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2016年8月

2016年8月31日 (水)

妄想劇場・特別編

妄想劇場・特別編

信じれば真実、疑えば妄想……



Mituo

 

  昨日という日は
 歴史、

 今日という日は
 プレゼント

 明日という日は
 ミステリー





誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。




【賢者の知恵】知られざる深層レポート


 トヨタと日産、大衆車50周年の系譜をたどる
「カローラ」と「サニー」何が明暗を分けたのか?


2016年は「大衆車50周年」
今から半世紀前の1966年。日産自動車の「サニー」と
トヨタ自動車の「カローラ」が相次いで登場し、
「大衆車元年」と呼ばれてから今年は「大衆車50周年」といってもいい
節目に当たる。       
      

カローラは1969年から2001年まで国内の車名別販売台数
(軽自動車を除く)で33年連続トップ。
近年は「プリウス」「アクア」といったトヨタのハイブリッド専用車の
大ヒットに押されているものの、ハイブリッド仕様の設定や
安全装備の充実、デザインの洗練などによって魅力を保ち、
軽自動車を除く車名別新車販売ランキングでは
上位の常連となっている。。       

一方のサニーは、12年前の2004年に日本市場からは消滅。
そのコンセプトはタイで生産し日本に逆輸入してきた「ラティオ」が
引き継いできたものの、すでに輸入は中止。
日本国内は在庫販売のみになっている。
今年中にもラティオの日本販売は終了する見込みだ。
サニーから続いた日産の小型セダンの系譜が50年目という節目で
途切れる。       

カローラとサニーの明暗はどこで分かれてしまったのか。?
      
第2次世界大戦直後は原動機付き自転車だった国民の足は、
その後の高度経済成長に合わせてオート3輪を経て、
4輪車へと移行していく。といってもサラリーマンにとってクルマは
高嶺の花であり、自営業者が仕事で使う車両を休日に
レジャーに使うパターンが多く、売り上げの主力は
ライトバンと呼ばれる小型商用車だった。
      
1960年を迎える頃になると転機が訪れる。
それまで「ダットサン」の名前で小型車を販売してきた日産は、
1959年のモデルチェンジを機に新たに「ブルーバード」という名称を与えた。

トヨタは2年前にダットサンのライバルとなる「コロナ」を誕生させると、
1961年にはその下に、700ccの空冷水平対向エンジンを積んだ
革新的な小型車「パブリカ」を用意した。
しかしコロナやブルーバードは、多くの大衆にはまだ手が届かなかった。
一方パブリカは、空冷2気筒エンジンやシンプルな仕立てが、
経済成長が始まった当時の日本ではあまり支持されなかった。

そこで日産はブルーバードよりひとクラス下、
トヨタはパブリカよりひとクラス上の開発に取り掛かる。
これが同じ1966年に発表されたサニーとカローラだった。
      
サニーvs.カローラ
      
デビューはサニーがひと足早く4月だった。
当時日産では、トヨタが同じクラスの新型車を開発しているとは
思わなかったらしい。しかしトヨタは逆だった。
しかもサニーのエンジンが排気量1リットルで登場するという
情報を掴むと、エンジンの排気量を1.1リットルに拡大することを決断する。

そして10月。カローラは「プラス100ccの余裕」という、
サニーをライバル視したキャッチコピーとともに発表された。
それまでの自動車業界のライバル関係と言えば、ブルーバードと
コロナが有名で、「BC戦争」とまで言われた。

そこにサニーvs.カローラという対決の図式が加わった。
メディアはいち早く「大衆車元年」という新しい言葉を作り出し、
それが一般的になった。

当時、他にも同じクラスの国産車はあった。
1963年には三菱自動車工業(当時は新三菱重工業)の
「コルト1000」、1964年にはマツダの「ファミリア800」、
1966年には富士重工業(スバル)の「スバル1000」が生まれている。

しかしこの3メーカーは、いずれも軽自動車を生産していた。
日産とトヨタはそうではない。
2社が大衆車を送り出したことは、特別な出来事だったのだ。

走りは対照的だった。625kgという軽量ボディと56馬力を発生する
1000ccエンジンを生かして軽快にキビキビ走るサニーに対し、
710kgのカローラは1100ccで60馬力エンジンがもたらす
余裕の加速感と落ち着いたハンドリングが特徴だった。

デザインも、シンプルなラインを用いた正統派3ボックスのサニーに対し、
スロープしたトランクや立体感のあるボディサイドなどに
より豊かさを演出していた。
トヨタとしてはパブリカでの反省からこうした造形を与えたのだろう。

1969年にはカローラが年間最多販売車種に


それが経済成長真っただ中にあった日本国民の望む姿であり、
プラス100ccの余裕とともに、販売競争を優位に進める要因になった。
それまで国産乗用車の年間最多販売車種はコロナだったが、
1969年にはカローラがその座に就いた。

サニーとて頂点の座を諦めたわけではなく、1971年に発表された
2代目では排気量1.2リットルエンジンを搭載し、ボディサイズも拡大して、
「隣りのクルマが小さく見えます」というキャッチコピーとともに、
対抗する姿勢を見せていた。

しかし数カ月後に登場した2代目カローラは1.4リットルや
1.6リットルも用意して、引き離しにかかった。

ボディはどちらも初代からセダンとクーペがあったが、
カローラは3代目でハードトップを追加するなど、
バリエーションの数でもつねに優勢だった。
ただしワゴンについては1979年発表のサニー・カリフォルニアが
先行した。前輪駆動やターボの採用もサニーが先駆けていた。

バブル景気で車にも変化が

ソニー損保では1986年から昨年までの乗用車年間販売台数
ランキングを発表している。
それによれば、1986年は1位がカローラ、2位がサニーと
ライバル関係にあったが、翌年になると、トヨタのマークIIや
クラウンなどが間に割って入るようになる。

バブル景気の影響だろう。さらにバブルが崩壊した1993年以降は、
日産の稼ぎ頭はサニーから、より小型のハッチバックボディを持つ
「マーチ」や「キューブ」に切り替わっていく。

バブル景気の影響

その間サニーは、1990年に発表された7代目でクーペを別車種として
ラインナップから切り離し、ワゴンのカリフォルニアも6年後に
「ウイングロード」という名前で独立させ、セダンだけになっていた。
そのセダンも2004年に登場した新型セダン、「ティーダ・ラティオ」と
入れ替わるように販売を終了した。

カローラも2000年登場の9代目でクーペが消滅し、
ワゴンは「カローラ・フィールダー」と名乗ることで、
カローラのイメージを薄めていた。
2年後には年間販売台数トップの座をホンダ「フィット」に奪われた。

それでもトヨタはその後もカローラの名前は残した。
しかも2006年のモデルチェンジでは、国内向け5ナンバーと
海外向け3ナンバーの、2種類のカローラを作り分けている。

一方のラティオもまた、ベースとなったハッチバックのティーダ同様
5ナンバーだが、当初からグローバルモデルとして企画された。
1999年にルノーとアライアンスを組んだ日産は、
カルロス・ゴーンCEOの指揮のもと、グローバル重視の
姿勢を強調していく。サニーもその中に組み込まれ、
ティーダ・ラティオとして再出発したのだった。
その傾向が、2012年に行われた2台のモデルチェンジで、
いっそう顕著になった。

セダンタイプの「カローラ」は海外向けとの作り分けがいっそう進み、
プラットフォームを格下のヴィッツと共通とした。
ボディサイズも歴史上初めて全長が短くなった。
しかし1.3リットルから1.8リットルまで3種類の直列4気筒エンジンを用意し、
マニュアルトランスミッション(MT)や4WDを残すなど、
ワイドバリエーションは維持していた。

一方の日産は、ティーダの日本での販売を終了し、ラティオのみを残した。
こちらも旧型より全長がやや短くなったが、それ以上のニュースは
マーチに続き、タイで生産される輸入車となったことだ。
しかも発表はサニーの名を復活させた中国が最初で、
東日本大震災の影響もあり、日本でのデビューは
北米や豪州の後となった。
パワートレインは1.2リットルの3気筒とCVTの組み合わせに
絞り込まれ、4WDの設定はなくなってしまった。

カローラの強み

乗用車の年間販売台数では、すでに2009年から
ハイブリッド車のプリウスがトップの座にあり、
ガソリンエンジンを積んだセダンがベストセラー争いをする時代は
終わっていた。

それでもカローラはベスト10圏内に留まっており、
ベスト30にすら入らないラティオとの差は大きく広がっていた。
2車種ともユーザーの平均年齢は60歳代と、かなり高い。
その中でカローラが日本専用車として作り続けられ、
落ち着いた水平基調のデザインを採用し、慣れ親しんだ
4気筒エンジンを積み、MTや4WDが選べるところが、
根強い支持につながっているのかもしれない。

時代の変化にも巧みに対応

さらにカローラは、時代の変化にも巧みに対応した。
2013年にはハイブリッド車を追加し、2015年には
運転支援システムを装備するなど、時流に沿った進化を続けたのだ。
その結果、2012年の年間販売台数では8位だったのが、
2015年には4位と、むしろ順位を上げている。

一方のラティオは2014年にマイナーチェンジを実施しているが、
フェイスリフトと安全装備の充実が主であり、力不足という声が多かった
パワートレインに手は入らなかった。安全装備に
運転支援システムは含まれず、後席ヘッドレストは2席分のみであるなど、
水準に達していない部分もある。

そして今、ラティオのウェブカタログには、「一部、仕様・
グレード・カラーについては、生産上の都合でご用意できない
場合がございます」という注釈があり、7色あったボディカラーは
すべて無彩色系の3色に減っている。販売終了は間近に見える。

日本で買える同クラスのセダンとしては、他にホンダ「グレイス」、
マツダ「アクセラ」、スバル「インプレッサ」がある。
すべてグローバル展開を前提とした車種となっており、
アクセラとインプレッサは3ナンバーボディとなっている。

こうして見てくると、カローラの日本市場へのこだわりが、
並々ならぬレベルであることが分かる。
なにしろカローラ店という、車名を冠した販売店すらあるのだから。
世界一の自動車会社の余裕と言えばそれまでだが、
その余裕の一部をおひざ元の日本市場に振り分けているトヨタと、
外資のもとでグローバル戦略を志向する日産との違いを
象徴しているようでもある。
。・・・

Author :森口 将之 :モビリティジャーナリスト



大人の雑学 5




こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
  知りつつ、こうして、こうなった



時は絶えず流れ、
  今、微笑む花も、明日には枯れる






 P R

     カビの生えない・きれいなお風呂

      
お風呂物語 

入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂


Diy

『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。


2016年8月30日 (火)

信じれば真実、疑えば妄想

信じれば真実、疑えば妄想


時は絶えず流れ、
 今、微笑む花も、明日には枯れる



Mousou2111_2
      
  人の為(ため)と書いて
  いつわり(偽)と読むんだねぇ

 誰にだってあるんだよ、
 人には言えない苦しみが。

 誰にだってあるんだよ、
 人には言えない悲しみが。






愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る

史実に隠された衝撃的な真実~

宦官の実体~ (3)
宮廷の僕、知られざる素顔とその異常心理~
      

      
唐の晩期になると宦官になるために、自ら性器を切断する者も現れ出した。
      こうした者は自宮者(じきゅうしゃ)と呼ばれたが、14世紀、明の時代になると
      その風潮は、ますます強まって行った。
      明代では、宦官は増殖の一途をたどり、最初、100人に満たなかったのが、
      明代末には、ついに10万人にものぼったと言われている。
      その際、食料がすべてに行き渡らず、日々、餓死者が出たと記録されている。
      
      明代の各皇帝は、幾度となく自宮禁止令を出したが、その数を止めることは
      出来なかった。その理由は、宦官になれば労役をする必要がなく、
      もしも、権力を持とうものならその宦官の親族の羽振りは、
      飛ぶ鳥を落とす勢いとなるのである。
      
      従って、農民はこぞって子供を去勢して宦官にしたがった。
      つまり、貧困にあえぐ農民にとって、宦官になることは、
      立身出世と金持ちへの最短距離であり、虐げられた現実から逃れられる
      唯一の手段なのであった。
      清代では、性器を切除する専門の職人も現れ、
      去勢代は銀6両(約30万円)だったらしい。
      
ピンからキリまである宦官の暮らしぶり 
      
      トップクラスの宦官の中には、莫大な財産を手にして、広大な土地を買って
      豪邸を建て、多数の妾を囲うことも珍しくなかった。
      それは、まるで宮廷のようで、高楼が幾つもそびえ、広大な庭には、
      見事な池や庭園が広がっていたという。
      
      西太后の仕えた高級宦官、李蓮英(りえんれい)などは、清王朝が滅び
      中華民国になると、民衆から搾り取って貯めた金で広大な土地を手に入れて
      豪邸を建て、もう無用だとばかりに自らの官職を銀1万両で売り飛ばした。
      
      彼の所有する財産は、各種の動産まで含めると諸王に匹敵するほどの
      巨万の富であった。
      
      同じく、小徳張(しょうとくちょう)は、銀20万両以上(約100億円以上に相当する)の
      資本金を元手に、北京に絹織物店や質屋を多数持った上、
      工場まで設立し、早々に資本家に鞍替えしたのであった。
      これらはすべて、西太后が権力最盛期の頃、全国の官僚から贈られた
      賄賂を抜け目なく貯め続けた結果なのである。
      
      しかし、すべての宦官がトップになれるはずもなく、大多数は
      下級宦官のままで終わらざるを得なかった。
      下級宦官でいる以上は、何ひとついいことはなく、それはまるで
      生き地獄のようなものであった。しかも、いったん、後宮に入れば
      牢獄に入ったのも同じことで、外に出ることは愚か、
      宮廷内部の事情を口外することも厳禁されていた。
      
      もし、この掟を破る者があれば、関係者はすべて捕らえられ、
      生きながら肉を少しずつ削がれて殺されるという壮絶な死が
      待ち構えていたのである。
      
      宦官は、病気になったり年を得て働けなくなったりすると、
      容赦なく宮廷の外に放り出された。放り出された彼らは、
      身を寄せる親兄弟とてなく、寺廟などを仮のすみかにするのが常であった。
      社会保障も何もない当時、多くの宦官が、みじめな野垂れ死をしていったことは
      想像するに難くない。

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    今日、北京郊外の寺廟には、
      
    当時の宦官の共同墓地とも言える
      
    墳墓群が数多く存在している。
      
      
      
      
      
      
      
      


歴史から消え去る運命
      
      中国4千年の長い歴史は、宦官と官僚、時には外戚
      (皇帝、皇后の親戚)を交えた三つどもえの陰惨な権力闘争の
      歴史に他ならない。
      政治事に干渉するのを厳禁された明代以降においても、彼らは、
      権力を得て増殖し暗躍し続けたのである。
      
      その陰謀渦巻く過程の中で、時には、人々の恨みや憤りを買った挙句に、
      宦官の大虐殺という血塗られた事件が幾度となく引き起こされたが、
      彼らの存在は、決して消滅することはなかった。
      
      皇帝の権威と強欲の象徴でもある後宮の制度が存在する以上、
      宦官なくしては成り立たなかったのがその理由であろう。
      彼らはまさしく歴史の要求する必然性の奥底にしっかりと
      根を降ろしていたのである。
      
      事実、皇帝の身の回りの雑務(掃除から食事やベッドの用意まで)は、
      すべて宦官が取り仕切っていた。つまり、日夜、皇帝の身近にいる宦官は、
      皇帝権力を後ろ盾にすることも、また皇帝を骨抜きにして、
      あやつり人形同然にすることも容易だったのである。
      
      しかし、かくも、しぶとく生命力を誇った彼らも、ついに歴史上から
      永遠に消え去る時が来た。
      20世紀になって、清王朝が滅亡し、新政権、中華民国が後宮(ハーレム)を
      必要としなくなったからである。・・・

      
      
      B19_2 

  紫禁城、
 元時代につくられたものを
 明の永楽帝の時に改築し、

  清が滅亡するまで
 宮殿として使われた。

      
 敷地は
 72万5千平方メートルもあり、
 世界最大の宮殿であった。

      
      


宦官の実体~(終わり)
      

昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー



何故か、父親を水に引きずり込もうとする飼犬・・・。
そしてそこで見た光景は・・・、







P R

カビの生えない・きれいなお風呂

      お風呂物語

入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂
 
Diy_2

『お風呂物語』
が選ばれる理由がここにあります。

2016年8月29日 (月)

チャンネル・掲示板

チャンネル・掲示板

幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない



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昨日という日は
 歴史、

 今日という日は
 プレゼント

 明日という日は
 ミステリー







ニュース速報Japan


頭にボウガン刺さった男性が立つ 側頭部を貫通、自殺か

東京都国分寺市北町で5月11日、頭にボウガン(ボーガン)の
矢が刺さった状態で立っている男性が見つかりました。
自殺を図ったものとみられています。


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  発表によると
 5月11日午前3時20分ころ、
 国分寺市北町の路上で、
 ボウガンの矢が側頭部を
 貫通した状態で立っている
 男性(25)が 見つかったと
 いうことです。



 


新聞配達員の男性(37)が発見し、通りかかったパトカーの
警察官に通報したことで発覚。

男性は当初意識があったとみられ、「家で自分の頭を
自分で撃った」などと話したといいます。すぐに病院へ
搬送されましたが、現在は意識不明の重体となっています。

男性の頭には、長さ約40cmの矢が刺さっており、
側頭部を貫通した状態でした。
事件後、警視庁小平署の警察官らが小平市上水新町にある
男性の自宅を調べたところ、長さ約60cmの
ボウガンがあったといい、これを使って自殺を
図ったものとみられています。
部屋には血痕も残っていました。

小平署によると、男性はうつ病を患っていたといい、
同居していた家族が5月10日午後10時ころ、男性が
行方不明になったことから110番通報していました。

警察は事件性はなく、男性が自殺を図ったとみて、
当時の状況などについて詳しく捜査を進めています。

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性教師殺人事件と謎の怪電話

岐阜県大垣市で中学校教諭・渡辺美代子さん(当時46)が、
自宅寝室で殺されているのが発見された。
渡辺さんには乱暴された形跡があり、首をテレビの
コードで絞めたうえ、文化包丁で首や顔、額などを
数十カ所を刺す残忍な犯行。

家中をひっくりかえし、遺体にトマトジュースをぶちまけて、
仏壇には下着を置いていくなど、異様な犯行だった。
現場には指紋や足跡、犯人の白手袋など数多くの物証が
残されていた。
血のついた足跡の横に点々と水滴が落ちていたことから
「犯人はすそにファスナーのついたズボンをはいていた」ことが
分かった。

その足跡から履いていた運動靴も判明。また、
首を絞めたテレビコードをかみ切った際についた歯型には、
若者にみられる特徴があった。
犯人は血のついた手足などをふろ場で洗ってふいたタオルは
きちんとかけ、侵入したふろ場の窓の網戸を元に戻していた。

事件直後の11月に、中日新聞岐阜総局に大垣市内の高校生と
名乗る男から電話が入る。
男は殺された渡辺さんが事件の前日、大垣市内の喫茶店で
ある男と「名義」の問題でもめていた事、
その男は自分の三年先輩で、証券会社に勤めている、などの
内容を告げた後、翌三日朝に国鉄岐阜駅前で記者と会うことを
約束して電話を切ったが現れなかった。

さらに事件発生から13年あまりたった1988年4月、
同じ中日新聞岐阜総局に再び男から電話がかかってきた。
電話の主は、渡辺さんを殺した犯人は88年の3月、
名古屋市中川区のマンションで臨月の主婦・守屋美津子さん
(当時27)を惨殺し、遺体の腹を切り裂いて赤ちゃんを取り出し、
腹部に電話器とミッキーマウスのキーホルダーを詰めるという、
残酷な事件の犯人と同じと主張。

この電話の主が75年当時、電話を受けた記者と本人しか知らない
待ち合わせの目印を口にしたことから、同一人物か
関係者なのは確かだと思われる。
男は犯人が中川区に住んでいると告げ、酒を飲むと
狂暴な性格になると証言したが、今回も姿を現すことはなかった。


Mituo

 時は絶えず流れ、


 今、微笑む花も、

 明日には枯れる







P R

    
カビの生えない・きれいなお風呂

      
お風呂物語

入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂

『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。

 

2016年8月27日 (土)

妄想劇場一考編

妄想劇場一考編

信じれば真実、疑えば妄想……

時は絶えず流れ、今、微笑む花も、明日には枯れる


Mituo

 

  一目惚れしたのは、
 私が先よ、

 手を出ししたのは、
 あなたが先よ

 



『冥談の核心・事件のの深層』   

現実に起きていることから、
浮かび上がってくる真実がある。・・・・



B16       
      
 僧侶×公務員×ゴルフのレッスンプロ=?? 

 珍妙な合成写真で免許証を取得しようとした

 破戒僧のお粗末手口とは
      
 頭は僧侶、顔面は公務員、
 鼻だけプロゴルファー。
 違和感満載の合成顔写真を使って
 運転免許証を不正に再発行しようとしたとして、
 有印私文書偽造・同行使などの容疑で
 川崎市の僧侶が逮捕された。




地元仏教界でも異質な僧侶として有名だったが、あまりの稚拙な手口に
捜査員からは驚きの声が上がる。修行を積んでも煩悩は
ぬぐえなかったのか。身柄が拘束され、大事なお盆期間中は
寺を不在にする“罰当たり”な結果となってしまった。
      
      レッスンプロら4人逮捕 運転免許の「替え玉受験」が発端
      
一連の事件で逮捕されたのは、川崎市中原区市ノ坪にある東福寺の僧侶、
杉本暁(ぎょう)宥(ゆう)容疑者(59)のほか、東京都台東区の
ゴルフのレッスンプロの男(51)▽日本年金機構職員の男(50)▽
同市南区南太田の無職女(55)-の4人。

警視庁によると、色覚障害のため運転免許の取得が困難な杉本容疑者が、
自動車学校の試験を替え玉受験してくれる人物がいないか
無職の女に相談したところから事件は始まる。

女はインターネットで雑務を受け付ける「便利屋」の仕事をしており、
過去にも杉本容疑者の依頼で粗大ゴミの処理などを
請け負ったことがあったという。
女は、知人である年金機構職員の男を杉本容疑者に紹介。
替え玉受験を承諾した年金機構職員の男は、杉本容疑者の
住民票を持って横浜市内の自動車学校に入校し、
昨年1月に晴れて免許証を取得した。

もちろんこの免許証には、年金機構職員の男の顔写真が印刷される。
生え際の位置や輪郭など、杉本容疑者と職員の顔は
ぱっと見ただけでも似ていない。       
      
      顔写真を変更するためにひねり出した一計とは?
      
免許を自分のものとしたい杉本容疑者は一計をひねり出す。
今年7月、この免許証の「顔写真部分が傷ついた」として、
運転免許試験場で新たな顔写真を提出し、
再交付を申請しようと試みたのだ。

年金機構職員に手続きを頼むが、さすがに
「そんな危険なことは嫌だ」と拒否。
最終的に無職女性の紹介で、レッスンプロの男に依頼することに決めた。
その際に作ったのが3人の顔をミックスした合成写真だ。

インターネットで写真店に申し込み、額から上は自分、
眉から下はレッスンプロの男、鼻だけ年金機構職員の男という
なんとも微妙な写真を作った。

この顔写真を試験場に提出して、新たな免許証を
入手しようと画策したのだった。
杉山容疑者は「少しでも似せようと思った」と話しているが、
再交付手続きに来たレッスンプロから写真を受け取った
試験場の職員が、不正にすぐ気付いて計画は頓挫した。
ちなみに、最初の写真部分が傷ついた理由は、
「落としたら隙間に挟まったので、抜いたら傷ついた」などとしている。
      
      「ネコが落ちるほど家が傾いている」 住宅ローンのため
免許証が必要に?

      
そもそも、なぜこんな苦しい偽装を重ねてまで免許証がほしかったのか。
捜査関係者によると杉山容疑者は、寺の敷地内にある
古い自宅を新築したかったらしい。ただ住宅ローンを組む際に、
担当者に「免許証が必要」と説明されたという。

本来、身分証明なら住基カードなどでも可能のはずだ。
加えて、捜査員が新築したかった理由を問うと、
「東日本大震災で自宅が壊れた。
屋根に上ったネコが落ちてくるほど、家が傾いている」と答えたという。
「どこまでが本当かよく分からない」と、捜査幹部も首をひねる。       
      
      父親は徳の高い僧侶だったが…「そもそも修行が好きではなさそう」
      
東福寺は真言宗の寺で、亡くなった杉本容疑者の父親が
住職を務めていた。
しかし、川崎市の仏教関係者によると、杉本容疑者は住職ではなく、
住職は近隣の寺の僧侶が持ち回りで担当しているという。
「住職を担当していない理由は伝わってきていないが、
そもそも僧侶の修行があまり好きではない様子だった。
主に寺の雑務のようなことを担当していた」(関係者)。

杉本容疑者は僧侶の階級では低い「権律師(ごんのりっし)」
だったという。
通常、権律師だと黒い法衣しか着れないが、杉本容疑者は
法事の際に「僧正」にしか許されない紫の法衣を着ていたところが
目撃されていた。

「父親の衣を引っ張り出して着ていた」と噂された。
「一事が万事いい加減なところがあった。
お父さんは本当に徳の高い僧侶で人望も厚かったのに」と
この関係者は話す。

杉山容疑者は、今回の不正の報酬として年金機構職員には
教習所の受講料も含めて120万円を渡し、レッスンプロには
10万円を支払う約束をしていた。

「決して収入で生活に困る状況ではなかった」(捜査関係者)。
警察関係者によると、杉山容疑者は逮捕されたため
お盆期間中は寺を不在にしていたが、妻らが業務を担当したため、
寺の仕事は一応回っていたという。
逮捕されたことで、不正を犯すような
“煩悩”を取り去ることができるのだろうか。


Author :水戸支局 桐原正道 B1



歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
人生、絵模様、万華鏡…



『 あきらめないで  』 …




昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー



 

    P R

       
    カビの生えない・きれいなお風呂

          お風呂物語

    入れてもらえば気持ちは良いが、
      どこか気兼ねなもらい風呂

    Diy

    『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。

    2016年8月26日 (金)

    歴史・履歴への許可証

    歴史・履歴への許可証

    昨日という日は歴史、
    今日という日はプレゼント
    明日という日はミステリー


    夢はでっかく、根はふかく。
    花を支える枝 枝を支える幹 
    幹を支える根 根はみえないんだなあ


    Kobanasi_3_4




    鬼が餅つきゃ、閻魔が捏ねる、そばで地蔵が食べたがる



    むかしむかし、ある島に、牛をとても可愛がっている男がいました。
    男は畑仕事が終わると、いつも海で牛の体を洗ってあげるのです。

    B15
          
          
           不思議な岩穴
          
           鹿児島県の民話
          
          
          
          


    ある日の事、いつものように牛を洗ったあと、男は急に
    眠たくなったので、岩に座ったまま眠り込んでしまいました。
    「モウー」しばらくして牛の鳴き声に目を覚ました
    男が牛の方を見てみると、なんと牛が岩穴の中へ
    引き込まれているのです。

    「ま、待て、おらの牛が」男はあわてて牛の首のつなを
    引っぱりましたが、いくら引っ張ってもびくともしません。
    (これは、どういう事だ?)男が、ふと下を見るとどうでしょう。
    ものすごい数のアリが集まって、牛を岩穴に運んでいるのです。

    「なにくそ! アリなんかに、負けるものか!」
    男は力一杯つなを引っぱりましたが、引っ張り出すどころか
    反対に自分までずるずると岩穴の中に引きずり込まれてしまいました。
    (ああ、もう駄目だ!)

    そう思った時、あたりがパッと明るくなりました。
    「おや? ここはどこだ?」
    何とそこは広々とした原っぱで、きれいにたがやした畑があります。
    男がぽかんとしていると、畑にいた人がそばへやってきて言いました。
    「すみませんが、あなたが眠っている間に牛を貸してもらいました。
    おかげで、畑をたがやす事が出来ました」

    畑の人はにこやかに言ったのですが、男は怖くてたまりません。
    「助けてください! 牛はあげますから、どうか命ばかりは!」
    すると畑の人は、「いやいや、命を取るなんてとんでもない。
    あなたが連れてきてくれた牛のおかげで、畑がたがやせたのです。
    さあ、少ないですがこれはお礼です。
    どうぞ、受け取ってください」と、たくさんのお金を差し出しました。

    そのお金は、牛が何頭も買えるほどの大金です。
    「えっ? 牛を貸しただけで、こんなに?」
    「はい。ただしここで見た事は、だれにも言わないでくださいね。
    そのかわりお金がなくなったら、いつでも取りに来て
    かまいませんから」

    気がつくと男は、牛と一緒に岩穴の外にいました。
    それから男は何度もお金をもらいに行って、
    たちまち大金持ちになりました。

    ある日の事、男の友だちが尋ねました。
    「お前、どうして急に大金持ちになったのだ?」
    「ああ、実はな」男は誰にも言わないという約束を忘れて、
    友だちに岩穴の事を話したのです。

    「まさか。そんなうまい話、誰が信じるものか」
    「本当だとも。なんなら今から、その岩穴へ連れて行ってやる」
    男はそう言うと、友だちを岩穴のところへ連れて行きました。
    「さあ、ここだ。この岩穴に・・・。ああっ!岩穴がふさがっている!」

    何と岩穴がふさがっていて、どうやっても中へ入る事が
    出来なかったのです。
    その後、男は何をやっても不運続きで、
    ついには前よりもひどい貧乏になったという事です。・・・

    おしまい・・・


    B23
          
     弘法の衣(弘法大師)

          
     山梨県の民話
          
          
          
    むかしむかし、外見だけで人を判断する、とても心のせまい
    お金持ちの主人がいました。
    ある日の事、みすぼらしい姿のお坊さんが、このお金持ちの家へ
    托鉢(たくはつ)にやって来たのです。

    お坊さんがお金持ちの大きな家の前に立って鐘を鳴らして
    お経を読み始めると、家の中から主人が出て来て、
    お坊さんをじろりと見て言いました。
    「ふん、乞食坊主(こじきぼうず)が。いくらお経を読んでも、
    お前みたいな汚らしい奴にやる物はないぞ。
    とっとと、出て行け!」「・・・・・・」

    お坊さんは黙って頭を下げると、そのまま立ち去りました。
    さて次の日、同じ家に今度は立派な袈裟衣(けさごろも)を着た
    お坊さんが立って、鐘を鳴らしてお経を読み始めました。
    すると、それを見た家の主人はびっくりして、
    「これはこれは、お坊さま。あなたの様な立派なお方が、
    こんなところではもったいのうございます。
    ささ、どうぞ家に上って下され」と、お坊さんを家の中へ通したのです。

    主人は家の者に山の様なぼた餅を用意させると、
    お坊さんの前に差し出しました。
    「大した物は用意出来ませんが、どうぞ、お召し上がり下さい」
    すると、お坊さんは、「これはこれは、どうもご親切に」と、言いながら、
    そのぼた餅を手に取って、キラキラと光る袈裟衣へ
    ベタベタとなすりつけました。

    それを見た主人は、びっくりして言いました。
    「お坊さま。せっかくのぼた餅を、何ともったいない。
    その上、その立派なお衣まで汚されてしまうとは」

    するとお坊さんは、すました顔で言いました。
    「ご主人は覚えていないかもしれませんが、
    わしが昨日来た時、あなたはわしのみすぼらしい姿を見て、
    わしを追い返されました。そして今日はわしのこの衣を見て、
    この様にごちそうまでしてくださる。

    昨日のわしも、今日のわしも、同じわしじゃ。
    ただ違うのは、身にまとうておる衣だけじゃ。
    家に上げてぼた餅を出してくれたのは中身のわしではなくて、
    わしが着ているこの衣ではないのか?

    そこでわしは、このぼた餅を衣に食わせてやったのじゃ。
    では、これにて失礼する」お坊さんはそう言うと、
    そのまま旅に出てしまいました。

    後になってお金持ちの主人は、このお坊さんが
    有名な弘法大師だった事を知ると、
    人を外見だけで判断する自分を深く反省しました。
    そしてそれからは誰にでも優しく接する、
    とても心優しい主人になったと言う事です。

    おしまい・・・



    信じれば真実、疑えば妄想・・・


    『待ちきれずに・百物語 』





    誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
    誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
    ただ、黙っているだけなんだよ……。



    Mituo

     人の為 と書いて、

     いつわり(偽) と

     読むんだねぇ






    時は絶えず流れ、 
      今、微笑む花も、明日には枯れる    

       

        P R

     
          カビの生えない・きれいなお風呂
     
            お風呂物語

     
     
    入れてもらえば気持ちは良いが、
        どこか気兼ねなもらい風呂
     
      Diy_3


    『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。
     

    2016年8月25日 (木)

    妄想劇場・番外編

    妄想劇場・番外編

    信じれば真実、疑えば妄想……


    1810



     メジャーでは無いけど、
     こんな小説あっても、
     良いかな !!
     アングラ小説です、
     不快感がある方は、
     読むのを中断して下さい





    子を持つも持たぬも人の宿命(さだめ)なり
    日に日に努めて行かむ
    あなたの人生なんだから好きなように
    お行きなさい(生きなさい)



    『☆ うたかた花火 ☆』

    Prologue

    さよなら、と告げる風鈴のような声を、半ば茫然と聞きながら、
    腕からすり抜けていってしまう彼女の腕を、奇跡的に
    自分の手がつかんだ。 
    何を言えばいいのか、などわからない。
    だけど、言いたいことはたった一つ。

    「……楪。俺は、お前のことが・・・・」言いかけて、ふいに、
    走馬灯のごとく思い出すのは、彼女と初めて出会った日からの、
    日常だった。・・・



    月下美人の花には強い香りがあり、花を見なくても、
    漂い始める香りで咲き始めたことがわかるほど。
    初夏から秋まで開花を続けます。

    B13_2



    俺には、あまりクラス内では友人という人物はいなかった。
    ……いや、クラス外でもいない。
    残念なことに、俺もそれをあまり気にしていなかったし、
    まぁ、一人のほうが何かと自由が利くから、と作ることもなかった。
    呆れたことに、クラスの連中も、同学年も、後輩すらも、
    俺のことがまるで眼中にないかのように生活をしていて。
    俺も、ほとんどそんなことに気にしなかった。

    そんなある、祭りを控えた日。
    毎年のように一人で行く祭りは、別に楽しくもなんともなかったが、
    花火がよく見える高台がそばにあったこともあって、
    一人で見に行くことも、嫌いではなかった。
    「えー、今日は転校生がいます。入ってきてくださーい。」
    担任のその言葉に、ガラッと教室のドアを開けて入ってきたのは、
    すべての人を釘づけにしてしまうほど美しい少女だった。

    真っ白な髪に、美しい黄金色の目。スラリと伸びた手足に、
    雪のように白い肌。
    「貴島(きしま)楪(ゆずりは)です。よろしくお願いします。」
    「えー、席は……狭山(さやま)お前の隣、空いていたな。
    そこに座れ。」

    俺の隣になった。おかげで、久し振りにクラス中から
    視線を浴びた気がする。
    「よろしくね。」可愛らしい声で俺にそう言ったその少女に、
    軽く頷き返したとき、ふいに、どこかでこの少女を
    見たことがあるような、知っているような気がした。
    だが、誰だったのか全く思い出せない。

    そんなもやもやとした思いを胸に抱きながら一日を過ごし、
    放課後、帰ろうと思って席を立ったとき、
    「狭山君。」隣に座っていた貴島が、俺を呼んだ。
    「一緒に、帰らない?」
    「……まぁ、いいけど。」彼女のことを思い出せるかもしれない。
    そう思って、適当に頷けば、彼女は嬉しそうにはにかんで、
    俺との家路についた。

    言葉もなく2人で歩いていると、ふいに、貴島が立ち止まった。
    そちらを振り返れば、少し顔を赤らめた貴島が、
    小さな声で、呟くように言った。
    「あのね。……私、好きな人がいるの。」
    「……ああ。いいんじゃないか?」
    そう答えれば、貴島は、俺のほうを見て、何かを
    決心したような顔で、言葉を放った。

    「わ、私……狭山君のことが、好きです!
    つ、付き合ってくださいっ!」
    一瞬、思考回路が止まった。だが、それもすぐに巡りだし、
    言葉を理解したところで、俺自身が唖然としてしまった。
    俺のことが好き?あって1日なのに?おかしいだろう。
    「……何かの間違いじゃないか。」

    「ううん、私。本当に、狭山君のこと、好きなの。覚えてないかな。
    昔一度会ってるんだけど……、もし、迷惑、なら……」
    「いや。……いいよ。」
    ぱぁぁっと、花が開くかのように笑顔を見せた貴島に、
    何かが重なった。

    俺は別に、こいつのことが好きだったわけでもない。
    ただ、こいつを泣かせると、あとが面倒臭そうだった、
    ただそれだけの理由で頷いただけだった。
    だが、こいつの見せた笑顔は、どこかで一度、
    見たことがあるような気がして。・・・・

    それを思い出す前に、近くに駆け寄ってきた貴島が
    俺に話しかけてくる。
    「ねぇ、蒼(そう)くん、って呼んでもいい?
    私のことも、楪でかまわないから!」
    「あ、ああ。」
    「わーい!嬉しいなっ!」風鈴のような心地いい声をした彼女が、
    俺に笑顔を向けてくる。

    ・・・ああ、どうしようか。俺も、本気でこいつのことを
    好きになってしまいそうだ。
    「ねぇねぇ、蒼くん。私、明日の夜にあるお祭りに行きたい!」
    「は?」思わず聞き返してしまった。
    「だめ、かな?」
    「いや、別に明日予定があるわけでもないし、いいよ。」

    「楽しみにしてるね!はい、約束!」
    小指を立ててくる楪に、少々面倒だが、右手の小指を出した。
    互いに小指を絡めて、約束をする。 
    明日の夜、祭りが始まる前に、河川敷で会おう。
    そんな約束を、久し振りに、誰かとした気がした。

    翌日、俺たちはいつも通り学校に行き、そして、いつもよりも楽しく、
    学校を過ごした。
    そうして一瞬にしてそれは過ぎ去り、家に帰って、
    手早く毎年着ている紺の矢絣柄の浴衣を身に着け、
    河川敷に出向いた。すでに多くの人が集まっており、
    楪の姿はなかった。

    少し待っていれば来るだろう。そう思って、川を眺めながら、
    昨日感じた既視感の正体を探っていると、涼やかな声が聞こえた。
    「蒼くーん!」見れば、白い地に蝶と何かの花が描かれた、
    夜闇に映える浴衣を着た楪がいた。

    楽しそうに笑うその姿を見ると、自然と微笑みができた。
    「お待たせ!ごめんね、待たせちゃった?」
    「いや、ちょうど来たところだから、行こうか。」
    そう言って手を差し出すと、一瞬驚いたように
    目を見開いたものの、ふわり、と微笑んで、俺の手を取った。

    いろんな出店を見回っているうちに、人は徐々に
    多くなっていった。
    「凄い人だなー。はぐれないように、ちゃんと……って、楪?」
    「蒼くん、ちょっと待って。速いよ~」
    慌てたようにこちらに走ってくる楪。
    先ほどヨーヨー釣りをしたときに、そういえば手を放していた。

    「あ、そんなに走ると……!」
    「わっ!」楪が転びそうになり、間一髪、彼女を抱き留めた。
    「あっぶな……」「わわっ、ごめんっ!」
    体勢を立て直した楪が少しだけ頬を赤らめて、ちゃんと立った。
    そして、俺の浴衣の袂をそっと握る。
    「これで、はぐれないから。」

    「……行こう」彼女のもう一方の手には、先ほど釣った、
    黒のヨーヨーがあった。
    楽し気にそれをつく彼女を眺めて、胸が暖かくなった。
    少し山道を歩き、
    彼女を、俺がいつも一人で見ていたあの高台へと、連れていった。

    「ん?あれ、ここは?」
    「さっき祭りやってた神社の裏。ここからだと、花火がよく見えるんだ。
    人もいないし。」
    「へぇ~。よく知ってるんだね!」
    毎年、一人で見に来ていたから、とは言わなかった。

    しばしの沈黙ののち、腹に響くような、低く大きな音がした。 
    ドーン!!「綺麗……」
    夜空に咲く美しい炎の花は、一瞬にして散っていく。
    無言でそれをいくつか見たあと、ふいに、楪が泣きそうな顔をして、
    俺のほうを向いた。
    どうかしたのか、と聞くその前に、唇に柔らかなものが触れた。

    それも一瞬のことで、次の瞬間には、切なげに笑った楪の顔があった。
    「楪?」
    「ごめんなさいっ……。私……っ、もう、蒼くんと、
    一緒にいられないっ……!」
    「どういう、ことだよ。」
    「私は、人じゃないから。もうすぐ、散ってしまうから。」
    涙をこぼしながら、美しい声を響かせて、楪は、それでも
    優しく微笑んだ。

    その笑みは、今まで見たどんな笑みよりも、儚く、そして、
    美しかった。
    「ゆずり……」
    「ごめんね、蒼くん。さよなら。」楪が、背を向けて、
    駆けだそうとしたとき。呆然としながらも、俺の体は勝手に動いた。
    楪の細い腕を浴衣越しにつかんで、無理やりに彼女を
    自分のほうに引き寄せて、抱きしめる。息を呑んだ気配がした。
    「行くな。」気づけば、そう囁いていた。

    「……楪。俺は、お前のことが・・・・好きだ。」
    ようやく自覚した、この思い。……簡単に捨て去ることなど、
    できなかった。
    初めてだった。これほどまで恋い焦がれたのは。
    たった一日でそんな感情が芽生えるか?
    昨日までの俺だったらそういうかもしれない。
    だが、現にそうだ。楪のすべてが、尊くて、愛しい。

    「私だって。好きだけどっ……!でもっ……ダメなんだよっ……!」
    泣くのを押し殺したような、震えた声で、楪が呟く。
    その間にも、花火は夜空に次々に咲き続けていた。
    「もう、時間が、ないのっ……!」
    その体が、ふいに、淡く輝く。腕からするり、と抜け出した楪は、
    俺の前に立った。
    月明かりと、花火に照らし出されたその姿は、
    まるで・・・・・そこで、気づいた。

    「……月下美人、か。」少しの間しか咲かない、
    儚い、真っ白な花。
    ああ、そう考えてみれば、そうじゃないか。
    彼女の姿は、真っ白な髪に、黄金色の瞳。
    月下美人は、白い花弁に、黄金色の花芯。
    夜の女王と呼ばれる美しい花は、たしかに、
    見るものを惹きつける、彼女の容姿とぴったりだろう。

    「……そうだよ。覚えてる?
    少し前に、踏まれそうになった私を、助けてくれたのを。」
    確かに、2,3か月前に、倒れていた鉢植えを直したことはある。
    危なかったし、何より、踏まれたら植物がかわいそうだと
    思ったからだった。

    「あの時から、ずっと、そばで見守ってた。
    ずっとひとりだったから、そばにいてあげたかった。
    でも、私の力じゃ、花が咲いている間しか、
    一緒にいられなくて。」

    そう言っている間にも、楪の体はより強く輝いていく。
    「……ごめんね。蒼くん。」

    微笑む楪の頬を伝う透明な雫は、いつまでたっても
    消えなかった。
    「っ……」涙がこみ上げてくるのを、必死で抑えながら。
    俺は、たまらず彼女をもう一度抱きしめた。

    「独りに、しないで。」独りは、もう、嫌だった。
    昔からずっと一人だった。
    両親は毎日のように喧嘩をして、俺はずっと部屋に
    閉じこもって、一人で耳をふさいで、毛布の中に
    潜り込んでいた。

    そうして、いつの間にか両親はいなくなっていて。
    俺は保護されて、施設で育った。
    成績は良かったから、支援してくれる人がいて、
    高校に進めた。
    だけど、周りの奴らはすでにグループを作っていて、
    俺は入れなかった。
    だから、ずっと一人で、ただ無心になることで、
    一人は嫌だ、という感情を流していた。

    でも。楪と一緒にいて、楽しかった。楪に、恋をしてしまった。
    人といて、楽しいことを知ってしまえば、もう、ひとりには、
    戻れなかった。
    ひとりには。・・・・・・・独りには。

    「……ごめんね。蒼くん。……ずっと、そばで見守っているから。
    だから、また、来年の夏。ここで、また、もう一度、会おう?
    約束。」
    「っ……ああ……!」
    小指を絡めて、涙で霞みそうになる視界を、
    浴衣の袂でぬぐいさり、約束をした。

    そして、その直後、優しく笑った楪の姿は、光の粒となって、
    空へと、高く、高く、蛍のように、ゆらゆらと、飛んでいった。
    翌日、楪のことを覚えている人物は、誰もいなかった。
    俺を、のぞいて。・・・

    Author :一瀬 深雪
    https://kakuyomu.jp/users/Zeck



    歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
    人生、絵模様、万華鏡…


    『紅い川…』


    忘れられない あのひとを 忘れないのは 罪ですか
    他の誰かに私の心 縛りつけても すぐにほどけて しまうでしょう…
    愛して 愛して 愛されて 胸に流れる 紅い川
    あなたを探して ひとすじに 流れるおんなの 紅い川 ・・・





    これほど惚れた素振りをしても、ほんとに悟りの悪い人。・・・



    Tinko_2
     
     人の為(ため)と
     書いて
     いつわり(偽)と
     読むんだねぇ
     





    俺とおまえは、玉子の仲よ、俺が白身で黄身を抱く
     


    『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。

    Diy_2

    2016年8月24日 (水)

    漢の韓信-(142) 四面楚歌(抗争の終わり)

    信じれば真実、疑えば妄想……

    昨日という日は歴史、
    今日という日はプレゼント
    明日という日はミステリー



    こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
      知りつつ、こうして、こうなった



    メジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、
    良いかな !!
    アングラ小説です、不快感がある方は、
    読むのを中断して下さい



    Kanshin021111_2

     韓信

     紀元前二〇〇年代の
     中国大陸。

     衰退した秦の末期に
     生を受けた韓信は、成長し、
     やがて漢の大将軍となる。


     「国士無双」「背水の陣」
     「四面楚歌」
     そんな彼を描いた小説。





    漢の韓信-(142)
    四面楚歌(抗争の終わり)


    項羽が自害して死んだのは紀元前二〇二年十二月である。
    かつて楚の令尹であった宋義は項羽のことを
    「猛キコト虎ノ如ク」と評したが、猛虎とはいかにも
    彼を呼ぶにふさわしい通称であるかのように思われる。
    敵と見れば見境なく噛み付き、その反対に同族や
    味方に対しては限りない優しさを見せた彼は、
    動物的な野生を残した人物のようであった。

    いわば、群れを守るボスのような存在である。
    一方の劉邦は、とある伝説から竜の子であるとされた。
    その伝説とは、母親が竜に犯されたのちに生まれた子だ、
    というのもので、非常に信憑性が薄い。

    しかも驚くことに、それを広めたのが妻を寝取られた形になった
    父親である劉太公であったらしい。
    これは後世の史料にももっともらしく記載されている話だが、
    事実として認めるには、あまりにも途方もない話である。

    東洋的神秘に彩られたそのような伝説がどうして生まれたのか
    正確には不明だが、ひとつには当時流行した五行思想において、
    漢王朝は五行のなかの「火行」に由来するとされていたので、
    その創始者である劉邦を「火」に縁の深い想像上の動物である
    赤竜の子と称した、という説がある。

    しかしこの説に基づいても、なぜ漢が火行に由来するのか
    論理的に説明することは難しい。
    おそらくこの伝説は、後の西洋に生まれた王権神授説に
    似たようなもので、劉邦が天下を治めることが、
    天命によって定められていたことを言いたいがために作られた
    逸話なのだろう。

    あるいは好敵手である項羽が天命によって滅んだという
    説に基づき、劉邦は天命によって生まれたという
    対極的な創作がなされたのかもしれない。
    しかし創作だとしてみても、劉邦を竜にたとえることは、
    やはり自然であるかのように思われる。

    悠然と空を泳ぐその姿は、古くからの儀礼やしきたりを嫌い、
    細かいことにこだわらなかったとされる劉邦の印象に
    よく合うのである。
    同時代にその猛虎と赤竜が並び立つことは許されず、
    縄張りや主導権を主張し合い、ついに戦うことになったのは
    必然であったように思われる。

    獰猛な虎には牙や爪の武器があり、それは触れる固体を
    すべて破壊する力があった。
    これに対して、竜には口から吐き出される火焔がある。
    竜そのものには戦闘力はあまりないが、
    その吐き出す炎には猛烈な燃焼力があった。

    韓信などは言うなれば、その炎にたとえることができる。
    形のない炎にたいして、虎が牙や爪で対抗しようとしても、
    無効であった。そして炎は虎を包み込み、ついに焼き殺した。
    楚漢の攻防を象徴的に示そうとすれば、そのような
    表現が似合う。

    しかし、虎を殺したあと、竜は一抹の不安を覚える。
    自分の吐き出した炎がふいに風に煽られると、
    制御力を失うことに気付いたのである。
    吐き出した炎によって、ともすれば自分が焼き殺される
    危険があった。

    しかも不思議なことに、その炎は消えることがなく、
    大きくなったり小さくなったりして空中に存在し続けているのである。
    危機を感じた竜はなんどかその炎を自分の鼻息で
    吹き消そうとしたが、炎は意志を持っているが如く、
    なかなか消えようとしない。

    対処に困った竜は、その長大な尾を振り回し、
    それを遠ざけることに尽力した。
    一見、炎を消し去ることは諦めたかのように見える。
    しかし実際は、竜は次の手を考え、機会を狙っていたのだった。

    一方の炎には、実のところ主人を焼き殺す意志などありようがない。
    炎は炎に過ぎず、勢いよく燃えるべきところでは燃え、
    そうでないところは勢力を落とすだけの話である。
    竜の吹き消す力が十分でない、それだけであった。

    そもそも炎を生かすか殺すかは、炎の意志によってではなく、
    それを扱う者によって定められるのである。
    しかも炎は小さくなっても炎であることには変わりなく、
    ともし火のような大きさになっても生き続けることができる。
    扱う者が適正な判断を下せば、それは世界を照らす明かりとなり、
    暖をもたらすものともなり得るのだ。

    竜はしかし虎を焼き尽くした以上、もはや炎は危険なものとしか
    考えなかった。ゆえに消し去ることばかりを考え続けたのである。
    炎が消えない限り、天下に争乱は、まだ続く。

    項羽を失った楚の諸城は、次々に漢に降伏していった。
    ただ魯だけはなかなか降ろうとせず、抵抗を続けたという。
    これは当初懐王が項羽を魯公としたことに起因しており、
    魯の人々は項羽に忠義だてして漢の攻撃に対して
    皆死のうとしたのであった。

    これは、意外にも項羽が住民によって支持されていたことを
    示す証左であり、それを残虐な方法で制圧することは
    征服者としての資質を問われることであった。

    そのことに気付いた劉邦は項羽の首を彼らに示して見せ、
    抵抗の無意味を説いたところ、ようやく彼らは降ったのである。
    こうして楚の地は残らず征服されるに至った。

    劉邦は項羽のために喪を発し、彼を穀城という地に葬った。
    穀城とは梁にある土地で、項羽のかつての領土であったことには
    違いないが、春秋・戦国時代に由来する本来の楚地というわけではない。
    よって項羽は楚人というより、魯公として葬られた、と言えそうだ。

    劉邦は、項羽の葬儀にも参加し、その場で涙を流してみせた。
    それが好敵手を失った悲しみの涙なのか、
    それともついに宿願を果たしたうれし涙なのかは、はっきりしない。
    おそらくその双方なのだろう。というのも、彼はその後、
    項氏の生き残りの人物を誰も殺さず、縁のある項伯などに
    劉姓を授けたりしているのである。

    偽善的にも思えるかもしれないが、劉邦のこの行為は
    乱世に滅んだ敵将を哀れむ気持ちが表れており、
    そのため葬式で流した涙に嘘はなかったと思われる。
    葬儀を終えた劉邦は帰還の途につき、その際に定陶を通った。

    定陶には、帰還途中の韓信率いる斉軍が、軍塁を築いて
    駐屯していた。ここで劉邦は一見不可解な行動をとるのである。
    項羽亡き後の天下の争乱が、始まろうとしていた。 。・・・・

    つづく

    Author :紀之沢直樹
    http://kinozawanaosi.com


    愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る



    歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
       人生、絵模様、万華鏡・・・



    『最後にもう一度』



    時は絶えず流れ、 今、微笑む花も、明日には枯れる

     

    P R

    カビの生えない・きれいなお風呂

    お風呂物語

    『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。


    Diy

    2016年8月23日 (火)

    妄想劇場・特別編

    妄想劇場・特別編

    信じれば真実、疑えば妄想……



    Mituo


     

      昨日という日は
     歴史、

     今日という日は
     プレゼント

     明日という日は
     ミステリー





    誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
    誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。



    【賢者の知恵】知られざる深層レポート

          
    三浦綾子の名著にみる、「この国の職業倫理」
    日本人が、命を投げ打ってでも仕事を遂行する理由とは?!

    『塩狩峠』は、三浦綾子の代表作だが、この小説の
    元になった出来事があるという。


    塩狩峠は天塩と石狩の間にある険しい峠だ。
    宗谷本線が通っている。
    1909(明治42)年2月28日の夜、塩狩峠にさしかかった上り列車の
    最後尾客車の連結器が外れ、後退をはじめた。

    偶然乗り合わせていた鉄道職員の長野政雄が線路に
    身を投げ出して下敷きになることによって客車を止め、
    乗客は救われた。
    長野政雄は旭川六条教会(同志社大学系統の組合教会)に
    所属するプロテスタントのキリスト教徒だった。

    三浦綾子は、長野政雄の犠牲死に触発され、
    『塩狩峠』において永野信夫という人物を創る。
    信夫は東京生まれで、10歳まで祖母のもとで育つ。
    キリスト教徒の母が祖母と仲が悪く、
    家を飛び出してしまったからだ。

    祖母の死後、母といっしょに暮らすようになったが、
    キリスト教については違和感を持ち続けた。
    信夫には小学校時代からの親友の吉川修がいる。
    吉川一家は、借金を抱え北海道に夜逃げしてしまう。
    信夫も父を失い裁判所職員として勤務している。
    仕事ぶりも真面目で判任官(現在でいうノンキャリアの
    国家公務員)に昇任する。

    10年ぶりに吉川が東京を訪れ、信夫と再会する。
    このことにより信夫の運命が変わる。
    信夫は、北海道で鉄道会社の事務職として勤務するようになる。
    吉川には、ふじ子という妹がいる。

    ふじ子は、足に障害があり、肺病にかかっている。
    信夫はふじ子に好意を寄せる。そのときに吉川から、
    ふじ子がキリスト教徒だということを告げられる。
    そこでもう一度、キリスト教について真剣に考える。

    雪の上に飛び散る真っ赤な血 ・信夫が流した犠牲の血

    結局、信夫は洗礼を受けて、キリスト教徒になる。
    信夫はふじ子に求婚し、ふじ子もそれを受け入れる。
    そして、結納のために札幌に向かう途中、
    塩狩峠で命を終えることになった。

    塩狩峠で最終車両の連結器が外れ、客車が暴走し始める。
    信夫は事務員だが鉄道会社に勤めているので、
    ハンドブレーキについての基礎知識はある。
    ブレーキのハンドルを回すと客車は減速したが
    完全には止まらない。

    〈信夫はこん身の力をふるってハンドルを回した。
    だが、なんとしてもそれ以上客車の速度は落ちなかった。
    みるみるカーブが信夫に迫ってくる。
    再び暴走すれば、転覆は必至だ。
    次々に急勾配カーブがいくつも待っている。

    たったいまのこの速度なら、自分の体でこの車両を
    とめることができると、信夫はとっさに判断した。

    一瞬、ふじ子、菊、待子の顔が大きく目に浮んだ。
    それをふり払うように、信夫は目をつむった。と、
    次の瞬間、信夫の手はハンドブレーキから離れ、
    その体は線路を目がけて飛びおりていた。

    (中略)客車は無気味にきしんで、信夫の上に乗り上げ、
    遂に完全に停止した〉
    客車の車輪に轢断され、信夫の身体は切り裂かれた。
    雪の上に真っ赤な血が飛び散る。

    「とまったぞ、助かったぞ」

    (中略)誰かが叫んだ時、不意に泣き出す女がいた。
    つづいて誰かが信夫のことを告げた時、乗客たちは
    一瞬沈黙し、やがてざわめいた。ざわめきはたちまち
    大きくなった。

    バラバラと、男たちは高いデッキから深い雪の上に飛びおりた。
    真白な雪の上に、鮮血が飛び散り、信夫の体は
    血にまみれていた。(笑っているような死顔だった〉
    客たちは信夫の姿にとりすがって泣いた。

    信夫が流したのは犠牲の血だ。
    キリスト教の聖餐式でワインを飲むのは、わたしたちのために
    犠牲になったイエス・キリストの血を思い出すためだ。
    信夫の血はキリストの血と類比的にとらえられる。

    ここで信夫がキリスト教信仰の故に自己犠牲的な
    決断をしたととらえると、神学に文学を吸収させてしまうことになる。
    そうなると『塩狩峠』は、文学の形態をとったキリスト教の
    説教になってしまう。

    優れた文学作品は複数の読み方ができる。
    近代文明の産物である列車が制御不能になったとき、
    鉄道会社に勤務する人はどのように振る舞うべきかという
    職業倫理を描いた物語として読んだ方が、
    この作品の奥行きが広がると思う。

    個人主義を超えた日本人の生き方…

    第二次世界大戦後の日本人の価値観は、
    合理主義、個人主義と生命至上主義によって形成されている。
    竹槍で米軍の戦略爆撃機B29と対決するのは非合理で、
    特攻隊のように命を失うことが条件とされるような作戦は
    生命至上主義に反するものとして退けられた。
    また、国家や社会よりも個人が重要な価値とされた。

    しかし、2011年3月11日の東日本大震災に伴う
    東京電力福島第一原発事故後、少なくとも
    個人主義と生命至上主義では解決できない問題に
    われわれが直面していることは確かだ。

    東京電力は民間企業だ。原発のオペレーターが
    「恐ろしい事故が起きました。私自身の命が心配ですし、
    家族の生活もあるので、今日で会社を辞めさせていただきます」
    と言った場合、会社はそれを止めることができない。

    また、政府は警察官や自衛官に対して、「命を失ってでも
    この命令を遂行せよ」と言うことはできない。
    しかし、実際には原発事故処理の現場で働いた東電や
    関連会社の職員、警察官や自衛官たちは、個人主義や
    生命至上主義を超克した次元で仕事をしたのである。

    三浦綾子が『塩狩峠』で描いた職業倫理は、
    現在も日本人の中に継承されている。
    自らの職業に対して責任を持って生きるのは
    立派なことなのである。・・・

    Author :現代ビジネス・佐藤勝

          
          

    B12

          
     三浦 綾子(みうら あやこ)、
     1922年4月25日 - 1999年10月12日)は、
          
     日本の女性作家。
     北海道旭川市出身。旧姓堀田。
          
     結核の闘病中に洗礼を受けた後、
     創作に専念する。
          
     故郷である北海道旭川市に
     三浦綾子記念文学館がある。
          




    こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
      知りつつ、こうして、こうなった
     

     

       『大人の雑学  4』 
     



    時は絶えず流れ、
      今、微笑む花も、明日には枯れる






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    入れてもらえば気持ちは良いが、
      どこか気兼ねなもらい風呂


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    2016年8月22日 (月)

    信じれば真実、疑えば妄想

    信じれば真実、疑えば妄想


    時は絶えず流れ、
     今、微笑む花も、明日には枯れる



    Mousou2111


     人の為(ため)と書いて
     いつわり(偽)と読むんだねぇ

     誰にだってあるんだよ、
     人には言えない苦しみが。

     誰にだってあるんだよ、
     人には言えない悲しみが。




    実に隠された衝撃的な真実~

    宦官の実体~(2)
    宮廷の僕、知られざる素顔とその異常心理~

    後宮の美女軍団を管理する役職

    宦官になるには?
          
    宦官の起源は、紀元前14世紀の慇王朝にまでさかのぼる。
    最初は、慇の王族や貴族は、家内奴隷を得るために、
    手っ取り早く戦争で得た異民族の捕虜をそれに充てたのであった。
    その際、男女の接触を防止し従順にするために去勢、
    すなわちペニスを切除したのである。

    そのうち、宮刑で去勢された罪人も使われるようになり、
    戦争による捕虜と合わせて宦官の一大供給源に
    なっていったのであった。
    慇時代に出土した甲骨文字(亀甲や動物の骨に刻まれた
    絵文字の一種)には、ペニス(男性器)の横に一本の小刀を
    配したような形の文字が発見されている。
    このことは、慇の時代に、すでに宦官が存在していたことを
    証明するものである。
    その後、この絵文字は「閹」という文字の起源にもなっていることから、
    宦官を閹人(えんじん)とも呼ぶようになったと言われている。
          
    慇時代の去勢方法は、かなり原始的で死亡率もきわめて高かった。

    古代エジプトでは、死亡率75%だったというから、
    成功すれば儲けもの的な感覚さえあった。
    従って、手術に成功し宦官となり得た者は、それだけ
    希少価値があり高い値で売れたという。
          
    こうした性器切除の技術は、その後、徐々に進歩したというものの、
    清朝末期になっても、基本的にはさほど変ることもなかった。

    B22

          
    古代五刑の一つに数えられた宮刑(きゅうけい)は、肉刑の一種で、
    鼻や耳と言った身体の一部を削ぐ肉刑の中でも、頭部の次に
    大事な性器を切り取られることから死刑に準じるほどの重い刑であった。

    宮刑の『宮』は、風の通らぬ密室を意味し、この刑が密室で
    行われたことから宮刑と呼ばれるようになったと言われている。
    宮刑は、姦淫罪を犯した罪人に適用され、原則として
    男を対象にしたものだが、女にも宮刑はあった。

    男の場合は去勢(ペニスの切断)という刑罰を受けるが、
    女の場合は幽閉という刑罰を受けるのである。
    これはどういうことかと言えば、女受刑者は、手足を縛られ、
    木づちで腹部をかなり強く何度も繰り返して叩かれるのである。
    すると、子宮が降りてきて陰道を塞いでしまう結果となる。
    つまり、その後は、大小便だけは排出可能だが、
    性行為は永遠に出来ぬ体となってしまうのである。
          
    刑罰からはじまった宦官
          
    そうして、哀れな体に変わり果てた彼らには、ひたすら
    宮廷の奴隷となり、アリのようになって一生奉仕するだけの
    運命が残されるのである。そこには、仕事に対する意欲や
    生きる喜びなどあろうはずもなく、ただ、空虚な心のまま、
    機械的な業務を繰り返すだけの灰色の毎日が淡々と
    続いているのである。

    彼ら宦官の性器の欠如から来る自己卑下の心理状態は、
    異常とも思えるほど過敏なもので、いつも偏狭な心と
    猜疑心で凝り固まっていた。
    心に言いようのない寂しさをいつも抱き、自閉的で視野も狭く、
    冷ややかな性格とでも言えばいいのであろうか。

    歴史家だった司馬遷(しばせん)は、
    宮刑に処せられ強制的に去勢されたことを思い出しては、
    悔しさに涙を流し、その都度、思わず自決の衝動に
    駆り立てられたということだ。
          
    性器を切り取った彼らの体は、男性ホルモンの影響を
    受けることがなく、肉体的に大きく変化する。
    肌は次第に柔らかくなり、もはや髭も生えることなく、
    声も細くてとがったものになってくるのである。

    中年ともなると、太りやすくなり、臀部と大腿部に脂肪がつき、
    尻は上がって女性のような歩き方となる。
    しかし、その身体は、男でもなく女でもなく
    奇怪きわまる存在でしかない。

    こうした変化は、彼らの精神にさらなる打撃を与えることになる。
    しかし、苦痛はそれで終わりではなく、死の間際まで続くのである。
    つまり、宦官になる際、切除した性器を死ぬ前に、
    再びおのが体に縫い付ける作業が残されているのだ。
    もし、肉体が不完全なまま、あの世に旅立つことになれば、
    来世は惨めなラバとして生まれ変わるからである。

    そのためか、彼らは防腐処置して壷に入れられた自らの性器を
    後生大事に保存しておくのである。
    もしも、盗まれるかなくしてしまうようなことがあれば一大事であった。
    それこそ、高価な値を張ってでも、自前でない他人のものを
    購入するしかなかったのである。

    当然、宦官になった彼らに、自殺者は絶えなかったらしい。
    人生における喜びも愛情も知らずに、
    終生、嘲りと陵辱の限りを受け続けた結果なのであろう。

    しかし、自殺は厳禁されており、そうさせないために、
    恐ろしい予防措置が考え出された。
    自殺した者の遺体は、荒れ地に置き去りにされ、
    野犬に食い散らかされて朽ち果てるまで野ざらしにされたという。
    また、自殺者を出した血縁者は、異民族の出没する
    辺境の地に送り込まれ一生奴隷にされることもあった。
          
    次第に特権階級として台頭
          
    しかし、本来は宮廷内の雑務の奴隷同然だった宦官であったが、
    年月が経過するにしたがい、次第に権力を手中にして、
    その役割が変質し権勢を欲しいままに動かす存在となってゆく。
    つまり、ついには皇帝を脅かす特権階級に成り上がって行くことになる。

    これは、どうした理由によるものなのか?
          
    権力の頂点に立つ皇帝にとって、地方勢力の台頭や宰相の圧力、
    将軍の横暴などは、自らの地位を脅かす存在に
    なりかねない恐れがあった。
    そのために、猜疑心に凝り固まった皇帝は、
    こうした官僚どもを信頼することが出来なくなり、
    逆に宦官を頼りにしていったのである。

    かくして、皇帝に取り入って権力を手中にしたトップクラスの
    宦官の中には、軍事、外交、政治、宗教に至るあらゆる分野で
    権力を欲しいままにした者も出現するようになった。

    唐の玄宗皇帝の時代に仕えた高力士(こうりきし)などは、
    その典型とも言えよう。当時、あらゆる部門の重要課題は、
    まず高力士が目を通し、それから皇帝に差し出されるのが
    常であった。

    つまり、宦官であった高力士は、皇帝の化身とも言えるほどの
    絶大な権力を手中にしたのである。
    高力士は、玄宗皇帝に楊貴妃を見つけ出して紹介し、
    安禄山の乱がぼっ発した際には、楊貴妃を皮肉にも
    自らの手で絞め殺したことでも知られている。
          
    唐の晩期になると、帝位についた10人の皇帝のうち9人までもが
    宦官に擁立されるほどで、宦官の横暴は目に余るほどになった。
    中には、宦官同士の内部分裂に応じて一挙に宦官勢力を
    一掃しようとした皇帝もあったが、逆に、宦官の反動に合い
    ついに皇帝の権力は地に落ち、宦官が
    事実上権力を掌握するまでになった。

    皇帝は、宦官のあやつり人形になり下がったのである。
    ある皇帝などは「これでは、私は奴隷同然ではないか!」と
    声を高らかに上げて泣いたほどである。

    唐の晩期の皇帝たちは、唐全盛期の輝かしい時代とは
    打って変わって、
    毎日毎日、毒殺や策謀から来る陰惨な死の恐怖が
    いつ自分に降り掛かって来るか、怯えながら宮廷生活を
    送っていかねばならなかった。
    皇帝と宦官、どちらが最高権力者かわからぬほどであった。

    宦官の実体~(3)へ続く・・・・

    Author :後藤樹史(不思議館 )
    http://www.cosmos.zaq.jp/t_rex/profile.html



    B19_2 

      紫禁城、
     元時代につくられたものを
     明の永楽帝の時に改築し、
     清が滅亡するまで
     宮殿として使われた。

     敷地は
     72万5千平方メートルもあり、
     世界最大の宮殿であった。

          
          


    愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る



    【捨てられたとも知らず、置き去りにされた場所で、
    飼い主が戻ってくるのをいつまでも待ち続ける犬。 
    その犬の姿は健気で切なくて・・・






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    2016年8月21日 (日)

    チャンネル・掲示板

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    幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
     不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない



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    ニュース速報Japan


    チェーンソーvsナタで兄弟喧嘩
    (青森県平内町狩場沢で殺人事件 )


    青森県平内町狩場沢で7月14日、チェーンソーを持った兄と
    鉈(ナタ)を持った弟による兄弟喧嘩が発生し、
    その結果兄が殺害される殺人事件が起きました。
    この事件で青森県警は、平内町狩場沢に住む
    無職・清川勇次郎容疑者(66)を殺人容疑で逮捕。

    B11



    発表によると清川勇次郎容疑者は7月14日午後5時過ぎころ、
    平内町狩場沢の自宅近くにある杉林で、青森市佃2丁目に住む
    兄・清川勇治さん(70)をナタで切りつけ、
    殺害した疑いが持たれています。

    清川勇治=きよかわ ゆうじ清川勇次郎容疑者から
    「兄が暴れているので来て欲しい」と警察に通報の電話があり、
    青森県警の警察官らが現場に駆けつけたところ、
    勇治さんが血を流して倒れていたということです。

    勇治さんはすぐに平内町内にある病院へ運ばれましたが、
    搬送先の病院でまもなく死亡が確認されました。
    遺体の顔や首などには、切りつけられた傷が
    複数箇所ほど残っていたといいます。

    2人は事件直前、杉林の伐採を巡って口論に
    なっていたということで、兄弟喧嘩が白熱した結果
    殺人事件に発展してしまったものとみられています。

    警察での取り調べに対して、清川勇次郎容疑者は
    「兄が近くにあったチェーンソーを持ちだしたため取り上げた。
    すると、さらに棒を持って襲いかかってきた」などと
    供述しているとのこと。
    青森県警は殺人事件として、事件に至った経緯や
    当時の状況などについて、さらに詳しく捜査を進めています。
    ・・・



    四国中央市・課外活動中に
    小5女児フランクフルトを喉に詰まらせ死亡 





    愛媛県四国中央市新宮町新瀬川の少年自然の家で、
    小学生の女児が野外活動の昼食でフランクフルトを喉に詰まらせ
    死亡する事故が起きました。
    この事故で死亡したのは、四国中央市に住む市立小学校5年生の
    女子児童(10)です。

    発表によりますと8月18日午後0時半ころ、四国中央市
    新宮町新瀬川にある「新宮少年自然の家」で、
    野外活動で訪れていた女児が、昼食中にフランクフルトを
    喉に詰まらせたということです。

    屋外炊事棟で、女児が苦しんでいる姿に担任の教諭が
    気付いたということです。その後、教諭が女児の背中を叩くなどの
    懸命の応急手当をするとともに、消防局に119番通報しました。

    この通報を受け救急隊が約10分後に駆けつけ、救急隊員が
    女児の喉に詰まったフランクフルトをを取り除きました。
    女児は、病院に救急搬送され、搬送先の病院で治療を受けましたが、
    食べ物などが誤って喉頭と気管に入ってしまう
    「誤嚥(ごえん)」による急性肺障害で、事故発生から約7時間後に
    死亡が確認されました。

    女児が食べていたフランクフルトは、長さ約9cm・直径約3cmで、
    2等分にして、串に刺して食べていました。
    四国中央市教育委員会によりますと、野外活動は小学5年生86人と
    引率の教諭11人の計97人が参加しており、
    8月17日から2泊3日の予定で行われ、事故当時は、
    屋外炊事棟でみんなで昼食を食べていたということです。
    四国中央市教育委員会の伊藤茂教育長は取材に対し
    「このような事故が今後起こらないよう児童への安全指導を
    徹底します」などと、コメントしました。



    『雑学・知ってた?』

    生まれたての赤ちゃんには「アレ」がない!?
    大人では普通の「アレ」がないんです。


    生まれたての赤ちゃんは、まだいろいろ未発達
    生まれたばかりの赤ちゃんでも、視力、聴力、嗅覚、味覚、
    皮膚感覚など大人と同じ基本的な機能をもっていると言われますが、
    未発達な部分もいくつかあるみたいです。

    赤ちゃんには「鼻毛」がない!?

    ちっちゃな鼻の中、よーく見てみると…あれ?ない!
    新生児には鼻毛がありません。
    鼻毛の果たす役割は意外と大きく、特にほこりや異物を
    絡めとることができないため、粘膜に直接的な刺激を
    与えてしまいます。


    赤ちゃんはよく「くしゃみ」をする!?




    赤ちゃんの粘膜は敏感で、鼻毛もないので、小さな埃や温度など
    ちょっとの空気の変化にも反応してくしゃみが出ます。

    赤ちゃんの鼻の穴は細く短く刺激に敏感です。
    そのために、ちょっとした空気の乾燥や気温の変化で
    粘膜が腫れやすく、鼻水も出やすく、鼻づまりの原因になります。


    赤ちゃんは「涙」が出ない!?

    赤ちゃんは、泣くのが仕事。そう言われるぐらい、
    生まれたての赤ちゃんはよく泣きますよね。
    でもよく見ると…、あれ?涙は出てない!?

    生後2~3ヶ月くらいまでの赤ちゃんは泣いたときに
    涙は流れません。

    生まれた直後の赤ちゃんは目を守るための量の涙は
    出ているのですが、まだ涙を作る機能が未熟で
    外に流れるほどの量を作ることが出来ないだけです。


    さらに、脳の発達もまだ十分ではありませんので、
    精神的な興奮や、情緒的な感情で涙を流すということも
    まだできません。

    数ヶ月経って、「泣いて涙を出せば自分の意思が伝わる」
    というのを学習し、それから涙を出すようになる。

    赤ちゃんは涙の成分の質が高く、大人の2倍程度の
    涙の量が一日に出ています。
    その為、目の潤いが保たれて蒸発しにくいと言われています。


    赤ちゃんはまばたきしない?!



    まばたきの回数は個人差もありますが
    幼児で一分間に3~13回
    小児で8~18回
    成人男子で約20回、女子は15回位です。

    新生児~6カ月頃は特に、視力が弱く 目の焦点を合わせるのに
    時間がかかるため目を開けている時間が長いそうです。

    人は、目のピントがぼやけたとき、まばたきをして
    調整しなおすのですが、赤ちゃんはそれがすばやくできません。


    Mituo

    時は絶えず流れ、

    今、微笑む花も、

    明日には枯れる




    P R

        
    カビの生えない・きれいなお風呂

          
    お風呂物語

    入れてもらえば気持ちは良いが、
      どこか気兼ねなもらい風呂

    『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。

     

    2016年8月20日 (土)

    妄想劇場一考編

    妄想劇場一考編

    信じれば真実、疑えば妄想……

    時は絶えず流れ、今、微笑む花も、明日には枯れる


    Mituo

     

    一目惚れしたのは、
     私が先よ、

     手を出ししたのは、
     あなたが先よ





    『冥談の核心・事件のの深層』   

    現実に起きていることから、
    浮かび上がってくる真実がある。・・・・



    「恐怖の「パンツ仮面!」
    女性用パンツで顔を覆い、住宅街を疾走
    …通報相次ぐ


    昨年からJR尼崎駅近郊で、顔一面を女性用パンツで覆い、
    自転車で住宅街を疾走する通称「パンツ仮面」が出没。
    警察に「気持ち悪い」との通報が殺到した。

    B1


    こんな男が現実にいたとは驚くしかない。
    顔一面を女性用パンツで覆い、ママチャリにまたがって
    早朝の街に出没した 通称「パンツ仮面」だ。
    小太りの体を揺らし、パンツのすき間から目をキョロキョロさせる姿に
    「気持ち悪い」と通報が殺到。

    1週間でかれこれ3、4回目。時間帯はいつも早朝だ。
    ボサボサ頭で小太り、Tシャツに長ズボン姿、
    黒のママチャリで、前かごにオレンジ色のバッグを入れている
    赤や紫のパンツを「日替わり」でかぶっていた。

    住民が撮影した動画をもとに“正体”を暴いた兵庫県警が3月、
    ママチャリですれ違いざまに女子中学生の体を触った容疑で逮捕した。
    男が調べで告白した“仮面歴”は約2年。
    パンツのかぶり方は漫画や映画の作品「変態仮面」そのものだが、
    「おれはまねしてない」と“パクリ疑惑”を否定しているという。

    「女性のお尻が好き。驚く顔を見たかった」という男に
    触られた被害者は11人。ネ
    タでは許されない卑劣な犯行の全貌(ぜんぼう)・・・。

    逮捕後の調べで判明したところによれば、
    男は“素顔”でママチャリを走らせながら女性を物色。
    気に入った女性に後ろから近づき、すれ違う直前に
    ズボンのポケットからパンツを取り出してかぶっていたため、
    防犯カメラに写らなかったとみられる。

    一方、「パンツをかぶって自転車で走ることの
    何が楽しいのか」という問いには、
    「驚く顔を見ると興奮するから」。
    「なぜお尻を触るのか」という問いには
    「お尻が好きだから」と説明しているという。

    市内に住む男は夜が明けた早朝、出勤前に
    堂々と犯行を繰り返していて、近郊ではかなり有名だった。

    「何が楽しい?」…
    逮捕の男「驚く顔を見ると興奮する」

    動画をもとに正体を暴いた兵庫県警は3月、
    自転車ですれ違いざまに女子中学生の体を触った容疑で
    塗装工の男(33)を逮捕。
    「パンツをかぶって自転車で走ることの何が楽しいのか」との問いに
    「驚く顔を見ると興奮するから」と説明したという。・・・

    パンツをかぶるのは罪?

    今回、男が逮捕されたのはあくまで女子中学生の
    体を触ったとする容疑だった。それでは、
    パンツをかぶる行為自体は罪になるのだろうか。

    捜査関係者によると、野外や人の多く集まる場所で
    パンツをかぶった場合は、公衆に羞恥(しゅうち)や
    不快感を与えるとして、県迷惑防止条例違反の
    「卑わいな言動」に該当し、罪に問われる可能性がある。
    一方、自室などでパンツをかぶるのは、
    この限りではないという。・・・

    被害に遭った市立中学2年の女子生徒(14)は、こう切り捨てた。
    「気持ち悪かったから逮捕されてよかったけど、
    世の中には変わった人がおんねんな、という感じ」・・・



    “ツバくれおじさん”の正体

    女子高生の自転車にぶつかり「べーして」 
    逮捕された“ツバくれおじさん”の正体


    平成26年秋ごろ。茨城県牛久市周辺で夜間、
    女子高生などが乗った自転車の前に飛び出して、
    ぶつかったように装い金品やキス、唾などを
    要求する事件が相次いだ。
    捜査関係者の間で「ツバくれおじさん」と呼ばれていた。

    県警牛久署では、連続強制わいせつ事件の可能性もあるとして、
    夜間のパトロール強化や不審者情報の洗い出しなどを行った。
    しかし、警察の捜査をあざ笑うかのように
    男は犯行を重ねていった。


    B21


    茨城県牛久市神谷(桐原正道撮影)
    ※写真の男性は事件に関係ありません

    連続して発生する事件を受け、県警は犯人の
    プロファイリングを実施。犯人像の絞り込みを図った。
    犯行の手口や言動、被害者からの聞き取り調査などで
    浮かび上がった犯人の特徴は以下の3点だった。

    「現場周辺に土地勘がある30代前後の男」
    「知的程度は高くない」
    「姦淫(性交)に至らないなど、初歩的な性的趣向を持っている」
    各事件を分析すると、以下のようなことも分かってきた。

    男は最初「けがをした。慰謝料を払え」などと金品を要求。
    女性が拒否すると、「できないならキスして」
    「唾ちょうだい」などとキスや、自身の手に
    ツバを吐き出すことを求めるのだ。
    女性がツバを吐き出すと、男はそのツバを
    なめることもあったという。


    ■エスカレートする要求

    事件を重ねるにつれて、男の要求はエスカレートしていった。
    「スカートをまくって。パンツみせて」
    「体を触らせて」「胸みせて」
    次第に大胆になっていく犯行に焦りを募らせる県警だったが、
    昨年8月24日に寄せられた1本の電話が事件を解決へと導いた。

    2度も男の被害にあったことがある女性が、
    軽乗用車に乗った男を見かけ県警に通報したのだった。
    県警は女性が子細に記憶していた「ぞろ目」のナンバープレートの
    情報を基に所有者を割り出して行方を捜査した。
    その結果、通報から3日後の同月27日午後、捜査員が
    牛久市内で男の乗った軽乗用車を発見した。

    男に気付かれないように距離を置いて追跡すると、
    男の車は「ライギョがエサが落ちてくるのを待つように、
    特定の場所を旋回していた」(捜査関係者)という。

    「こいつが犯人だ!」捜査員は確信した。
    後日、県警は男の顔写真を秘密裏に撮影。
    別の男性の写真と混ぜて、複数の被害女性に提示したところ、
    全員が迷うことなく「こいつです」と男の写真を指さしたという。

    昨年9月24日、牛久署が男を逮捕した際、
    男は逮捕状に書かれた恐喝未遂容疑について
    「今は思い出せません」などと認否を留保した。しかし、
    県警が丹念に調べ上げた数々の証拠を突き付けると、
    観念したのか素直に罪を認めた。


    ■当初は金銭目的?

    捜査関係者によると、男は取調官に対して、
    犯行の動機やきっかけを以下のように語ったという。
    犯行を思いついたきっかけについて「テレビで当たり屋を
    取り扱った番組を見たから」と説明した。

    当たり屋とは、走行中の自動車の前に不意に飛び出して、
    自動車に衝突し慰謝料や治療費などとして金銭を要求する
    人物のことだ。
    その番組を見て、男は「俺にもできそうだ」と考えたたという。

    しかしその瞬間、男の脳裏には家族の姿が浮かんだのだろうか。
    事件関係者への取材によると、男には妻と幼い娘が2人いるという。
    捜査関係者は「自転車なら死ぬことはないと考えたのだろう」と
    推測する。
    こうして、自動車ではなく自転車版の「当たり屋」が誕生したのだ。

    以上のことから、当初は金銭目的の犯行だったことが伺える。
    男は奪ったカネについて「タバコやパチンコ代に使った」などと
    供述している。

    そして、最初に飛び出した相手の自転車に乗っていたのが、
    たまたま「かわいい女子学生」(捜査関係者)だったのだ。
    男は調べに対し「ムラムラっときた」などと話し、
    金銭を要求して断られると「キスして」とせがんだという。

    当然、変態的な要求は断られたが、これ以降、
    何度も若い女性に狙いをつけて「当たり屋」を繰り返すうちに、
    数千円の現金をくれる女性や、恐怖を感じて
    男にキスする女性も現れた。


    ■赤色インクのティッシュ

    捜査関係者によると、男は唾を要求する理由について
    「若い女性とキスがしたかった。キスを断られた場合、
    自分の手に吐き出された唾をなめれば間接キスになると思った」
    という内容の供述をしたという。

    逮捕当時、捜査員が男の持ち物を検査すると、
    ポケットから赤色インクを染みこませたティッシュペーパーが見つかった。
    捜査関係者は「自転車に衝突した際にケガをしたように装うため、
    事前に用意していたのではないか」と話す。
    実際にケガをしたことも多々あったようで、男のすねには
    複数のかすり傷や古傷があったという。

    幼い娘を持ちながら、若い女性ばかりを狙い、
    卑劣な犯行を繰り返したこの男。
    県警は茨城県内の牛久市や阿見町、土浦市、つくば市で
    計27件の犯行を確認。このうち19事件を送検して捜査を終結したが、
    被害にあった女性の心の傷は簡単には癒えないだろう。



    Author :水戸支局 桐原正道 B1



    歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
    人生、絵模様、万華鏡…



    『 ひとり暮らし 』 …




    昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
    明日という日はミステリー


    P R

       
    カビの生えない・きれいなお風呂

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    2016年8月19日 (金)

    歴史・履歴への許可証

    歴史・履歴への許可証

    昨日という日は歴史、
    今日という日はプレゼント
    明日という日はミステリー


    夢はでっかく、根はふかく。
    花を支える枝 枝を支える幹 
    幹を支える根 根はみえないんだなあ


    Kobanasi_3_4




    鬼が餅つきゃ、閻魔が捏ねる、そばで地蔵が食べたがる


    B3

     舞扇京都府の民話


     日本一の名工と名高い
     左甚五郎が、京都の
     知恩院というお寺の本堂を
     完成させました、





    それを見た都の人たちが、そのあまりの見事さに
    こんなうわさをしました。
    「さすがは、左甚五郎。見事な出来だ」
    「ああ、ここには、一点の欠点もない」
    「しかし、あまりにも完全すぎると、それを知った
    神さまが嫉妬(しっと)して、不幸を起こすと言うぞ」 

    もちろん、この言い伝えを知っていた左甚五郎は、
    この仕事がまだ不完全であるかのように
    見せかけるために、お堂の屋根の瓦を二枚、
    わざとつけなかったのです。
    そしてさらに自分が使っている唐傘(からかさ)を、
    わざと本堂のわきに置いて帰りました。

    さて、本堂が完成してからしばらくして、
    本堂で偉いお坊さんの話を聞く会がもよおされました。
    その日は、あいにくの大雨でしたが、
    その雨の中をやって来た一人の子どもが熱心に
    話を聞いていました。

    「まだ小さいのに、なかなか信心深い子だ」
    話をしているお坊さんは、とても感心して
    子どもを見ていました。
    やがて話は終りましたが、大雨は少しもやむ
    気配がありません。
    そこでお坊さんは、本堂から出ていこうとする子どもに
    声をかけました。

    「この雨では、風邪を引いてしまう。この傘を、
    持って行きなさい」
    そしてそこに立てかけてあった甚五郎の唐傘を、
    子どもに差し出しました。
    すると子どもは礼儀正しく頭を下げて、こう言ったのです。

    「わたしは、このご本堂が建つ前からここの
    草むらに住んでいた、濡髪童子(ぬれかみどうじ)という
    白ギツネです。
    住み慣れた家を奪われて、うらみに思っていましたが、
    今日、お坊さまのお話を聞いて
    心を入れ替える事にしました。

    うらみは忘れて、これからはこのお寺をお守りします」
    それを聞いたお坊さんはびっくりしましたが、
    にっこり笑って言いました。

    「そうか、ありがとう。それならここに祠(ほこら)を建てて、
    そなたの住む所をつくってやろう」
    白ギツネの濡髪童子はうなずいて傘を借りると、
    降りしきる雨の中を山の方へと帰っていきました。

    次の日、お坊さんが朝のおつとめをすませて
    本堂から出てくると、本堂のわきの軒下に、
    昨日貸した甚五郎の唐傘がちゃんと置いてありました。
    お坊さんはにっこり微笑むと、白ギツネとの約束通り、
    お寺の境内に小さな祠を建てて、
    濡髪堂(ぬれかみどう)と名づけたのです。

    左甚五郎の忘れ傘は、長い年月に紙が腐って
    骨だけになってしまいましたが、今でも知恩院の
    本堂に置いてあるそうです。・・・

    おしまい


    B4



    むかしむかし、ある野原に、ウサギの家がありました。
    このウサギの家には、お父さんとお母さんと三匹の
    子ウサギがいます。

    ある日の事、お腹を空かせたオオカミがやってきて、
    どんどん! と、家の戸をたたきながら言いました。
    「やい、早く戸を開けろ! 開けないと、家をたたきこわすぞ!」
    「お母さん、どうしよう?」
    子ウサギたちは、お母さんにしがみつきました。

    するとお父さんが、 「お前たちはお母さんと一緒に、
    早く裏口から逃げなさい。オオカミは、わしが引き受けるから」 と、
    言って、お父さんはオオカミの前に姿を現しました。

    「やい、オオカミ! こっちを見ろ!」
    「おおっ、これはうまそうなウサギだ。よし、お前から食べてやるぞ」
    「そうはいくか! わしを食べたかったら、捕まえてみろ!」
    こうして、オオカミとウサギの追いかけっこが始まりました。

    それを見て、子ウサギたちが言いました。
    「このままじゃあ、お父さんが食べられてしまうよ」
    「はやく、なんとかしないと」

    「そうだ。みんなで助けよう。ぼくたちが、あちこちから飛び出すんだ」
    お母さんも、すぐに賛成しました。
    「いいこと。誰かが捕まりそうになったら、別の一人が飛び出すのよ」
    子ウサギたちはお母さんを先頭に、オオカミとお父さんの後を
    追いかけました。
          
    お父さんは大きな木のまわりをぐるぐると回って逃げていますが、
    もうだいぶん疲れている様子です。
    そこへお母さんが、しげみから飛び出して言いました。
    「オオカミさん、こっちよ」

    オオカミはそれを見ると、
    「よし、お前が先だ!」 と、お母さんを追いかけました。
    そしてお母さんがつかまりそうになると、しげみにかくれていた
    一匹の子ウサギが、 「オオカミさん、こっちだよ」 と、
    オオカミの前に飛び出しました。

    「よし、今度はお前だ!」
    オオカミは子ウサギを追いかけますが、ところが
    捕まりそうになると、また新しい子ウサギが飛び出してきます。
    「オオカミさん、こっちだよ」「オオカミさん、こっちよ」
    「オオカミさん、こっちだ」

    あっちのウサギ、こっちのウサギ、そっちのウサギ、
    向こうのウサギと、オオカミは追いかけているうちに
    疲れてへとへとになってしまいました。

    そこへ一番元気のいい子ウサギが、わざと
    ゆっくり飛び出しました。 「オオカミさん、ここだよ」
    (よし、こいつは足がのろそうだ)
    オオカミは最後の力をふりしぼって、その子ウサギを
    追いかけました。

    子ウサギは古い井戸のところまで逃げると、
    その上をぴょんと飛び越えました。
    「逃がすものか」それに続いてオオカミも井戸を
    飛び越えようとしましたが、すっかり疲れていたオオカミは
    足がもつれて井戸の中へ落ちてしまいました。

    「たっ、助けてくれー! おれは泳げないんだー!」
    それを聞いたお父さんが、井戸の中のオオカミに言いました。
    「助けてやってもいいが、二度とウサギを襲わないと
    約束するか?」
    「ああ、約束する! だから助けてくれ!」

    「本当だな?」
    「本当だー!」
    そこでウサギの親子は、井戸からオオカミを助けてやりました。
    それからこのオオカミはウサギとの約束を守って、
    二度とウサギを襲わなかったそうです。・・・

    おしまい・・・



    信じれば真実、疑えば妄想・・・


    『ヤギとロバ 』



    誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
    誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
    ただ、黙っているだけなんだよ……。



    Mituo

     人の為 と書いて、

     いつわり(偽) と

     読むんだねぇ






    時は絶えず流れ、 
      今、微笑む花も、明日には枯れる    

       

        P R

     
          カビの生えない・きれいなお風呂
     
            お風呂物語

     
     
    入れてもらえば気持ちは良いが、
        どこか気兼ねなもらい風呂
     
      Diy_3

    『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。
     
     

    2016年8月18日 (木)

    妄想劇場・番外編

    妄想劇場・番外編

    信じれば真実、疑えば妄想……


    1810


     メジャーでは無いけど、
     こんな小説あっても、
     良いかな !!
     アングラ小説です、
     不快感がある方は、
     読むのを中断して下さい




     

    子を持つも持たぬも人の宿命(さだめ)なり
    日に日に努めて行かむ
    あなたの人生なんだから好きなように
    お行きなさい(生きなさい)



    『☆なすべきこと・成すことに意味がある☆』

    お盆に、黄泉の国から現世へ向かう老人とナス。
    ナスは老人を背に歩きながらしゃべるのだが、
    次第に彼らの間にある奇妙な縁が浮かび上がってくる。・・・


    ナスビが歩いていた。体に突き刺さった四本の棒を手足にして、
    ナスが立って歩いていた。その背中には、人間の老人の姿が。
    上を見ると、星がいっぱいに広がっており、
    赤やら青やら黄色やら白やら、なかには毒々しい紫色や
    けばけばしいピンク色に輝くものもあった。

    「あれが全部、地上の光かね」
    ナスの背におんぶされている老人が漏らした。
    「そうですね。最近はネオンやらLEDやら、不自然な
    光り方をするものもありますんで」
    「ちょっとばかりいない間に、地上もずいぶん変わったもんだ」
    老人は、驚きとも呆れともつかないため息をこぼす。
    彼を背負っててくてくと歩くナスは、少しだけ地上を
    フォローしてやる。

    「まあ、こういう夜だから、ってこともありやしょう。
    なにせ、死人のあなたを現世に送ってるんです。
    あっしみたいに、不思議なことなんてごろごろ転がっていやすよ」
    ナスは歩きながら言った。

    今はお盆。死者が、あの世から現世の様子見に
    一時的に帰ってくる日。
    ナスは、死者を運ぶ乗り物の役目を担っている。
    「しかし、なぜナスなのかな」
    「あっしだけってわけでもありやせんけどね。
    ほら」答えるナスの前方から、同じく棒の四肢を持った
    キュウリの馬が走ってきた。

    キュウリは立ち止まり、ナスに話しかけてくる。
    「おう、ナス。お前まで仕事中か? 珍しいな」
    「ああ。ところでどうしたよキュウリ。
    お前さんの背には誰も乗ってないじゃないか」
    「あー、それが、ちいっとトばし過ぎてな。
    送り死人を三途の川に落っことしてきちまった。

    じゃ、オレは閻魔さまにこのことを報告しに行かにゃならんから、
    また今度ゆっくり話そうや」
    そう言うやいなや、キュウリの馬は慌ただしく駆けていった。

    「……キュウリは、えらく速いんだな」老人の言葉に、ナスは応じる。
    「本当なら、現世から迎えに来るのは、足の速い
    あいつらの仕事なんですがね。あっしはその逆で、
    盆のあとに現世の余韻を味わってもらうための帰り専門なんですが、
    いかんせん、あの世も人手不足でして」
    ナスは棒の手を器用に曲げて、ヘタの部分を掻く。

    「早くご家族さんに会いたいでしょうが、すいやせんね」
    「いや、構わんさ。振り落とされたら元も子もないからな。
    それに、お前さんの背中はなんだか落ち着く」
    老人の笑いを受けたナスは、マイペースのまま歩き続ける。

    そこでふと、思い出したように、ありもしない口を開いた。
    「ああ、さっきの質問の答えなんですが、
    あっしはナスの前は人間だったんです。
    前世ってやつですかね。こう見えて、あっしも
    人間のときはいろいろやんちゃしましてね。
    そりゃあ、大なり小なり数え切れないくらい悪事を働きましたよ」

    「そうだったのかい」
    「ええ。で、地獄に堕ちたら来世でナスにされやして。
    ころっとマーボーナスになって死にましたよ。
    そのあと閻魔さまとすぐに再会して、今まで犯した罪の数だけ、
    死者を送り迎えするように言われたんです」
    歩みを止めることなく、ナスはすらすらと喋る。

    「この姿は、それを『成す』ことができるように、ってことかも
    しれやせんね」
    「まるで初夢だな」老人はかかか、と笑った。
    「ところでお客さん」それまでとは少し違うイントネーションで、
    ナスが声をかけた。「本当は知ってるんでしょう? 
    あっしが遅いことを。閻魔さまから聞いてやすぜ、

    お客さんがわざわざナスのあっしを指名した変わり者だと」
    「そんなことまで聞いていたのかい」
    こりゃ参ったな、と老人はひとりごちた。
    「お前さんの言う通りさ。おれはわざと、足の遅い
    お前さんに運んでもらうよう頼んだんだ」

    「へえ、なぜです?」
    老人は少し溜めたのち、思いを吐き出した。
    「実はな、おれも悪人なのさ」
    「なんですって?」ナスの声に、驚きの色が混じる。
    「と、言っても、お前さんほどじゃないよ。
    ただ、ちょいと家族を見捨てて逃げちまった」
    「はあ。またどうしてですかい」
    ほんのわずか、逡巡が聞こえてくるようだった。

    「なんのことはない。旅館の経営がうまくいかなくってな。
    温泉の出が悪くなって、つい魔が差して
    温泉の素なんかに手を出したのがいけなかった」
    「それから、どうなさったんで?」
    ナスは控え目に訊ねた。
    「あとはまあ、よくある話だな。偽装がばれて、槍玉に挙げられて。
    終いには、閑古鳥を泣かせちまった」
    「で、いやになって逃げ出したってわけですかい」

    「ああ、そうとも。そして、余生をホームレスとして送ったんだ」
    老人はしっとりと目をつむる。
    「残った嫁と息子には、悪いことをしたなあ」
    そこには、自虐の笑みが浮かんでいた。
    「そのせいで、ばつの悪いというか、合わせる顔がないというか。
    とにかく、なるべく家族に会うまでの心の準備が欲しかった。
    だから、本来なら帰りのナスを指名したのさ」
    あいつらの顔を見るのが怖くてなあ、と。そう、小さく漏らした。
    しばらくの間、ナスは会話をやめ、のんびり無言で歩く。

    「……その話ですがね、実は続きがありやして」
    ふいに、ナスが口を開いた。
    「続き?」
    「残された奥さんの話です」
    「なんでお前さんがそんなことを」
    「その方は、ちゃあんと旅館を継いで女将さんになったんです。
    女将さんはナス料理が上手でしてね」
    はて、そうだったか。自分の記憶では、妻は
    ナスの料理をあまり作らなかった気がするが。
    老人は思い出す。・・・

    「本当はナスが大好物だったらしいんですが、
    旦那さんに『お前は食うな』と言われていたようでして」
    そう言えば、「秋ナスは嫁に食わすな」のことわざを鵜呑みにして、
    食わせないようにしていたんだった。
    しかも、秋ナスを「焼きナス」と勘違いして、年中食べることを
    しなかったな・・・。
    老人の記憶に、色が灯りはじめる。

    「で、旦那さんがいなくなったあと、それまでの分を取り戻すように、
    ナスを食べるようになったんですよ」
    「……」老人は黙り込む。
    ただじいっと、ナスの背中を見つめ続ける。
    「あっしに包丁を入れながらね、『これはあの人への復讐だ。
    これはあの人への復讐なんだ』と、つぶやいていやしたよ」
    「そう、だったのかい」
    「ええ」・・・

    再び、つかの間の沈黙が訪れる。
    それを破ったのは、やはりナスの方からだった。
    「でもね、そのあと決まってこう言っていたんです。
    『あなた。私はナスを食べていますよ。
    ほら、止めに来てくださいよ』と」
    「それは――」どういう意味だい、と。老人が
    勇気を振り絞って聞く前に、ナスは言った。

    「おっと、そろそろ地上に着きますぜ」ナスの言った通り、
    さっきまで小さかった光の群れが、目の前に迫ってきていた。
    光を見る老人の目には、どこか不思議な活力が宿っていた。
    たとえ嫌われていようとも。憎まれていようとも。
    今、家族たちがどうしているのかを、見届けなければと
    思うようになっていた。決意の光だった。

    気づけば、老人から恐怖は去っていた。
    彼はナスの背から降り、しっかりと自分の足で地を踏みしめる。
    「じゃあ、ひとつ、孫たちの顔でもおがんでくるか。
    ありがとうよ、ナスさんよ」
    「お気をつけて。あっしはここで待ってますんで。
    くれぐれも待ちぼうけにさせないでくださいよ? 
    忠犬ナス公なんてごめんですからね」

    老人は、ナスから離れ、光の中に進みながら言う。
    「わかったわかった。向こうで家族に会ったら、
    ナスを大事にしろとでも伝えとくよ」
    そこで、ひょいとナスに呼び止められた。
    「どうせなら、うんと悪事を積むように言ってくれやせんかね? 
    そしたら、あっしもこの仕事をなすりつけて
    また生まれ変われるってもんで」

    ナスの言葉は冗談のようでもあり、
    あるいは本音かもしれなかった。
    老人は一笑してナスに背を向け、後ろ手をひらひらさせながら
    現世へと進む。
    「食えないやつだな」

    「食えますよ。あっしはナスですから」
    老人が光に包まれていくのを、ナスは律義に
    見送っていた。
    ・・・

    Author :二石臼杵(ふたいしうすき)
    https://kakuyomu.jp/users/Zeck



    歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
    人生、絵模様、万華鏡…


    『ほかされて…』


    あんたとあたいを秤(はかり)にかけりゃ
    きっと重たい女の心
    金魚のように掬(すく)われて 恋が破けて落ちたんや
    愛されて 泣かされて はぐらかされて ほかされて
    よけいに惚れて 月灯り 涙が好きに なるばかり ・・・





    これほど惚れた素振りをしても、ほんとに悟りの悪い人。・・・



    Tinko_2

    人の為(ため)と
    書いて
    いつわり(偽)と
    読むんだねぇ
     



    俺とおまえは、玉子の仲よ、俺が白身で黄身を抱く 


    『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。

    Diy_2

    2016年8月17日 (水)

    漢の韓信-(141)四面楚歌(抗争の終わり)

    信じれば真実、疑えば妄想……

    昨日という日は歴史、
    今日という日はプレゼント
    明日という日はミステリー



    こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
      知りつつ、こうして、こうなった



    メジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、
    良いかな !!
    アングラ小説です、不快感がある方は、
    読むのを中断して下さい



    Kanshin021111

    韓信
    紀元前二〇〇年代の
    中国大陸。


    衰退した秦の末期に
    生を受けた韓信は、成長し、
    やがて漢の大将軍となる。


    「国士無双」「背水の陣」
    「四面楚歌」
    そんな彼を描いた小説。




    漢の韓信-(141)

    四面楚歌(抗争の終わり)


    「間違いない。馬童……久しぶりだな。
    近ごろ顔を見ないと思ったら、漢にいたのか……」
    項羽は決して呂馬童という青年を責めたわけではなく、
    むしろ死を前にして旧友に会えたことを喜んでいたのである。

    しかし、一方の呂馬童はそう思わなかった。
    項羽を前にして足の震えをとめることができない。
    「俺が、漢軍に入ったのは……当然のことだ」
    呂馬童は恐怖心を抑えながら、やっとのことでそう言った。
    「当然……? わからんな。どういうことだ」

    「俺は……幼いときから、お前のことが恐ろしかったのだ!」
    これを聞いた項羽は、なんとも残念な表情をした。
    「それは……実にすまないことだ」
    「今さら遅い……おおい!ここにいるのがまさしく項王だぞ!」
    呂馬童はそう叫び、応援を呼んだ。
    仲間がいなければ、恐ろしくてたまらない。
    昔も今も変わらず、目の前の項羽という男が恐ろしくて
    仕方なかった。

    「馬童よ」項羽は悠然と構え、来援する敵兵に
    対抗しようとする構えも見せなかった。
    「聞けば、わしを捕らえた者には千金と、万戸の封地が
    報奨として与えられるそうだな」
    「そうだ」
    「旧友の誼である。わしは自分の体をお前のために
    恵んでやることにした。もはや恐れることはない。
    わしの首を劉邦のもとへ届け、以後の生活を
    保障してもらうがいい」

    項羽はそう言い放つと、呂馬童の目の前で剣を
    自分の首に当てると、いきなり頸動脈を斬った。
    激しい血しぶきをあげながら、どう、と倒れ込んだ項羽の遺体に
    数人の漢兵たちが群がった。

    彼らは報奨金や封地を目当てにして互いに項羽の遺体を
    確保しようとし、その争いの中で何人かの死傷者まで出した。
    結局激しい争いの中、項羽の遺体は五つに切り裂かれた。

    頭部を指揮官の王翳という人物が確保したほか、
    騎司馬の呂馬童が右半身、郎中の呂勝と楊武が
    片足づつを確保した。左腕に当たる部分は、
    先に辟易して数里後退した郎中騎の楊喜がものにした。

    彼らはそれぞれ封地を与えられ、それぞれに侯爵の
    地位を与えられたのである。
    項羽は最期まで自分が滅びるのは、実力によるものではなく、
    天に与えられた定めとし、漢兵の手にかかることを拒み、
    自害を果たした。敗勢が決まってからも自らの生き様を
    証明しようと、武勇を最期の瞬間まで見せつけ、
    それによって漢兵の数百人が命を落とした。

    雄々しい最期ではあったが、彼の見せた最後の抵抗は、
    軍事的に無意味なものであり、道連れにされた漢兵たちは、
    ほぼ無意味に殺されたといって差し支えない。
    彼らは、項羽という男の自分を飾ろうとする欲に
    付き合わされただけなのである。

    さらに項羽の遺体に群がって報奨を得ようとした者たちの姿は、
    戦時下にも尽きることのない人間の欲を象徴するかのようであり、
    醜態そのものであった。
    しかし、人間社会を動かす原動力は、往々にしてそのような
    欲なのである。・・・

    「なんと美しい……」数十名の部下を引き連れ、
    垓下の砦の内部を検分して回った韓信は、
    楼台に横たわる若い女性の遺体を前に足を止めた。
    二十代前半か、あるいは十代後半かもしれない。
    そこに寝ている女性には首から背中にかけて大きな傷があり、
    激しい出血の痕があったが、それにも関わらず
    天女のような面影が残されていた。

    「項王の寵姫(ちょうき)虞美人にございます」
    傍らにいた女官の生き残りのひとりが、そう告げた。
    項王の愛妾……。「どんな娘であったか」
    興味を覚えた韓信は、女官に向けて質問した。
    「口数の少ない、しとやかで、おとなしい方でございました」
    それきり女官は涙を流し、話ができなくなった。

    項王はあれほど多くの人を殺してきておきながら、
    最後には類い稀な美女までも道連れにする……
    しかし、項王に殉じた者がこの女のみだということは、
    喜ぶべき結果には違いない。だが、項羽が死ぬことになり、
    その結果この美女が自らの命を絶ったということは、
    韓信に感傷を起こさせる事実であった。

    あるいは、この娘を死に至らせた原因も、自分に
    あるのではないか。そう思うと、いたたまれなくなる。
    なにも死ぬことはないだろうに。
    敵将である自分に対する当てつけかとも思われてくる。
    この娘がもし蘭だったら、やはり死ぬだろうか。
    いや、そんなはずはない。あれは、ひとりでも
    生きていける女であった。

    確かに美しいが、いかにも王家の後宮に住む姿が
    似合うこの女とは……違う。
    「斉王は、このような女がお好みですか」
    ふいに発せられた配下のひとりの質問に、韓信は答えた。
    「いや、……どんなに美しいといっても死んでしまっては、
    咲かない花と同じだ。あるいは枯れた花か……。

    いくら枯れた花を愛でてみても、寂寥を癒すことはできず、
    かえってそれは増すばかりだ。
    ……項王のそばに葬ってやるよう手配せよ」
    「は、ですが項王はまだ……」
    「いずれ死ぬ」このとき項羽の死はまだ確認できないでいたが、
    韓信にとってそれは既定の事実であるかのようであった。

    戦いは終わり、韓信は兵を引き連れ、斉への帰途についた。
    残党の始末をしつつ、臨淄に帰ろうとしたのである。
    天下はあらかた定まった。にもかかわらず、
    韓信の心には、晴れ晴れとしたものはない。

    かつて、魏蘭は彼に言ったことがある。
    「統一の後も、天下は乱れる」 内乱の可能性は否定できない、
    というのである。それは正しいことのように思えた。
    今日まで絶えることのなかった戦いが、明日から急になくなるとは、
    どうしても思えない。しかし項羽が死んだ以上、
    内乱を起こすにしても新たな首謀者が必要で、
    それが誰なのかが当面の問題であった。

    韓信は思う。自分は世に戦いがあれば、必要とされる男だと。
    つまり、内乱が起こったとしても自分が
    鎮圧するつもりでいたのである。・・・・

    つづく

    Author :紀之沢直樹
    http://kinozawanaosi.com



    愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る



    『SMAP解散の本当の原因!
    芸能界の大御所メリー喜多川の嫉妬だった!!』




    メリー喜多川(本名・藤島メリー泰子)1926年12月25日89歳
    ジャニーズ事務所の副社長。

    ジャニーズ事務所・4つの派閥。

    ジャニー派、メリー派、ジュリー派、飯島派
    ※メリーとジュリーは基本同じ派閥

    ・ジャニー派
     KinK Kids タッキー&翼/Hey! Say! JUMP・SexyZone

    ・メリー派
     V6・NEWS

    ・ジュリー派
     嵐・TOKIO・関ジャニ∞・KAT-TUN

    飯島派
     SMAP・Kis-My-Ft2・山下智久・A.B.C-Z




    時は絶えず流れ、 今、微笑む花も、明日には枯れる

     

     

    P R

    カビの生えない・きれいなお風呂

    お風呂物語

    DIYの感動をあなたに!!

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    Diy

    2016年8月16日 (火)

    妄想劇場・特別編

    妄想劇場・特別編

    信じれば真実、疑えば妄想……



    Mituo

    昨日という日は
    歴史、


    今日という日は
    プレゼント


    明日という日は
    ミステリー






    誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
    誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。



    知られざる深層レポート・SMAP解散


    SMAP結局解散!キムタクと香取の溝埋まらず、
    事務所には残留・・・


    1月に分裂、解散危機騒動が表面化した国民的グループ、
    SMAPが12月31日をもって解散することが14日未明、
    ジャニーズ事務所から発表された。

    「SMAPの独立話は当初、合意していたんです。
    “育ての親”である飯島三智氏(59)の退社に伴い、
    メンバー全員が追随するという話でした。
    しかし、途中で反旗を翻したのが木村拓哉(43)だった。
    木村はジャニーズ残留を主張するようになり、
    独立派の中心にいた中居正広(43)と対立。
    香取慎吾(39)も木村への不信感が押さえきれなくなり、
    その気持ちは他メンバーにも伝染しているようです」
    (テレビ局関係者)

    木村も最初から残留と腹を決めていたわけではなかった。
    では、なぜ翻意し、メンバーや飯島氏を裏切ったのか。


    「工藤静香(46)の影響につきる、と言われています。
    工藤は芸能界の重鎮と広く繋がっていて、
    ジャニーズで飯島氏と対立関係にあったメリー喜多川副社長(89)とも
    交流がある。そのため、夫である木村には
    『たとえメンバーを裏切る形になっても、ジャニーズに残留すべき』と、
    説得し続けた。木村は工藤の助言を無下にできず、
    その通りにしたというわけです」(テレビ局関係者)

    飯島三智氏(59)と中居正広(43)ら4人のメンバーが
    ジャニーズ事務所からの退社を決意する一方、
    「事務所に恩義を感じている」として残留を決めた木村。
    メリー喜多川副社長(89)は木村の妻で歌手・工藤静香(46)と
    懇意にしていることから、木村は今後も事務所内で
    「安泰」の立場にあるはずだった。・・・

    解散の最大の要因とみられるのが、木村と香取の軋轢だった。

    「育ての親であるマネジャーを“裏切った”形の木村に、
    不信感が消えなかった。
    そんな中で『木村が家族でハワイに行っていた』と耳にすれば、
    溝がより深まった可能性も否めません。

    解散後も中居正広(43)、木村拓哉(43)、稲垣吾郎(42)、
    草なぎ剛(42)、香取慎吾(39)の5人は事務所に残留し、
    ソロとして活動する。
    5人はジャニー喜多川社長(84)と話し合いを重ねたが、
    メンバー間の溝は埋められず。
    デビュー25周年に重い決断を下した。

           
     
    B2
       
    騒動発覚から7カ月。5人は解散という苦渋の
    決断を下した。

    関係者によると、1月の騒動を受けて、事務所は
    2月から、ファンへの感謝を込めたコンサートや、
    デビュー25周年イベントの開催をメンバーに提案してきた。
    5月には「解散はありえない。(デビュー25周年を)
    盛大にやるべき」と発言したジャニー氏が音頭を取り、
    メンバーと話し合いを重ねてきた。

    また、ジャニー氏の姉であるメリー喜多川副社長(89)の長女、
    藤島ジュリー景子副社長(50)も、ジャニー氏とは別に
    各メンバーと個別に面談を重ねてきた。ただ、
    メリー氏は面談に参加することはなかったという。

    5月からこれまでに、ジャニー氏とメンバー5人一緒の面談が2度、
    ジャニー氏とメンバーそれぞれによる面談も2度実施された。
    木村は25周年の活動に積極的だったが、メンバー数人が
    「今の5人の状況ではグループ活動を継続することは難しい」と主張。
    出演依頼があった7月の音楽特番も辞退していた。

    この状況を受けて、3週間前から、事務所はメンバーに
    海外での語学留学や芝居の勉強などを含め、
    グループ活動の休止を提案した。が、
    稲垣、草なぎ、香取の3人が「休止明けのグループ活動が
    イメージできない。

    休止といってファンに期待を持たせるのは失礼。
    休みより解散したい」と、今月10日に事務所に
    正式に申し出たという。
    翌11日に、事務所役員による協議で12月31日をもっての
    解散が正式に決定。解散時期を年内いっぱいにしたのは、
    レギュラー冠番組の編成やファンの気持ちを考慮して、
    区切りのいい四半世紀の歴史で終止符を打つことに
    こだわったようだ。

    ジャニー氏は解散の決断にがっかりしていたというが、
    「5人は自分が生んで育てた子供。グループだろうが、
    ソロだろうが同じ愛情を注ぐ」と変わらぬサポートを
    誓っているという。

    木村は「本当に無念です。でも、25周年のライブも
    グループ活動も5人揃わなければ何もできないので、
    飲み込むしかない」、
    中居も「このような結果に至った事をお許しください」
    苦しい胸の内を明かした。
    ただ、事務所関係者は再結成について「ないとは言えない」と
    話しており、かすかな望みはついえていない。

    ファンによる代表曲「世界に一つだけの花」の
    購買運動などを受けて、同18日にフジテレビ系
    「SMAP×SMAP」(月曜後10・0)でメンバーは生謝罪し、
    グループ存続宣言。事態は収束へと向かった。
    しかし、飯島三智氏(59)は騒動の責任をとって事務所を退社。
    これに一番ショックを受けていたのが香取だったという。

    香取にとって、中学生のころから母親のように
    面倒を見てくれたIさんを木村が裏切ったように
    映ったのかもしれない。

    香取は、木村との会話を一切しない状況が続いたという。
    2人が関係修復をできぬまま、事務所サイドが
    ツアー開催をメンバーに打診。
    関係者は「メンバーの気持ちに揺れはあった」と明かすが、
    2008年以降、SMAPのライブ演出を担当する香取が
    開催を頑なに拒否。ジャニー社長の説得にも応じず、
    25周年ツアーは幻となった。

    SMAP、元マネジャーの影響!?
    東京パラリンピック応援隊辞退
    SMAPは2020年東京パラリンピックのPR活動に協力しているが、
    14日をもってその活動は終了。
    解散までにコンサートの開催や新曲の発売、
    25周年イベントはなく、5人は会見も行わない。

    SMAPが解散しても、メンバー個々で応援隊を
    続けることは可能だったはず。
    この仕事をプロデュースしたのは同財団に人脈を持つ
    元チーフマネジャーの飯島三智氏(59)だったため、事務所を
    退社したことも応援隊から手を引く大きな要因になったといえそう。

    解散を選択した5人は、9月からの1年契約を更新した。

    「5人から事務所を辞めたいという意思表示は一回もなかった」
    (関係者)といい、契約更新のタイミングだった9月から1年間、
    契約更新した。解散後もメンバーは事務所に残留し、ソロ活動を行う。

    同事務所は1年ごとに契約を自動更新しており、
    辞める場合、3カ月前に意思表示しなければならない。
    来年、メンバーが再び残留を選択するかは、現時点で
    不透明。

    メンバー全員が残って解散するのはジャニーズ事務所で
    初めてとなる。

    SMA
    1988年にジャニーズJr.から6人が選抜され、結成。
    グループ名は「Sports Music Assemble People」の
    頭文字からジャニー喜多川社長が命名。
    91年にCDデビューし、バラエティー番組に進出して人気を得た。
    96年に森且行(42)が脱退し、オートレーサーに転身。
    フジテレビ系「SMAP×SMAP」は同年から続く人気番組で、
    「夜空ノムコウ」「らいおんハート」「世界に一つだけの花」など
    ヒット曲は多数。メンバーそれぞれが映画やドラマ
    舞台などでも主演級で活躍している。

    Author : B1


    こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
        知りつつ、こうして、こうなった



    SMAP「ありがとう」



    時は絶えず流れ、
        今、微笑む花も、明日には枯れる

     P R

         カビの生えない・きれいなお風呂

          
    お風呂物語 

    入れてもらえば気持ちは良いが、
      どこか気兼ねなもらい風呂


    Diy

    『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。


    2016年8月15日 (月)

    信じれば真実、疑えば妄想

    信じれば真実、疑えば妄想


    時は絶えず流れ、
     今、微笑む花も、明日には枯れる



    Mousou2111

     人の為(ため)と書いて
     いつわり(偽)と読むんだねぇ

     誰にだってあるんだよ、
     人には言えない苦しみが。

     誰にだってあるんだよ、
     人には言えない悲しみが。






    史実に隠された衝撃的な真実~

    宦官の実体~(1) 

    宮廷の僕、知られざる素顔とその異常心理~

    後宮の美女軍団を管理する役職

    中国4千年と言われる歴史の中で、暗躍し続け、
    中国歴代王朝に多大な影響を与えた存在があった。
    人は彼らを宦官(かんがん)、または、閹人(えんじん)と呼ばれた。
    彼ら宦官の仕える所は、本来、奥深い宮廷の内部であったが、
    とき折、現れ出ては歴史の表舞台に顔を出して
    数々の大事件を引き起した。
    それはまるで、深海に棲む得体も知れぬ生物が時折、
    餌を求めて海面に浮き上がってくるようでもあった。
    一体、彼ら宦官とは何者だったのだろうか?
          
    宦官の主な仕事は、数千人以上いると言われる後宮の美女たちを
    管理することだったと言われている。
    巨大な宮廷内に生活する妾たちはすべて皇帝一人の所有物であった。
    これだけ宮女の数が増えると、当然、彼女らに奉仕し、
    皇帝の手足となって、彼女らを管理する存在が必要となって来る。
    こういうことから、宦官という役職が必要とされたのであろう。
          
    しかし、膨大な数の女性がいる後宮というところは、
    嫉妬の嵐が吹き荒れる殺伐とした荒涼とした世界だった。
    そこでは、友情や愛情などひと欠片も存在せず、
    日々、やきもちから来る権力闘争に明け暮れる醜悪な
    世界なのであった。こうした陰湿で謀略渦巻く後宮にあって、
    宦官が彼女たちの手先となって暗躍することになるのも
    当然の成りゆきだったとも言えよう。


    B19 
           紫禁城

           元時代につくられたものを
           明の永楽帝の時に改築し、
           清が滅亡するまで
           宮殿として使われた。

           敷地は
           72万5千平方メートルもあり、
           世界最大の宮殿であった。
          



    時代が必要とした宦官
          

    世界史に名を残す君主たちは、ほとんど例外なく数多くの妻をめとり、
    無数の美女に取り巻かれて豪華な宮殿の中で贅沢三昧な
    生活を送っていた。つまり、君主たるもの、好色でない者は
    いなかったのである。

    男として生まれてきたからには、こういう溜め息が出るような
    暮らしを一度はしてみたいと思うのは当然のはずである。
    例えば、紀元前10世紀のユダヤのソロモン王は、
    千人の妻や妾にかしづかれた豪奢な生活ぶりだったし、
    西アジアを支配したイスラム帝国の歴代のスルタンは、
    支配下の領土から数百人の美女を献上させ、
    巨大なハレムの中で夢のような豪華な生活を送っていた。
    古代エジプトのファラオも、山のような金銀財宝を持ち、
    数百人の妾を所有する絶大な権力者だったことが知られている。
          
    しかし、中国の歴代皇帝が侍らせていた后妃の数は、
    これらの君主のスケールを遥かに凌駕するものであった。
    まさに、事実を知ったら卒倒するほどの数の美女を
    独り占めしていたのである。

    漢の武帝は8千人の美女がいたと言うし、
    晋(3世紀頃)の武帝などは実に1万人以上もいたらしい。
    五胡十六国時代の後超国(ごちょうこく)に至っては、
    后妃の数は3万人を越したというから、もはや驚きの域を
    通り越している。

    皇帝たちは、これら全国各地から選りすぐった美女たちを
    住わせるのに湯水のように資金を使って華麗な宮殿を
    どんどん建造し拡張していったのである。
          
    しかし、これほど大多数の宮女がいれば、当然、それに
    ふさわしい使用人も必要になってくる。
    宮女や侍女たちは、王宮内を走リ回ることが許されず、
    人前に顔を出すことさえも禁止されていた。
    しかも、宮中には体力を必要とする労働が少なからずあった。
    つまり、男手が必要だったのである。

    こういう点から、女の奴隷よりも体力があり、かつ皇帝の
    所有物でもある後宮の美女たちに悪さをしない奴隷・・・
    すなわち男性器を切除されて、性欲を無くし中性化した奴隷が
    必要とされたのである。
          
    こうした需要と供給との関係が、宦官を生み出す
    時代背景となったと言っていいだろう。つまり、
    宮女と宦官の数は常に正比例の関係にあった。
    つまり、後宮の制度(ハーレム)が進展すればするほど、
    宦官の数も増加の一途をたどるのである。
          
    宦官と呼ばれる男性器を切除された者は、古代から、
    世界中の宮廷にいたことが知られている。
    宦官となった者は、姦淫の罪も犯すこともないので、
    一般人よりも信頼出来るとして珍重されたのである。

    ギリシアでもローマでもペルシアやインドでも、
    強大な王のもとには、いつも多数の妻妾が宮廷に
    群れをなしているのが現実であったので、それらに奉仕し、
    管理する宦官がどうしても必要だったのである。

    しかし、中国ほど宦官に関する史料が残っている国もなく、
    しかも4千年と言われる長い王朝の歴史を宦官の存在なくして
    語ることは出来ないと言ってよい。

    宦官の実体~(2)へ 続く

    ・・・・

    Author :後藤樹史(不思議館 )
    http://www.cosmos.zaq.jp/t_rex/profile.html




    愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る



    【閲覧注意】チンパンジーに襲われ、顔面を潰された女性

    顔を潰されても前向きに生きる彼女の姿には
    勇気づけられます。





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    816

    2016年8月14日 (日)

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    幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
     不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない

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    ニュース速報Japan

    エアバック死亡事故 事故当時に母親が
    覚せい剤を使用してた可能性も・・・


    大阪市東住吉区で2月、軽乗用車が電柱に衝突し、
    助手席の女児=当時(3)=が死亡する事故があった。
    女児はエアバッグの衝撃で胸を圧迫され
    死亡した可能性が高いことが判明し、大阪府警は6月、
    自動車運転処罰法違反(過失致死)容疑で、
    運転していた母親(30)を書類送検した。

    後部座席にはチャイルドシートが設置されていたが、
    母親が「近くだから」と軽く考え、助手席に乗せた末に起きた事故。
    専門家はチャイルドシートの重要性を訴える一方、
    身を守るはずのエアバッグが逆に〝凶器〟となった悲劇に対し、
    育児ママから同情の声も上がった。
    ところが、母親は事故2日後に尿から覚醒剤成分が検出され、
    逮捕されていたことが発覚。事故との因果関係は不明とはいえ、
    同情論は一気にしぼんでしまったようだ。・・・

    助手席に座らせた不運

    府警によると、事故は2月17日午後4時50分ごろ、
    大阪市東住吉区公園南矢田の住宅街の市道で起きた。
    母親が軽乗用車を運転中、ダッシュボードから足下に落ちた
    携帯電話を拾おうとしてハンドル操作を誤り、
    時速30キロ以下の低速で道路左脇の電柱に衝突した。
    助手席にいた女児はエアバッグが作動していたものの、
    病院に搬送され、間もなく死亡が確認された。

    司法解剖の結果、女児の死因は、胸部圧迫による
    心臓挫傷と判明。強い衝撃により流出した血液が
    心臓を圧迫する「心タンポナーデ」を引き起こしていた。
    女児には他に目立った外傷がなく、シートベルトによる
    圧迫も確認されなかった。

    府警は、急速に膨らんだエアバッグの衝撃で死亡した
    可能性が高いと結論づけ、事故を起こした母親を
    6月16日に書類送検した。
    「時速300キロ」凶器と化したエアバッグ 3歳女児圧迫死、
    母親シャブ使用でしぼんだ〝同情〟

    チャイルドシートは平成12年4月の道交法改正で、
    6歳未満の乳幼児を車に乗せる際の着用が義務づけられたが、
    女児が乗ったのは後部座席のチャイルドシートではなく、
    何もない助手席だった。
    母親は当時、近くの友人宅へ向かう途中で、
    「家からも近かったので(女児を)助手席に乗せた」と供述したという。
    法令に従い後部座席のチャイルドシートに座らせていれば
    避けられた事故だ。だが、命を守るはずのエアバッグによって
    幼い命が奪われただけに、衝撃が広がった。

    「乗せる気持ち分かる」

    チャイルドシートは、助手席での使用を禁じる規定はないものの、
    一般的に後部座席での装着が推奨されている。
    だが、子育て中は、首が座っていない状態で後部座席の
    チャイルドシートに乗せるのが心配だったり、
    子供がチャイルドシートに乗ることを嫌がったりと、
    さまざまな場面があることも事実だ。

    育児中のママは今回の事故をどう捉えているのか。
    3歳の長女を保育園や実家に車で送り迎えすることがあるという
    堺市東区の会社員の女性(36)は、「娘がチャイルドシートに乗るのを
    嫌がることはあるが、危ないので助手席には絶対に座らせない」とし、
    「エアバッグで圧死するほどの力があるとは思っていなかった」と話した。

    安全性議論は置き去り…

    そんな中、事故の裏に意外な事実があることが発覚した。
    実は府警は、事故から2日後に母親を事情聴取した際の
    挙動を不審に思い、尿検査を実施。
    覚醒剤の陽性反応が出たため、急性薬物中毒で入院後の5月、
    覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで逮捕していたのだ。

    母親は「知人からもらった薬を飲んだからかもしれない」と
    供述したという。検査は事故の2日後だったため、
    運転していた際に覚醒剤を使用していたかどうかは、
    はっきりとは分かっていない。

    母親の7月4日の初公判後、弁護人も取材に
    「事故と覚醒剤使用の関連はないとみている」との見解を示した。
    とはいえ、起訴状でも覚醒剤での使用期間を「2月9日ごろから
    (事故2日後の)19日まで」としており、
    事故当時に覚醒剤を使用していた可能性はある。

    前出の主婦は「女児がエアバッグで亡くなったことは
    かわいそうだが、覚醒剤なんて考えられない…」と
    絶句してしまった。

    覚醒剤使用の発覚という予想外の事実が判明し、
    母親の事故に対する「重大な責任」がクローズアップされてしまった。
    肝心のエアバッグの安全性をめぐる議論は、
    置き去りにされかねない状況となってしまった。

    B41

      関連する犯罪の法定刑

     過失運転致死傷罪…
     7年以下の懲役もしくは
     禁錮または100万円以下の罰金

     覚醒剤取締法違反(所持/使用)…
     10年以下の懲役





    車に置き去り2歳男児死亡 父親「忘れていた」



    2歳児が車内で死亡
    保育園に送るの忘れ8時間放置

    栃木県芳賀町芳賀台の駐車場で7月29日、
    軽自動車の車内男児死亡しているのが見つかりました。


    7月29日午後5時10分ころ、芳賀町芳賀台の自動車関連企業の
    駐車場で、宇都宮市内に住む男児(2)が車内でぐったりしているのを
    30代の父親が発見し、消防局に119番通報したということです。

    この通報を受け救急隊が現場に駆けつけたところ、
    男児はチャイルドシートでシートベルトを付けた状態で、
    全身にやけどを負い死亡していたということです。
    栃木県警真岡署は、熱中症によって死亡した可能性が高いとみて、
    7月30日に司法解剖して死因などを調べます。

    真岡署によりますと、父親は朝通勤する際に男児を
    保育園に送るはずでしたが「仕事のことなどを考えていたら
    忘れていた」などと話しているということです。
    発見時、車は施錠してあり、窓は閉めてあった模様。

    父親は7月29日朝、男児を後部座席のチャイルドシートに
    乗せてたまま会社に出勤し、
    午後5時ころに母親から「子どもが保育園に来ていない」と
    連絡があり、車内に置き去りにしていたことに気付いたということです。
    男児は午前9時ころから約8時間、車内に置き去りにされたと
    みられています。

    真岡署は、父親から事情を聴くとともに、
    男児の詳しい死因について調べています。
    宇都宮地方気象台によりますと、現場に近い真岡市の
    7月29日の最高気温は32・7℃だったということです。・・・



    時は絶えず流れ、
     今、微笑む花も、明日には枯れる




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    妄想劇場一考編

    妄想劇場一考編

    信じれば真実、疑えば妄想……

    時は絶えず流れ、今、微笑む花も、明日には枯れる


    Mituo

     

    一目惚れしたのは、
     私が先よ、

     手を出ししたのは、
     あなたが先よ





    『冥談の核心・事件のの深層』   

    現実に起きていることから、
    浮かび上がってくる真実がある。・・・・



    「じじい、気色悪いわ!」
    家庭内暴力20年超、老夫婦襲った悲劇


    発症率は100人に1人-。

    自分には関係ないとみるか、ひとごとではないと捉えるかは
    人それぞれだが、一つ確かなのは、決して珍しい
    病気ではないということだ。
    被害妄想や幻聴などに襲われる統合失調症をめぐり、
    患者だった40代の三女を絞殺したとして、殺人罪に問われた
    老夫婦の公判が3月、大阪地裁で開かれた。

    深夜の大声、隣近所への迷惑行為…。
    20年以上にわたる家庭内暴力に困り果て、
    行政にも医療機関にも相談したが、三女を受け入れる場所は
    結局、家庭しかなかった。

    「もう私たちの手では、どうにも解決できんかった」。
    80代の父親は法廷で、救いの手はどこにもなかったと訴えた。
    裁判員の結論は執行猶予付きの〝温情判決〟だった
             
    「ごめんね。母さんを許して」
             
    「引っ越しは嫌や!」昨年7月12日夜。
    大阪市平野区の自宅で、三女が甲高い声で駄々をこねた。
    賃貸住宅の管理会社からは月末に退去するよう迫られていた。
    父親と70代の母親は老身にむち打ち、三女が夜中に
    大声を出しても近所迷惑にならない物件をようやく
    探し当てたところだった。

    「これ以上ええとこないんやから」母親はそう言って三女をなだめた。
    「お母さんを困らして。他に行く場所ないんやで」
    父親も説得したが、三女は聞く耳を持たなかった。

    父親からすると、突然の出来事だった。
    母親が無言で、近くにあった白いノースリーブシャツを手に取った。
    そして背後から三女の首に巻き付けたのだ。
    娘を殺そうとしている-。父親は瞬間的に悟った。
    「妻を犯罪者にするわけにはいかん」。
    慌ててシャツを奪い取り、その両端を力一杯引っ張った。          

              「死んでくれ。仕方ないんや、許してくれ…」
    三女は抵抗した。その間、母親は三女の頬に自分の頬をすりつけ、
    泣き崩れていた。「ごめんね。母さんを許して…」
    三女の体から力が抜けた。

    「110番して」父親に言われ、母親は受話器を取った。
    数分後、駆け付けた警察官に父親は「家内がかわいそうで、
    やってしまいました」と自白。母親も共犯として逮捕された。
    意識不明の重体で救急搬送された三女は
    それから12日後に死亡した。

    13歳から異変…ひきこもり、

              そして鬱病に夫婦の間には、長女と生まれて間もなく亡くなった次女、
    そして三女の3人の娘がいた。
    三女は人見知りで気弱な性格だったという。
    異変が出始めたのは13歳のころだった。
    気に入らないことがあるとふすまを破ったり畳を切り刻んだり、
    物にあたるようになった。

    中学卒業後にいったん就職したものの1カ月で退職した。
    以降は自宅の2階にひきこもり、18歳のころに受診した病院で
    鬱病と診断された。
    20歳を過ぎると、三女は「家の中に盗聴器がある」と
    妄想におびえるようになった。
    業者を呼んで盗聴器がないことを確かめても、
    「嘘ついてるやろ!」と暴れた。

    隣の家の郵便受けに卵を投げ込んだり、
    夜中に大声で騒いだりするようになり、
    両親はたびたび近隣住民に頭を下げて回ったという。

    そして三女はこのころから、父親に異常な嫌悪感を
    示すようになった。「じじい死んでしまえ!気色悪いわ!」
    突然暴言を吐かれ、あっけにとられることもあった。
    「自分が近くにいなければ、あの子も落ち着くかもしれない」

    父親はそう考え、近くにアパートを借り、単身別居生活を始めた。
    母親は週3回程度、父親の部屋を訪ね、
    洗濯や掃除などのサポートをした。
    それでも三女の病状が改善することはなく
    、「お風呂の換気扇から声が聞こえる。
    誰かが私の体を見てる」と一日中わめいた。

    強制入院もすぐ退院

    両親は平成20年1月、地域の保健福祉センターに相談し、
    職員の手を借りて、三女を精神科のある病院に連れて行った。
    医師からは「妄想型統合失調症」と診断され、
    同年5~7月、強制入院にあたる医療保護入院措置となった。

    だが退院後、三女は通院も服薬も拒むようになり、
    幻聴や妄想はますます悪化した。家庭内暴力もひどくなり、
    26年5月、父親は体力に自信のある知人に頼み、
    力尽くで三女を再入院させた。

    しかし、わずか1カ月で「外泊しても問題ない」と判断され、
    退院となった。それから1年後の27年6月、
    事件のきっかけとなるトラブルが起きた。

    三女の大声に腹を立てた向かいの家の住民が瓶を投げ込み、
    母親と三女の住む部屋の窓ガラスが割れた。
    母親は慌てて管理会社に窓の修繕を依頼したが、
    返ってきたのは非情な「最後通告」だった。

    「お宅のことでいろいろ苦情が出てるんですよ。
    今月いっぱいで出ていってください」 
    頭の中が真っ白になった。なんとか退去期限を7月末に
    延ばしてもらい、翌日から両親は不動産屋めぐりに奔走した。

    ようやく条件が合う物件を見つけたのは7月上旬のことだった。 
    だが、転居の説明をしても、三女は頑として首を縦に振らない。
    入居契約の締め切りが迫った7月12日早朝、
    母親は父親の部屋に行き、「一緒に説得してほしい」と頼んだ。
    そして同日夜、冒頭の事件が起きた。

    孤立する患者家族
             
    母親は公判中、ずっと泣き続けていた。
    被告人質問で検察側から「別の方法はなかったのか」と問われると、
    「いまだに答えが見つかりません」と話した。

    今年3月10日の大阪地裁判決は「他に解決策があったのでは
    という疑問は残る」としながら、
    「20年以上の間、治療や行政機関への相談をしてきた両被告が
    突発的に殺害を決意したことについて非難の程度は低い」として、
    いずれも懲役3年、執行猶予5年を言い渡した。

    行政や医療機関を頼ってもなお孤立する患者家族。
    「全国精神保健福祉会連合会(みんなねっと)」の野村忠良事務局長は
    「患者やその家族に対する公的な支援体制はまだまだ不十分だ」と話す。

    野村さんによると、相談窓口である地域の保健所は慢性的な人手不足。
    医療機関はといえば、数カ月で退院を迫られるのが実情だ。
    「結局は重症化していく患者を、家族で抱えるしかない」

    公判で父親はこう訴えた。「私たちの手だけではもう解決できんかった。
    社会の仕組みや福祉、医療を変えんと、どうにもならんと思うんです」
    どんな事情があれ、娘をあやめることは罪だ。
    ただ、20年の辛苦を経た父親の言葉には、重い響きがあった。

    Author : B1



    歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
    人生、絵模様、万華鏡…



    『男の弱さ』 …




    昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
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    2016年8月12日 (金)

    歴史・履歴への許可証

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    夢はでっかく、根はふかく。
    花を支える枝 枝を支える幹 
    幹を支える根 根はみえないんだなあ


    Kobanasi_3_4




    鬼が餅つきゃ、閻魔が捏ねる、そばで地蔵が食べたがる

    B1_3


    舞扇京都府の民話



    むかしむかし、京の都に
    有名な踊りの師匠がいて、
    大勢の弟子をかかえていました。

    その弟子の中に、けいこ熱心な
    雪江(ゆきえ)という娘がいました。





    一本の舞扇(まいおうぎ)日本舞踊に使う扇で、普通の扇より大きく、
    流儀の紋などをえがいたもの)をとても大切にしていました。
    その舞扇は雪江が父にせがんで名高い絵師に描いてもらった物で、
    今を盛りと咲いている桜の花が描かれた、それは見事な扇でした。

    さて、ある日の事。どうした事か、雪江はこの扇を
    けいこ場に忘れて帰ったのです。
    それに気づいた師匠は、「大切な扇を忘れると珍しい。
    まあ、明日来た時に渡してやろう」と、自分の
    机の上に置いておきました。

    ところが次の日、雪江は珍しくけいこには来ませんでした。
    そして次の日も、また次の日も、雪江はけいこに来ないのです。

    「雪江に、何かあったのだろうか?」
    師匠はふと、雪江の扇を広げて見ました。
    そこには扇面(せんめん)→扇を開いた面いっぱいに、
    明るく花が咲いていました。

    そこへちょうど、友だちの占い師(うらないし)が尋ねてきました。
    「やあ、いらっしゃい。ほら、これをご覧なされ。
    弟子の忘れ物だが、優雅(ゆうが)な物じゃろう」
    師匠が広げたままの扇を占い師に渡すと、
    「ほほう、これは美しい。・・・?」と、
    占い師はしばらくして、ポツリと言いました。
    「お気の毒ですが、この花は今日中に散りますな」

    「えっ?」やがて占い師が帰った後、師匠は再び
    その扇をながめました。
    (今日中に散るとは、いったいどの様な意味だ?)
    占い師の言葉が気になった師匠は、それからもじっと
    扇をながめていました。

    すると妻がやって来て、「あの、お食事でございます」と、
    声をかけました。「ああ、もうそんな時間か」
    妻の声に我に返った師匠は、開いたままの扇を持って
    立ちあがりました。するとハラハラと、開いた扇から
    白い花びらが散りました。
    散った花びらは風もないのにチョウが舞うと、
    空高く消えてしまいました。

    「何とも、不思議な事よ」そして花びらが散った扇を見た師匠は、
    さらにびっくりです。「おお、これは!」
    何とそこにあるのはただの白い舞扇で、あれほど見事に描かれた
    桜の花がすっかり消えていたのです。
    「これは、もしや雪江の身に!」
    師匠はカゴを用意すると、雪江の家に急がせました。

    そしてカゴが玄関につくと、ちょうど母親が現れて言いました。
    「先生。娘は、娘はほんの先ほど、息をひきとったところでございます。
    どうぞこちらへ」案内された奥の間には、息をひきとった雪江が
    静かにねむっていました。
    そしてその周りには、どこから入ってきたのかあの桜の花びらが
    しきつめるように落ちていたという事です。

    おしまい



    B2_3

     日本の昔話

     タヌキと彦一(ひこいち)話


     むかしむかし、彦一と言う、
     とてもかしこい子どもがいました。






    この彦一の家の裏山には一匹のタヌキが住んでいて、
    毎日旅人にいたずらをしては喜んでいました。
    ある晩の事、タヌキは旅人に化けると、彦一の家にやって来ました。
    「こんばんは、ちょいと、ひと休みさせてくださいな」
    戸を開けた彦一は、この旅人は裏山のタヌキに
    違いないと思いましたが、知らぬ顔で家へ入れてやりました。

    しばらくするとタヌキは、彦一に尋ねました。
    「ところで彦一どんには、何か怖い物はあるか?」
    それを聞いた彦一は、このタヌキをからかってやろうと思いました。
    「う~ん、怖い物か。そう言えば、一つだけあった。
    でも恥ずかしいから、誰にも言わないでくれよ。
    実はな、まんじゅうが怖いんじゃ」
    「えっ? まんじゅう?あの、食べるまんじゅうか?!
    あはははははっ、まんじゅうが怖いだなんて」
    「ああ、やめてくれ!おら、まんじゅうって聞いただけで、
    体が震えてくるんだ。怖い怖い」

    ブルブルと震える彦一を見たタヌキは、(これは、いい事を聞いたぞ)と、
    大喜びで、山へ帰って行きました。
    次の朝、彦一が目を覚ましてみると、何と家の中に
    出来たてのまんじゅうが、山ほど積まれていました。
    「おっかあ、馬鹿なタヌキからまんじゅうが届いたぞ。
    さあ、一緒に食おう」彦一とお母さんは大喜びで、
    タヌキが持ってきたまんじゅうを食べました。

    その様子を見ていたタヌキは、だまされたと知って
    カンカンに怒りました。「ちくしょう! 
    タヌキが人間にだまされるなんて! 
    この仕返しは、きっとするからな!」

    そしてその日の夜、タヌキは村中の石ころを拾い集めて、
    彦一の畑に全部放り込んだのです。
    (えっへへ。これで彦一のやつ、畑仕事が出来ずに困るだろう)

    よく朝、畑仕事に来た彦一とお母さんは、畑が石ころだらけなので
    びっくりです。
    「ああ、家の畑が!」お母さんはびっくりして声をあげましたが、
    しかしそれがタヌキの仕業だと見抜いた彦一は、
    わざと大きな声でお母さんに言いました。
    「のう、おっかあ。石ごえ三年というて、石を畑にまくと
    三年は豊作(ほうさく)だと言うからな。誰がしたかは知らんが、
    ありがたい事だ。これが石ではなくウマのフンじゃったら、
    大変な事じゃったよ」

    それを隠れて聞いていたタヌキは、とてもくやしがりました。
    (ちくしょう! 石ごえ三年なんて、知らなかった。・・・
    ようし、石ではなく、ウマのフンなら大変なんだな)

    そしてその晩、タヌキは彦一の畑の石を全部運び出すと、
    今度はウマのフンを彦一の畑にうめておいたのです。
    さて、タヌキのまいたウマのフンは、とてもよいこやしになって、
    秋になると彦一の畑ではとても見事な作物がたくさん取れました。

    「ちくしょう。おらでは、どうしても彦一にはかなわねえ。・・・
    くやしいよう」作物の実った畑を見て、くやし泣きをするタヌキに、
    彦一が声をかけました。「おーい、タヌキどん。
    お前にも、家の畑でとれたサツマイモを分けてやるぞ。
    何しろお前のまいたこやしのおかげで、とてもよく育ったからな」

    「あっ、ありがとう」それからはタヌキはいたずらをやめて、
    裏山でおとなしく暮らしたということです。・・・

    おしまい・・・



    信じれば真実、疑えば妄想・・・


    『ロシア民話・大きなカブ』






    誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
    誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
    ただ、黙っているだけなんだよ……。



    Mituo

     人の為 と書いて、

     いつわり(偽) と

     読むんだねぇ






    時は絶えず流れ、 
      今、微笑む花も、明日には枯れる    

       

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    『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。
     

    妄想劇場・番外編

    妄想劇場・番外編

    信じれば真実、疑えば妄想……


    1810



     メジャーでは無いけど、
     こんな小説あっても、
     良いかな !!
     アングラ小説です、
     不快感がある方は、
     読むのを中断して下さい





    子を持つも持たぬも人の宿命(さだめ)なり
    日に日に努めて行かむ
    あなたの人生なんだから好きなように
    お行きなさい(生きなさい)



    『☆ ~出会い~ ☆』

    18歳で長男を出産。2年後次男を出産。
    元旦那はおとなしい人で飛び抜けていいところもなかったけど、
    悪いところもなかったので2人の子どもにも恵まれ
    幸せだと思っていた。

    ある朝いつものように彼を起こしたら
    「昨日、会社辞めてきた」 そう言われた…
    信じられなかった。突飛なことをする人ではなかったし、
    先の不安につながる行動をとるような人ではなかったから…
    それから彼の就職が決まるまで昼間の病院勤めをしながら
    夜、スナックで働きだした。 夜、働くのはいやだったけど
    少しの間だろうとがんばった。

    夜の仕事になれはじめたころ帰宅して私は青くなった…
    下の子が階段から落ちて血を流し気絶していた!
    子どもの面倒を見ているはずの彼はソファで熟睡していたのだ。
    次男は軽い怪我で済んだもののそこから
    彼とはけんかが絶えなくなった…
    毎日毎日、口論になり子どもに怖い思いをさせていた。

    初めて手をあげられたとき家を出ようと決意した。
    3人で暮らしだしたものの私は前が見えなくなっていった…
    夜、働いてる間は実家に子どもたちをあずけていたけど
    だんだんエスカレートし、遊びに行くのにもうそついて
    実家にあずけっぱなしにして遊ぶ金ほしさに友達の誘いで
    風俗で働くようになった。

    心ではわかっていた…だけど、はやくに結婚したせいか
    今までなかった自由を手に入れたようでどうしても
    やめられなかった。
    そんなある日“運命の彼”に出会った。
    名前は加藤元樹。 元樹は風俗の客だった。
    第一印象は好青年って感じでノリもよくて楽しい人だった。
    彼女がいると言っていたけどうそだと思い番号を交換した。

    次の日から毎日メールを交した。電話もした。
    それから1週間後くらいに飲みに行く約束をした。
    量販店の前で待ち合わせし元樹を見つけた。
    私はドキドキした。 1番初めに会ったときはスーツ姿だったからか、
    かっこいいとも思わなかったしタイプでもなかった。
    私服姿をみて半分一目惚れ状態だった。

    そのまま予約していたバーに行き2時間くらい過ごした。
    いろんなことを話した。 元樹は新潟出身で就職後すぐに
    大阪に転勤になったんだとか、彼女とは5年付き合っていて
    結婚を考えてるんだとか…たくさん笑いあってすごく楽しかった。
    私はお酒のせいもあったのか元樹をホテルに誘った。

    元樹のセックスは旦那と違って激しくていろんなことをしてくれた。
    ずっと一緒にいたい気持ちにかられたけどお互い終電で帰った。
    それからも毎日メールや電話をした。

    でも所詮、風俗の女…子どものことも隠していたし、
    元樹には本気の彼女がいたから私自信、
    元樹を好きになってしまう前に切ろうと思っていた。
    切ろうと思いつつ毎日メールに“会いたいなぁ”とか“
    好き”とか冗談っぽくいれていた。
    私が会いたい、会いたいと言っていると元樹が
    「じゃあ、家に晩飯作りに来てよ!」 と言った。

    嬉しかった。 元樹の部屋に行きカレーを作り一緒に食べた。
    そのあと雰囲気になりセックスした。一緒にお風呂に入り、
    たくさん話した…
    どんどん元樹を好きになっていくのがわかった。
    平日だったから帰る支度をして
    「今日はありがとう。ごめんな!急にお邪魔しちゃって」 と
    席を立つと元樹が抱きしめてきた。
    私は小さな声で 帰りたくない… と言った。
    元樹は いいよ と言ってくれた…

    元樹のスエットを借り着替えて布団に入った。
    腕まくらを強制させられた。
    私は腕まくらが苦手で今までしたことがほとんどなかったから
    いやや! と言ったけど 俺はしたいの! と強制的に
    腕まくらで眠りについた。
    次の日の朝、元樹が仕事に出勤するときに一緒に家をでて
    電車で帰った。

    私は怖くなった…これ以上好きになったらあかん!
    旦那とまだきちんと離婚していないことや子どものことがばれたら
    最低最悪の女で終わってしまう…どうせなら今のいい状態で消えよう。
    そう思った。

    だけど、またメールを交した。
    好きになる気持ちを止められなかった…
    メールの回数が増え一緒にいる時間が長くなっていった。
    次第に元樹が私を好きになってきているのがわかった。
    元樹セックスの最中に 好き と言うことが多くなっていた。
    私が帰ると言うと強く抱きしめたりした。

    ある日、元樹が 「俺、彼女と別れるわ。お前への気持ちが
    彼女より大きくなってる…」
    嬉しい反面、言葉につまった…
    私に隠し事があることを元樹は知らない。
    私は戸惑いつつも自分の気持ちを押し殺し言った。

    「転勤してさみしかったんやろ?すぐそばにおる私のこと
    好きやと勘違いしてるだけやって!
    彼女と別れたらあかんよ。私は2番の女、大阪の女でいいから」
    言いながら涙が出ていた…元樹も泣いていた。
    私達は泣きながら愛し合った。今までにないくらい
    強く激しく愛し合った…
    最後まで私は うん とは言わなかった。

    次に元樹の家に遊びに行ったとき思い切って
    子どものことを話した…
    元樹はこう言った。 「自分の子はお前がみろ!
    それからきちんとした仕事をして離婚届けも
    しっかり出してこい!」

    私は誰もが同情して私に言えなかったことを言ってくれた元樹を
    愛おしく感じた。涙が溢れ止まらなかった…
    元樹も一緒に泣いていた。
    「お前はほんとはあんな職業(風俗)についてるような子じゃない!
    純粋で真っ直ぐな子だね。
    話聞いたときはひっぱたいてやろうかと思ったけど
    お前もつらかったんやろ?これから一緒に
    がんばっていけばいいやん?」
    元樹は一晩中そう言って私をなぐさめ、はげましてくれた。

    一方で私は迷いがあった…子どものことを考えると
    旦那とより戻した方がいいんじゃないか…と。
    元樹に言われた言葉で私は子どものことを考えた。
    私が我慢することで子どもたちは幸せなのかもしれない…
    でも、私の元樹に対する気持ちを止めることなんてできない…

    元樹と会ったりしている間中もずっと考えた。
    その間も元樹は離婚届を出したか?
    毎日メールをくれ仕事も一緒に探してくれた。

    そして私は決めた。 旦那とよりを戻そうと!
    そして、元樹に手紙を書いた。
    {げんきへ 私は昔の私に戻ります。旦那のこと愛してはないけど
    子どものことを1番に考えて決めました。

    だけど、こないだ元樹に強く激しく愛されて自分の気持ち
    押さえるなんていやだと思った。
    だから、私が戻るまで一緒にいよう。
    これから先一緒にいられるはずだった分、別れた後も
    寂しくならないようにいっぱい一緒にいよう。
    ごめん…勝手で。だけど、元樹に会えてホントによかった!
    愛してる。あずみより}

    自分勝手かもしれないけどそうするしか思いつかなかった…
    その手紙を元樹の部屋に置いて仕事に行った。
    夜になって元樹から何度も電話があった。
    いつもならメールしてくるのにその日は何度も何度も
    電話してきていた。仕事の切りがいいところで
    私は元樹に電話した。

    「もしもし?元樹?どうしたん?」
    「今どこ?なんであんな手紙置いてくんだよ!今すぐ会いたい!
    今すぐ来てよ!」 元樹は泣き声だった。
    私はまだ仕事があったから 「どうしたん?まだ仕事だから行けない。」
    「いやだ!今すぐ来て!」
    私も会いたい気持ちがあったから 「わかった。今から行くわ」 と言って
    仕事を早退して元樹の家にむかった。

    玄関を開けるなり元樹は私を抱きしめた。 強く…強く…
    「いなくならいでくれよ!お前の心に空いてる穴は俺が埋めるから!
    俺にはお前が必要なんだよ!大阪でさみしいからじゃない!
    ちゃんとあずみのことが好きなんだよ!」
    涙が溢れていた。強く自分を押し殺していたものが溢れでて
    「私も元樹のことが好き!」 そう言った。
    私達は付き合うことになった。・・・。

     Author :あずみ
    http://syosetu.net/pc/author.php?no=449



    歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
    人生、絵模様、万華鏡…

    火遊び

    『さよならより哀しいものは 明日のない優しさですか…』





    これほど惚れた素振りをしても、ほんとに悟りの悪い人。・・・



    Tinko_2

    人の為(ため)と
    書いて
    いつわり(偽)と
    読むんだねぇ
     



    俺とおまえは、玉子の仲よ、俺が白身で黄身を抱く 


    P R

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        お風呂物語

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    Diy_2

    2016年8月10日 (水)

    漢の韓信-(140)

    信じれば真実、疑えば妄想……

    昨日という日は歴史、
    今日という日はプレゼント
    明日という日はミステリー



    こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
      知りつつ、こうして、こうなった



    メジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、
    良いかな !!
    アングラ小説です、不快感がある方は、
    読むのを中断して下さい



    Kanshin021111

     

    韓信
    紀元前二〇〇年代の
    中国大陸。
    衰退した秦の末期に
    生を受けた韓信は、成長し、
    やがて漢の大将軍となる。
    「国士無双」「背水の陣」
    「四面楚歌」
    そんな彼を描いた小説。




    漢の韓信-(140)
    四面楚歌(抗争の終わり)

    時代というものは常に連続していて、結果には必ず
    原因となる出来事が存在するものである。
    そして原因から生じた結果が、ある事象の原因となり、
    脈々と受け継がれる人類の歴史が形成されていくのだ。

    しかし、そのような中でも区切りとなる出来事が、
    いくつか存在する。
    垓下の戦いにおいて項羽が死んだという事実は、まさに
    そのうちのひとつであり、当時の人々にとっても、
    確かにひとつの時代が終わったと認識させる事象であった。
    だがそれによって社会が激変したという事実はない。

    生き残った者たちの間には、新たな対立が生まれつつあった。
    項羽の死は確かに時代の区切りではあったが、
    やはり次に生まれる事象の原因であった。・・・・

    未明には八百騎いた味方が、淮水を渡り終えたころには
    百余騎しかいなかった。いなくなった者たちは、
    討ち取られたのか、方々に逃げ出したのか、
    それとも単にはぐれただけなのか、項羽にはまったく
    わからなかった。

    目の前の光景が現実かどうかさえ、頭の中ではっきりしない。
    しかし、耳を澄まさなくても漢軍の閧の声は聞こえてくる。
    確かに彼は追いつめられているのであった。
    ・・・天運に見放された。
    対等の条件で戦えば、絶対に負ける気がしない。
    にもかかわらず、こうまで自分が追いつめられているのは
    なぜか?。

    ・・・天がわしを滅ぼそうとしているのだ。
    項羽はこれまで常に実力を誇示し、そのことによって
    天下を支配しようとしてきた。彼の武勇は天下随一のもので、
    そのことは彼自身のみならず、この時代の誰もが
    共有する認識であった。

    実力のない者に、このわしを滅ぼせるはずがない……
    わしを滅ぼそうとしているのは、天以外にありえぬ。
    そう考えたのは項羽の自尊心の高さゆえであろうか。
    彼は同時代の他の人物によって自分が滅ぼされるとは、
    決して考えようとしなかった。

    しかし、実際に項羽を追いつめたのは、対陣を続けて
    楚軍を飢えさせた劉邦の軍略であり、四方を制圧し
    楚を孤立させた張良の戦略であり、さらには
    項羽の性格を見抜いてその軍の大半を砦から引きずり出して
    殲滅した韓信の戦術であった。

    それゆえに項羽が滅びるのは天命によってではない。
    むしろ、己の武勇を信ずるあまり、知恵の部分を
    ないがしろにした自分自身の罪であるといっていいだろう。
    「項王の首には千金と万戸の邑がかかっているんだぞ。
    逃すな!」迫りつつある漢兵たちの叫び声が聞こえた。
    逃れようとした項羽は、このときひとりの農夫に出会い、
    道を尋ねた。

    「左の方角に向かうがよい」農夫はそう言い、
    項羽はその言に従った。が、思いがけず
    沼地に馬の脚をとられることになった。
    農夫は項羽を騙したのである。
    すでに付近の住民は漢によって買収されていたのであった。

    これにより項羽は漢軍に追いつかれ、従うのはわずか
    二十八騎のみとなる。
    項羽を滅ぼそうとしているのは、やはり天などではなく、
    人の意志であった。
    「呉中で兵を起こして以来、八年になる……。
    今までに七十あまりの戦いを経験し、わしは常に勝利してきた。
    そしてわしは天下を得たのである……
    したがって今ここに困窮しているからといって、それは
    わしの戦い方のまずさが原因ではない。
    天がわしを滅ぼすのだ」
    項羽はわずかの部下を前に最後の自己主張をした。

    ついに死を覚悟せざるを得ない事態となったが、
    どうせ死ぬのであれば最後まで自分らしく死にたい、
    ということであろう。

    「今わしはそれを証明するために、諸君のために
    この囲みを破ってみせよう。三回戦って、三回とも勝ち、
    敵将を斬ってその旗を折ってみせる!」
    項羽はそう言い放つと部隊を四つにわけ、
    円陣を敷くと四方に向かって突撃させた。

    「君らのために、まずあそこに見える一将を斬ってみせるぞ!
    項羽は自ら先頭に立ち、愛馬である騅を疾風の如く走らせた。
    すると包囲していた漢兵たちは一様に恐れ、
    剣や鉾を落とし、地面にひれ伏した。そして項羽は
    その言のとおり、漢の一将を斬ってみせたのである。

    ちなみにこのとき、漢の楊喜という人物が
    勇気を振りしぼって追撃したが、項羽に一喝され、
    それだけで辟易して数里の距離を後退したという。
    「辟易」という語には、相手の勢いに圧倒されて
    尻込みするという意味があるが、このときの故事が
    この語の由来となった。

    この戦いで項羽らが討ち取った漢兵は数百人、
    対して彼らが失ったのはたった二騎のみであった。
    「どうだ」項羽は従う者に向かい、胸を張ってみせた。
    「大王の仰せのとおりです」項羽が自分の戦いぶりの
    まずさゆえに、現在の困窮があるわけではないと言った、
    そのことである。

    しかし、この段階に至って局地的な戦いに勝利しても、
    大勢を覆すことにはならない。そのことは項羽自身も
    わかっていた。あくまでも自分の生き様を最後まで
    貫こうとしたのである。

    この後、項羽一行はやや東に進路を取り、
    烏江(うこう)という地にたどり着き、そこから長江を渡ろうとした。
    そこに船を用意した烏江の亭長にあたる人物が待っていた。
    その亭長は言う。「大王、早く船にお乗りになり、
    江東の地で再起をおはかりください。
    この近辺で船を持っているのは私だけです。
    漢軍が来ても、彼らには乗る船はありません。お急ぎを」

    項羽の脳裏に先刻農夫に騙されて沼地にはまった記憶が
    呼び起こされる。この亭長もまた、自分を欺こうとして……。
    「お急ぎを!」亭長の目に必死さを見た項羽は、
    また心を動かされた。元来、感じやすい男であった項羽は、
    このような必死に自分を救おうと努力する者を見ると、
    優しくなるのである。

    「君は、長者だな」そう言って、項羽は微笑んだ。
    「わしははじめ江東の子弟八千人を引き連れて
    この川を渡った……
    しかし、今その中で生きている者はひとりもいない。
    たとえそれでも江東の父兄がわしを哀れみ、王として
    迎えてくれたとしても……わしには彼らにあわせる
    顔がないのだ。

    また、彼らがわしのことを責めずに許してくれたとしても
    わしはそれほど厚顔な男ではない。
    自分の心の中に恥を感じずにはおれぬ」
    「それは……」亭長は言葉を失った。
    それでは項羽は川を渡らない、というのか。

    「天がわしを滅ぼそうとしているのに、川を渡ったところで
    運命は変えられぬ」亭長の目に涙が浮かんだ。
    項王は、ここで死ぬつもりだ、そう思ったのであろう。
    「亭長。せっかくの君の好意だが、わしは受けることができぬ。
    せめてもの償いとして……わしの馬を君に授けよう。
    わしはこの馬に乗って五年、向かうところ敵なく、
    一日に千里を走った。よって……殺すには忍びない。
    君が世話をしてくれたら助かる」

    こうして項羽は愛馬の騅を手放し、以後は徒歩で行動した。
    従う者たちも皆馬を捨て、自分たちの運命に
    愛馬を道連れにすることを避けた。
    ここで彼らは再び漢軍の追手と遭遇し、激しく戦闘を交える。

    既に手元には戟や戈などの長柄の武器はなく、
    おのおの剣のみで接近戦を挑まざるを得なかった。
    しかしここでも彼らは漢兵数百人を斬り、
    楚兵の戦闘力の高さを証明するに至る。

    だが、この戦いで項羽自身は十数箇所の傷をこうむった。
    彼は、戦場で苦しみを感じたことはなかった。
    まして傷の痛みを感じたことなど皆無に等しい。
    彼はほとんど負けたことがなかった。しいてあげれば、
    かつて韓信という若造に腹を蹴られたことがあったが、
    それも実際には彼に深刻な痛みを与えたわけではない。

    傷の痛みは、自分の運命がここで尽きることを実感させた。
    物事に感じやすい項羽は、自分の滅びゆく運命を
    いとも簡単に、あっさりと受け入れた。・・・・

    どうも、このあたりで最期のようだ。初めての傷の痛みを、
    じっくりと味わうように気持ちを落ち着かせる。
    常に勝利してきた彼にとって、敗者の気持ちは
    一生に一度しか味わえないものであった。
    貴重な体験を無駄にはできない。この一瞬、
    目に見える光景を頭の中に焼き付けるのだ。

    そう思い、周囲を取り囲む漢兵たちを観察しようとすると、
    圧倒的優位にたちながら、自分を恐れ、
    攻撃をたじろいでいる彼らの姿が見える。
    臆病者どもめ! 彼は漢兵たちの不甲斐なさに
    心の中で笑った。・・・

    ・・・・やはり、わしを滅ぼすのは、漢ではない。
    天がわしを滅ぼすのだ。
    項羽の自覚は、死の間際に確信に変わる。
    このうえは、それを敵兵に向かっても証明したい、と考えた。
    その方策を考えながら、視線を動かすと、
    ある男の顔が視界に入った。見覚えのある顔。
    それは幼き頃、会稽の地でともに遊んだことのある
    男の顔であった。
    「お前は……ひょっとして呂馬童(りょばどう)か?」。

    つづく

    Author :紀之沢直樹
    http://kinozawanaosi.com


    愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る

    歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
       人生、絵模様、万華鏡・・・


    『動物たちの戦い!』



    時は絶えず流れ、 今、微笑む花も、明日には枯れる

     

    P R

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    2016年8月 9日 (火)

    妄想劇場・特別編

    妄想劇場・特別編

    信じれば真実、疑えば妄想……



    Mituo

    昨日という日は
    歴史、


    今日という日は
    プレゼント


    明日という日は
    ミステリー






    誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
    誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。



    知られざる深層・・・レポート貧困問題

    PTA役員も務める真面目母に何があったのか・・・


    B17_2



    「奥さん、今回は普通の生活に戻れるから。
    明日からまじめに生活してくださいね。
    旦那さんに言うか、言わないかはあなた次第だから。
    生活が苦しいのはわかるけど、犯罪に手をそめるのは
    絶対にダメだよ。みんな、苦しい中で頑張っているんだから」

    5月中旬の平日。人通りは少なく、一歩外に出れば
    暗闇が広がる夜9時半。北関東のある街の警察署の待合所にいる。
    取調室から出てきた鈴木百合さん(35歳、仮名)は、
    厳しい表情の警察官にそう諭された。

    私は身元引受人として突然本人に呼ばれ、到着して
    1時間後に彼女を引き渡された。
    「勤務先の上司」と説明した。彼女は涙目で、
    「ご迷惑をおかけしました」と警察官に頭を下げる。

    今から7時間前、午後2時半ごろに彼女は市内最大の
    ショッピングモールの食品売り場で万引きをして捕まった。
    私の携帯に連絡があって「お久しぶりです。
    実は……今、万引きして捕まっちゃいました。
    本当にお手数なのですが、身元引受人として
    来てもらえないでしょうか。誰も頼れる人がいないのです。
    お願いします」と頼まれた。

    高速道路に乗り、言われた警察署に駆け付けた。
    東京から車で1時間半~2時間ほど、
    最寄り出口を降りてからは延々と田園風景が広がった。

    小学校のPTA役員を務める母親

    鈴木さんは2人の子供を育てるお母さんだ。
    典型的な田舎の地味な主婦といった風貌で、
    1年前から地元小学校のPTA役員を務める。
    日々、家事と子育て、パート、PTA活動に追われる日常を送る。
    誰が眺めても、窃盗という犯罪に手をそめるような
    女性には見えない。

    警察署を出て車に乗った。彼女は助手席に座った。
    5分ほど走って国道に出ると、気持ちが落ち着いたのか
    話し始める。「盗ったのは、食料品です。
    午前中に入院する姑のお見舞いに行って、その帰り。
    夕方からPTAの会合があって、ちょっと時間が空いたの。
    病院の近くのショッピングモールで夕飯の材料を買って
    帰ろうとして、そこで万引きして捕まっちゃいました」

    なにを盗んだのか?

    盗んだのは味噌、鮭の切り身、牛肉の細切れ、豚しゃぶ肉、
    キャベツ、ニンジン、玉ねぎ、豆腐、納豆、牛乳、ヨーグルト、
    冷凍食品、コカ・コーラゼロ2リットル、食器用洗剤だった。
    合計金額は4700円。所持金は6000円あった。

    私服の女性万引きGメンに捕まった後、所持金で
    支払って会計している。
    ショッピングモール側はすぐに警察を呼び、警察官に
    鈴木さんを引き渡した。

    「最初は2000円までだったら、ちゃんと買おうと思っていたの。
    でも、広い売り場を回っているうちに、これも、これもってなっちゃって
    4000円以上の物をカゴに入れちゃった。
    とっさにもう、盗っちゃおうって思った。
    それでもっと必要な物ないかなって、いろいろカゴに入れて、
    そのまま駐車場に行こうとした。売り場を出たところで、
    女性に腕をつかまれて『忘れていることがありますよね?』って
    言われました」

    レジに向かわずにカートのまま外へ

    犯行を決めたのは、カゴに入れた食料品が3000円を超えてからという。
    周りを見回して、出入り口を確認。
    市内で最も広い食料品売り場である。出入り口はレジ奥だけでなく、
    両サイドにあった。レジから最も遠い出入り口から、カートを引き、
    そのまま外に出て駐車場へと向かった。
    食料品を車に積んで、そのまま帰れるはずだった。

    「最初は牛乳と鮭の切り身だけ買うつもりだった。
    買い物しているうちに次のパートの休みは3日後になっちゃうと思って、
    仕事のある日は買物に行く時間がない。
    だから3日分の食料は欲しいなって。3000円超えちゃって。
    どうせ万引きするなら、旦那のお弁当のおかずと思って
    冷凍食品も入れた。4700円はちょっと高い。
    今月、本当に厳しくなっちゃいました」

    彼女は真っ暗な田園風景を眺めながら、そうため息をついた。
    鈴木さんは、結婚11年目。旦那は中小企業に勤めるサラリーマン、
    2人の小学生の男の子の母親だ。
    夫婦げんかはしたことがない、仲はいい。
    結婚する24歳まで地元の会社でОLだった。
    結婚を機に旦那の実家で暮らすようになり、27歳のとき
    長男出産で退職、31歳で次男を出産する。

    5年前から地元の野菜即売所で、時給750円でパートを始めている。
    突然、電話がかかってきたが、私と鈴木さんは友人ではないし、
    たいした関係ではない。
    彼女は5年前「女性の貧困」を取材しているとき、
    たまたま出会った地方の専業主婦で、当時、家計の赤字が重なって、
    ノンバンクから140万円の借金をしたことでパニックに陥っていた。

    当時、2人の子供は小さく、時間的な制約があり、
    140万円という負債をパートと家計のやり繰りで捻出するのは
    不可能と嘆いていた。クルマのローンの返済日が1週間後に迫り、
    真っ青な表情の彼女に「私、どうすればいいでしょうか?」と迫られた。

    「旦那に借金のことを話し、一緒に返済すれば」と答えたが、
    彼女は勢いよくクビを振った。
    ノンバンクで借金をしたことに大きな罪悪感があり、
    「旦那には絶対に言えない」と繰り返し言っていた。

    借金返済のため彼女が選んだ“仕事”は?

    私は冗談半分で「熟女風俗は単価が高いし、
    時間の融通が利く」と伝えた。
    そうするとその日のうちに血眼になってインターネットで
    高額求人を探し、彼女は風俗店ではなく、
    素人熟女AVに出演してしまった。

    その後、旦那に秘密のまま、目先のおカネに困って
    AV出演を数回繰り返す。結局、AV出演で得たおカネは、
    3本出演で10万円程度だった。
    カメラの前で裸になって、目先の支払いを切り抜けながら
    弁護士に依頼して債務整理をする。
    「弁護士先生に利子を止めてもらって、
    なんとか返済します」とメッセージをもらったところで、
    連絡は途絶えた。

    そして5年後、今日の万引き事件だ。
    彼女の小さな人間関係の中で、万引きがバレても問題なかったのは、
    たまたま電話番号を知る私しかいなかった、という事情だった。
    「5年前はもうノンバンクでおカネを借りることができなくなって、
    月末の車のローンが間近だった。
    延滞しちゃうと、ディーラーに旦那の車がとられちゃう。
    そう焦って。結局、AVに出ちゃった。
    AVでなんとか目先のおカネを作って、
    姑に子供を見てもらうことにして地元の野菜即売所の
    バイトを始めました。

    債務整理で借金が80万円くらいに減って、毎月3万円の返済。
    それは、旦那にバレないでなんとかなりました」
    鈴木さんと会うのは、今日で3度目だ。
    本当に地味でまじめな田舎女性で、風俗はもちろん、
    万引きをするようなイメージはない。
    熟女AVや風俗の仕事は、私が伝えたことで初めて知ったようだった。
    「さすがにカラダを売る選択はありえない、
    リスクが高すぎる」と言ったが、目先の数万円の
    支払いのために決断してしまった。

    学生時代は道をそれるような経験はない。
    初めての恋人は19歳のときに専門学校の同級生。
    2人目が社会人になって知り合った現在の旦那だ。
    経験2人で結婚して、AV出演以外に、浮気や遊びは
    1度もしたことがない。
    男性経験の3人目はAV撮影現場で登場した男優だ。

    食費しか切り詰める出費がなかった

    「本当に生活は苦しいです。ギリギリです。
    万引きしちゃったのは、食費しか切り詰めるものがなかったから」
    ため息をつきながら、そう言う。
    旦那の実家暮らしで家賃はなく、世帯収入は県の平均に近い。
    旦那は年収400万円、彼女はパートで年収80万円程度を稼ぐ。
    世帯収入480万円は決して貧困ではなく、一般的な家庭といえる。

    「おかしくなったのは3年前、義父ががんになって入院してから。
    胃がんが再発して、抗がん剤治療をしたのでおカネがかかりました。
    病院から毎月13万円くらいの請求があって、
    しばらくしてから高額医療費の制度で3万円くらいが
    戻ってくるみたいな感じ。結局、義父が亡くなって、
    その後すぐに義母もがんになって。
    今、義母は入院中で抗がん剤治療をしています」

    旦那は手取り月24万円、彼女のパート代は月7万円。
    夫婦で31万円の収入がある。支出は義母と2人の子供を含めた
    5人分の保険料4万5000円、光熱費2万2000円、
    食費3万円、旦那の小遣い2万円、ガソリン代2万円、
    2人の子供の塾代2万5000円、携帯代2万円、
    旦那のクルマのローン4万7000円、それに
    毎月10万円以上の医療費。・・・・

    支出だけで32万9000円!

    単純計算で、この支出だけで32万9000円だ。
    確かに家計は破綻している。そして現在、まだ未払いの
    2台の自動車税と固定資産税の請求が来ている。
    貯金は限りなくゼロに近い状態だ。
    「義母は自営業をしていて、たぶん10万円くらいの収入があった。
    だから義母が元気な頃は、光熱費と固定資産税は払ってくれた。
    それが突然がんになって、医療費が請求されて、
    光熱費と固定資産税を私たちが払わなければいけなくなって、
    もうどうにもならない。

    もっと働こうと思っても子供を見てくれる義母はいないし、
    どうしていいかわからない状況です。
    子育てしながらできる仕事は、田舎なので、
    今の時給750円の職場しかない。
    それに風俗みたいな仕事は、私にはとても無理です。
    旦那を裏切りたくないし」
    彼女は助手席で語りながら、泣きだしてしまった。

    5年前の破綻のときは表情が青ざめていたが、
    涙を流すことはなかった。
    万引きして警察官に怒られたのか、本当に
    追い詰められているのか。・・・・

    地方暮らしの「クルマ」という呪縛

    クルマ社会である北関東では、クルマを所有しないと
    生活ができない
    支出を眺めると、月4万7000円という車のローンが圧迫している。
    家賃のない実家住まいの利点は、帳消しだ。
    どうして経済的に追い詰められた経験があるのに、
    高額なクルマを買うのか。

    「2年前に義父が亡くなったとき、これで医療費がなくなって
    ラクになったねって、旦那はクルマを買った。
    240万円くらいの新車で、話し合って5年ローンを組みました。
    まさか、義母もがんになるとは思わなかったから……。
    田舎は車がないと生きていけない、それと世間体みたいな意味で、
    旦那にはとても軽自動車には乗せられない。
    家計は厳しいけど、新車の普通車を買うのは、この辺では当たり前のこと。
    だから車のローンは苦しいけど、仕方ない。
    義母にはお世話になったので長生きしてほしいけど、
    毎月10万円は限界を超えています」
    クルマを買わなければいい、中古車で支出を抑えれば、
    というのは都心部の住人ならではの意見のようだ。

    クルマ社会である北関東では、クルマを所有しないと
    生活ができず、さらに世帯主が軽自動車や中古車に乗るのは
    “恥ずかしい”という感覚がある。
    平均的な世帯収入があって質素な暮らしを心掛けても、
    たった1台のクルマや家族の病気に圧迫され、
    簡単に生活は破綻する。

    時間を見つけながら共稼ぎし、毎日お弁当を作って節約しても、
    おカネは余らないどころか赤字。
    二世帯で暮らしても、親の病気や入院で、突然、生活苦に陥る。
    彼女の苦境には、地方ならではの現実があった。
    亡くなった義父ががんになったことで毎月10万円以上の支出が始まり、
    後を追うように義母もがんになり、家計を預かる彼女は
    追い詰められている。

    もともと、無駄遣いはしなかったが、どれだけ切り詰めて
    もおカネが足りない。パートでもっと長い時間働きたくても、
    子供の面倒を見てくれる義母は入院してしまった。
    少しでもおカネを使わないため、万引きに手を染めた。

    万引きしたのは初めてではない

    「実は万引きしたのは、今日が初めてじゃないです。
    捕まったのも2度目」小さな声で、そう言う。
    初めて万引きしたのは、3年前。がんになった義父が隣の市の
    大病院に入院することになり、週2回は身の回りの世話に
    通うようになってから。

    「入院費で月10万円以上の請求がきて、本当に苦しくなって、
    どうしようって考えたとき、切り詰められるのは食費しかなかった。
    そこから。地元のスーパーでは、絶対にできません。
    義父のお見舞いで隣の市に行ったとき。
    ちょうど子供もいなかったし、大丈夫かもってやっちゃいました。
    きっかけは夕飯の材料費何千円かが浮いたら、
    すごくラクだなぁってことだけ。
    足りなかった塾のおカネも払えるって」

    隣の市での万引きに成功してから、
    地元から離れた病院に行くとき、
    そして子供がいなくて1人のとき、
    その2つがそろえば万引きをした。
    義父が倒れた3年前から、病院に通い続けている。
    そして、万引きをしている。何度か成功して、
    当たり前のように盗んだとき初めて捕まった。

    「最初に捕まったのは、2年半くらい前。100円ショップです。
    子供のキャラ弁で使う可愛い小さな装飾品みたいなのを
    盗っちゃいました。今日みたいに警察に突きだされて、
    親戚のおじさんに身元引受人を頼んだ。
    しかられました。2度目はまずい、いけない、
    いけないって思ってもやめられなくて……それで、また」

    夫に家計の状況は「話せない」

    何度もおカネを払わず食料品を手にした成功体験で
    窃盗症(クレプトマニア)になってしまったか。
    捕まった2度は不起訴処分で終わったが、3度目になると
    窃盗罪で逮捕となる可能性がある。

    私は旦那に家計の厳しい事情を話し、クルマを売却するように
    助言したが「そんなことは無理です」と大きく首を振った。
    「子供に会えなくなるのが、怖い。だから、大丈夫です。
    もうやりません」

    夜10時半、そう言って旦那と子供の待つ家へと帰った。
    旦那にはショッピングモールで捕まった後、
    「母親が急病になって実家に戻る。
    今日だけ子供をお願い」と連絡している。
    給与の全額を妻に預け、すっかり妻を信用して
    安心する旦那は、彼女に混乱が降り注ぎ続けていることを
    何も知らない。

    引きつった笑顔で「大丈夫です、もうやりません」と言われても、
    義母の医療費と車のローンは続く。
    そして時間に余裕がない彼女にはカラダを売る以外、
    最低賃金に張りついたパートしかない。また万引きして
    捕まるのも、時間の問題のような気がした。・・・・

    Author :中村 淳彦 ノンフィクションライター


    こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
    知りつつ、こうして、こうなった




     『大人の雑学 3 』 





    時は絶えず流れ、
    今、微笑む花も、明日には枯れる

     P R

         カビの生えない・きれいなお風呂

          
    お風呂物語 

    入れてもらえば気持ちは良いが、
      どこか気兼ねなもらい風呂


    Diy
    『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。


    2016年8月 8日 (月)

    信じれば真実、疑えば妄想

    信じれば真実、疑えば妄想


    時は絶えず流れ、
     今、微笑む花も、明日には枯れる



    Mousou2111

     人の為(ため)と書いて
     いつわり(偽)と読むんだねぇ

     誰にだってあるんだよ、
     人には言えない苦しみが。

     誰にだってあるんだよ、
     人には言えない悲しみが。






    ハーメルンの笛吹き男~
    ~子供の集団失踪事件と童話に隠された真実~


    ドイツ北部にあるハーメルンは、人口6万ほどの静かで小さな
    観光都市である。ハーメルンは、職人の町としても知られており、
    中世ではハンザ同盟の一員でもあった。

    また、この町は、ハーメルンの笛吹き男の童話の
    町として知られている。
    今から7百年ほど前、この童話の元になったミステリーが起きたのだ。
    それは、実に不可解な事件であった。
    大量の子供が突如として消え失せてしまったのである。
    子供たちは、まるで神隠しにでも合ったように、ある日、
    忽然と消え失せてしまったのだ。しかし、
    ここに興味深い一つの仮説がある・・・。

    * 奇妙な現象 *

    ある日、一人の男が、完成したばかりの笛を試し吹きしていた。
    男は楽器職人だった。試し吹きをするにつれて、男は
    この笛を吹きだすと、決まって部屋中の押し入れや
    天井裏がガタガタとうるさく鳴り出すのに気がついた。
    不審に思って調べてみると、果たして、騒いでいるのは、
    家中のネズミで、彼らは笛の音が鳴り出すと、
    苦しげに部屋中を暴れ回っているのであった。

    ネズミの聴覚には、我々人間には聞こえぬ特殊な音波が
    聞こえるらしく、ある種のサイクル音を極端に嫌って
    逃げ出す習性のあることが知られている。

    現在でもネズミを駆除する有力な方法として、
    この習性を利用したものが多い。
    つまり、屋根裏などにネズミの嫌う音波を出す装置を
    仕掛けるのである。こうすると、ネズミがこの種の音を嫌って
    逃げ出すのである。

    男は、ネズミが嫌う音を出す笛を偶然発明したのであった。

    男は、まもなくうまい商売を考案した。
    カゴの中にネズミを入れ、見せ物として村々を回り見物料を
    もらうというわけである。
    男はネズミを踊らせる魔法の笛と称して売り込んだのである。
    この笛を吹けば、ネズミが嫌がってかごの中で暴れ回ったり、
    チューチューと悲鳴に近い泣き声を上げて飛び跳ねるのである。
    ネズミの騒ぎまくる様子が面白いので、男は、
    いい見せ物になると考えたのだ。

    実際に、実行に移すと大成功だった。
    村人たちは、この面白い見せ物が来ると、家族総出で
    見物に出かけた。

    ある日、男の噂を伝え聞いた村人が、
    男にこんな話を持ちかけた。

    「あんたは、ネズミの心を自由に操れる魔法の笛を
    吹けるんだってね。
    この村では、ネズミが異常発生して大変困っている。
    一つ、あんたの力でネズミどもを魔法の笛で操って
    追っ払ってくれないだろうか?」
    それを聞くなり、男はお安い御用だとばかり快く承諾した。

    男は、村の一件一件を訪問して笛を吹き鳴らし、
    ネズミどもを追い払ってしまおうと考えた。
    その際、ネズミが再び戻って来ないように、
    外に仕掛けをつくっておいた。

    中には、ネズミの餌になるものをうんと入れておく。
    こうすれば、外に追い出されたネズミは、すべてこのカゴの中に
    おびき出されるのだ。
    何件か回ると、かごの中はネズミで一杯になってしまった。
    男は、ネズミが一杯になると、カゴを近くの川に持って行き
    それらを水中に沈めて殺した。

    この作業を繰り返すうちに、ネズミは村からほとんど
    いなくなってしまった。
    男は、無事に終わったとばかり報酬を要求した。
    しかし、村人たちは報酬を支払うことを拒否した。

    なぜならば、ネズミはいなくなったはいいが、
    家の飼い犬やあひる、ニワトリ、さらには、豚などの
    家畜の様子がおかしくなってしまったというのである。

    ニワトリは卵を生まなくなるし、真夜中に鳴き出す始末で、
    犬は狂ったように主人にも吠えまくる。
    おまけに小さな子供は、引きつけを起こしたり、
    興奮状態になり、わけもなく泣きわめくわで
    手がつけられないというのだ。
    彼らは、男の吹く笛のせいだと言うのである。

    どうやら、男の発明した笛は、ネズミのみならず、
    犬、猫、鳥、と言った他の動物にも影響を
    与えるようであった。

    さらに、動物のみならず人間、それも、
    4才以下の幼児に限って影響を与えるらしいのである。
    子供の多くは、催眠術にかかったようにフラフラと
    躍り出したり、目をひんむいて引きつけ状態になったり、
    異様な行動をとることもわかった。
    そして、この現象は、しばらく続くようであった。

    報酬が支払われないことに、腹も立ったが、
    村人の苦情も当然のように見えた。
    そこで、男は、復讐と金儲けの両方を兼ねて一計を案じた。

    子供たちを魔法で直すからと言って連れて来させたのだ。
    そして、今夜一晩、自分に任せてもらえれば必ず
    治してみせると宣言した。

    この時代は、合理性などよりも、魔法と迷信が
    優先する時代だったので、人々は男の言う言葉を
    手も無く信じ込んでしまった。そして、
    一晩、男に預けることにした。

    翌朝、村人が男のもとに行ってみると、男の姿はなく
    家はもぬけの殻だった。それどころか子供たちも
    人っ子一人いなくなっていた。周囲を探したが、
    何の手がかりも見つけることが出来なかった。
    それは、1284年、6月24日の出来事だった。・・・・

    * 子供たちの身に何が起きた? *

    この話は、架空のもので作り話に過ぎない。
    恐らく真実はもっと意外で奇妙でねじれたものだったのだろう。
    連れ去られた子供たちが、果たしてその後、
    どういう運命をたどったのかはわからない。・・・・

    だが、この当時は、子供がしかるべきところで高値で
    取り引きされている時代であった。
    また、子供十字軍が起きた時代でもあった。
    奴隷商人たちは、あの事件以来、味をしめていた。
    子供十字軍は、彼らにとって、巨額の利益を持たらす
    恵みの雨のようなものだったのだ。

    一度に、何百何千という子供が向こうから
    やって来てくれるのである。まさに、
    濡れ手に粟のつかみ取りのような存在なのであった。
    彼らにとってみれば、純真な子供をだまして
    船に乗せる事など朝飯前だったのである。

    かくして、地中海沿岸部の港には、奴隷商人たちの船が
    多数出入りするようになっていた。
    そこに、子供たちを持って行けば、奴隷商人たちが
    確実に高値で買い取ってくれるのだ。
    彼らは、子供たちを買い取ると、それをエジプトなどで
    売りさばいて大儲けしようともくろんでいた。

    とりわけ、器量のいい子供は高値で売れ、
    宦官にすれば、さらに十数倍の値がついた。
    宦官にするには、幼いうちの方がいいので
    特に4才以下の幼児が喜ばれたという。

    また、中世の時代は、黒魔術、黒ミサが流行っていた
    時代でもあった。

    黒魔術の儀式では、常に幼い子供の臓器や血が必要とされ、
    狂信した信者が、子供の肉を食らうことすらあった。
    このようなところでは、生け贄となる子供はいつも
    高値で買い取られていた。

    かくして、子供の需要は高いものがあったのである。
    では、子供たちは、奴隷商人たちに奴隷として
    売られてしまったのだろうか? 

    それとも、悪魔崇拝者に生け贄して売り飛ばされたのであろうか? 
    あるいは、有名なジル・ド・レー男爵のような性的倒錯者に
    まとめ買いされたのであろうか? 
    いろいろ推測出来るがすべて想像の域を出ない。

    村の子供130人が忽然と姿を消した史実があるのみである。
    彼らは二度と村には帰っては来なかった。
    ただ、それだけの短い簡潔な記録があるだけだ。・・・

    やがて、この事件には様々な尾ひれが加わっていった。
    そして、ミステリーは噂となり伝説となってメタモルフォーゼされ、
    メルヘンの世界に吸収されていった。・・・・

    現在、ハーメルン市には、道端で笛を吹き鳴らしてはならぬという

    れっきとした法律があるそうです。


    Author :後藤樹史(不思議館 )
    http://www.cosmos.zaq.jp/t_rex/profile.html




    愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る



    『ミッキーの手の指が4本しかない理由とは・・・』




    昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
    明日という日はミステリー

    P R

       
    カビの生えない・きれいなお風呂

          お風呂物語

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    DIYの感動をあなたに!!
    『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。

    2016年8月 7日 (日)

    チャンネル・掲示板

    チャンネル・掲示板

    幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
     不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない



    Mituo



     
    昨日という日は
     歴史、

     今日という日は
     プレゼント

     明日という日は
     ミステリー








    2017年に世界文化遺産への登録を目指す国内候補に、
    福岡県の古代遺跡「『神宿る島』宗像・沖ノ島と
    関連遺産群」が決まった。
    このうち、沖ノ島は『神宿る島』とされ、
    女人禁制など厳しい掟(おきて)が今も守られている。



    B16



    『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群

    福岡県宗像市の沖ノ島を中心に、宗像大社や福津市の
    新原・奴山古墳群など5つの資産で構成される遺産群。
    大陸との海上交流が盛んになった4~9世紀にかけ、
    航海の安全を祈る大規模な祭祀(さいし)が行われた。
    沖ノ島には銅鏡や金製の指輪など、およそ8万点の装飾品などが
    出土していることから「海の正倉院」とも呼ばれる。

    目に見える”遺跡、当時のままの姿を留める

    「宗像・沖ノ島」の選定理由の一つに、
    構成する遺産の多くが当時のままの姿を留めていることが
    挙げられた。
    沖ノ島では巨大な岩の上や岩陰に神が降臨するとされ、
    文化庁の担当者は「当時の姿を留める岩などは、
    海外の方に見てもらっても理解しやすい」と説明した。

    「神宿る島」は今も女人禁制

    「宗像・沖ノ島と関連遺産群」のひとつ、沖ノ島(宗像大社沖津宮)は
    島全体が「田心姫神(たごりひめのかみ)」のご神体だとされており、
    「神が宿る島」とも称される。
    女人禁制で、男性も全裸で海中に入る「禊」をしなければ
    上陸できない。

    女神が嫉妬?「女人禁制」の理由には諸説ある

    「田心姫神」は女性の神様なので、女性に対して嫉妬心を抱くことや、
    手漕ぎ舟での渡島が女性にとって過酷であることなど諸説ある。

    女人禁制は「差別ではなく伝統」
    沖ノ島の独特の慣習が本登録の障害になるとの懸念もあるが、
    宗像・沖ノ島世界遺産市民の会の海出耐祐さんは
    「慣習も遺産価値の一部だ。差別ではなく伝統だと、
    海外の人に理解してもらう努力が必要だ」と強調した。



    B24



    「海の正倉院」とも呼ばれる

    沖ノ島では3回にわたる発掘調査の結果、
    銅鏡や勾玉、装身具など、約8万点が出土していることから
    「海の正倉院」とも呼ばれている。
    約500年間にわたる国家祭祀の変遷が良好な状態で残っており、
    歴史的価値の高さから、すべて国宝に指定されている。

    「古代祭祀の跡がほぼ手つかず…
    世界的に見ても顕著な事例」と識者

    今回、世界文化遺産の登録を目指す候補の審査に当たった
    西村幸夫東大教授は「古代祭祀の跡がほぼ手つかずで残り、
    現在も信仰の対象となっており、世界的に見ても
    顕著な事例だ」と説明した。


    Author :イザ!記事一覧



    「宿る島 沖ノ島 」




    時は絶えず流れ、
     今、微笑む花も、明日には枯れる




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    2016年8月 6日 (土)

    妄想劇場一考編

    妄想劇場一考編

    信じれば真実、疑えば妄想……

    時は絶えず流れ、今、微笑む花も、明日には枯れる


    Mituo_3
     一目惚れしたのは、
     私が先よ、

     手を出ししたのは、
     あなたが先よ





    『冥談の核心・ニュースの深層』   


    現実に起きていることから、
    浮かび上がってくる真実がある。・・・・



    日本人女性の国民病「バセドウ病」「橋本病」の恐怖〜

    いきなり40℃の高熱


    B23

     「甲状腺は、一般の方には
     あまり馴染みのない
     器官かもしれませんが、
     ホルモンの分泌を司る、
     非常に重要な器官です。

     喉の辺りにあり、蝶々が
     羽を広げたような形をしています。




    こう話すのは、東京慈恵会医科大学附属病院診療医長の
    坂本昌也氏だ。
    甲状腺の異常による病気は、とくに女性が
    罹患しやすいことで知られる。
    バセドウ病の場合は男性の4倍、橋本病は20~30倍の割合で
    罹りやすいという。

    バセドウ病は、眼球突出の症状で知られるが、
    ほかにも、手足の震えや多汗、倦怠感を引き起こしたりする。
    橋本病はむくみや体重の異常な増加が見られる。
    どちらの病気も、精神状態が不安定になり、
    ひどい場合には不整脈や心不全といった症状を
    引き起こすこともある。
    そして、その治療の大部分は、薬によって行われる。

    「バセドウ病の治療に使われるのは、ホルモンの分泌を抑える、
    抗甲状腺薬のメルカゾールとプロパジールという2種類が主です。
    メルカゾールは'50年代から長年にわたって
    使用されている薬です」(坂本氏)

    こうした抗甲状腺薬は、バセドウ病治療のほとんどのケースで
    使われる薬ではあるものの、もちろん副作用はある。
    甲状腺トラブルを抱えた患者が、多数相談に訪れる
    漢方薬局の責任者が解説する。

    「抗甲状腺薬を投与したすぐ後には、湿疹が出たり、
    肝機能の数値が異常を示したりといった副作用があります。
    とくに服用を始めてから最初の3ヵ月は十分に
    注意をしなければいけません。

    また、発症することは稀ですが、重篤な副作用である
    『無顆粒球症』も恐ろしい。
    白血球の一種である好中球の数が減少し、
    免疫力が大幅に低下してしまうために、
    感染症などを重症化させることがあります」

    無顆粒球症が怖いのは、自覚症状が出にくいことだ。


    B15_3

     

     30代の女性のケースでは、
     投与が始まって1ヵ月ほどしてから、
     突然39℃もの熱が出て、
     メルカゾールの副作用だったことが
     ありました。

     『風邪かな』『ちょっと体調が悪いな』と
     思って症状を放置していると、
     命の危険もある」



    このほか、若い女性にとって大きな脅威となるのが、
    メルカゾールの出産への影響だ。
    母胎に異常をきたす「催奇形性」というリスクがある。
    前出の漢方薬局の責任者が言う。

    「ここ5~6年のことですが、胎盤に異常が発生するなど、
    メルカゾールが妊娠に悪影響を与える
    可能性があることが指摘されはじめたのです。
    妊娠中の方は、服用に慎重になるようにと
    注意喚起されています」

    専門医がほとんどいない

    さらに、一般的な生活習慣病などの薬と異なり、
    抗甲状腺薬には、特殊な事情がある。
    専門医が少なく、適切な処方をできる医師があまりいないのだ。
    つまり、薬そのものの副作用に加えて、医師の
    「処方の仕方」にも注意を払わなければならない。

    「甲状腺の薬については、適切に処方できる医師が
    大学病院や、数少ない専門の一般病院に、
    ごくわずかにいるだけです。
    そのことが『問題のある薬の処方』につながる可能性があります。

    たとえば、地方から大学病院にやってきた患者さんが、
    専門医にメルカゾールを出されたとします。
    じきに患者さんは地元に戻り、開業医、一般病院の
    医師に診てもらうことになる。

    本来ならそこで、甲状腺の様子を細かく診ながら、
    薬の量を調整する必要があります。
    しかし、専門外の医師は『専門の先生が一度処方した薬だから
    大丈夫だろう』と、そのままの量を漫然と出し続けることがあるのです」

    メルカゾールはホルモンの分泌を抑制する薬だ。
    すでに薬が効き、十分にホルモンの量が抑えられているのに、
    薬を使い続けると、今度はホルモンの量が過少になる。
    「ホルモンが過少になると、体全体の機能が低下し、
    場合によっては、心不全で病院に担ぎ込まれることも起こり得ます。

    薬が効いて、ホルモン量が十分に低下するまでの時間は
    人によってバラバラ。2~3年かかる人もいれば20年かかる人もいます。
    本当はそうした個々人に合わせた薬の量の調整が
    必要なのですが、なかなかそれが難しい。
    よく医師とコミュニケーションを取って、自分がどんな
    薬を使っているのかを知る必要があります」(坂本氏)

    橋本病の治療には、チラージンという、ホルモンを
    補充する薬が使われる。これを、
    ホルモン量が増えていることに気づかずに使い続けると、
    不整脈などを引き起こす可能性がある。

    安易な「全摘」は危険

    また、甲状腺に関係して発症する疾患として、ほかに、
    がんや良性の腫瘍がある。喉ぼとけの周囲にしこりができ、
    ものが飲みこみにくくなったり、首が太くなったりといった
    症状が出る。腫瘍があることが分かると、
    医師は「全摘出手術」を勧めることがしばしばある。

    しかし「医師の言うことだから」と、言いなりになって
    安易に手術を選択する前によくよく考えたほうがいい。
    埼玉県に住む40代の女性は、全摘出を後悔している。

    「私は2年前に甲状腺にしこりができ、担当の医師から
    全摘出をするように言われました。
    こちらが相談しても、あまり話を聞いてくれない医師で、
    その時も『実際に取ってみるまで、良性の腫瘍か
    悪性の腫瘍かは分かりません。

    でも大体の場合は摘出をしますので、手術をするのが
    いいと思います』と、淡々と言っていました。
    機械的に手術を決められた印象があります」

    結局、摘出手術は成功したが、女性の体には
    別の異変が現れはじめたという。
    「手術後、白髪や抜け毛が増え、嘔吐や下痢に
    悩まされるようになりました。薬を飲んでも改善しないし、
    倦怠感もひどく、スーパーに買い物に出るのにも、
    体を引きずるようにしなければならないという有り様でした。

    甲状腺はホルモンをコントロールする器官ですから、
    摘出すれば体に異変が起きることくらい、医師は
    よくわかっていたはずです。
    でも詳しい説明はまったくありませんでした。
    しかも、腫瘍は取ってみたら良性でした。
    焦って摘出しなくてもよかったし、薬での治療という
    選択肢もあったはずです。
    もっと別の解決策を提示してくれても
    よかったんじゃないでしょうか」

    根本の原因に目を向けよ

    藤田保健衛生大学の堤寛教授は、安易な甲状腺の
    全摘出手術に疑問を持っているひとりだ。
    「甲状腺がんは、ほかのがんに比べて進行が遅く、
    約9割が放っておいても大きくならないし、転移もしにくい。
    転移していても10年以上生きる人が少なくない。
    直接命に関わらないものが圧倒的に多いのにもかかわらず、
    簡単に手術をするのはどうかと思います。

    私の知り合いでも、甲状腺を全摘出した若い女性がいましたが、
    手術後、彼女は朝晩ホルモンを補充するための薬を
    飲み続けなければならなくなりました。
    飲みすぎると興奮するし、飲み足りないと眠気が襲ってくる。
    時間が経てば少しは薬に慣れますが、
    基本的には薬を飲むのをやめれば代謝の機能が
    おかしくなってしまうので、一生飲み続けなければなりません。
    QOL(生活の質)は低下してしまいます」

    甲状腺の手術は出血も多く、難しいという。
    そうしたリスクを負ってまで手術の必要があるかは疑問だ。・・・

    「バセドウ病、橋本病といった病気は、
    免疫が自分自身を攻撃することで起こる
    『自己免疫疾患』です。こうした病気にかかる方は、
    高確率で大きなストレスを抱えていることが多く、
    精神安定剤、不眠症の薬など、薬漬けになっていることがある。

    顕在化した症状に、安易に対症療法手術するよりも、
    根本の原因であるストレスに目を向ける必要があると思います」
    いまいちど、自分が飲んでいる薬が本当に必要なのか
    、提案されている手術が必須のものなのか、
    自分自身に問い直したほうがいい。・・・・

    Author ::「週刊現代」




    歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
    人生、絵模様、万華鏡…



    『 情熱のバラ 』…




    昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
    明日という日はミステリー

    P R

       
    カビの生えない・きれいなお風呂

          お風呂物語

    入れてもらえば気持ちは良いが、
      どこか気兼ねなもらい風呂

    Diy_3

    2016年8月 5日 (金)

    史・履歴への許可証

    歴史・履歴への許可証

    昨日という日は歴史、
    今日という日はプレゼント
    明日という日はミステリー


    夢はでっかく、根はふかく。
    花を支える枝 枝を支える幹 
    幹を支える根 根はみえないんだなあ


    Kobanasi_3



    『 日本の昔話 』 じょうるり半七

    B141

    むかしむかし、ある村に、半七(はんしち)という、
    じょうるり(→物語を語ること)好きの若者がいました。
    自分ではそこそこ上手なつもりですが、
    誰も半七のじょうるりをほめてくれません。
    そんなある日のこと。半七のところへ山奥から、
    一人のお百姓(ひゃくしょう)がたずねてきました。

    「半七さま。わしには、よく働く娘が一人おります。
    その娘が今度、婿(むこ)をとることになりました」
    「はあ、それはおめでたいことで」
    「その祝いに、ぜひとも半七さまにじょうるり
    語っていただきたいのでございます」
    「へっ? わたしの? ・・・
    はいはい!喜んで引き受けましょう」 

    あくる朝、半七は教えられた山へと出かけました。
    「確かに、この道で間違いないはずだが」
    長い間歩きましたが、いくら歩いても頼まれた
    百姓の家が見つかりません。
    「もしかして、道を間違えたかな?」
    辺りがだんだん暗くなってきて、半七が心細くなった頃、
    ようやく向こうの山に明かりが見えました。
    「ああ、あそこにちがいない」

    明かりを目指していくと立派な百姓家があって、
    にぎやかな人の声が聞こえてきます。
    半七が屋敷をのぞくと、昨日のお百姓が
    羽織(はおり)はかまで現れて、
    「これはこれは半七さま。さあさあ、どうぞこちらへ」と、
    半七を屋敷の奥に案内しました。
    屋敷の広い座敷(ざしき)には、百姓の女房や娘夫婦、
    そして近所の人たちが集まっており、
    すでににぎやかな酒盛りが始まっていました。

    お百姓は半七を座敷の上座(かみざ→
    目上の者が座る席)に案内すると、おいしい料理や
    お酒をどんどんすすめました。
    これほどていねいなもてなしを受けたのは初めてで、
    半七はすっかりうれしくなりました。
    そして自慢のじょうるりを、いつもより心を込めて語りました。

    みんなは半七のじょうるりがあまりにも見事なので、
    すっかり聞きほれています。そして一段が語り終わると、
    「どうぞ、もう一段」そこで、また一段を語り終わるとまた、
    「ぜひ、もう一段」と、何度も何度ものぞまれました。
    何度も何度も語るうちに、半七は自分でもビックリするほど
    うまく語る事が出来るようになっていました。
    ようやく語り終わった半七は、夜もふけていたので
    この家に泊まる事になりました。

    半七は、今まで寝たこともないようなフカフカの
    上等のふとんで、ゆっくり眠りました。
    「ああ、芸というものは、ありがたいものじゃ。
    こんなに良い目にあえるとは」
    次の朝、半七は目を覚ましてビックリです。

    「これはまた、どうした事じゃ?」
    半七はフカフカの上等のふとんではなく
    わらの上に寝ていたのです。あたりを見回すと、
    そこは立派な百姓家ではなく、ボロボロの
    ひどいあばら家でした。「もしや、これも?」
    半七がお礼にもらった祝儀袋(しゅうぎぶくろ)を開けてみると、
    中からヒラヒラと一枚の木の葉が落ちてきました。

    里に戻った半七は、この不思議な出来事を村一番の
    物知りじいさんに話しました。すると、物知りじいさんは、
    「半七や。わしが若い頃もタヌキが人間に化けて、
    山奥から芝居をしてくれと頼みに来たことがあったわ。
    お前も、タヌキの婚礼(こんれい→結婚式)に
    呼ばれたのじゃろう」

    「なるほど、そうかもしれん。
    それにしても、ようまあ、あんなに身を入れて
    聞いてくれたもんじゃ。ありがたいことじゃ。
    ありがたいことじゃ」半七はだまされながらも、
    あの晩の事をとてもうれしく思い、
    それから芸にもいっそうはげむようになりました。

    この事があってから、半七のじょうるりは
    大変な人気をよんで、
    『竹本狸太夫(たけもとたぬきだゆう)』と
    呼ばれるようになりました。そして遠くの町からも、
    じょうるりを語ってくれと呼ばれるようになったそうです。

    おしまい


    「お月さまのお使い 」  (高知県の民話)

    むかしむかし、ある山の上で、ウサギの兄弟が
    歌を歌いながら餅をついていました。

    013430661


    ♪ウサギのもちつき ぺったんこ
    ♪ぺたぺたぺたぺた ぺったんこ
    ♪おいしいもちが つけたなら
    ♪お月さまに あげたいな
    するとそれを聞いたサルが、よだれをこぼしながら
    考えました。

    (なんて、うまそうな餅だろう。どうにかして、
    あの餅を手に入れる方法はないかな?)
    そこでサルは、偉そうに胸を張ってウサギたちの
    前に出て行き、 「これ、そこのウサギたち。
    わたしは、お月さまのお使いじゃ。
    さっき、そのお餅をお月さまにあげたいと
    申しておったが、わたしがそのお餅をお月さまに
    届けてやろう」 と、言いました。

    するとウサギの兄弟は、 「そいつは、ありがたい」
    「ぜひ、お月さまに届けてください」 と、大喜びで
    一生懸命に餅をつきました。
    ところがあんまりつきすぎたため、餅が
    うすにくっついてしまい、どうやっても離れないのです。

    それを見て、サルが言いました。
    「早くしないと、お月さまに届けてやらないぞ」
    「はい。ただいま」
    ウサギの兄弟はあわててうすから餅を引っ張り出そうと
    しますが、餅はなかなか離れません。
    イライラしたサルは、ウサギの兄弟に言いました。
    「ええい、仕方がない。

    それではうすごと、お月さまにお餅を届けてやろう。
    背負うから、それをわたしの背中に乗せてくれ」
    「はい」 「それでは」
    ウサギの兄弟がサルの背中にうすを乗せると、
    サルはとたんに走り出して、赤い舌をペロリと出しながら
    言いました。 「えっへへ、うまくいったぞ。
    ばかなウサギめ、こんな所にお月さまの使いが
    いるはずないのに。さあ、あとでゆっくり食べよ」

    サルは小声で言ったのですが、ウサギは耳が大きいので、
    その小声が聞こえたのです。
    「なんだって! よくもだましたな!」
    「こら、待てえ! このうそつきザルめ!」
    怒ったウサギの兄弟は、サルを追いかけました。
    「ふん、だれが待つもんか!」
    サルは重いうすを担いで、必死に走っていきました。
    でも、ウサギは足が早い動物なので、やがてサルに
    追いついて言いました。

    「サルさん、サルさん。そんなに走ったら転んでしまい、
    せっかくのお餅が泥だらけになってしまうよ」
    「そうだよ。もう怒っていないから、走るのをやめなよ。
    お餅を、半分こにしてあげるからさ」

    「えっ? 本当に、半分くれるのかい?」
    「ああ、やるとも」
    「約束するよ」 それを聞いてサルはほっとして、
    足を止めてうすを地面に降ろしました。
    そのとたん、ウサギの兄弟はサルのお尻を思いっきり
    蹴飛ばしました。

    「このうそつきザルめ!」
    「だれがお前なんかに、お餅をあげるものか!」
    するとサルは山道をコロコロ転がっていき、
    お尻をすりむいて、お尻がまっ赤になっていしまったのです。
    それからです、サルのお尻が赤くなったのは。・・・

    おしまい・・・



    信じれば真実、疑えば妄想・・・


    『日本昔話 三年寝太郎 。』




    誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
    誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
    ただ、黙っているだけなんだよ……。



    Mituo

     人の為 と書いて、

     いつわり(偽) と

     読むんだねぇ







    鬼が餅つきゃ、閻魔が捏ねる、そばで地蔵が食べたがる


    時は絶えず流れ、 
      今、微笑む花も、明日には枯れる    

       

        P R

     
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      入れてもらえば気持ちは良いが、
        どこか気兼ねなもらい風呂
     
      Diy

    2016年8月 4日 (木)

    妄想劇場・番外編

    妄想劇場・番外編

    信じれば真実、疑えば妄想……



    1810

     メジャーでは無いけど、
     こんな小説あっても、
     良いかな !!
     アングラ小説です、
     不快感がある方は、
     読むのを中断して下さい





    子を持つも持たぬも人の宿命(さだめ)なり
    日に日に努めて行かむ
    あなたの人生なんだから好きなように
    お行きなさい(生きなさい)



    『☆ 流れ星 ☆』
          
    「あっ! 今日はデートの日?」
    「うん! ひっさしぶりだから緊張する~。」
    「そうだよね~。1年ぶりだもんね。」
    友達の香織が気合いを入れてメイクしている。
    彼氏の雅彦とは、年に一度しか会えないらしい。
    「あ~ん、もう時間が無い。 よし!行ってくるね!」

    香織が慌てて飛び出して行った。
    私は軽く微笑んで「行ってらっしゃい。」と小声で見送る。
    既に気持ちが別の方へ向いてる彼女には、
    私の見送りなど眼中に無かった。
    飛んで行く香織を見届けた後は静寂が残る。
    微かに身支度で使っていたシトラスの残り香も漂っていた。
    手前にあった水瓶を引き寄せ、中を覗き込んでみる。

    水面には、下界の夜景が広がっていた。・・・
    あの人は何をしているかな?
    香織のデート気分に触発され、私も久しぶりに浩昌の姿が
    見たくなっていた。水面に指を近づけ、
    彼の事を思い浮かべながらスワイプする。
    波紋の奥で映像がパラパラと変わり、
    やがて彼の顔がぼんやりと浮かんできた。・・・!

    浩昌は水瓶の奥からこっちを見上げていた。とはいえ、
    彼の方からは私の姿は見えない。
    胸が高鳴り、頬に血の気が差してくる。
    あの日から何年経っただろうか?
    髪型もメガネも変わらない。

    最期に見せてくれた優しい表情も、あの時のままだった。
    それでも、彼を取り巻く環境は変わった。
    今は新しい家族と生活を得ている。
    前に彼を見たのは、別の女性(ひと)と式を挙げてる
    場面だった。多少の動揺は隠せなかったが、
    怒るほどのものではない。

    もそも私には、あの二人の間に入る余地すら無いと
    思っている。
    彼から離れてしまったのは、嘘をつき通していた
    私のせいだったから・・・。

    ***   ***

    気が付いた時は病院のベッドの上だった。
    軽い目眩がして、視界が徐々に狭くなったところまでは
    覚えている。
    浩昌が私の覚醒に気付き、ナースコールのボタンを押した。
    不安と憤りの表情を半々に見せながら私に話しかける。

    「おはよう。」「・・・。」言葉が詰まる。
    どう応えれば良いか分からなかった。
    記憶障害などではない。私は自分の病を彼に話さずに、
    ずっと過ごしていた。

    調子の悪さを微塵も見せずに、ずっと強がっていた。
    気付かれた後に、彼がどういう反応を見せるのか
    怖かったから。彼と過ごしていた日々が崩れていくのを
    受け入れるのが怖かったから。
    「どうして黙って・・・。」その言葉をグッと堪えてる彼。
    私が一番見たくない表情だった。
    恐れていた事が私の心を強く締め付ける。

    呼び出しに駆け付けたドクターとナースのおかげで
    この場は収まった。それ以降、再び寝ては覚め、
    寝ては覚めのボンヤリした日が続く。
    日を追うごとに、彼も諦めたのか悟ったのか・・・。
    理由を訊く事もなく、時間を見つけては常に
    寄り添っていてくれた

    。あの日。爽やかな風が部屋のカーテンを揺らしている。
    浩昌は今日も傍に居た。
    彼は、日々の周りに起きた事や感じた事を話してくれる。
    私は、彼と共に行動する妄想を膨らませるのが
    唯一の楽しみになっていた。

    「ヒロくん・・・。」
    「ん?」普段と変わらない優しい表情で私を見てる彼。
    その表情を見ていても、時折、安堵感とは別の
    やるせない思いが膨らむ。
    いつまで続くか分からない不安定な仲。
    私からは何もしてあげられない悔しさ。
    何よりも、いつ意識が落ちるか分からない恐怖心が
    襲ってくるのだ。

    「ごめんね。」色々な意味で・・・。
    これしか言葉が浮かばない。
    あとは、じわじわと涙腺がゆるんでくるだけだった。
    そんな時の彼は、いつも背中に手を当てて、
    ゆっくりと撫でてくれる。

    「もう少しだけ・・・好きでいて・・・。」
    「そんな事言うなよ。ずっと好きでいるよ。」
    浩昌は体勢を立て直し、背中を撫でる手の動作を
    大きくした。
    手から伝わる体温が、冷たくなろうとしている
    私の体と心を包み込む。彼の最期の言葉に安堵し、
    私はゆっくりと目を閉じた。
    部屋に入り込んだ強めの風が、彼の匂いを
    かき消していく・・・。

    ***   ***

    水瓶の奥の浩昌は、まだ私の方を見ていた。
    ・・・美樹~・・・
    彼が私を呼んだ。驚きを隠せない。
    水面を通して映る姿は、向こうからは見えないはず。
    しかも、声はおろか、あらゆる音も一切通わす事は
    できない。
    ・・・美樹~・・・まただ。聞こえるわけではないが、
    彼の口の動きが私を呼んでいる。
    できる事なら水瓶の中に飛び込んで、
    彼の所へ降りていきたい。
    両手で縁を掴んで「ヒロくん!」と小さく叫んだ。

    ・・・!?揺れる水面の下の方から、女の子が
    浩昌に向かって走り寄ってきた。
    彼はその子を抱きかかえ、左手で私の方を指差す。
    続けて少し左の方を指差して、何やら女の子に
    語りかけていた。
    ・・・ヒロくん・・・何を言っているのかは大体想像できた。

    私に指差したのは、私の星座。
    少し左に指差したのは、彼の星座。
    お互い寄り添うように位置しているのを、
    二人で確かめた事がある。
    きっと、あの女の子も私と同じ星座なのだろう。
    星座だけでなく名前も同じに違いない。
    だから私が呼ばれたように感じたのだ。

    「ずっと好きでいるよ。」あの日の背中に感じた温かさが
    少しずつ蘇る。一筋の涙が頬を伝い、雫となって
    水瓶の中に吸い込まれていった。

    雫はゆらゆらと下界へ沈み、流れ星に変化して
    二人の頭上を横切っていく。
    今度は、女の子の方が私に向かって指差した。
    彼は笑いながら女の子に話しかけ、ゆっくりと
    自分の腕から降ろす。そして二人は手を合わせて、
    しばらくその場を動かなかった。

    どんな願い事をしているのだろう・・・?
    今の私にできる事。それは、二人の願いを
    私も一緒に祈ってあげる事だった。
    その願い。叶いますように・・・。



     Author :ヒストリカル
    https://kakuyomu.jp/users/hannbee_chan




    歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
    人生、絵模様、万華鏡…

    情熱のバラ




    これほど惚れた素振りをしても、ほんとに悟りの悪い人。・・・



    Tinko_2
    人の為(ため)と
    書いて
    いつわり(偽)と
    読むんだねぇ
     




    俺とおまえは、玉子の仲よ、俺が白身で黄身を抱く

    P R

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      どこか気兼ねなもらい風呂


    Dr1

    2016年8月 3日 (水)

    漢の韓信-(139)

    信じれば真実、疑えば妄想……

    昨日という日は歴史、
    今日という日はプレゼント
    明日という日はミステリー



    こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
      知りつつ、こうして、こうなった



    メジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、
    良いかな !!
    アングラ小説です、不快感がある方は、
    読むのを中断して下さい



    Kanshin021111

    韓信
    紀元前二〇〇年代の
    中国大陸。
    衰退した秦の末期に
    生を受けた韓信は、成長し、
    やがて漢の大将軍となる。
    「国士無双」「背水の陣」
    「四面楚歌」
    そんな彼を描いた小説。





    漢の韓信-(139)

    四面楚歌

    それがいわゆる楚歌だった。民謡である。
    巫(みこ。シャーマン)の唱える呪文のような
    感情的な韻律を起源とし、随所に音律を整えるための
    「兮(けい)」という語が加えられる
    (兮という文字自体には文章としての意味はない)。

    このような特徴は北方地域のそれにはなく、
    このこと自体が楚が他の中原諸国と文化的に
    異質であることを物語っていた。

    中原の人々は、楚人が歌う呪文のような歌を軽蔑し、
    逆に楚人はそれを誇りにしているのである。
    「気味が悪い」睢陽(すいよう)出身の灌嬰は、
    この歌声を聞き、そのように評した。
    「あんな歌のどこがいいのか……」
    歌っている兵たちの中には、すでに感極まり、
    泣き出す者も出始めていた。

    楚人以外の者から見れば、異様な光景である。
    部外者から見れば、彼らがなぜ泣いているのか、
    想像もつかない。「いや……楚人ではない君には
    わからないだろう。理解しようとしても無駄だ。

    楚人の歌は、楚人の心にのみ、感銘を与える。
    あの歌は……城壁の中にいる項王の心に響くに違いない」
    韓信は彼らの歌自体には共感せず、それが与える
    結果にのみ興味を示したようであった。

    斉王はもともと楚の生まれだと聞いていたが……
    故郷の歌を聞いて郷愁にかられたりはしないのだろうか?
    灌嬰はそう思ったが、口に出して質問することはしなかった。

    確たる理由はなかったが、どうも触れてはいけないことのように
    思えたのである。
    「項王は、感情の人だ」韓信は、そんな灌嬰の疑問をよそに
    話を続ける。

    「項王は楚人であるから、あの歌が楚の歌であることが
    わかるはずだ。つまり、楚王である自分を包囲している
    敵軍の中に、実は楚人が多いという事実に気付く。
    彼にとって、これほどの精神的痛手はないであろう。

    追いつめられた項王は、間もなく何らかの行動を
    起こすに違いない。
    灌嬰将軍、君の出番は近い。陣に戻って準備を急げ」
    「承知いたしました。項王が落ち武者となる時が
    来た、というわけですな?」
    「そのとおりだ。しかし、気を許すな。彼はただの
    落ち武者ではない。
    史上最強の落ち武者だ。……しかし、それにしても」

    「は?」「漢軍の中にも、いつの間にか楚人が多くなったものだな。
    少し前まで、私は自軍の中に自分の同胞を見ることは
    なかったというのに。これも時代の流れというものか」
    韓信は韓信なりに楚人としての郷愁を感じているかのようであった。
    その彼が今やろうとしていることは、楚を
    滅ぼすということなのである。
    彼にとって、郷愁と愛国心とはまったく別のものであった。

    垓下に築城したといっても、その実情は砦を築き、
    周囲に防塁を巡らした急造のものに過ぎない。
    大軍を擁した漢軍が攻城兵器を用いて間断なく攻撃を仕掛ければ、
    救援のあてもない楚軍としてはひとたまりもなかった。
    そのうえうかつにも韓信の策にはまり、城外で大半の
    兵を失った項羽には、脱出するしか道は残されていない。

    しかし、この状況下では脱出こそが難しく、
    項羽は軍を解散する決断に迫られた。
    それでもあるいは自分の実力をもってすれば、
    電撃的に漢軍の中央を突破することも可能かもしれないと思う。

    しかし冷静に考えれば、そんなことは不可能に
    違いないとも思える。結局なかなか決断をすることができず、
    行動を起こせずにいた。最終的に彼に決断させたのは、
    敵陣の中から聞こえてきた楚歌であった。

    敵である漢軍の中に楚人の占める割合が多いことを
    実感させられた項羽は、意を決し、
    砦の中に残った残兵を集め、それぞれに酒や食事をふるまった。
    軍糧が足りず、飢えた状態で戦ってきた楚兵たちにとって、
    久しぶりに与えられた飽食の機会である。

    城内の兵たちは皆、それが最後の機会であることを
    無言のうちに認識したのであった。
    また、たとえ一食のみといえ、自分たちが飽きるほど
    腹を満たせるのは、半数以上の味方が戦場に散った
    おかげであるということを知り、誰もが生き残ったことに
    罪悪感をもった食事の機会だった。

    「……我々に残された道は、もはや二つしかない。
    脱出か、降伏かだ」項羽は宴席で、配下の者を前にそう言った。
    「脱出したいと思う者は、銘々に道を切り開き、脱出せよ。
    それが無理だと思う者は、敵将韓信のもとに降伏するがいい。
    そのことを責めはしない。韓信は狡猾な男ではあるが、
    残酷ではない。殺されはすまい。……

    しかし、わしは別だ。わしには脱出するしか道は残されておらぬ」
    楚兵たちは、口々に項羽に最後まで従う旨を告げた。
    これは項羽にとってありがたいことではあるが、
    同時に敵に発見されやすくなることを意味する。
    逃亡する部隊が大集団になればなるほど、
    敵の目を引きつけることになるからだ。

    しかし、このとき感情が高ぶっていた項羽は、
    部下の兵たちの忠誠心に感じ入り、涙をこぼした。
    もはや自分は助からない。それならば敵に見つかりやすいか、
    そうでないかはたいした問題ではない。
    ただ自分と生死を共にしようとする人間が、
    まだこの段階に至っても存在したということに
    心を動かされたのである。

    だが、問題はそれだけではない。自分たちは敵陣に囲まれ、
    あるいは死に、あるいは生き残るだけである。しかし、
    非戦闘員を連れていくことはできない。彼らを連れていけば、
    行軍速度が鈍る。その結果、戦闘員・非戦闘員ともに生き残る
    可能性が低くなるからだ。非戦闘員の大部分は女官であった。
    項羽の愛する虞もそのひとりである。

    女官は置いていったとしても、殺される可能性は少ない。
    しかし、その多くが敵兵たちの慰みものとされ、
    犯されることは容易に想像できる。そのことを考えると、
    項羽としては虞だけは置いていくわけにはいかなかった。
    だが、繰り返すようだが、連れてもいけない。
    悩んだ項羽は、その気持ちを次のような歌の形にして表した。

          力拔山兮氣蓋世(力は山を抜き 気は世を覆う)
          時不利兮騅不逝(時 利あらずして 騅逝かず)
          騅不逝兮可柰何(騅逝かざるを 如何すべき)
    虞兮虞兮柰若何(虞よ虞よ なんじを如何せん)

    騅(すい)とは項羽が常に騎乗する馬の名である。
    実際に騅が何らかの原因で走らなくなった、ということではなく、
    項羽はこの歌で戦況が自分の思うようにならないことを、
    騅が走らない、ということで表現したのだった。
    項羽はこの歌を数回繰り返して歌った。

    そしてそれにあわせるように虞も歌い、剣を持って舞ったという。
    そして最後には、「四方楚歌の声、大王意気尽き、
    賤妾いずくんぞ生に聊んぜん」と歌い添えた。
    自分のような妾がどうして生きていられようか、と歌ったのである。
    虞の決意がうかがわれる歌であった。

    そして、項羽は虞が歌い終わると、腰の剣を抜いた。
    やがて目の前に背を向けて座った虞に向けて、
    ゆっくりと、いたわるようにその剣を振り下ろした。
    目は閉じられていた。

    虞の女神のような姿は、斬られた後も、その形を
    変えることはなかった。
    ことを終えた項羽の頬についに涙がつたった。
    これを見た周囲の者も皆泣き、誰も顔を上げることが
    できなかったという。

    その夜の未明、項羽は騎馬で従う者八百名だけを引き連れて
    防塁の外に駆け出し、漢の包囲網を竜巻のような勢いで突破した。
    そのうえで突撃の足手まといになる非戦闘員は砦の中に残され、
    置き去りにされた。

          遺体となった虞もその中にいたことは言うまでもない。
    そして夜が開けたころ、騎将灌嬰の率いる五千の騎兵が、
    静かにこれを追撃した。 ・・・・

    つづく

    Author :紀之沢直樹

    http://kinozawanaosi.com 


    愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る



    歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、

    人生、絵模様、万華鏡・・・


    『落日』




    時は絶えず流れ、 今、微笑む花も、明日には枯れる

     

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    妄想劇場・特別編

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    昨日という日は
    歴史、


    今日という日は
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    誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
    誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。



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    貧困に喘ぐ女性の現実・・・(2)

    子持ちで離婚したらどうしてダメなのか?
    45歳シングルマザーが抜け出せない貧困地獄

    3人の子どもを育てるシングルマザー。
    ごく一般的な女性だった彼女が、なぜ貧困に
    苦しむようになったのか。・・・



    B221



    なぜシングル家庭になったのか

    村上さんは埼玉県出身、ビジネス系の短大を卒業している。
    就職口はたくさんある売り手市場の時代に2部上場企業に
    一般職として新卒入社し、27歳のときに社内結婚。
    長男の妊娠出産で寿退社をしている。

    「元夫は同じ会社で、若くして店長になった仕事ができた人。
    付き合い始めたら子どもがすぐできちゃったので結婚しました。
    収入もそれなりによかったし、最初は子育てしながら普通に
    専業主婦をしていました。
    離婚の原因は次男を妊娠して、“堕ろせ!”って言われたから。
    そんなこと考えられないし、もう選択肢は離婚しかなかった」

    13年前。月3万円×3人、毎月9万円の養育費を払うという約束で
    協議離婚をした。現在の県営団地に引っ越して、
    家賃も格安、頑張って働けばなんとかなるという計算だった。
    車で40分ほどの実家の母親に育児を手伝ってもらいながら、
    パートに出て働いて生活費を稼いだ。
    毎月9万円の養育費は半年ほどでいっさい支払われなくなり、
    深刻な貧困が始まった。

    「結婚前みたいに正規職に戻れば、
    何とかなるって思っていました。けど、甘かった。
    保険の外交員をやっても自分の保険を
    支払わなければならなくて、全然おカネが残らない。
    シングルでもできる仕事は時給850円とかで、そのおカネで
    どうやって暮らせというのでしょう。

    生活保護はクルマが理由で断られた

    生活保護も考えて窓口に行きましたが、クルマが
    あるってことで断られました。こんな場所でクルマなしに、
    どうやって生きて行けっていうのでしょう」

    とても生きていけないと福祉事務所に相談したのは、
    次男が5歳の頃。5分程度の相談で打ち切られた。
    当時、実家の母親に泣きつき、自宅や実家で子どもを
    見てもらっていた。
    週に何度も実家と自宅をクルマで行き来する。
    クルマという生活必需品がなくなる、その生活は
    考えられなかった。

    「実家は同じ県内だけど、バス停すらないところ。
    クルマがなくなると育児は当然、買物すらできません。
    福祉事務所に生活保護を断られた時点で、
    誰かに頼ることはあきらめました。もう誰も助けてくれない。

    だから団地のお母さんたちと話すのは、いつもおカネと
    老後の話です。
    ここの建物なくなっちゃったら、私たち最後どうやって
    死のうかって、そんな話ばかり。絶望ですね」
    何度も溜息をついている。いくら話しても悩んでも、
    解決策はなかった。
    「国とか行政には何も期待をしていないですけど、
    唯一の望みは同一労働同一賃金くらいですかね」という。

    今の日本社会は、シングルマザーに厳しい。
    母親たちが100%以上の力を使って必死に働いても、
    賃金が低すぎて普通の生活はできない、
    村上さんはその現実を生きてとことん疲弊し、
    絶望してしまっている。

    「子持ちで離婚したら、もう普通に生きようがない。
    昔の人は何でも耐えて。離婚が少なかったじゃないですか。
    主婦を経験して子どもを育てながら、生きるってことにも
    大きな価値があるはずなのに、日本の社会ではそれが
    いっさい認められない。

    女性はしょせん補助的なものという意識があって、
    だからパート賃金がこれだけ安い。
    子どもを抱えて離婚したら、もう終わりです。

    少子化対策と言っても、結局、全部自己責任。
    私だけじゃなくて団地のお母さんたちの苦しむ姿を
    見ているから、娘は絶対に将来は子どもを持たないって
    言っています。
    それは正しいと思うので、何も言いません」

    現在の日本は婚姻が減って、離婚が増えている。
    2014年は64万9000件の婚姻に対して、22万2000件の離婚だ
    (厚生労働省調べ)。婚姻する3組に1組は離婚する。

    村上さんは一般家庭に育ち、就職し、寿退職して子育てした
    典型的な一般女性だ。やるべきことはやりながら貧困に苦しむ
    彼女がしたことは、堕胎を拒否して離婚し、
    元夫は養育費を払ってくれなかった。ただ、それだけだ。

    「シングルマザーは日々おカネと時間に追われている生活。
    抜ける方法って、何かありますか。
    再婚か、もしくは宝くじで一発逆転くらいしか浮かびません。
    でも宝くじはまず買えない、

    それに子どもが3人いて誰が再婚してくれるのでしょう。
    “子どもが3人いますけど?”って言ったら、
    普通の男性だったら引きますよ。
    10年くらい前、男性と付き合って相手のご両親に
    あいさつに行ったけど、普通に反対されました。
    自分の息子がそんな女性連れてきたら反対するし、
    当然と思う。だから、どうにもならないのですよ」

    Facebookに黙って「いいね」を押す

    話は終わった。村上さんは外国製の端末に
    格安SIMを搭載したスマートフォンを持っている。
    Facebookを眺めていた。
    「高校、短大時代とか、前の会社の友達です。
    友達は35人くらいしかいないですけど。
    みんなディズニーランド行ったとか、海外旅行行ったとか、
    有名な店に行ったとか、そんな話ばかり。
    いつも黙って“いいね”を押しています。

    みんな自分と違う世界なんだなぁって。
    子どもたちとディズニーランドに一度も行ったことないし、
    外食すらできないけど、もうそれは仕方のないことです。
    そう仕方ない、すべてが仕方ないことですから」

    明日、明後日の生活、そして子どもたちのこと
    精いっぱいだ。
    長男は就職活動中、高校進学しない長女は心配だが、
    何とかなると信じるしかない。
    現在、中学1年の次男の中学卒業がひとつの
    区切りである。
    子育てが終わったら昼だけでなく夜も働き、
    なんとかFacebookの友達たちと肩を並べる
    「普通の生活」をしたいと思っている。・・・・


    終わり

    Author :中村 淳彦 ノンフィクションライター


    こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
    知りつつ、こうして、こうなった




     『雑雑学 4』 





    時は絶えず流れ、
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    誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。



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    貧困に喘ぐ女性の現実

    子持ちで離婚したらどうしてダメなのか?
    45歳シングルマザーが抜け出せない貧困地獄

    3人の子どもを育てるシングルマザー。
    ごく一般的な女性だった彼女が、なぜ貧困に
    苦しむようになったのか。・・・


    埼玉県央にあるJR駅。そこから50分~1時間に1本しかない
    バスに乗って20分、バス停の奥にシングルマザーの
    村上尚子さん(45歳、仮名)が居住する団地が広がる。
    築50年近くか、外壁は老朽して黒ずみ、
    すべての郵便ポストはさび付く。

    村上さんは中学生、高校生の3人のお母さんだ。
    勤務先から帰宅した村上さんは慌てて子どもたちの夕飯を作り、
    “今日、帰りが遅くなるから”と書き置きし、
    われわれが待つ1階に急いで降りてくる。

    「本当に忙しいです。朝5時半に起きて子どもたちの
    お弁当作って、洗濯して、バスに乗って会社に出社して、
    夕方の買物をして、ご飯作って、片付けて、お風呂入って
    洗濯して、自由になる時間は23時過ぎ。
    それでひと息つければいいけど、・・・
    いつも明日、明後日のおカネのことを悩む。

    最近はNHKの集金です。もし来たら、どうしよう、
    どうしようって眠れない日もあります。
    こんなこと、もう15年も16年も続いています。
    生活は苦しいし、希望はないし、毎日死にそうです」

    B13


    仕事は時給1000円のパート事務
          
    一家が居住する埼玉県営の団地は、家賃月1万7000円。
    6年前に知り合いから譲ってもらった軽自動車がある。
    敷地内の駐車場代は月3000円かかる。
    ちなみに、軽自動車は走行距離が12万キロを超えている。
    平日は隣市の駅前にある不動産会社に勤める。
    渡された先月の給与明細“振込額計”は12万1426円だった。

    時給1000円、地域のほかの仕事と比べて破格というが、
    賞与があるわけでなく、年収は150万円を割り込む。
    明らかに相対的貧困に該当する年収150万円以下で、
    老朽した団地に家族4人で住んでいる。
    団地に住む世帯の過半数はシングル家庭で、
    村上さんだけではなく、多くの世帯が同じような
    貧困に苦しんでいるという。

    食費について気をつけていること

    「子どもが中学生になると、どうしても食費はかかるので、
    買い物はもうすごく気を使う。安い店でしか買いません。
    コンビニは一度も使ったことがないですし、
    家族全員で外食もしたことありません。
    気をつけているのは、日々、無駄はしないことと、
    買い物する時間ですね。スーパーなら18時半すぎ。
    お肉でもお魚でも半額シールが貼ってあるものだけ。
    それは私だけではなく、団地のお母さんみんながしていること。
    子どもも半額食材を買うのを見て育っているので、
    自分でも半額シールのものをちゃんと買ってきます」

    世帯の家計をみてみよう。手取り給与は月12万円。
    家賃&駐車場で月2万円、光熱費月1万5000円、
    定期代月1万2000円、携帯代3000円×2台。
    残った6万7000円に加えて児童手当2万円、
    児童扶養手当5万円、そして2年前から高校3年の長男は
    アルバイトして2万~3万円を家に入れてくれている。
    長男の援助を含めて、月15万7000円で家族4人は暮らす。

    子ども3人の生活保護受給額は、おおよそ18万円だ
    (母子世帯子ども2人の生活扶助基準額の例、)。
    暮らしは生活保護水準を下回り、現在6人に1人と言われる
    子どもの相対的貧困率にも完全に該当する。
    「今の時給1000円のパート事務も、
    1年前に探しに探して1000円です。
    それまでずっと850~900円くらいだったから、
    もっと生活は厳しかった。

    ハローワークは44歳以下で区切りがあって、
    私は45歳なので多くの仕事は応募する資格すらありません。
    正社員とか、手取り20万円をもらえる仕事は皆無です。
    求人数はたくさんあっても、ほとんどが850~900円の非正規。
    さらに年齢的に厳しいので、収入は一生このままか、
    もっと低くなるかも。

    今、中学1年生の下の子が中学を卒業すれば、
    夜にダブルワークはできるかもしれないけど、
    今は息つく暇さえないくらい忙しい。シングル家庭の限界です」

    学校指定の品は6~7万円する

    県営団地には、80近い世帯が生活する。
    同じ小学校に通う子ども同士が仲良くなって、
    シングル家庭同士で家族ぐるみの付き合いとなる。
    進学費用に制服や学用品をそろえなければならない
    子どもの中学、高校進学はひとつの壁だ。
    なんとか最低限の出費で済ませたいと、団地内で必死に
    “制服が欲しい”と声をかける。

    「うちはいちばん下が中学進学だったので、なんとか
    指定のカバンと学ランはもらえました。
    新品は6万~7万円もしますから。
    それと真ん中の娘が着ている中学の制服は、今は違う棟の
    小学校6年生の女の子にあげる予定です。
    直接はやり取りしていないけど、人づてで“欲しい”って
    人にあげます。
    そうやってみんなで協力しながら、子どもの進学は乗り切る。
    進学して普通に通学させる、もう、それで精いっぱいなんです」

    中学1年生の次男が帰ってきた。
    村上さんは「夕飯置いてあるから。2~3時間で戻るね。
    お姉ちゃんにも言っておいて」と声をかけていた。
    次男が持つ黒い革製のカバンは、使い込まれて
    ボロボロだった。

    「次男は、何がおカネかからないか自分で調べて、
    部活は陸上をやっているみたい。
    好きなことをさせてあげたいけど、やっぱり無理なので
    子どもがそう気を使ってくれるのは正直助かる。

    長男は学費のかからない県立の職業訓練系の
    高校に進学して、
    中3の長女は高校行かないで働くって言っています。
    長女には“公立だったら高校いいよ”って言っても、
    働くってクビをふる。

    昔の団地なので、家はすごく狭い。
    長女は早く働いて家を出たいって意識があるみたい。
    長男は週5アルバイトして2万~3万円を入れてくれて
    本当に助かっています」

    高校進学率は95.8%(学校基本調査2015年)。
    日本では40年間以上、9割を超える子どもたちが
    高校に進学する。
    長女は就職先をどうするか、これから担任と
    話し合うようだが、
    どうしてその選択になったのだろうか。・・・

    貧困家庭の子どもは高学年で落ちこぼれる

    「子どもの学力とか進路は、シングルとか貧乏の
    せいにしたくないけど、やっぱり関係があるとしか
    言いようがありません。
    私も長女、次男のときに悩んで、いろんな人に相談しました。
    うちだけじゃなくて、団地の子たちは小学校高学年くらいから
    学校の授業についていけない、勉強についていけなくなるんです。

    普通の家庭の子は、公文とか塾に行くんですよ。
    でも、そんなおカネはない。特にダブルワークする
    お母さんたちは、夜家にいないわけです。
    家で勉強する習慣は、もちろんないですよね。
    食べさせるだけで精いっぱいで、勉強まで手が回らない。
    だからシングル家庭の子どもは、よっぽど理解力がある
    子じゃないと、勉強についていけなくなるんです」

    無事に高校へ進学しても、新品の制服やカバンを
    買えなかった団地の子どもたちの多くは中退してしまうという。
    「どこか高校へ滑り込んだとしても、今度は
    アルバイトするじゃないですか。
    アルバイトが大変で、朝起きられないで高校行けないとか、
    それでもっと授業が遅れちゃう。ついていけなくなれば、
    高校はもう赤点取るとダメじゃないですか。

    中学までは勉強ができてもできなくても、学年は上がっていくけど、
    留年になるなら辞めちゃうとか。その後は大抵フリーターです。
    それか非正規の工場とか介護施設とか。
    そうやって貧困が子どもたちに連鎖しちゃう。それが現実です。
    うちの長男は本当に頑張っているほうだと思う」


    次回(2)へ続く

    Author :中村 淳彦 ノンフィクションライター


    こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
    知りつつ、こうして、こうなった




     『雑学 3 』 




    時は絶えず流れ、
    今、微笑む花も、明日には枯れる

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    2016年8月 1日 (月)

    信じれば真実、疑えば妄想

    信じれば真実、疑えば妄想


    時は絶えず流れ、
     今、微笑む花も、明日には枯れる



    Mousou2111

     人の為(ため)と書いて
     いつわり(偽)と読むんだねぇ

     誰にだってあるんだよ、
     人には言えない苦しみが。

     誰にだってあるんだよ、
     人には言えない悲しみが。




    呪いの椅子
      ~座ると必ず死が訪れる呪いの椅子~


    イギリスのヨークシャー州にあるサースク博物館にそれは
    展示されている。
    奇妙なことに、その椅子は天井からロープで吊るされているのだ。
    どうしてだろう? そのわけは、この椅子にはバズビーという
    男の怨念が込められていて、座る者は必ず死んでしまうので
    誰にも座れないようにしているからなのだそうだ。

    話は三百年前にまでさかのぼる。
    飲んだくれで怠け者のバズビーという若者がいた。
    ところがバズビーは大変恵まれた身分となる。
    大富豪の娘と結婚することになったからだ。
    結婚式の日、バズビーは妻の父から、見事なひじ掛け椅子を譲り受ける。
    だが、その椅子に座るようになってから、バズビーは豹変し、
    素行の悪さが目立ち始める。言葉使いはますます乱暴になり、
    何度注意しても働くことをしないのである。

    それは次第に拍車をかけ、ついには手がつけられないほどにまで
    なってしまった。その椅子に座ると、バズビーは暴君にでもなったかのように
    豹変するのだ。

    その当時のイギリスでは、ひじ掛けがついている椅子に座るということは
    権力者の象徴を意味していた。そのためだろうか、その椅子に座ると、
    バズビーは恐ろしいほど自信過剰になり、非難などされようものなら、
    それこそ取り憑かれたように暴力をふるうのである。

    バズビーの横暴さはとどまることを知らず、とうとうある日、
    財産すべてをよこせと言い出した。
    義理の父はさすがにあっさりとに断った。
    バズビーは、目の色を変えて激怒した。
    やにわにハンマーを取り出すなり、頭上にふりかざして
    義理の父に襲いかかっていったのだ。

    「うわっ!やめろ!助けてくれ!」義理の父は頭をかかえて
    部屋中を逃げ回った。
    「オレ様を誰だと思ってるんだ! こうしてやる! こうしてやる!」
    バズビーは狂ったように追いかけ回し、父親の頭を何度何度もなぐった。
    「ボキッ!グゥシャ!」いやな音がして鮮血があたり一面に飛び散った。

    その後、死体を森に隠して家に帰ると、バズビーは何事も
    なかったかのように椅子に座ったまま気持ちよく眠ってしまう。
    平然としたその態度はまさに異常なほどであった。

    だが権力に目のくらんだ人間というものは、哀れな末期をたどるという。
    バズビーはすぐに逮捕されてしまい、近くの森でただちに
    絞首刑に処せられることになったのだ。
    当時は面倒な裁判などといった手間をかけない時代でもあった。



    B12

    しかしバズビーは死に際に

    こう言ったそうだ。

    「いいか! これはオレの椅子だぞ。

    誰も座るな。座ってみろ!

    呪ってやるぞ!」

    バズビーは吊るされるまでこう

    叫び続けたという。

    その後、

    絞首刑にされたバズビーの遺体は、

    ウジがわくまで絞首台に

    吊るされたままであったという。







    それから二百五十年近くが経った。
    バズビーが処刑されたという場所の後には、いつしかある酒場が出来た。
    酒場の名前は、大酒飲みのバズビーを皮肉ってつけられ、
    「バズビー・ストープ・イン」(バズビーの椅子)と名付けられた。

    酒場には客寄せのためか、バズビーの椅子も置かれていた。
    持ち主だったバズビーが異常な性格で、権力欲に取り憑かれて
    殺人を犯し、絞首刑になったという因縁も客寄せに一役買うことになる。

    こうして呪いの椅子といううわさは瞬く間に広がっていった。
    酒場に置かれた呪いの椅子を見たいがため、客が押し寄せてくるので、
    店はたちまち繁盛した。

    ところが、恐ろしい呪いは本当だとまもなく誰もが思い知ることになるのだ。
    酔った勢いで何人かが肝だめしで座るのだが、
    なぜかすぐに不幸な死に方をしてしまうのである。

    ある建設作業員は、仲間が止めるのもきかずにその椅子に座った。
    翌日、その作業員は屋根を修理中に足を滑らせて落ち、
    首の骨を折って死んでしまった。

    また戦時中には、ある空軍のパイロットがその椅子に座ったことがあった。
    「死を招く椅子だって? そんな馬鹿なことがあってたまるか!じゃあ、
    このオレが呪いでも何でもないことを証明してやる」
    酒場の客は、全員黙ったままパイロットを見つめている。

    彼はおそるおそる椅子に腰かけた。「ほら、何んてこともないだろ!
    こんなの迷信なんだよ、ハッハッハ・・・」
    彼は意気がって椅子の上で足を組み、胸をドンとたたいて
    大笑いをしてみせた。

    ところが、その数時間後、パイロットは原因不明の事故に会って
    あっけなくこの世を去ってしまったのであった。
    犠牲者はこのパイロットだけではない。大戦中には、
    度胸自慢の軍人が何人かこの椅子に座ったことがあったが、
    座ったが最後、すべての軍人は戦死して生きて祖国に戻ることは
    出来なかったのである。

    こうして、この椅子に座って死んだ人間の数は、三百年間で
    実に六十一人にものぼった。
    これはやはりバズビーの呪いのせいなのだろうか?
    理由はどうであれ、不幸を呼ぶ椅子であることは確かにちがいない。
    なにしろ座った者は全員ことごとく死んでしまったのだから。

    椅子はその後、酒場のオーナーからも気味悪がられ、
    サースク博物館に寄贈されてしまったそうだ。
    こういうわけだから、今もバズビーの椅子は誰も座ることがないように
    ロープで吊るされたままなのだ。

    今、話したバズビーの椅子のケースはひとつの例に過ぎない
    。呪いのメカニズムとは、ある物に過去の怨念が取り付き、
    ずっと消えることなく今日まで受け継がれられている
    マイナスのエネルギーと言えよう。

    しかしそれは対象は椅子だけであるとは限らない、
    ベッドや枕と言ったものかもしれないし、バッグや帽子、
    アクセサリーのような身につけるものかもしれない。
    あるいは屋敷や部屋自体に呪いがかけられていることもあるのだ。

    かつて客が奇怪な死に方をしたホテルや旅館の一室などに泊まって、
    とんでもない恐怖体験をしたという話は枚挙にいとまないほどだ。
    あなたの椅子はどうだろう?・・・・


    Author :後藤樹史(不思議館 )
    http://www.cosmos.zaq.jp/t_rex/profile.html




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