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2017年3月18日 (土)

妄想劇場・妄想物語

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信じれば真実、疑えば妄想・・


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1960年代の半ば過ぎから後期にかけて、日本でも
フォーク・ムーブメントという現象が起こった。
ギターを弾いていくつかのコードさえ押さえられれば、
自分の言葉を綴った歌という形にして、社会に対する
疑問や怒りを意思表示して伝えることを知った
若者たちが、日本中のあちらこちらでギターを抱えて
歌い始めたのだ。

当時は「プロテスト・フォーク」とも呼ばれたが、
アメリカのピート・シーガーやボブ・ディランに
代表される「フォーク歌手」の影響を強く受けていた。

60年代後半からに70年代にかけて登場した
関西フォークの高石ともや、中川五郎、岡林信康、
高田渡などの特徴は、「自作自演」であること以外に、
自己の内面を見つめる視点を持っている
シンガーであり、歌詞が社会に訴えかける
メッセージ性を内包しているところだった。
 
同志社大学の大学生だった岡林信康が歌う
「山谷ブルース」は、同世代の若者以外にも
広く伝わる心情が歌われていたのでヒットした。

山谷とは東京都台東区と荒川区にある寄せ場、
日雇い労働者が多数集まる場所のことだが、
江戸時代に幕府が各所に設けた無宿者・犯罪者の
収容所、人足寄場が語源となっている。

山谷ブルース



今日の仕事はつらかった
あとは焼酎をあおるだけ
どうせどうせ山谷のドヤ住まい
他にやることありゃしねえ



1968年9月にビクターから発売された岡林信康の
シングル盤を、湘南海岸の片瀬江ノ島駅の
そばにある一流の料亭「角若松」に就職して間もない、
板前見習いの若者が耳にした。

師走の寒さの中、その若者はサラシの腹巻きを
見せるために、わざと白衣の前をはだけて、
素足に下駄、くわえタバコで歩いていた。
たまたま住み込んでいた寮の隣にあるレコード店から、
耳に飛び込んできたのが「山谷ブルース」だった。

山谷のドヤ街に住む日雇い労務者たちの歌。
仕事がつらいことも焼酎をあおることも珍しくはなかった。
だが『仕事』『焼酎』というその言葉。その使い古された
日頃の『言葉』が唄になっている。

唄にしてもいいのだという驚きは衝撃だった。
青森県北津軽郡小泊村に生まれ育った三上寛は、
高校時代に一家の大黒柱だった父を亡くし、
板前見習いとしてその店で9月から
働き始めたばかりだった。

寮の部屋に先輩たちと3人で住み、1万5000円の
給料の半分を実家に送る生活を送っていた。
まったく意にそぐわない仕事だったが、故郷の
母と妹のために我慢して働くしかなかった。

激しさを増していたベトナム反戦運動や高校・大学の
学園紛争が気になっても、横目で見ているしか
術はないと思っていた。
しかし、「山谷ブルース」が人生を変える行動に
走らせる。

「世の中に何かが起きている」、そう思った三上寛は
東京に行くことを決意した。
地方から出てきた見習いを親切にしてくれる先輩たちの
引き止めを振りきって、1969年の1月31日に
東京へ出ると、翌日から新聞販売店に住み込んだ。

それから詩を書き始めて1年、渋谷のライブスペース
「ステーション70」に出演するようになり、
三上寛はフォークシンガーの道を歩むことになった。

1971年4月にはコロムビア・レコードから
デビュー・アルバム『三上寛の世界』が発売された。
ところがリリース直後、それはレコード店から
回収されてしまう。

連続射殺魔と名付けられた永山則夫に捧げた
「ピストル魔の少年」が問題となったのだ。


ピストル魔の少年よ、ぼくの友達よ
ぼくも君と同じ青森、同じ夢を見た
見えない故郷は東京にあったか
アメリカ製のハンカチか、新宿のジャズ喫茶か

ピストル魔の少年よ、ぼくの友達よ
誰がこんなに君を苦しめ、君を追い込んだ
誰がこんなに君を苦しめ、君を追い込んだ


やがて三上寛も所属した事務所の社内事情による
ゴタゴタに巻き込まれて、6月にはそこを
飛び出してしまう。仕事をなくした三上寛は、
知り合いだった新宿ゴールデン街のバー
『唯尼庵』のママ、キヨさんの計らいで店で
バイト生活を送っていた。

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岡林信康はその日、関西フォークの東京事務所で
話題になっていたレコード、『三上寛の世界』を
聞いてきたところだった。

カウンターに座るなり「ミカミってのがサァ」と
言い始めると、
笑いながらキヨが「こいつがミカミだよ」と言った時、
岡林は驚きのあまりに椅子から転げ落ちていた。

三上寛が岡林信康と同じステージに立ったのは、
1971年8月7日から9日にかけて岐阜県の
椛の湖(はなのこ)の湖畔で開催された、
第3回全日本フォークジャンボリーだった。

岐阜県の椛の湖(はなのこ)の湖畔で開催された
第3回全日本フォークジャンボリーは、
1971年8月7日の昼から9日未明まで行われた。
そのなかで後世に語り継がれたのは吉田拓郎
(当時はよしだたくろう)が歌った「人間なんて」と、
出演予定に入っていなかった無名の三上寛が、
体を張って見せたライブ・パフォーマンスだった。

初日のメインステージに登場して評判になった
三上寛は、翌日もまた、当時のカリスマだった
岡林信康の直後という、出演者の誰もが嫌がる
時間帯に登場して大観衆の喝采を浴びたのだ。

三上寛はその年の春にデビューしたものの、
過激な内容からアルバムが回収されて
お蔵入りになり、仕事もなく新宿ゴールデン街の
スナック『唯尼庵』でアルバイトをしていた。

たまたま店に来ていたプロデューサーから
「明日、中津川でイベントがあるけど行くか?」と
聞かれて、ふたつ返事で「じゃあ行きます」と応えた。
そしてバイトが終わった明け方、店を出ると
ギターを手にして新宿から長距離バスに乗った。

当時の客は期待していない出演者に対して、
平気で「帰れコール」を浴びせるのが普通で、
それがほとんど儀式化していた。
しかし風采が上がらない三上寛は、歓迎された
数少ない例外だった。

とはいえ見るからに場違いな短髪、あか抜けない
田舎のあんちゃん風といういでたちだから、
最初にあがった歓声はからかい混じりの嬌声だ。

半分馬鹿にされながら迎えられたことは、もちろん
本人にもよくわかっていた。
そもそも出演書の予定にも入っていなかった
無名の歌手、どこの誰だかわからない男が
歓迎されるはずもない。

だがステージに立った三上寛は猛烈なエネルギーを
発して「いくぞ!」と吠えると、誰もが知っている
「夢は夜ひらく」にのせてオリジナルの歌詞を
歌い始めた。

(注)
この時の三上寛のライブは、URCからの
実況録音盤に放送禁止用語を含めてほぼ
ノーカットで収録された。



質(七)に荷(二)を足しゃ 苦(九)になるが
苦(九)になりゃ まだまだいいほうで
死(四)に死(四)を足しても 苦(九)になって
夢は夜ひらく

サルトル マルクス 並べても
明日の天気は わからねえ
ヤクザ映画の看板に
夢は夜ひらく

八百屋の裏で泣いていた
子供背負った泥棒よ
キャベツひとつ盗むのに
涙はいらないぜ


全身全霊を込めて歌う姿に、からかいの
嬌声がほんものの歓声に変わった。
青森県の津軽から3年前に柳行李ひとつと
3千円だけを握って上京した青年は、ここから
日本で最もラジカルな唄を歌うフォーク歌手として、
本格的に歌手生活を歩み始めることになる。

3年前に岡林信康の「山谷ブルース」を聞いて
歌に目覚めた三上寛が、カリスマだった
岡林信康の後に登場して賞賛を浴びた
その夜のライブは、日野皓正クィンテットから
安田南+鈴木勲カルテットに受け継がれた

演奏中に中断した。

隊列を組んで「ジャンボリー粉砕!」を叫ぶ
300人ほどが、ステージに乱入したのだ。
会場はヤジと怒号で騒然となり、様々な
参加者が入り乱れて朝まで不毛な討論会が
続いた。

だが、中身のない論議に一般の観客は次第に
嫌気が差し、コンサートはそのままなし崩しに
終了してしまった。
イベントそのものがその日で終焉を迎えたことで、
全日本フォークジャンボリーもまた
伝説化していく。・・・

Author :佐藤 剛
「三上寛 怨歌(フォーク)に生きる」
http://www.tapthepop.net/


こうして、こうすりゃ、こうなるものと、 知りつつ、
  こうして、こうなった



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