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2017年2月 4日 (土)

妄想劇場・一考編・ニュースの深層

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『時代の核心・ニュースの深層』
【衝撃事件の核心】

過去に起きていることから浮かび上がってくる
真実もある。・・・

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加茂の三十人殺し(かものじゅうにんごろし)は、
1938年(昭和13年)5月21日未明に岡山県
苫田郡西加茂村大字行重
(現・津山市加茂町行重)の貝尾・坂元両集落で
発生した大量殺人事件。

犯人の姓名を取って都井睦雄事件ともいう。
2時間足らずで30名(自殺した犯人を含めると31名)が
死亡し、3名が重軽傷を負うという、
犠牲者数がオウム真理教事件(27名)をも上回る
日本の犯罪史上前代未聞の殺戮事件であった。

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都井睦雄(とい むつお)は1917年(大正6年)3月5日、
岡山県苫田郡加茂村大字倉見に生まれた。
2歳のときに父を、3歳のときに母を、ともに肺結核で
亡くしたため祖母が後見人となり、その直後一家は
加茂の中心部である小中原塔中へ引っ越した。

さらに、睦雄が6歳のときに一家(祖母・姉・睦雄、
戸主は睦雄)は祖母の生まれ故郷の貝尾集落に
引っ越した。
都井家にはある程度の資産があり、畑作と併せて
比較的楽に生活を送ることができた。

祖母は自身の体調不良などを理由に、都井に
家にいることを要求したため、都井の
尋常高等小学校への就学は1年遅れ、就学後も
たびたび欠席を余儀なくされたが成績は優秀だった。

その後担任教師に「上の学校」への進学を勧められたが、
祖母に反対されたために断念せざるを得なくなった。
都井は、尋常高等小学校を卒業直後に肋膜炎を患って
医師から農作業を禁止され、無為な生活を送っていた。

病状はすぐに快方に向かい、実業補習学校に入学したが、
姉が結婚した頃から徐々に学業を嫌い、家に
引きこもるようになっていき、同年代の人間と
関わることはなかった。

一方で、自身が子供向けに作り直した小説を近所の
子供達に読み聞かせて、彼らの人気を博した。
さらに、近隣の女性達とこの地域での風習でもあった
夜這いなどの形で関係を持つようになっていった。

しかし、都井は事件の前年、1937年(昭和12年)に
徴兵検査を受けた際に、結核を理由に丙種合格
(実質上の不合格)とされた。
その頃から、都井はこれまで関係を持った女性たちに、
都井の丙種合格や結核を理由に関係を拒絶
されるようになった。

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徴兵検査不合格と、不治の病という二重の苦しみで、
失意のどん底にたたき落とされた都井は、このころから
異常な性欲に走り始める。若い女性にはもちろん、
人妻にさえも「やらせてえや」と、関係を迫り、
時には畑で抱きついたり夜中に家に忍びこんでは
無理やりやったり、自分のモノを出して迫ったりもした。

拒否すれば「殺してやる。」と相手を脅し、
何人もの女性と無理やり関係を持った。
都井の異常な行動はたちまち村中の評判となり、
病気のこととも重なって、村では完全に孤立状態と
なってしまった。 そ

の一方で都井は、自分を拒否した女性に激しい
憎しみをいだくようになり、特に自分と関係を
持ちながらも、別の男と結婚した「二名の女性」に、
とりわけ激しい殺意を持つようになっていた。

やがていつの頃からか、都井は銃や刃物を
集めるようになる。これら武器の購入資金は自分の
田畑を担保に、銀行から借りた金である。
来たるべき日に備えて、山の奥に入っては射撃の
練習をする日々が続いた。

いったんは村人に通報されて警察の家宅捜索を受け、
集めた武器を全部没収されたこともあったが、
もうその翌日から都井は再び武装計画を開始し、
着々と武器を集めていった。

大量殺戮(さつりく)実行の3日前、都井は遺書を
残している。「早くしないと病気のために弱るばかりだ」
という内容から、結核と知ってたちまち見る目を変え、
自分の悪口を言って歩いた何人かの女性の名前をあげて、
「復讐のために殺す」という内容などが書かれてあった。

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事件概要

彼はまず、夕方に村の送電線と電話線を切断。
しかし送電技術が稚拙で、強風などでの停電が
珍しくなかった当時の寒村では、誰も怪しむ者は
無かった。

夜も更けた頃、彼は鉈を手に、眠りについている
祖母の首を斬り落とす。 そして、詰襟の学生服を
着込む。その足にはゲートル、頭には2本の
懐中電灯を括り付けたハチマキを巻き、
ベルトに匕首、右手には日本刀、左手に
猟銃を持つと、
真夜中の村へと“出陣”して行った。

まず隣家へ忍び込むと、そこに暮らす老婆とその娘を
日本刀で刺殺。いずれも即死だった。
そして次は、かつて夜這い相手だった人妻の家に
忍び込む。かつての夜這い経験から、音も立てずに
彼女の部屋へと忍び込むと、憎しみの全てを込めて
彼女の下腹部へ散弾を打ち込んだ。

音に驚いて部屋へ飛び込んできた彼女の夫も即座に
射殺すると、家の奥で震えていた幼い娘へも、
躊躇なく引き金を引いた。
日本刀と猟銃を手に、返り血を浴びた姿と狂気に
歪んだ顔で、躊躇無く村人の命を奪う彼の姿は、
まさに鬼と言えた。

その夜、村には1匹の鬼が駆け抜けたのだ。
そんな彼の襲撃の時、命が助かった者もいた。
返り血を浴びて近づいてくる彼を見て腰が抜け、
逃げる事も出来ずにいた老人が助けを懇願すると、
「お前はわしの悪口を言わんじゃったから、
堪えてやるけんの」と見逃されたという。

そうして事件発生の深夜1時から、わずか
2時間足らずで30人の村人を殺害した彼は、
村はずれの家を訪ね、紙と鉛筆を所望した。

その異常な風体に恐れおののいて動けなかった
家人だったが、その家の子供は睦雄の紙芝居の
常連で顔見知りだった為、その子供は睦雄に
紙と鉛筆を渡した。

それを受け取った睦雄は悲しげな瞳で少年に
「いっぱい勉強して、偉い人になるんじゃぞ」と
言い残し立ち去った。

彼は村を一望できる山の高台に上る。
既に夜が明け朝日が差し込んでいた。
そこで彼は姉に宛てた遺書を書き記した後、猟銃を
自分に向け、その引き金を引いた。

その遺書には、「村人の余所者へ対する差別」、
「結核患者への差別」、そして夜這いなどの
「村の悪しき因習」についてが滔々と語られていた。

だが彼の悲壮な心とは裏腹に、事件後も
その村では、「被害に合わなかった家は
事前に事件を知っていたに違いない」という
根も葉もない理由で新たな迫害が
起こったらしい。

愈愈死するにあたり一筆書置申します、
決行するにはしたが、うつべきをうたず
うたいでもよいものをうった、時のはずみで、
ああ祖母にはすみませぬ、まことにすまぬ、
二歳のときからの育ての祖母、祖母は殺しては
いけないのだけれど、後に残る不びんを考えて
ついああした事をおこなった、

楽に死ねる様と思ったらあまりみじめなことをした、
まことにすみません、涙、涙、
ただすまぬ涙がでるばかり、姉さんにもすまぬ、
はなはだすみません、ゆるしてください、
つまらぬ弟でした、

この様なことをしたから決して墓をして下されなくても
よろしい、野にくされれば本望である、
病気四年間の社会の冷胆、圧迫にはまことに泣いた、
親族が少く愛と言うものの僕の身にとって少いにも泣いた、
社会もすこしみよりのないもの結核患者に同情すべきだ、
実際弱いのにはこりた、

今度は強い強い人に生まれてこよう、
実際僕も不幸な人生だった、
今度は幸福に生まれてこよう。
思う様にはゆかなかった、今日決行を思いついたのは、
僕と以前関係があった寺井ゆり子が貝尾に来たから、
又西川良子も来たからである、

しかし寺井ゆり子は逃がした、又寺井倉一と言う奴、
実際あれを生かしたのは情けない、ああ言うものは
此の世からほうむるべきだ、
あいつは金があるからと言って未亡人でたつものばかり
ねらって貝尾でも彼とかんけいせぬと言うものは
ほとんどいない、

岸田順一もえい密猟ばかり、土地でも人気が悪い、
彼等の如きも此の世からほうむるべきだ。
もはや夜明けも近づいた、死にましょう。

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都井の自殺死体が発見されたのは、3.5kmほど
山の中へと入ったところである。
「うつべきをうたずに、うたないでよいものをうった。
祖母、姉さん、許してください」などと、借りた紙と鉛筆で
最後の遺書を書き、自分に向けて引き金を引いていた。

事件後

この事件が貝尾集落に与えた影響は大きく、
一家全滅したところもあれば一家の大部分を失った
ところもあり、集落の大部分が農業で生計を
立てているため、かなり生活が苦しくなったとされている。

さらに、都井の親族であり、都井から襲撃を
受けることのなかった一家が、企みを前々から
知っていて隠していたのではないかと疑われ、
村八分に近い扱いを受けたともいわれている。

犯人の都井が警察による取り調べを受ける前に自殺し、
さらに多くの被害者が亡くなったため、生存者による
証言しか残っていない。しかし、生存者のほとんどが
亡くなった被害者の誰かしらと親類関係がある状態で、
すべての罪を都井にかぶせるようなものが多いという
意見もある。

その計画性と遺書、実行ぶりからして都井は決して
精神異常者ではなく、正常な判断力を持っていたものと
されている。村八分、不治の病、そして村人に対する
恨みが一挙に爆発した結果、都井は自殺の道連れに
30人もの人間を殺害したのである。

さらに、都井が死亡した以上、都井と関係があったと
噂される女性でも本人が否定してしまえば確認する
方法はなく、事実関係が不明な部分も多く残った。
また、この事件の発生から現在までも、現地でこの事件に
言及することはタブー視されている。 ・・・

全戸数23戸、人口111人の小さな村は、その内の
12戸が襲われ、死者は30人(即死28人・
重症を負ってまもなく死亡2人)、負傷者3人という
大惨事となった。一家全滅は6戸で21人にのぼる。

こうして、こうすりゃ、こうなるものと、 知りつつ、
  こうして、こうなった


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歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…


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