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2017年7月 5日 (水)

妄想劇場・番外編・「人間失格」

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なぜ、美人はいつもつまらない男と
  結婚するんだろう?
賢い男は美人と結婚しないからさ。・・・


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人間失格

男は自分を偽り、ひとを欺き、取り返しようのない
過ちを犯し、「失格」の判定を自らにくだす。

第二の手記

海の、波打際、といってもいいくらいに海にちかい
岸辺に、真黒い樹肌の山桜の、かなり大きいのが
二十本以上も立ちならび、新学年がはじまると、
山桜は、褐色のねばっこいような嫩葉わかばと共に、
青い海を背景にして、その絢爛けんらんたる花をひらき、
やがて、花吹雪の時には、花びらがおびただしく
海に散り込み、海面を鏤ちりばめて漂い、
波に乗せられ再び波打際に打ちかえされる、

その桜の砂浜が、そのまま校庭として使用せられている
東北の或る中学校に、自分は受験勉強もろくに
しなかったのに、どうやら無事に入学できました。

そうして、その中学の制帽の徽章きしょうにも、
制服のボタンにも、桜の花が図案化せられて
咲いていました。  
その中学校のすぐ近くに、自分の家と遠い親戚に
当る者の家がありましたので、その理由もあって、
父がその海と桜の中学校を自分に選んでくれたのでした。

自分は、その家にあずけられ、何せ学校のすぐ
近くなので、朝礼の鐘の鳴るのを聞いてから、
走って登校するというような、かなり怠惰な中学生でしたが、
それでも、れいのお道化に依って、日一日と
クラスの人気を得ていました。  

生れてはじめて、謂わば他郷へ出たわけなのですが、
自分には、その他郷のほうが、自分の生れ故郷よりも、
ずっと気楽な場所のように思われました。

それは、自分のお道化もその頃にはいよいよぴったり
身について来て、人をあざむくのに以前ほどの苦労を
必要としなくなっていたからである、と解説しても
いいでしょうが、しかし、それよりも、肉親と他人、
故郷と他郷、そこには抜くべからざる演技の
難易の差が、どのような天才にとっても、たとい
神の子のイエスにとっても、存在しているものなのでは
ないでしょうか。

俳優にとって、最も演じにくい場所は、故郷の
劇場であって、しかも六親眷属けんぞく全部そろって
坐っている一部屋の中に在っては、いかな名優も
演技どころでは無くなるのではないでしょうか。

けれども自分は演じて来ました。しかも、それが、
かなりの成功を収めたのです。
それほどの曲者くせものが、他郷に出て、万が一にも
演じ損ねるなどという事は無いわけでした。  

自分の人間恐怖は、それは以前にまさるとも
劣らぬくらい烈しく胸の底で蠕動ぜんどうしていましたが、
しかし、演技は実にのびのびとして来て、教室にあっては、
いつもクラスの者たちを笑わせ、教師も、このクラスは
大庭さえいないと、とてもいいクラスなんだが、と
言葉では嘆じながら、手で口を覆って笑っていました。

自分は、あの雷の如き蛮声を張り上げる配属将校をさえ、
実に容易に噴き出させる事が出来たのです。  
もはや、自分の正体を完全に隠蔽いんぺいし得たのでは
あるまいか、とほっとしかけた矢先に、自分は実に意外にも
背後から突き刺されました。

それは、背後から突き刺す男のごたぶんにもれず、
クラスで最も貧弱な肉体をして、顔も青ぶくれで、
そうしてたしかに父兄のお古と思われる袖が聖徳太子の
袖みたいに長すぎる上衣うわぎを着て、

学課は少しも出来ず、教練や体操はいつも見学という
白痴に似た生徒でした。自分もさすがに、その生徒にさえ
警戒する必要は認めていなかったのでした。  

その日、体操の時間に、その生徒(姓はいま
記憶していませんが、名は竹一といったかと覚えています)
その竹一は、れいに依って見学、自分たちは鉄棒の
練習をさせられていました。

自分は、わざと出来るだけ厳粛な顔をして、
鉄棒めがけて、えいっと叫んで飛び、そのまま
幅飛びのように前方へ飛んでしまって、砂地に
ドスンと尻餅をつきました。

すべて、計画的な失敗でした。果して皆の大笑いになり、
自分も苦笑しながら起き上ってズボンの砂を払っていると、
いつそこへ来ていたのか、竹一が自分の背中をつつき、
低い声でこう囁ささやきました。

「ワザ。ワザ」  自分は震撼しんかんしました。
ワザと失敗したという事を、人もあろうに、竹一に
見破られるとは全く思いも掛けない事でした。

自分は、世界が一瞬にして地獄の業火に包まれて
燃え上るのを眼前に見るような心地がして、
わあっ! と叫んで発狂しそうな気配を必死の力で
抑えました。  

それからの日々の、自分の不安と恐怖。  
表面は相変らず哀しいお道化を演じて皆を笑わせて
いましたが、ふっと思わず重苦しい溜息ためいきが出て、
何をしたってすべて竹一に木っ葉みじんに
見破られていて、そうしてあれは、そのうちにきっと
誰かれとなく、それを言いふらして歩くに違いないのだ、
と考えると、額にじっとり油汗がわいて来て、
狂人みたいに妙な眼つきで、あたりをキョロキョロむなしく
見廻したりしました。

できる事なら、朝、昼、晩、四六時中、竹一の傍そばから
離れず彼が秘密を口走らないように監視していたい
気持でした。
そうして、自分が、彼にまつわりついている間に、
自分のお道化は、所謂「ワザ」では無くて、ほんものであった
というよう思い込ませるようにあらゆる努力を払い、
あわよくば、彼と無二の親友になってしまいたいものだ、

もし、その事が皆、不可能なら、もはや、彼の死を
祈るより他は無い、とさえ思いつめました。
しかし、さすがに、彼を殺そうという気だけは
起りませんでした。
自分は、これまでの生涯に於おいて、人に殺されたいと
願望した事は幾度となくありましたが、人を殺したいと
思った事は、いちどもありませんでした。

それは、おそるべき相手に、かえって幸福を与えるだけの
事だと考えていたからです。  
自分は、彼を手なずけるため、まず、顔に
偽クリスチャンのような「優しい」媚笑びしょうを湛たたえ、
首を三十度くらい左に曲げて、彼の小さい肩を軽く抱き、
そうして猫撫ねこなで声に似た甘ったるい声で、
彼を自分の寄宿している家に遊びに来るようしばしば
誘いましたが、彼は、いつも、ぼんやりした眼つきをして、
黙っていました。

しかし、自分は、或る日の放課後、たしか初夏の
頃の事でした、
夕立ちが白く降って、生徒たちは帰宅に困って
いたようでしたが、自分は家がすぐ近くなので平気で
外へ飛び出そうとして、ふと下駄箱のかげに、
竹一がしょんぼり立っているのを見つけ、行こう、
傘を貸してあげる、と言い、臆する竹一の手を引っぱって、
一緒に夕立ちの中を走り、家に着いて、二人の上衣を
小母さんに乾かしてもらうようにたのみ、竹一を
二階の自分の部屋に誘い込むのに成功しました。

つづく

Author :太宰治 
生年: 1909-06-19 没年: 1948-06-13
太平洋戦争に向う時期から戦争末期までの
困難な間も、妥協を許さない創作活動を続けた
数少ない作家の一人である。


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歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…





P R : 

Bu 

隙間産業(ニッチ市場)

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