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2016年11月 6日 (日)

妄想劇場一考編 『時代の核心・時の深層』

妄想劇場一考編 

信じれば真実、疑えば妄想……

時は絶えず流れ、今、微笑む花も、明日には枯れる


A13


目的地にまっすぐ行く 道はない,、
だけど、 いつも目の前には 道がある


『時代の核心・時の深層』  

過去に起きていることから、
  浮かび上がってくる真実もある。・・・・



ヨーロッパ連合の母 クーデンホーフカレルギー光子

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『日本人としての誇りを失わないこと』
(渡欧の際、皇后さまより賜ったお言葉)

日本人でただ1人、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と
会話した人物でもある

日本が明治維新の頃、青山みつは、東京府牛込で
骨董品屋を営む 青山家に生まれた。
東京にある青山通りは、みつの実家に由来します。

明治25年、当時のオーストリア=ハンガリー帝国の
駐日大使として東京に赴任してきた
ハインリヒ・クーデンホーフ伯爵に見初められ、
大使公邸に小間使いとして奉公する。

クーデンホーフ伯爵が騎馬で移動中に落馬したのを、
みつが手当てしたのがなれ初めだといわれる
1893年、周囲が反対する中、青山みつはクーデンホーフ伯爵と
結婚する。
長男・ハンス光太郎、 次男・リヒャルト栄次郎の
2人の子を東京でもうけた。

書類が残る正式な国際結婚の第一号と言われている。
1896年に光子は、夫の祖国である
オーストリア=ハンガリー帝国へとわたる。

その際には、明治天皇の皇后美子から
「異国にいても日本人の誇りを忘れないでください」と
激励された。

クーデンホーフ家はボヘミアとハンガリーに跨る
広大な領地をもつ伯爵家であり、 クーデンホーフ一族は
極東アジアからきた東洋人で仏教徒でもあった光子を
奇異の目で見た。

ハインリヒは「光子をヨーロッパ人と同等の
扱いをしない者とは決闘をする」と言い、光子の
庇護に努めた。
その後、三男ゲオルフほか4人、合わせて
7人の子をもうける。

18ヶ国語を理解し、特に哲学に関しては学者並みの
知識を持つ教養豊かな夫と、
尋常小学校を卒業した程度の学力しかない妻とでは
教養のレベルの差がありすぎ、 子供たちのこと以外に
夫婦でつながりを持てるものは少なかったが、
光子も渡欧後に自分の無学を恥じて、
歴史・地理・数学・語学 (フランス語・ドイツ語)
・礼儀作法などを家庭教師を付けて猛勉強した。

1906年5月14日にはハインリヒが心臓発作を起こし
急死した。
ハインリヒの遺産は全て光子が相続するように
遺言がなされていたものの、
一族が財産を巡り訴訟を起こすが、光子はこれに
勝訴する。
以後、夫の遺産を相続し、 伯爵夫人として家政を
取り仕切った。
そして子供たちの教育のため、財産を処分し
ウィーンへ居を移す。   

1914年に始まる第一次世界大戦では、
オーストリア=ハンガリー帝国と日本は
敵国として戦うことになり、 光子への差別は
強まった。

また、ハンスとゲオルフの2人の息子が兵士として
従軍したり、 光子自身も赤十字社を通しての
食糧供出に奔走するなど多難な時期を送る。

1918年に戦争が終わると、次男リヒャルトが
舞台女優イダ・ローラントと結婚すると言い出し、
光子と対立する。

リヒャルトは家を飛び出し駆け落ちをした。
その後、 この次男は「汎ヨーロッパ主義」を著し、
一躍ヨーロッパ論壇の寵児となっていくのでした。

Mituko1


日本人としての誇りを忘れない

大正3(1914)年、第一次世界大戦が始まります。
「オーストリア=ハンガリー帝国」と「日本」という二つの祖国が、
互いに敵国として戦うことになってしまったのです。
光子の長男と三男も、兵士として戦場に出ていきました。
にもかかわらず、「敵国」出身の光子には人々から
「黄色い猿め!」との罵声がとびました。

他の日本人はみな、あわてて別の国に行ってしまいました。
しかし光子は、歯をくいしばって耐えたのです。
光子は、 人々のヒステリックな敵対心を自分の
振る舞いでやわらげ、消して行きました。

彼女には、人々との共生の心、 共栄の心が
根づいていたのです。それは、
もとより日本にいたときに培われたものでした。

光子は三人の娘とともに赤十字に奉仕に出ました。
敵味方にかかわらず、苦しむ人々のために働いたのです。
前線の兵士が飢えていると聞くと、城の庭に畑をつくり、
大量のジャガイモを収穫。それを袋詰めにして
列車に積み込み、 奪われないように自分が「男装」して
見張りながら、無事、最前線に届けました。

光子のジャガイモ作りは終戦まで続けられ、
兵士だけでなく市民も救ったのです。
こうしたことを通し、人々が光子を見る眼は
変わっていきました。

こうしてミツコは、人種差別の偏見に打ち勝ち、
なおかつ日本人として立派な行動をつづけたことで、
多くの信用を手に入れたのでした。

ミツコは、子供たちに日本式の厳しい躾と教育をほどこし、
全員が、それぞれ立派な大人に成長します。
なかでも東京で生まれた次男のリヒャルト・栄次郎・
クーデンホーフ・カレルギー伯爵は、その著作で
「欧州統合」を主張し、 いまでいう“EU”の概念を打ち立てた
人物です。

ヨーロッパの28の民主主義国家が、アメリカのような
一つの連邦国家としてまとまるべきだ、という大胆な提案です。
リヒャルトの理想に、人々は、分析を特徴とする西洋思想に対して、
総合・統一という東洋的考え方を感じ取ったそうです。

そしてその著者の母は日本人であるという驚くべき事実が
伝えられてくると、さまざまな新聞がミツコに新しい名称を贈りました。
「欧州連合案の母」っと・・・ リヒャルトの生涯をかけたた理想と運動は、
その後もヨーロッパの政治思想に大きな影響を与え、

第2次大戦後のヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)、
ヨーロッパ経済共同体(EEC)、そして現在、ヨーロッパには、
ヨーロッパ連合(EU)が誕生しました。

リヒャルトは母についてこう述べています。
彼女の生涯を決定した要素は3つの理想、すなわち、
『名誉・義務・美しさ』であったと。

ミツコは自分に課された運命を、最初から終わりまで、
誇りをもって、品位を保ちつつ、かつ優しい心で甘受していました。
名誉と義務と美しさ。この3つは日本人の日本的な日本人で
あるがゆえの美徳です。

そしてそういう美徳は、 私たちの父祖祖先が、
血を吐くような努力の中で築き上げてきた美徳です。
ミツコの半生を通して、日本の精神を、
もっと大切にしていかなければなりません ・・・

Author :幡谷哲太郎
http://kakunist.jimdo.com/

諦めましたよ 、どう諦めた、諦めきれぬと諦めた


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