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2016年9月12日 (月)

信じれば真実、疑えば妄想……漢の韓信-破局の訪れ

信じれば真実、疑えば妄想……

昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー



こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
  知りつつ、こうして、こうなった



メジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、
良いかな !!
アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい




Kanshin021111



韓信
紀元前二〇〇年代の
中国大陸。
衰退した秦の末期に
生を受けた韓信は、成長し、
やがて漢の大将軍となる。
「国士無双」「背水の陣」
「四面楚歌」
そんな彼を描いた小説。






漢の韓信-(144) 第四部

破局の訪れ

――あの城壁……。
かつて生爪を剥がしながらよじ登った城壁が見える。
あらためて見ると、城壁は相当に高く、一般的な人の
背丈の十倍はありそうだった。
また、この時代の城壁の多くは土を固めたものに過ぎないが、
その構造は頑丈であり、土だからといって指を突き刺したとしても、
穴が開いたりすることはめったにない。 

――我ながら、よくあの壁を乗り越えたものだ……。
人間は生命の危機を感じると、本能的に潜在的な力を発揮するというが、
あの時の自分がまさにそうであった、と韓信は思わざるを得ない。
次々と討ち取られていく仲間を尻目に、彼らを助けようともせず、
生き残ることだけを考え、あたふたと逃げ回った自分。

自分の命が危機に晒されているとき、当時の主君である項梁を
守ろうなどとは露ほども考えなかった自分がそこにいた。
――項梁に心酔している者ならば、守ったかもしれぬ。
しかし、あの時の私は……いや、今でも私には自分の命を
賭けてまで守ろうとする者はない。項梁が劉邦であったとしても、
自分は見捨てただろう、と韓信は思うのである。

――あるいはあの時私の隣にいたのが蘭であったら……。
守ろうとするに違いない。彼が死を賭してまで守ろうとする相手は、
蘭しかいなかった。しかし、その蘭ももういない。――

なんとも死に甲斐のない人生ではないか。あるいはそれは
生き甲斐よりも重要なことだったかもしれない。
特にこの時代の武人にとっては、自分がなんのために、
どうやって死ぬかということは、どのように生きたかということより
大切なことなのである。

「……士というものは、自分の死も劇的に演出するものだ」
かつて酈生は韓信に残した書簡の中で、そう語った。
死を目前にすると、その人物の本性が現れる。
自分の信じた生き方を貫こうとすれば、死を前にして
恐怖をあらわすことは許されない。
それは自分で自分の生き方を否定することであり、
どれだけ美しく生きたとしても最後に醜態をさらすことに
なるのであった。

少なくとも当時、士を自称した人物はそう信じたのである。
だが韓信はすでに蘭を失い、自分の死に様を表現することも
できない。
――私を残して先に逝くとは……君は私にどう生きよ、と
いうのか……。
過去の出来事から未来への不安を連想していくうちに、
すっかり夜もふけ、韓信はまどろんだ。
冬の寒さの中でも平気で眠気を催す自分が恨めしい。
その夜、韓信は蘭の夢を見た。 ・・・

夢に現れた蘭の姿は、あるときは見慣れた軍装だったかと思うと、
次の瞬間には一糸もまとわぬ裸身であったりした。
夢の中の彼女は、脈絡もなく目の前で弓を放っていたり、
なにかを語りかけてきたりする。しかし、その話の内容が
どのようなものなのか、韓信は自分の頭にどうしても
理解させることができない。

彼はそれにもどかしい思いを抱いたが、その思いさえ
現実のものではない。すべて夢の中のことなのである。
さらに彼を苛立たせたのは、美しいはずの蘭の裸身が、
わずかに不鮮明だったことである。

現実の世界では、彼はほんの数度、しかも暗がりでしか
見たことがなかったため、頭の中にそれを細部にわたって
焼き付けることができなかったからであった。

夢から覚めたとき、彼が思ったのは深い後悔と、
おぼろげに感じられる不安であった。
夢の中の蘭は、具体的になにを告げているのか
わからなかったが、どうも注意を促していたように思われる。

たとえ夢でも彼女に再会できたことを喜ぶより、韓信には
そのことの方が気にかかった。
既に夜が開け始め、辺りには気の早い鳥の声が響いていた。
城壁の灯は既に消えている。彼がそれに気付いたとき、
鳥の声に混じって後方から兵の怒号が聞こえてきた。

「何ごとだ」夜警を担当していた兵たちにそう尋ねてみたが、
混乱しているようで返答は要領を得ない。
前方にいた兵士たちにとって、このとき自軍内に何が
起こっているのか正確に判断することが難しかったようである。

三十万という大軍の弊害がここにあった。
後方の部隊からの伝令が韓信のもとに駆けつけたのは、
それから数刻してからである。
その伝令が息を切らしながら韓信の前で跪き、告げた。

「後ろから、襲撃を受けました」報告内容の意外さに韓信は
思わず声を荒げた。「後ろだと!」楚の残党か、それとも
彭越の手の者か?
「いったい、どこの敵だ」伝令は答えて言った。
「漢軍です。敵は漢。しかも漢王直属の部隊です」
「漢王が……!」

「すでに後方の部隊は包囲され、兵は奪われつつあります」
これを聞いた韓信の目が、怒りに燃えた。
「……寝ている者たちを起こせ! 中軍の陣形を組み直し、
鶴翼の陣を敷け。後方に迫る敵を包囲しつつ、
敗兵を収容するのだ。これ以上兵を奪われるな!」

韓信は全軍にそう指示を出し、自らも馬に乗り、駆け出そうとした。
「対抗するのですか」漢王の軍を相手に戦うということに、
斉兵の誰もが尻込みをした。韓信自身も決して
乗り気だったわけではない。

しかし、楚が事実上滅びた今、劉邦は増長し、思いのままに
振る舞おうとしているのは明らかであった。
韓信は斉の元首として、それをどこかで止めなければならない。
「当然だ」 そう言い残し、韓信は数名の部下を引き連れ、
敵陣近くまで突進していった。

韓信の軍に目立った将はいない。常に韓信自身が
直接軍の指揮をとり続けたため、その必要がなかったためである。
当初、斉兵の多くは韓信に馴染まず、なかなか言うことを
聞こうとしなかったが、韓信の軍事における指示は
微に入り細を穿つもので、彼らがかつて仕えた田栄や田横とは
まるで違った。もともと名族の出だった彼らは、兵を酷使し、
必要以上に叱責する。

そのおかげで現場はぴりりとした空気に包まれることは
確かだったが、肝心な場面では、具体的な指示はなかった。
窮地に立たされ、どうすればいいか迷っているときに
彼らが受ける指示は、「命を捨てて戦え」という非常に
抽象的なものでしかなかったのである。

一方韓信は、そのようなときには細かく指示を出した。
右に逃れよ、左に逃れよ、と。そしてその指示に従えば、
自分たちの命が助かるばかりか、形勢を逆転し、
最終的に勝つことができたのである。

このため韓信に対する斉兵の信頼は高まっていた。
しかし、一方でこのことが韓信のいない場所では斉の兵は
弱いという結果を生んだ。皮肉なことに、
兵が自分の頭で考えるということをしなくなったのである。

このときの混乱も、そのことが生んだ弊害と言ってもよく、
韓信の目の届かない後方でそれは起き、彼が駆けつけると
事態は収束に向かったのだった。

韓信が姿を見せると、兵たちは落ち着きを取り戻し、
統率された動きを見せ始めた。
斉兵を包囲している漢兵たちを大きく両側から取り囲み、
さらにに包囲する態勢をとったのである。

だが、相手は友軍だということもあり、激しく攻めたてるということはしない。
包囲しかえすという行為によって、無言の圧力を加えたのである。
漢は包囲している斉軍後方部隊を攻撃することができない。
攻撃すれば、韓信に攻められるからである。

いっぽう韓信も漢軍を攻撃できない。攻撃しようとすれば、
漢軍は報復として包囲している斉の後方部隊を殲滅しようとする
素振りを見せたからである。

これにより戦場は膠着状態となり、双方ともに動きがとれなくなった。 
そのような睨み合いが小一時間も続いたころ、
漢の側に動きが見えた。劉邦が車に乗り、その姿を現したのである。
韓信もこれを見つけ、睨むように劉邦を見据えると、挑戦的な口調で
言い放った。
「漢王。混乱のさなかとあって、馬上から失礼する」
・・・・

つづく

Author :紀之沢直樹
http://kinozawanaosi.com




愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る



歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、


   人生、絵模様、万華鏡・・・


『哀歌(エレジー)』




時は絶えず流れ、 今、微笑む花も、明日には枯れる


 

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