番の象徴が、シン・ジュンホなのである。
それでは、シンとは一体何者なのか。


天才技術者、日本に降臨

2006年初夏、韓国のIT業界を揺るがすようなニュースが、
大きな話題を呼んでいた。
世界の検索サービスを牛耳ろうという米グーグルと、
韓国の検索市場を独占してきたネイバーが、
設立からわずか1年ほどしか経っていない韓国の
ベンチャー企業をめぐって、激しい買収合戦の
火花を散らしていたのだ。

そのべンチャーとは、検索エンジンを専門に開発していた
「1noon(チョヌン)」だ。チョヌンとは韓国語で冬に舞い散る
「初雪」のことを指し、洗練された検索技術で、
広くインターネット上のコンテンツを自動的に収集して
データベース化し、独自のアルゴリズムでランク付けする
仕組みに強みを持っていた。

まさに「韓国版のグーグル」といえる存在だった。
そして本家のグーグルのエリック・シュミット会長(当時)
自ら買収攻勢を仕掛けた、
このチョヌンで開発責任者を務めていたのが、
シン・ジュンホその人だったのである。

結局、チョヌンは、ネイバーに買収されるのだが、
その後の2008年、買収劇から2年の時を経て、
シンは日本の地に足を踏み入れることになった。


「先入観を捨てなさい。白紙から始めなさい」
ネイバー創業者のイ・ヘジンは当時、シンにこう指示し、
日本市場の攻略を全権委任したという。


圧倒的な"日韓格差"

シンの専門分野はもともと、人間が使っている言葉を、
データとしてコンピュータに処理させる
自然言語処理という技術だ。
韓国語や英語といった異なる言葉を、
いかに上手に橋渡しをするかというこの分野は、
検索エンジンはもとより、近年はアップルのiPhoneに
搭載されている音声認識アシスタント機能
「Siri」などのサービスにも応用されている。

こうしたIT領域で抜群の技術を持つシンは、
日本に降り立ってから、3年にわたり新たなサービスを
発表し続けたが、なかなか大ヒットは生み出せなかった。
日本のメンバーも含め、「もう、これが最後かもしれない」と
ギリギリに追い詰められた状況でようやく掘り当てたのが、
LINEの大成功だったのだ。

だが、LINEが、爆発的な勢いで日本を席巻していく一方で、
シンの姿は表舞台に全く現れなくなる。
その代わりに、公式発表の場で顔を頻繁に出してきたのは、
前社長の森川亮であり、シンの参謀として知られる
舛田だった。


ストックオプションで見える"日韓格差"

しかし、どれだけ表舞台に彼らが登場し、
LINEにおける日本側の貢献がアピールされても、
シンを頂点とする実際の社内での組織体制は、
1ミリたりとも変わっていない。
それを象徴しているのが、LINEが6月に株式上場のために
公表した有価証券報告書に記載されていた
ストックオプション(新株予約権)の序列だ。

ストックオプションとは、自社の株式を、報酬として
経営陣や社員たちに与えることだ。
働けば働くほど、自社の業績が成長し、
それが株価の上昇につながってゆく。
そうしたプラスのサイクルを生み出すための
報酬システムと言える。

もちろん、会社の業績に対して果たす重要性や
貢献度に比例して、付与されるストックオプションの
株数というのも決まってくる。

次ページに示すのは、ストックオプションの割当株数と、
想定売却益(公募価格の1株2800円、行使価格1320円・
すべて売却の場合)のランキングだ。
これを見ると、いかにシンの存在が圧倒的かが
一目で分かるだろう。

1,026万株で、151億9146万円――。
出澤社長のナント100倍!

LINEがこれまで「ツートップ」と呼んでいた社長の出澤と、
最高戦略マーケティング責任者舛田が享受する恩恵は、
シンのストックオプションの株数と比較して、
その100分の1にも満たないものであった。

このほかにも、シンとともに、日本での成功を願って
訪日したチョヌンの幹部らが、ズラリと上に並んでいる。
また、スタンプに用いられるLINEの公式キャラクターを
発明したカン・ビョンモク氏が、前社長の森川を超える
規模なのも象徴的かもしれない。

開示されたトップ49人のランキングを眺めると、
その75%にあたる37人が韓国側の経営陣や
社員であるという事実がはっきりと読み取れる。

韓国ネイバーの子会社であるという資本関係を考えれば
当然とも言えるが、それでもLINEという会社を
象徴している重要人物リストになっていると言える。

2014年夏から噂され、2016年7月にようやく実現する
LINEの株式公開は、この会社の「韓流経営」そのものを
映し出すクライマックスになるはずだ。・・・・



Author :『現代ビジネス』


こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
知りつつ、こうして、こうなった




『うぐいすだにミュージックホール 』



時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる

   P R

     カビの生えない・きれいなお風呂

      お風呂物語


入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂


Set1

2016年7月10日 (日)

信じれば真実、疑えば妄想

信じれば真実、疑えば妄想


時は絶えず流れ、
 今、微笑む花も、明日には枯れる



Mousou2

人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ
誰にだってあるんだよ、
人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、
人には言えない悲しみが。







陰陽師の世界・陰鬱な闇との戦い
~呪術と怨霊に支配された奇怪な世界を探る~


陰陽道とは、陰陽五行説と言った空間的概念に
天文、時間などの暦が加わった日本古来の
呪術体系である。すなわち、
物事に吉凶が発生するのも、森羅万象と
それらを取り巻く天体の運行や宇宙の動きの
因果関係の中で起こるものと考えられていたのである。

しかも、運気は不変ではなく、時と場所が変われば、
当然、変化する。つまり、吉凶が逆転することだって
あり得るのである。

複雑に日々刻々と変化する気という性質を読み取り、
対応し、降りかかるであろう災難を予知したり、
あるいは、呪文を唱えて災厄を未然に防いだり、
方位などに当てて運勢や方位の吉凶を占うのが
陰陽師の仕事であった。

中でも、式神を操作して悪霊や妖怪変化を
退治することは陰陽師の重要な役割だった。
式神(しきがみ)とは、陰陽師の手助けをする
精霊のようなもので、獣や鳥、ある時は童子の姿となって
陰陽師の手となり足となっていろいろと働く存在である。

陰陽師は、この式神を使って、相手に呪術をかけたり、
あるいは、妖怪変化と戦ったりするのである。しかし、
この式神という存在、使い方が難しく場合によっては
自分に跳ね返って来ることもあった。

宇治拾遺物語にはそういった話がある。
ある時、若く美しい蔵人の少将を妬んだ者がいて
陰陽師に頼んで少将を亡き者にせんとしたことがあった。

晴明は徹夜で呪文を唱えて加持を行い、
少将の命を守ったのである。
結局、晴明の力が勝っていたために、
少将を殺そうとして放った式神が、逆に戻ってきてしまい、
陰陽師を殺してしまうことになった。

これなど、式神が両刃の剣的存在であることを示す
良い例と言えよう。この他、
家相や墓相などと言った地相を占う技術、
すなわち、風水も陰陽師の担当であった。


On



日はすでに沈み、あたりには闇が広がっていた。
屋敷の周囲には、あかあかとかがり火が焚かれていたが、
宮中には陰鬱な空気が漂っていた。
御簾の中には美しい姫君が寝かされていた。
しかし、恐ろしく青ざめたその表情には、はっきりと
死相があらわれていた。

紫色になった唇からは、苦し気な息づかいが漏れている。
それは、彼女の容態が予断を許さぬ事態に陥ったことを
物語っていた。
生死のはざまで彼女のいたいげな命は揺れ動いていた。
死がまさに彼女を捕らえようとする時、
祭壇の前で祈祷を続けていた晴明は、やにわに立ち上がって
闇の一角を睨み付けた。

彼の視線の先には、白いモヤのようなものが次第に
形をとりつつあった。
「リン、ピョウ、トウ、シャ、カイ・・・」大声で呪文を唱えながら
懐から何かを取り出した晴明はそれに向かって投げつけた。
「立ち去れ!悪霊!」
「ぎぇー!」漆黒の闇の中で、姿をあらわした物の怪は、
突如、悲鳴のような恐ろしい断末魔の叫び声を
あたり一面に響かせると霧のように消え失せていった。

呪詛が解かれた瞬間だった。
後は何事もなかったように、かがり火のパチパチと
はぜる音だけが聞こえて来る。
次第に彼女の顔色から赤みが戻っていくのが感じられた・・・

怪異や天変地異、物の怪、怨霊が世を乱すと
思われた平安時代。
人々は神、霊、鬼、精をものと呼んで恐れた。
ものは人に取り憑き、ある時は疫病を流行らせた。
どこからともなく現れ、人々に不幸を持たらす妖怪変化、
それらと戦い、あるいは前兆を読み、
不浄を取り除くことが陰陽道の役割だった。

陰陽道をきわめるには、常人にはなし得ない特殊な能力と
屈強な精神力が要求された。
人々は畏怖の念をもって彼らを陰陽師と呼んだ。

あらゆる吉凶は縁起に支配されていた平安時代

平安時代は、平安という言葉とはうらはらに
闇と迷信が支配した恐ろしい時代だった。
今の価値観では到底計り知ることの出来ぬ感覚が
根づいていた。

遺体の処理にしても現代とは、だいぶ異なるものであった。
人が死ぬとそのまま川に流したり、
一か所に集められて放置されるのである。
もし、疫病が流行ろうものなら、人がバタバタと死に、
たちまちどこもかしこも死体だらけとなる。

何千何万という死体が方々に山積みにされ、
野犬が人間の手足の一部をくわえて、
街中を走り回るという身の毛もよだつ光景が展開される。
鴨川は、遺体を水葬にする場所と変わり、
世界遺産に登録された清水寺は遺体の集積所に
成り果てたのである。

人々の生活も、一日先も読めない不安定きわまる
環境の中にあった。
いつ、干ばつや飢饉が起こって餓死することに
なるかわからなかった。

朝、得体の知れない熱病で床に伏した人間が、
夕刻には冷たい骸と化してしまうのも珍しくなかったのだ。
こうした時代では、人間の運命など、目に見えぬ
超自然的な存在に操られていると考えられるようになるのも
当然だったかもしれない。

やがて、災害や疫病の大流行などは、恨みを残して
死んだ人間の怨霊や悪霊の祟りであり、
わけの分からぬ奇怪な自然現象は、
物の怪など妖怪変化の起こす仕業であると
信じられるようになっていった。

こうして、人々は、闇におびえ、ないはずのものに
恐怖するようになったのである。
貴賎の区別なく、人々はさまざまな魔よけの儀式を
生活に取り入れるようになった。

大きな屋敷では、悪霊や物の怪が入り込み、
人に取り憑くことがないように、
随身(ずいじん、護衛の者)が定期的に
弓の弦をはじいて大声を上げるというまじないが
夜通し繰り返されていたという。
しかし、こうした当時の人々の生活の様子を
嘲笑うことは出来ない。

陰陽五行に支配された貴族の生活

ある平安貴族の一日は、朝起きて、
自分の生まれ年に相当する星の名前
(これを属星、しょくせいという)を小さい声で
7回唱えることから始まった。

しかしその時は決して大声を出してはいけない。
それから鏡を見て時分の顔を確かめる。
呪詛をかけられていないか確かめるためである。
次に、暦を見て本日の吉凶を調べる。
洗面を済ませた後、仏名を唱えて自分の崇拝する
神社を拝むのである。

また、手の爪を切る時は丑の日(土曜日)に行ない、
足の爪は寅の日(木曜日)に切らねばならない。
月の第1日目に沐浴をすれば短命に終わり、
8日に行えば長寿につながる。
庚申(こうしん)と言って日の忌みには寝ずに
徹夜せねばならなかった。

このように、何をするにも吉凶日が決められており、
貴族の生活はさまざまな制約を受けていた。
こうした決まりは、日々の細かな生活から、
年に幾度か行われる行事に至るまで、
すべてに徹底的に浸透していたのである。

運気が悪いというだけで、目的地には
直接行けず、わざわざ遠回りをして
2倍、3倍の時間をかけて行かねばならないし、
遠出自体が出来ない時もある。

あるいは、やりたいことがあっても、その方角では
一切何もすることが出来ない日もあるのだ。
まことにあきれるばかりである。

だが、これが当時の価値観なのだから仕方がない。
もし、これを破って、直接向かったり強引に
立ち入って行えば、何かとんでもないことが起き、
恐ろしい結果を招くことになりかねないのである。

鎌倉時代初期の歌人、藤原定家が、ある日、
西の湯殿(浴室)を修繕していたところ、
何気なく引き抜いた柱を見て、今日が西の方角で
地面を掘る作業の忌み日であることを
思い出したことがあった。

彼は、たちまち青くなって慌てて柱を
元に戻したということである。
誰しも禁忌(きんき)を破ることには恐怖観念が
付きまとっていたのである。

また、カラスが門や屋根にとまったり、調度箱が
ネズミにかじられたりすると、怪異だと言って大騒ぎをし、
不吉な夢を見たと言っては、
物忌札(ものいみふだ)を立てて外部との連絡を断ち
薄暗い部屋の中に籠ったりするのである。

雷が落ちて人が死んだり、害虫が大量に
異常発生したりすると、それはもう大変なことで、
不吉な前ぶれと見なされ、加持祈祷をさせたり、
その原因究明のために
大袈裟に占いの座が設けられるのであった。

このように、貴族の生活はどこに行って何をするにしても、
すべてが不合理な縁起事に影響されていたのである。
こうした不安だらけの日常にあって、これら命を脅かす
悪霊、怨霊、物の怪などから身を守り、
怪異や病気の原因を占い、災いを避けるための
呪術宗教が陰陽道(おんみょうどう)なのであった。

陰陽説とは、

すべての自然現象を
陰と陽から判断するという考えで、
つまり、基本的にすべての物事は陰と陽のどちらかに
区別されてしまうというのである。
例えば、太陽と月、夜と昼、現実と夢と言ったふうに
相反する性質で成り立っているのである。

陰気、陽気という言葉があるが、
それにしても気というものが、消極性である陰や
積極性である陽を帯びたものとして、
変化したものであるという意味で使われるのだ。
これは、人の性格として言い表されれば、
もっとよく分かるのかもしれない。

五行説とは、

この世は木、火、土、金、水(もっかどこんすい)という
5つの物質で成り立っているという説で、
これはどういうことかと言えば、
木はそれ自体擦り合わせることで火を生じる。
火は樹木など燃やし尽くして灰となり、土を生じさせる。
土の中から金属が掘り出される。
金属の表面に水滴が生じて水となる。
水は樹木を育む。ということで、

つまり、5つの物質はその性質を変えながらも、
永久に循環を繰り返すということを意味している。
五行説には、それぞれの物質の対立関係をあらわす
相剋説(そうこくせつ)と互いに生み出す関係をあらわす
相生説(そうしょうせつ)の二つがある。いずれも、
5つの物質により森羅万象が成り立っていることを
示すものである。

八卦とは、

古代中国で考案された易で、
自然界の現象を八つに分類したものとされる。
宇宙の万物生成過程は、太極、両儀、四象、
八卦の四段階があるという。

太極とは陰陽が分かれる前段階で、
これが陰陽に二分された段階が両儀なのである。
この両儀からそれぞれから新しい陰陽が生じて
4つに分かれたものが四象と呼ばれる段階となる。

さらに、この四象から、それぞれ、また新しい陰陽が
生じることによって4番目の段階、
八卦となるとされている。

十二支は、

一年12か月の順序をあらわすとされ、
それぞれが相当する動物で表記されるのは
よく知られているところである。
歳の他、月、日もあらわし、
さらに方向や時刻もあらわす。・・・・

次回・最強の陰陽師、安倍晴明に続く

Author :後藤樹史(不思議館 )
http://www.cosmos.zaq.jp/t_rex/profile.html


愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る
 


世界の珍しい出産と赤ちゃん





昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー

P R

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入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂
816


2016年7月 9日 (土)

チャンネル・掲示板

チャンネル・掲示板

幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない



Mituo



昨日という日は
歴史、
今日という日は
プレゼント
明日という日は
ミステリー








子を持つも持たぬも人の宿命(さだめ)なり
日に日に努めて行かむ
あなたの人生なんだから好きなように
お行きなさい(生きなさい)


チャンネルニュース:【衝撃事件の核心】


バレエ講師の指を切った41歳男は自宅に練習場を作る
熱心な生徒だった 講師の指は手術の末に…。・・・・
バレエに魅せられた41歳の男は、17歳年下の“師”の指を
切断することで恨みを晴らした。

東京・渋谷のバレエスタジオで、講師の女性(24)の
親指をタガネと金づちで切断したとして、
元生徒の男が逮捕された事件。

男は自宅に練習スペースを設けるほど熱心に
バレエに取り組んでいたが、ささいな行き違いから
女性とトラブルになり、スタジオを退会させられていた。
「憎しみが離れなかった。
刑務所に入っても構わないと思った」。
人生を終わらせても構わないほどの思いの源泉は、
どこにあったのか。・・・・・

■「命に支障がない部位選んだ」

「俺がなぜ怒っているか分かるか」
6日午前8時40分ごろ、渋谷区渋谷のバレエスタジオで、
男はそう言って女性に詰め寄った。
女性はレッスンの準備のために1人でスタジオにいた。
男は女性の髪を引っ張って馬乗りになって首を絞め、
失神させた。
さらに、持参したタガネと金づちで親指を
付け根部分から切り落とした。

その後、自ら
「講師の女性の指を金づちとタガネで切断した」と
110番通報。駆けつけた警視庁渋谷署員が、
傷害の現行犯で逮捕した。
男は住居・職業不詳、橋本浩明容疑者(41)。

「(女性が)練習日程を教えてくれなかった。
レッスンの参加を拒否されたりする嫌がらせも受け、
恨みに思ってやった」などと供述している。
親指を傷つけた理由については、
「単にケガを負わせたかったので、
命に支障がないところにしようと思った。

最初は小指にしようと思ったが、タガネが大きく
薬指も落としそうだったので、親指にした」と説明した。
さらに、「最初から刑務所に入っても
構わないと思っていた」とも供述。

今年1月に仕事を辞め、6月には自宅を引き払って
ホテルなどを転々とする生活をしていたいい、
犯行当日に持参していたボストンバッグには
衣類や本などが入っていた。
捜査関係者は、「勾留される準備が整っていた」と話す。

女性は11時間にも及ぶ手術のすえ、
指の接合に成功したが、機能が回復するかは
不透明だという。

■練習日程めぐりトラブル?

橋本容疑者は、2年ほど前から女性から
レッスンを受けていた元生徒だったが、
これまでにもトラブルが続いていた。

現場となったバレエスタジオ「バレゾナンス東京」は、
JR渋谷駅近くのビルにある。
横浜市などにも系列スタジオがあり、
ホームページには《男性未経験者OK》
《生徒と密なスタジオ》などの文字が並ぶ。

捜査関係者によると、橋本容疑者は平成26年11月、
渋谷スタジオに入会した。
週1~2回のペースでレッスンに通い、
当時住んでいた自宅にバレエ用の練習スペースを
設けるほどの熱の入れようだった。
だが、昨年8月にトラブルを起こす。

発表会に向けての練習日程を女性から
知らされなかったとして女性に憤慨。
不満はくすぶり続け、
9月23日には他の生徒がいる前でロッカーを叩いて
女性を威嚇するなど行動がエスカレートした。
教室側は入会時の規約に基づいて、
10月1日に強制退会の通知を送付。
橋本容疑者は直後からスタジオに姿を
見せなくなっていた。

今年1月に橋本容疑者から運営会社宛に
「退会に納得がいかないので、横浜のスタジオで
話し合いたい。
逃げ回ったり卑怯なまねをしたりするな」という
内容のメールが送られてきたため、
会社側は神奈川県警に相談した。ただ、
指定された日時に橋本容疑者は現れなかったという。

それから約5カ月後の6月、橋本容疑者は
事件の凶器となったタガネと金づちをホームセンターで購入。
“準備”を始めていた。

■珍しくない男性のバレエ受講

日本バレエ協会(品川区)によると、
都内には千を超えるバレエスタジオが開講。
かつては女性や子供の習い事のイメージがあったが、
近年は世界的バレエダンサーの熊川哲也氏などの
活躍もあり、男性の受講者が増加しているという。

協会の担当者は「バレエに男性ダンサーは必要不可欠で、
基本的にどこのバレエスタジオも男性に門戸を開いている。
男性がバレエを始めることは決して
珍しいことではない」と話す。

都内でバレエ教室を開く経営者も
「まじめにバレエと向き合っている男性受講者は多い」と
指摘する。だが一方で、
「『女性のレオタード姿を見たい』
『自分のレオタード姿を見てほしい』など、

不純な動機で受講する男性もいる」といい、
「まじめな男性が偏見の目を向けられることもある」と
頭を悩ませている。
他の女性受講者から苦情が入り、
別の教室での受講を勧めることもあるという。

今回の渋谷スタジオでの受講が初めての
バレエ体験だったという橋本容疑者。
「辞めさせられた後はイライラ感が募り、食欲も減退した。
自分でも情緒不安定なのがわかった」と供述するなど、
退会で強いショックを受けたことを伺わせている。

退会後、別のバレエ教室にも通っていたというが
「楽しくなかった。
常に頭の中に女性への憎しみが離れなかった」という。
渋谷スタジオのツイッターには26年12月、
受講者らとの忘年会に参加し、
仲良く写真に収まる橋本容疑者の画像が掲載されていた。

捜査関係者によると、女性との間に恋愛トラブルなどは
確認されていないという。
向上心をくじかれたことが凶行への火種になったのか。
渋谷署は引き続き、詳しい経緯や動機などを
調べる方針だ。・・・・

Author :産経ニュース




添うて苦労は覚悟だけれど、添わぬ先から、この苦労



弁護士局部切断 ボクサーと美人妻の“愛の巣”その後は…?

銃刀法違反などの罪で起訴された元プロボクサーで
元慶大法科大学院生の小番一騎被告(25=写真)の
第2回公判には、一般傍聴席21人に対し、
10倍以上の傍聴希望者が殺到した。


Mituo_2

妻の不倫相手の弁護士を
ボコボコにした揚げ句、
局部を刃渡り6センチの
枝切りバサミで
ぶった切るという恐怖の
事件。




初公判で検察側の冒頭陳述が「詳細すぎる」と
中止されたことで、犯行動機や残忍さよりも、
被害者(42)と広末涼子似の妻(25)の「関係」に
注目が集まった裁判。

冒陳は“予想通り”というのか、2人のアツ~イ情事が
次々と暴露され、法廷内は異様な状態に。
とりわけ、夏に高尾山にアベック登山に出掛け、
山頂でビールを飲んだ後、カラオケに行って妻が
体操服とブルマーに着替えてから……なんて描写は、
昼ドラさながらだった。

局部を切断された弁護士は気の毒だが、
これじゃあ小番被告がブン殴りたくなる気持ちも
理解できなくはない。
“原因”をつくった美人妻は今、事件をどう思っているのか。
小番被告と一緒に暮らしていた東京・中野区の
賃貸アパートを訪ねると、すでにもぬけの殻だった。

美容室を営む大家の老女が、枝切りならぬ、
理容バサミを手にこう漏らした。
「事件以来、一度も帰ってきてないよ。
しばらくして(家財は)親族らしき人が全部運び出した。

まったく……ウチは取材拒否なんだよ」
ちなみに被害弁護士はどうしているのか。
普通に出勤しているとも報じられたが、
事務所に問い合わせると、こちらも女性職員が
「お答えできかねます。(取材は)受けていません」と答えた。
不倫の代償はあまりに大きかった。・・・・


Author :日刊ゲンダイ



歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
人生、絵模様、万華鏡…


落日 清水節子の男唄




時は絶えず流れ、
 今、微笑む花も、明日には枯れる




P R

    
カビの生えない・きれいなお風呂

      
お風呂物語

入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂



妄想劇場一考編

妄想劇場一考編

信じれば真実、疑えば妄想……

時は絶えず流れ、今、微笑む花も、明日には枯れる


Mituo

一目惚れしたのは、
私が先よ、
手を出ししたのは、
あなたが先よ



『現代ビジネス』 冥談の核心

現実に起きていることから、
浮かび上がってくる真実がある。・・・・

子供の頃に『風俗嬢になるのが夢』と作文に書く
女の子はいない。
風俗嬢たちは自覚、無自覚含めて、
そこで働く深い理由がある」と言う。・・・・



Burog1



「女性たちは意に反して性行為を強要、
撮影されて、奴隷のような状況に追い込まれている。
深刻な人権侵害だ」

朝日新聞に掲載された伊藤和子弁護士をはじめとする
NPO法人ヒューマンライツ・ナウの調査結果が
波紋を広げている。

若い女性らがアダルトビデオへの出演を強制され、
拒否すれば多額の損害賠償を請求されるなどの
被害を訴えているという。

被害女性たちには同情するし、
適切な対処を願うばかりだが、
大多数の業者はビジネスとして法令を遵守し、
まっとうな営業活動を行っているのもまた事実である。

近年はテレビ・バラエティでも華々しい活躍を見せる
AV女優は、女性たちの間で「憧れの職業」にもなっている。
実際、AV関係のモデルプロダクションには応募が
殺到しているといい、面接を突破できるのは
若くて容姿端麗で性格に問題がない、
選ばれた一握りの美少女のみという超難関だ。

「奴隷のような状況」で働かされる女性は
それだけの価値がある証拠で、
「SMAP解散騒動」に見られるように、
組織に利益をもたらす売れっ子が辞めたくても
辞められないのは、どの業界にも見られる問題だろう。

女性の供給過多は性風俗でも同じで、
今はもう、性を売れば誰もが稼げる時代ではなくなった。
アダルト求人誌は声高に高収入を煽るが、
その裏には「売りたくても売れない」女性がひしめいている。

とりわけ性サービスに従事する女性にとって
大きな武器といえる「若さ」を失った30代以上の
人妻・熟女は、タレントレベルの美熟女でなければ
売り物にならない、というのが実情である。

50代のベテラン風俗嬢は、加齢とともに30年続けた
風俗仕事に翳りが見えはじめた。
若い頃の月収は50万円ほどもあったが、
もう雇ってくれる風俗店もないという。

現在は「かつての常連客」を相手にセックスを
売って得る月10万円未満の収入で、蒲田の安アパートに
一人暮らしている。

「風俗は楽に稼げるから」と自堕落な生活に甘んじ、
貯金はなく、結婚もしなかった。
終わらない不況が日本を変え、彼女の人生設計を
狂わせた。

「非正規労働が蔓延したことによる収入減に加え、
婚姻率の低下や家族や地域の崩壊が重なり、
今の日本は本当に誰がカラダを売っているか
わからない状態といえる。

(略)風俗嬢になりたい女性が増えたからと、
需要や市場が拡大するわけではなく、
女性が増えれば競争が起こり、誰かが風俗市場から
追いだされることになる」

夫の浮気で離婚したシングルマザーは女手ひとつで
2人の子供を育ててきたが、次第に養育費の支払いが
滞るようになり、あと数万円足りないだけの
生活費のために40代にして初めての
AV出演を決意する。

カメラの前でセックスを披露してわずか数万円の
ギャラを手にし、「もっと出演したいと思った。
長男の進学費用もあるし……」と撮影の
様子を振り返る。

50代の人妻は、住宅ローン返済のために
夫に隠れて鴬谷の熟女デリヘルに勤務する。
1日に付く客はせいぜい1人。1万円に満たない
日給を稼ぐためにカラダを売るのは、
ダブルワークしているパートの収入だけじゃ
とても生きていけないからだ。

「結婚したことも家を買ったことも後悔していないけど、
住宅ローンがなければ風俗していない」と、
淡々と語る。

奨学金の返済のために吉原のソープランドで働く
慶應大学の女子学生。
生活費と長女の進学費用を捻出するため
飛田新地で売春する40代のシングルマザー。
家賃が払えずデリヘルの待機所に住みつく
20代のホームレス女性。
一人暮らしの費用を稼ぐつもりが気づけば
援交業者の下で管理売春を強いられる
19歳の元OL……。

経済的に困窮し、性風俗で働かざるをえない
「普通」の女性が多く登場する。
月5~6万円程度のお金が足りないため、
女性が売春する現代の異常性。

さらに、性風俗市場では、働く女性の増加と
男性客の減少により、需要と供給が崩壊。
価格破壊により本番サービスを提供して
客1人つき2500円しか稼げないなど、
異常なデフレが進行。

女性の最終手段である性を売っても、
生活保護以下の貧困から抜けられない風俗嬢も
大勢存在するという。

普通に働いても普通の生活が送れない、
現実。性産業は女性の最後のセーフティネットとしての
側面が大きかったが、近年は充分に機能していない。
風俗嬢は日本全国に30万人以上いるという。
「カラダを売っても生きられない」としたら、
彼女たちに明るい未来はない。・・・・

Author 谷口京子(清談社)




歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
人生、絵模様、万華鏡…


『女の横顔』…




昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー

P R

   
カビの生えない・きれいなお風呂

      お風呂物語

入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂

Basu21

2016年7月 7日 (木)

歴史・履歴への許可証

歴史・履歴への許可証

昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー


夢はでっかく、根はふかく。
花を支える枝 枝を支える幹 
幹を支える根 根はみえないんだなあ


Kobanasi_3



『小槌(こづち)の柄(え)』 (大分県の民話 )

むかしむかし、大分のある田舎に、
仕事もしないで遊んでばかりいる男がいました。
ある日の事、男が木陰で寝ていると、
働き者のアリがやって来て言いました。
「お前、そうして寝ていても、食べる物は
集まらんじゃろう。早く起きて働け」

すると男は、
「ばか言え、こんなに暑いのに、働くなんて
ごめんじゃ」
男がそう言うと、アリはしばらく考えてから、
こう言いました。
「そんなら、ええことを教えてやろう。


B



この山奥のお宮さんに、大黒さんがいる。
その大黒さんは、振れば何でも欲しい物が出る
打出(うちで)の小槌(こづち)という物を持っておるから、
それを借りて来たらどうじゃ。
そうすれば、働かんで食えるぞ」

「おおっ、振るだけで何でもか!そいつはありがたい」
男は起き上がると、喜んで大黒さんのところへ行きました。
そして、「大黒さん、大黒さん、
打出の小槌とやらをわしに貸してくれんか。
それで食い物を出そうと思うんじゃ」と、頼みました。

すると大黒さんは、
「貸してやってもええが、あいにく小槌の柄が折れとってのう。
その柄は、普通の物では役に立たん。
握るところがくぼんで黒光りするような、
使い込んだクワの柄でなければならんのじゃ」と、
言うのです。

男はそれを聞くと、その日から毎日毎日クワを握って、
「まだ、くぼまんか。まだ、くぼまんか」と、言いながら、
畑仕事を始めたのです。
こうして一年たち、二年たちと、何年も
まじめに働いているうちに、食べ物がだんだんと
家にたまってきたのです。

ある日の事、大黒さんが山からおりて来て、
「くぼんで黒光りする柄は、まだ出来んのか? 
出来たらすぐに、打ち出の小槌を貸してやるぞ」と、
言いました。

すると男は、「ああ、大黒さん。
柄はまだ出来んが、まじめに働いたおかげで
家にはこんなに食べ物がたまった。
それに、働くのが楽しくなった。
だからもう、小槌はいらんようになった」と、
言いました。

するとそれを聞いた大黒さんは、にっこり笑って、
「そうか。それは、めでたい。
どうやらお前の心に、立派な打ち出の小槌が
出来たようだな。これからもまじめにクワを振れば、
欲しい物は何でも出てくるようになるぞ」と、言って、
山に帰って行ったそうです。・・・・

おしまい


孝行もち屋 (日本の昔話)

むかしむかし、きっちょむさんと言う、
とてもゆかいな人がいました。
さて、そのきっちょむさんが、ぶらぶらと一人旅に
出かけた時のことです。

ある町に来てみると、どこかのでっちらしい一人の小僧が、
橋のたもとにたたずんで、しくしく泣いているのです。
子ども好きなきっちょむさんは、すぐに駆け寄ると
声をかけました。

「おいおい、どうして泣いているんだ?」
急に声をかけられて小僧はびっくりしましたが、
きっちょむさんのやさしそうな顔を見ると
安心したのか、涙をふくと事情を話しました。


Moti



「わたしは、すぐそこの、もち屋の小僧で、
重松(しげまつ)というものです。
実は昨日、五郎兵衛(ごろべえ)さんというお金持ちの
ご隠居さんから、お祝いに使うからと、
もちを五十枚用意するようにと頼まれたのですが、
先ほど、出来上がった五十枚のもちを持って
届けに行ったところ、どう数え間違えたのか、
もちは四十九枚しかないのです。
するとご隠居さんが、火の様に怒り出して」

「なるほど。それで、何と言って怒ったんだい?」
「はい、『祝いのもちに、よりにもよって四十九とはなんだ! 
四十九は、始終苦(しじゅうく)と言って、
このうえもない縁起の悪い数だ!』と」
「それは、もっともな言い分だな」

「はい。そこでわたしは、すぐ店に戻って、残りの一枚を
持ってくるといってあやまりましたが、ご隠居さんは、
どうしても聞き入れてくれません。
そして、『こんな縁起の悪いもちは、
早く持って帰れ!』と、もちをみんな突き返されてしました。

しかし、このまま店にもちを持って帰れば、主人から
このもちを、わたしに買い取れと言うに違いありません。
でも、わたしの家は、母一人で貧しい暮らしをしているから、
そんなお金はありません」

少年の足元を見ると、なるほど、てんびん棒と、
もちを入れた箱が積み重ねてあります。
きっちょむさんは、気の毒そうに少年と
もち箱を見比べると、何か良い方法は無いかと
考えました。

「四十九は始終苦で、縁起が悪い数だが、
それを縁起のいい数にするには・・・。そうだ!」
そして名案を思いついて、にこにこしながら
小僧に言いました。

「重松さん、わしがお前と一緒に行って、
そのもちをご隠居さんにおさめてやろう」
「しかし、あのご隠居さんは、頑固な人だから、
一度言い出したら誰が行ってもだめですよ」
「なに、わしにまかせるがいい。それに、
うちの村の庄屋さんもそうだが、そう言う頑固な人を
やり込めるのが、また楽しいんだ」

こうしてきっちょむさんと重松は、五郎兵衛隠居の
家にやってきました。
ところが隠居は、重松の顔を見たとたん、
「しょうこりもなく、またやって来たのか! 
縁起が悪い、帰れ帰れ」と、どなりつけました。

すると後ろにいたきっちょむさんが、ニコニコ顔で
前に進み出ました。
「ご隠居さん、おめでとうございます!」
「はあ? きさまは、誰だ?」
「はい、わたしは重松の兄で、ただいま、
もち屋に手伝いにまいっている者でございます」

「それが、何をしに来た」
「実は、もちは五十枚とのご注文でしたが、
お祝いという事なので、わざわざ一枚少なく持って
あがらせたのでございます」

「何を言う! 四十九は、始終苦(しじゅうく)と言って、
この上もない縁起の悪い数だ。商売人のくせに、
そんな事もわからぬのか!」

「いいえ、ご隠居さん。世の中に四十九という数ほど、
縁起の良いものはありませんよ」
「なぜじゃ!?」
「だって七七、四十九といって、四十九は、
七福神が七組も集まった数ではありませんか」

きっちょむさんがこう言うと、ご隠居さんは、
しばらく考えていましたが、やがてなるほどと思ったのか、
いっぺんに機嫌を直して言いました。

「うーむ、七福神が七組か。確かにこれは縁起がよい! 
気に入ったぞ! よし、早くもち代を払ってやろう。
それに、お前たちにも祝い物をあげよう。
さあ、何なりと望め!」

「それはありがとうございます。ではわたしどもも
縁起が良いように、大黒さまのしきものにいたしますから、
たわらのお米をいただきとうございます」
「よしよし、ではお米を一俵あげよう」

ご隠居さんは、さっそく下男に言いつけて、
お米を一俵、持って来させました。
すると、きっちょむさんは、ご隠居さんに頭を下げて、
こう言いました。

「ご隠居さん、ありがとうございます。でもこれでは、
大黒さまのかたひざ分しかありませんよ。
どの絵を見ても、大黒さまは、二俵並べて、
座っておられます」

「あっ、なるほど。しかしお前、ただのもち屋ではないなあ」
ご隠居さんは、きっちょむさんのとんちに感心しながら、
また一俵を持って来させました。
こうして無事にもちをご隠居さんに収めたどころか、
お米を二俵も手に入れたきっちょむさんは、
深々と頭を下げてお礼を言う重松に、

「それはそうと、おれはまだ旅の途中だから、
こんな重たい物はいらないよ。
では、がんばりなよ」と、二俵とも重松にやり、
また旅を続けたという事です。・・・・

おしまい・・・



信じれば真実、疑えば妄想・・・

『声帯が潰れて、声が出ないはずの猫が、
突然鳴き出した!。。。』






誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ……。



Mituo

 人の為 と書いて、

 いつわり(偽) と

 読むんだねぇ







鬼が餅つきゃ、閻魔が捏ねる、そばで地蔵が食べたがる


時は絶えず流れ、 
  今、微笑む花も、明日には枯れる    

   

    P R

 
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Set1

2016年7月 6日 (水)

妄想劇場・番外編

妄想劇場・番外編

信じれば真実、疑えば妄想……


Oiran_3

 18歳未満禁止の内容が

 含まれています

 18歳未満の方は

 ご遠慮下さい。





子を持つも持たぬも人の宿命(さだめ)なり
日に日に努めて行かむ
あなたの人生なんだから好きなように
お行きなさい(生きなさい) こ


メジャーでは無いけど、
こんな小説あっても、良いかな !!
アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい。


『棒ちゃん・・・・』
障がいのある棒ちゃんの物語

棒ちゃんはお母さんから生まれてくるときに
仮死状態で生まれてきました。
お医者さんがいっぱいいっぱい頑張って
棒ちゃんの止まっていた心臓が動き始めました。
少し日にちがたったとき、お医者さんが
お母さんに言いました。

「棒ちゃんに障がいがあるかもしれない」
お母さんはそれを聞いて言いました
「この子が生きているだけで私は幸せです。
障がいなんて関係ありません」

お母さんの目はとても優しく棒ちゃんを
見つめていました。
棒ちゃんはお母さんにとても愛されて少しずつ
大きくなりました。
周りの子達より物覚えが悪くても、言葉が
上手く話せなくても お母さんにとっては棒ちゃんは
何よりも大切な宝物でした。

棒ちゃんは養護学校へ入り、お友達がたくさん
出来ました。
少ししか話せなかった言葉も先生に教えてもらって
ゆっくりと話せるようになりました。

「お母さん、お母さん」「なあに、なあに」
お母さんは棒ちゃんがお母さんと言ってくれるのが
とても嬉しくてたまりませんでした。
お歌も学校で覚えました。
たくさんたくさん歌えるようになって、
お家でもお母さんにたくさんのお歌を歌ってくれました。

体はあまり強くなくて学校を休むこともたびたびでしたが、
棒ちゃんは学校が大好きでした。
学校を卒業する頃には棒ちゃんはたくさんのお友達、
先生、お歌、色んな物を覚えました。
学校を卒業してから、棒ちゃんは家にいることが
多くなりました。

お外にはたくさんの病気があるから 病気にかかると
棒ちゃんは大変だから お母さんはそう言うと
棒ちゃんは「えー」と駄々をこねました。
「お母さんは棒ちゃんの事が大切だから、
長く生きて欲しいから、ごめんね、ごめんね」

お母さんは怖いと思っていました。
もし、棒ちゃんが病気になって死んでしまったら。
もう会えなくなったら。
その事を考えるだけで胸が苦しくなりました。

「お友達に会いたいよ。先生に会いたいよ」
その棒ちゃんの言葉にお母さんは
「ごめんね、ごめんね」としか答えられませんでした。

ある時、ふと棒ちゃんの食欲がない事に
お母さんは気がつきました。
「どうしたの?」
お母さんが聞くと棒ちゃんは「お腹痛いの」と
言いました。

心配になったお母さんは棒ちゃんを病院へ
連れて行きました。
「余命三ヶ月です」
お医者さんの言葉にお母さんは驚きました。
隣に座っている棒ちゃんは「なーにー?」と
言っていました。

棒ちゃんの体には悪い菌がたくさん増えてしまって
もう手術をしても治らないとお医者さんに
言われました。
お母さんは泣きました。
棒ちゃんは「どうしたの、どうしたの」と
お母さんに問いかけます。

「ごめんね、ごめんね」 お母さんからは
その言葉しか出てきませんでした。
棒ちゃんの余命の事を学校時代の先生に伝えると
先生はクリスマス会をしましょうと提案してくれました。
棒ちゃんの友達や先生、全員集めて楽しく
クリスマス会が行われました。

でも、棒ちゃんはそのクリスマス会には
出れませんでした。
ご飯がどうしても食べられなくて、病院に
入院することになってしまったからです。
クリスマス会が終わってから友達と先生が
病院へ来て、棒ちゃんにプレゼントを渡しました。

クリスマス会で作ったみんなで描いた棒ちゃんが
そこにいました。
大きな大きなケーキも持ってきてくれました。
小さく一口だけ食べると棒ちゃんは
「おいしいね、おいしいね」と言いました。

これが棒ちゃんが過ごした最後のクリスマスと
なりました。
棒ちゃんは幸せだったと思います。
大好きなお母さんの胸で静かに眠りに
ついたのだから。
最後のクリスマスに みんなにあんなに
祝福されたのだから

元気ですか棒ちゃん
できればもう一回君のお歌が聴きたかったです
できればもう一回 僕の手を握って
名前を言って貰いたかったです・・・・

Author : 島和樹
http://syosetu.net/pc/



これほど惚れた素振りをしても、ほんとに悟りの悪い人。・・・



大好きだよおばあちゃん


保育園の頃から私はいつも父方のおばあちゃんと
一緒にいた…

私の親は共働き。いつも保育園の頃から
私に何があっても親は父方のおばあちゃんに
私の事を頼んだ。
おばあちゃんはそれでも必ず迎えに来てくれた。
これは小学1年から小学5年までの私と
おばあちゃんとの話です。

私が小学1年生、家から学校まで遠くて帰りは
学校から近いおばあちゃん家に帰る事になっていた。
おばあちゃんは必ず家にいて
『おかえり』 と笑顔で出迎えてくれた。

小学生になって初めての夏休み。
親は仕事だったから夏休みの半分はおばあちゃん家に
泊まった。
おばあちゃん家でプール遊び・科学実験(笑)・
ベランダで食べた昼食、私にとっては楽しかった。

だけど私が小学2年になる前、小学校に通ってくる子供達を
いくつかの地区に別れてさせて市内にある
8個の小学校に行く事になった。
小学校の児童数が多くなったからである。

私も別の小学校に行く事になった。でもその小学校までは
遠くて、私の家は引っ越す事になった。
引っ越した先は同じ市内でも端っこだった。
おばあちゃんも手伝いに来てくれた。
そして私は新しい小学校でコミニティという放課後、
小学3年までの児童を預かる所に入る事になった。

それでもやっぱり夏休みはおばあちゃん家に
行くのが楽しみだった。
そして小学4年、コミニティを卒業した私は
誰もいない自分の家に帰る事になった。
最初は寂しかった。
『おかえり』 と笑顔でいう家族もいない家にいるのが……。

そして運命の小学4年のお正月、おばあちゃんが
風邪で倒れた。
私はすぐに病院に向かった。
でもおばあちゃんは案外薬のおかげで元気だった。
そして退院。

でも小学5年になる前の春休みの時、また
おばあちゃんは入院した。
原因は『肺炎』これはおばあちゃんが亡くなった後に
聞いた事です。
まだ病名を知らない私は毎日病院に通った。
面会時間ギリギリまで病院にいた。
病院の看護婦さん達も最後の方になると
私の事を覚えてくれた。

4月の初旬、面会時間ギリギリになって帰ろうとする私を
おばあちゃんが止めた
『行かないで』 って言いながら悲しい顔をして
私の腕を掴んだ。

私は次の日学校があった。だから
『ごめんね、明日学校なんだ。また明日来るよ』 と言い
掴んでいた手を離した。
本当は凄くその場に居たかった、あとになって
本当に後悔した。

そしてその数日後、おばあちゃんに『1日外泊』が決まった。
私は喜んだ。そして家族皆で祝った。
だけどおばあちゃんが帰ってきて3日たった後、
おばあちゃんは亡くなった。

おばあちゃんが亡くなったのは夜の11時30分。
その数分前まで私は起きてた。
だけどおかさんに 『早く寝なさい』 と怒られて寝た。
そして次の日、私がリビングに行くと喪服を着た
おかさんと母方のおばあちゃんがいた。
そして知らされた

『まほ、おばあちゃん死んじゃった…』
その一言で私は泣きながら自分の部屋に逃げ込んだ。
部屋でも大声で泣いた。
そしておかさんが部屋に来て
『まほ、学校どうする?』
私は 『行かないっ!
遠足だって行かないっ!!』 と言った。

(おばあちゃんが亡くなった2日後に
遠足があるはずだったが当日は雨で延期になって
私も抜け殻状態で行った)

そしておかさんが出て行ったあと、
母方のおばあちゃんが部屋に来て
『まほ、人は必ず死ぬんだよ、
(父方の)おばあちゃんも病気で早く
なっただけなんだよ』 と私に言った。
そして私も抜け殻状態のまま、喪服を着て
父方のおばあちゃん家に行った。・・・・

Author : 眞帆
http://syosetu.net/pc/




・・ひとり暮らし

 

Tinko_2

人の為(ため)と
書いて
いつわり(偽)と
読むんだねぇ
 




俺とおまえは、玉子の仲よ、俺が白身で黄身を抱く 


P R

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Set1


2016年7月 5日 (火)

漢の韓信-(135)

信じれば真実、疑えば妄想……

昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー



こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
  知りつつ、こうして、こうなった



メジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、
良いかな !!
アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい



Kanshin021111


韓信
紀元前二〇〇年代の
中国大陸。
衰退した秦の末期に
生を受けた韓信は、成長し、
やがて漢の大将軍となる。
「国士無双」「背水の陣」
「四面楚歌」
そんな彼を描いた小説。






漢の韓信-(135)


文書の末尾には印が押されていた。
印が押されてある以上、この文書が
私的な手紙などではなく、公式な命令書であることを
意味している。しかし、この時代の命令書とは
要点だけを端的に記しているものが多く、
韓信も曹参もこのような、くどくどと長い文章を
綴ったものは、見るのが初めてであった。

「……どう思う?」
韓信の問いに曹参は率直に答えた。
「あなた様の功績に対して賞賛していながら、
それにいちいち注釈をつけていますな。
漢王があなたを信頼するかどうかは、
次の戦いの結果にかかっている……

今に至るまであなたは功績を重ね続けてきたが、
漢王はそれに満足しているわけではない……
そういうことでしょう」
「そうだろうな……しかし」韓信は手で地面の砂を
一握りすくいあげ、それをひとしきりもみ砕いたと思うと、
勢いよく放った。

いらつく心を落ち着かせようとする素振りであった。
「私は、都合よく振り回されているだけのように思える。
今さら斉国の領有を認められてもな……
失った者が帰ってくるわけではない。
斉の地をもらったところで、そこに蘭が
待っているわけではないのだ」

曹参は、言葉を失った。
蘭の死に関して、韓信がその気持ちを吐露したのは、
これが初めてであったことに気付いたのである。
「……お察しいたします」そのひと言しか
返しようがなかった。

「うむ。しかし、本当に私の気持ちを
察してもらいたい相手は、君ではなく漢王だ。
私は、あの方に忠誠を誓ったことで……
蘭や酈生を失い……カムジンを殺さねばならなかった。
しかも私はもとより……斉王になりたくて
戦ってきたわけではないのだ。

戦いに勝つことは確かに自分の虚栄心を満たす。
しかしそれが欲しくて戦ってきたわけでもない。
私はただ……戦いに勝つことで他人から
嘲りを受けないことを望んだ。
しかし、結果はこうして漢王に軽んじられる存在と
成り下がっている」

「…………」「出会った頃の漢王は、
私が寒がっていると服を着せ、
暑いときには汗を拭いてくれたりもしてくれた。
腹をすかしていると見れば、食事を用意し、
道で出会ったときには車に乗せてくれた。

しかし、あの方は……お変わりになり、
そのような気持ちを示すことをしなくなった」
「領地を保証していらっしゃいます……
それは、汗を拭いたり、服を着せたりすることよりも
はるかに大きな恩賞でございましょう」

「それはそうだが、しかし漢にこの地をもたらしたのは、
漢王の力によってではない。
酈生と……はばかりながら、私の力だ。
いや、私と酈生はそもそも漢王の命によって
行動したのだから、その功が漢王に
帰せられるべきだということはわかっている。

だが、そうとわかっていても言わずにはいられないのだ」
臣下も韓信のような地位になってくると、
結果だけが重視される。
功績は功績のみ評価され、それに伴う苦労や、
失った犠牲などは無視される。

大樹は自分の周辺に子孫を残すべく種を飛ばすが、
種が成長して自分と並ぶような高さに
育つことを期待しているわけではない。
自らの作る影が日の光を遮り、子孫の成長を
阻害することを知っているからだ。

このため成長半ばで枯れ朽ちる子孫は、
親である大樹の養分となって短い一生を終えるのである。
人々は大樹の咲かせる美しい花や、美味なる
実にのみ感銘を受ける。しかし、
その裏に犠牲が伴っていることに気付く者は少ない。

このとき曹参が受けた劉邦と韓信の関係の
印象がそれであった。
韓信自身は自分の功績のために犠牲となった者を思い、
自責の念に駆られながら日々を過ごしているが、
その功績があまりに偉大で美しいものであるため、
他者はなぜ韓信が自分を責めるのか
理解できないのである。
そして、このときの他者とは漢王である劉邦を
指すのであり、大樹である彼は小さな、
そのようなことに気付かないのであった。

「……では、このたびは命令書に従わず、
遠征しないということにいたしましょうか」
曹参はそう言って韓信の返答を待った。
しかし、韓信はなにも言わない。
「もし、それがまずいということであれば、
王ご自身は今回臨淄に残り、兵は私が
引き連れていくことも可能です」

「……いや、それはよくない。
命令を与えられたのは私であって、
君ではないからだ。
仮に私が君に任務を代行させたとしたら、
私は忠誠心を疑われるばかりか、
項王との戦いを前に逃げ出した男として、
嘲りを受ける。

君の気持ちはありがたいが、ここはやはり
私自身が行かねばならないだろう」
漢王ははたしてこのような韓信の性格を見込んで
命令を発したのだろうか。曹参の見る限り、
韓信はそれほど劉邦を尊敬しているわけではない。
よって忠誠心も口で言うほど、あるわけではなかった。

ただ韓信にあるのはどんな無理な命令も実現させる
能力であり、本人もそれを自負しているのである。
命令に対して「できません」と返答することは、
自身の能力を否定することであり、劉邦にしてみれば、
韓信のそのような性格を理解していれば、
どんな命令でも押し付けることが可能なのである。

しかし、このことは逆に韓信を信用していることの
証でもある。
かつて韓信は項羽の配下にいたが、項羽が
韓信を信用して任務を与えることがなかったため、
彼は漢に転属した。
彼が漢に不満を持ったからとして、再び楚に
帰属するとは考えられず、
残された道は自立するばかりである。

かといって放っておいては、やはり信用を
形にあらわすことができない。
劉邦の立場としては韓信を信じて命令を出すことだけが、
自分が上位に立つための手法であるのだった。
なぜなら、軍事的能力において、韓信は
劉邦を上回るからである。

韓信に忠誠を誓わせるには、軍事によってではなく
上位者の威厳ある態度を示す方が効果的なのである。
斉王は、野心の少ないお方であるから助かっているが……。
斉王の自制により、漢は命脈を保っているといっても
過言ではあるまい。

しかし、天下に項王が存在しているうちはまだいい。
項王亡き後、漢王は斉王になにを命令するのか。
そのとき漢王はどうやって斉王の上に
立とうとすることができるのか……。

曹参は将来劉邦、韓信双方に
不幸が訪れることを思い、頭を悩ました。
しかし、彼にはどうすることもできない。
このようなとき、魏蘭が生きていれば……
少なくとも韓信をうまくなだめ、
激発を抑えることは可能なはずであった。

漢王と斉王の争いが起きれば、私は立場上
漢王の側につかねばならぬ。
斉王と袂を分かつのは心苦しいばかりだ……。
いや、そんなことは言っていられない。
斉王の力をもってすれば、漢王はおろか
私自身も滅ぼされるに違いない。
どうか……なにも起きてくれるな。・・・・


つづく

Author :紀之沢直・:野沢直樹
http://kinozawanaosi.com.


愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る


歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
人のせいにしない、恨まない、人生、絵模様、万華鏡…


新宿慕情



人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ


時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる



P R

カビの生えない・きれいなお風呂

お風呂物語 

入れてもらえば気持ちは良いが、
    どこか気兼ねなもらい風呂

Set1

2016年7月 4日 (月)

妄想劇場・特別編

妄想劇場・特別編

信じれば真実、疑えば妄想……


Mituo



昨日という日は
歴史、
今日という日は
プレゼント
明日という日は
ミステリー








誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。



【事件の核心】

大手ファミレス〝異物混入〟訴訟の意外な決着

Photo


ファミリーレストランで客の男性が注文した
ハンバーグから「歯が出てきた」。
歯は男性の人工歯だったが、
「石のような硬い異物をかんで
人工歯が外れた」と訴えを提起した結果は…


大手食品メーカーの即席焼きそばに虫が入り込み、
生産ラインが一時全面停止に追い込まれたことは、
まだ記憶に新しい。
近年ますます強まっている日本人の
安全・安心志向〟もあり、食品への異物混入は、
作る側には致命傷になりかねない。

メーカーだけでなく外食産業もそれは同じ。
だが、細心の注意を払っているはずの
大手ファミレスチェーンで、トラブルは起きた。
「ハンバーグから歯が出てきた!」。
客の男性はそう訴え、ファミレス側に損害賠償を求めて
大阪地裁に提訴した。

実はこの歯、男性自身のインプラント(人工歯)。
ハンバーグに石のような硬い物が混じっていて、
それでかつて治療した人工歯が取れた、という主張だった。
一方のファミレス側は混入を否定。
全面対決となった訴訟の行方は・・・・。

警察官「歯のようなものが、ハンバーグに入る
可能性はありますか」
マネジャー「ハンバーグを作る際に5ミリ以下の
牛の軟骨が入ることはあります」
こんなやりとりの後、店側が治療費を支払い、
異物が何だったかを解明することを条件に、
いったんは話し合いがまとまった。
警察官も店を引き上げた。

このとき、マネジャーは証拠保全のため、
「歯のようなもの」を洗わずにそのまま保管し、
男性が吐き出したものと、食べ残しの
ハンバーグも冷凍保存した。

「これは何だ」

まずは裁判所が認定した事実をもとに、
トラブルの経緯をたどってみる。
日曜のランチタイムのこと。大阪府内の
大手ファミリーレストランの店舗で、注文した
ハンバーグとライスを食べていた男性が
「ハンバーグから歯が出てきた。
責任者を呼んでほしい」と訴えた。

マネジャーが駆けつけると、男性は
自分が吐きだした「歯のようなもの」と、
血のついた紙ナプキンを見せ、こう迫った。
「これは何だ、歯じゃないのか」

話は少々ややこしい。この時点では、
男性は自分の人工歯が取れたとは
思っていなかったようだ。
ハンバーグ内に他人の歯のような異物が
混入していたというクレームだった。
男性の怒りは収まらず、「警察を呼ぶ」と告げたため、
マネジャーが代わりに通報し、
まもなく警察官も店に臨場した。

異物の正体は

「歯のようなもの」は一体何なのか。
同じ日の夕刻、マネジャーは男性とともに、
近くのA歯科を訪れた。
「食べた物を口に入れたとき、硬いものが
当たったんです」
そう説明する男性の口腔内をチェックし、
A歯科は次のような診断結果を示した。

(1)男性の左下のインプラントが外れている
(2)左上の歯肉が傷ついている
(3)全体的に歯周病
インプラント治療とは、自分の歯(天然歯)の代わりに
人工の歯根をあごの骨に埋め込み、
その上に人工歯を装着してかみ合わせを
回復すること。

男性は過去にインプラント手術を受け、
左下の2本の歯を人工歯にしていた。
A歯科の診察では、男性の口の中から、
外れた人工歯は見つからなかった。
つまり、男性がファミレスでの食事中に吐きだした
「歯のようなもの」は、自身の人工歯である
可能性が高いと判明した。

マネジャーはこれを受けて、恐れていた
ハンバーグへの異物混入はなかったと判断。
男性に対しては補償が難しいことを示唆した。

一方の男性は、かつてインプラント手術を受けた
かかりつけのB歯科を翌日と翌々日にわたり受診。
改めて人工歯が2本とも外れていることが確認された。

さらに店のマネジャーが保存していた
「歯のようなもの」をB歯科に持ち込んで洗浄すると、
それはピタリと男性の口にはまった。
ここに来て、男性が「歯のような異物」と
認識していたものが、自身の人工歯だったことが
明らかになる。

異物混入〝原因〟は不明

それでも、男性は納得できなかったようだ。
異物がないのであれば、なぜ人工歯が
2本も外れたのか。
かた焼きのせんべいを食べていたわけでもない。
男性は保健所にも通報した。

「ファミレスでハンバーグを食べたところ、
固い異物をかんで歯が欠けた。
異物は奥歯のようだった。自分のではない」
騒動から3日後、保健所はファミレス店舗で
立ち入り検査を行った。
職員は調理場のほか、冷凍保存されていた
食べ残しのハンバーグ、付け合わせ、
ライスも調査した。

男性は保健所に対し、外れてしまった自分の
人工歯の表面に「白くて硬い、小さい異物」が
数個付着していたと説明していた。
それが異物の残渣だという主張だった。

だが、ファミレスの調理器具や設備を調べてみても、
白くて硬い物質に該当しそうなものは
見当たらなかった。
ハンバーグ自体は、工場で成形され、
店舗で加熱調理されていた。
男性が食べたのと同じ日だけで181食
提供されたが、同様の苦情はなかった。
結局、保健所は「異物混入の経路と発生原因の
特定には至らなかった」との判定を下す。
要するに、原因は不明・・・・。

なぜ人工歯は抜けたのか

しかし、男性はあきらめ切れない。
ハンバーグに入った「石のような異物」のせいで
人工歯が外れて出血したとして、ファミレスに
再装着費用など130万円の賠償を求めて提訴した。

対するファミレス側は異物混入を真っ向から否定。
そのうえで「ハンバーグという柔らかい食べ物を
食べたからといって、インプラントに無理な外力が
加わったとは考えられず、ハンバーグが原因で
インプラントが外れたとはいえない」と反論した。

迎えた今年6月の判決。大阪地裁は保健所の
調査結果を踏まえ、
異物混入は認められないとして男性の
請求を棄却した。

では、なぜ人工歯が抜けたのか。

インプラント治療を行う多くの歯科のホームページには
「人工歯が抜け落ちる原因としてはインプラント周囲炎
(歯周病)が考えられる」と書かれている。

判決もこの原因を示唆した。
最初のA歯科の診断にあった
「全体的な歯周病」に言及し、
人工歯が外れたからといって
異物が原因とはいえないと指摘した。

男性は判決を不服として控訴した。・・・・

Author :産経ニュース(菅野真沙美)


こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
知りつつ、こうして、こうなった



冬美の 『また婚期過ぎていく』



時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる

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入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂


Set1

2016年7月 3日 (日)

信じれば真実、疑えば妄想

信じれば真実、疑えば妄想


時は絶えず流れ、
 今、微笑む花も、明日には枯れる


Mousou2

人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ
誰にだってあるんだよ、
人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、
人には言えない悲しみが。







グール 現象~次元を越えてよみがえる超感覚~


・・・なぜだかわからないが、この場所に来ると
いつもすごく憂鬱な気分になってしまう。 
あるいは、得体の知れぬ不安を感じてしまう・・・。
こういう経験をしたことはないだろうか?

それは人によって感じ方もばらばらであるだろうし、
感じる場所や時間帯そのものにもばらつきが
あるかもしれない・・・。
人によってはある風景のある場所がそうだったり、
またある人にとっては、夕暮れ時のある場所が
そうだったりする・・・。
人によっては目眩をおこし、貧血で倒れたり
けいれんをおこし、ひどくなると失神したりする
場合もある。・・・・

では一体何が原因でそうさせるのだろうか? 
それは、つまりその場所が磁気テープのように
過去の感覚を記録しているというのである。
そして、彼は、この現象を「グール」と名付けた。
彼は過去にその場所で起きたに違いない事件を、
その場所の一部が水を触媒にして磁気テープのように
記録していて、たまたまその場を通りがかった人間に
同じような感覚を呼び起こすと結論づけたのである。

その人間に感じる力が強ければ強いほど
その感覚もリアルに再現されるというのである。
これをテーマとするものでは、
「シックスセンス」という映画があり印象深い。
霊感力の強い少年が、恐怖を乗り越えて
霊との交わりをしていくというストーリーだった・・・・。 


Gur


感じる力というものは、心霊用語として霊感力で
よく知られるところである。
あなたにも身に覚えがないだろうか?  
いつまでも売れ残っている高級マンションの一室、
不自然に安すぎる家賃、
いつまでも取り壊されずに残っている建物・・・・
きっとそれらは何らかの忌わしい事件が
その場所で過去に起きたに違いないのである。

恐らく、先の住人がその物件を買ってはみたものの、
わけのわからぬ不吉な事が次々と起ったために
手放されたり、放置されたりして置き去りに
なってしまったのである。

そうして、霊感力の強い人が、そうした物件を購入したり、
移り住んだりした時に、その場所でその昔生じた
不吉な感覚(マイナスのパワー)を感知するのである。
それは人によって感じ方が異なり、
ある人は幻聴を、ある人は幻覚を、
あるいはなんともいやな不吉で憂鬱なわけのわからぬ
気分を味合うのだという。

心霊用語でいう地縛霊は、過去でその場所において
人間または動物が、なんらかの事件に遭遇して
無念の最後を迎えた所であるケースが多いようだ。
その時の人間の残していった情念の質が
強烈であればあるほど大きなマイナスのエネルギーとして、
その空間に蓄積され取り残されたというのである。

地縛霊はなにも人間だけのものではない。
ちっぽけな小動物の場合だってありうる。
そして、地縛霊はマイナスもしくはプラスのパワーの形で
記録されているわけだが、霊といっても、
意志などなく物理的パワーとして温存されていると言える。

ホラー映画などで出てくる亡霊の類いでは決してないが、
そのエネルギーが未知なる存在だけに
我々はいたずらに恐怖を感じるのかもしれない。 ・・・・



奇跡を呼ぶ人体の謎

Jiyan


世界には奇跡や予言にまつわる話が多い。
血の涙を流すというマリアの像、
何もしていないのに手足にイエスと同じ傷跡が起こる
聖痕など科学では到底、証明できぬ不可解な
現象も後をつきない。

人間の体は未知なる一つの宇宙だと言った
ギリシアの哲学者さえいる。
つまり人間の体は無限のパワーの伝導体でも
あるというのである。
はかり知れない未知の力が、ちっぽけな人体から
沸き起こるのもそのためだというのであろうか。

事実、ポルターガイストが思春期の子供のいる家庭で
頻繁に起きることはよく知られていることだ。
別名、騒霊とも呼ばれるこの現象は、
秩序だったものがあるわけでもなく、
家中の家具類などをやたら引っ掻き回すことが多い。
1トンもある石が軽々と宙を飛んで移動したり、
出現したりすることもあるらしい。

恐らく、思春期の子供の秘める何かが媒体となって
未知のとてつもない力を呼び込んでいるのだとしか
思えない。
また人間の体には思いもよらぬ未知の超感覚が
秘められていると言われる。
霊能力を持つ人間は、過去に起きた忌わしい幻影や
感覚と同調することが可能だと言われている。

それが亡霊や祟りと呼ばれて、私たちが恐れる
現象となっているのは誰もが知るところである。
そうであるなら、逆に喜びや至福に満ちたパワーと同調し、
それを引き出せる能力だって秘められているはずだ。
これがなされた時、奇跡や予言が起こり、
人々の心に信仰心を芽生えさせ宗教が
生まれるのではないかと思う。

こうした出来事がどれほど世界の歴史に影響し、
史実を大きく変えて来たことだろう。
実際、中世の時代では、神の啓示を受けた
ジャンヌ・ダルクが崩壊直前のフランスを救ったというのは
まぎれもない事実なのである。

だが、そのジャンヌにしても、あれほど神の啓示を受けて
民衆を勝利に導いてきたにもかかわらず、
当の本人は悲劇的な死からは逃れることは
出来なかったのだ。
ベルナデットのケースを見るようで
なんとも皮肉な話ではある。・・・・

Author :後藤樹史(不思議館 )
http://www.cosmos.zaq.jp/t_rex/profile.html


愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る


『 いまだ科学で説明できない10の自然現象』

 




昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー

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入れてもらえば気持ちは良いが、
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816

2016年7月 2日 (土)

チャンネル・掲示板

チャンネル・掲示板

幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない



Mituo



昨日という日は
歴史、
今日という日は
プレゼント
明日という日は
ミステリー








子を持つも持たぬも人の宿命(さだめ)なり
日に日に努めて行かむ
あなたの人生なんだから好きなように
お行きなさい(生きなさい)


チャンネルニュース:薬物逮捕・高知東生

元俳優の高知東生容疑者が
覚せい剤・大麻所持容疑で逮捕されたが、
逮捕時は女性と一緒におり、
「一緒にいた女性と使おうと思った」などと
供述していると報道が出た。

結果として「薬物」「不倫」という2つのワードが
飛び出すこととなってしまった。
これにより、「妻である高島礼子の父を
介護する」という理由での引退の「美談」にも
当然ながら影が差すこととなってしまった。 

多くの人が高知の引退時の理由に
感動していただけに、そのショックは大きい。
「介護で引退なのに女とクスリで不倫て」
「うさんくさい美談とは思っていた」など
様々な意見が。

生活を支えているのが高島だけに
「妻の金で不倫とは......」と呆れ返る声もある。 
また、逮捕時に高知が「覚せい剤」
「大麻」と2つを所持していた点も話題となっている。

2つの薬物を同時に所有していたことで
「常習性」を疑うコメントも後を絶たない。
「あの『引退』が義父の介護を目的としたもので
あることは本当でしょうが、その一方、

薬物がからんだものだとすると1年以上前から
使用していたことになります。
大麻と覚せい剤を同時に持つというのは
常習者に多いという話もありますので......」
今回の高知の逮捕により、妻である高島礼子の
イメージにも大きな影響が出ることは
避けられないだろう。

現在でもCM出演などをこなしているが、ある程度の減少は
避けられそうにない。
「押尾学が逮捕された際も、当時妻だった矢田亜希子の
イメージは失墜してしまいました。
今回も同じ状況になる可能性は非常に高い。

芸能界の薬物依存のイメージは強まるばかりの中ですから、
スポンサーやテレビ局もそういったタレントを
使う動きはしないはず。
高島としては気の毒ではありますが......」
女優業で生活を支えていた高島にとっては余りに
ショックな、そして今後も尾を引きそうな
夫の逮捕である。・・・・

高島礼子は本当に知らなかったのか?。

「義父介護の実態」と「逮捕された場所」 
元俳優で会社経営の高知東生容疑者が
覚せい剤取締法と大麻取締法違反(所持)の疑いで
逮捕された事件の衝撃度はかなり大きく、
大手メディアを中心にマスコミがこぞって報じている。

世間でクローズアップされているのは、
高知が昨年俳優を引退する際の理由であった
「義父の介護」である。

多忙な高島に代わり、自身が介護の面倒を見ることで
負担を減らそうというものであり、
その中でストレスを溜め込み、クスリに手を出してしまったと
いうのが一番分かりやすいストーリーではあるが……。

実際のところ、高知が本当に「介護」をしていたかは
疑わしい部分も多いと指摘する声もある。
今年3月、妻の高島礼子が舞台の発表に出席し、
高知の近況を聞かれた際には「実家でヘルパーさんが
やってくれていて、主人は難しい書類仕事を
率先してやってくれています」と発言している。

もちろんそれも重要な仕事ではあるのだろうが、
実際の「介護の現場」で働く姿とは
異なっているようにも思える。

さらに、自身が経営するエステサロンも、
最近ではテレビで取り上げられるなど好調であり、
実際のところ単なる高島の「ヒモ」とも言い切れない
部分がある。

無論、経営者という責任ある立場で、
介護をする時間があるのかにも疑問が残る。
いずれにせよ、高島のこれまでの「美談」には
キナ臭い部分が否めず、「引退の理由」について
憶測が出るのも当然だ。

妻の高島もまた、所属事務所を通じファクスで
「驚いて困惑している状況です」と、
自身にとっても寝耳に水であったことを語った。
多忙ですれ違いが多いという考え方もできるが、
一方で「本当に何も知らないのか」という疑問も
湧いているようだ。

覚せい剤の常用者は体臭や顔色など
見た目にもまだ分かりやすいと言われる中、
夫の異変に気づけなかったのかどうなのか……。
不倫、薬物と2つの大きなタブーを
侵してしまった高知。
結果として、妻の足を引っ張る形となってしまった。・・・・

Author :ギャンブルジャーナル
週刊現代



添うて苦労は覚悟だけれど、添わぬ先から、この苦労


Mituo_2

 
「沖縄の貧困」
 中学生が売春に走る
 沖縄の貧困の現実







中学生も働く、未成年専門の「抜き屋」


「近くに18歳以下の子供ばかりの抜き屋がありますよ。
場所教えましょうか?」
白看板のピンサロから歩いて2分ほど、
セクシー系の店舗が営業する同じようなビルがあった。
空テナントのような白い看板の店が、
その未成年専門店のようだった。

はやっているのか、キャッチと男性客の出入りは多い。
「あそこは未成年専門の抜き屋、当然、本番もさせている。
未成年の中には、中学生もたくさんいますよ。
沖縄では18歳以下の子供を雇用するのは、
本当に簡単なの。
口コミですぐに広がって、沖縄中から働きたいって
女の子が集まる。

違法店はそもそも地下に潜っているから、
子供を雇用するかしないかは経営者の判断。
未成年だからって値段が高いわけじゃない、
うちと同じ40分1万円だよ。
逆に女の子を安くたたいている。
リスクある営業ってことで店側の立場が強いわけ」
未成年ばかりの本番ピンサロは、沖縄以外には
基本的に存在しない。

2000年代半ば以降、全国的に摘発されているからだ。
事実上の治外法権となっている松山でも
未成年だけは即摘発のリスクがあり、
極めて危険な営業だ。
ここ数年はヒエラルキー下位の職種である
違法ピンサロに未成年が集まっているという。

中学生の娘を売る母親も珍しくない

貧困と格差が蔓延する沖縄の現実は、
とんでもないことになっていた。
本土で生活するわれわれには信じられない
話だった。
「10日くらい前、うちで働く母親が娘を連れてきましたよ。
中学2年だったかな。“娘がおカネを返さない、
働いて返してもらう”って言っていた。
もうメチャクチャですよ。
未成年を雇うのは簡単だけど、うちはできるだけ
長く営業したいから手を出しません」
沖縄は産業と雇用の多くを米軍基地やその周辺の
サービス業、観光業などに頼ってきた。
民間投資が多くはないため、圧倒的におカネが足りない。
いびつな状況は、すぐに繁華街の現実に表れる。
違法店舗を摘発しても、経済的に困る女の子たちは
別の場所に流れるだけだ。
大人の女性はもちろんだが、特に子供たちには、
売春してほしくない。それを止める手段は、
今の沖縄のどこにあるのだろうか。・・・・・

なぜ中学生がピンサロで働くのか

「シングルやネグレクト家庭が多いから、
一部の子供たちはどうしても中学生で自立を迫られる。
中学生は普通のアルバイトはできないので、
どうしても夜に流れる。
10年くらい前まではキャバクラがそういう未成年の
働く場所になっていたけど、
条例(青少年保護育成条例)が厳しくなって、
ちゃんと看板を掲げるキャバクラは未成年を
雇用しなくなった。

だから違法ピンサロに、どんどん流れるわけ。
結局、中学生を雇うところは少ないから集中する。
賃金を安くしてもほかに移る店がないし、
辞めないから買いたたく」
早くに自立を迫られる貧困世帯の未成年たちは、
ピンサロや援デリ(売春組織)、個人売春などをして、
なんとか収入を得る。
16歳を超えれば飲食店やコンビニなどの仕事がある。
未成年の中でも、特に貧困家庭の中学生が
経済的に困っているという。

「キャバクラが昔みたいに未成年を囲えば、
売春する未成年は減りますよ。
子供はカラダ売るより、キャバクラのほうがまだいい。
いろいろな人との会話、接客することが
勉強になるわけだし。一度、中学生を雇用しちゃうと、
県全体から集まる。
一人が働くとその友達に口コミで広がるから
読谷の子が多い年もあれば、コザや宜野湾が多かったり、
バラバラ。
未成年は松山だけじゃなくて、仕事ができる
場所と店に集まる」・・・・

Author :中村 淳彦 :




歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
人生、絵模様、万華鏡…


池袋の夜




時は絶えず流れ、
 今、微笑む花も、明日には枯れる




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2016年7月 1日 (金)

妄想劇場一考編

妄想劇場一考編

信じれば真実、疑えば妄想……

時は絶えず流れ、今、微笑む花も、明日には枯れる


Mituo

一目惚れしたのは、
私が先よ、
手を出ししたのは、
あなたが先よ




冥談の核心

 「個人」にクローズアップして、そこから
浮かび上がってくる真実がある。・・・・
現実に起きていることから
目をそむけてはならない。・・・・



Burog_2



女性の貧困が社会問題となっている。
震災で職を失いAV女優になった66歳の現実

日本の底辺でいま何が起きているのか
現在は「風俗嬢」の過半数以上が
熟女と呼ばれる女性
カラダを売る女性の多くは妻であり、母親である

1990年代までは風俗やAV業界で働けば
「高収入」が得られたが、
2000年頃から人妻・熟女風俗嬢が急増し、
数万円の生活費を稼ぐために普通の主婦が
カラダを売っているのが現実だ。

4畳半の木造アパートで一人暮らし

練馬区のある私鉄駅前。年齢66歳、
元ピンサロ嬢、現在超熟AV女優の香川夕湖さんと
待ち合わせた。
近年、風俗嬢やAV女優に高齢女性は多い。
視聴者の高齢化と若者の草食化、性の細分化で
裸の世界で働く女性に実質年齢制限が
なくなったためだ。
風俗の世界では55歳を超える女性は「超熟女」と
呼ばれている。

「どうも、こんにちは。夕湖です」
夕湖さんは年齢通りの老女だった。
水商売の老齢ママといった雰囲気だ。
何度も洗濯し、ゴムが伸びるシャツを着ている。
駅から徒歩5分のアパートに一人暮らし、
家族はいない。

「このアパートは外国人と生活保護受給者ばかりですよ。
1Kに4人家族で暮らす外国人もいますよ」
夕湖さんは、そう言う。
古びた玄関の扉を開けると、4畳半程度のおかしな形をした
狭い部屋があった。
部屋が四角くない。よく眺めると、
建物が建つ土地が台形だった。
一番手前の最も狭い101号室が自宅だった。少し傾いている。
まるで、うさぎの小屋のようだと思った。

平成25年厚生労働省は、65歳以上の女性
一人暮らし世帯の貧困率は44.6%と半数近くに
達したことを発表している。
台形のおかしな形の老朽した部屋で暮らす
夕湖さんは、明らかな貧困層だった。

家賃は? 食事は?

「家賃は4万8000円、狭いですよ。
貧乏だけど、なんとか生活はできますよ。
夜は電球を点けないでテレビを観るし。
暑いときは窓を全開にしてエアコン切っているし。
食生活も大丈夫です。

お金が入れば、まず5キロ1500円の格安米を買います。
5キロあれば1カ月半から2カ月はもつ。
おかずはもやしとか安いじゃないですか、20円とか。
もやしを買って肉とか魚はあまり食べないから、
なんとかなりますよ」

自宅でくつろいでいるからか、夕湖さんは饒舌だった。
夕湖さんはTシャツ姿、左手首と左腕に
リストカット痕があった。
「ああ、これね。死のうとして切ったの。
血がたくさん出るだけで全然死ねなかった。
それでAV女優になったの」
タングステンの電球が一つしかない部屋に、
夕湖さんの低い声が不気味に響く。

震災の煽りでホテルの仕事を失った

昭和24年生まれ、団塊の世代。
高齢女性が「死ねなかったのでAV女優になった」とは
凄惨な話だが、その言葉を当たり前のように言う。
「15年前に離婚して、50歳のときに一人で
東京に来たんですよ。
前は仙台に住んでいて、元旦那と3人の子供は
仙台に置いてきた。

東京に来てからはこの部屋に住んでいます。
ずっと目黒のホテルでベッドメイクの仕事をしていたの。
おかしくなったのは、東北の震災から。
そのホテルは外人がメインのお客さんだったけど、
突然旅行客がホテルに来なくなった。
それでベッドメイクを解雇になった。

私、その後に仕事を一生懸命探した。毎日、毎日探した。
でも、どんなホテルに応募しても、
何度ハローワークに行っても、福島の被災者が
優先みたいなことを言われて断られてばかり。
年齢的にも60歳過ぎて厳しくて、本当に仕事が
全然見つからなかった」
ベッドメイクの仕事は時給1000円だった。
朝9時半~15時まで、月給は10万円ほど。

家族から逃げて東京で暮らしてからは月給10万円、
年収120万円程度の質素な生活をした。
2011年に東日本大震災が起こり、突然の解雇。
最低限の暮らしもできなくなった。
「クビになったのは、震災から1カ月後くらい。
2011年4月ですね。それからいくら探しても
仕事は見つからなくて、クビになって半年くらいで
お金が完全になくなった。

仕事探すのにも面接に行くのにも電車賃が
かかるじゃないですか。
頑張って毎日、毎日仕事を探したけど、
最終的には電車賃もなくなった」
通帳の残高が底をつき、所持金は数枚の
10円玉だけになった。

部屋に閉じこもって、何日間か飲まず食わず、
じっとしながら、これからどうやって
生きればいいのか考えた。なにも浮かばなかった。
飢えをともなう貧困である。
高収入求人誌を必死に眺めると
「AV女優、セクシーモデル」という募集広告があった。
年齢は「18歳~70歳迄」と書いてある。

10円玉を握り締めて公衆電話へ

「10円玉があったから公衆電話から電話したんです。
女の人が出て、私『62歳です。62歳です』って言って、
すぐに面接に行った。
お金がなかったからプロダクションのある
新宿まで歩いて、
女性のマネジャーさんに事情を話したら
1万円を貸してくれました。
あのときは本当に助かりました。
それで採用してくれて、AV女優になった。

裸になるのが恥ずかしいとか、そういうのは
なにもなかったです。
捨てるものとか、なにもないですし、
元旦那とは絶縁状態だし。とにかく貯金がなくなって、
焦って、お金が欲しかった。
70歳までOKと書いてあって、仕事があったって。
もしかしたらできるかも、お金になるかもと思って。
あのときは、ただただよかった」・・・

つづく

Author : 中村 淳彦(:ノンフィクションライター)



『おんな道』…




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