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2017年6月14日 (水)

妄想劇場・番外編・「人間失格」

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なぜ、美人はいつもつまらない男と
  結婚するんだろう?
賢い男は美人と結婚しないからさ。・・・


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人間失格

男は自分を偽り、ひとを欺き、取り返しようのない
過ちを犯し、「失格」の判定を自らにくだす。



第一の手記


自分の田舎の家では、十人くらいの家族全部、
めいめいのお膳ぜんを二列に向い合せに並べて、
末っ子の自分は、もちろん一ばん下の座でしたが、
その食事の部屋は薄暗く、昼ごはんの時など、
十幾人の家族が、ただ黙々としてめしを食っている
有様には、自分はいつも肌寒い思いをしました。

それに田舎の昔気質かたぎの家でしたので、
おかずも、たいていきまっていて、めずらしいもの、
豪華なもの、そんなものは望むべくもなかったので、
いよいよ自分は食事の時刻を恐怖しました。

自分はその薄暗い部屋の末席に、寒さにがたがた
震える思いで口にごはんを少量ずつ運び、押し込み、
人間は、どうして一日に三度々々ごはんを
食べるのだろう、

実にみな厳粛な顔をして食べている、これも一種の
儀式のようなもので、家族が日に三度々々、
時刻をきめて薄暗い一部屋に集り、お膳を
順序正しく並べ、食べたくなくても無言でごはんを
噛かみながら、うつむき、家中にうごめいている霊たちに
祈るためのものかも知れない、とさえ
考えた事があるくらいでした。

めしを食べなければ死ぬ、という言葉は、自分の耳には、
ただイヤなおどかしとしか聞えませんでした。
その迷信は、(いまでも自分には、何だか迷信のように
思われてならないのですが)しかし、いつも自分に
不安と恐怖を与えました。

人間は、めしを食べなければ死ぬから、そのために
働いて、めしを食べなければならぬ、という言葉ほど
自分にとって難解で晦渋かいじゅうで、そうして脅迫めいた
響きを感じさせる言葉は、無かったのです。

つまり自分には、人間の営みというものが未いまだに
何もわかっていない、という事になりそうです。
自分の幸福の観念と、世のすべての人たちの幸福の
観念とが、まるで食いちがっているような不安、
自分はその不安のために夜々、
転輾てんてんし、呻吟しんぎんし、発狂しかけた
事さえあります。

自分は、いったい幸福なのでしょうか。自分は
小さい時から、実にしばしば、仕合せ者だと人に
言われて来ましたが、自分ではいつも地獄の思いで、
かえって、自分を仕合せ者だと言ったひとたちのほうが、
比較にも何もならぬくらいずっとずっと安楽なように
自分には見えるのです。

自分には、禍わざわいのかたまりが十個あって、
その中の一個でも、隣人が脊負せおったら、
その一個だけでも充分に隣人の生命取りになるのでは
あるまいかと、思った事さえありました。

つまり、わからないのです。隣人の苦しみの性質、程度が、
まるで見当つかないのです。プラクテカルな苦しみ、
ただ、めしを食えたらそれで解決できる苦しみ、
しかし、それこそ最も強い痛苦で、自分の例の
十個の禍いなど、吹っ飛んでしまう程の、
凄惨せいさんな阿鼻地獄なのかも知れない、

それは、わからない、しかし、それにしては、
よく自殺もせず、発狂もせず、政党を論じ、絶望せず、
屈せず生活のたたかいを続けて行ける、
苦しくないんじゃないか? エゴイストになりきって、
しかもそれを当然の事と確信し、いちども自分を
疑った事が無いんじゃないか? 

それなら、楽だ、しかし、人間というものは、
皆そんなもので、またそれで満点なのではないかしら、
わからない、……夜はぐっすり眠り、朝は爽快そうかい
なのかしら、どんな夢を見ているのだろう、
道を歩きながら何を考えているのだろう、
金? まさか、それだけでも無いだろう、

人間は、めしを食うために生きているのだ、という説は
聞いた事があるような気がするけれども、
金のために生きている、という言葉は、耳にした事が無い、
いや、しかし、ことに依ると、……いや、それもわからない、

……考えれば考えるほど、自分には、わからなくなり、
自分ひとり全く変っているような、不安と恐怖に
襲われるばかりなのです。

自分は隣人と、ほとんど会話が出来ません。
何を、どう言ったらいいのか、わからないのです。
そこで考え出したのは、道化でした。

それは、自分の、人間に対する最後の求愛でした。
自分は、人間を極度に恐れていながら、それでいて、
人間を、どうしても思い切れなかったらしいのです。
そうして自分は、この道化の一線でわずかに人間に
つながる事が出来たのでした。

おもてでは、絶えず笑顔をつくりながらも、内心は
必死の、それこそ千番に一番の兼ね合いとでもいうべき
危機一髪の、油汗流してのサーヴィスでした。

自分は子供の頃から、自分の家族の者たちに対してさえ、
彼等がどんなに苦しく、またどんな事を考えて生きているのか、
まるでちっとも見当つかず、ただおそろしく、その気まずさに
堪える事が出来ず、既に道化の上手になっていました。

つまり、自分は、いつのまにやら、一言も本当の事を
言わない子になっていたのです。
その頃の、家族たちと一緒にうつした写真などを見ると、
他の者たちは皆まじめな顔をしているのに、自分ひとり、
必ず奇妙に顔をゆがめて笑っているのです。

これもまた、自分の幼く悲しい道化の一種でした。
また自分は、肉親たちに何か言われて、口応くちごたえ
した事はいちども有りませんでした。

そのわずかなおこごとは、自分には霹靂へきれきの如く
強く感ぜられ、狂うみたいになり、口応えどころか、
そのおこごとこそ、謂わば万世一系の人間の「真理」とか
いうものに違いない、自分にはその真理を行う力が
無いのだから、もはや人間と一緒に住めないのでは
ないかしら、と思い込んでしまうのでした。

だから自分には、言い争いも自己弁解も出来ないのでした。
人から悪く言われると、いかにも、もっとも、自分がひどい
思い違いをしているような気がして来て、いつもその攻撃を
黙して受け、内心、狂うほどの恐怖を感じました。

それは誰でも、人から非難せられたり、怒られたりして
いい気持がするものでは無いかも知れませんが、
自分は怒っている人間の顔に、獅子ししよりも鰐わによりも
竜よりも、もっとおそろしい動物の本性を見るのです。

ふだんは、その本性をかくしているようですけれども、
何かの機会に、たとえば、牛が草原でおっとりした形で
寝ていて、突如、尻尾しっぽでピシッと腹の虻あぶを
打ち殺すみたいに、不意に人間のおそろしい正体を、
怒りに依って暴露する様子を見て、自分はいつも
髪の逆立つほどの戦慄せんりつを覚え、
この本性もまた人間の生きて行く資格の一つなのかも
知れないと思えば、ほとんど自分に絶望を感じるのでした。

人間に対して、いつも恐怖に震いおののき、また、
人間としての自分の言動に、みじんも自信を持てず、
そうして自分ひとりの懊悩おうのうは胸の中の小箱に秘め、
その憂鬱、ナアヴァスネスを、ひたかくしに隠して、
ひたすら無邪気の楽天性を装い、自分はお道化た
お変人として、次第に完成されて行きました。

何でもいいから、笑わせておればいいのだ、そうすると、
人間たちは、自分が彼等の所謂「生活」の外にいても、
あまりそれを気にしないのではないかしら、
とにかく、彼等人間たちの目障りになってはいけない、

自分は無だ、風だ、空そらだ、というような思いばかりが
募り、自分はお道化に依って家族を笑わせ、また、
家族よりも、もっと不可解でおそろしい下男や下女にまで、
必死のお道化のサーヴィスをしたのです。

自分は夏に、浴衣の下に赤い毛糸のセエターを着て
廊下を歩き、家中の者を笑わせました。
めったに笑わない長兄も、それを見て噴き出し、
「それあ、葉ちゃん、似合わない」と、
可愛くてたまらないような口調で言いました。

なに、自分だって、真夏に毛糸のセエターを着て歩くほど
、いくら何でも、そんな、暑さ寒さを知らぬ
お変人ではありません。

姉の脚絆レギンスを両腕にはめて、浴衣の
袖口から覗かせ、以もってセエターを着ているように
見せかけていたのです。

つづく

Author :太宰治 
生年: 1909-06-19 没年: 1948-06-13
太平洋戦争に向う時期から戦争末期までの
困難な間も、妥協を許さない創作活動を続けた
数少ない作家の一人である。




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歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…



蜩 ひぐらし

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