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2017年2月11日 (土)

妄想劇場・一考編・ニュースの深層

歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…


「おんな道」



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Photo


『時代の核心・ニュースの深層』

過去に起きていることから浮かび上がってくる
真実もある。・・・

「ヤクザと芸能界、」〜昭和の大スターたちの実像

「芸能人は堅気じゃないんですよ。勘違いしたら終わり」
昭和の時代を彩った表裏の主役たちとの驚きの
交友を綴った,なべおさみ氏(76歳)と、大スターたちの
ヤバすぎる話・・・

11

私が知る「人間・高倉健」

高倉健さんと菅原文太さん、お二人は私に芸能界という
「ハレ(非日常)の世界」を教えてくれた大先輩です。
振り返ると芸能界に入って四十数年。私はずっと、
あの草履取りの木下藤吉郎の視線で、
多くの信長——お屋形様のような大物たちを見てきました。

そもそも、芸能界はヤクザな稼業でした。
健さんは常々私にこう話していました。
「なぁ、なべ。ハレの世界を飾ることで、一般の人たちに
喜びや夢を与えることが、オレたちの稼業であり、
生き方なんだ。だから己が苦しもうが何をしようが、
それを決して見せちゃダメだ」

そんな映画俳優としての正義を徹底的に実践したのが、
健さんでした。
健さんにしてみれば大学生のくせに芸能人の付き人を
していたチビでヘンチクリンな私を面白がってくれて
いただけなのかもしれません。
明治大学の大先輩でもある健さんには、仕事よりも、
プライベートで言葉に言い尽くせないほど
お世話になりました。

健さんは私に「ハレの世界」では決して見せない、
本人の素のままの「ケ(日常)の世界」を見せてくれました。
まだ大部屋俳優だったころの小林稔侍が銭湯から出ると、
ポルシェに乗った健さんが、「乗れや」と。
ランニングにステテコ姿の稔侍を石鹸箱と手拭いごと
乗せて、日本中を走り回って外国をほっつき歩いて2年間。

そんな姿が、ごく限られた信頼できる人だけが知る
生身の「人間・高倉健」でした——。
いまどきの芸能人のなかには、真実の姿を
恥ずかしげもなく見せてしまう人もいます。
ですが、「ハレの世界」で生きるからこそ「ケの世界」を
徹底的に隠し続ける矜持を持つ人もいるのです。

もちろん健さんたち往年のスターを、いまのテレビ番組に
出て騒ぐ、私生活をすべてさらすのが仕事だと
勘違いしているテレビタレントと一緒にしちゃいけません。

いまも萩本欽一や鳥羽一郎は家族との私生活を
一度だって見せてないでしょう。
「ハレの世界」を飾ることにもっともこだわった芸能人が
健さんだったと、私は確信しています。

三國連太郎が貫いた筋

健さんほどではないにせよ、往年のスターたちは
それぞれに筋を貫いて、「ケの世界」を見せませんでした。
これはマネできないな、と思った筋の貫き方もあります。
それが三國連太郎さんです。

「なべちゃん、役者なんてのは明日どうなるか
分からないだろ。もしも女を好きになったら、昨日まで
好きだった女を捨てることだってあるよな」

私には「はい」と言うほかありません。

「でも、それじゃ無責任だろ。だから、オレは全財産を
前の女にあげて、新しい女とゼロからやり直すんだよ。
だから毎回貧乏なんだ」 と三國さんは笑っていました。

美空ひばりの矜持

美空ひばりさんも芸能人らしく筋を通した人でした。
1973年にひばりさんの弟が暴力団員だったことが分かり、
全国の公会堂や市民ホールの使用を禁止されて
しまいました。そして紅白歌合戦を数年辞退することに
なります。

いまのようにセキュリティが充実していない時代、
地方興行で「ケツ持ち」の暴力団がいなければ、
芸能人の安全は保障されなかった。実際、
美空ひばりは1957年、浅草国際劇場で狂信的な
ファンから顔に塩酸をかけられている。

美空ひばりの個人事務所は山口組三代目・
田岡一雄組長が立ち上げた神戸芸能社の傘下にあり、
田岡組長自身も役員に名を連ねていたことは
周知の事実である。

そしてひばりの実弟・かとう哲也は山口組系組織の
舎弟頭で、たびたび逮捕歴があった。
芸能人は、自分という商品をいかに高く見せるかが
商売です。さらに周囲の人たちが自分という商品を
支えることで成り立っています。

大勢の人間が商品で「食べている」わけですから、
紅白辞退は非常に厳しい選択だったに違いありません。
しかし弟に対する批判を甘んじて受けたひばりさんは、
筋を通してNHKには出演しませんでした。

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「仁義なき戦い」の原点

昔から芸能界というところには、歌舞伎俳優もいれば、
女郎もいれば、猿回しもいました。いわばごちゃまぜ。
裏社会とも表裏一体だったから、当然本物の
ヤクザもいました。

逆にいえば、出自を気にするヤツなんて誰もいませんでした。
そんな環境だから芸能界自体にも芸能人にも
奥行きがありました。
こうした環境が産み落としたといえるのが菅原文太さんが
東映一の大スターに上り詰めることになった映画
『仁義なき戦い』シリーズです。

いまも多くの人を魅了する『仁義なき戦い』は当時の
芸能界の状況を抜きには語れません。
出演した俳優たちは、幸いといっていいのかどうかは
分かりませんが、堅気の人だけと付き合っていたワケでは
ありませんでした。なにしろごちゃまぜの芸能界で
生きていたんですから。

文太さんをはじめとする俳優たちは、役を割り振られたときに、
「オレはA組の若頭のBさんでいくか」
「オレはC会のD親分だな」と、身近だった実在の
裏社会の人間を演技の参考にしました。

あの映画のリアリティは、俳優たちの実生活が
作り上げていったのです。
実は僕にも『仁義なき戦い』のオファーがきたんですよ。
残念ながら実現しなかったけど。

考えてみてください。
俳優たちはまことしやかに架空の物語を演じて
いるわけです。ではリアリティを担保するものは何か。
それは、自分の人生や生き様のなかで学び取ったもの
しかありません。

もともと文太さんは日本で最初のプロの男性
ファッションモデルの一人で、VANの創業者・
石津謙介さんが可愛がっていたモデルでした。

「文ちゃんはモデルで終わる人間じゃないよ」

石津さんはよくそう話していました。
私は石津さんに言われて、事あるごとに酒や食べ物を
文太さんのアパートに届けました。
その時代を知っている芸能人は少ないので、文太さんは
何かにつけて「なべ」「なべ」と私を重宝してくれたものでした。

『仁義なき戦い』と並ぶ文太さんの代表作と言えば
『トラック野郎』シリーズです。
今年7月。茨城県大洗海岸大洗港に640台のデコトラが
集まりました。全国のトラック野郎による文太さんと
愛川欽也さんの追悼会でした。

いまも『トラック野郎』が愛されているんだなと
実感したのと同時に、トラック運転手の世界の
「ハレ」と「ケ」を思いました。

運送会社の正規社員のトラック業を「ケの世界」の
稼業とするなら、ここにも「ハレの世界」の
「トラック野郎」たちがいるわけです。

会社の従業員になれば、安定して月給をもらえるし、
身分が保障されます。しかしなかには、
しがらみのなかで生きることをヨシとしない
人間もいます。決まりだらけの制約のなかに
身を置くことが性に合わない人たちです。

本来、芸能界はそうしたヤクザな人たちばかりが
集まった場でした。
かつて芸能界に給料や身分を保障された人間なんて
一人もいませんでした。
芸能人だけではなく、映画会社、劇場、興行などに
関わる人たちはすべて叩き上げの「ヤクザな人」たち。

テレビが芸能界を変えた

しかしテレビが主流になったときに、『仁義なき戦い』を
生んだような芸能界の黄金律が崩れてしまいます。

テレビはなんの経験もしていない大卒のエリートが
作るわけですから、下積みがまったくありません。
ヤクザの稼業だった芸能界が、サラリーマン化して、
堅気の仕事になってしまったのです。

当初のテレビは、映画界で用いられる俳優のランクを
そのまま利用しました。簡単にいえば、映画で客を呼べる
スター俳優ほど高額なギャラを支払われていたのです。

しかし徐々に芸能人の格や実力、実績に関係なく、
売れている若手を使えばいいという考えに
なっていきました。

テレビが芸能界のしきたりを変えた結果、
何が起きたか。

芸能界から「筋」が消えた

芸能人が貫いた正義の形、芸能界で慣習になっていた
筋の通し方が通用しなくなってしまったのです。
私はそれを象徴する現場を目撃した経験があります。

ある年の年末。紅白歌合戦のリハーサル時の出来事です。
私は当時付き人をしていた水原弘
(1959年、第1回日本レコード大賞受賞。
'65年に暴力団による花札賭博に関与したことが発覚して
芸能界追放。'67年にカムバックし、紅白歌合戦には
通算10回出演した)・について楽屋に行きました。

紅白の楽屋で起こった事件

楽屋に入った水原が、
「こら! てめえら何その気になってやがる! この方々が
立っているのが見えねえのか!」と一喝しました。

楽屋では三波春夫さん、村田英雄さん、三橋美智也
さんら名だたる大先輩が立っていました。
にもかかわらず、数人の若手歌手が椅子に座って
ダベっていたのです。

当時の若手とはいえ、紅白に出ていたくらいだから、
名にし負う人たちです。立っていたのは、大御所では
あるものの、時の人とはいえない方々では
ありました。

けれど、水原は若手を怒鳴りました。先輩を前に
何をしているんだ、と。水原の振るまいが、本来の
芸能界の正義であり、筋の通し方だったのです。
目上の人を敬う。それは、芸能界でなくても
堅気の社会でも同じではないでしょうか。

しかしヤクザな稼業の芸能界がサラリーマン化して、
筋の通し方を忘れて「ハンチク」をやり出してしまいました。
その影響か、または時代の変化なのか、
いつしか堅気が「ヤクザな行い」をするように
なりました。

大企業の不正会計事件や建設業界全体に広がった
杭データの偽装問題、テレビ番組のやらせもそう。
誰も筋を通さないし、そこには正義もありません
。一方の本物のヤクザは急速に力を失っています。
いまニュースを見ていると、どちらが表か裏か
分からなくなってしまいました。

僕が大好きだったヤクザな人たちを思い出すと、
堅苦しい世のなかになったなあとつくづく感じます。

水原弘といえばもう一つ、
水原の第1回レコード大賞受賞を受けて勝新太郎さんが、
「これはねお前、おミズのためにやる
〝花興行〟だからね」と。ハナコウギョウとは裏社会の
言葉で、要はおカネ集めの慈善興行です。後日、
「水原弘誕生パーティ」とある招待状を受け取りました。

発起人 数百人(省略御免)
その代表
石原裕次郎 美空ひばり 勝新太郎

発起人数百人は当然ハッタリ。もちろんみなさん
ノーギャラです。
勝さんが私に、「で、お前が司会だ」

そう言いつけられたら断れません。
こんな藤吉郎風情に務まるものかどうか、
オロオロするばかりです。

裕次郎、静かに怒る

さて当日、裕次郎さんの「今日は無礼講だ!」との
掛け声の後に宴が始まり、水原の、
「俺が歌うから、裕次郎、お前、ドラム叩けよ!」
とのご機嫌な声が会場中に轟きました。

その瞬間——。「小僧!」
片手をズボンのポケットに入れ、脚をわずかに開いて
マイクの前に立った裕次郎さんが、
「お前に、お前呼ばわりされる覚えはねえよ!」
実に静かな声でした。

「小僧だぁ!」と水原が言うや否や、裕次郎さんは
怒りの顔も見せず会場から出ていってしまいました。
「おい、兄弟」 勝新さんが後を追い、
「ちょっと!」 ひばりさんも二人を追い、
水原も間髪容れずに出ていきました。

その間、10分もありません。これで世紀の
大パーティはおしまいです。司会の私はもとより、
集まった何百人は呆然とするしかございません。

ちなみに裕次郎さんは1934年12月生まれ、
水原は1935年11月生まれです。

こんな破天荒な人たちは、いまの芸能界には
もちろんいません。裕次郎さん、勝新さん、
ひばりさん、水原……みんな戦後を代表する
大スターでしたが、その後の人生は順風満帆とは
いきませんでした。とはいえ、素のままの「ケ」の姿を
見せなかったことで、ずっとみなさんに愛され
続けています。

時代は変わったと言っても

せっかく才能があっても筋や正義を通せずに
失敗していった芸能人をたくさん見てきました。

芸能界には浮き沈みはつきもの。沈んだらもう一度
浮き上がればいいんです。けれど、一度、裏で
悪さをしたら、人間としての風情が変わってしまいます。
それじゃ、いくらがんばっても浮き上がれません。

時代は変わったといっても、やっぱり芸能界は
裏も表もあって成り立つもの。
私はそう確信しますね。・・・

週刊現代
http://gendai.ismedia.jp/

【医者からの衝撃の話】、”差別とは?”

この動画には字幕がついていませんので、
簡単に全体を説明します。

父と母、それに娘の三人が病院の待合室に入ります。
そこには、先客の男がひとりソファに座っていました。
男を一瞥して、家族は男から離れた席に座りました。
わざわざ一人分空けるために、父親はソファから
立ちました。

肌の色の違いを嫌がり、男から遠ざかったのです。

家族は、先生の部屋に呼ばれます。
おや?もう一人の男も一緒に呼ばれました。
部屋の中では、医者から少女の術後の経過がいいことを
告げられ、家族に笑顔がこぼれました。

そして医者は、その男のことを家族に紹介しました。
「彼は娘さんの手術のために、骨髄を
提供してくれたドナーです」

家族が差別的視線で見ていた男、彼が娘の
命の恩人だったのです。・・・

動画をどうぞ




こうして、こうすりゃ、こうなるものと、 知りつつ、
  こうして、こうなった


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