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2017年6月 7日 (水)

妄想劇場・番外編・「人間失格」

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なぜ、美人はいつもつまらない男と
  結婚するんだろう?
賢い男は美人と結婚しないからさ。・・・

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著作権フリー小説・SS人間失格

男は自分を偽り、ひとを欺き、取り返しようのない
過ちを犯し、「失格」の判定を自らにくだす。
でも、男が不在になると、彼を懐かしんで、
ある女性は語るのです。・・・

「とても素直で、よく気がきいて神様みたいな
いい子でした」と。・・・


はしがき

私は、その男の写真を三葉、見たことがある。
一葉は、その男の、幼年時代、とでも言うべきであろうか、
十歳前後かと推定される頃の写真であって、その子供が
大勢の女のひとに取りかこまれ、その子供の姉たち、妹たち、
それから、従姉妹いとこたちかと想像される

庭園の池のほとりに、荒い縞の袴はかまをはいて立ち、
首を三十度ほど左に傾け、醜く笑っている写真である。

醜く? けれども、鈍い人たち(つまり、美醜などに
関心を持たぬ人たち)は、面白くも何とも無いような
顔をして、「可愛い坊ちゃんですね」といい加減な
お世辞を言っても、まんざら空からお世辞に
聞えないくらいの、謂いわば通俗の「可愛らしさ」
みたいな影もその子供の笑顔に無いわけではないのだが、

しかし、いささかでも、美醜に就いての訓練を経て来た
ひとなら、ひとめ見てすぐ、「なんて、いやな子供だ」と
頗すこぶる不快そうに呟つぶやき、毛虫でも
払いのける時のような手つきで、その写真を
ほうり投げるかも知れない。

まったく、その子供の笑顔は、よく見れば見るほど、
何とも知れず、イヤな薄気味悪いものが感ぜられて来る。
どだい、それは、笑顔でない。

この子は、少しも笑ってはいないのだ。
その証拠には、この子は、両方のこぶしを固く握って
立っている。
人間は、こぶしを固く握りながら笑えるものでは
無いのである。

猿だ。猿の笑顔だ。ただ、顔に醜い皺しわを寄せている
だけなのである。
「皺くちゃ坊ちゃん」とでも言いたくなるくらいの、
まことに奇妙な、そうして、どこかけがらわしく、
へんにひとをムカムカさせる表情の写真であった。

私はこれまで、こんな不思議な表情の子供を見た事が、
いちども無かった。第二葉の写真の顔は、これはまた、
びっくりするくらいひどく変貌へんぼうしていた。
学生の姿である。

高等学校時代の写真か、大学時代の写真か、
はっきりしないけれども、とにかく、おそろしく
美貌の学生である。

しかし、これもまた、不思議にも、生きている人間の
感じはしなかった。学生服を着て、胸のポケットから
白いハンケチを覗のぞかせ、籐椅子とういすに
腰かけて足を組み、そうして、やはり、笑っている。

こんどの笑顔は、皺くちゃの猿の笑いでなく、
かなり巧みな微笑になってはいるが、しかし、
人間の笑いと、どこやら違う。

血の重さ、とでも言おうか、生命いのちの渋さ、
とでも言おうか、そのような充実感は少しも無く、
それこそ、鳥のようではなく、羽毛のように軽く、
ただ白紙一枚、そうして、笑っている。

つまり、一から十まで造り物の感じなのである。
キザと言っても足りない。軽薄と言っても足りない。
ニヤケと言っても足りない。おしゃれと言っても、
もちろん足りない。

しかも、よく見ていると、やはりこの美貌の学生にも、
どこか怪談じみた気味悪いものが感ぜられて
来るのである。
私はこれまで、こんな不思議な美貌の青年を見た事が、
いちども無かった。

もう一葉の写真は、最も奇怪なものである。
まるでもう、としの頃がわからない。頭はいくぶん
白髪のようである。それが、ひどく汚い部屋
(部屋の壁が三箇所ほど崩れ落ちているのが、
その写真にハッキリ写っている)の片隅で、

小さい火鉢に両手をかざし、こんどは笑っていない。
どんな表情も無い。謂わば、坐って火鉢に両手を
かざしながら、自然に死んでいるような、まことに
いまわしい、不吉なにおいのする写真であった。

奇怪なのは、それだけでない。その写真には、わりに
顔が大きく写っていたので、私は、つくづくその顔の
構造を調べる事が出来たのであるが、

額は平凡、額の皺も平凡、眉も平凡、眼も平凡、
鼻も口も顎あごも、ああ、この顔には表情が無いばかりか、
印象さえ無い。特徴が無いのだ。

たとえば、私がこの写真を見て、眼をつぶる。
既に私はこの顔を忘れている。
部屋の壁や、小さい火鉢は思い出す事が出来るけれども、
その部屋の主人公の顔の印象は、すっと霧消して、
どうしても、何としても思い出せない。
画にならない顔である。漫画にも何もならない顔である。

眼をひらく。あ、こんな顔だったのか、思い出した、と
いうようなよろこびさえ無い。
極端な言い方をすれば、眼をひらいてその写真を
再び見ても、思い出せない。そうして、ただもう不愉快、
イライラして、つい眼をそむけたくなる。

所謂いわゆる「死相」というものにだって、もっと何か
表情なり印象なりがあるものだろうに、
人間のからだに駄馬の首でもくっつけたなら、こんな
感じのものになるであろうか、とにかく、どこという事なく、
見る者をして、ぞっとさせ、いやな気持にさせるのだ。
私はこれまで、こんな不思議な男の顔を見た事が、
やはり、いちども無かった。


第一の手記


恥の多い生涯を送って来ました。
自分には、人間の生活というものが、見当
つかないのです。
自分は東北の田舎に生れましたので、汽車をはじめて
見たのは、よほど大きくなってからでした。

自分は停車場のブリッジを、上って、降りて、そうして
それが線路をまたぎ越えるために造られたものだと
いう事には全然気づかず、ただそれは停車場の
構内を外国の遊戯場みたいに、複雑に楽しく、
ハイカラにするためにのみ、設備せられてあるもの
だとばかり思っていました。しかも、かなり永い間
そう思っていたのです。

ブリッジの上ったり降りたりは、自分にはむしろ、
ずいぶん垢抜あかぬけのした遊戯で、それは
鉄道のサーヴィスの中でも、最も気のきいたサーヴィスの
一つだと思っていたのですが、のちにそれは
ただ旅客が線路をまたぎ越えるための頗る
実利的な階段に過ぎないのを発見して、にわかに
興が覚めました。

また、自分は子供の頃、絵本で地下鉄道というものを
見て、これもやはり、実利的な必要から案出
せられたものではなく、地上の車に乗るよりは、
地下の車に乗ったほうが風がわりで面白い遊びだから、
とばかり思っていました。

自分は子供の頃から病弱で、よく寝込みましたが、
寝ながら、敷布、枕のカヴァ、掛蒲団のカヴァを、
つくづく、つまらない装飾だと思い、それが案外に
実用品だった事を、二十歳ちかくになってわかって、
人間のつましさに暗然とし、悲しい思いをしました。

また、自分は、空腹という事を知りませんでした。
いや、それは、自分が衣食住に困らない家に育ったという
意味ではなく、そんな馬鹿な意味ではなく、
自分には「空腹」という感覚はどんなものだか、
さっぱりわからなかったのです。

へんな言いかたですが、おなかが空いていても、
自分でそれに気がつかないのです。
小学校、中学校、自分が学校から帰って来ると、
周囲の人たちが、それ、おなかが空いたろう、
自分たちにも覚えがある、学校から帰って来た時の
空腹は全くひどいからな、

甘納豆はどう? カステラも、パンもあるよ、
などと言って騒ぎますので、自分は持ち前の
おべっか精神を発揮して、おなかが空いた、と
呟いて、甘納豆を十粒ばかり口にほうり込むのですが、
空腹感とは、どんなものだか、ちっとも
わかっていやしなかったのです。
<br>
自分だって、それは勿論もちろん、大いにものを
食べますが、しかし、空腹感から、ものを食べた
記憶は、ほとんどありません。

めずらしいと思われたものを食べます。
豪華と思われたものを食べます。
また、よそへ行って出されたものも、無理をしてまで、
たいてい食べます。そうして、

子供の頃の自分にとって、最も苦痛な時刻は、
実に、自分の家の食事の時間でした。

つづく

Author :太宰治 
生年: 1909-06-19 没年: 1948-06-13
太平洋戦争に向う時期から戦争末期までの
困難な間も、妥協を許さない創作活動を続けた
数少ない作家の一人である。


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歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…




紋黃蝶





P R :

Bu

隙間産業(ニッチ市場)

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