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2017年6月 1日 (木)

妄想劇場・特別編 (知られざる深層)

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昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリ

過去に起きていることから浮かび上がってくる
真実もある。・・・


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※ 高次脳=脳神経細胞が壊死することで起きる
精神神経的な障害で、
見てわかる身体のマヒなどとは違い人の内面の
精神活動や認知行動に起きる障害。
行動や感情がコントロールできなくなったり、
記憶障害や注意障害、遂行機能障害、
失語などがある


大病後も人生は続く
「トイレでこっそりゼリーを食べる」


幸い一命は取り留め、血圧や血液の状態などを
改善維持すれば再発リスクはそれほど高くないというが、
左半身に軽度のマヒと、構音障害(呂律障害)、
そして高次脳機能障害(以下「高次脳」)という
聞きなれない後遺障害が残った。

リハビリを経て比較的短期間で回復したのは、
身体や口回りなどフィジカル面のマヒ。
ところが一方の高次脳については感情の抑制困難や
注意障害・遂行機能障害が複雑に絡み合った形で
残存し、結果として「声は出るのにうまく人と
会話できない」という、取材記者としては少々
致命的な状況になった。

定まらぬ視線、能面のような表情と、震えがちで
吃音も伴う弱々しい声……。
自分の意図するコミュニケーション表現ができない
苦しさとの戦いの日々が始まったが、
一方で期せずして得ることになった高次脳の
当事者認識がそれまで取材対象者としてきた
社会的困窮者や精神疾患・発達障碍の当事者の
抱えている苦しさに酷似しているのではないかと
気付けたのは、僥倖。

そこから自己観察を続けて脳にトラブルを抱えた
当事者認識の言語化に挑戦したのが、
発症からちょうど一年で上梓した闘病記
『脳が壊れた』(新潮新書)である。

だがこの闘病記の発行後、脳卒中の後遺症ケアに
携わるリハビリ職や精神疾患に携わる心理職の
先生たちからは、異口同音にこんな意見をいただいた。

「鈴木さんほど早い時期から障害を受容して自己観察し、
かつ前向きに社会復帰に挑めたケースは珍しい。
鈴木さんも十分に苦しかったと思うが、他の患者さんは
もっと社会復帰に苦しい思いをしているかもしれない」

意外だった。僕自身、リハビリと社会復帰は
「なんでひと思いにスッキリ死ねなかったんだろ」と
しばしば思うぐらいは辛かったし、もう回復は
ないのではないかと絶望した時期もあった。

闘病記はあくまで自分自身への取材であって、
他者への取材と執筆というそれまでの仕事とは違うから、
きちんと復職できたという感覚もない。

そもそも受容という言葉はリハビリの現場では
あまり好ましくないもので、例えば入院中には
左手のマヒがあっても仕事に復帰できるように
パソコンの音声入力環境を整えたと言ったら、
それはよろしくないとリハビリの先生に強めの
制止を受けたなんてこともあった。
「不自由でも使わなくては回復しない」がその理由だ。

受容したら回復しない。でも、先生たちは、
受容しなかったらもっと苦しい思いをしたという。
ちょっとした謎掛けだ。

この謎についてよくよく考えていたら、脳裏に甦った
ひとつの記憶がある。
トイレの個室の中、こっそりとフルーツゼリーを
食べている自分の姿だ。桃味だった。
まだ脳外科の急性期病棟にいたが点滴は
外してもらった後だから、脳梗塞発症から
2週間程の頃だったろう。

だがなぜ便所で桃ゼリー? 別に禁じられていた
食物だったからではない。
その頃の僕には、高次脳の中でもポピュラーな
半側空間無視の症状が出ていて、
病院食のトレーの左側にある食べ物を認識できずに
食べ残してしまうことがあった。

そのゼリーは、まさにその食べ残しだったのだが、
これを残してしまったことを看護師や家族や
主治医に見られてしまえば、半即空間無視の障害が
重いと判断されてしまうかもしれない。

そこで食事のトレーを回収しに来た看護助手さんに
気付かれないようにゼリーをすかさず隠し、
後に便所でご賞味というわけだ。
そういえばヨーグルトでも同じことをやった記憶がある。

ちょっとまて、受容、全然できてないではないか。
思い起こせば発症から少しの間は、自身の障害を
認めない、または周囲に隠したというエピソードが
多くあることに気付いた。

だが前述したように僕の書いた闘病記は、
自らの後遺障害を観察し、その苦しさを
言語化したものだ。
確かに障害を受容しなければそもそも観察に
至らないわけだが、はてさて、では僕はどのタイミングで
自分の障害を受容したのだろうか。

「尿漏れパッドついてるくせに」

間違いない。あいつのせいである(おかげである)。
あいつとは、我が妻である。
「ようやくあたしの気持ちがわかったか」

これは妻が入院中の僕に投げかけた言葉だ。
高次脳になった僕が、感情のコントロールが効かず、
うまく話すことができず、世の中の動きが速すぎて
自分だけがスローモーションの世界に叩き込まれたような
猛烈な苦しさに翻弄される中、

「これって俺が取材してきた『困った人たち』と
同じかも知れない」と一番最初に告げたのが、妻だった。
そんな僕に妻の返した言葉が、これ。

妻は子ども時代には典型的なLD(学習障害)児で、
かなり激しい注意欠陥もあり、適応面に色々と
問題があって20代前半にはハードな
リストカッターだったし、ここ10年来仕事に
就いたこともない人だ。

そんな妻がこう言った。

「大ちゃん(僕)は病気になることで劣等生になった。
わたしから言わせれば、あなたは子どものころから
何でもやれちゃう優等生だったんだよ。で、
それで病気で劣等生になったから辛いんでしょ。
でもね、優等生だったときの自分に戻りたいと
思うから辛いんだよ」

いやでも、そんな「やれなくなっちゃった」自分は
嫌なんだもん。ていうか、少なくとも病前の「働ける俺」に
戻らなきゃ、働かない君を養えないじゃないか!

情緒のコントロールができなかった僕は、
呂律のまわらぬ口でかなり激しく妻に反論したと思う。
だが妻の返事は、「分かるけど、何でそこまで
頑張るの?」だった。

「何でそこまで優等生でいなくちゃいけないの? 
わたしなんかは30年以上劣等生でやってきた結果、
優等生になりたいと思わないよ。
優等生なあなたに養われてるけど、優等生なあなたが
好きなわけじゃないし、むしろそういうとこ
あんま好きくない。・・・

色々やれなくなって辛いと思うけど、やれないことは
わたしが手伝うよ。何でも1人でやろうと思うなよ。
尿漏れパッドついてるくせに」

その時点ではなぜか排尿時にうまく尿を切ることが
できなかった僕は、妻にお願いして(看護師さんたちに
バレないように)こっそりと尿漏れパッドを
もってきてもらっていた。

そうなのだ。やれないできない苦しい苦しい。
でもまだ俺は、所詮尿漏れ男なんだ。・・・

次回へ続く


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野球に対しての理論には、一本筋がねの通っている
野村克也さんです。
好き嫌いはあるでしょうが、この人は苦労人であるだけに、
選手たちを「野球人」として育成するのにも
手腕を発揮していました。

野村さんは選手時代には、戦後初の三冠王に輝く
実力派でもありました。

余談ではありますが、野村さんは南海ホークスに
テスト生として入団。
三冠王3回の落合博満さんもドラフト3位でロッテに入団。
今をときめくイチロー選手にしても、ドラフト4位で
オリックスに入団です。

他にも入団時、順位の低いドラフトから、入団後、
素晴らしいスター選手に育った人は数多くいます。
最初に不遇の時期からスタートし、這い上がる過程で、
大きくなっていく人たちであり、この人たちはまた
大きくなり方も破格のようです。

やはり、人は最初に恵まれた地位から歩むより、
不遇の地位から歩む方がより成長率が高くなるような
実例です。

野村さんと言えば「野村ID野球」です。
その「野村ID野球」が生まれたきっかけも、
不遇の時期がキーポイントでした。

野村さんの話です。
「日々コツコツ努力を続けるのは、確かに苦しくてつらい。
努力には即効性がないから、気持ちがくじけて
続かなくなってしまうんですね。

しかし、努力をやめることは、イコール自分に負けること。
自分に負けて、相手との戦いに勝てるはずがありません」

南海ホークス入団3年目で一軍に上がり、4年目で
ホームラン王。
自信をつかみかけた5年目あたりからだったでしょうか。
思うように打率が伸びず、野村選手は
スランプに陥りました。

そんな時、悩む野村選手を見かねて、ある先輩が
声をかけてくれました。
いろんな四方山話をしながら、
ワルだったその先輩の学生時代のケンカの話しを
聞いてる時でした。

先輩のある言葉が、妙に野村さんの頭に
ひっかったのです。
その言葉の中に「野村ID野球」の種が仕込まれていたとは、
当のご本人も気づく由もありませんでした
先輩の口走った言葉はこうでした。

「ぶん殴ったほうが忘れても、殴られたほうは
忘れてないぞ」
その言葉が、悩む野村選手にとっては、どうしても
頭の中で通過させるわけにいかず、何か心に
突き刺さるのでした。

ぐるぐる思いを巡らせるうちに、さすがは野村選手です。
はっと思い当たりました。
つまり、ヒットを打ったバッターはその打席について
忘れても、打たれたピッチャーは苦い記憶を忘れない。
「よし、次こそやり返す」と策を練っているということです。

それまで「なぜ打てなかったのか」と自分ばかりを
見ていました。
しかし、この言葉でストンと腹に落ちたのです。
そうか、相手(ピッチャー)の視点に立って考えてみようと。

スタッフに頼んで、相手投手が自分に投げた球種と
コースのすべての記録を出してもらいました。
そして、それを12種類あるボールカウント別に
分析してみました。

たとえば、
「1ボール2ストライクの場面では、どんな球をどこへ
投げてくる確率が高いのか?」といった具合に。
すると、野村選手、投手のクセや傾向が見えて
きたといいます。

「ノーストライク2ボールのカウントの時は、
インコースの球は100%来ない」といったことまで
わかるのだから、相当に驚いたそうです。

傾向が分かれば、攻め方も変わる。
これが後に名付けられた「野村ID野球」の
始まりでした。

要するに、ただ「頑張れ、頑張れ」という精神論の
努力から、データを踏まえた努力へと、
努力の方向を変えたということです。

「才能には限界があっても、
頭脳には限界がないということが分かり、
野球ががぜん楽しくなりました」と野村さんは
述懐しています。

僕ら普通の人間に対しても、野村さんは
こうメッセージを送っています。

「皆さんもスランプや努力が実らない焦りを
体験することがあるでしょう。
そんな時は、チャンスの種が芽吹いている
時かもしれません。

まずは、視野や考え方を少し変えてみる、
そこから新しい景色が見えてくるかもしれません」
・・・


こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
  知りつつ、 こうして、こうなった



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歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…



「水鏡」





P R :

Bu

隙間産業(ニッチ市場)



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