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2017年7月13日 (木)

妄想劇場・妄想物語 「人間失格」

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なぜ、美人はいつもつまらない男と
  結婚するんだろう?
賢い男は美人と結婚しないからさ。・・・



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人間失格

男は自分を偽り、ひとを欺き、取り返しようのない
過ちを犯し、「失格」の判定を自らにくだす。

第二の手記

その家には、五十すぎの小母さんと、三十くらいの、
眼鏡をかけて、病身らしい背の高い姉娘 (この娘は、
いちどよそへお嫁に行って、それからまた、家へ
帰っているひとでした。

自分は、このひとを、ここの家のひとたちにならって、
アネサと呼んでいました)
それと、 最近女学校を卒業したばかりらしい、
セッちゃんという姉に似ず背が低く丸顔の妹娘と、
三人だけの家族で、下の店には、文房具やら
運動用具を少々並べていましたが、
主な収入は、 なくなった主人が建てて残して行った
五六棟の長屋の家賃のようでした。

「耳が痛い」   竹一は、立ったままでそう言いました。
「雨に濡れたら、痛くなったよ」  
自分が、見てみると、両方の耳が、ひどい耳だれでした。
膿うみが、 いまにも耳殻の外に流れ出ようとしていました。

「これは、いけない。痛いだろう」と自分は大袈裟おおげさに
おどろいて見せて、 「雨の中を、引っぱり出したりして、
ごめんね」 と女の言葉みたいな言葉を遣って「優しく」謝り、

それから、 下へ行って綿とアルコールをもらって来て、
竹一を自分の膝ひざを枕にして寝かせ、
念入りに耳の掃除をしてやりました。

竹一も、さすがに、 これが偽善の悪計であることには
気附かなかったようで、 「お前は、きっと、
女に惚ほれられるよ」と自分の膝枕で寝ながら、
無智なお世辞を言ったくらいでした。

しかしこれは、おそらく、あの竹一も意識しなかったほどの、
おそろしい悪魔の予言のようなものだったという事を、
自分は後年に到って思い知りました。

惚れると言い、 惚れられると言い、その言葉は
ひどく下品で、ふざけて、 いかにも、
やにさがったものの感じで、どんなに所謂「厳粛」の
場であっても、 そこへこの言葉が一言でもひょいと
顔を出すと、みるみる憂鬱の伽藍がらんが崩壊し、
ただのっぺらぼうになってしまうような心地が
するものですけれども、 惚れられるつらさ、などという
俗語でなく、愛せられる不安、とでもいう文学語を用いると、
あながち憂鬱の伽藍をぶちこわす事にはならないようですから、
奇妙なものだと思います。  

竹一が、自分に耳だれの膿の仕末をしてもらって、
お前は惚れられるという馬鹿なお世辞を言い、
自分はその時、ただ顔を赤らめて笑って、
何も答えませんでしたけれども、しかし、 実は、
幽かすかに思い当るところもあったのでした。

でも、 「惚れられる」というような野卑な言葉に依って
生じるやにさがった雰囲気ふんいきに対して、
そう言われると、思い当るところもある、
などと書くのは、 ほとんど落語の若旦那のせりふにさえ
ならぬくらい、おろかしい感懐を示すようなもので、
まさか、自分は、そんなふざけた、やにさがった気持で、
「思い当るところもあった」わけでは無いのです。  

自分には、人間の女性のほうが、 男性よりもさらに
数倍難解でした。自分の家族は、女性のほうが
男性よりも数が多く、 また親戚にも、女の子がたくさんあり、
またれいの「犯罪」の女中などもいまして、
自分は幼い時から、女とばかり遊んで育ったといっても
過言ではないと思っていますが、 それは、また、しかし、
実に、薄氷を踏む思いで、その女のひとたちと附合って
来たのです。

ほとんど、まるで見当が、つかないのです。
五里霧中で、そうして時たま、 虎の尾を踏む失敗をして、
ひどい痛手を負い、それがまた、男性から受ける
笞むちとちがって 、内出血みたいに極度に不快に内攻して、
なかなか治癒ちゆし難い傷でした。  

女は引き寄せて、つっ放す、或いはまた、
女は、人のいるところでは自分をさげすみ、
邪慳じゃけんにし、誰もいなくなると、ひしと抱きしめる、

その他、女に就いてのさまざまの観察を、 すでに自分は、
幼年時代から得ていたのですが、同じ人類のようで
ありながら、男とはまた、全く異った生きもののような感じで、
そうしてまた、 この不可解で油断のならぬ生きものは、
奇妙に自分をかまうのでした。

「惚れられる」なんていう言葉も、また「好かれる」という言葉も、
自分の場合にはちっとも、ふさわしくなく、
「かまわれる」とでも言ったほうが、 まだしも実状の説明に
適しているかも知れません。  

女は、男よりも更に、道化には、 くつろぐようでした。
自分がお道化を演じ、男はさすがにいつまでも
ゲラゲラ笑ってもいませんし、 それに自分も男のひとに対し、
調子に乗ってあまりお道化を演じすぎると
失敗するという事を知っていましたので、必ず
適当のところで切り上げるように 心掛けていましたが、

女は適度という事を知らず、いつまでもいつまでも、
自分にお道化を要求し、自分はその限りない
アンコールに応じて、へとへとになるのでした。

実に、よく笑うのです。いったいに、女は、男よりも
快楽をよけいに頬張る事が出来るようです。
自分が中学時代に世話になったその家の姉娘も、
妹娘も、ひまさえあれば、 二階の自分の部屋に
やって来て、自分はその度毎に飛び上らんばかりに
ぎょっとして、 そうして、ひたすらおびえ、
「御勉強?」 「いいえ」  と微笑して本を閉じ、
「きょうね、学校でね、コンボウという地理の先生がね」  
とするする口から流れ出るものは、心にも無い滑稽噺でした。

「葉ちゃん、眼鏡をかけてごらん」  或る晩、妹娘の
セッちゃんが、 アネサと一緒に自分の部屋へ遊びに来て、
さんざん自分にお道化を演じさせた揚句の果に、
そんな事を言い出しました。

「なぜ?」 「いいから、かけてごらん。
アネサの眼鏡を借りなさい」  
いつでも、こんな乱暴な命令口調で言うのでした。

道化師は、素直にアネサの眼鏡をかけました。
とたんに、二人の娘は、 笑いころげました。
「そっくり。ロイドに、そっくり」  
当時、ハロルド・ロイドとかいう外国の映画の喜劇役者が、
日本で人気がありました。  

自分は立って片手を挙げ、 「諸君」  と言い、
「このたび、日本のファンの皆様がたに、……」  と
一場の挨拶を試み、さらに大笑いさせて、それから、
ロイドの映画がそのまちの劇場に来るたび毎に見に行って、
ひそかに彼の表情などを研究しました。

つづく

Author :太宰治 
生年: 1909-06-19 没年: 1948-06-13
太平洋戦争に向う時期から戦争末期までの
困難な間も、妥協を許さない創作活動を続けた
数少ない作家の一人である。



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歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
  世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…





P R :

Bu

隙間産業(ニッチ市場)

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