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2016年12月11日 (日)

妄想劇場・特別編・三鷹ストーカー殺人事件

妄想劇場・特別編


昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリ

B11111

三鷹ストーカー殺人事件

女子高生は「リベンジ・ポルノ」で二度殺された

なぜ今になって二審が?

三鷹ストーカー殺人事件――2013年10月8日に、
18歳の女優の卵だった女子高校生が、かつて交際
していた男性に 自宅前で刺殺されて殺害された事件だ。
加害男性は、彼女の裸が写った画像をインターネットに
流した後に事件を起こしたことから、
「リベンジ・ポルノ」という言葉が広まり、
翌年にはリベンジ・ポルノ防止法が成立した。

(11月29日)この事件の二審が、東京高裁で開かれる。
一審は2014年の8月に判決が出ていたが、
なぜ今になって二審が行われるのか。 それは、
一審で検察がリベンジ・ポルノを起訴しなかった
にもかかわらず刑量に含めるよう 主張したため、
高裁が不当として地裁への差し戻しを 決定したからだ。

それで2016年の3月に改めて差し戻し審が行われ、
今になって高裁での二審が開かれることになったのだ。
裁判は遅々として進まない。
遺族である女子高生の 両親は裁判でこう語った。
(夫婦は)2人とも精神科に通っています。
しかし、今は裁判を闘うために治療を延期しています。
怒りを抑えないためです」

両親は加害者への怒りを持って裁判に臨むため、
精神科での治療さえ延ばしている。にもかかわらず、
裁判は3年以上過ぎた今なお、二審での審議に
留まっており、インターネット上には被害者のポルノ画像が
大量に残されている。

あの事件はどのようにして起き、遺族と加害者は
今何を思っているのか。・・・

名門大学生と偽り交際

加害者の名前は、池永チャールズ・トーマス(事件当時21歳)。
日本人の父と、フィリピン人の母との間に生まれた。
詳しい出自は「中編」で述べるとして、4歳の時に実の父が離婚。
クラブでホステスをする母親は次々と男を変えて家につれ込み、
ネグレクトと虐待をくり返した。彼には父の違う幼い妹が1人いる。

池永と被害者女性Sさんとの出会いは、2011年7月、
フェイスブック上でだった。
池永は高校卒業後にフリーターとして京都で暮らしていたが、
フェイスブックでは立命館大学の大学生だと偽り、
「ハーフで英語が堪能」だと誇示していた。
高校1年だったSさんはそれを鵜呑みにしてメッセージの
交換を開始。

その年のクリスマスに、池永が東京に会いに行き、
交際がはじまった。
Sさんは、絵に描いたような才女だった。
小学生の頃から女子大の付属の一貫校に入学し、
ピアノが得意で同級生たちのリーダー的存在。
学校の成績はオール5で英語と美術が得意な一方、
小学5年で芸能プロダクションにスカウトされ、
テレビドラマや映画に出演していた。

池永はSさんにのめり込み、頻繁に東京へ会いに行く。
1月、2月、4月、5月、6月とほぼ毎月で、
ゴールデンウィークにはSさんの両親に挨拶をして
交際を報告した。
肉体関係になったのは、その2ヵ月後の7月だ。

池永はSさんに愛情を抱いたきっかけを次のように語る。
「彼女に私の恵まれない家庭のことを話したことがありました。
そしたら、家族が愛してくれないなら、私が(あなたに)
欠けている愛情を満たしてあげると言われたのでございます」

池永は幼い頃から親の愛情を知らずに育ってきた。
Sさんは、それを代わりに担ってくれる存在だった
のだろう。・・・

だが、2人の距離が縮まれば縮まるほど、池永の胸に
不安が首をもたげるようになった。
身分を偽っていることへの罪悪感である。
「嘘をつきつづけて、このままうまくいくとは思って
おりませんでした。本当のことを言えなかったのは、
見下されると思っていたから。いつか嘘が発覚する。
ならば、アメリカへ行って自然消滅させようと
思ったのです」

なぜ殺意を抱いたか(ポルノ画像で恐喝)

3

アメリカ滞在中、池永はSさんの別れを惜しむ気持ちに
つけ込み、裸の写真を何枚も送らせる一方で、
彼女に冷たく当たった。

現地で知り合った女性と交際し、スカイプでSさんに
そのことを話したり、パソコンを通して彼女に挨拶を
させたりしたのだ。
たった3カ月で帰国したにもかかわらず「一時帰国」と
偽ってSさんと会い、「別れよう」と切り出したこともあった。

この池永の言動は、幼児が母親の愛情を確かめるために
悪戯をするのと同じ「愛情のためし行動」だったのだろう。
Sさんの気持ちはそれらの行為によって冷めていく。
2013年初頭、Sさんは告げる。

「私、気になる男性ができたの」

池永は激しく動揺し、Sさんを思い留まらせるために、
ポルノ画像をつかって恐喝をはじめた。
バラまかれたくなければ自分と会え、と。
話し合えばやり直せると考えていたのである。

3月、Sさんはクッキーを持って大阪の池永のアパートを
訪れた。だが、池永は彼女のよそよそしい態度に不安になり、
映像を削除するふりだけして、Sさんに手錠をはめて
レイプをする。

この一件後、Sさんは二度と会わないと池永に告げた。
池永はフラれた怒りから、SNSを通してSさんの
動向を調べ、新たな恋人ができたことを知って
殺意を抱くようになる。

「彼女が別の男性と交際していることを知り、
己の状況がすこぶる悪いことに気がつきました。
体重は10キロほど落ち、アトピーもひどくなりました。
ここから抜け出すには、殺すしかないと思うに
至ったのであります」

Sさんはその後も池永から脅しを受けつづけたことで、
6月には両親に相談。両親は電話で池永に近づかぬよう
告げた上で、警察に通報。登下校も同行するなどしていた。

しかし池永の殺意は時を経ても消えることがなかった。
9月28日午前6時、池永は友人とともに長距離バスで
上京する。その後、ペティナイフを購入。
井の頭公園などで野宿をしながら三鷹にある彼女の
自宅へ通い、殺害の機会をうかがった。

ポルノ画像67点(後に児童ポルノと認定されたのは13点)を
アダルト投稿サイトにアップロードした。

Sさんの父親は、娘のポルノ画像が流出されたのを
知った時、女優の夢が絶たれたばかりか、もう娘は日本で
普通に暮らすことはできない、と思ったという。

Sさんはそんな父親を心配させまいとしたのか、こう言った。
「もうこれ以上のことはしないだろうから、せいせいした」

完全に削除するのは不可能

だが、6日後、最悪の事態が起こる。
その日、池永は三鷹にある自宅に忍び込み、
洋服ダンスに身を潜める。
そして何も知らずに学校から帰宅したSさんに
襲いかかり、ペティナイフで首や背中など11カ所を
刺して殺害。さらにそのSさんの姿を携帯電話で撮影し
逃亡したのである。
近くの路上で逮捕されたのは1時間後のことだった。

事件後、池永はSさんを殺害した理由を次のように
語っている。
「被害者は、私の苦痛源でありました。
殺せば(苦痛が)絶ち切れると思いました。
(Sさんが別の男性と付き合っているというのが)
身を焦がれるような思いでありましたので、
殺害という行為に及びました。しかし、
拘留されて考える時間を与えられてからは
虚しいだけでした」

あまりに身勝手な言動である。
法廷で彼が述べる言葉は理解しがたいことばかりである。
自分がいかにSさんを愛していたかを声高に語りつづけ、
遺族への罪の意識を問われても、共感はないし、
被害者に対して悪いという気持ちはまだない、
と言い放つのだ。しかも、検察の取り調べでは
次のように述べている。
「もし時間を取りもどすことができても、被害者を
殺すと思います」

癒えることのない遺族の苦しみ

これを聞かされる遺族の気持ちはいかばかりか。
法廷での母親の言葉だ。
「娘(Sさん)は刺殺後も写真を流され、今なお尊厳が
傷つけられています。娘ではない写真まで、ネットで娘だと
言われています。被告(池永)は(娘を)2回殺し、親も殺し、
今も(私たちは)苦しみつづけているのです」

事件報道によって、ポルノ画像も拡散し、
世界中のサーバーに広がったことで、今なお警察さえ
「完全に削除するのは不可能」という状況に
陥っているのである。

事件から3年、検察側のミスもあって、池永の
独りよがりがくり返される裁判は未だにつづいている。
池永は「事件後に自殺を望んだ」と口では言いながら、
一審で懲役22年という判決を下された途端に減刑を望んで
控訴までしているのだ。
無駄に長引く裁判は、遺族の怒りと落胆を
助長しているだけだ。

ただ、殺人事件において、このような「理解しがたい被告」と
「怒りを示す遺族」という構図は決して珍しいものではない。
わが子を虐待で殺した親が「俺はちゃんと育てていた」と
うそぶいたり、「子供を愛していた」と当たり前のように
主張する光景を嫌というほど見てきた。

この背景には犯人の凄惨な虐待体験などからくる人格の
崩壊がある。だが、今の制度では、法廷で犯人が歪んだ
価値観を主張し、弁護士が悲惨な幼少時代の体験を理由に
情状を求め、刑事は裁判官に重い罪を要求するだけだ。

警察は、事件の被害者遺族のために「犯罪被害者支援室」
というものを設けて弁護士を紹介するなどする。
だが、ある凄惨な事件で家族を失った遺族は、
私にこう語った。

「犯罪被害者支援室でカウンセラーを紹介されました。
でも、事件そのものより、法廷で犯人が常識もなく
ムチャクチャなことを言ったり、笑ったりするのを
見させられる方がよほど精神がおかしくなります」

新たな証拠がない以上、池永の量刑は二審でもほとんど
変わらないだろう。ただ裁判が長引けば長引くほど、
遺族の苦しみは助長されるが、犯人はその拘留期間が
刑期に含まれるので刑務所にいる期間は短くなる。

無駄に長引く裁判は、犯人側の有利にしか働かないのだ。
次回行われる二審で、池永は何を主張するのだろうか。・・・

Author :石井 光太(ノンフィクション作家 )
http://gendai.ismedia.jp/list/


こうして、こうすりゃ、こうなるものと、 知りつつ、
  こうして、こうなった


悲しい微笑



 
歌は心の走馬灯、
 歌は世につれ、
 世は歌につれ、
 人生、絵模様、
 万華鏡…







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P R
 
  入れてもらえば 気持ちは良いが、
  どこか気兼ねな もらい風呂

お風呂物語
 
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お風呂物語』が選ばれる理由がここにあります。
 

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