« チャンネル・掲示板 | トップページ | 妄想劇場・特別編 »

2016年9月18日 (日)

信じれば真実、疑えば妄想( 事件録)

信じれば真実、疑えば妄想
 

 

時は絶えず流れ、
   今、微笑む花も、明日には枯れる

 

 

Mousou2111_2   

   
   
人の為(ため)と書いて
    いつわり(偽)と読むんだねぇ
 
   誰にだってあるんだよ、
   人には言えない苦しみが。
 
   誰にだってあるんだよ、
   人には言えない悲しみが。

 
 
 
 
 


愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る
 

 
事件録、戦前~現代の事件へ
 
  坂田山心中事件 【事件概要】

 
  -経緯-
 
  昭和7年5月9日午前11時頃、神奈川県大磯町の通称・
  坂田山の山林でキノコ狩りしていた地元の人が
  若い男女の心中死体を発見した。
  男は学生服、女は錦紗の着物を着ており一見しただけで
  裕福な男女であることがわかった。  発見者の通報で駆けつけた
  大磯署の捜査官は早速現場検証を開始した。
 
  間もなく、男の学生服の内ポケットに入っていた遺書から
  2人は東京市芝区白金三光町(現東京都港区白金台)の
  調所(ずしょ)男爵家の子息で慶応義塾大学3年生の
  調所五郎(当時24歳)と
  静岡県駿東郡富岡の大資産家令嬢・湯山八重子(当時21歳)で
  あることが判明した。
  八重子の枕もとにはハンドバックと金の腕時計、ルビーの指輪などが
  置かれていた。
 
  その付近に昇汞水(しょうこうすい)と呼ばれる写真の現像に使う
  水銀が入っているビンが発見された。
  状況から、この昇汞水をあおり心中したことが確認された。  
  大磯署は、調所、湯山の両家に連絡する一方、事情を聴取した。
 
  その結果、2人は結婚を誓いあったが八重子の両親は結婚に
  反対だった。そのため、2人はこの世で結ばれることができないならば、
  死んで天国で結ばれたいと坂田山で心中したことがわかった。
 
  大磯署は他殺などの事件性はないと判断。
  双方の家族が到着するまで白木の箱に納めて
  近くの寺の境内にある無縁仏に仮埋葬をした。
 
  -猟奇事件に発展-
 
  翌日の10日午前6時30分頃、寺の墓番の妻が仮埋葬されている
  土盛が掘り起こされ付近に女性の衣類が散乱しているのを発見した。
  寺に急行した大磯署の捜査官が調べたところ、仮埋葬した2人のうち
  八重子の遺体が無くなっていた。
 
  令嬢の遺体が盗まれるという猟奇事件は新聞で大きく報道され
  世間は大騒ぎとなった。  
  大磯署は神奈川県警に応援を求める一方、
  地元の青年団、消防団などを動員して大磯駅を中心に
  山側と海側に分けて捜索を開始した。
 
  その結果、翌日の11日午前8時40分頃、海岸へ向かう小道で
  女物の襦袢が落ちているのを発見。
  更に松林に囲まれた船小屋に踏み込むと砂地の中から
  全裸の八重子の遺体が出てきた。  大磯署は、遺体の搬入、
  搬出に慣れている埋葬作業員達が怪しいとみて身柄を拘束して
  聴取を始めた。
 
  当初、犯行を否認していた作業員達の中で橋本長吉(当時65歳)が
  事件から10日後の18日になって犯行を自供した。
 
  大磯署の取調べで橋本は「9日の夜、資産家の令嬢が
  心中した話を聞き込み、家族に埋葬場所を聞いた。
  異常な興奮を覚え無縁仏に向かい女の遺体を船小屋まで運び出し、
  全裸にしてから愛撫したり局部を見たりした」と供述した。  
  橋本の自供は新聞報道を更にエスカレートさせた。
 
  東京朝日新聞は「怪異の謎解ける 令嬢死体泥棒は65歳の隠亡 
  10日目にやっと自白 おぼろ月夜に物凄い死体愛撫 
  美人と聞いて尖った猟奇心」と大きく見出しを付けた。
 
  -異例の発表-
 
  大磯署は「令嬢は清く汚れのない処女であった」と異例の
  発表をした。
  真相は定かではないが両家の意向を汲んで警察が
  世間に向けて発表したものと言われている。
  この事件で皮肉にも両家が話し合った結果、
  遺骨を分骨して2人が天国で結ばれるようにと葬った。  
 
  この心中事件は、人々の涙を誘い
  「天国に結ぶ恋(五所平之助監督)」というタイトルで松竹が
  映画化して上映。
  爆発的なヒットで3週間のロングランになったという。・・・
 
 
  Author :「オワリナキアクム・藪坂(ヤブサカ)
  http://yabusaka.moo.jp/hajimeni.htm
 
 
 
  事件録、戦前~現代の事件へ
 
 
熊本・お礼参り殺人事件
 

  -経緯-
 
  昭和60年7月24日午前8時20分頃、熊本県甲佐町の町工場経営・
  谷ミツ(当時63歳)宅で定時になっても出社しないことを不審に思った
  従業員2人が谷宅に出向いた。
  玄関の呼び鈴に応答しないためクーラの室外機を踏み台にして
  部屋に上がり込むと谷さんと養女の則子さん(当時22歳)が
  血まみれで死亡しているのを発見した。
 
  熊本県警の捜査本部が現場検証したところ、
  谷さんは41ヶ所、則子さんは35ヶ所、2人合わせて76ヶ所の
  刺し傷があり、さすがに見慣れている刑事も顔面蒼白だった。
 
  この殺傷の残忍さから怨恨説が浮上。捜査していく過程で
  「一方的に逆恨み」をしていた熊本県天明町出身の森川哲行
  (当時55歳)が浮上。犯行から5日後の7月28日、
  居酒屋で知り合った女性と福岡県と熊本県の県境にある
  荒尾競馬場に出かけたところを張り込んでいた刑事によって
  逮捕された。逮捕のきっかけは、2人が乗ったタクシー運転手が
  不審に思い警察に通報したためだった。
 
  -因縁と執念-
 
  森川哲行は昭和5年4月に熊本県天明町で漁師の森川安雄の
  三男として出生。森川が二歳の時、父・安雄は些細なことから
  喧嘩で刺され死亡。
  母親は哲行とその上の兄・道行(仮名)を残して家を飛び出した。
  それ以降、父方の叔母である林田やえ・正夫(いずれも仮名)
  夫婦に身を寄せた。
 
  林田夫婦は子供がいなかったため2人は可愛がられて育てられた。
  兄の道行は問題なく育ったが、弟の哲行は不登校で
  15歳に傷害罪を初め20歳までに前科7犯になっていた。
  20歳を過ぎると家を出て全国の飯場と刑務所を
  行ったり来たりしていた。  その後、森川は熊本に戻り海苔の
  行商をしていた27歳の頃、ミシン販売の営業マンの仲介で
  谷妙子さん(当時27歳)と見合い話が進んだ。
  妙子さんの両親は満州からの引き上げ者で、妙子さんは
  実母・森野ハツメさんの兄・谷三十郎夫婦に預けられ育った。
  2人は昭和34年1月に結婚した。
 
  結婚当初、森川は海苔の行商をして生計をたてていたが、
  次第に本性を現す。結婚2年後には、働かず焼酎を朝から飲み
  妙子さんには殴る蹴るの虐待を行う。
  長男が誕生した3日後、産後の肥立ちが悪かった妙子さんが
  自宅で横になっていると泥酔した森川がバケツに入った水を
  妙子さんめがけてブチまげて「いつまで寝とるとか!」と
  怒鳴り暴行したという。
 
  このような経緯から昭和37年9月、熊本市内の谷三十郎夫妻宅で
  森川、妙子さん、谷夫妻と実母のハツメさんとで離婚の話し合いが
  もたれた。が、森川は「絶対に別れない」と言い残して家を飛び出した。
 
  その後、妙子さんとハツメさんは谷宅を後にしてバス停留所に向かった。
  そこで待ち伏せしていた森川はナイフで2人を刺した。
  ハツメさんは即死、妙子さんは重傷を負ったが一命は取り留めた。
  逮捕された森川は同年11月22日、熊本地裁で
  「無期懲役」を言い渡された。
 
  -復讐ノート-
 
  熊本刑務所に服役した森川は仮出所するまでの14年間、
  谷一族に対する恨みを増幅していく。
  「俺が、このような辛い服役をしているのは全て奴等のせいだ」と
  復讐に燃える14年間だった。
 
  森川は大学ノートに出所後、復讐するための殺害順位を書き込んだ。
  まず、谷夫妻、次に谷三十郎の弟・末則の妻でミツ子、
  妙子の叔母、育ての親である林田夫妻、実兄の道行、
  さらには無期懲役刑を言い渡したM裁判官など殺害候補は
  30人に上った。
 
  昭和51年12月8日仮出所した森川は林田宅に身を寄せた。
  しかし、定職にはつかず家でゴロゴロしている森川に対して
  林田やえと口論、騒ぎを聞きつけてやって来た実兄・道行2人を
  刺身包丁で追い掛け回し再度警察に逮捕され仮出所から1年半で
  刑務所に逆戻りした。
 
  昭和59年2月1日、二度目の仮出所で妙子さんと結婚した年から
  実に25年が経過していた。
  この仮出所では、さすがに林田夫妻は身元引き受け人には
  ならなかった。
  このため森川は、保護観察施設に身を寄せて
  「復讐の計画」を進めていった。
 
  まず、再婚した妙子さんの住所を探り出そうと大胆にも
  谷三十郎宅に出向き、応対に出た三十郎の妻に「叔母さん、
  昔撮った妙子の写真を本人に返したいから居場所を教えてくれ」と
  訪問した。
 
  勿論、居場所を教える訳が無く、森川は親戚を転々とし
  妙子さんの居場所を捜し歩いた。
  そこで森川は殺害の順番を変える程度の軽い気持ちで、
  昭和60年7月24日午前2時頃、谷ミツコ宅に侵入して
  2人を殺害した。
 
  この時、犠牲になった養女の則子さんは、
  森と全く面識が無かった。逮捕された森川は、まったく反省が無く
  「殺し足り無い」と嘆いていた。
 
  平成11年9月、森川は死刑執行された。
 
  殺人を犯しても尚、仮出所し二度目の殺人を犯す。
  「死刑廃止論」の議論があるなかで、本件を見ると
  果たして死刑廃止だけでは問題が解決しないことを
  改めて考えさせられた。・・・
 
 
  Author :「オワリナキアクム・藪坂(ヤブサカ)
  http://yabusaka.moo.jp/hajimeni.htm




B117



昨日という日は歴史、
   
今日という日はプレゼント
 

明日という日はミステリー   

 
 
 
 
 

 
 
 
     
P R
カビの生えない・きれいなお風呂

お風呂物語
 
   
   
入れてもらえば気持ちは良いが、
      どこか気兼ねなもらい風呂
   
   
Diy_2
        『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。
   

« チャンネル・掲示板 | トップページ | 妄想劇場・特別編 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1772781/67556059

この記事へのトラックバック一覧です: 信じれば真実、疑えば妄想( 事件録):

« チャンネル・掲示板 | トップページ | 妄想劇場・特別編 »

流れ雲(^o^)

ウェブページ

無料ブログはココログ

最近のトラックバック

最近のコメント

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
フォト