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2017年8月12日 (土)

妄想劇場・番外編・「人間失格」

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なぜ、美人はいつもつまらない男と
  結婚するんだろう?
賢い男は美人と結婚しないからさ。・・・



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人間失格

男は自分を偽り、ひとを欺き、取り返しようのない
過ちを犯し、「失格」の判定を自らにくだす。・・・


父の議員の任期もそろそろ満期に近づき、いろいろ
理由のあった事に違いありませんが、もうこれきり
選挙に出る意志も無い様子で、それに、故郷に一棟、
隠居所など建てたりして、東京に未練も無いらしく、
たかが、高等学校の一生徒に過ぎない自分のために、
邸宅と召使いを提供して置くのも、むだな事だとでも
考えたのか、(父の心もまた、世間の人たちの気持ちと
同様に、自分にはよくわかりません)

とにかく、その家は、間も無く人手にわたり、自分は、
本郷森川町の仙遊館という古い下宿の、薄暗い部屋に
引越して、そうして、たちまち金に困りました。

それまで、父から月々、きまった額の小遣いを手渡され、
それはもう、二、三日で無くなっても、しかし、煙草も、
酒も、チイズも、くだものも、いつでも家にあったし、
本や文房具やその他、服装に関するものなど一切、
いつでも、近所の店から所謂「ツケ」で求められたし、
堀木におそばか天丼などをごちそうしても、
父のひいきの町内の店だったら、自分は黙って
その店を出てもかまわなかったのでした。

それが急に、下宿のひとり住いになり、何もかも、
月々の定額の送金で間に合わせなければならなくなって、
自分は、まごつきました。
送金は、やはり、二、三日で消えてしまい、
自分は慄然りつぜんとし、心細さのために狂うようになり、
父、兄、姉などへ交互にお金を頼む電報と、
イサイフミの手紙(その手紙に於いて訴えている事情は、
ことごとく、お道化の虚構でした。

人にものを頼むのに、まず、その人を笑わせるのが
上策と考えていたのです)を連発する一方、
また、堀木に教えられ、せっせと質屋がよいをはじめ、
それでも、いつもお金に不自由をしていました。

所詮、自分には、何の縁故も無い下宿に、ひとりで
「生活」して行く能力が無かったのです。
自分は、下宿のその部屋に、ひとりでじっとしているのが、
おそろしく、いまにも誰かに襲われ、一撃せられるような
気がして来て、街に飛び出しては、れいの運動の
手伝いをしたり、或いは堀木と一緒に安い酒を
飲み廻ったりして、ほとんど学業も、また画の勉強も
放棄し、高等学校へ入学して、二年目の十一月、
自分より年上の有夫の婦人と情死事件などを起し、
自分の身の上は、一変しました。

学校は欠席するし、学科の勉強も、すこしも
しなかったのに、それでも、妙に試験の答案に要領の
いいところがあるようで、どうやらそれまでは、
故郷の肉親をあざむき通して来たのですが、しかし、
もうそろそろ、出席日数の不足など、学校のほうから
内密に故郷の父へ報告が行っているらしく、
父の代理として長兄が、いかめしい文章の長い手紙を、
自分に寄こすようになっていたのでした。

けれども、それよりも、自分の直接の苦痛は、
金の無い事と、それから、れいの運動の用事が、
とても遊び半分の気持では出来ないくらい、
はげしく、いそがしくなって来た事でした。

中央地区と言ったか、何地区と言ったか、
とにかく本郷、小石川、下谷、神田、あの辺の
学校全部の、マルクス学生の行動隊々長というものに、
自分はなっていたのでした。

武装蜂起ほうき、と聞き、小さいナイフを買い
(いま思えば、それは鉛筆をけずるにも足りない、
きゃしゃなナイフでした)それを、レインコートの
ポケットにいれ、あちこち飛び廻って、所謂いわゆる
「聯絡れんらく」をつけるのでした。

お酒を飲んで、ぐっすり眠りたい、しかし、お金が
ありません。しかも、P(党の事を、そういう隠語で
呼んでいたと記憶していますが、或いは、違って
いるかも知れません)のほうからは、次々と
息をつくひまも無いくらい、用事の依頼がまいります。

自分の病弱のからだでは、とても勤まりそうも
無くなりました。もともと、非合法の興味だけから、
そのグルウプの手伝いをしていたのですし、こんなに、
それこそ冗談から駒が出たように、いやに
いそがしくなって来ると、自分は、ひそかに
Pのひとたちに、それはお門かどちがいでしょう、
あなたたちの直系のものたちにやらせたらどうですか、
というようないまいましい感を抱くのを禁ずる事が
出来ず、逃げました。

逃げて、さすがに、いい気持はせず、死ぬ事にしました。
その頃、自分に特別の好意を寄せている女が、
三人いました。ひとりは、自分の下宿している仙遊館の
娘でした。
この娘は、自分がれいの運動の手伝いでへとへとに
なって帰り、ごはんも食べずに寝てしまってから、
必ず用箋ようせんと万年筆を持って自分の部屋に
やって来て、「ごめんなさい。下では、妹や弟がうるさくて、
ゆっくり手紙も書けないのです」  と言って、何やら
自分の机に向って一時間以上も書いているのです。

自分もまた、知らん振りをして寝ておればいいのに、
いかにもその娘が何か自分に言ってもらいたげの
様子なので、れいの受け身の奉仕の精神を発揮して、
実に一言も口をききたくない気持なのだけれども、

くたくたに疲れ切っているからだに、ウムと気合いを
かけて腹這はらばいになり、煙草を吸い、
「女から来たラヴ・レターで、風呂をわかしてはいった
男があるそうですよ」
「あら、いやだ。あなたでしょう?」
「ミルクをわかして飲んだ事はあるんです」
「光栄だわ、飲んでよ」  

早くこのひと、帰らねえかなあ、手紙だなんて、
見えすいているのに。へへののもへじでも書いて
いるのに違いないんです。

「見せてよ」  と死んでも見たくない思いでそう言えば、
あら、いやよ、あら、いやよ、と言って、その
うれしがる事、ひどくみっともなく、興が覚めるばかり
なのです。

そこで自分は、用事でも言いつけてやれ、と
思うんです。
「すまないけどね、電車通りの薬屋に行って、
カルモチンを買って来てくれない? 

あんまり疲れすぎて、顔がほてって、かえって
眠れないんだ。すまないね。お金は、……」
「いいわよ、お金なんか」  よろこんで立ちます。

用を言いつけるというのは、決して女をしょげさせる
事ではなく、かえって女は、男に用事をたのまれると
喜ぶものだという事も、自分はちゃんと
知っているのでした。  

もうひとりは、女子高等師範の文科生の所謂
「同志」でした。
このひととは、れいの運動の用事で、いやでも毎日、
顔を合せなければならなかったのです。
打ち合せがすんでからも、その女は、いつまでも
自分について歩いて、そうして、やたらに自分に、
ものを買ってくれるのでした。

「私を本当の姉だと思っていてくれていいわ」  
そのキザに身震いしながら、自分は、
「そのつもりでいるんです」  と、愁うれえを含んだ
微笑の表情を作って答えます。

とにかく、怒らせては、こわい、何とかして、
ごまかさなければならぬ、という思い一つのために、
自分はいよいよその醜い、いやな女に奉仕をして、
そうして、ものを買ってもらっては、(その買い物は、
実に趣味の悪い品ばかりで、自分はたいてい、
すぐにそれを、焼きとり屋の親爺おやじなどに
やってしまいました)

うれしそうな顔をして、冗談を言っては笑わせ、
或る夏の夜、どうしても離れないので、
街の暗いところで、そのひとに帰ってもらいたいばかりに、
キスをしてやりましたら、あさましく狂乱の如く興奮し、
自動車を呼んで、そのひとたちの運動のために
秘密に借りてあるらしいビルの事務所みたいな
狭い洋室に連れて行き、朝まで大騒ぎという事になり、
とんでもない姉だ、と自分はひそかに苦笑しました。  

下宿屋の娘と言い、またこの「同志」と言い、
どうしたって毎日、顔を合せなければならぬ具合に
なっていますので、これまでの、さまざまの女のひとの
ように、うまく避けられず、つい、ずるずるに、れいの
不安の心から、この二人のご機嫌をただ懸命に
取り結び、もはや自分は、金縛り同様の形に
なっていました。  

同じ頃また自分は、銀座の或る大カフエの女給から、
思いがけぬ恩を受け、たったいちど逢っただけなのに、
それでも、その恩にこだわり、やはり身動き
出来ないほどの、心配やら、空そらおそろしさを
感じていたのでした。

その頃になると、自分も、敢えて堀木の案内に
頼らずとも、ひとりで電車にも乗れるし、また、
歌舞伎座にも行けるし、または、絣かすりの
着物を着て、カフエにだってはいれるくらいの、
多少の図々しさを装えるようになっていたのです。

心では、相変らず、人間の自信と暴力とを怪しみ、恐れ、
悩みながら、うわべだけは、少しずつ、他人と真顔の
挨拶、いや、ちがう、自分はやはり敗北のお道化の
苦しい笑いを伴わずには、挨拶できないたちなのですが、
とにかく、無我夢中のへどもどの挨拶でも、
どうやら出来るくらいの「伎倆ぎりょう」を、れいの
運動で走り廻ったおかげ? 

または、女の? または、酒? けれども、
おもに金銭の不自由のおかげで修得していたのです。

・・・

つづく

Author :太宰治 
生年: 1909-06-19 没年: 1948-06-13
太平洋戦争に向う時期から戦争末期までの
困難な間も、妥協を許さない創作活動を続けた
数少ない作家の一人である。





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歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
  世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…









P R :


Bu

隙間産業(ニッチ市場)

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