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2016年7月10日 (日)

信じれば真実、疑えば妄想

信じれば真実、疑えば妄想


時は絶えず流れ、
 今、微笑む花も、明日には枯れる



Mousou2

人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ
誰にだってあるんだよ、
人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、
人には言えない悲しみが。







陰陽師の世界・陰鬱な闇との戦い
~呪術と怨霊に支配された奇怪な世界を探る~


陰陽道とは、陰陽五行説と言った空間的概念に
天文、時間などの暦が加わった日本古来の
呪術体系である。すなわち、
物事に吉凶が発生するのも、森羅万象と
それらを取り巻く天体の運行や宇宙の動きの
因果関係の中で起こるものと考えられていたのである。

しかも、運気は不変ではなく、時と場所が変われば、
当然、変化する。つまり、吉凶が逆転することだって
あり得るのである。

複雑に日々刻々と変化する気という性質を読み取り、
対応し、降りかかるであろう災難を予知したり、
あるいは、呪文を唱えて災厄を未然に防いだり、
方位などに当てて運勢や方位の吉凶を占うのが
陰陽師の仕事であった。

中でも、式神を操作して悪霊や妖怪変化を
退治することは陰陽師の重要な役割だった。
式神(しきがみ)とは、陰陽師の手助けをする
精霊のようなもので、獣や鳥、ある時は童子の姿となって
陰陽師の手となり足となっていろいろと働く存在である。

陰陽師は、この式神を使って、相手に呪術をかけたり、
あるいは、妖怪変化と戦ったりするのである。しかし、
この式神という存在、使い方が難しく場合によっては
自分に跳ね返って来ることもあった。

宇治拾遺物語にはそういった話がある。
ある時、若く美しい蔵人の少将を妬んだ者がいて
陰陽師に頼んで少将を亡き者にせんとしたことがあった。

晴明は徹夜で呪文を唱えて加持を行い、
少将の命を守ったのである。
結局、晴明の力が勝っていたために、
少将を殺そうとして放った式神が、逆に戻ってきてしまい、
陰陽師を殺してしまうことになった。

これなど、式神が両刃の剣的存在であることを示す
良い例と言えよう。この他、
家相や墓相などと言った地相を占う技術、
すなわち、風水も陰陽師の担当であった。


On



日はすでに沈み、あたりには闇が広がっていた。
屋敷の周囲には、あかあかとかがり火が焚かれていたが、
宮中には陰鬱な空気が漂っていた。
御簾の中には美しい姫君が寝かされていた。
しかし、恐ろしく青ざめたその表情には、はっきりと
死相があらわれていた。

紫色になった唇からは、苦し気な息づかいが漏れている。
それは、彼女の容態が予断を許さぬ事態に陥ったことを
物語っていた。
生死のはざまで彼女のいたいげな命は揺れ動いていた。
死がまさに彼女を捕らえようとする時、
祭壇の前で祈祷を続けていた晴明は、やにわに立ち上がって
闇の一角を睨み付けた。

彼の視線の先には、白いモヤのようなものが次第に
形をとりつつあった。
「リン、ピョウ、トウ、シャ、カイ・・・」大声で呪文を唱えながら
懐から何かを取り出した晴明はそれに向かって投げつけた。
「立ち去れ!悪霊!」
「ぎぇー!」漆黒の闇の中で、姿をあらわした物の怪は、
突如、悲鳴のような恐ろしい断末魔の叫び声を
あたり一面に響かせると霧のように消え失せていった。

呪詛が解かれた瞬間だった。
後は何事もなかったように、かがり火のパチパチと
はぜる音だけが聞こえて来る。
次第に彼女の顔色から赤みが戻っていくのが感じられた・・・

怪異や天変地異、物の怪、怨霊が世を乱すと
思われた平安時代。
人々は神、霊、鬼、精をものと呼んで恐れた。
ものは人に取り憑き、ある時は疫病を流行らせた。
どこからともなく現れ、人々に不幸を持たらす妖怪変化、
それらと戦い、あるいは前兆を読み、
不浄を取り除くことが陰陽道の役割だった。

陰陽道をきわめるには、常人にはなし得ない特殊な能力と
屈強な精神力が要求された。
人々は畏怖の念をもって彼らを陰陽師と呼んだ。

あらゆる吉凶は縁起に支配されていた平安時代

平安時代は、平安という言葉とはうらはらに
闇と迷信が支配した恐ろしい時代だった。
今の価値観では到底計り知ることの出来ぬ感覚が
根づいていた。

遺体の処理にしても現代とは、だいぶ異なるものであった。
人が死ぬとそのまま川に流したり、
一か所に集められて放置されるのである。
もし、疫病が流行ろうものなら、人がバタバタと死に、
たちまちどこもかしこも死体だらけとなる。

何千何万という死体が方々に山積みにされ、
野犬が人間の手足の一部をくわえて、
街中を走り回るという身の毛もよだつ光景が展開される。
鴨川は、遺体を水葬にする場所と変わり、
世界遺産に登録された清水寺は遺体の集積所に
成り果てたのである。

人々の生活も、一日先も読めない不安定きわまる
環境の中にあった。
いつ、干ばつや飢饉が起こって餓死することに
なるかわからなかった。

朝、得体の知れない熱病で床に伏した人間が、
夕刻には冷たい骸と化してしまうのも珍しくなかったのだ。
こうした時代では、人間の運命など、目に見えぬ
超自然的な存在に操られていると考えられるようになるのも
当然だったかもしれない。

やがて、災害や疫病の大流行などは、恨みを残して
死んだ人間の怨霊や悪霊の祟りであり、
わけの分からぬ奇怪な自然現象は、
物の怪など妖怪変化の起こす仕業であると
信じられるようになっていった。

こうして、人々は、闇におびえ、ないはずのものに
恐怖するようになったのである。
貴賎の区別なく、人々はさまざまな魔よけの儀式を
生活に取り入れるようになった。

大きな屋敷では、悪霊や物の怪が入り込み、
人に取り憑くことがないように、
随身(ずいじん、護衛の者)が定期的に
弓の弦をはじいて大声を上げるというまじないが
夜通し繰り返されていたという。
しかし、こうした当時の人々の生活の様子を
嘲笑うことは出来ない。

陰陽五行に支配された貴族の生活

ある平安貴族の一日は、朝起きて、
自分の生まれ年に相当する星の名前
(これを属星、しょくせいという)を小さい声で
7回唱えることから始まった。

しかしその時は決して大声を出してはいけない。
それから鏡を見て時分の顔を確かめる。
呪詛をかけられていないか確かめるためである。
次に、暦を見て本日の吉凶を調べる。
洗面を済ませた後、仏名を唱えて自分の崇拝する
神社を拝むのである。

また、手の爪を切る時は丑の日(土曜日)に行ない、
足の爪は寅の日(木曜日)に切らねばならない。
月の第1日目に沐浴をすれば短命に終わり、
8日に行えば長寿につながる。
庚申(こうしん)と言って日の忌みには寝ずに
徹夜せねばならなかった。

このように、何をするにも吉凶日が決められており、
貴族の生活はさまざまな制約を受けていた。
こうした決まりは、日々の細かな生活から、
年に幾度か行われる行事に至るまで、
すべてに徹底的に浸透していたのである。

運気が悪いというだけで、目的地には
直接行けず、わざわざ遠回りをして
2倍、3倍の時間をかけて行かねばならないし、
遠出自体が出来ない時もある。

あるいは、やりたいことがあっても、その方角では
一切何もすることが出来ない日もあるのだ。
まことにあきれるばかりである。

だが、これが当時の価値観なのだから仕方がない。
もし、これを破って、直接向かったり強引に
立ち入って行えば、何かとんでもないことが起き、
恐ろしい結果を招くことになりかねないのである。

鎌倉時代初期の歌人、藤原定家が、ある日、
西の湯殿(浴室)を修繕していたところ、
何気なく引き抜いた柱を見て、今日が西の方角で
地面を掘る作業の忌み日であることを
思い出したことがあった。

彼は、たちまち青くなって慌てて柱を
元に戻したということである。
誰しも禁忌(きんき)を破ることには恐怖観念が
付きまとっていたのである。

また、カラスが門や屋根にとまったり、調度箱が
ネズミにかじられたりすると、怪異だと言って大騒ぎをし、
不吉な夢を見たと言っては、
物忌札(ものいみふだ)を立てて外部との連絡を断ち
薄暗い部屋の中に籠ったりするのである。

雷が落ちて人が死んだり、害虫が大量に
異常発生したりすると、それはもう大変なことで、
不吉な前ぶれと見なされ、加持祈祷をさせたり、
その原因究明のために
大袈裟に占いの座が設けられるのであった。

このように、貴族の生活はどこに行って何をするにしても、
すべてが不合理な縁起事に影響されていたのである。
こうした不安だらけの日常にあって、これら命を脅かす
悪霊、怨霊、物の怪などから身を守り、
怪異や病気の原因を占い、災いを避けるための
呪術宗教が陰陽道(おんみょうどう)なのであった。

陰陽説とは、

すべての自然現象を
陰と陽から判断するという考えで、
つまり、基本的にすべての物事は陰と陽のどちらかに
区別されてしまうというのである。
例えば、太陽と月、夜と昼、現実と夢と言ったふうに
相反する性質で成り立っているのである。

陰気、陽気という言葉があるが、
それにしても気というものが、消極性である陰や
積極性である陽を帯びたものとして、
変化したものであるという意味で使われるのだ。
これは、人の性格として言い表されれば、
もっとよく分かるのかもしれない。

五行説とは、

この世は木、火、土、金、水(もっかどこんすい)という
5つの物質で成り立っているという説で、
これはどういうことかと言えば、
木はそれ自体擦り合わせることで火を生じる。
火は樹木など燃やし尽くして灰となり、土を生じさせる。
土の中から金属が掘り出される。
金属の表面に水滴が生じて水となる。
水は樹木を育む。ということで、

つまり、5つの物質はその性質を変えながらも、
永久に循環を繰り返すということを意味している。
五行説には、それぞれの物質の対立関係をあらわす
相剋説(そうこくせつ)と互いに生み出す関係をあらわす
相生説(そうしょうせつ)の二つがある。いずれも、
5つの物質により森羅万象が成り立っていることを
示すものである。

八卦とは、

古代中国で考案された易で、
自然界の現象を八つに分類したものとされる。
宇宙の万物生成過程は、太極、両儀、四象、
八卦の四段階があるという。

太極とは陰陽が分かれる前段階で、
これが陰陽に二分された段階が両儀なのである。
この両儀からそれぞれから新しい陰陽が生じて
4つに分かれたものが四象と呼ばれる段階となる。

さらに、この四象から、それぞれ、また新しい陰陽が
生じることによって4番目の段階、
八卦となるとされている。

十二支は、

一年12か月の順序をあらわすとされ、
それぞれが相当する動物で表記されるのは
よく知られているところである。
歳の他、月、日もあらわし、
さらに方向や時刻もあらわす。・・・・

次回・最強の陰陽師、安倍晴明に続く

Author :後藤樹史(不思議館 )
http://www.cosmos.zaq.jp/t_rex/profile.html


愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る
 


世界の珍しい出産と赤ちゃん





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明日という日はミステリー

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入れてもらえば気持ちは良いが、
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