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2016年9月 1日 (木)

漢の韓信-(143) (破局の訪れ)

信じれば真実、疑えば妄想……

昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー



こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
  知りつつ、こうして、こうなった



メジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、
良いかな !!
アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい



Kanshin021111_2

 韓信

 紀元前二〇〇年代の
 中国大陸。

 衰退した秦の末期に
 生を受けた韓信は、成長し、
 やがて漢の大将軍となる。


 「国士無双」「背水の陣」
 「四面楚歌」
 そんな彼を描いた小説。




漢の韓信-(143)
(破局の訪れ)

この文化圏には、伝統的に権力者がその威信を保つための
理屈がある。その理屈とは極めて独特なもので、
権力者とは天地自然に認められた人智を越えた存在であり、
余人がそのことに疑いを差し挟むことは許されない、
というものである。

また、権力者は権力を得たその日から遡って、この世に
生を受けた日からその資格を得ていた、と定義されるものである。
つまり、権力者となる人物はあらかじめ定められた運命によって
権力を得るのであり、人々が恣意的にそれを覆そうとしても無駄だ、
というわけだ。

要するに、この文化圏に住む人々には、自分たちの
指導者を選ぶ権利がない。つまり彼らには、
主権というものがないのだ。
しかもそれは現代に至るまで変わることがなく、
この文化圏の伝統的な社会のあり方となっている。

実に悲しいことではないか。劉邦はこの伝統を具現化させた
歴史上の人物のひとりである。彼は実に罪深い人物である。

定陶。
かつて項梁が命を落とした地。このとき、定陶は梁に属する。
韓信は、あちこちに潜む楚の残党に進路を阻まれながら、
ようやく済水のほとりに位置するこの地にたどり着き、
兵に休息を与えた。梁は彭越が支配する友邦の地ではあったが、
用心深い韓信が随所に軍塁を築き、警戒を怠らなかったことは
言うまでもない。

このため、兵たちにとって本当の意味での休息はなかった。
定陶にたどり着いたと言っても、もちろん堂々と城門の前で
休むわけではなく、必要以上に目立たぬよう遠くに城門を望む位置に
軍を留め、なおかつ敵の目の届かない山かげに身を潜めて、
休息をとるのである。

必然的に野営する形になるわけだが、それも遠征軍としては
仕方のないことであった。あたりが夕闇に包まれ、
星が見えてくるころになると、遠目に見える定陶の城壁の上に
灯がともった。橙色に浮かび上がったような城市の姿は
幻想的であり、兵たちの中には夜の町に遊ぶ平和な日々を連想し、
涙を流す者もいる。

しかし韓信の頭の中には、そのようなものはない。
彼の頭の中には、かつてこの城市で松明の明かりの下、
演説をした章邯の姿があるばかりであった。

「……賊は誅罰されるものであり、討つにあたって我々は
礼儀など必要としない。ただ、殺せばよいのだ!」
恐れを抱きつつも、圧倒的な章邯の存在感にうちひしがれた自分。
あのとき自分は知らず知らずのうちに章邯に憧れを
抱いたのかもしれない。

「大秦万歳!」
秦の兵卒たちのあの一体感。どうやってあれほど彼らを統率することが
できたのだろうか。軍の指揮能力に自信がないわけではないが、
自分には兵を熱狂させるなにかが足りないのかもしれない。
韓信はぼんやりと輝く定陶の灯を見ながら、そんなことを考えた。
しかし考えても答えが見つかるわけではない。
そもそも彼には熱狂する兵の気持ちがわからなかった。

というのは、彼自身が誰かに熱狂するほどの忠誠を誓ったことが
ないからである。例えば彼は、冗談でも「大漢万歳」などとは
言ったことがなく、ましてや「大斉万歳」などと叫び、
兵を鼓舞しようとしたことはなかった。
だとすれば、彼はなんのために戦ってきたのか。

漢王のためか? 少し違う。
では項王を倒すためか? それも違う気がした。
確かに項王は彼を重用せず、身内の者ばかりを厚く遇した。
しかし、だからといって殺したいほど憎いというわけではない。
やはり自分は戦いたかったから戦った、ただそれだけなのだ、
と韓信は思わざるを得ない。

戦い自体に目的はなく、なんの主義主張もなしに道具のように人を殺す、
ただの職業的殺し屋なのだ、と彼はやや自嘲的に思うのであった。
そんな自分が身分不相応にも王を称し、望みもしないのに
人の上に立つことになった。その報いは主君からの
いわれのない不信の目。

あげくはたったひとりの愛した女性を失うという目も当てられない悲劇。
しかし、それらはすべて自分がさしたる理由もなしに
戦いを好んだがために生じた出来事なのだ、と韓信は考えるのである。
したがって、彼には誰を責めようもない。
・・・・

つづく

Author :紀之沢直樹
http://kinozawanaosi.com


愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る


歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
   人生、絵模様、万華鏡・・・



『時には母のない子のように』





時は絶えず流れ、 今、微笑む花も、明日には枯れる

 

P R

カビの生えない・きれいなお風呂

お風呂物語

『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。


Diy

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