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2017年8月13日 (日)

妄想劇場・特別編(愛しきお妻様)

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昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリ



過去に起きていることから浮かび上がってくる
真実もある。・・・



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※ 高次脳=脳神経細胞が壊死することで起きる
精神神経的な障害で、
見てわかる身体のマヒなどとは違い人の内面の
精神活動や認知行動に起きる障害。
行動や感情がコントロールできなくなったり、
記憶障害や注意障害、遂行機能障害、
失語などがある

憧れの田舎暮らしを始めた矢先に、激しい頭痛を訴えた
お妻様。慌てて病院へ行くと「脳腫瘍」と診断され、
そのまま意識を失ってしまい……。

直径65mmの巨大脳腫瘍を緊急摘出!お妻様
「5年生存率 8%」に。。。

されど愛しきお妻様【8-1】

死を予感し、神に祈り自分を責める
2011年晩秋の、その日の前後のことは、思い出したくない
と思っても細かな出来事や時刻まで克明に覚えている。
病院で脳腫瘍と診断され、そのまま意識を失ったお妻様は、
当然のことながら緊急入院となった。

目を向けるのも苦しいほどの七転八倒が始まった。
お妻様は激しい頭痛に全身から大量の汗を流して
もだえ苦しみ、1時間ほど意識を失うと、今度は猛烈な
寒さを訴えて意識が半覚醒したり、逆に暑さを訴えて
着ているものすべてをはだけてしまったりを繰り返した。

起き上がって半分目が開いていても、意識はなく
問いかけに答えはない。
ちょうどその時僕が抱えていた仕事は雑誌の取材記事の
ような動きのある仕事ではなく、ムック本の執筆だったから、
僕はそうして七転八倒を繰り返す入院病棟の
お妻様の横でノートパソコンに向かって仕事をし続けた。

ふとお妻様の上半身がワイヤーか何かで引っ張られた
ようにスッと起き上がったので、後ろから支えようとすると、
白目をむいて激しく痙攣し、口元から泡が落ちた。

すぐに担当医の処置があって落ち着いたが、てんかんの
発作だった。お妻様の死を予感した。
大規模で困難になるだろう手術は、入院と意識喪失から
4日後に決定されたが、MRIに造影された腫瘍は
本来左右均等な筈の脳の形を大きくゆがめるほどに
巨大で、主治医からは手術の結果に一命を
取り留めたとしても、性格に変容があるかもしれない
と言われた。

一刻一刻と迫る手術を、もがき苦しむお妻様の手を
握ることしかできずに待つ日々の中、
僕は祈ったことのない神に祈りつつ、自分を
責めることしかできなかった。

お妻様がその性格でなくなってしまうとは、
どういうことだろう。
負担に感じ続けていた奇行もだらしなさも、
変な発言も、何もかもが、失われてしまうかもと思えば、
絶対に失いたくないものだ。

働かない、家事をしない、気が利かない、
たまに優しくない。それが何だというのだろう。
僕は家事と結婚したいのか、気が利く人が好きなのか、
僕が働かなくても大丈夫よと言ってくれる
キャリアウーマンさんが欲しかったのか。

もしお妻様が死んでしまって、残りの人生を
どうするのか? 再婚する?
この世の中には、お妻様以上どころか、お妻様に
似ている女性だっていない。
少なくとも僕にとってお妻様に代わる人は、
人類70億人の中に1人もいないのだ。

なんて人を好きになってしまったのだろう。
せめて、どこにでもいる凡庸なパーソナリティの人ならば、
僕はこんなにも大きな喪失に怯えることはなかっただろうに。

確かにあまり家庭運営に協力的でないお妻様に
苦労してきてはいるが、それ以上に僕はお妻様に
支えられてきたんじゃなかったか。

僕の取材記者としての仕事は、とても危険だったり
面倒くさかったりする人たちをターゲットにしてきたけど、
お妻様は一言として文句を言ったことはない。
言うとすれば「無事ならいいよ。お世話になった人には
ちゃんとお礼するんだよ」。

限界まで「病院連れてって」と言えず 支えてきた
以上に支えられてきた

心に深い闇を抱えた取材対象者に会う時には、
その闇に引っ張られてしまうこともたびたびあった。
あまりに凄絶な人生を送ってきた取材対象者に
何をしてやることもできず、無力感で泣きながら
家に帰ってみれば、足の踏み場もない部屋の中で
ステテコみたいな変な服一枚で大の字で寝ている
お妻様。

悲嘆の世界から一気に「僕の日常」に引きずり
戻されて、どんなにかありがたく思ったものではないか。
そんなことを重ねるうちに、精神的につらい取材の時には
お妻様についてきてもらい、取材の間何時間も
待ってもらうのが、僕の取材スタイルになっていった。

やはりお妻様は何も言わず、「旅行みたいで
こういうの好きよ」と言っては、仕事で疲れ果てた僕を
取材エリアに近い水族館などに引きずりまわして、
「キツイ取材」を本当に「小旅行」にしてくれるのだった。  

支えてきた。けれどそれ以上に、支えられて
きたんじゃないか。 けれど、そんなかけがえのない
相手に、僕は何をしてきたのだろう。

脳腫瘍は晴天の霹靂だったが、前兆はあった。
腫瘍がそこまでのサイズになるということは、
相当前からあった腫瘍なのだろうと医師は言うし、
原因として何か特定できるものはないとは言うが、
お妻様の乱れた食生活を放任してきたのは僕だし、
僕の車の中はいつも積んであるレーサーから
漏れるガソリンの匂いで充満していた。

僕のした何かが、もしくはしなかった何かが、
お妻様を腫瘍の引き金になったのではないか。
頭痛についてだって、訴え始めたのは引っ越しの
準備を始めた夏ごろからで、寝苦しさにもがいて
起きる時には枕の方に足があるということが
たびたびあった。

朝どころか日が暮れるまで布団の中に居るものだから、
大量の荷物の梱包や行政上の手続きまで、
そのほとんどを僕がやることになり、きつい叱責の
言葉を投げ続けた。

引っ越しが終わってからも、荷物の片づけや
あちこちの掃除などを手伝わずにひたすら頭が
痛いと言って寝ているお妻様をなじり続けた。

食欲がないというのにお粥を作って無理に
食べさせるも、一口くちをつけただけで器は
寝室の出窓に置かれ、直後にトイレで嘔吐。
「吐いちゃってごめんね」と言ってトイレの前の床で
腹を押さえるお妻様に、この忙しいさなかに
また恒例の胃痙攣発作かと、冷たい目を向けた。

「謝るんじゃなくて、具合が悪いなら病院に行けば
いいじゃん。連れてくから、連れてってって言いなよ」
言えるものか。気はあまり利かないが「気を遣う」のは
人一倍のお妻様は、忙しそうに仕事と引越の後
片付けをバタバタやっている僕に、ギリギリのギリギリ、
本当に限界まで「病院連れてって」と言えなかったのだろう。

いよいよおかしいということで病院に連れて行ったら、
意識不明という経緯だ。忘れていた。
お妻様はたいがいのシーンではヘタレの根性なしっぽいが、
その心の芯は驚くほど強くて、しなくていい我慢も、
言えばいい弱音も、ギリギリまで自分の中に
封じ込めて耐え続けてしまうのだ。

意識不明のままベッドの中でどんどんやつれていき、
ただただこの細い体のどこにそんな力があるのかと
思うほどの握力で、僕の手を握り返してきた。
意識が半ば覚醒した瞬間があったとしても、
つらい、苦しい、助けて、どんな泣き言も一言も
言わずに、ただただ僕の手を握りしめ続けた。

なぜお妻様のこの痛みが、僕の痛みにならないのだろう。
つないだ手を通じて腫瘍が僕の脳に移動してくれれば
どんなに良いだろう。そんなことを思いながら、
結局僕はベッドの横に座っていることしか
してやれないのだった。

次回に続く


こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
  知りつつ、 こうして、こうなった


A111


歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…







P R :

Bu

隙間産業(ニッチ市場)

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