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2017年1月 2日 (月)

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幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない

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僕の両親はいない、ずっと独りぼっちで、
親戚など、いろいろな所を転々として生きてきました。
施設に一時的に入所していた時期もありました。
小さい頃には「施設の子」とか「いつも同じ服を
着た乞食」とか、いろんなことを言われてきました。

たまに同級生の子と遊んでいて
「○○君の家に行こう!」とかなっても、
僕が遊びに行くと、ドア越しにその家のお母さんの
声が聞こえてきます。
「○○君と遊んではいけないって言ったでしょ!」
声を殺しつつ、子供を叱ってる声です。

僕を汚い物でも見るかのような目で
「うちの××クンは今日遊べないの・・」と
言われるようなのは、たびたび起きることでした。

僕は弱い人間なので、そんなことが重なるうちに、
独りでいることが一番傷つかず、一番楽なのだと
思いました。
けれど、僕にも言いたいことは一杯あったのです。

汚い服、同じ服を着ていても、僕は人の物盗ったり、
傷つけたりはしてない。
両親はいないけど、僕にはどうすることもできないんだよ!
僕だっておとうさん、おかあさんが欲しいんだよ。
そんなことから、僕はなるべく人と接しないように
生きてきました。

自分の精神、心を守るためにそうせざるを得なかったと
言えます。
独りで生きていく、誰にも迷惑をかけずに・・・
それが、小さな僕の結論だったのです。

高校に進学した時でした。朝、登校すると僕の机に、
彫刻刀のようなもので刻まれた文字がありました。
「死ね」「乞食」「貧乏神」「親無し」など、
あらゆる悪口が書かれていました。
僕は目の前が暗くなりました。

僕が何かしたのか?僕が何か!
子供の頃からやられていることとはいえ、
こんなことに慣れることはできません。
僕は、ただ立ちつくすのみでした。

その時、僕の目の前から机が無くなりました。
クラスでも体の大きいYが僕の机を
抱え上げていたのです。
僕はじっと目をつぶりました
僕は机で殴られるのかと思い、
時よ過ぎよとばかりに、目を閉じたのです。
そうしたら、意外なことが起きたのです。

「いくぞ!」とYがぶっきらぼうに言いました。
そして机を抱えたまま、僕の先に立ち廊下に
出て行きました。
僕は、彼の後に従うのみでした。
彼の入っていく部屋は木工を扱う技術室。
Yは技術室の一角に陣取り、紙やすりで
僕の机の落書きを消し始めたのです。

Yはただ一言だけ
「こんなことするのは、心を失くした奴らだ。
つまんないことに負けんなよ」と言いました。
あとは、黙々と紙やすりで落書きを消していきます。

僕は、生まれて初めての出来事に茫然とし、
そこにぼんやりと立ったままでした。
ほんとなら、落書きを一緒に消す作業に
加わるべきところ、何にもできず、いや、
身体が動かなかったのです。

「放課後もう一回ここでニスを塗ろうぜ。そしたら
元どおりだ」と言い、にっこり笑ったYを見て、
僕は大粒の涙をこぼしました。

Yはそれを見ないふりして、照れ笑いを
していました。・・・


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昔の岩手県、山村の小学校でのお話しです

岩手県のある小学校のことです。
ある日、一人の少年が、
女の子が着るような赤いシャツを着て
登校してきました。
その日はとても寒く、1枚でも多く服を
重ねたかったのですが、彼の家は貧乏で、
上着を買う余裕などありませんでした。

そこで、お姉さんのお下がりのシャツを、
仕方なく着ていたのです。
しかし、子どもの純真さは時として残酷なもの。

「やい、あいつ女みたいな服着ているぜ。
赤シャツだ!赤シャツだ!」
同級生たちは、赤シャツの少年をからかいました。
そのとき、赤シャツの少年の悲しそうな顔を見て、
1人の少年が声を上げました。
K君という名の少年でした。

「そんなこと言うなよ!
寒くなれば、シャツの色なんてどうでもいいだろう!」
からかわれている子をかばうのは、とても
勇気がいることです。
少年は精一杯の勇気を奮って注意をしたのでしょう。

ただ、同級生たちはからかうことを止めません。
結局、赤いシャツの少年は泣き出してしまいました。
その翌日のことです
声を上げた少年、K君が登校してくると、教室中が
騒然となりました。

K君が赤いシャツを着てきたのです。
しかも堂々と胸を張って教室内に入ってきました。
この様子を見て、特に驚いたのは、
貧乏な少年をからかっていた同級生たちでした。
驚きとともに、素直な気持ちを取り
戻したのかもしれません。

「……昨日はごめんよ。悪かった」
からかった同級生たちは、二人の少年に対して、
素直に謝ったそうです。
仲直りができて、ニッコリ微笑む止めに入った
K少年。
K君の名は、「雨ニモマケズ、風ニモマケズ…」の
宮澤賢治でした。

詞(ことば)は詩であり 動作は舞踊 
音は天楽 四方はかがやく風景画


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ノートルダム清心学園の理事長の渡辺さんが、
三十数年前、来日したマザー・テレサに同行した時の
お話しです。

マザー・テレサが三度目に日本にいらしたときの
ことでした。
その日、朝早く新幹線で東京から広島へおいでになり、
そこでの講演を済ませて、再び新幹線に乗って
岡山にお着きになったのは、夕方も5時を過ぎていました。

夕食後、教会に集まった人々と「祈りの集会」を開き、
さらに二か所で短い講話、全部のスケジュールが
終わったときには、時計は夜の8時半を指していました。

朝6時に東京を出た長い一日であり、異国を旅する
71歳のマザーにとっては、相当にハードな
一日のはずでした。
通訳として傍らに付き添う私の目にも、マザーの
お疲れが読みとれました。

ところが、マザーは岡山駅に到着後、
ひっきりなしに向けられるカメラに向かって、初めから
終わりまで、にこやかに応じていらっしゃるのです。

1979年度のノーベル平和賞の受賞者であり、
現代の聖人と言われているそのお姿を、一枚でもいい、
自分のカメラに収めたいと人々が願ったのも
無理のない話でした。
「マザーは超人的にお強い」と、私は思ったものです。

しかし、後ほどマザーが、写真をうるさがらずに、
ひとつひとつに笑顔で応じていらっしゃる
秘訣がわかりました。傍らを歩く私にマザーが
ソッと耳打ちしてくださったのです

「私はね、カメラのシャッターがひとつひとつ
切られるたびに、その瞬間に世界のどこかで
寂しく死んでゆく人の魂が、神さまのみもとに
行くようにと、神さまとお約束がしてあるのですよ」

マザーの一見きびしいお顔に、一瞬チラッと
いたずらっ子のような表情が走ったのを、
私は見逃しませんでした。

神さまとの”取引”……マザーが、写真をうるさがらずに、
ひとつひとつに笑顔で応じていらっしゃる
秘訣はこれだったのです。

つらいこと、いやなことも笑顔で受ける代わりに、
神さまに何かしていただく、それは何とも
ほほえましい”取引”でした。

身には、インドの貧しい人が着る木綿の粗末な
サリーをまとい、宝石はおろか私物を一切
持たないマザーは、自分のために何一つ求めることなく、
他人のために魂の安息を願っていらっしゃるのです。

世界中の貧しい人ひとりひとりを大切に思う、
マザーの心の豊かさに触れた思いでした。

心の豊かな人、それは他人の幸せを思いやることの
できる人ではないでしょうか。・・・

Author :いいね!ニュース
iinee-news.com/


「冬桜」



歌は心の走馬灯、
歌は世につれ、
世は歌につれ、 
人生、絵模様、
万華鏡…








愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る



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