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2016年11月

2016年11月30日 (水)

妄想劇場一考編 ・私にも娘がいる!!

妄想劇場一考編

B13


B15112


買い物客や帰宅する人でごった返す巨大ターミナル駅が、
一瞬にして悲鳴に包まれた。
大阪市天王寺区のJR天王寺駅の駅ビルで11月、
男が突然金属バットを振り回し、6歳の女児ら2人が
重軽傷を負った。

傷害容疑で男を現行犯逮捕した大阪府警は、
バットで頭部を狙ったことから殺意があったと判断、
殺人未遂容疑で送検した。

男は「(被害者と)目が合っておれをにらんできた」と
供述しており、大阪地検は精神障害の疑いがあるとして
男を鑑定留置とし、刑事責任能力の有無を調べている。

不特定多数が集まる場所で起きた「無差別テロ」に
等しい凶行。さらなる大惨事につながる恐れもあったが、
防いだのは男を取り押さえた通行人の「勇気」だった。

まるで野球スイング…響く金属音

「カーン、カーン」
11月2日午後5時20分ごろ、取引先に向かうため
同駅を利用していた会社員、馬場秀樹さん(55)と同僚の
柳瀬一成さん(41)は、駅ビルの地下から1階に向かう
エスカレーターで、乾いた金属音を聞いた。

不審に思いながら1階に着くと、金属バットを振り回す
スキンヘッドの男の姿が目に入った。
男は野球のスイングのようにバットを水平に振り、
近くにいた女児(6)の頭部を殴打した。

「女の子が殺されてしまう」
馬場さんはとっさに、バットを持つ男の腕をめがけて
飛びかかった。腕を捕まえると、近くいた別の男性が
ラグビーのタックルのように男を倒し、
柳瀬さんらも加勢して取り押さえた。

男は興奮した様子もなく、
「警察を呼べ」「手錠をはめろ」などとつぶやいていた。
馬場さんは「私にも娘がいる。あれ以上(女児が)
危害を加えられないように無我夢中だった」と振り返った。

天王寺駅の改札近くを歩いていた社会保険労務士の
杉本匡史(まさし)さん(46も、現場に居合わせた
一人だった。
悲鳴を聞いて目を向けると、男が女性(22)を背後から
バットで襲い、その後、間髪入れずに数メートル
離れた場所にいた女児を殴りつけていた。

悲鳴を上げながら逃げ回る群衆。
杉本さんもその場に立ち尽くし絶句したが、
すぐに気を取り直して馬場さんらとともに
男を押さえつけた。

男を現行犯逮捕した府警天王寺署は11日、
危険を顧みずに男に立ち向かった通行人のうち、
連絡が取れた馬場さんと柳瀬さん、杉本さんに
感謝状を贈った。

「もっと早く止められれば、女の子はけがをしないで
済んだかもしれない」。杉本さんは唇をかんだが、
女児が快方に向かっていることを聞くと、
ほっとした表情を見せた。

「おれをにらんできた」

同署によると、逮捕された同市東淀川区東中島、
無職、松本将史容疑者(41)は、調べに対し
「(襲った)2人と目が合って、おれをにらんできた。
(女性とは)肩もぶつかり、謝ってこないので殴った」
などと供述した。

捜査関係者によると、松本容疑者は
「バッティングセンターに行くため」に、大阪市内の
別の場所で長さ約80センチの金属バットを購入したと
説明。ポリ袋に入れたバットを手に電車を利用し、
同駅に降り立ったところで、全く面識のなかった2人に
殴りかかったとみられている。

最初に殴られた女性は頭部に軽いけがをし、
2発目を防ごうとした際、右手にも打撲を負った。
松本容疑者と本当に肩がぶつかったかどうかは
確認されていない。

その後に殴られた女児は頭蓋骨を骨折する重傷。
一時は意識が混濁するなど危険な状態となったが、
現在は快方に向かっているという。

調べに対し、松本容疑者は「殺すつもりはなかった」と
殺意は否認した。しかし、同署は金属バットで
頭部を狙っていることから、明確な殺意があったと判断。
容疑を殺人未遂に切り替えて送検した。

捜査関係者によると、松本容疑者には精神疾患による
通院歴があった。
大阪地検は18日、松本容疑者を鑑定留置とした。
期間は来年2月27日までの約3カ月間。
今後は犯行当時の精神状態を詳しく調べ、
刑事責任を問えるか否かを慎重に判断するとみられる。

同署幹部は「(容疑者は)バットを持った状態で
天王寺駅まで何もせずに来て犯行に及んでいる。
(目が合ったという理由は)到底理解できるものではないが、
本人なりの理屈を説明しており責任能力はあるはず。
第一、これで罪に問えなければ被害者に申し訳ない」と
語気を強めた。

再発防止難しく…

天王寺駅は、JRと市営地下鉄御堂筋線、
谷町線が乗り入れ、近鉄南大阪線や阪堺電車上町線の
駅も隣接する関西有数のターミナル駅だ。
日本一の超高層ビル「あべのハルカス」にも近く、
通勤や帰宅の時間帯に限らず、終日多くの人が行き交う。

今回の事件では、勇気ある通行人らが松本容疑者を
取り押さえたため、幸い犠牲者は出なかった。
しかし、凶器がバットではなく刃物などより殺傷力の
強いものだった場合、さらに多くの被害者や死者が
出ていた可能性もあった。

不特定多数が集まる駅や空港、「ソフトターゲット」と
呼ばれる警備が比較的緩やかな大型集客施設は近年、
過激派組織「イスラム国」(IS)などの国際テロリズムの
標的になるなど、安全対策が課題となっている。

ただ、松本容疑者はバットを袋に入れて歩いており、
「外見だけで犯行の予兆を察知するのは困難だった」
(捜査関係者)。
同署幹部は「こうした通り魔的な事案はもちろん
未然防止したいが、何が引き金になるか分からず、
難しい」と吐露する。

感謝状が贈られた3人以外にも、現場では松本容疑者に
タックルした男性をはじめ、数人が危険を顧みずに
立ち向かい、警察官が駆けつける前にその場を
立ち去っていた。

同署幹部は「女児らの命が助かったのは皆さんの
おかげ。
感謝してもしきれない」と話した。・・・

【衝撃事件の核心】

http://www.iza.ne.jp/

歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
   人生、絵模様、万華鏡…



「どうする貴方」




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P R

入れてもらえば 気持ちは良いが、
どこか気兼ねな もらい風呂

Dr1

2016年11月29日 (火)

チャンネル・掲示板・「いのちをいただく」

チャンネル・掲示板

信じれば真実、疑えば妄想……

幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない


「いのちをいただく」

I1_2

作業員の坂本義喜さん(52)が、なだめるように
牛を落ち着かせた。やおら、衝撃で失神させる特殊な銃を
額に当て引き金を引く。  「ガンッ!」  フライパンで
殴ったような鈍い音が響き、牛は足元から崩れ落ちた。

首筋の動脈を切る。血がバシャバシャと流れ出た。
鮮度を保つために必要な作業だという。
頭を切り落とし、小刀で皮をはぎ、内臓を取り出すと
電動のこぎりで背中から真っ二つにした。
ここまでわずか30分。・・・  

冷蔵庫に枝肉を送ると、次の牛が運び込まれてきた。
6歳の時、軽い気持ちで親の仕事を手伝った。以来、
この道一筋で働いている。

I2_2

最初は仕事と割り切り、かわいそうという感情もなかった。
「動物を一つの命ととらえていたら、身が持たない」。
そんな自分に疑問を抱いたのは、
ある少女との出会いがきっかけだった。

その少女は家族と一緒に、1頭の牛を運んできた。
「みいちゃん」と牛の名を呼び、引き渡して帰る間際まで、
体をなで続けていた。家族の一員のように。 ・・・ 

坂本さんが近づくと、牛は身構えて威嚇してきた。
それでも、体をなでてあげるうち、舌を出しペロリと
手をなめ、甘えてきた。  

「こげなことでいいのか…」。ふいに、当たり前に
こなしてきた仕事に嫌気が差した。
もちろん、その牛はきちんと処理した。  
ただ、胸中に巣くったわだかまりは、なかなか消えない。
仕事を辞めようかとも考えた。でも、ほかで食べていく
自信はない。  

いつしか、あの少女のように動物の頭や体をなでている
自分がいた。「恐怖心をできる限り取ってあげたい。
一瞬一秒でも楽にして、あの世に送ってあげるのが
役目」と思い至った。

毎日食べている肉には本来、命があって、
それを奪って自分たちが生かされている
「動物にも、お父さん、お母さん、兄弟がいて、
家族と一緒に遊びたいと思っていたけど、
人間のために肉になった。その肉をちゃんと
食べてあげて」。

人が生きるために犠牲になる動物や植物。
幼子のため、自らの時間を犠牲にする親。
お産と食肉解体は正反対な仕事に見えるが、
通底する「命の重み」を感じた。

「センターに来る牛も馬も、牧場では決して見せない
おびえた顔をする。動物だって死にたくない。
その『命の重さ』に気付いたからこそ、
今では自分の仕事に誇りもある。伝えていかなければと
思うのです」・・・

I3_2

坂本さんは、食肉加工センターに勤めています。
牛を殺して、お肉にする仕事です。
坂本さんはこの仕事がずっといやでした。
牛を殺す人がいなければ、 牛の肉はだれも
食べられません。

だから、大切な仕事だということは分かっています。
でも、殺される牛と目が合うたびに、 仕事が
いやになるのです。
「いつかやめよう、いつかやめよう」と 思いながら
仕事をしていました。

坂本さんの子どもは、小学3年生です。
しのぶ君という男の子です。 ある日、小学校から
授業参観のお知らせがありました。 これまでは、
しのぶ君のお母さんが行っていたのですが、
その日は用事があってどうしても行けませんでした。

そこで、坂本さんが授業参観に行くことになりました。
いよいよ、参観日がやってきました。
「しのぶは、ちゃんと手を挙げて 発表できるやろうか?」
坂本さんは、期待と少しの心配を抱きながら、
小学校の門をくぐりました。

授業参観は、社会科の「いろんな仕事」という授業でした。
先生が子どもたち一人一人に 「お父さん、お母さんの 
仕事を知っていますか?」 「どんな仕事ですか?」と
尋ねていました。 しのぶ君の番になりました。

坂本さんはしのぶ君に、自分の仕事について あまり
話したことがありませんでした。
何と答えるのだろうと不安に思っていると、 しのぶ君は、
小さい声で言いました。
「肉屋です。普通の肉屋です」
坂本さんは「そうかぁ」とつぶやきました。

坂本さんが家で新聞を読んでいると しのぶ君が
帰ってきました。
「お父さんが仕事ばせんと、みんなが肉ば
食べれんとやね」
何で急にそんなことを言い出すのだろうと
坂本さんが不思議に思って聞き返すと、
しのぶ君は学校の帰り際に、 担任の先生に
呼び止められて こう言われたというのです。

「坂本、何でお父さんの仕事ば 普通の肉屋て
言うたとや?」
「ばってん、カッコわるかもん。
一回、見たことがあるばってん、 
血のいっぱいついてからカッコわるかもん…」
「坂本、おまえのお父さんが仕事ばせんと、
先生も、坂本も、校長先生も、 会社の社長さんも
肉ば食べれんとぞ。 すごか仕事ぞ」

しのぶ君はそこまで一気にしゃべり、 最後に、
「お父さんの仕事は すごかとやね!」と言いました。
その言葉を聞いて、 坂本さんはもう少し 仕事を
続けようかなと思いました。

ある日、一日の仕事を終えた坂本さんが 事務所で
休んでいると、一台のトラックが 食肉加工センターの
門をくぐってきました。 荷台には、明日、殺される予定の
牛が積まれていました。

坂本さんが「明日の牛ばいねぇ…」と思って見ていると、
助手席から十歳くらいの女の子が飛び降りてきました。
そして、そのままトラックの荷台に上がっていきました。
坂本さんは「危なかねぇ…」と思って見ていましたが、
しばらくたっても降りてこないので、 心配になって
トラックに近づいてみました。

すると、女の子が牛に話しかけている声が
聞こえてきました。
「みいちゃん、ごめんねぇ。 みいちゃん、ごめんねぇ…」
「みいちゃんが肉にならんと お正月が来んて、
じいちゃんの言わすけん、 みいちゃんば売らんと  
みんなが暮らせんけん。 ごめんねぇ。みいちゃん、
ごめんねぇ…」 そう言いながら、一生懸命に
牛のお腹をさすっていました。

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坂本さんは「見なきゃよかった」と思いました。
トラックの運転席から女の子のおじいちゃんが降りてきて、
坂本さんに頭を下げました。
「坂本さん、みいちゃんは、この子と一緒に育ちました。
だけん、ずっとうちに置いとくつもりでした。 ばってん、
みいちゃんば売らんと、この子にお年玉も、 
クリスマスプレゼントも買ってやれんとです。
明日は、どうぞ、 よろしくお願いします」

坂本さんは、「この仕事はやめよう。 もうできん」と
思いました。 そして思いついたのが、明日の仕事を
休むことでした。

坂本さんは、家に帰り、 みいちゃんと女の子のことを
しのぶ君に話しました。
「お父さんは、みいちゃんを殺すことはできんけん、 
明日は仕事を休もうと思っとる…」 そう言うと、
しのぶ君は「ふ~ん…」と言って しばらく黙った後、
テレビに目を移しました。 そ

その夜、いつものように坂本さんは、 しのぶ君と一緒に
お風呂に入りました。
しのぶ君は坂本さんの背中を流しながら言いました。
「お父さん、やっぱりお父さんが  してやった方がよかよ。
心の無か人がしたら、牛が苦しむけん。
お父さんがしてやんなっせ」
坂本さんは黙って聞いていましたが、
それでも決心は変わりませんでした。

朝、坂本さんは、しのぶ君が 小学校に出かけるのを
待っていました。
「行ってくるけん!」元気な声と扉を開ける音がしました。
その直後、玄関がまた開いて
「お父さん、 今日は仕事 行かなんよ ! わかった?」 と
しのぶ君が叫んでいます。
坂本さんは思わず「おう、わかった」と答えてしまいました。

その声を聞くとしのぶ君は「行ってきまーす !」 と
走って学校に向かいました。
「あ~あ、子どもと約束したけん、行かなねぇ」とお母さん。
坂本さんは、渋い顔をしながら、仕事へと出かけました。
会社に着いても気が重くてしかたがありませんでした。

少し早く着いたのでみいちゃんをそっと見に行きました。
牛舎に入ると、みいちゃんは、 他の牛がするように
角を下げて、 坂本さんを威嚇するようなポーズを
とりました。

坂本さんは迷いましたが、そっと手を出すと、
最初は威嚇していたみいちゃんも、 しだいに
坂本さんの手をくんくんと嗅ぐようになりました。
坂本さんが、「みいちゃん、ごめんよう。 
みいちゃんが肉にならんと、みんなが困るけん。
ごめんよう…」と言うと、 みいちゃんは、
坂本さんに首をこすり付けてきました。

それから、坂本さんは、女の子がしていたように
お腹をさすりながら、 「みいちゃん、じっとしとけよ。 
動いたら急所をはずすけん、
そしたら余計苦しかけん、 じっとしとけよ。
じっとしとけよ」 と言い聞かせました。

牛を殺し解体する、その時が来ました。
坂本さんが、「じっとしとけよ、
みいちゃんじっとしとけよ」 と言うと、
みいちゃんは、ちょっとも動きませんでした。
その時、みいちゃんの大きな目から 涙が
こぼれ落ちてきました。
坂本さんは、牛が泣くのを初めて見ました。

そして、坂本さんが、 ピストルのような道具を
頭に当てると、 みいちゃんは崩れるように倒れ、
少しも動くことはありませんでした。
普通は、牛が何かを察して頭を振るので、
急所から少しずれることがよくあり、 倒れた後に
大暴れするそうです。

次の日、おじいちゃんが食肉加工センターに
やって来て、 坂本さんにしみじみとこう言いました。
「坂本さんありがとうございました。
昨日、あの肉は少しもらって帰って、 みんなで
食べました。

孫は泣いて食べませんでしたが、
『みいちゃんのおかげでみんなが暮らせるとぞ。
食べてやれ。 みいちゃんにありがとうと言うて
食べてやらな、 みいちゃんがかわいそうかろ?
食べてやんなっせ。』 って言うたら、孫は泣きながら、
『みいちゃんいただきます。

おいしかぁ、おいしかぁ。』 て言うて食べました。
ありがとうございました」

坂本さんは、 この仕事を続けていて良かったと
思いました。 ・・・

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ある学校で、保護者の一人から
「給食費を払っているのに、『いただきます』と
子どもに言わせるのはおかしい」 という
クレームがあったと言う話を聞いたことがあります。
「なんという常識のない保護者なんだ !」と
片付けるのは簡単です。

でも、もしもこの保護者が、この話を知っていたとしたら、
どうだったでしょう?
現在の食生活は、「命をいただく」というイメージから
ずいぶん遠くなってきています。
そしてその結果、食べ物が粗末に扱われて、
日本での一年間の食べ残し食品は、 発展途上国での、
何と3300万人分の 年間食料に相当するといいます。

私たちは奪われた命の意味も考えずに、
毎日肉を食べています。
動物は、みんな自分の食べ物を 自分で獲って
生きているのに、 人間だけが、自分で直接
手を汚すこともなく、 坂本さんのような方々の思いも
知らないまま、 肉を食べています。

動物だろうが植物だろうが、どんな生き物であっても、
自分の命の限り精いっぱい生き続けたい、
そう願って生きているんだと思います。
命をいただくことに対しての「思い」。
食べ物をいただくとき、 そこに尊い命があったことを
忘れずに、 その命を敬い、感謝の言葉を
かけてあげられる人に育ちましょう。

もちろん、食べ残しをせずに。 食べ物が、
あなたの体を作ります。 あなたの体に姿を変えて、
あなたの中で生き続けます。 そして、
体の中からあなたを精いっぱい 応援してくれています。

あなたができる最高の恩返しは、 たくさんの
生き物たちから 命のバトンを託された
あなたの命を、いっぱいに輝かせること。 そ
れが、あなたと共に生きている たくさんの命たちが、
いちばん喜ぶことなんです。
みんなの分まで、命いっぱいに輝きましょう! ・・・

Author :内田美智子 諸江和美
出典:西日本新聞社「いのちをいただく」  



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入れてもらえば 気持ちは良いが、
どこか気兼ねな もらい風呂

Dr1
お風呂物語』が選ばれる理由がここにありま
す。

2016年11月28日 (月)

妄想劇場・番外編・「八 音 琴 」

妄想劇場・番外編

信じれば真実、疑えば妄想……

181011


「八 音 琴 」

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蘭華が日系商社に勤務して、一年が過ぎた頃であった。
蘭華は中国人の上司にそっと呼ばれた。
上司「蘭華、君は今、付き合っている彼氏とかは居るのかな?」
蘭華「いえ、別にいませんが・・・」
上司「実は、我社の得意先の会社なんだが、大きな
日本の会社があるんだ。我社にとってはとても大切な
お得意様なんだ。そこの人と、今度、一緒に
食事をするんだけど、蘭華、一緒に行かないか?」

蘭華には、同棲中の彼氏がいる事を言い出すことは
出来なかった。蘭華にとって、それほど黄が自分の心の中で
重要な位置を示してはいなかったのだ。
田舎で苦労して育ち、必死に高校を卒業した蘭華にとって、
上海は今までに見たことも無い世界であった。
増してや、想像もつかないであろう豊かで自由な日本と言う
先進国の人間と接触ができるなんて、夢の中の
夢の世界であった。

蘭華は、何ら疑いもせず、上司の言われるままに
なっていった。
その日は、六月の蒸し暑い雨の中だった。
蘭華は、精一杯のおめかしをして、中国人上司と共に、
日本人の待つレストランに出かけた。
そこには、すでにスーツに身を包んだ一人の日本人男性が
個室部屋のテーブルの隅に座っていた。

上司「どうも、お待たせしました。これが、
お話しておりました蘭華です。」
上司は、あまり上手くない片言の日本語で挨拶をした。
そして蘭華は、予め教えられていた通り、覚えたての
日本語で挨拶をした。

蘭華「ハジメマシテ。ワタシハ、ランカ、トモウシマス」
蘭華を見ていた日本人は、福田と言い、日本の
大手電気メーカー、中国現地法人の総経理であった。
蘭華の想像とは裏腹に、福田は日本人でありながら
背は低く、かなりの年配に見えた。
しかし、蘭華にとって殆ど見たことも無いスーツにネクタイ、
聞いた事もない日本語、中国人男性には絶対に出来ない
紳士的な振る舞いに度肝を抜かれた様な感覚を覚えていた。

福田は、すでに長年、中国で暮らしていたせいか、
ある程度の中国語は話せていた。そして、いつしか
三人の会話は、すっかり中国語になっていた。
福田「私は、中国に来るまでは、世界の国中を
回っていましたんや。いろいろな国にも住んでおりましたよ。
中国に来て、今まで家族を日本に残し、独りで
生活をしてまんねん。

蘭華さん、今度、上海を案内してくれまへんか?」
蘭華「はい、でも私、まだ、田舎から出てきたばかりで、
上海のこと、よく分かりませんけど・・・」
福田「それやったら、わしと一緒に散歩でもするつもりで
かまへんで。どや、早速、今度の休みにでも・・・」

福田はすっかり蘭華に見とれていた。そして、
蘭華の初々しさに男としての感情が高まって行くのを
抑えるのに懸命であった。
蘭華にとって、福田は別世界の人物に見えていた。
中国しか、それも田舎しか知らない蘭華にとって、
外国とは何なんだろうと、次第に心が大きく
飛躍する思いにかられていた。しかし、この出会いは、
日本人の欲求を金で売り買いするシステムであったとは、
蘭華には知る由も無かったのである。

落とし穴

蘭華は、その後、福田との付き合いを繰り返していた。
会う度にお小遣いを貰うのだったが、その金額は
中国人にとって、とてつもない金額であった。
蘭華は、このことを同棲中の黄には話していなかった。
その頃の黄は、心を入れ替えたのであろうか、
一生懸命、修行に励む毎日を続ける様になっていた。
また、当然、蘭華は同棲中の男がいる事を、
福田には告げていなかった。

福田との付き合いが繰り返され、ある日のことであった。
福田は蘭華を自分が暮らすアパートへと連れ込んだ。
そのアパートは、蘭華たちが暮らすアパートとは
比べ物にならないくらい立派なアパートであった。
家賃は、蘭華が一ヶ月働いても払えるような金額では無く、
部屋は広く、明るく、静かで快適なアパートであった。

福田「蘭華、今日からとは言わんが、近い内にここで
暮らしいや。今の会社を辞め、大学に通いんさい。
そして、日本語の勉強もせにゃ・・・。
暮らしの面倒は、全部、わしが見るさかい、安心しいや。
その代わり、君の出来る事、例えば、洗濯や掃除、
料理などしてくれへんか? それでいいんや。」

窓の外を眺める蘭華の背後から、福田は近づき、
蘭華の耳元でつぶやいた。
蘭華「でも、私には田舎に母と妹がいます。
田舎に仕送りをしなければいけません。」
福田「そんな、心配せえへんでええ。わしが全て、
面倒を見よる。」

福田が日本に残していた家族は、皆、独立していて、
別段、仕送りもしていなかった為、福田の収入からして、
蘭華の面倒はもちろん、蘭華の仕送りまで世話を
する事など、何ら問題は無かったのだった。
しかし、当時の蘭華にとっては、為替レートの違いなど
理解することも出来ず、ただ、福田が神様の様にしか
見ることができなかった。

その晩、蘭華は初めて黄に福田の存在を告げた。
いつもの様に、蘭華よりも遅く帰って来た黄を
自分の目の前に座らせて、これからの事も話し出した。
黄は何も言わず、黙って蘭華の話を聞いていた。
全てを聞き終えた黄の後姿は、丸くなった背中を
伸ばす事も無く、ただ、しばらくはじっとしていることしか
出来ない様子だった。

翌朝、蘭華は横で寝ている黄を気にもせずに、
いつもの様に会社へと出て行った。そして、
蘭華が一日の仕事を終え、アパートに戻った時だった。
暗い部屋の灯りを付けると、そこには、黄の荷物が
跡形も無く消えていた。そんな中、蘭華は自分の
バッグが開いているのに気が付いた。
バックには現金と蘭華の全財産である銀行の通帳が
入っていた。案の定、バッグの中味は、小物以外、
全て空になっていた。その後、蘭華は二度と
黄の姿を見ることは無かった。・・・

つづく

Author :夢庵壇次郎
http://www.ne.jp/asahi/muan-danjiroh/jp/


歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…


命あたえて(お色気演歌)




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  入れてもらえば 気持ちは良いが、
    どこか気兼ねな もらい風呂

Dr1

2016年11月27日 (日)

信じれば真実、疑えば妄想…漢の韓信-(151) 皇帝と楚王

信じれば真実、疑えば妄想……


昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー


メジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、良いかな
アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい


Kansin

漢の韓信-(151) 皇帝と楚王

韓信の発言は事実を捉えている。が、熟考の末に答えに
たどり着いた彼は、その答えが鍾離眛にどのような感情を
もたらすかを考えることなく、言葉にして出してしまった。

韓信がそのことに気付いたとき、既に眛は怒りの炎を
目に宿していた。
「信、君は……この私のことを……恐るるにも足らぬ
存在だ、と言いたいのか。
楚の宿将鍾離眛は、取るに足らない存在だと……」

「いや、そんなつもりで言ったのではない。ただ、皇帝が
敵視しているのは君ではなく、私であることを言いたかっただけだ。
つまり、私が頭を下げれば、君は許される。
皇帝は君を恨んでいるわけではなく、私の武力を恐れているのだ」

「ありあまる能力を持ちながら叛く気概もない奴を、
皇帝が本気で恐れるものか!お前は舐められているのだ!」  
鍾離眛は激発こそしなかったが、その言葉には力を込めている。

韓信はどう彼をなだめるべきか、迷った。
「叛くこと自体を美化するのはよせ。私には、そんなつもりはない。
それがなぜかわかるか?
私は今の地位を得るまで、数々の者を失ってきた。
常勝将軍だと言われてきたが、失った兵の数は決して少なくない。
しかも私が殺してきた敵兵の数は、それ以上なのだ。

今私が意趣返しをして叛いたりしたら,彼らの死はすべて
無駄となる。なんの意味も成さなくなってしまうのだ」
「さっき君は皇帝の美徳を説明したな。
彼は間違った判断に固執しないと。それが本当に
美徳だとすれば、君は単なる頑固者だ。
過去の間違った行動にとらわれ、これからとるべき行動を
改めようとしない」

「……それは皇帝の美徳だ。私のではない。
私はそんな美徳を持ち合わせてはいない」
「ああ、そうだろうさ!人は、誰しも正しいと思うからこそ
行動に移すのであり、明らかに間違っていると思われる
行動は、なかなか出来ないものだ。私だってそうだ」
「…………」
「私は、楚に仕えた過去の行動を間違っていたとは
思っていない。楚が敗れ、滅びたのは確かだが、だからといって
私が間違った行動をとったとは思っていない。

聞け!項王は敗れはしたが、悪人ではなかった。
私は悪人に仕えたつもりはまったく無いのだ。
……なのに、なぜ私が赦しを請わねばならぬ?」
項羽は確かに敵に厳しく、残虐な面はあったが、
ひとたび情に触れると寛大な態度を示し、身近な者には
礼を尽くして接した。  

また、論功行賞の際、あまりに細かく国を切り刻んだことで
吝嗇だと評されたりもしたが、これは裏を返せば、
できるだけ多くの者に報奨を与えたいと望んだ結果だとも言える。
義帝(懐王)を弑したことは、確かに間違った行為だった
かもしれないが、項羽にとっては正しいことだったのだろう。  
しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。

「誰かが言った。大事を成す者は、一時の屈辱をものともせぬ、
と……。眛、君もそうだとは思わないか?」  
韓信は暗に鍾離眛に耐えろ、と言おうとした。
ところがこの言葉も鍾離眛の癇に障った。
「王座にしがみつき、大事を成そうとしているのは、君だろう。

私ではない!」 「眛! 事態は差し迫っている。
私の近侍の神経質な者の中には、君の首を皇帝の元に届け、
事態の沈静化を目指すべきだ、と言う者もいるのだ。……
頼む。私とともに皇帝のもとへ……このとおりだ」
韓信は床に頭をつけ、ひれ伏した。
彼の必死の思いがそうさせたのである。しかし、
鍾離眛はそれを受け付けようとしなかった。

「斬られた方がましだ」
「なにを言う!誰が君を斬ると言うんだ。
私には、そんなことは出来ない」  韓信がそう言って
目を上げたとき、鍾離眛の剣は既に抜かれていた。  
はっとした次の瞬間には、その剣が韓信の頭上に
振り下ろされていた。
「やめろ!」危うく身を翻して逃れた韓信は、
次の攻撃を防ぐために、自らの剣を抜き、構えた。

鍾離眛の剣は、それを激しく打ち叩く。
「やめないか!」
「信! 受けてばかりいては、私を斬って首だけにすることは
出来ないぞ。斬らねば、……私は君を斬る!」  
二度、三度金属音を鳴り響かせ、剣が火花を散らした。
鍾離眛は力任せに剣を打ち付け、それを防ぎ続けた
韓信は体勢を崩して転倒した。

そして彼の剣は手から離れてしまった。しまった、剣が……。  
絶望を感じた韓信の喉元に、眛の剣先が突きつけられた。
「信。……ついに私は、君に勝つことができた」

季節は冬で、十二月の寒い中である。屋敷の戸は閉め切られ、
寒気が中に入り込まないようにしてあった。
このため、室内の音はあまり外に響かない。
また、韓信は自室に鍾離眛を呼ぶ際は出来る限り余人を遠ざけ、
衛士も通常より離れた場所に配置していたので、
彼らが異変に気付かない可能性があった。

あるいは大声で助けを呼んだ方がいいかとも思われたが、
声を出したとたんに殺されることも考えられる。
侍従の者たちが機転を利かせて対応してくれることを願った。
その思いが通じたのか、彼らが廊下を走る音が、伝わってきた。
助かった、と韓信は思ったが、よく考えてみると
彼らを介入させることは、鍾離眛の死を意味する。
助けると約束した以上、彼を殺させることは出来ない。
たとえ自分が死ぬことになっても……

韓信は、やはりこの場は二人だけで解決することを望んだ。
「来るな! 来てはならん。もうしばらく、そこにとどまれ」
韓信は顎の下に剣先を突きつけられたままの状態で、
大声を発して家令たちを制した。
「……いい判断だ。彼らに私を取り押さえさせないのは……。
私が君を斬ることがない、と思ってのことだろう。
……事実、その通りだ」眛はそう言ったが、剣は引かない。

「斬らないのか……?」
「君はかつて私に高らかに宣言したことがあったな。
そう……相手が私でも自分は構わずに斬る、と。
その思いは私も同じだ。いや、同じだった。
……しかし、いざとなると旧来の友人を斬ることは
出来ないものだな。
さしあたり、君に頭を下げさせ、剣技で上回ったことに
満足することにしよう」

「助けてくれるのか?」
「ああ。そうだ。おっと! ……まだ動くな。
私は……幼き頃から常に……君に勝ちたいと望んできた。
常に君より上の立場でいたいと。だが君は……
それを昔からわかっていながら、私にそうさせようとは
しなかった。

子供の頃は学問や剣技で常に私を上回り、長じてからも君は
私をはるかにしのぐ武功をたて、ついには王座に就いた。
そして、あろうことか……今君は、生意気にも……
私を助けようとしている。

我慢できることではない。助けるのは、私だ! 
君が私を助けるのではなく、私が君を助けるのだ!」
「…………」  韓信は身動きできない。  
しかもこの時点で彼は、眛がなにを言いたいのか
理解できなかった。  
眛は続けて言う。 「私の気持ちがわからぬのか? 
……まあ、いい。それだけ君は無感覚になった、ということだ。

権勢に溺れ、人の気持ちが見えなくなっている。
前に君は私に言ったな。目が濁っていると! 
私は、その言葉を今君に返そう」
「私の目が濁っているというのか。君になにがわかる。
望みもせぬのに人の上に立っている私の立場を、
君が理解できると言うのか」 「生意気な口をきくな! 

助けてやろうというのに」
「……君の手助けを得て皇帝に刃向かう、という考えには
同意せんぞ」 「それが最善と思ったのだが……
君が納得しないのならば仕方がない。
私の首を持って行き、皇帝に媚びるがいい。
だが言っておくが、それはほんの一時しのぎに過ぎん。
いずれ君は、皇帝に滅ぼされるだろう」

――あっ!  鍾離眛の考えにようやく気付いた韓信は、
とっさに彼の行動を止めようとした。  
しかし、一瞬早く眛の剣がその動きを抑え、無言で
動くな、と命じる。
「信。お前は意気地なしで、人が言うほど優れた人物ではない。
私の方が……」  言葉の途中で、眛はそれまで韓信に
向けていた剣を自分に振るい、一気に自らの首筋を切った。
血が奔流のように噴き出し、韓信はその返り血にまみれた。

「ああっ! 眛! 眛! ……うぅ」  
しばらくたってから家令や衛士たちが室内をのぞき込んだが、
その様子は凄惨な血の海であった。
韓信はうずくまり、ぴくりとも動かない。
鍾離眛は仰向けに倒れたまま、やはり動かなかった。
彼らは斬られて血を吹いたのが客人の鍾離眛なのか、
あるいは主君の韓信なのか、即座に判断することが
できなかった・・・

つづく

Author :紀之沢直樹 (野沢直樹)
http://kinozawanaosi.com
http://mypage.syosetu.com/273441/

愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る

A131


歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、 
  人生、絵模様、万華鏡…


「少年記」




時は絶えず流れ、 今、微笑む花も、明日には枯れる



 

P R

入れてもらえば 気持ちは良いが、
どこか気兼ねな もらい風呂

Dr1
お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。

2016年11月26日 (土)

歴史・履歴への訪問証・野良犬が咥えていたのは人間の赤ちゃん。

歴史・履歴への訪問証

昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー



B12

鬼が餅つきゃ、閻魔が捏ねる、そばで地蔵が食べたがる

B3


人が通ると、地面から『ズーン!』と奇妙な響きがするのです。
ある日、村人たちがあれこれと相談して、
「よし、思いきって掘ってみよう」と、奇妙な響きがする場所を
掘っていきました。

どんどん掘っていくと、やがて金物でも打つように、クワーン!と、
地面から音が響きました。
「それっ。ここだ、ここだ」一人の男が勢いよく掘り始めると、
ドドドーッ!と、周りの土が崩れ落ちて、男は土と一緒に地の中へ
吸い込まれてしまったのです。

そして男が吸い込まれた場所には、ぽかんと大きな穴が
開いていました。
地上のみんなは、大きな穴の中をのぞいてみました。
「いったい、何じゃろ?」「やつは、どうしたんじゃ?」
「暗くて、何もわからんぞ」「でも何とかして、助けてやらにゃ」
みんなが相談していると、地面から何かが聞こえてきました。
「・・・たすれてくれーっ」
「何じゃろう?」みんなが耳をすますと、
「助けてくれーっ」と、言っているではありませんか。

そこで一人が、大きな声でどなりました。
「おーい。今から、つなを下ろしてやるからな。
しっかりつかまれよ!」つなを下ろしてやると、
つなにつかまる手ごたえがありました。
「それっ、引き上げろ!」よいしょ、よいしょ!
よいしょ、よいしょ!
やっとの事で、吸い込まれた男を穴の中から引き上げました。

「おい、大丈夫か?」「穴の中は、どうなっていたんだ?」
みんなが聞くと、男は首をかしげて言いました。
「真っ暗でよくわからんが、どうも土がないんじゃ」
「なに? 穴の中に土がないのか?」「ああ。ただ、金物みたいな、
石みたいな、固い物があるんじゃ」
「ふーむ。して、穴は広いのか?」「うむ、家の様に広い気がしたぞ」
「土の中に、石の家が埋まっているのか?」
「まあいい、掘ってみればわかることだ」

そこでみんなは穴のまわりを、どんどんどんどん掘っていきました。
すると何と、大きな大きな大仏が、あおむけに寝た姿で土の中に
うめられていたのです。
さっきの男はこの大仏のおへその穴から、お腹の中へ落ちたと
いうわけです。
「これは、大変な物が出てきたな」「どうすればいい?」

みんなはさっそく庄屋さんの家に集まって、どうしたらよいか
話しあいました。
「どうする? 掘り出すか?」「ばか言うな。こんな物を
うっかり掘り出したら、役人へ届けないとなるまい」
「そうだ。そんな事をしてみろ、役人はわしらに色々な調べや
手伝いをさせるから、わしらの仕事が出来んぞ」
「そうだ。稲刈りも近いというのに、そうなれば村中が大迷惑じゃ」
「ならどうする? いっその事、元のように埋めてしまうか?」
「そうじゃ、それが一番じゃ」

そこでみんなは仏さまのおへその穴に厚い板をあてて、仏さまの上に
どんどん土をかぶせて元のように埋めてしまいました。
今でもその仏さまは、地面の中に埋まっていると言われています。
そしてことわざの『知らぬが仏』は、ここから生まれた言葉だとも
言われています・・・

おしまい

野良犬が咥えていたのは人間の赤ちゃん。



むかしむかし、ある村に、正直で働き者のお百姓さんと息子がいました。
お百姓さんの息子は弓の名人で、どんな鳥でも射落とす事が出来ました。
ある年の事。「よく働いたおかげで、今年も豊作だ」と、喜んでいると
、一晩のうちに田んぼがふみ荒らされて、せっかくの稲がメチャクチャに
なってしまいました。「誰が、こんなひどい事を!」

B4_2

次の晩、怒った息子は弓矢を持って、田んぼのすみに隠れました。
そして夜中になると、突然美しい二人の娘が現れて、稲をふみながら
おどりはじめました。(何て、きれいな娘だ)
息子はしばらくの間、文句を言うのも忘れて見とれていました。
それでも二人がおどるたびに、稲はメチャクチャになってしまいます。
(大切な稲を、許せねえ!)

息子は弓に矢をつがえて、飛び出しました。
「やいやい! 何のうらみがあって、おらの田んぼを荒らすんだ。
おどりをやめなければ、この矢を胸に打ち込むぞ!」
そのとたんに二人の娘はおどりをやめて、息子の前にきて
頭を下げました。
「どうか、お許しください。実はあなたにお会いしたくて、
おどっていたのです」「何、おらに会うためだと?」
「はい、こうして人間の姿になっていますが、わたしたちは実は
あの山に住むツルでございます。

ある日、一羽の大ワシがやってきて、私たちの仲間を次々と
殺し始めたのです。このままでは、みんな大ワシに食われてしまいます。
あなたは、弓の名人と聞きます。どうか大ワシを退治して、私たちを
助けてください」
そう言うと二人の娘は、ツルの姿にもどりました。

「そうか。よし、わかった。おらにまかせておけ」
「それでは、わたしの背中に乗ってください」
息子が一羽のツルの背中に乗ると、もう一羽のツルが先頭になって
山へ向かって飛んでいきました。

ツルの背中からおりた息子が岩かげにかくれていると、
大ワシがゆっくり羽を動かしながら飛んできました。
(あの大ワシだな。・・・今だ!)
息子は大ワシに狙いを付けて、矢を放ちました。
すると矢は風を切って、大ワシののどを見事につらぬきました。

「ギャォォーー!」大ワシはものすごい叫びとともに落ちてくると、
頭から岩にぶちあたりました。
それを見た二羽のツルは、飛び上がって喜びました。
そしてあちこちにかくれていたツルの仲間も飛び出してきて、
息子のまわりをうれしそうにはねまわりました。

息子がツルの背中に乗って田んぼへ戻ってくると、ふみ荒らされたはずの
稲は元通りになっていて、見事な黄金色の穂がゆらゆらとゆれていました。
それからはどんなひどい天気の年でも、この田んぼだけは
大豊作だったそうです。

おしまい

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カビの生えない・きれいなお風呂

お風呂物語

入れてもらえば 気持ちは良いが、
 どこか気兼ねな もらい風呂


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『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。

2016年11月25日 (金)

妄想劇場・・(1曲の出会い)言葉のチカラ…

妄想劇場・・(1曲の出会い)言葉のチカラ…

作詞家は、1曲の詞を書くために、言葉を巧みに操り、
その時代を象徴する言葉を探した。
その言葉は多くの老若男女の心を掴んで離さず、
その歌はヒットした。

B1

カスバの女

カスバは、国または都市の域内を意味するアラビア語の
カサバから出た言葉で、軍隊の駐留する城砦、または
城砦をもつ地方の中心都市を指します。
ただし、北アフリカでは、地域により、少しずつ内容が
違います。

1つはラバトやチュニスのように、城壁で囲まれていた
都市の一画、とくに城砦の部分を呼ぶ場合、
もう1つは、地方の小さな砦や地方官の屋敷、または
それらのある町全体を指す場合(とくにモロッコ)、
3つ目は、アルジェのように、ほぼアルジェリア人のみが
居住する旧市街を指す場合などがあります。

大高ひさをのこの歌詞が、戦前から戦後にかけて公開された
北アフリカを舞台とした映画から発想されたことは明らかです。
まず外人部隊を主題とした映画。
外人部隊は、簡単にいえば傭兵部隊で、ヨーロッパの
いくつかの国が金銭的報酬を条件に兵士を集め、
主として植民地の治安維持などに当てました。

とくに有名なのがフランスの外人部隊です。
国籍や前歴などはいっさい問わなかったため、
政治亡命者や犯罪者、食い詰め者、失恋男、
戦争マニアなどのたまり場ともなっていたといわれます。
そうしたところから、外人部隊の生活をテーマとして、
いくつもの映画や小説が作られています。

映画としては、1931年のアメリカ映画の『モロッコ』
(J.スタンバーグ監督)、
1933年のフランス映画『外人部隊』(J.フェデル監督)や
『ボー・ジェスト』、1935年の『地の果てを行く』
(J.デュヴィヴィエ監督)が有名です。

『ボー・ジェスト』は、26・39・66年の3回制作されましたが、
最も有名なのはゲイリー・クーパーが主演した39年の
W.ウェルマン作品です。
『地の果てを行く』はジャン・ギャバン主演で、
パリで殺人を犯してモロッコで外人部隊に入った男が、
彼を追ってきた密偵と争いを続けるが、最後には現地人との
戦いのなかで友情で結ばれて死ぬ、という物語です。

外人部隊映画ではありませんが、大高ひさをのイメージに
最も強い影響を与えたと思われるのが、1937年の
フランス映画『ペペ・ル・モコ』(J.デュヴィヴィエ監督)です。

ジャン・ギャバン主演で、粗筋はだいたいこんなふうです。
パリで銀行を襲ったペペ・ル・モコは、フランス本国から逃れ、
植民地アルジェのカスバに身を隠していました。
アルジェ警察は何とかして彼をつかまえようとしますが、
ペペは、迷路のようなカスバの街並みと仲間に守られて、
いつも巧みに逃れてしまいます。

ある日、彼は、パリから観光にやってきた女性ギャビーと
知り合います。
ぺぺにはイネスという愛人がいますが、ギャビーに
出会った瞬間、一目で恋に落ちてしまいます。
ギャビーもぺぺに魅力を感じ、2人は逢瀬を重ねます。
イネスは怒り、悲しみますが、ペペの心を取り戻すことは
できません。

ペペは、ギャビーの美しさに惹かれただけでなく、
彼女のなかに「パリ」を見いだしたのです。
それを彼は「メトロの匂い」と表現しました。
思い出すのは、なじみのカフェにビストロ、ダンスホール。
ぺぺが楽しい時を過ごした華やかなパリの思い出が、
ギャビーを通して蘇ります。

ある日ギャビーは、ぺぺが射殺されたと刑事から聞かされ、
傷心のまま、帰国するために港に向かいます。
しかし、それはぺぺをカスバからおびき出すための刑事の
策略でした。

それを知ったぺぺは、捕まるのを覚悟でギャビーを追います。
波止場の鉄柵越しに、船上に立つギャビーの姿を見つけた
ペペは、大声で呼びかけます。その瞬間、出航を告げる
船の汽笛が鳴り響き、彼の声は彼女に届きません。
出て行く船を見送るペペの手に手錠がかけられます。

ペペは、隠し持っていたナイフでわが胸を刺します。
最期の瞬間に彼の脳裏に浮かぶのは、あの懐かしい
パリの光景でした。

B26

アメリカ映画は、原題名をそのままカタカナで書く例が
多いようです。
しかし、この映画のように正鵠を得た日本語で表現されると、
その作品がいっそうすばらしく思えます。

二木紘三のうた物語
http://duarbo.air-nifty.com/

作詞:大高ひさを、作曲:久我山明、唄:沢たまき

1 涙じゃないのよ 浮気な雨に
  ちょっぴりこの頬 濡らしただけさ
  ここは地の果て アルジェリヤ
  どうせカスバの 夜に咲く
  酒場の女の うす情け

2 唄ってあげましょ わたしでよけりゃ
  セーヌのたそがれ 瞼の都
  花はマロニエ シャンゼリゼ
  赤い風車の 踊り子の
  今更かえらぬ 身の上を

カスバの女




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入れてもらえば 気持ちは良いが、
どこか気兼ねな もらい風呂

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2016年11月24日 (木)

妄想劇場一考編 ・「あなたの記憶があなたを欺く。」

妄想劇場一考編 

信じれば真実、疑えば妄想……



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『時代の核心・ニュースの深層』  

過去に起きていることから、
  浮かび上がってくる真実もある。・・・・

「あなたの記憶があなたを欺く。」

”脳によって捻じ曲げられた記憶の改ざん”


多くの映画やテレビドラマなどでよく取り上げられるテーマがある。
記憶喪失や偽に記憶を植え付けられた主人公が奔走する話だ。
だがこういった話はフィクションの世界だけに限定された話ではなく、
私たちの日常にも大きく関係しているのだ。  
近年の研究により、私達が日頃見たり、聞いたりする情報は
脳によって捻じ曲げられ、偽の記憶として私達の脳に
残っている事が分かった。・・・

B12

偽の記憶:誰も逃れられない事実

数十年にわたる研究により、偽の記憶はそう珍しい物では
ないことが分かってきている。
米カリフォルニア大学准教授シャーリー・ベルコウィッツ氏によると、
我々は誰しも偽の記憶を作り上げているという。
老若男女問わず、知能の高い低いにかかわらず、
例外無くそれは起こるという。

「UCアーウィン・メモリー」の研究員である
ローレンス・パティフィス氏が昨年行った研究によると、
自己が経験・体験した全ての記憶を詳細に記憶できる
特殊な能力「自分史記憶」を持った人々でさえも、
偽の記憶を作り上げてしまっているケースがあることが分かった。
この研究で判明したことは、自分史記憶の能力を持つ人々でさえ
「見ていないものを作り上げてしまう」傾向があるということだ。

B22

研究では被験者に単語が連続して登場する映像を見てもらい、
その映像の中に特定の単語が存在したかどうかを
当ててもらうというテストを行った。
研究者が被験者に対して、映像で登場しなかった
「寝る(Sleep)」という単語があったか?と聞くと、
自分史記憶を持っている人もそうでない人と同じ割合で
「登場した」と回答したという。

(映像内では、「枕(Pillow)」「羽布団(Duvet)」「仮眠(Nap)」といった
単語が登場した為、脳が偽の記憶を作り上げたのでは
ないかと思われている)  
ローレンス・パティフィス氏はこの研究結果について、
「偽の記憶を作り出しているのは、私達の知能に関係のない
脳の基盤となる部分にあるのではないか?」と語る。
特に偽の記憶を信じる人はそこに感情移入をする事で
更に偽の記憶をあたかも真実であるかのように
思い込んでい可能性があるという。 ・・・

脳は再生ビデオテープではない。記憶は再構築される

こういった結果は信じがたいものかもしれないが、
ベルコウィッツ氏によると、多くの人が脳は
ビデオテープのような物だと勘違いしているそうだ。  
ベルコウィッツ氏は脳の記憶について、こう説明している。
「脳はビデオテープの様なものではない。

我々が記憶を紐解く時、脳は小さなヒントを元に
過去の記憶を”再構築”している。
つまり我々が何かを思い出そうとする時、
常に新しい記憶を作り上げてしまっているのだ。
多くの人が”過去の記憶を保持しておきたい”と願うあまり、
この事実に目を背け、自身の記憶が絶対的な物だと
信じてしまう。」・・・

全ての記憶を作り変えてしまう「リッチ・イベント」

パティフィス氏によると、我々の偽の記憶は断片的な物ではなく、
時に特定の出来事「全て」を作り上げてしまう事もあるそうだ。
科学者はこれを「リッチ・イベント」と呼ぶ。  
こういった大規模な記憶の改ざんは科学者の手によって
容易に書き替えられてしまうという。

例えば最初に被験者にある体験をしてもらい、
次の週にその体験を偽の情報を交えて被験者に語ると、
被験者は自身の記憶を研究者の思うままに
書き換えてしまうのだそうだ。・・・

偽の記憶を埋め込む「スパイダーマシーン」

今年の初め、マサチューセッツ工科大学は世界で初めて
マウスの脳に偽の記憶を埋め込む事に成功した。
その研究では、上で語ったような偽の記憶を口頭で
伝えるといった手法を用いてはおらず、
マウスの脳細胞を操作する事で偽の記憶を埋め込むことに
成功したのだ。  

実験ではマウスの脳が電気ショックを受ける時、
脳のどの部位が反応するかを確かめた。
その後マウスを箱のある部屋に入れ、マウスが箱に入った瞬間に
その部位を刺激する事で、マウスが
「箱=電気ショックを感じる」という偽の記憶を
作り上げたのだ。・・・

しかしパティフィス氏によると「この研究によって行われた
偽の記憶移植は”既存の記憶(電気ショックの痛覚)”を
改変して行われている為、
マウスが”全く体験したことの無い記憶”を植え付ける事は
不可能であり、一から偽の記憶を作り上げるのは
当分先になるのではないかと」と語っている。・・・

記憶喪失

「記憶喪失というのは基本的には脳が外部からの
衝撃をが受けた場合に起こるものだが、
極度の精神的苦悩によって引き起こされる場合もある」。
そう語るのはジョンズ・ホプキンス大学の精神科・
神経科教授ジェイソン・ブラント氏である。  
小説「The Maze Runner」の主人公は記憶喪失を持っており、
彼は物語の中で「一般常識等は理解しているが、
人の名前や顔を全く思い出せない」という症状を患っている。
これは記憶喪失を持った患者の多くに見られる現象だが、
ブラント氏によると、こういった患者の多くはある日
突然記憶が回復する事があるそうだ。・・・

現代の科学をもってしても、記憶喪失の原因や
治療法については解明されていない。
つい最近、ポジトロン断層法(PET)を用いて
やっとわかったことは、
「記憶喪失患者の脳は物理的な外傷を受けていないにも
関わらず、外傷を受けた痕跡に近い物がある」と
いう事だけである。・・・

Author :カラパイア
http://karapaia.livedoor.biz/ 


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女学生




昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント  
明日という日はミステリ




   
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2016年11月23日 (水)

妄想劇場・特別編・「ママのホント。」

妄想劇場・特別編


昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリ



B1

 

知られざるママの実態や本音 「ママのホント。」

Kki1

 

  「お母さんはわたしが小学生の頃からずっとパチンコ店で
  働いていました。
  家でも休んでいるところを見ないくらい働き者で、立派な
  お母さんでした」
  しかし、シングルマザーであるということや、
  パチンコ店で働いているということで周囲からチクチク嫌味を
  言われてきたとKさんは語ります。

 

頑張るお母さんのことを笑われた学生時代

  「気が付いたらお父さんは思い出の中の人だった…」と
  いうKさん。彼女がまだ赤ちゃんだった頃の写真に
  写っていたお父さんの姿は見たことがあるけれど、
  お父さんには会ってもいないし、会いたいとも
  思っていないといいます。

  その理由は“満足な養育費を払ってくれていないことを
  知ったから”。
  Kさんが小学生の頃から、お母さんは近所のパチンコ屋さんで
  働いていました。
  歩いて通えるくらい自宅からは近くにそのお店は
  あったそうですが、
  鍵を開けて学校から家に帰ったときに1人ぼっちで
  寂しかった。
  でも、お母さんが一生懸命働いてくれているのを
  知っていたから、
  寂しいなんて口にしたことはなかったんだそうです。

  「みんながとある学習教材を使って勉強しているのを知って、
  お母さんにおねだりしたことがありました。そしたら、
  お金が無いからすぐには買ってあげられないと謝られたんです。
  そこで“別れたお父さんから養育費をもらえないか聞いてみる”
  と言って、電話をしてくれたんですが、どうやら断られたようで。

  子供ながらに、お父さんはわたしのためにお
  金を用意してはくれないんだと思い、
  これまでお母さんが1人で一生懸命にわたしを育ててくれていた
  ということに気づきました」
  Kさんは、お母さんのことを誇りに思っているといいます。
  仕事を休んだところを見たことがなかったとも教えてくれました。

  「お母さんの肩を叩くとカチカチで、肩たたきしている
  わたしの手が痛くなっちゃうんです」
  慢性的な肩こり…。パチンコ屋さんでの接客と、
  重い荷物の持ち運びでお母さんはいつも
  満身創痍だったようです。

  しかし、そんな事情も知らないKさんの同級生は、
  たびたび心のないことを言って浴びせてきました。
  「お前の母さん、パチ屋でミニスカート履いてるんだってな。
  もうオバサンなのに、ミニスカートかよ!」

  パチンコ屋さんの制服のスカートが短かったことから、
  それを見かけた同級生の親から噂話は広がり、
  悪口になってKさんの元に届いたのです。
  お母さんは悪くない、バカにした奴は、許さない…。
  Kさんは悔しい思いを抑え、耐えてきたといいます。

 

精一杯の暮らし…夢があるけど、叶えられない現実。

  いつからか、Kさんには夢が出来ました。
  年末になると頻繁に流れるテレビコマーシャルを見た
  影響から、“丸い大きなケーキと、バケツにたくさん入った
  チキンをクリスマスにお母さんと食べたい”と思ったのです。

  小学校高学年のときにお母さんにおねだりすると、
  また謝られたそうです。
  「クリスマスの日もお母さんはいつも仕事でした。
  冷蔵庫には、“メリークリスマス!”と書いた紙きれが
  置いてあって、ラップをはがしてオムライスをチン。
  ケーキを1人で食べるのが定番でした。

  いつか絶対に、あの大きなケーキにロウソクを
  いっぱいたてて、バケツに入ったチキンをたくさん
  お腹いっぱい食べてやる…。
  小さな夢でした」 ・・・

  年末になると、お母さんはパチンコ屋さんで働く以外にも
  自宅で内職をしていました。
  布の手袋をして、飛び出す仕掛けのメッセージカードを
  組み立てる作業や、おもちゃの景品を箱に詰めて
  封をする作業…
  それでいくら稼げたのかはわかりませんが、
  Kさんのお母さんは寝る間も惜しんで働いていました。
 
 
Kki11
 
 
 
Kさんの通う公立高校では、アルバイトは原則禁止でした。
  しかし、担任の先生との面談で事情を話し、
  新聞配達のアルバイトの許可をもらうことができました。
  それから、毎朝早起きをして、Kさんは新聞配達をし、
  それから登校。帰宅したら、お母さんの内職を手伝って、
  お金を稼ぎ始めました。

「今年はわたしがお母さんにクリスマスプレゼントするね」

  Kさんが高校3年生のクリスマスの日も、例年通り
  お母さんは仕事でした。
  夕食の支度はわたしがやると言い、お母さんが仕事から
  帰ってくるのを待ちました。
  貯めたお金でまん丸の大きなケーキを買ってきて、
  スーパーで、骨付きチキンを6本も買ってきたといいます。

  パチンコ屋さんの閉店後、店の片付けなどをしなくては
  ならないので、お母さんの帰宅は夜中の1時過ぎ。
  Kさんが寝ていると思って、そっと鍵を開けて、
  ただいまも言わずに リビングに入ってきました。
  「お母さんおかえりなさい。そして、メリークリスマス!
  一緒にご馳走食べようよ」

  仕事から帰ってきたお母さんに、大きなケーキと
  買ってきた6本のチキンも見せました。
  Kさんのお母さんは、帰ってくるなり目を丸くし、
  そして涙を流しました。・・・
  どんなときも見ることが無かったお母さんの涙…。
  初めて見るその涙は間違いなく、喜びの涙でした。

  当時のことをKさんのお母さんにお話しを伺ってきました。
  「本当に申し訳ないことをしていました。満足に塾にも
  通わせてあげられなかったし、
  一緒に過ごす時間さえ確保できなかった。
  それなのに、こんなに真っ直ぐ優しい子に育ってくれて、
  本当に嬉しかったです。

  チキンもケーキも、結局2人では食べきれなくて、次の日も
  食べたんですよ。これまで生きてきて一番、嬉しかった日です」
  食べきれないほどのチキンとケーキに囲まれて、
  クリスマスの真夜中に日々の苦労をねぎらいあった母と娘。
  誰になにを言われても、お母さんの後ろ姿を
  Kさんはしっかりと見ていました。・・・

  今日も市役所の窓口で、笑顔で働く魅力あふれる
  立派な女性。
  見えない苦労をたくさんしていているからこそ、
  Kさんの笑顔には輝きを感じるのだと思います。

  Today's Spotlight
  http://spotlight-media.jp/

 

  こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
  知りつつ、こうして、こうなった

 

歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、   
   人生、絵模様、万華鏡…


  「窓ガラス」

 
 

 
 
 

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  入れてもらえば 気持ちは良いが、
  どこか気兼ねな もらい風呂
 
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お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。
 

チャンネル・掲示板・赤ちゃん遺棄事件の増加

チャンネル・掲示板


信じれば真実、疑えば妄想……

幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない

Aagif_2


赤ちゃん遺棄事件の増加

格差社会の弊害?虐待、捨て子…日本で消える
1000人の子供達
今、捨て子を含め、日本で行方不明の子どもが
急増しています。

先月、東京・大田区で生まれたばかりの赤ちゃんを
置き去りにしたとして、
30代の夫婦が逮捕されるという事件がありました。
夫婦はなんと生まれた4人の子どものうち3人を捨て、
1人を虐待していたというのです!

信じられないような事件ですが、実はそう
珍しいことではありません。
今、捨て子を含め、日本で行方不明の子どもが
急増しているというのです。

行方不明の子ども達が1,000人以上の日本

文部科学省の発表によると、日本でゆくえ不明になった
児童(小・中学生)は2010年までは年間300件~
400件でしたが、
2011年には1,191人と急増!
安全世界一で名高い日本とはとても思えない数字です。

さらにこうした行方不明事件の8割は、東京・大阪・
愛知などの都市部で起きているという事実があります。

大阪市東住吉区で2006年に生まれた女の子が
生後まもなく行方不明になっており、
両親(父53歳・母35歳)が児童手当12万円を不正に
受給したとして逮捕された事件がありました。
残念ながら、貧困により子どもを捨て、
児童手当を搾取するというケースは子どもの行方不明の
原因の大きなひとつとなってしまっています。

こんなになぜ…子どもが行方不明になる原因

子どもが行方不明になる原因は、親の犯罪行為だけでは
ありません。
・親が借金の取立てから逃げているケース
・DV(多くは父親の暴力行為)により、母親が子どもを連れて
 逃げ隠れているケース
・宗教施設などで家族ぐるみで暮らすケース
・親の雇用が安定しないため、住居をころころ変え、住民票を
 写していないケース
・(誘拐などにより)子どもがこつぜんと消えるケース
・子ども自身の家出など・・・

子どもの命が無事なケースも多いのですが、親の事情で
学校にも行けないとなると、やはりただことではありません。
この背景にあるのはほとんどが「貧困」、
虐待も、捨て子も、みな突き詰めれば「貧困」問題に
たどりついてしまいます。

予告編さえ直視できない映画「子宮に沈める」

2010年には、鳥肌が立つようなつらく悲しい事件、
「大阪2児遺棄事件」が起きてしまいました。
この事件を題材にした映画「子宮に沈める」が、
公開されました。
シングルマザーのホステスが、幼い子どもふたりを
マンションに閉じ込め、餓死させるという思い出したくもない
この事件を、なぜ映画化したのでしょうか?

監督の緒方氏は、ニュースサイト「SYNODOS」の
インタビュー内で「この事件の母親は決して特殊な
人間ではない。こういう状況には誰でもなりうる」という
メッセージを投げかけたかったと語っています。

「社会って、母性というものを神話化していると
思うんですよね。
そして神話化された母性によってお母さんたちが苦しみ、
結果的に、幼い命が失われるような事件が
引き起こされている気がするんです」

確かに、世の中は「どんな状況下でも母性は
絶対的なものである」という前提で成り立っている
気がします。
ところが実は、母性は絶対的ではなく、置かれた
状況によって増減するものだと、数々の事件は
語っているのかもしれません。

母性とは突然生まれるものではなく、「育む」もの
なのではないのでしょうか?

住民基本台帳で就学年齢に達しているのに1年以上、
居場所が分からない小中学生は、
平成23年度は1191人、
24年度も976人
9歳以下の行方不明数、平成20年は764人、
平成24年は1070人

目立つ遺棄事件

12月10日兵庫県加古川市内の民家のトイレで、
住人の男性(46)が
生後間もない赤ん坊の体の一部を見つけ、110番
息子の友人女性がトイレで出産し
置き去りにしたようです。

12月9日、金沢市長町の児童養護施設に、
生後間もない男児が置き去りにされていると、
施設の女性職員が警察に通報
オネガイシマス…赤ちゃん置き去り、現金1万と・・・

>8月8日、神戸市中央区の駐車場に隣接する
コインロッカーで生後間もない男児の遺体が
見つかった事件で、死体遺棄容疑で、住所不定、
無職の容疑者(29)を逮捕

7月14日午前11時15分ごろ、神奈川県座間市
新田宿の野球場付近の土中から、生後間もない
男児の遺体が見つかった死体遺棄事件として捜査

根本的な原因の背景にあるのはほとんどが「貧困」。
虐待も、捨て子も、みな突き詰めれば
「貧困」問題にたどりついてしまいます

餓死事件の増加

餓死者数は1995年には1,000人を超え。
2001年には1,500人を超え,
2011年では2,053人
餓死は今も年に数十例あり、セーフティーネットが
生かされていない

11月18日、大阪市東淀川区の団地で、女性の遺体が
見つかった事件は、貧困の末に餓死した可能性が
強まっている
「お金がない」大阪・東淀川の餓死女性は親族に
打ち明けていた 
生活保護相談も…悲劇は防げなかったのか

5月27日大阪市で母子とみられる2人の遺体が
見つかったマンションの部屋から
「もっとおいしい食事をさせてあげたかった」との
趣旨のメモが見つかった
(28歳女性と3歳の子供)

北九州市小倉北区の独り暮らしの男性(52)が
自宅で亡くなり、死後約1カ月たったとみられる
状態で10日に見つかった。6月上旬の日付で
「おにぎり食べたい」と書き残し、餓死。

原因の一つはライフラインがないから
餓死者が多発する大きな要因は、困窮状態に
陥っても「命の最終ライン」である生活保護を
受けることができない人が多いから・・・
5時間ごとに1人、1日に5人近くが餓死する日本
生活保護を利用する資格のある人のうち
現に利用している人の割合(捕捉率)は2割程度。
残りの8割、数百万人もの人が生活保護から
漏れている

日本の生活保護受給率はわずか1.6%にすぎず、
イギリスは9.27%(2010年)、ドイツ8.2%(2009年)、
フランス5.7%(2010年)、スウェーデン4.5%(2009年)で、
日本の生活保護受給率はイギリスの5分の1以下

女性の社会的差別
表面上の差別はない事になっていますが、実際の
統計を出すと、女性の貧困が目立ちます。
>20~64歳の単身女性の3人に1人は手取り
125万円以下。つまり“貧困状態”にある

国立社会保障・人口問題研究所が導いた
「母子世帯」の貧困率は、女性の中でも特に高く
48パーセント

男女合わせての非正規雇用率は4割弱だが、
女性に限ると5割を超える。
また、労働者に占める女性の割合は42パーセントなのに、
女性の賃金は非正規雇用まで含めると男性の約半分
なぜ増える?見えない女性ホームレス。
単身女性3人に1人が貧困

社会には「単身女性が駆け込める場所」やその後の
生活を支える「安定した雇用」などの受け皿が
圧倒的に不足している。
しかも、本人が自らの身の安全のために「気づかれない」
ことに必死なので、そもそも「見えない」

貧困層は確実に増加している

貧困層が急増。国民生活基礎調査によると、
年間所得200万円未満の世帯割合は、
1992年の13・6%から
2011年の19・9%へと、1・46倍も増加

2012年の就業構造基本調査によると、パートや
アルバイトなどの非正規労働者の総数が
約2043万人と、07年の前回調査から
約153万人増え、初めて2000万人を突破

さらに追い討ちをかけられる貧困者

物価の上昇に見合うだけ、賃金が上昇すれば
問題はないが、そんなことはあろうはずもなく、
低所得の若者層ほど生活苦を強いられることになる

Author : 杉本レン・ニューストップ ライフスタイル
http://matome.naver.jp/


「閉じ込めても無駄よ」
手先の器用な猫さんの驚きの鍵開けテク
マシュマロという名の通り、真っ白でモフモフの猫






時は絶えず流れ、今、微笑む花も、明日には枯れる




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お風呂物語』が選ばれる理由がここにありま
す。

2016年11月22日 (火)

妄想劇場・番外編・「八 音 琴 」

妄想劇場・番外編

信じれば真実、疑えば妄想……

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「八 音 琴 」

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去り行く父

女の名は、蘭華(らんか)と言い、中国南部の
ある田舎町に生まれた。
両親は小さな鉄工所を営み、暮らしは裕福とは
言えないまでも、その暮らしは決して貧しい
生活ではなかった。

一人っ子である蘭華を、毎日忙しい両親の代わりに、
近くに住む祖母がよく面倒を見ていたものだった。
生まれつき小柄な蘭華であったが、誰に似たのか
気は強く、ガキ大将と称する近所の男の子たちと共に、
他人の家に生っている桃や柿などを採って
食べていたものだった。

当時蘭華が住んでいた街は、海にも近く、
絶えず新鮮な魚を食する事も多かった。
そんなのどかな環境の中、蘭華は何不自由無く
幼少期を育っていった。しかし、蘭華にとって、
幸せと言う日々が長続きする程の運命は、
持ち合わせていなかった。

蘭華が五歳の時であった。
その日は朝から雨が降り続いていて、秋も終わりに
差し掛かった肌寒い日であった。
いつもの様に蘭華は祖母の家で一日を過ごしていた。
蘭華は勉強や習い事の好きな女の子であった。
蘭華はいつも一人、土間で習字の練習をするのが
日課となっていた。

そんな習字の練習をしている蘭華の元に突如、
父が現れた。普段、こんな時間に現れることの無い父に、
蘭華は不思議そうに言った。
蘭華「パパ、どうしたの?」
父 「蘭華、いいかな? 今からパパの言う事、
よく聞くんだよ。」
蘭華「・・・?」
父 「パパはね、これから遠くの町に行かなければ
ならないんだ。しばらくはパパ、蘭華と会えないけど、
ママやおばあちゃんの言う事をよく聞いて、
元気に暮らすんだよ。」

蘭華「パパ? どうして遠くの町に行くの? 
いつ、帰って来るの?」
父 「パパは、お仕事なんだよ。そのお仕事が終わったら、
すぐに戻って来るからね。」
蘭華「パパ、お仕事、いつ終わるの? 
やだ、行かないで・・・」  

いつもと様子の違う父に、蘭華は何かを感じたのだった。
優しい父の言う事を、いつも素直に聞いていた
蘭華であったが、その時ばかりは駄々をこねるかの様に、
ぐずっていた。
父 「大丈夫だよ、すぐ帰ってくるよ。
お土産、いっぱい買って帰るから・・
蘭華は賢い子だ。たくさん、たくさん勉強するんだよ・・」

そう言い残すと、父は蘭華に頬擦りし、土砂降りの
雨の中を振り返る事無く飛び出した。その時である。
数名の男が突如として現われ、父を羽交い絞めにし、
押さえ付けた。蘭華の父は必死に抵抗していたが、
彼はなす術も無く男たちに抱えられる様にして
連れ去られていった。

蘭華「パパ、行かないで、パパ、パパ・・・」  
蘭華の父は、政治的思想を持っていた。
その思想集団のリーダー的役割も担っていた。
しかし、彼の持つその思想は、反体制的な思想であった。
この頃の中国国内は、文化大革命という不幸な歴史も
終結に向い、世の中は落ち着きを取り戻そうとしていたが、
まだまだ国民が不信感無く暮らせるほど
平和な時代ではなかった。

当時幼かった蘭華にとって、父親が持つ思想の意味など、
到底、理解できるものでは無かった。
そして、その時以来、蘭華の元に父が現れることは
二度と無かった。

分かれ道

父が居なくなり、まもなく母は、蘭華を祖母に託し、
街から少し離れた国営工場で働きだした。
その頃の蘭華の生活は、以前とは比べ物にならない位に
変わっていた。
祖母も野菜を売りに、毎朝、重い荷物を背負い、
街に出かけて行った。蘭華は、いつも、そんな祖母の横を
片時も離れる事をしなかった。  
当時の蘭華の母は、まだ、二〇代後半で、女の美しさを
輝かせることもできる年頃だった。

そんな女を、黙って見ている男はいなかった。
母は、勤務先の国営工場の幹部に、いつしか囲われる
身となっていた。国営工場の幹部となれば、
社会的にも政治的にも立場は強く、誰一人、
彼に物言う人間は居なかった。

そんな生活の中、蘭華、六歳の時、妹の璐が生まれた。
当然、母を囲っていた国営工場幹部との子供であった。
やはり、男にとって、「世間体」と言うものがあるのだろう。
母は蘭華と祖母の元に戻る事となっていた。
当面の生活費は、その国営工場の幹部である男が、
面倒を見ていたが、それは決して永く続くものではなかった。

蘭華は、六歳年下の妹、璐の面倒をよく見ていた。
それは蘭華にとって、孤独を紛らわすと言うよりも、
唯一の姉妹であり、唯一の生涯の身内であると
感じていたのであろう。その世話振りは、
幼い蘭華の能力を遥かに超える様に母親代わりとなっていた。

蘭華は、母や祖母の働きの元、高校まで無事、
卒業する事が出来た。
但し、蘭華が高校を卒業出来たのは、二十歳を迎える
年齢となっていた。蘭華は、学費が払えなくなる度に、
高校を休学し、奉公に出ることを余儀なくされていた。

子守奉公や辛い農作業、蘭華は労を惜しまず働いた。  
蘭華は高校を卒業後、上海と言う都会に出た。
学校では常にトップクラスの成績であった蘭華には、
幸運にも日本企業への就職が待っていた。
就職した会社は日本の大手商社の上海事務所だった。
蘭華はそこで、経理事務の一部分を任されていた。

蘭華は母親に似て、一際輝く美人であった。
身体は小柄であったが、腰の位置は高く、
スリムで腰のくびれに手を回してみたくなる様な
スタイルであった。顔は小さく、細く尖った顎には
色気さえ感じていた。特に蘭華の髪はみごとであった。

真っ黒なストレートの黒髪には、まんべんなく艶があり、
まるでシルクの様であった。
当時の蘭華は腰まで届く程の長い髪をしていたが、
一切、傷んだ部分は無く、男女問わず誰でも触れて
みたくなる様な髪であった。
そんな蘭華が高校生の頃は、男子生徒の憧れであった。

上海で一人暮らしを始めた蘭華を追いかける様に、
高校時代の同級生である一人の青年、
黄が彼女の元を訪れた。
その時の黄には、これと言って人生の目的も無かったが、
蘭華の暮らすアパートに転がり込むようにして
二人一緒の生活が始まった。

日系企業に勤める蘭華は、給料が一般の中国人に比べ
高いこともあり、蘭華にとっては男一人を養うのは
難しく無かった。しかし、実家へ仕送りをしている彼女にとって、
毎日、何もせず、ぶらぶらしている黄を見ていると、
しだいに腹立たしさが増していった。

その度に、蘭華と黄は言い争うのであったが、
心優しい黄を追い出すなんて、蘭華には出来なかった。
まだ若い蘭華は、黄が早く自分の目標を見つけ出す事を、
ただ願うしかなかった。  
田舎から出てきた黄にとって、上海と言う都会は
別世界であった。

華やかなファッションに身を包む女性には、
絶えず心惹かれる毎日であった。
黄は、いつしか、そんな女性に関わる美容業界に
足を踏み入れることとなっていった。

蘭華にとって、黄は生まれて初めての男であった。
互いに熱烈に愛し合っていた訳でもない二人であったが、
蘭華は、黄をどうにか一人前にして結婚しようとも
考えていた。

黄がある程度、美容師としての技術を身に付けたら、
二人で田舎に戻り、店を出したいとも考えていた。
しかし、何不自由なく育てられた黄にとって、
修行に耐え得る心の強さなど、まだ持ち合わせては
いなかった。・・・

つづく

Author :夢庵壇次郎
http://www.ne.jp/asahi/muan-danjiroh/jp/

歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…

昭和放浪記(隠れた名曲)

歌詞の「お守り」と云う部分は当初「お金」であったが、
売春を思わせるとマズイため、書き改められた

女の名前は 花という
日陰の花だと 泣いていう
外は九月の 雨しぶき
抱いたこの俺 流れ者

女は教えて 二十一
しあわせ一年 あと不孝
枕かかえて はやり唄
歌う横顔 あどけない





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2016年11月18日 (金)

漢の韓信-(150) 皇帝と楚王

信じれば真実、疑えば妄想……


昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー


メジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、
良いかな !!

アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい



Kansin
Kansin


漢の韓信-(150) 皇帝と楚王

眛としては、充分鋭気を抑えたつもりである。
彼の言ったことは、項羽の世を復活させることでも、
漢を転覆させることでもなく、韓信の力添えをして
楚の国力を充実させることだった。  

しかし、漢に対して武力を見せつけることには変わりはない。  
眛の見たところ、韓信はこの点に拒否反応を示したようであった。
「過激に聞こえるかもしれないが、これは必ずしも
皇帝を討つ、ということではないぞ」
「……そうか。しかし……」
「不安か。だが、考えようだ。君の持つ武力は、
充分漢に対抗できるものだ。加えて君自身の指揮能力や
用兵の妙をもってすれば、漢はうかつに楚に手出しできない。

さらに配下の将として私がいれば、皇帝たりとも
君の機嫌を損なう真似はできなくなる」
「しかし……それは結局、敵対することだ。
敵対とはつまり……叛くことだ」
「わからない奴だ。実際に武力を行使することはない。
示威するだけで、ことは足りるのだ」
「確かにそうだが、しかしそれには君の存在を、
漢に認めさせねばならない。

ひそかに君を匿い、独断で要職につけたとあっては、
私は叛逆者とみなされてしまう。
たとえ実際はそうではないとしても、彼らに口実を
与えるような行動を私は慎みたいのだ。……

なあ、眛。私とともに皇帝のもとに出頭しないか。
そして助命を請うのだ。誠心誠意訴えれば、きっと皇帝は
聞き入れてくださる」
「それは、疑わしいものだ。……
しかし、なぜ今になってそのようなことを言う? 
信、君は……私を軽々しく匿ったことを後悔しているのか」
「いや、決してそうではない。ただ、君を匿い、
庇護し続けるために現在の状況を打開したいと
思っているだけだ。……

実は先ほど私あてに朝廷から正式に命令が下った。
楚領内に逃げ込んだと思われる君を逮捕せよ、とな」  

「皇帝は怒りや恨みなどの一時的な感情で、
判断を誤りやすいお方だ。しかし、あの方のいいところは、
その誤った判断に固執しないところだ。
自分の下した決断が間違いであると気付けば、
修正することを厭わない。

事実、もと楚将の季父きふは首に懸賞金を
賭けられていたが、最後には許されたのだ。
かつての敵とはいいながら、有能な男を殺してしまうことの
愚かさに気付いたのだ」  

韓信がこのとき話題にした季父という男は、
もと項羽配下の将軍で猛将と恐れられた人物である。  
項羽が死んだのち、彼は諸国を転々とし、
流浪の日々を送った。
時には頭の毛をすべて剃り、手枷をはめて
奴隷の姿に扮したこともあった。

しかし最後には魯のとある有力者のもとに
転がり込むこととなり、その有力者の訴えを聞いた
夏侯嬰が皇帝に進言し、助命されることとなった。  
その後季父は漢の要職に付き、劉邦死後の
帝室の混乱を数度に渡って解決に導く活躍を見せる。

「季父の例は、数少ない例に過ぎぬ。
丁公ていこうは殺されたぞ」  
ここで鍾離眛の言う丁公とは、季父の叔父で、
本名を丁固ていこといった。季父の母親の弟であり、
やはり楚の将軍である。  

かつて彭城で漢王であった劉邦を追撃した丁公は、
ついに剣の届く距離にまでそれに肉迫した。  
このとき命の危険を感じた劉邦は、
「いくら戦争だからといって、二人のすぐれた人物が
個人的に殺し合う必要があろうか」などと言って丁公を
なだめたという。  

この言葉をもっともなことだと思った丁公は、剣を収め、
劉邦を見逃した。  
ところが項羽が滅んで漢の世になったのち、
丁公が劉邦に謁見しようとすると、劉邦は即座に
彼を捕らえ、軍中に触れを出した。  
丁公は主君に不忠な男である。項羽に天下を失わせた者は
、ほかでもない丁公である。  と。  
結局丁公は斬り殺されたわけだが、そのときに劉邦は、  

後世の臣下たる者たちに、丁公の行動を見習わせては
ならぬのだ。  という言葉を残している。
「季父が生き延び、丁公が死んだのは弁護する者が
いたかいないかの違いだ。

季父には夏侯嬰がおり、丁公には誰もいなかった。
皇帝の信用が厚い者が弁護すれば、丁公だって
助かった可能性は高い。
だから私は君を弁護しようと言っているのだ」

「……では聞くが、信。君はそれほど皇帝の信用が
厚いのか?」  
あらためてそう問われてみると、確信はない。
韓信は言葉に詰まった。 「…………」
「君は、思い違いをしている。皇帝は、機会さえあれば
楚を直接支配したいと望んでいるのだ。
君のような異姓の王に治めさせることは皇帝にとって
苦渋の決断なのだ。それを君はわかっていない」

「……君の言う通りなら、最初から私を楚王などに
任じなければよかったではないか」
「鈍いな、君は。もともと斉王だった君から王位を
取りあげるわけにはいくまい。
不満を持った君が兵を率いて叛乱しては困るからな。……

おそらく欲の少ない君は、そんな意志などない、と言うだろう。
しかし多欲な者は、寡欲な者の考え方がわからないのだ。
皇帝は君が本心を訴えたところでまったく理解
できないに違いない」
「……だったら、どうだと言うのだ」

「はっきり言って君は、皇帝にとって厄介な存在だ。
考えていることがよくわからない、扱いにくい男として
持て余されているのだ。きっと皇帝は君を除きたい、と
思っていることだろう」 「…………」
「いいか、君がこれまで通り生き続けるためには、
少なくとも今の状態を維持し続けなければならない。
皇帝が楚を攻め滅ぼそうとしないのは、
君の兵力に加え、今私がこの地にいるからだ。
皇帝は旧楚の宿将たる私を恐れ、
私がこの地にいるうちは、楚に攻め込んだりはしない」  

韓信はこれを聞き、しばらく考え込んだ。
目を閉じ、こめかみに指を当て、沈思の表情を作る。  
やがて答えに行き着いた彼は、目を開けて言った。
「眛……。私が思うに、皇帝が恐れるのは君ではない。
皇帝が恐れているのは……やはり私なのだ。
君が楚地にいる、いないはたいした問題ではない。

要は私が君を匿っている、そのことが重要なのだ。
君の叛乱を恐れているのではなく、
私が君を利用して叛乱を起こすことを……
彼らは恐れているのだ」  

・・・

つづく

Author :紀之沢直樹 (野沢直樹)
http://kinozawanaosi.com
http://mypage.syosetu.com/273441/




愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る



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歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、 
  人生、絵模様、万華鏡…


『わかれうた 』





時は絶えず流れ、 今、微笑む花も、明日には枯れる



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2016年11月17日 (木)

歴史・履歴への訪問証

歴史・履歴への訪問証

昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー



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鬼が餅つきゃ、閻魔が捏ねる、そばで地蔵が食べたがる

むかしむかし、比叡山(ひえいざん)できびしい修行していた
坊さんがいました。  
けれど、いくら修行を続けても大して偉くはなれない事がわかると、
生まれ故郷の摂津の国(大阪府)に帰ってきました。  
そして坊さんはお嫁さんをもらって、幸せに暮らしていました。  

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この村では、毎年正月の修正会(寺院)で、正月元日から3日間
あるいは7日間、国家の繁栄を祈る法会)には、必ず
この坊さんをたのんでおがんでもらうことにしていました。  

さて、ある年の修正会の時、この坊さんは仏さまに
お供えしたもちをたくさんもらいました。  
しかし坊さんとお嫁さんはとてもけちだったので、
そのもちを誰にもわけてあげようとはしません。  
自分の子どもたちにさえ、食べさせないのです。  

二人は少しずつもちを食べていましたが、そのうちに
もちは固くなってしまいました。  
このままでは、もちは食べられなくなってしまいます。  
そこでお嫁さんは、こんな事を考えつきました。
(そうだわ。この固くなったもちで、お酒をつくろう。
きっと、おいしいお酒が出来るにちがいないわ)  

そこでさっそく、坊さんに話すと、
「それは、なかなかの名案じゃ」 と、大賛成です。  
二人はたくさんのもちを酒つぼに入れて、酒を
つくることにしました。  

やがて、月日がたちました。 「もうきっと、おいしいお酒が
出来ているでしょう」  
ある晩、お嫁さんはこっそりと酒つぼのふたを開けてみました。  
すると何かが、中で動いているように見えました。
「何かしら?」  暗くてよく見えないので、お嫁さんは
明かりをともしてつぼの中をてらしてみました。

「あっ!」  お嫁さんの顔は、とたんにまっ青になりました。  
つぼの中ではたくさんのヘビがかま首をあげながら、
もつれあっているではありませんか。  
お嫁さんはつぼのふたをすると、逃げるように
坊さんのところにかけていきました。

「あなた、大変です。もちの酒つぼに、ヘビが」  
でも坊さんは、信じようとはしません。
「何を馬鹿な。そんな事が、あるものか」
「でも、本当に見たのです」
「わかったわかった。なら、わしが見てきてやろう」  

坊さんはお嫁さんから明かりを受け取ると、
酒つぼのところへいきました。  そしてふたを取ると、
つぼの中をのぞきこみました。
「わっ!」  坊さんもびっくりして、お嫁さんのところに
かえってきました。

「これはいかん。こうなれば、どこか遠くへつぼごと
捨ててしまおう」  二人は酒つぼをかつぎ上げると、
広い原っぱのまん中に捨ててしまいました。  

その、あくる日の夕方の事です。  
広い原っぱの一本道を、三人の男が通りかかりました。
「おい、あれは何だろう?」  酒つぼを見つけた一人の男が、
原っぱのまん中を指さして言いました。
「さあ、何だろうな。行ってみよう」  

三人は恐る恐る、酒つぼに近づきました。  
そして一人の男が、つぼのふたをとって中をのぞきこみました。
「おい、酒だ、酒だ!」 「なに、本当か?」  
他の二人も先を争うようにして、つぼをのぞきこみました。
「確かに酒だ。しかし一体、どうしたことじゃ?」  
三人は思わず、顔を見合わせました。  

すると一番はじめに酒つぼをのぞいた男が、ニヤリと笑って
言いました。 「この酒を飲もうと思うが、どうだね?」  
二人の男は、恐ろしそうに言いました。
「野原のまん中に、こんな酒つぼが捨ててあるというのは、
どうもおかしい。なにかきっと、わけがあるにちがいない。
危ないから、飲むのはよせ」  

しかしこの男は大の酒好きだったので、 「なあに、
酒が飲めるのなら、死んでもかまうものか」 と、
腰につけた湯のみで酒をすくって、一気に飲み干しました。
「うん、うまい! これは、けっこうな酒だ」  
そう言うと、もう一杯飲みました。  

それを見ていた二人も酒好きですから、
もう飲みたくてたまりません。
「仕方ない。わしらも、付き合ってやるか」  
三人は次から次へと、酒を飲み始めました。
「おう、確かに良い酒だ」 「本当にな。酒屋に行っても、
これほどの酒はないぞ」

「おい、こうなったら、何も急いで飲むことはない。
家に持って帰って、ゆっくりと飲みなおそうではないか」  
そう言って三人は、その大きな酒つぼをかついで家に帰りました。  

さて、それから間もなく、 「三人の男が、野原に捨てた
酒つぼを見つけたそうだ。そして毎日のように飲んだが、
とても良い酒だったそうだ」 と、いう話しが、
村中に伝わりました。  

それを聞いた坊さんとお嫁さんは、 (あれはやっぱり、
ヘビではなかったのだ。人にもやらず自分たちの
物にしてしまったので、仏さまのばつをうけて、
わたしたちの目にだけヘビに見えたのだ) と、反省して、
それからはもらい物があると必ず人に
分けてやるようになったのです。・・・

おしまい


むかしむかし、人里離れた山寺に、
和尚(おしょう)さんと小僧さんが住んでいました。  
この山寺には、毎年春になるとツバメが巣を作って、
ひなを育てるのです。

 

Tubame11111

その年も、山寺にツバメが巣を作りました。  
和尚さんが何気なく、 「ツバメよ。毎年毎年、
そこに巣を作るが、ちっとは、宿賃でも払う気にならんか?」 と、
からかう様に言うと、ツバメはどこかへ飛んで行って、
カボチャの種を一つ持って帰ると、和尚さんの前に
ポトンと落としました。

「おや? なんと、さっそく宿賃をくれたか。
わはははははははは」  和尚さんは大笑いしながら、
ツバメがくれたカボチャの種を大切にしまい、
春を待って畑にまきました。  

するとその種から芽が出て、やがて大きな大きな
カボチャが一つなりました。  でも和尚さんは、
ツバメの宿賃は大切にしようと言って、なかなか
食べようとはしません。  

そこで、しびれを切らした小僧さんは、和尚さんの
留守をねらって、ついにカボチャを割ってしまいました。  
ところが割れたカボチャの中から、ヘビがニョロニョロと
はい出してきたので、びっくりした小僧さんは
ヘビとカボチャを裏の小池へ投げ捨てたのです。  

小僧さんは、それでも気がおさまらないので、
ツバメの巣へ向かって、 「役立たずは、出て行け!」 と、
怒鳴っていると、ちょうど和尚さんが帰ってきたので、
小僧さんは一部始終を話しました。  

するとそこへ突然の大風が吹いてきて、空は
見る見る暗くなり、雷まで鳴り始めて大嵐になりました。  
このままでは山寺が壊れてしまうと心配になった和尚さんが、
一心にお経をあげていると、小僧さんが飛んできて、
「裏の小池が大変です!」 と、叫びました。  

見に行った和尚さんは、あまりの事に腰を
抜かしそうになりました。  
何と池には大きなヘビが泳ぎ回り、池の方も
少しずつ大きくなっていくのです。
怖くて泣きわめく小僧さんをなだめすかした和尚さんは、
再びお経をあげ始めました。  

さて次の朝、嵐がやんだので池を見に出た和尚さんはびっくり。  
小池はいつの間にか広々とした沼になり、
ヘビの姿も見あたりませんでした。  
この沼は後に蛇沼(へびぬま)と呼ばれ、田んぼをうるおす
大切な用水池になったそうです。

おしまい

犬がウンコをする時、アナタを見つめる理由

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カビの生えない・きれいなお風呂

お風呂物語

入れてもらえば 気持ちは良いが、
 どこか気兼ねな もらい風呂


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『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。

妄想劇場・・(1曲の出会い)言葉のチカラ…

妄想劇場・・(1曲の出会い)言葉のチカラ…

時代を超えて愛されている歌 「孤独がつらく感じるとき」
「愛することがよくわからなくなったとき」
いつも、勇気と力を与えてくれた…

作詞家は、1曲の詞を書くために、言葉を巧みに操り、
その時代を象徴する言葉を探した。
その言葉は多くの老若男女の心を掴んで離さず、
その歌はヒットした。


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「命の別名」 〜知的障がい者のメッセージ

ドラマ「 聖者の行進」の主題歌だった!
命の別名は明るい曲ではありませんが、
一度聞くと耳に残る中島みゆきさんワールド全開の曲です。

1998年2月、命の別名は糸と一緒に発売された35枚目の
シングル曲です。
糸をカバーしているミュージシャンが多くいます。
中島みゆきさんの曲の中でも「命の別名」の詞は、
意味深いです。

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実際に、1995年に茨城県水戸市で発覚した知的障がい者に
対する暴行・強姦事件がベースとなっているようです。
裁判の過程で、被害を受けた知的障がい者が日時や状況を
正確に証言できないと警察・検察も立件に消極的だった、

結局「公判を維持できない」という理由で、一部の詐欺・
傷害罪のみの起訴にとどまり、その他の暴行・強姦については
不起訴となったことから、行政・司法当局の知的障がい者に
対する無理解が問題となりました。

ドラマ「聖者の行進」の主題歌には、「命の別名」の他に
「糸」という曲の2つがあります。
どちらも中島みゆきさんの歌ですが、それぞれ印象が異なり、
使い分けられていることでも話題になったドラマです。

このドラマの第1~4話と第10・11話のエンディングが「糸」、
第5~9話が「命の別名」というように、
主題歌が使い分けられています。

「彼らは神様からの贈り物なのだ。」

「どんなに医学が発達しても、人間が生まれ続ける限り、
人口の2パーセント前後は、知的障がいのある子どもが
生まれてくる。
それはなぜかというと、 その子の周りにいる人たちに、
優しさとか思いやりという、 人間にとって一番大切な心を
教えるために 神様があたえてくださるからだ。

細川佳代子 (細川護煕夫人) 学校での講演


「命の別名」中島美嘉:
作詞・作曲:中島みゆき



シングルCDに収録された2曲は、いずれもTBS系テレビドラマ
『聖者の行進』の主題歌に起用された。
当初はすでに発表済みだった「糸」が起用され、
シングルがリリースされた5話以降は新曲の「命の別名」に
差し替えられた。ドラマの終盤では
「糸」がふたたびテーマ曲となっている。

今まで、中島みゆきさんの主題歌になった曲は、
40曲以上あります。
最近では、NHKの連続テレビ小説「マッサン」の
「麦の唄」があります。

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2009年11月、学術、芸術、スポーツ分野の功労者に与えられる
紫綬褒章を受章、
2014年には、2度目の紅白出場をするなど、
活躍し続けています。

アザミ嬢のララバイ・デビュー曲以後多くの名曲を
生み出している



「糸」は元来、天理教の現真柱・中山善司の結婚を祝して
1992年に作られた楽曲であった]。
中島はほどなくしてこのパワー・バラードをレコーディングし、
通算20作目となるスタジオ録音作を10月に発表した。

Author :『まぁぴょん』のまとめ
http://topicks.jp/19387


歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、

人生、絵模様、万華鏡…


「ひとり上手 」 中島みゆき 作詞 作曲

私の帰る家は あなたの声のする街角
冬の雨に打たれて あなたの足音をさがすのよ
あなたの帰る家は 私を忘れたい街角
肩を抱いているのは 私と似ていない長い髪
心が街角で泣いている ひとりはキライだとすねる
ひとり上手とよばないで 心だけ連れてゆかないで
私を置いてゆかないで ひとりが好きなわけじゃないのよ




時は絶えず流れ、今、微笑む花も、明日には枯れる



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入れてもらえば 気持ちは良いが、
どこか気兼ねな もらい風呂

Dr1

お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。

2016年11月15日 (火)

妄想劇場一考編・『時代の核心・時の深層』

妄想劇場一考編 

信じれば真実、疑えば妄想……


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『時代の核心・ニュースの深層


過去に起きていることから、
  浮かび上がってくる真実もある。・・・・

障害者の「聖人君子」イメージ崩れる?

以前一連の不倫騒動で乙武洋匡氏の「聖人君子」像は
崩れ去ったが、こうしたイメージの背景には、
障害者が「エロくない」といった誤解や偏見が否定できない。

障害者にも性欲はあり、その「満たし方」はいまだ
大きな課題として残っている。
3月24日発売の「週刊新潮」(新潮社)が生まれながらに
先天性四肢切断の障害を持つ作家でスポーツライターの
乙武洋匡氏の不倫を報じた。

乙武氏は「新潮」に対し不倫を認め、結婚生活で
5人の女性と関係があったなどと暴露。
しかし、乙武氏本人だけでなく、妻もHPに謝罪文を
掲載したことが物議をかもしていた。

古市憲寿氏も障害者としての“事情”に言及

社会学者の古市憲寿氏は3月25日、友人でもある乙武氏の
不倫について4連続でツイート。
「『不倫』については…庇う気はない」としつつ、

忘れている人がいるかも知れないけど、乙武さんには
手足(四肢)がありません。
だから自分では服を脱ぐこともできないし、相手の服を
脱がせるなんてとてもできない。

そして、多くの人と違って一人で欲望を処理することも
できません。四肢のない乙武氏ひとりでは
自慰行為を行うこともできなかったと障害者ならではの
事情に言及している。

「不倫騒動で再認識…障害者にももちろん性欲はある」

障害者の性に関する相談・具体的な性的支援などを行う
NPO法人「ノアール」理事長で自身も脳性麻痺による
障害を持つ熊篠慶彦氏は、性について
「食事や排泄のように“しなけりゃ死んじゃう“ことではない、
でも多くの人がやりたいと思っているであろうこと」と話す。

接触のない人は障害者を聖人君子扱いする

神奈川県立保健福祉大学の玉垣努教授は
「障害者と接触のない人は、どうも幻想を作ってしまいがち。
障害者を聖人君子扱いしてしまう。エロいなんて思わない。
でも障害を持とうが何しようが、皆エッチ」と話す。

(知的障害を持つ息子の母)
息子が外でズボンを下ろすように…困った末に施設に・・・


知的障害のある42歳の男性は、18歳頃から、
テレビで女性の水着姿などを見て大声をあげ走り回るようになり、
22歳頃には母親などに抱きつくようになった。
外でズボンを下ろすようにもなり、母親は「困った末に
施設に入れた」。
「精神安定剤の名目で」性欲減退の薬を投与するという
施設側の提案に母親は同意した。・・・


障害者の性問題・ 支援・介護内容とは・・・



「日本では性介助は「制度化されていない」

障害者の「射精介助」を行う一般社団法人「ホワイトハンズ」の
坂爪真吾代表によると、日本では性介助は
制度化されていない。

先の玉垣教授は「性活動をADL(身の回りの自立、
日常生活をする上での活動)として考えるか、
QOL(生活の質)として考えるか、その違い」で
障害者の性の捉え方は変わってくると説明。

「ADLなら介護保険で対応できるけど、QOLまでは
担保しないというのが、今の日本の介護姿勢」と指摘する。

具体的な対処法は…「障害者専用デリヘル」を利用

障害の程度によっては、一般の風俗サービスを利用することが
難しい人もいるため、障害者専門のデリバリーヘルス
(派遣型風俗)がある。
草分け的存在の「ハニーリップ」では、コンパニオンを
送迎するドライバーが介護関係の資格を
持っていたりする以外は、普通のデリヘルと変わらないという。

介護福祉士の山本翔氏が2012年に設立した
「はんどめいど倶楽部」には評価シートがあり、予約時などに、
障害の種類、瑕疵の箇所、どんな介助が必要かなどを
利用者からヒアリングし整理する。
サービス中に気づきメモすることも。・・・

「はんどめいど…」スタッフの過半数は介護福祉士資格を持ち、
持たないコンパニオンはできる範囲で対応するが、
「困ることはほとんどない」(山本氏)。

普通のデリヘルと異なるのは「たとえば酸素マスク付ける
レベルの利用者の場合、緊急事態用の医療部隊か
ヘルパーが待機」させることなど。

利用されている一方、 経営には難しさも

「はんどめいど…」では月約15名の利用があるが、
それでは「ビジネスとしては回らない」(山本氏)という。
利用者は、障害が軽度の人60%、重度の人40%。
種類では、身体障害者が95%、精神障害者が5%。
在宅者が90%、施設居住者が10%という。

「射精介助」

精神障害者は含まず、男性重度身体障害者のみが対象
一般社団法人「ホワイトハンズ」では、男性重度身体障害者のための
射精介助サービスを行う。
利用料は30分で2800円で、4~5年にわたる利用者もいるという。

スタッフは介護福祉士や元風俗嬢、
介助者は医療用の手袋をつけ、手で男性器を刺激して
射精を促す。
卑猥な言葉を言ったり、言わせたり、体に触れる行為は
一切禁止。
「慣れるとだいたい15分程度で終わる。
スタッフには介護福祉士もいれば、元風俗嬢もいる」
(同社代表の坂爪真吾氏)。

入浴ケアなどと同様に介助してもらえれば楽になる

数年にわたりサービスを利用する脳性まひの男性は
「性風俗は僕にはトゥーマッチだった。
好きでもない女の人の裸を見たり…したいわけじゃない。
でも『たまる』という感覚はある。…

お風呂や排泄のケアと同じように、射精の介助を
してもらうことができれば、多くの障害者が
楽になれると思う」と話す。

異論も…(横須賀俊司准教授)

自身も障害を持つ広島大の横須賀俊司准教授は
「エロを欠落させ、健康増進のための射精では性的な欲求を
満たせないと思う。性はエログロナンセンスが大きな部分を
占めているから。…

健常者が経験できることは障害者でも、あたり前に
経験できる社会であるべき」と話す。

他人に頼らず…自慰行為「補助グッズ」利用

「TENGA」固定ベルトや「孫の手ローター」
NPO法人「ノアール」は、身体障害で自慰行為ができない
人のための自助具作りなども行い、
これまでオナニーグッズ「TENGA(テンガ)」や、
孫の手の先にローターをつけて、性器に届くようにした
「孫の手ローター」などを製作。

TENGAは2005年発売以来、世界的にヒットし、
リハビリなど医療現場でも活躍してきた。
障害者にも快適な自慰行為を楽しんでもらいたいと、
その生みの親である松本光一氏もノアールや作業療法士と
共同で専用自助具の開発を行う。

手の不自由な場合の自慰行為「実践映像」もネットにアップ
ノアールは、団体ウェブサイトのリンク先から、
熊篠氏自身がマスターベーションする映像を
閲覧できるようにしている。

手の不自由な障害者がどのような困難を抱え、
どのような介助が必要で、自助具をどのように使うのか、
想定しながら実践しているという。

日本の障害者は「情報」を求めている?

「障害者でもOKの風俗とかある?」など、“
仲間”同士で情報交換
「障害者でもOKの風俗とかある?みたいな
情報交換も、割と平気でしてますね、

僕の場合は」と話すのは、事故の影響で両手を切断した
青山健一さん。障害者の仲間と「情報をシェアしあうことで、
自分の生活に役立てている」という。

【障害者向け・障害者が登場するAV作品も】

障がい者のセックス初体験を撮影!
問題の発禁AVが劇場公開〔2015年8月21日 日刊SPA!〕
風俗ではない、射精介助という仕事に密着取材!
障がい者の性の現状に迫る!
熊篠慶彦さん・・・障害があっても普通に「初体験」したい
女性向けのサービスがないのはニーズがないため
〔2012年6月27日 ポストセブン〕

【視覚・聴覚障害者への取り組みも】

点字を読める視覚障害者は「1割程度」 
官能小説を“音声”で届ける意義〔 wotopi〕
障害者向けポルノ映画」がえぐる福祉問題の〝一断面〟
障害者が映画館でエロチックな映画を楽しめる
「エロバリ」誕生!〔2010年8月9日 シネマトゥ

一方、海外では…障害者のための「性的介助」が
充実する欧州 オランダを皮切りに、デンマーク、フランス、
ドイツなどで普及性交から「アドバイス」まで、サービスは多様

オランダには、障害者に医療保険を適用する自治体も
スウェーデンは、性行為のために服を脱がせることなども
介護の一環と考える

海外には「セックス・セラピスト」もいる 性の悩みを抱える人に
セックスのレッスンを施す「セックス・サロゲート」
セックス「代理人」は全米に約50人

パイオニアの女性は映画のモデルにも

サロゲート療法にはルールがあり、レッスンの回数は6回と
制限されている。「セラピーの目的は、男性が私と学んだことを
他のパートナーとの関係に生かすことであり、私への
情を深めないため」とシェリルさん。

「売春婦と異なり、代理人はクライアントに対して批判的な
意見も伝える」
障害を持つ男性の施設入居者には、性的不満から
攻撃的になる人が多く、ほかの入居者や職員に
迷惑をかけやすい。
施設からはこうしたときにセッションの依頼があるという。

映画「セッションズ」(予告編)





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歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
   人生、絵模様、万華鏡…


無縁坂/さだまさし

母がまだ若い頃 僕の手をひいて
この坂を登る度 いつもため息をついた
ため息つけば それで済む
後だけは見ちゃだめと
笑ってた白い手は とてもやわらかだった

運がいいとか 悪いとか
人は時々 口にするけど
そうゆうことって確かにあると
あなたをみててそう思う

忍ぶ 不忍 無縁坂
かみしめる様な
ささやかな 僕の母の人生





昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント  
明日という日はミステリ



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入れてもらえば 気持ちは良いが、
どこか気兼ねな もらい風呂

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お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。

2016年11月14日 (月)

妄想劇場・特別編 (知られざる深層)

妄想劇場・特別編


昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリ



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2016/10/27 -、三笠宮崇仁(たかひと)親王殿下が
薨去(こうきょ)され11月4日には一般人の本葬に当たる
儀式「斂葬(れんそう)の儀」が東京都文京区の豊島岡墓地で
営まれた。
昭和天皇の末の弟君で天皇陛下の叔父にあたる

三笠宮殿下は、古代オリエント史の学者としても知られるが、
当初から研究のメインテーマが「古代イスラエル」そして
「聖書」だったことは、あまり知られていない。  

天照大神を先祖とする皇族が、異国の宗教である
ユダヤ教の聖典を研究されるというだけでも興味深いが、
実は三笠宮殿下は、古代イスラエルと日本の皇室との関係、
つまり日ユ同祖論的な学説について多大な関心を持たれ、
調査されていた節があるのだ。

もしも日本の天皇家と古代イスラエルにつながりが
あるとすれば、日本の歴史がひっくり返る事態となる。
今回は、三笠宮殿下と日ユ同祖論の謎に迫ってみたい。

八咫鏡の裏にヘブライ語!?
 三笠宮殿下は調査を約束していた


第二次大戦時、三笠宮殿下は陸軍少佐として
出征されていた。
その際、敵のことをよく知ろうとキリスト教について
調べられたが、聖書に記述された内容が
架空の物語などではなく歴史的事実に基づいていることを
知った時、そこから離れられなくなってしまったという。

そして終戦後は、東大の研究生として古代オリエント史を
専攻された。しかも、旧約聖書は翻訳では真意がつかみにくい
という理由からヘブライ語を学ばれ、後にユダヤ人と
普通に会話できるほど堪能になられたという。

やがて歴史学者になられた殿下は、昭和28年1月、
日本とユダヤの関係を研究し親善を深める目的で
結成された「日ユ懇話会」の会合に出席された。 

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この話には、さまざまな逸話が残されている。
明治時代に文部大臣を務めた森有礼(ありのり)も関心を持ち、
伊勢神宮へと赴くと、天皇でも見ることを許されない
八咫鏡を大臣の権限として特別に頼み込んで
見せてもらったという。

すると、そこには実際に「我は在りて有る者」を意味する
文字が書かれていたというのだ。
この話に強い関心を持たれた三笠宮殿下は、
いずれ調査すると語られた。

このエピソードは、同席していた東京イブニングニュースの
支局長がスクープして話題となったが、
その後で実際に調査されたかどうかについては
発表されていない。

天皇家には何らかの秘密がある?

この逸話には、大きな疑問を抱かずにはいられなかった。
まず、このような八咫鏡に関する怪しげな噂話について、
三笠宮殿下はヘブル語に堪能なオリエント史学者として、
一笑に付すことが通常の反応ではないかと思うのだ。

しかし殿下は、そうなさらず、
なぜ「真相を調査する」と語られたのか?
実は皇室に、古代イスラエルとのつながりに関する何らかの
話が伝わっており、そのような可能性があり得ると
判断されたのだろうか?  

それ以前の疑問として、そもそも三笠宮殿下は
なぜオリエント史、特に古代イスラエル史を
研究されるようになったのだろうか?

もちろん公式には、前述のような理由から聖書に
惹かれたということになってはいるが、
実は天皇家と古代イスラエルのつながりについて皇室内で
秘密にされていることがあり、あらかじめ何らかの
秘密をご存知だったのではないだろうか?

「明治天皇の孫」が語った真実

この“皇室内の秘密”について、まったく何の根拠もなく
書いているわけではない。実は、
「明治天皇の孫」を自称する人物が語っている内容が、
天皇家と古代イスラエルとの関係を示唆しているのだ。

その人物とは小林隆利氏といい、大正14年に
名古屋で生まれているが、
母親は「仁(しのぶ)内親王」という女性で、
その父が明治天皇だという。

もちろん、公的にそのような名の内親王は存在しないのだが、
実際に明治天皇に何人の側室がいたかは極秘とされており、
公表されていない内親王が存在した可能性は
否定できないだろう。

小林氏がキリスト教系の雑誌『HAZAH(ハーザー)』の
インタビューで明かしたところによると、
小林氏の母は明治天皇から次のように聞かされたという。

「仁、私は天皇の権限で日本という国を調べた結果、
日本は、神道である。しかし神道は、本来はユダヤ教である。
そしてキリスト教はユダヤ教を完成させるものだ」  
これがもし本当であるとすれば、実に驚くべきことだろう。

明治天皇が自らの権限によって皇室の秘密を調べ、
このような事実がわかったというのだ。
さらに明治天皇は、仁内親王に対して次のように語ったという。
「仁、おまえが結婚して男の子が与えられたならば、
キリスト教の牧師にするのだよ。きっと役に立つ時がくるぞ」  

そして、小林氏の母は天皇の遺言通りに、
小林氏を牧師にさせた。
この話は、古代の天皇が何らかの形でユダヤ教あるいは
キリスト教を日本にもたらしたとも受け取れるではないか。
真実であれば、天地がひっくり返るような大変な事態だ。

天皇は日本を征服した騎馬民族
  (原始基督教徒)だった?  

ところで、三笠宮殿下が1954年に提唱され、
初代会長を務められた「日本オリエント学会」という
学術団体がある。そして後に会長となった人物には、
「騎馬民族日本征服説」で知られる江上波夫氏(故人)がいる。

三笠宮殿下と江上氏は非常に親しい関係にあったようだが、
そもそも江上氏のような学説を唱える人物は、
皇室にとって好ましくない存在であるはずだ。
なにしろ騎馬民族日本征服説によれば、
万世一系とされる天皇家のルーツが実は日本にはなく、
東北アジアの騎馬民族が4世紀に日本を征服して
天皇となったというのだ。  

その江上氏だが、東大時代には景教(中国のキリスト教、
ネストリウス派)の研究で世界的権威である
佐伯好郎(よしろう)氏に師事していた。

佐伯氏の学説によると、景教は古代日本にも伝わっていたといい、
それをもたらしたのが景教徒であった古代豪族の秦氏だという。
その秦氏が、日本の神社にキリスト教的要素を取り込んだ
というのが、いわゆる日ユ同祖論者の多くが語るところだ。

佐伯氏の弟子だった江上氏は、この景教渡来説を日常的に
佐伯氏から聞かされていただろうし、その説に多少なりとも
影響を受けていたかもしれない。  

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それによると、ある時ジョセフ氏(ジュニア)は、キリスト教が
定説よりも早く日本に入っていたとする原稿を提出したが、
出版社の編集長から「歴史的根拠がないため
受け入れられない」と言われた。

しかし、ジョセフ氏がその説は正しいのだと執拗に
食い下がるため、編集長は大学時代の恩師である
江上氏に電話で聞いてみることにした。

すると江上氏は、「ケンの考えは、私の考えとは若干の
違いがありますけれど、否定はできません。
また、もう一つケンに伝えてください。
二世紀に日本に入ってきた基督教は景教じゃなくて、
原始基督教が直接入って来たものです」と答えたという。

もっとも江上氏は、公の場では一切そのような
発言をしなかった。
しかしオフレコの場では、上記のような持論を
語っていたのだ。
察するところ、江上氏は師である佐伯氏の学説である
景教徒渡来説を認めていたことになる。

晩年の佐伯氏は、(古代日本に景教をもたらしたのが)
景教徒でなく原始基督教徒だったと訂正したが、
その点も江上氏と同一だ。そうなると、

江上氏が説いた騎馬民族日本征服説も
(実はそこまで公表しなかっただけで)“原始基督教徒としての
騎馬民族”が前提にあったのではないだろうか。  

果たして、日本オリエント学会などでつながる三笠宮殿下と
江上波夫氏の思想的共通点は「古代イスラエル」
だったのだろうか?

だが、三笠宮殿下の薨去とともに、一説は叶わぬ
夢となってしまった。
いずれにしても、八咫鏡の噂は、オリエント史学者である
皇族までもが真剣に調べようとしていた経緯があり、
日ユ同祖論が必ずしも怪しい言説とは
限らないと言えるだろう。 ・・・

Author :百瀬直也(ももせ・なおや)
Twitter:@noya_momose


歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、   
   人生、絵模様、万華鏡…

「サヨナラ模様」

震えているのは 寒いからじゃないの解って
あなたから吹いて来る 冷たい風のせいなの
白い壁にはりついた 冬枯れ蔦の ひび割れ模様
心の中にひろがって 言葉さがせない




こうして、こうすりゃ、こうなるものと、知りつつ、
          こうして、こうなった
 
 
B27
 
 
 
 

 
 

P R
 
  入れてもらえば 気持ちは良いが、
  どこか気兼ねな もらい風呂
 
B216
 
お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。
 

2016年11月13日 (日)

チャンネル・掲示板・許されぬ過ち・・ 悲しい実話「償い」

チャンネル・掲示板

信じれば真実、疑えば妄想……

幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない



B11



「主 文 被告人両名を懲役3年以上5年以下に処する。」



許されぬ過ち・・
悲しい実話に基づいたさだまさしの「償い」





東京都の某都市線において、4人の少年が40代銀行員の
男性に対し車内で足が当たったと口論の末、
三軒茶屋駅のホームで4人がかりで暴行を加え
くも膜下出血で死亡させるいう事件がありました。

東京地裁において判決公判が行われ、
主犯格少年2人に対して、懲役3 - 5年の不定期実刑が
下されました。
裁判中も「深くお詫びします」と言いながらも
「酔っぱらって絡んできた」等の過剰防衛を訴えたりと
少年達の真に反省しているのか疑問を抱く態度に、
裁判長は判決を述べた後、異例ともいえる言葉を
少年達にかけました。

「あなた達は、さだまさし氏の『償い』という歌を知っていますか?」
「歌を知らなくても、歌詞だけは読みなさい。
読めば、あなた達の言葉が何故心に響かなかったのか、
分かるでしょう」という内容だったそうです。 ・・・


さだまさしさんの「償い」に隠された悲しい実話とは、

1982年のこと、
さだまさしさんの知人の女性の身に起こったことだそうです。

定年を迎えた夫と、静かに暮らしていこうとしていた矢先、
夫が車に跳ねられ死亡します。
目を開けない夫を目の当たりにし、途方もない
哀しみに打ちひしがれ、行き場のない憤りを内に秘めた
妻の足下に、土下座して謝罪する加害者の若い男性。

妻は泣きながら「人殺し!」と罵しったそうです。
加害者は床に跪き額を床に押し付けながらその言葉を聞き、
慚愧に堪えない思いを深くします。
そして・・・さだまさしさんの歌が生まれました。

加害男性は毎月、決まった日にせめてもの償いに
お金を送り続けます。そして、7年目に届いた一通の手紙・・・
「償い」の歌詞、さだまさしという人の優れた言葉の使い方が
胸に沁みます。

一瞬の気のゆるみ、判断ミスが取り返しのつかない事件を
引き起こしてしまいました。
車社会の今、他人事ではないこのお話。

そして、今回の裁判、人の命を奪った上に、
被害者の過失を声高に訴え続ける少年達に、裁判長は
人の命を奪ったことに対する誠実な謝罪こそ大切だと
この少年達に伝えたかったのではないでしょうか?

もし、自分の過失で人の命を奪ってしまったら、
この歌詞のようにこんなにも苦しく辛い人生を歩みながら、
遺された遺族に何ができるのでしょう?

歌詞に出てくる「ゆうちゃん」は罪の重さから逃げずに、
命と遺族に正面から向き合ったのではないでしょうか。
その想いを汲んだ遺族。・・・
あなたの考える償いとは何ですか?・・・

Author :パトリシア
http://spotlight-media.jp/
Twitter   https://twitter.com/pi567891017



歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…



ふられた気分で・・・

ふられた気分がわかるなら
 やさしい言葉はすてとくれ
ばかだわばかだとくり返し
 私をしかりつけて
ふられた気分がわかるなら
 あの娘のうわさはやめとくれ
悪きゃ悪いでそれよりも
 なお私はみじめになるばかり

お酒をついでおくれ となりさん
今日は何杯飲んでも飲んでも酔いきれない
今日は何杯飲んでも飲んでも涙がでる




 昨日という日は歴史、
 今日という日はプレゼント、
 明日という日はミステリー








時は絶えず流れ、今、微笑む花も、明日には枯れる




A3111




P R

入れてもらえば 気持ちは良いが、
どこか気兼ねな もらい風呂

B216

お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。


2016年11月12日 (土)

妄想劇場・番外編・切ないクリスマス

妄想劇場・番外編

信じれば真実、疑えば妄想……


1810111

B311

切ないクリスマス

時はバブル。 財布には、ざまぁみろってくらいに
銭が唸っていた。
お姉ちゃんたちのTバックに惜し気も無く 万札を入れては
豪遊していると、ふいにバーテンがお城のような形をした
巨大なケーキを僕のテーブルに持って来た。

「なんだいこりゃ?」
僕はその二段になったケーキを見ながら聞いた。
「今日はクリスマスイブじゃない」
ランジェリーのお姉ちゃんたちが 呆れた顔して
ウフフっと笑った。
「あ、そっか」とそこで初めて クリスマスだと気付いた
僕だったが、しかし元々クリスマスなんてものは
僕には関係なかった。

貧しい家庭に育った僕には クリスマスなんて嫌な
思い出しかなかった。
中学を卒業してすぐに少年院に入れられた僕には、
クリスマスなんてものはこっ恥ずかしいだけの
イベントでしか無く、 冗談じゃねぇよってな程度の
ダセぇ行事だった。

そんな二段の巨大ケーキは3万円もボッタくられたが、
結局、誰も一口も手を付けなかった。
放置されていたケーキは、そのうち生クリームが
ダラダラと溶け始め、 その白い生クリームに煙草の
灰が舞い、
そして誰かがグラスを倒して酒でベタベタにした。
「汚ねぇなぁ、もういいからあっち持ってけよ」
僕がそう言うと、バーテンはそそくさとケーキを
カウンターの奥へと持っていき、 そのまま
ポリバケツの中へボテッと捨てたのだった。

そんなランパブでしっかり銭を搾り取られた僕は、
大あくびを連発しながらマンションへと向かった。
さすがクリスマスだけあり深夜の歌舞伎町は元気だった。
そこらじゅうにサンタの格好をしたポン引きがウロつき、
泥酔した奴らが道端に転がっていた。

マンションへ帰る途中、コンビニに立ち寄った。
何気に週刊誌をパラパラと捲っていると、
不意に携帯電話が鳴り出した。 当時の携帯電話は
ティッシュの箱くらいに大きかった。
保証金を30万円も取られ、毎月のレンタル料も
2万円掛かる。
おまけにその通話料ときたらダイヤルQ2のように
高かった。
しかし、それでも僕達のようなチンピラには
携帯電話が必要だった。それを持っている事が、
当時のヤクザのステイタスだったのだ。

当時、珍しかった携帯がプルルルルルルっと鳴り出すと、
コンビニにいた客達は一斉に僕を見た。
僕は最高の優越感を味わいながら 「おうっ、俺だ」と
電話に出る。
客達は僕がそっちの筋だと気付くと 慌てて目を反らし、
耳だけをソッと僕に傾けていた。

するとそこに五才くらいの少女がトコトコとやって来た。
少女は僕の前で足を止めると、僕を見上げながら
「それなぁに?」と携帯を指差し言った。
時刻は既に深夜三時を回っていた。
眠らない街歌舞伎町といえど、この時間に
五才のガキというのは さすがに不釣合いだった。

僕は携帯をピッと切ると、少女に向かって
「何やってんだおめぇ」と聞いた。
少女は僕の顔を見上げながら 満面の笑みで微笑んだ。
ガラの悪い僕に、こんな爽やかな笑顔を向ける奴は
久しぶりだった。

「あのね、クリスマスのケーキ」 少女は
小さなエクボを浮かばせながら 嬉しそうに微笑むと、
「ね、父ちゃん!」と、 小さな足音をパタパタ鳴らしながら
コンビニの奥へと消えて行った。

そんな少女は、 この寒空だというのに靴下を
履いていなかった。
走り去って行く少女の小さな後ろ姿を僕は
「ふん」と笑いながら、 別にたいして読みたくもない
雑誌を3冊手にすると、 レジに向かって歩き始めた。
レジには水商売の女達が競うようにおでんを
買い漁っていた。 そんなおでんのダシがムンムンと漂う
カウンターの横にさっきの少女がいた。

少女はホカホカと湯気を上げながら取り出される
おでんを見つめては 「わあっ」と目を大きくしていた。
そんな少女の後にひとりのおっさんが ニコニコ
微笑みながら立っていた。

きっと少女の父ちゃんなのだろう、
男は、ホカホカのおでんが取り出される度に
「おいしそうだね」と少女の顔を覗き込んでいた。

すると少女が「まだ?」と父ちゃんに首を傾げた。
父ちゃんは時計をチラリと見ると 「もう少しだよ」と
優しい笑顔で微笑んだ。

水商売のババア達がレジを終えると、次は僕の番だった。
僕はおっさんに向かって「先に行けよ」と言ってやった。
するとおっさんは「いえ、お先にどうぞ」と
深々と頭を下げるだけで動こうとしない。

よく見ると、おっさんとガキは何も商品を持っていなかった。
なんだこいつら・・・と、不審に思いながら、
僕はレジ台の上に読みたくもない週刊誌をバサッと置いた。
ピッ・・・ピッ・・・レジから電子音が響いた。
そんな電子音と共に、背後から少女の声が聞こえて来た。

「父ちゃんまだぁ・・・」
「あと五分待ちなさい」 僕はソッとレジの奥の時計を見た。
時刻は3時25分だった。 5分後の3時30分にいったい
何があるのか、 僕は気になって仕方がなかった。

レジを終えた僕は、雑誌の入った袋を手に提げながら、
入口でぼんやりとガキとおっさんを見ていた。
ただジッと見ているのも変に思われると思い、
わざと携帯を耳にあてて電話するふりをしながら
2人を見ていた。

新たな水商売のババア達がやって来た。
キツい香水の香りとおでんの匂いが混ざり、
店内は独特な匂いに包まれていた。
時計の針はいよいよ 3時半になった。

父ちゃんが少女の耳元に「行こうか」と囁くと、
少女は目を輝かせながら「うん」と大きく頷いた。
「すみません・・・お願いします・・・」
父ちゃんは弱々しい笑顔を作りながら、レジの店員に
深々と頭を下げた。

レジ台に溢れたおでんの汁をせっせと拭いていた
店員が 背後の時計に振り向き、
「ああ・・・」と気の無い返事をした。
父ちゃんは娘に振り返りながら「待ってろよ」と笑った。
店員はおでんの汁を拭き終わると、
大きなプラスチックの箱を抱えレジから出て来た。

そのまま冷蔵コーナーへと行くと、そこに並んでいた
ケーキを鷲掴みにしてはプラスチックの箱に次々に入れ、
そして面倒臭そうに「はいよ」っと父ちゃんと娘の足下に
そのプラスチックの箱をそ~おっと置いた。

「うわぁ・・・」瞳をキラキラと輝かせながら少女が笑った。
「ひとつだけだよ」父ちゃんは少女の頭を撫でながら
嬉しそうに少女を見つめる。
「父ちゃんのは?」 少女は父ちゃんに首を傾げた。
「父ちゃんは大人だからいらないよ。
他の人達にも残しておいておかなくちゃね」
父ちゃんはそう言いながら再び 少女に向かって
微笑んだ。

その大きなプラスチックの箱に入ったケーキは、
紛れもなく賞味期限を過ぎたケーキだった。
僕の胸がギュッと縮んだ。
さっきランパブでポリバケツに捨てた 大きなケーキを
思い出し、胸を掻きむしられる思いがした。
プラスチックの箱を覗き込んでいた少女が イ
チゴの乗ったショートケーキを指差し「これ!」と叫んだ。

父ちゃんは背後の店員に「すみません・・・」と呟きながら、
そのショートケーキをソッと手に取った。
店員は知らん顔していた。
賞味期限切れの商品を持っていくのを、 店員は
あくまでも知らなかったという事にしなければならないらしく、
だから店員は知らん顔しているのだ。

ひとつのショートケーキを、 まるで宝物のように
大切に運ぶ父ちゃんと娘は、 2人してレジに向かって
一礼すると そのまま僕のいるドアに向かって歩いて来た。
僕は慌てて二人から目を反らした。
そしてブツブツと携帯に話し掛けながら、ソッと
通路を開けた。

すると突然、店員が2人に声を掛けた。
「これ・・・」そう呟く店員の手には、サンタクロースの
絵が プリントされた、小さな箱がぶら下がっていた。
少女は「サンタさんだ」と小さく飛び跳ねた。
父ちゃんは、今にも泣き出さんばかりに 「すみません」と
深く頭を下げながらそれを受け取った。

僕はそんな店員のイキな計らいに、素直に胸を打たれた。
2人が店の外に出ると、僕も携帯を耳にあてながら外に出た。
眠らない街のネオンが輝く夜空に、タンポポのような雪が
チラチラと舞っていた。
僕はこの2人に何かしてやりたいと焦った。

確か、財布の中にはまだ4、5万は残っているはずだった。
どうせ明日になれば、この財布の中にはまたあぶく銭が
ぎっしりと詰まるはずだ、 今、この見知らぬ親子に
はした金をくれてやったところで、 全然惜しくはない。 僕
は尻の財布に手をやりながら 2人にソッと近付いた。

何も言わずに父ちゃんのジャンパーのポケットに
銭を押し込んで逃げよう、とそう思ったのだ。
すると、いきなり父ちゃんが コンビニの横の路地から
ズルズルと自転車を引きずり出した。僕は慌てて
足を止めた。

ビニールシートが被せられた その自転車のカゴには、
大量の新聞がドサッと積まれていた。
サンタクロースの絵の付いた ケーキの箱を
まるで宝物のように抱きしめている娘を、
父ちゃんはそのまま自転車の荷台に乗せた。
父ちゃんは新聞配達員らしかった。
今から娘と2人して 新聞を配るのだろうか。
そう思っていると、自転車は走り出した。

結局、僕は父ちゃんに銭を渡せなかった。しかし、
ネオンがキラめく街を 嬉しそうに走り去って行く
自転車を見ていると、 あの父と娘は僕なんかよりも
ずっと幸せなんだろうなと思った。
そして、こんなうす汚ねぇ銭で、あの父と娘の幸せな
クリスマスを 汚さなくて良かったと
心底そう思った。

パラパラと舞い落ちる粉雪が 巨大看板のネオンに
照らされ赤く染まっていた。
荷台に跨がる少女は靴下を履いてなかった。
今でもあの時の少女の 真っ赤なくるぶしが頭から
離れない。

実に臭い話しなんですが、これは実話なんです。
決して『一杯のかけそば』をパクったわけではありません、
本当の話です。 僕はこの事があってから、
クリスマスにケーキを見ると 無性に切なくなるんです。
そしてこの時期に クリスマスソングを耳にする度に、
あの時の少女が一杯ケーキが 食べれてますようにって、
いつもそう願っています。 …

:Author :愚人
http://gujin0281.blog4.fc2.com/


歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…


「窓ガラス」

あの人の友だちが すまなそうに話す
あいつから見せられた 彼女というのが
つまらない女でと つらそうに話す
知ってるよと あたしは笑ってみせる そ

れよりも 雨雲が気にかかるふりで
あたしは窓のガラスで 涙とめる
ふられても ふられても 仕方ないけれど
そんなに嫌わなくて いいじゃないの




A71




 

 
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入れてもらえば 気持ちは良いが、
どこか気兼ねな もらい風呂

B216

お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。


2016年11月11日 (金)

漢の韓信-(149) 皇帝と楚王

信じれば真実、疑えば妄想……


昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー


メジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、
良いかな !!


アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい


Kansin

漢の韓信-(149) 皇帝と楚王

こうして韓信は誅罰されることになった。
「曹参や盧綰、そして張良がこの場にいれば、
こうはならなかったろうて」  
蕭何は灌嬰を前にそう言って嘆息した。
曹参は斉の宰相、盧綰は燕王としてそれぞれ不在で、
張良に至っては統一後、わずかな領地をもらっただけで
半分引退した形である。  

皇帝と同年同日に生まれた親友の盧綰がいれば、
皇帝の不安を和らげることができたかもしれない。  
韓信と長く戦場をともにしてきた曹参がこの場にいれば、
少なくとも議論は大勢に押されることなく、もっと
白熱したことだろう。

そうすれば皇帝の意志が変わることもあったかもしれないのだ。  
そして張良がいれば、陳平による詐略的な解決方法を
とることなく、もっと誠実で、武人の自尊心を尊重する案が
提出されたかもしれない。  

しかし、彼らはいずれも不在で、そのことが韓信の運命を
決定づける一因となったのである。
「張子房(張良)どのは留りゅう侯となり、まだ若くして
隠居生活をなされている、と聞きましたが……」  
灌嬰は蕭何に尋ねた。

「うむ。お上は張良の功労を高く評価しておられた。
それゆえ、彼には斉の土地、三万戸を封邑として
与えようとしたのだ。
これはとてつもなく広大な領地だ。……

つまりお上は韓信に代えて張良に斉を
治めさせたかったのだろう。
しかし、張良はこれを固辞し、わずかに留のみを
領地とするにとどめたのだ。
彼は病弱な男であったので、引続き国政に参加する
自信がなかったのかもしれないが……

実情は違うな。広大な領地を持ち、権勢を得ることで、
自分が韓信のように疑惑の目で見られることを
嫌ったに違いない」  
それを聞いた灌嬰は、突如涙をこぼした。
蕭何は驚き、逆に灌嬰に尋ねる。

「なにか知っているのか」
「いえ……」
「では、なぜ泣く」
「……かつて楚王は、私に語ったことがありました。
いわく、『自分は漢による天下統一がなったのち、
斉国は陛下に献上して、どこでもいいから
小さな土地をもらい、静かに余生を暮らすつもりだ』と……。

張子房どのの現在の隠遁生活は、
実は楚王が望んだものなのです! 
話を聞いた当時、私は楚王の気持ちが
よくわかりませんでした。……しかし、今に至り、
ようやくその意味がわかったのです」

「……そうか」  
蕭何は答えを返すことができなかった。
なんという皮肉な運命。韓信は張良に比べて
立ち回りが不器用だった、ということか。  
しかし、そんなひと言で片付けられるほど、
事態は簡単ではない。  

・・・無双の国士も、これまでか……。  
かつて蕭何は韓信を「国士無双」と評し、
劉邦にしきりに推挙した。  
自分のその行為が、結局は韓信を苦しめることに
なったのではないか。

蕭何は近ごろになって後悔を感じている。  
灌嬰の涙を見ることで、蕭何のその後悔はさらに
増幅していった。  

下邳の宮殿では、韓信が鍾離眛を招き、
余人を交えずに議論している。  
このとき韓信が鍾離眛を匿っていることを知っている者は
宮中には多い。しかし、それがいけないことだと
認識している人物は少なかったようである。  

はるか遠くの関中の地で、皇帝がそれを
問題視していることに気付いている者は、
ほとんどいない。もしかしたら気付いている者は、
当事者の二人だけだったかもしれなかった。

「眛……。唐突だが栽荘先生の前歴を知っているか。
その……淮陰に来る前の話を」  
韓信の問いに鍾離眛は首を振った。 「いや、知らぬ。
君は知っているのか?」  
興味をそそられて膝を乗り出した眛だったが、
目の前の韓信は浮かぬ顔である。

どうやら、栽荘先生を種に昔話に興じるつもりではないらしい。
「栽荘先生は、戦国時代の燕の遺臣で、
本名を鞠武というそうだ。
燕の太子であった丹の守り役であったらしい。
先生が死ぬ直前、私に話してくれた」

「ほう……。
太子丹といえば、始皇帝に刺客を送った人物だな。
それに失敗し、燕は秦によって滅ぼされた。
栽荘先生は国を失い、淮陰に逃れてきたというわけか……。
大人物だな。意外にも、というべきか、やはり、と言うべきか
「うむ。……ところで先生が言うには、私は太子丹に性格が
よく似ているそうだ。先生に言わせれば、
私などは生き方の不器用な若者、ということになるらしい。
太子丹も同じように不器用であった、とのことだ……

今になって思い返してみると、栽荘先生は私の性格を
よく見抜いていたよ。やはり、だてに年はくっていなかった、
と言わざるを得ない」
「ふむ……」  鍾離眛は、なぜ今韓信がそのようなことを
話しだしたのか考えた。  

韓信は今、自分の不器用さを実感している。と、いうことは
彼は今、なにかの問題に突き当たり、それをうまく
解決できずにいるに違いない。
「信……。言いたいことがあるのなら、率直に
言ってみたらどうなのだ」  
眛はそう言ってせき立ててみたが、
韓信の態度はまだはっきりしない。

「うむ。そのつもりだが……もう少し話させてくれ。
太子丹は、始皇帝を殺害しようと刺客である
荊軻を咸陽に送り、それに失敗したことが原因で
燕は滅亡するのだが……、

この事件は太子が秦からの亡命者である樊於期を
中途半端な義侠心を発揮して匿ったことに端を発している」
「……つまり、亡命者の樊於期が私であると言いたいのか。
君が私を匿ったのは、中途半端な、つまらない
義侠心がゆえだと」
「……よく、わからない。しかし、このままいけば、
そういうことになる。私は、つまるところ、
太子丹のような末路を迎えたくないのだ。
たとえ、性格が似ていたとしても」

「……言っている意味がよくわからないが」
「君が私のもとで今後どのような人生を
送るつもりなのかを知りたい。
君はこのまま死ぬまで隠れ続け、何ごとも成すことなく
一生を終えるつもりなのか」 「…………」

「それならそれで構わないのだが……。
だが、おそらく君にはそんなつもりはないだろう」
「ああ。その通りだ」
「では聞く。君の目的はなんだ?」
「再び世に出て、名を残すことだ」
「それでは答えになっていない。何をして
名を残すつもりなのかを聞きたいのだ」  

韓信の表情には、わずかながら不安が浮かんでいる。  
眛にはその理由がわかった。
もし、自分がいずれ漢を打倒するためにここに
潜伏しているのだ、などと言ったら……。
「私は、君を手助けするために、ここにいる。
君にはそれがわからないのか」
「なに? どういうことだ」

「私を公職につけよ。そうすれば、君の王権は強化される。
君と私が組めば……現在の君の不安定な立場を
解消することができるのだ。
私に兵を与えよ。君の兵たちの鉾先は今民衆に
向けられているが、それは間違っている。
民衆を威圧しても権力は強化されず、それはただ
失われるばかりだ。

権勢あるものに対して軍威を見せつけることこそ、
国の安定につながる。それは結果的に
民衆を守ることにつながるのだ」  ・・・

つづく

Author :紀之沢直樹 (野沢直樹)
http://kinozawanaosi.com
http://mypage.syosetu.com/273441/


愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る

B111


歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、 
  人生、絵模様、万華鏡…


『 いにしえワルツ 』




時は絶えず流れ、 今、微笑む花も、明日には枯れる



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2016年11月10日 (木)

歴史・履歴への訪問証

歴史・履歴への訪問証

昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー



B12

鬼が餅つきゃ、閻魔が捏ねる、そばで地蔵が食べたがる


A51

むかしむかし、あるところに、一匹のモグラの大将がいました。
「いくら世界広しといえども、モグラより穴掘りの
上手な奴はおらんだろう。  
だから世界で、モグラが一番えらいんだ。・・・
だが、さすがのおれたちも、土の上に出るとおてんとうさまが
ギラギラと照らすので、背中が熱くなって困る。  
どうにか、ならないものか」  


B112

するとそこへ物知りのモグラがやってきて、
大将のモグラにこう言ったのです。
「それならハギの木の枝を切って、
弓をこしらえてはどうでしょうか?  
ハギの弓は良く飛びますから、その弓で
おてんとうさまを射ち落としましょう」

「なるほど。よし、そうしよう」  
そこでモグラの大将はハギの枝で弓矢を作ると、
空に浮かんでいるおてんとうさまに狙いをつけました。
「おてんとうさま、覚悟しろ!」  ビューーーン!  

こうして放たれた矢は、見事おてんとうさまに命中しました。  
そしておてんとうさまの一部が欠けて、辺りが暗くなったのです。  
これが、日食の始まりだと言われています。  

さて、おてんとうさまが欠けて暗くなったので、
モグラの大将は仲間のモグラたちを引き連れて、
大いばりで地上に出ました。
「ああ、いい気持ちだな。風というものが、
こんなに気持ちいいとは知らなかった。

なにしろ土の中では、風はふかんからな」  
モグラたちがのんびりしていると、いつの間にか
おてんとうさまの傷が治って、おてんとうさまがいつもよりも
ずっと強く輝いたのです。

「わあ! まぶしい!」  それを見たモグラたちはあわてて
土の中にもぐりましたが、その時におてんとうさまの光で
目をつぶされてしまいました。  
こうしてモグラは、目が見えなくなったのです。・・・

おしまい


B2231

むかしむかし、平安のころ、南片辺(みなみかたべえ)の
鹿野浦(かのうら)の七回り坂(ななまわりざか)の下に、
佐渡二郎(さどじろう)という人買いが住んでいました。  

むかしは日本でも、お金で人を売り買いしていたのです。  
ある日、この人買いが越後(えちご)の直江津(なおえつ)から、
美しい奥方を連れてきました。  
この奥方は岩城半官正氏(いわきはんかんただうじ)という人の
奥方で、夫が筑紫(つくし)へ流されてしまい、それで
安寿(あんじゅ)と対王丸(ずしおうまる)という二人の子どもを
連れて直江津までたどりついたのです。  

その直江津の港から、舟旅で筑紫へ行こうとしたところ、
その港で悪い人買いにだまされて二人の子どもとは
別れ別れにされてしまいました。  
奥方は佐渡二郎に買われ、はるばる鹿野浦まで
連れてこられたのでした。  

佐渡二郎は奥方を、 「それ、飯をたけ」
「それ、薪(まき)をもってこい」
「それ、田の草を取れ」 と、朝から晩までこき使い、
子どもたちの事を思って涙している奥方を見ては
ひどく怒るのです。  
そして無理をした奥方は目の病にかかり、
盲目になってしまいました。
「目をつぶすとは、この役立たずが。だが、遊ばせはせんぞ」  

佐渡の二郎は目の見えない奥方に、畑の鳥追いを命じました。  
奥方は、毎日畑に立って、
♪安寿(あんじゅ)恋しや、ほうやれほ
♪対玉(ずしおう)恋しや、ほうやれほ と、
歌いながら鳥を追うのです。  

そんな奥方を、村の子どもまでもがバカにして、
「ほら、安寿姫が、そこにやってきたぞ」
「おらは、対王だよ。ほれ、ここまできてみろや」  
などと言っては、からかったのです。  

奥方はそんな事があるたびに、じっと無念の涙を
こらえていました。
それから十数年が過ぎ、母を探しに安寿姫が
下男(げなん)を供に鹿野浦(からのう)へやってきたのです。  

盲目になって、畑で烏を追っている母を見つけた安寿姫は、
「母上、安寿でございます」 と、目に涙をためてかけ寄りました。
しかし奥方は、 「なに安寿だと。またこの悪童(あくどう)どもが、
もういいかげんにおしっ」 と、夢中で杖(つえ)を振りまわして、
なんと本物の安寿姫を殺してしまったのです。  

そのあと下男から話しを聞いて、自分が殺したのは
本物の安寿姫だったと知ったのです。
「ああ、わたしは、何ていう事を・・・」  
奥方は安寿姫のなきがらにすがって、泣きくずれました。  

それから奥方は下男と一緒に、安寿姫を中の川の川上に
うめたのです。  その時、目の見えない奥方の目から
涙があふれて、それが川に流れ込みました。  

その日から中の川は、毒の川になってしまいました。  
やがて佐渡の次郎の子孫は死に絶え、
その屋敷のあった場所は草も生えない荒れ地へと
かわったということです。

おしまい



A91



P R

カビの生えない・きれいなお風呂

お風呂物語

入れてもらえば 気持ちは良いが、
 どこか気兼ねな もらい風呂


Set1
『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。

2016年11月 9日 (水)

妄想劇場・・(1曲の出会い)言葉のチカラ…

妄想劇場・・(1曲の出会い)言葉のチカラ…

時代を超えて愛されている歌 「孤独がつらく感じるとき」
「愛することがよくわからなくなったとき」
いつも、勇気と力を与えてくれた…

作詞家は、1曲の詞を書くために、言葉を巧みに操り、
その時代を象徴する言葉を探した。
その言葉は多くの老若男女の心を掴んで離さず、
その歌はヒットした。


A2211


「とんぼ」作詞・作曲:長渕剛

東京への憧れと挫折を歌った名曲 
主演ドラマと共に大ヒット
俳優として主演した同名ドラマの主題歌

ヤクザを題材としたドラマであり、過激な暴力シーンなど
ゴールデンタイムにはそぐわない内容だったが、
当時長渕剛が人気絶頂だったこともあり、
平均約18%と高視聴率を記録した。




1978年にデビューした長渕剛。
深夜ラジオ「オールナイトニッポン」のパーソナリティーを
務めたことで人気が全国区に広がる中、
80年に最初のヒット曲「順子」が生まれ、
「GOOD-BYE青春」などをヒットさせていく。

当初は澄んだ声で歌うフォークシンガーだったが、
やがて声質が太くしゃがれたものに変化すると共に、
サウンドも重厚なロック寄りのスタイルに。
歌詞も男性らしさを前面に出したメッセージ性の強いものへと変遷し、
シンガー・ソングライターとしてカリスマ的な人気を集めていった。

併行してテレビドラマ「親子ゲーム」「親子ジグザグ」などで
主演を務め、俳優としての活動にも力を入れていく。

1988年。4月に東京ドームでBOOWYが解散コンサートを、
さらに美空ひばりが伝説の「不死鳥コンサート」を行ったこの年、
10月からTBS系でスタートした主演ドラマが『とんぼ』である。

長渕剛が演じたのは、真っすぐに生きるヤクザ・小川英二。
ハードな暴力描写も多く、その迫真の演技のせいで長渕に対して
怖い印象を持った人も少なくなかったが、
礼儀や思いやりを欠いた人々を相手に、ひるむことなく
本音で物を言う英二の姿に、視聴者は胸のすく思いだった。

最終回、まだ都庁の建っていない西新宿高層ビル街の路上で
刺された英二が、おびただしい量の血を流しながらも
鬼の形相で立ち上がり、歩き続ける衝撃のラストシーンは有名だ。

「とんぼ」は、そのドラマの主題歌。
強く憧れて東京にやって来た若者が、夢と現実の間で挫折し、
都会の冷たい風に耐えながら、それでもなお
幸せをつかもうとする思いが描かれている。

B13


「ザ・ベストテン」昭和を代表する伝説の音楽番組

「ザ・ベストテン」では11月24日に第1位を記録。
翌週の12月1日にも1位となり、長渕がスタジオに登場した。
当時32歳。それまでに「順子」「GOOD-BYE青春」「乾杯」などで
何度か出演しているが、彼がミラーゲートから出て来ると、
場の空気が一変。ソファー席に座っていた光GENJIたちも
緊張気味に。

ドラマ『とんぼ』は前週に最終回を迎えており、
司会の松下賢次アナから感想を求められた長渕は
「最近いろんなテレビドラマがあるが、大衆を
なめたようなものも多く、それでいいんだろうか、
もっと作り手側が真剣であるべきなんじゃないか、
という憤りがありまして。・・・

今回の『とんぼ』は、正攻法で一切の妥協をせずにできたという
確信を持っています」と語った。
黒いジャンパーを着て少しヒゲの伸びた風貌は、まさに
ドラマの中の英二そのもの。

多数の白いライトが照らすのみのシンプルなステージで、
黒いギターを持ち、貫禄たっぷりに歌った。
豪華なセットがこの番組の名物だが、長渕はスタッフに対して
「余計なセットはいらない」と明言していたという。
「とんぼ」は、年をまたいで1月12日まで7週連続で
第1位をキープし、15週ランクインした。

歌の中のストーリーやほんの数秒のワンフレーズが、
何者 にも負けないエネルギーで、私たちの心に訴えかけ、
感情 を揺さぶります。

Author :「歌ネット」
http://www.uta-net.com/

歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、
人生、絵模様、万華鏡…

素顔

夜の顔を鏡で映せば なんて悲しい顔なの
強がりばかりで 素直になれない
なんて悲しい顔なの
こんな私のどこが好きなの
なぜに そんなにやさしいの ・・・・





時は絶えず流れ、今、微笑む花も、明日には枯れる




P R

カビの生えない・きれいなお風呂

お風呂物語

Set1

2016年11月 7日 (月)

妄想劇場一考編 『時代の核心・時の深層』

妄想劇場一考編 

信じれば真実、疑えば妄想……



Bb11


『時代の核心・時の深層』  

過去に起きていることから、
  浮かび上がってくる真実もある。・・・・

東芝と日立、なぜ両巨艦の明暗は分かれたか
世間が決める「成功」にとらわれるな

不正会計問題で窮地に陥ってしまった東芝と、
かつての不振から復活した日立製作所の「明暗」を考える。

多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない  
人間は、見たい現実を見たい生き物です。
これは、まさにカエサルの言うとおりです。
人間の本性。放っておいたら、見たいものしか見なくなる。
だから、そう思って経営者は経営をしないといけないし、
社員は仕事をしないといけない。みんな変わりたくないのです。

しかし、長きにわたってうまくいく人は、自分を変えていくのです。  
見たい現実を見るというのは、もっと正確にいうと、
見たい現実に従ってしか人間は行動できない、ということです。
だから、世の中の変化についていくというのは、
簡単ではないのです。
ましてや組織になると、もっと不器用になる。  

会社には、入ったばかりの新卒もいます。
ぶら下がって食べている人もいる。
そこで「もうこれからはいっさい、モノは作りません。
ファブレスカンパニーになります」と言った瞬間に、
「去年入った生産分野の若手社員はどうするんだ。
仕事がなくなる」などということになる。  

それで「とりあえず続けるしかないな」となってしまう。
この“とりあえず”を10年、20年放置すると危ない。
なぜなら、世の中は変わっているから。
決断を先送りにしたばかりに、もっとメガな悲劇が
起きかねないのです。

重要なのは、リーダーの先見性です。
放っておいたら、20年後に総玉砕してしまいかねないのが、
現代なのです。
このまま行ったら危ないと判断できるかどうか。  
もちろん難しさは別のところにもあります。
あまり言いすぎるとリーダー自身が追い落とされて
しまいかねないからです。抵抗勢力に滅ぼされてしまう。

ただ、そうなったとしても結局、20年後に待っているのは悲劇です。  
アメリカでいえば、GEなどは会社をドラスチックに変えていった
象徴的な例でしょう。
ジャック・ウェルチは、ほんわかした共同体の会社のモデルを
破壊して、製造業から金融にまで拡げましたが、
今度はジェフ・イメルトが製造業に回帰させようとしている。
今もどんどん変えている。それで生き残っている。  

会社にストレスをかけてでも、コアコンピタンスが通用する
フィールドを移していかなければ、今度は共同体が
滅んでしまうからです。  

日本なら、日立製作所が好例でしょう。
一度、死の淵を見てしまった。
リストラをやらなければいけなくなった。おカネがないから、
恥を忍んで世界中からエクイティファイナンスをして、
そのおカネでリストラをやった。  

おカネがなくて、リストラができなかったら、
かつて産業再生機構が手がけたカネボウと同じ運命だったと
思います。おカネがなければ、リストラはできないのです。
あるいは東芝のように、最も儲かっている事業を
売らなければいけなかった。

カネボウだって、あの時は化粧品を売り払って、
リストラ費用をつくろうとしたのです。  
その意味では、東芝は心配です。
見事にカネボウが取った道を歩んでいる。
残ったのは、半導体と原子力。
いったい、どうするつもりなのか。

メタ認知的視点を持てるか否か  東芝と日立は
電機メーカーとしてよく比較されましたが、
リーマンショックの後に、ポイント・オブ・ノー・リターンがあったと
私は見ています。

日立は思い切ってリストラに挑んだ。これは、川村隆さんという
リーダーが偉大でした。
あれだけの巨大な硬直した巨艦を思い切り舵を切って動かした。  
実は彼は一度、子会社に出ていました。
言ってみれば、一度“上がった人”だった。

それだけに、周囲の期待は薄かった。
しかし、一度上がって飛ばされて戻って来た人のほうが、
実は思い切ったことをやるものです。

伊藤忠商事の丹羽宇一郎さんやコマツの坂根正弘さんもそうでした。
子会社に出ていた人なのです。  
一度、外に出ているので、客観的になっている。
メタ認知を持っているのです。

ずっと中にいると、そうはいかない。
メタ認知など持つと、共同体の中では生きていけないからです。
共同体というのは、「メタな視点から自分の会社を見る」などという
視点を否定するからです。むしろ、それを排除しようとする。

王様は裸だと言わない約束でやっているのです。
ところが、一度、外に出た人はそうではない。
否応なしに、メタ認知を持つに至る。
その視点を活かして、日立も伊藤忠も大きな改革が
行われたのです。  

一方の東芝はどうだったか。当時の社長は、
経団連の名誉職の話もあったので、会社を大赤字にできない
状況があった。会社を建て直さなければいけない状況なのに、
改革をフニャフニャで終わらせてしまった。  
社内闘争がメディアで報じられましたが、
出世競争のようなものが生きがいになっているのではないか、と
想像せざるを得ません。

会社の中で上がると、次は経団連。さらなる名誉職を求める。  
実際、東芝の歴代トップはみな、立派な名誉職についています。
それが文化なのかもしれません。
権力を手に入れるために闘争するのが、東芝のムラ社会共同体の
カルチャーです。そして、煩悩の強い人が偉くなっていく。

権力闘争している間、会社の建て直しは行われませんでした。
昔ながらの共同体モデルがワークするような経営環境であれば、
何も問題はありません。みんな楽しくやっている。
出世競争だってすればいい。変えろ、などと言う必要もない。  

問題は、周囲は変化しているということです。
気づけば、戦国時代が来ていたのです。なのに、
まったくモードを切り替えることができなかった。
「自分の尺度」を持っていれば  これは他人事ではありません。
組織としても、個人としても、です。
なぜなら、日本人の多くが「自分の尺度」を持っていないから。
これがないから、権力にしがみつこうとする。
出世にしがみつき、会社にしがみつこうとする。  

実際、会社に入る前から、多くの日本人は“出世競争”をやっています。
小学校の頃から受験があり、偏差値の高い学校に行こうとする。
そして就職となれば、今度は“就職偏差値”の高いところに行こうとする。  
入社したら課長には早くなりたい。部長にもなりたい……。
そうやって、ある意味で極めて同質的なゲームを
小学校、中学校、高校くらいからずっとやっているのが、
多くの日本人なのです。
この出世競争だけが尺度になってしまっているのです。  

よくよく考えなければいけないのは、このゲームを最後まで
まっとうできるのは、ほんのわずかしかいない、ということです。
そのゲームをやることが、人生を気分のいいものにしているか、
今こそ自分自身で問いかけなければいけない。  
正直な自分として、何をもって成功の尺度と考えるか。

実は歳を経ていくと、これを試される局面が次々に出てきます。
この時、多くの人は混乱する。なぜなら、
ずっと自分ではない仮面をかぶってきたからです。  
自分は何者か、というのはまさに哲学ですが、
日本では、自分は何者なのか、という問いをできるだけしないよう
教育をしてきている。

常に、誰かが考えた正解があり、その正解を当てに行く教育です。
これでは、いつまでも自分の世界を確立できない。  
そして「サラリーマン」という仮面のゲームの世界に否応なしに
入っていくことになります。

「仮面」ゲームをやっているからこそ、『沈まぬ太陽』や
『半沢直樹』的なドラマが盛り上がるのです。
冷静に考えれば実にくだらない、生身のリアリティもない、
単なる出世ごっこ、派閥争いごっこです。
そのゲームのために体を壊したり、家庭を壊したり、
しまいには命を落としたりする人は、今日現在も後を絶たない。  

運良く出世競争に勝っても、いつかは会社から離れます。
そうなると単なる冴えない初老のオッサンです。
内館牧子さんのベストセラーに描かれた『終わった人』として過ごす
何十年もの時間が待っている。
みんな一緒の価値観など存在しない  そこまで来て多くの人が気づく。

「いったい自分は何のためにこんなに頑張ってきたのか」と。
必要なことは、仮面を脱ぎ捨て、建前を捨て、
自分の尺度を見つけることです。
日本はすっかり豊かになって、みんな一緒の価値観など
存在しないのです。まだ心が柔らかなうちから、
自分はなんなのか、自分にとって幸福感とはなんなのか、
考える力を養わないといけない。  

どんな時にうれしいと思ったり、どんなときに居心地が
悪かったりするのか、
どんな時に達成感が得られるのか、そういうことをしっかり
理解する。
趣味の世界に逃げることなく、自分のメインの人生、
職業人としての人生を真正面から見つめる。
どういう仕事をしている状態を幸福と感じるか、
今のままで本当にいいのか、真剣に考える。  

社会的な成功、世間が決めた成功にまったく関心が
ない人がいます。自分の尺度がちゃんとある人です。
一方で、世間様からより一層「立派だね」と認められることに
感応しそうな人たちもまだまだいる。だから東芝の事件は起きた。  

日立の大改革を成功させた川村隆さんには、
東芝の権力者が渇望していた某財界ポストを頼まれたのに
断ったといううわさがあります。
「自分の人生にはもっと大事なことがある」と。
社内では尊敬され、慕われていたと思いますが、
相談役もスパッと辞められました。

真相は定かではありませんが、本当だとすると
めちゃくちゃおしゃれです。  
日本も明らかにムードが変わってきています。
煩悩をダサいと思う人たちが増えてきている。
世代が下れば下るほど、新しいムードは強くなっています。
早く自分なりの尺度をつくっておくことです。
それができれば、人生はまったく違うものになると思います。

Author :上阪徹/ブックライター)
参考:冨山和彦(経営共創基盤CEO)
http://www.igpi.co.jp/


B11


あきらめないで




昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント  
明日という日はミステリ



 

P R
 
 
カビの生えない・きれいなお風呂
 

 
お風呂物語
 
 
入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂
 
Set1_2  

  『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。
   
 

2016年11月 6日 (日)

妄想劇場一考編 『時代の核心・時の深層』

妄想劇場一考編 

信じれば真実、疑えば妄想……

時は絶えず流れ、今、微笑む花も、明日には枯れる


A13


目的地にまっすぐ行く 道はない,、
だけど、 いつも目の前には 道がある


『時代の核心・時の深層』  

過去に起きていることから、
  浮かび上がってくる真実もある。・・・・



ヨーロッパ連合の母 クーデンホーフカレルギー光子

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『日本人としての誇りを失わないこと』
(渡欧の際、皇后さまより賜ったお言葉)

日本人でただ1人、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と
会話した人物でもある

日本が明治維新の頃、青山みつは、東京府牛込で
骨董品屋を営む 青山家に生まれた。
東京にある青山通りは、みつの実家に由来します。

明治25年、当時のオーストリア=ハンガリー帝国の
駐日大使として東京に赴任してきた
ハインリヒ・クーデンホーフ伯爵に見初められ、
大使公邸に小間使いとして奉公する。

クーデンホーフ伯爵が騎馬で移動中に落馬したのを、
みつが手当てしたのがなれ初めだといわれる
1893年、周囲が反対する中、青山みつはクーデンホーフ伯爵と
結婚する。
長男・ハンス光太郎、 次男・リヒャルト栄次郎の
2人の子を東京でもうけた。

書類が残る正式な国際結婚の第一号と言われている。
1896年に光子は、夫の祖国である
オーストリア=ハンガリー帝国へとわたる。

その際には、明治天皇の皇后美子から
「異国にいても日本人の誇りを忘れないでください」と
激励された。

クーデンホーフ家はボヘミアとハンガリーに跨る
広大な領地をもつ伯爵家であり、 クーデンホーフ一族は
極東アジアからきた東洋人で仏教徒でもあった光子を
奇異の目で見た。

ハインリヒは「光子をヨーロッパ人と同等の
扱いをしない者とは決闘をする」と言い、光子の
庇護に努めた。
その後、三男ゲオルフほか4人、合わせて
7人の子をもうける。

18ヶ国語を理解し、特に哲学に関しては学者並みの
知識を持つ教養豊かな夫と、
尋常小学校を卒業した程度の学力しかない妻とでは
教養のレベルの差がありすぎ、 子供たちのこと以外に
夫婦でつながりを持てるものは少なかったが、
光子も渡欧後に自分の無学を恥じて、
歴史・地理・数学・語学 (フランス語・ドイツ語)
・礼儀作法などを家庭教師を付けて猛勉強した。

1906年5月14日にはハインリヒが心臓発作を起こし
急死した。
ハインリヒの遺産は全て光子が相続するように
遺言がなされていたものの、
一族が財産を巡り訴訟を起こすが、光子はこれに
勝訴する。
以後、夫の遺産を相続し、 伯爵夫人として家政を
取り仕切った。
そして子供たちの教育のため、財産を処分し
ウィーンへ居を移す。   

1914年に始まる第一次世界大戦では、
オーストリア=ハンガリー帝国と日本は
敵国として戦うことになり、 光子への差別は
強まった。

また、ハンスとゲオルフの2人の息子が兵士として
従軍したり、 光子自身も赤十字社を通しての
食糧供出に奔走するなど多難な時期を送る。

1918年に戦争が終わると、次男リヒャルトが
舞台女優イダ・ローラントと結婚すると言い出し、
光子と対立する。

リヒャルトは家を飛び出し駆け落ちをした。
その後、 この次男は「汎ヨーロッパ主義」を著し、
一躍ヨーロッパ論壇の寵児となっていくのでした。

Mituko1


日本人としての誇りを忘れない

大正3(1914)年、第一次世界大戦が始まります。
「オーストリア=ハンガリー帝国」と「日本」という二つの祖国が、
互いに敵国として戦うことになってしまったのです。
光子の長男と三男も、兵士として戦場に出ていきました。
にもかかわらず、「敵国」出身の光子には人々から
「黄色い猿め!」との罵声がとびました。

他の日本人はみな、あわてて別の国に行ってしまいました。
しかし光子は、歯をくいしばって耐えたのです。
光子は、 人々のヒステリックな敵対心を自分の
振る舞いでやわらげ、消して行きました。

彼女には、人々との共生の心、 共栄の心が
根づいていたのです。それは、
もとより日本にいたときに培われたものでした。

光子は三人の娘とともに赤十字に奉仕に出ました。
敵味方にかかわらず、苦しむ人々のために働いたのです。
前線の兵士が飢えていると聞くと、城の庭に畑をつくり、
大量のジャガイモを収穫。それを袋詰めにして
列車に積み込み、 奪われないように自分が「男装」して
見張りながら、無事、最前線に届けました。

光子のジャガイモ作りは終戦まで続けられ、
兵士だけでなく市民も救ったのです。
こうしたことを通し、人々が光子を見る眼は
変わっていきました。

こうしてミツコは、人種差別の偏見に打ち勝ち、
なおかつ日本人として立派な行動をつづけたことで、
多くの信用を手に入れたのでした。

ミツコは、子供たちに日本式の厳しい躾と教育をほどこし、
全員が、それぞれ立派な大人に成長します。
なかでも東京で生まれた次男のリヒャルト・栄次郎・
クーデンホーフ・カレルギー伯爵は、その著作で
「欧州統合」を主張し、 いまでいう“EU”の概念を打ち立てた
人物です。

ヨーロッパの28の民主主義国家が、アメリカのような
一つの連邦国家としてまとまるべきだ、という大胆な提案です。
リヒャルトの理想に、人々は、分析を特徴とする西洋思想に対して、
総合・統一という東洋的考え方を感じ取ったそうです。

そしてその著者の母は日本人であるという驚くべき事実が
伝えられてくると、さまざまな新聞がミツコに新しい名称を贈りました。
「欧州連合案の母」っと・・・ リヒャルトの生涯をかけたた理想と運動は、
その後もヨーロッパの政治思想に大きな影響を与え、

第2次大戦後のヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)、
ヨーロッパ経済共同体(EEC)、そして現在、ヨーロッパには、
ヨーロッパ連合(EU)が誕生しました。

リヒャルトは母についてこう述べています。
彼女の生涯を決定した要素は3つの理想、すなわち、
『名誉・義務・美しさ』であったと。

ミツコは自分に課された運命を、最初から終わりまで、
誇りをもって、品位を保ちつつ、かつ優しい心で甘受していました。
名誉と義務と美しさ。この3つは日本人の日本的な日本人で
あるがゆえの美徳です。

そしてそういう美徳は、 私たちの父祖祖先が、
血を吐くような努力の中で築き上げてきた美徳です。
ミツコの半生を通して、日本の精神を、
もっと大切にしていかなければなりません ・・・

Author :幡谷哲太郎
http://kakunist.jimdo.com/

諦めましたよ 、どう諦めた、諦めきれぬと諦めた


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ネコからの発信メッセージ。



昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント  
明日という日はミステリー
 


 

 

P R    
   
   
カビの生えない・きれいなお風呂    
   
 
お風呂物語      
   
 
入れてもらえば気持ちは良いが、    
  どこか気兼ねなもらい風呂
   
Diy

『お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。
 
 

2016年11月 4日 (金)

妄想劇場・特別編 (知られざる深層)

妄想劇場・特別編

昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリ


雨の降るほど 噂はあれど ただの一度も 濡れはせぬ
文字で口説いて 気持ちで惚れて 姿に見とれて 身に溺れ


A11


ニュースの深層・知られざるヒストリー

ひまわりが咲く日:児童虐待を追う 


Himawari


昨年2月の母親の裁判。


「マー、マー」――。あどけない可愛い声が法廷に響いた。
生前の智樹君を撮ったビデオだった。
傍聴席は音声しか聞こえない。それでも、
よちよち歩きで母親に甘える姿が目に浮かぶ。
映像を見た女性裁判員は、涙ぐんでいた。・・・

「子供がぐったりしている」。同年3月3日、県中央
こども家庭センターに、母親から電話があった。
連絡を受けた桜井市職員が自宅に駆けつけると、
母親は「どうしよう、えらいことになった」と泣き叫び、
すがりついてきた。

布団に寝かされた智樹君は顔面そうはくで、ハァハァと
かすかな息づかいが聞こえた。
救急搬送されたが、栄養失調でその日に死亡した。
胃や腸にはほとんど何も残っていなかった。


「人として許せない」 当時の捜査員は語る
「『かたきをとってやるからな』という思いだった」。
当時の県警捜査1課の捜査員は振り返る。
「どれほどおなかがすいていたんだろう。
児童虐待は犯罪の中でも最も悲惨。
警察官の前に、親として、人として許せない」


「頭が良く、樹木のようなおおらかな子に」。
そんな願いを込めて名前をつけた両親。
それぞれ11年2月と3月、保護責任者遺棄致死罪で
実刑判決を受け、今も服役している。

ささいなきっかけで一変した幸せな日々

04年7月、帝王切開の難産で生まれた。初めて抱いた時、
母親はとても喜んだ。近所のスーパーでばったり会った
同級生に「私に似ている?主人に似ている?」と
うれしそうに話していた。
妹もでき6畳のワンルームマンションで両親と4人暮らし。
ただ、楽しい時間は短かった。

ささいなことだった。妹の腕を誤って踏んだ。
両親は07年1月、室内にある高さ約190センチのロフトで
一人だけ別に生活させた。
09年4月ごろには、ケチャップをまき散らしたとして、
トイレに閉じ込め、食事は1日におにぎりと水だけにと
エスカレート。

孫に会いたいと願う祖母の面会も断り続けた。
10年2月ごろには、衰弱のため全く食事ができなくなった。
風呂に入れてもらえず、服の着替えもさせてもらうことがなかった。

母親のパート店員、女性容疑者(26)が、
夫の男性容疑者(35)からドメスティックバイオレンス
(家庭内暴力、DV)を受けていたことが
関係者への取材で分かった。
女性容疑者は「長男の顔が夫と似ていて腹が立った」と
供述しているが、DVが虐待の引き金になったとみられる。

男性容疑者は約3年前から、借金問題などで夫婦仲が
冷え込んだと説明。
逮捕当初は、「妻に負い目があり、長男に構うと
夫婦げんかになるので、食事を与えられていなくても、
見て見ぬふりをしていた」と直接的な暴行は否定していた。
だが、最近になって、「3年前頃から、イライラしたりした時に
手を出した。これまで10回くらい殴るなどした」と
虐待を認め始めたという。

両容疑者は03年5月に結婚し、04年7月に長男が生まれた。
関係者によると、女性容疑者は長女を妊娠中「夫に
腹をけられた」と訴えてきたといい、DVを継続的に受けていた
可能性がある。さらに男性容疑者は、妻が他の男性と
親しくしていると疑い、つきまとうようになった。

元同僚の主婦(38)らによると、女性容疑者は夫について
「コンビニに行く時も、監視するようについて来る」と漏らし、
元上司の男性(48)にも「夫はストーカーみたい」と話し、
不満を募らせていた。

捜査関係者によると、女性容疑者は約3年前から
夫と不仲になり、「うっ憤がたまった時に、
長男が夫のように見えてくる」と供述しており、
夫のDVやストーカー的な行動に対する怒りや不満が、
長男への虐待につながった可能性が浮上している。

女性容疑者は「私が母親じゃなかったら元気で
育っていたと思う」と言い、泣きじゃくったらしい。
このDVの話がホントなら文字通り、虐待の連鎖と言える・・・

保護責任者遺棄致死罪に問われた母親の無職女性被告(27)の
裁判員裁判で、奈良地裁は10日、
「子どもを人間扱いしていないような無慈悲で残酷な犯行で、
自分のストレスのはけ口とするなど動機も
自己中心的だ」などとして、
懲役9年6月(求刑懲役10年)の判決を言い渡した

公判で女性被告側は起訴事実を認めた上で、
犯行当時心神喪失か心神耗弱状態だったとして、
懲役2年が相当と主張したが、

裁判長は「パートの仕事を続けているほか、自ら
児童相談所に通報しており、善悪を判断する能力が
著しく損なわれてはいなかった」として退けたとの事。

父親の男性被告(36)の裁判員裁判の判決公判が3日、
奈良地裁であった。 裁判長は「人間として扱っていないかのような
陰湿で卑劣な犯行」として、母親の女性受刑者(27)と同じ
懲役9年6月(求刑懲役10年)を言い渡した。

記者は、智樹君の遺体写真を初めて見た時。
子供の虐待死のむごさに、言葉も出なかった。
死ぬ間際、智樹君の手は母親の襟元をつかんでいたという。
母親が法廷で証言した、その話を忘れることができなかった。

智樹君は何を思って、母親に手を伸ばしたのだろう。
「ママに愛されたい」。最後の最後まで、そう思いながら
死んでいったのだろうか…。

せつなくて息が苦しくなる。なぜ、両親はこれほどまでの
虐待をしたのか。
事件発生当時から取材し、両親の裁判をすべて傍聴しても
見つからなかった答え。・・・
写真がもう一度、現場に向かわせた。・・・



3111


「自分を気にしてくれる大人がいた」。
うれしくて、「何があっても守るから」との言葉にも押され、
虐待のすべてを打ち明けた。
庄治先生はその凄まじさに驚き、学年主任の男性教師らに報告。
そして父と継母を学校に呼び出した。

「しつけ」との言い訳をする2人に、庄治先生は「これは虐待です。
今度、虐待の形跡があれば警察に連絡します」。
最後に立ち上がって「あかんもんはあかん」と引かなかった。

ただ、虐待は、服の下に隠れる尻をたたくなど陰湿化。
ついに父に首を絞められる出来事が起きた。
家を出て、庄治先生の自宅に向かった。
途中で偶然、庄治先生を見かけたが、幼い子供の手を引く姿に
「迷惑になる」と、声をかけるのを思いとどまった。

結局、学年主任に電話で伝え、駆けつけた庄治先生らに
助けられ、
最終的に児童相談所に保護された。
7年間続いた虐待が終わった。
「永遠に続く闇のトンネルがパカッと割れて、大きな手が
救い出してくれたような感じだった」

優しさ戻った父が自殺、

継母は孤独死 ただ、父と次兄が気がかりだった。
中学2年の終わりごろ、児童養護施設の職員から
父が離婚したと聞いた。

どうしても会いたくなり、施設を抜け出した。「妙子」。
父に名前を久しぶりに呼ばれた。2人とも涙が止まらなかった。
背中をトン、トンと優しくたたき謝る父。
首を横に振るのが精いっぱいだった。
「優しいお父ちゃんに戻ってくれた」。
次兄も「もう大丈夫」と笑顔を見せた。それなのに…。

数カ月後、父は洗剤を飲み、自殺を図った。
次兄と病院に駆けつけると、家を出た長兄や継母、
義弟もやってきた。
家族がそろうのは約1年半ぶりだった。

父は集中治療室のベッドに横たわり、医療器具や
管につながれていた。
筆談ができるまで回復すると「おれは生きていたら
あかん人間や。本当に悪かった。
大好きなお前たちやったのに。謝っても謝っても
許されることではない」とノートに書いた。

「家族でやり直そう。死んだらあかん」。
祈りは届かず約半年後に亡くなった。
「命を粗末にして」。悲しいけど悔しかった。
その時、島田さんは16歳。既に社会に出て働いていた。

それから約20年後、継母が自宅で孤独死した。
離婚後、酒を浴びるように飲み、借金を重ねていた。
死ぬ直前、「心の中に、あなたたちにしたことが
いつも残っていて…。どうか許してほしい」。

島田さんは「心が病気になっていただけ。
自分を反省して気付いた瞬間からスタートだよ」と伝えた。
継母の目には涙があふれていた。

次兄まで無念の死、

不幸は続いた。結婚し、子供にも恵まれた次兄。
ずっと島田さんの親代わりだった。、41歳で亡くなった。
白血病だった。

次兄は病床で「虐待で死ぬかも知れないという思いをしてきたが、
親となり、仕事もさせてもらって、朝目覚めるだけで幸せや」。
病気で苦しむ子と親を支援する活動をしたいと話していた。
仕事がしたい、人の役に立ちたい。そう願いながら死んでいった。

残された島田さん。

「恨みや悲しみに時間を費やすなんてもったいない。
一生懸命生きよう」と心底、思った。
22歳で結婚し、現在は3児の母。
つらい日々を送っている人が笑顔で過ごせるようにとの思いから、
次兄の死後、人前で虐待を受けた体験を語り始めた。

体験談「e love smile~いい愛の笑顔を~」を出版。
何度も涙しながら書き上げた。
受けた虐待の傷は深い。だからこそ、「今日を生きていることに
感謝したい」。明るい声で言い切った。


Author :毎日新聞 地方版
ひまわりが咲く日:児童虐待を追う 


こうして、こうすりゃ、こうなるものと、知りつつ、こうして、こうなった


歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、   
   人生、絵模様、万華鏡…



最後にもう一度





時は絶えず流れ、今、微笑む花も、明日には枯れる


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入れてもらえば気持ちは良いが、
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2016年11月 3日 (木)

チャンネル・掲示板/信じれば真実、疑えば妄想……

チャンネル・掲示板

信じれば真実、疑えば妄想……

幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない




Mituo_2


 昨日という日は
 歴史、

 今日という日は
 プレゼント

 明日という日は
 ミステリー








「私は好きではない…なぜなら…」
日本人アーチスト集団がアメリカで大絶賛!!



「テクノサウンド」と「映像」と「人間」の融合を表現する
次世代型エンタテイメント集団「白A」。
アメリカで人気の公開オーディション番組
「アメリカズ ゴット タレント」で観客はもちろんライバルや
審査員の度肝を抜いた彼らのパフォーマンスが
話題になっています。


審査員のみなさんも興奮気味ですがそんな中…
「私はあまり好きではないね」
えっ
凍てつく会場。 コメントは続きます「なぜなら…」
「愛しているから、と言えよう」

そして審査員が一度だけ行使することができる
「ゴールデンブザー」を彼らに。
それはライヴラウンド(セミファイナルステージ)へ
ストレートで行ける権利。
最大の賛辞で彼らのパフォーマンスに応えたのです。


白A 特殊効果ダンス




「白A」…とは?

白A(しろエー)は2002年10月に宮城県宮城広瀬高等学校の
同級生を中心に仙台市で結成された、
「テクノデリックコメディー」を標榜するエンターテインメント
集団である。

SIRO-Aと表記されることもある。
(略) 名前の由来は「色のない『白』と名前のない『A』で
『白A』。個性と自我を封印し、観る人の脳内を刺激し
自分たちも化学反応のごとく変化していく。
これは“白A”という手段である。と称している。

その活躍は日本に留まらず世界中を席巻しています。


Siro1


SIRO-A LONDON LIVE 2013 digest
白Aロンドン公演ダイジェスト





2013年のアメリカズ ゴット タレント シーズン8で優勝したのが
あのダンサー蛯名健一さんです。



人の足を止めるのは『絶望』ではなく『諦め』
人の足を進めるのは『希望』ではなく『意思』


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時は絶えず流れ、今、微笑む花も、明日には枯れる



 

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2016年11月 2日 (水)

信じれば真実、疑えば妄想・・・都市伝説

信じれば真実、疑えば妄想・・・

口承される噂話のうち、現代発祥のもので、
根拠が曖昧・不明であるもの・・・



Densetu_2



怖い話〔残酷描写〕 が
含まれています。

不快感がある方は、
読むのを中断して下さい








純愛より不倫のドラマが高視聴率になる理由

テレビの視聴率は低下している。
純愛ドラマより不倫ドラマの方が視聴率が高い。
多くの女性に不倫願望があり、その願望を
疑似的に満たしてくれるから。

ネットの普及により、テレビ離れする人が増え、
テレビ番組の視聴率は低下している。
テレビ全盛期のころは、平均視聴率20%を超えるドラマは
たくさんあったが、近年では20%超えどころか15%を
超えるものも少ない。

ドラマには、推理ドラマ、刑事ドラマ、熱血ドラマなどの
定番ジャンルの一つに「恋愛ドラマ」がある。
「恋愛」という要素は、「恋愛ドラマ」だけでなく、
いろいろなジャンルの一要素としても登場するため、
ドラマを楽しむために欠かせない要素となっている。

同じ時期に純愛要素のドラマと、不倫や浮気が要素の
ドラマがあれば、不倫や浮気などのほうが高視聴率となる。
ドラマを見るとき、その登場人物と「自分」を置き換えたり、
その登場人物に憧れてしまう。

現実で満たされていない部分を、ドラマを見ることで
一時的に満足する。
高視聴率となったドラマは、人の願望を
反映させているものが多い。
権力者を庶民が論破、失敗を繰り返しバカにされるが
最後に大成功を収める、

多くの人が憧れるシチュエーションだからこそ
高視聴率となる。
純愛ドラマより不倫ドラマのほうが高視聴率となるのも、
多くの人が不倫に憧れているからである。
男性は浮気や不倫をする生き物と言われるが、
実は女性の方が浮気や不倫願望は強い。

不倫経験のある男性へ質問すると、ほとんどの人が
「後悔している」と答えるが、女性は「良い経験に
なった」と答える。
不倫のきっかけを聞くと、男性は「好きが抑えられなかった」と
答えるが、女性は「刺激が欲しかった」と答える。

男性の場合は、不倫であってもそれは「純愛」の延長であり、
妻への愛情がなくなっていたわけではないので
後悔することになる。

かわいい女性、きれいな女性、素敵な女性から
チヤホヤされたいが、不倫という関係までは
望んでいない人が多い。
そもそも男性は恋愛が苦手な生き物である。
既婚女性へのアンケートでは、約30%の女性が
不倫経験があり、不倫経験はないが願望はあると
答えた女性と合わせると80%を超える。
願望があるのに不倫しない理由の多くは
「適当な相手がいない」で、夫への罪悪感ではない。

生理的に受け付けない相手でもない限り、
「声さえかけられば」ということらしい。
純愛ドラマよりも不倫ドラマのほうが、高視聴率となるのは、
多くの女性に不倫願望があるからである。・・・


B1


1:炭酸系のドリンク・お酒が大好き
 瞬間的な刺激を求める傾向があるため
 ひと夏の恋に落ちやすい。

2:早口で表情豊か 安定より変化・刺激を好むタイプ。
 日常生活がマンネリぎみなど不満があると、
 出会った男性が実物以上に素敵に見えて
 ひと夏の恋に落ちやすい。

3:身なりにだらしなさがある
 身なりの乱れは性の乱れ。
 男性から「スキがある」と見られて、声をかけられやすく
 ひと夏の恋に落ちやすい。

4:靴をよく買い替える 古
 くから心理学的に、靴は女性の性器の象徴であり、
 靴をよく買い替える女性は、性的にゆるいという
 解釈がある。

5:よく飲みよく食べる
 食べる飲むという行為は性とリンクしている。
 これらが盛んということは、性欲も高い傾向がある

6:悩み相談をよくするがアドバイスは受け入れない
 在的に他人に頼りたい気持ちはあるものの、
 同時に「どうせ解決できないであろう」という気持ちが
 混在しており、情緒不安定になりやすいタイプ。
 一瞬の刺激を与えてくれるひと夏の恋に落ちやすい。

7:優柔不断
 その場の雰囲気に流されやすく、押しの強い
 男性の言いなりになってしまう。


B215


1994年に公開されたジブリ映画「平成狸合戦ぽんぽこ」。
映画の監督は「火垂るの墓」で有名な高畑勲監督である。
ジブリ映画の中ではあまり脚光を浴びない作品ではあるが、
94年に公開された映画の中ではトップの興行収入
26億円を叩き出したヒット作品なのである。

「平成狸合戦ぽんぽこ」の特色が味のあるたぬきの
キャラクターだ。どこかにこんなおじさんいるよな?と
思っちゃうようなたぬきがたくさん出てくる。
中でもたぬきの親分たちのキャラの濃さは異常。
実はたぬきの親分たちは「自民党の幹部」を
モチーフに描かれているのだそうだ。

讃岐のハゲタヌキは香川県の大平元総理
阿波の金長タヌキは徳島県の三木元総理
佐渡島の団三郎は新潟県の田中角栄元総理 と
なっている。

他にも政治家をモデルにしたのではないか、と
思われるようなタヌキキャラが多数いる。
昔の自民党は与党の座が揺るがなかったこともあり、
とても横暴になっていたという。

特に幹部はスキャンダルも多かった。
そんな政治の様子を冷静な目で見ていた高畑勲監督は
「どうせ政治はたぬきのばかしあいに過ぎないな」
というメッセージを「平成狸合戦合戦ぽんぽこ」に
込めたんだという。・・・

Author :都市伝説・怖い話
http://urban-legend.tsuvasa.com/



おだてられればいい気になるし、わるくちいわれりゃ腹がたつ


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時は絶えず流れ、 今、微笑む花も、 明日には枯れる



 
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2016年11月 1日 (火)

信じれば真実、疑えば妄想……漢の韓信- 皇帝と楚王

信じれば真実、疑えば妄想……

昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー

こうして、こうすりゃ、こうなるものと、知りつつ、こうして、こうなった

メジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、
良いかな !!


アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい


Kanshin021111 

 韓信

 紀元前二〇〇年代の
 中国大陸。
 衰退した秦の末期に
 生を受けた韓信は、成長し、
 やがて漢の大将軍となる。

 「国士無双」「背水の陣」
 「四面楚歌」
 そんな彼を描いた小説。





漢の韓信-(148) 皇帝と楚王

韓信と鍾離眛の間に交わされた最後の会話は、余人には理解し難い。
想像できることは、幼き日から積み重ねられた数多くの思いが
複雑に入り交じっていた、ということぐらいである。
鍾離眛に限らず、この大陸に住む男には、面子めんつを重視する
傾向がある。
当時の状況からいって、鍾離眛を庇護できる人物は、韓信しかいなかった。
だが、鍾離眛にとってその状況こそが、逆に屈辱であったに違いない。
眛にとって、韓信は決して負けたくない相手であったのだ。
しかし韓信の口から不用意に放たれた言葉は、そのような彼の思いを
否定するものであった。
つまり、鍾離眛は相手に比して自分が小さな存在であることに
耐えられなかったのである。たとえそれが事実であるにしても。

陳平という人物は、数々の奇策で敗勢だった漢を救った。
その功績が認められて後々まで権勢をふるい、
最後には丞相の地位まで登り詰めた男である。  
ただしこの時点での彼の肩書きは、范増を死に至らしめたとき以来の
護軍中尉のままであった。  
その陳平は、これより以前、諸将の意見が韓信誅罰に
傾いていることを知り、事前に皇帝劉邦と話し合っている。
「……諸将の意見はどのようなものでしたか?」  
陳平がそう質問したとき、劉邦の態度はまだ定まっていなかった。
「韓信を滅ぼそうというのが大勢のようだ。……

しかし、それも無理のないことだ。あいつらにとって韓信は
最大の競争相手だからな。
樊噲や夏侯嬰、周勃などの古参の将軍たちは、古参であるが故に、
韓信には負けたくなかろう」 「陛下のお気持ちは、どうなのです? 
その……誰が最大の功臣か、という点ですが」
「本人の前では増長するだろうから言えないが……
武勲の大きさから言って、文句なく韓信だ。
諸将どもは口では韓信を穴埋めにするべきだ、などと言ったりするが、
現実的にそれを実行できる能力はない。
自分らの手の届かないところで、韓信が勝手に滅び、
自分たちの出世を阻む存在がひとりでに消えてなくなることを
望んでいるのだ」

「難しい問題ですな、それは。私も人ごとのようには思えませぬ。
新参者の私を周勃どのや灌嬰どのはあまりいい目で
見ておられぬようですからな」
「……わしはどうしたらよいのだろう」 「まずは問題を整理しましょう。
第一に楚王が叛いたと誰かが告げた、とのことですが……
その叛乱の事実を知っている者はいるのでしょうか」
「誰もおらぬ。あるいは根も葉もない噂に過ぎぬかもしれん」
「なるほど……では楚王韓信はそのような上書が陛下に
届けられたことを知っているのでしょうか」

「まだ知らぬはずだ。確証はないが」
「そうですか」 「敵情を探るのは、そもそもお前の領分だろう。
わしに質問すること自体、間違っているのではないか?」
「いやいや、ひとくちに敵情とおっしゃりますが、まだ楚王が
敵と決まったわけではありませんぞ……。
しかし、仮に楚王を敵に回すとして……陛下の兵は、
その精鋭さにおいて、楚兵と比べてどうでしょう」
「及ばぬ。楚兵は伝統的に強いと言われているからな」

「では、将軍の質は? 楚王韓信に指揮力、統率力において
まさる将軍が陛下の配下におりますでしょうか?」
「いや、おらぬ。韓信を上回る用兵家がいると言うのなら、
連れてきてもらいたいくらいだ」
「では、おそれながら陛下が韓信と戦うことは無謀であるとしか
言いようがございません」

「だから聞いておるのだ。わしはいったいどうしたら、と……」
「考えがございます」  陳平は、その場で劉邦に一計を授けたのだった。  
そして、会議の席である。姿を現した陳平は、控えめな咳払いとともに
話し始めた。
「……将軍方の意見は、上書の内容を信じ、楚王を誅罰する方向に
傾いているようですが、どうやって誅罰するかが問題です
。楚王の兵は強く、現時点で用兵力をもって楚王を凌ぐ者もいない。
誅罰しようとした者が、返り討ちに遭う危険が高い、と言えましょう」
 陳平は蕭何と灌嬰が誅罰に反対であることを知っていたが、
あえてそれを無視して話を進めた。

「楚王を誅するにあたって、陛下の威を借りて我々が楚国内に入って
行動することは出来ません。楚は韓信の庭のようなものであり、
彼が兵にひと言指示を与えれば、我々はあっという間に
包囲されてしまうでしょう」 「…………」
「また、上書の内容を明らかにし、楚王の罪を声高々に
問責することもできません。
あまり追いつめすぎると、楚王は本当に叛くしか道がなくなります。

彼が兵を引き連れて関中に押し寄せたら、我々には
対抗できる手段も、人もいないのです」
「要点を早く言ったらどうだ」  もともと陳平のことを快く思っていない
周勃は、嫌味な口調で話を遮った。

「……では、言いましょう。韓信を捕らえるには彼を単独の状態で
国外におびき出し、口実を設けて逮捕する、これしかございません。
すなわち、このたび陛下には陳の雲夢沢うんぼうたくという名勝地に
物見遊山に出かけてもらいます。そこに饗宴を開く名目で諸侯を招待し、
その場で捕らえる……軍兵を従えた韓信を捕らえることは
至難の業ですが、平和な出遊にその身ひとつで拝謁にきた
彼を捕らえることは、一人ないし二人の力士がいれば済むことです」  

「それは、騙し討ちではないか。あまりに楚王に失礼であろう」
「そんな恥知らずな行為を、陛下や我々にしろというのか」  
諸将はそのようなことを次々に口に出して言った。
陳平はこれにむかっ腹を立てて反論する。
「あなたがたは、どうもお覚悟が足りないようだ。

そもそも上書があったからといって、楚王に本当に叛逆の
事実があったかどうかは、定かではない。
にもかかわらずあなたがたは、揃って楚王の失脚を望んでいる。
私がこうして提案しているのは、ひとえにあなたがたが
それを望むからだ! 諸君が、
韓信より下位の地位に甘んずることをよしとしないからなのだ」

「生意気な口をきくな! だいたいお前の作戦は、
どうしていつもそのように人を騙すことを前提にしているのだ! 
陰謀でしか物事を解決しようとしないのは何故だ!」
「決まっているではないか! あなたがたでは、
韓信に勝てないからだ。
それとも敗れて死ぬのを承知で、武人としての美意識を
尊重して正々堂々と戦う、とでもいうのか。
やめたまえ!とても勝ち目はない。私から言わせてもらえば、
これから滅ぼそうとする相手に礼節をもって
遇するなどというのは、偽善でしかない。

この際だからはっきり言っておくが、十中八九、韓信は無実だ。
彼を滅ぼすのは、彼が罪を犯したからではない。
あなたがたのために彼に罪を着せるのだ! 
後になってから知らなかった、とは言わせないぞ」
「この……ふざけるな!」  周勃が食って掛かった。
普段は朴訥で、まっすぐな性格の彼は、陳平の奇術めいた
施策を常々不満に思っていたのである。  

会議の場はあわや爆発寸前の様相となった。
「もうよさぬか。……お前たちの気持ちはわからないでもないが、
基本的に朕は韓信を捕らえることを、すでに決めている。
なぜかというと……」  
部下たちの争いを仲裁した劉邦は、そう言いながら
玉座から身を起こした。

「朕も年老いた。だから、自分が死んだ後のことを考えざるを得ない。
思うに韓信は……お前らと実力差がありすぎる。
このままわしが死ぬことになれば、天下は韓信のものになり、
それに不服を抱いたお前らは、叛乱を起こすだろう。
そうなれば、漢は終わりだ……。

わしとしては、生きているうちにお前らの不満の種を
除いておかねばならない」  
劉邦のこのときの発言は、諸将に衝撃を与えた。
皇帝が自分の死期を悟り、自分亡き後の天下を行く末を
案じた上での策略だとまでは、誰も想像していなかったのである。  
しかし、劉邦の韓信に対する警戒は、彼らには
極端すぎるようにも思えた。
特に灌嬰にとっては。 「楚王は、そのようなお方ではありませぬ」  
発言しにくい雰囲気の中、灌嬰はただそのひと言だけを発し、
なんとか意思表示をしてみせた。

「うむ。わしとて、引っかかるものはある。ここにいる誰もが
認めていることとは思うが、
韓信は王朝建国の最大の功臣であり、性格も安定した男だ。
だが……現実的に韓信が国家を転覆させる能力を有する限り、
不安は取り除かねばならぬ。たとえ
武人として恥ずべき方法をとらざるを得ない、としてもだ」  
皇帝のその言葉を最後に、会議はあっけなく終わった。
既に皇帝の意志が決定している限り、彼らがいくら議論しても
無駄なのである。 ・・・

つづく

Author :紀之沢直樹 (野沢直樹)
http://kinozawanaosi.com
http://mypage.syosetu.com/273441/


愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る


作者不明
心が変われば、  態度が変わる
態度が変われば、行動が変わる
行動が変われば、習慣が変わる
人格が変われば、運命が変わる
運命が変われば、人生が変わる


A8_2


歌は心の走馬灯、歌は世につれ、世は歌につれ、

  人生、絵模様、万華鏡…




あんた




時は絶えず流れ、 今、微笑む花も、明日には枯れる


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