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2017年1月27日 (金)

妄想劇場・特別編 (知られざる深層)

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昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリ



「ジミー大西さんが大成した裏には…
切ない初恋のエピソードがあった。」


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その後、創作活動に専念する為、1996年に芸能活動を
引退し、画家として個展を開くなど大活躍中!
天然ガスタンカーの外装デザインやオブジェ、モニュメントの
制作など、活動範囲は多岐に渡ります。

また、1999年には作品を通して日本とブラジルの
文化交流の架け橋となった功績に対して、
ブラジル・パラ州から文化功労賞を授与されるという
快挙を成し遂げ、今では世界が認める画家となった
ジミー大西さん。



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小学校三年の時でした。
小学校の二年生まで、僕は友達にも父母にも、
まったく口をきかない少年でした。
話が、できない少年でした。

そんな僕が、話をできる相手が一人だけいました。
その女の子がしゃべりかけてくると、その時だけは、
しゃべれるのです。その子が、初恋の人でした。

僕はその女の子としか、しゃべれなかったのです。
ほかの子がしゃべりかけてきても、まったくしゃべれ
なかったのです。
僕はその子としか、遊ぶことができませんでした。
その子はみんなと仲よく遊んだり、しゃべったりして
いたけれど。僕はいつも、ひとりぼっちでした。

みんなの輪の中には、入れなかったのです。
輪の中に入ろうとも思いませんでした。
でも、みんなで、花いちもんめをする時だけは別でした。
その初恋の子が、僕の手をひっぱって、輪の中に
入れてくれたからです。終わりはいつもいっしょでした。

僕一人だけ残って、「花いちもんめ、まきさんがほしい」と、
その子の名を言う。
「花いちもんめ、大西君はいらない」 それで終わりでした。

でも、まきさんは、 「花いちもんめ、大西君がほしい」と、
僕の国語のノートに書いてくれていたのです。
僕はそれからずーっと、まきさんのことが好きで好きで
たまらなくなり、えんそくの時でも、まきさんのそばから
離れなくなりました。

ほかの子からは、 「大西君、女の子どうしでごはん
食べているから、 むこうに行って食べて」と言われても、
ぜったいにまきさんのそばから離れませんでした。
それから、朝のちょうれいの時でも、本当は背の低い僕は
前から二番目に立っていなくてはいけないのですが、
真ん中のほうへ行って、まきさんのよこに立っていました。

みんなから、 「大西、いつからそんなに背が高くなってん」 と、
背中とかつねられても、その場所から離れませんでした。
先生にもおこられましたが、次のちょうれいの時には、
また、まきさんのよこに立っていました。
僕は本当に、まきさんのことが好きだったのです。

そして、長い夏休みに入りました。 その夏休み、
僕は何回か、まきさんの家をたずねました。
でも、いつもみんな出かけていて、だれもいませんでした。
たまにおばちゃんが出てきて、 「いなかに帰っているの」 と
言ってくれるだけで、まきさんとは夏休み中、
会えなかったのです。

いよいよ夏休みも終わり新学期が始まる日、
僕は母のけしょう水をふくにつけて学校へ行きました。
まきさんと会える、と思ったからです。
でも、まきさんは学校に来ていませんでした。
僕は、「明日は会える」「明日は会える」と思って、
母のけしょう水をふくにつけて、学校へ行きました。

でも、まきさんは来ませんでした。 夏休みは終わったのに、
まきさんは学校には来ませんでした。・・・

九月十六日の朝のことでした。先生が、
「実は悲しいお知らせがあります。 昨日、まきさんは
病気のため、おなくなりになりました。
みんな、目をとじて」 と言うのです。
僕は、何の意味かわかりませんでした。 先生に聞いたら、
先生は、 「まきさんは死んでしまったのです」 と言うのです。

僕は生まれてから、この時まで、知っている人が
死ぬことがなかったので、人が死んでも、また会える
とばかり思ってました。
みんなでおそう式に行くことになって、教室に集まっていると、
まきさんが教室の外のろうかのところに立って、
僕を見て笑っているのです。

僕が、「まきさん。まきさん」とさけぶと、みんなから、
「きもちわるー」と言われました。
おそらく、ゆうれいを見たのは、あの時が最初で最後だと
思います。

それから、みんなとそう式に行きました。
それまで、そう式と言えばタダでおかしをもらえるところだと
思っていました。 でも、まきさんのそう式では、
おかしをもらってもうれしくなかったし、食べようと
思ってものどに通らない。

・・・まだ、会えるような気がしてたまらなかったのです。
そして次の日、学校に行くと、まきさんのつくえの上に
花がかざってありました。 僕はみんなが帰ってから、
一人だけのこって、まきさんのつくえにすわり、
まきさんが国語のノートに、 「花いちもんめ、大西君がほしい」 と、
書いていてくれたことを思い出してました。

そして次の日から、だれよりも早く教室に行って、
花の水をかえて、いちど家に帰って、それからみんなと
いっしょに登校することを始めました。

僕はその日から、そのことがバレるのがこわくて、
みんなにむりしてでもしゃべりかけるようになりました。
それで、人としゃべれるようになったのです。
毎日、毎日、花の水をかえていました。
花がかれかかったら、自転単に乗ってしぎ山の下まで行って、
ざっそうの色のきれいなのを三本ほど抜いて、
かびんに入れてやりました。

クラスのみんなは、 「花がかってにふえている」 とか言うので、
もしバレたらどうしようと思っていました。
そうしたら、先生が、 「みんなが帰ったあと、先生が
花をいけているのです」 と言ってくれたのでホッとしました。

そしてクリスマスイブの日、先生にしょく員室によばれて、
「大西君がまきさんの花をいけていることは、だいぶん前から
わかっていたのよ」 と言われたんです。
僕は、はずかしくてたまりませんでした。
先生は、 「この二学期で、つくえの上に花をかざるのはやめて、
せきがえをしようと思っているの。いい? 大西君」 と
言いました。

僕は、首を、たてにふりました。 二学期最後のせきがえをしたら、
前にまきさんが使っていたつくえに、ぐうぜん、僕が
すわることになりました。 つくえの中を見ると、奥のほうに
ハンカチが残っていました。
おそらく、まきさんのハンカチだと思います。
僕はそのハンカチを、小学校をそつぎょうする時まで、
ずーっと持ってました。 これが、僕の初恋でした。・・・


追記

初恋の人を亡くし悲しみに暮れていた当時の
ジミー大西さんに対する先生の粋な計らい…

とても切ない結末ですが当時内気だった
ジミー大西さんが人前で話せるようになったのは
紛れもなくまきさんのおかげですよね。

もしもまきさんと出会わなければ
芸人、そして画家として大成したジミー大西さんの
姿を見る事はなかったかもしれません。・・・


Author :天然色日記 (朝日文庫)
<びっくりしながらも少し振り向いてみると、そこには
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こうして、こうすりゃ、こうなるものと、 知りつつ、
  こうして、こうなった


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歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…


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