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2017年8月 4日 (金)

妄想劇場・番外編・「人間失格」

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なぜ、美人はいつもつまらない男と
  結婚するんだろう?
賢い男は美人と結婚しないからさ。・・・




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人間失格

男は自分を偽り、ひとを欺き、取り返しようのない
過ちを犯し、「失格」の判定を自らにくだす。



堀木は、また、その見栄坊みえぼうのモダニティから、
(堀木の場合、それ以外の理由は、自分には
今もって考えられませんのですが)或る日、
自分を共産主義の読書会とかいう(R・Sとか
いっていたか、記憶がはっきり致しません)
そんな、秘密の研究会に連れて行きました。

堀木などという人物にとっては、共産主義の秘密会合も、
れいの「東京案内」の一つくらいのものだったのかも
知れません。
自分は所謂「同志」に紹介せられ、パンフレットを
一部買わされ、そうして上座のひどい醜い顔の青年から、
マルクス経済学の講義を受けました。

しかし、自分には、それはわかり切っている事の
ように思われました。それは、そうに違いない
だろうけれども、人間の心には、もっとわけの
わからない、おそろしいものがある。

慾、と言っても、言いたりない、ヴァニティ、と
言っても、言いたりない、色と慾、とこう二つ並べても、
言いたりない、何だか自分にもわからぬが、
人間の世の底に、経済だけでない、へんに怪談じみた
ものがあるような気がして、その怪談におびえ切っている
自分には、所謂唯物論を、水の低きに流れるように
自然に肯定しながらも、しかし、それに依って、
人間に対する恐怖から解放せられ、青葉に向って
眼をひらき、希望のよろこびを感ずるなどという事は
出来ないのでした。

けれども、自分は、いちども欠席せずに、そのR・S
(と言ったかと思いますが、間違っているかも知れません)
なるものに出席し、「同志」たちが、いやに一大事の如く、
こわばった顔をして、一プラス一は二、というような、
ほとんど初等の算術めいた理論の研究にふけっているのが
滑稽に見えてたまらず、れいの自分のお道化で、
会合をくつろがせる事に努め、そのためか、
次第に研究会の窮屈な気配もほぐれ、自分は
その会合に無くてかなわぬ人気者という形にさえ
なって来たようでした。

この、単純そうな人たちは、自分の事を、やはり
この人たちと同じ様に単純で、そうして、楽天的な
おどけ者の「同志」くらいに考えていたかも知れませんが、
もし、そうだったら、自分は、この人たちを一から十まで、
あざむいていたわけです。

自分は、同志では無かったんです。けれども、
その会合に、いつも欠かさず出席して、皆に
お道化のサーヴィスをして来ました。  
好きだったからなのです。

自分には、その人たちが、気にいっていたから
なのです。しかし、それは必ずしも、マルクスに依って
結ばれた親愛感では無かったのです。  
非合法。自分には、それが幽かに楽しかったのです。
むしろ、居心地がよかったのです。

世の中の合法というもののほうが、かえっておそろしく、
(それには、底知れず強いものが予感せられます)
そのからくりが不可解で、とてもその窓の無い、
底冷えのする部屋には坐っておられず、外は非合法の
海であっても、それに飛び込んで泳いで、やがて
死に到るほうが、自分には、いっそ気楽のようでした。  

日蔭者ひかげもの、という言葉があります。
人間の世に於いて、みじめな、敗者、悪徳者を
指差していう言葉のようですが、自分は、自分を
生れた時からの日蔭者のような気がしていて、
世間から、あれは日蔭者だと指差されている程の
ひとと逢うと、自分は、必ず、優しい心になるのです。

そうして、その自分の「優しい心」は、自身で
うっとりするくらい優しい心でした。  
また、犯人意識、という言葉もあります。
自分は、この人間の世の中に於いて、一生その意識に
苦しめられながらも、しかし、それは自分の糟糠
そうこうの妻の如き好伴侶はんりょで、そいつと二人きりで
侘わびしく遊びたわむれているというのも、
自分の生きている姿勢の一つだったかも知れないし、

また、俗に、脛すねに傷持つ身、という言葉も
あるようですが、その傷は、自分の赤ん坊の時から、
自然に片方の脛にあらわれて、長ずるに及んで
治癒するどころか、いよいよ深くなるばかりで、
骨にまで達し、夜々の痛苦は千変万化の地獄とは
言いながら、しかし、(これは、たいへん奇妙な
言い方ですけど)その傷は、次第に自分の血肉よりも
親しくなり、その傷の痛みは、すなわち傷の生きている感情、
または愛情の囁ささやきのようにさえ思われる、

そんな男にとって、れいの地下運動のグルウプの雰囲気が、
へんに安心で、居心地がよく、つまり、その運動の本来の
目的よりも、その運動の肌が、自分に合った感じなのでした。

堀木の場合は、ただもう阿呆のひやかしで、
いちど自分を紹介しにその会合へ行ったきりで、
マルキシストは、生産面の研究と同時に、
消費面の視察も必要だなどと下手な洒落しゃれを言って、
その会合には寄りつかず、とかく自分を、その消費面の
視察のほうにばかり誘いたがるのでした。

思えば、当時は、さまざまの型のマルキシストが
いたものです。堀木のように、虚栄のモダニティから、
それを自称する者もあり、また自分のように、
ただ非合法の匂いが気にいって、そこに坐り込んで
いる者もあり、もしもこれらの実体が、マルキシズムの
真の信奉者に見破られたら、堀木も自分も、
烈火の如く怒られ、卑劣なる裏切者として、たちどころに
追い払われた事でしょう。

しかし、自分も、また、堀木でさえも、なかなか除名の
処分に遭わず、殊にも自分は、その非合法の世界に
於いては、合法の紳士たちの世界に於けるよりも、
かえってのびのびと、所謂「健康」に振舞う事が
出来ましたので、見込みのある「同志」として、
噴き出したくなるほど過度に秘密めかした、さまざまの
用事をたのまれるほどになったのです。

また、事実、自分は、そんな用事をいちども
断ったことは無く、平気でなんでも引受け、へんに
ぎくしゃくして、犬(同志は、ポリスをそう呼んでいました)
にあやしまれ不審訊問じんもんなどを受けて
しくじるような事も無かったし、笑いながら、また、
ひとを笑わせながら、そのあぶない(その運動の連中は、
一大事の如く緊張し、探偵小説の下手な真似みたいな
事までして、極度の警戒を用い、そうして自分に
たのむ仕事は、まことに、あっけにとられるくらい、
つまらないものでしたが、それでも、彼等は、その用事を、
さかんに、あぶながって力んでいるのでした)、
彼等の称する仕事を、とにかく正確にやってのけていました。

自分のその当時の気持としては、党員になって捕えられ
、たとい終身、刑務所で暮すようになったとしても、
平気だったのです。

世の中の人間の「実生活」というものを恐怖しながら、
毎夜の不眠の地獄で呻うめいているよりは、
いっそ牢屋ろうやのほうが、楽かも知れないとさえ
考えていました。  

父は、桜木町の別荘では、来客やら外出やら、
同じ家にいても、三日も四日も自分と顔を合せる事が
無いほどでしたが、しかし、どうにも、父がけむったく、
おそろしく、この家を出て、どこか下宿でも、と
考えながらもそれを言い出せずにいた矢先に、
父がその家を売払うつもりらしいという事を
別荘番の老爺ろうやから聞きました。
・・・

つづく

Author :太宰治 
生年: 1909-06-19 没年: 1948-06-13
太平洋戦争に向う時期から戦争末期までの
困難な間も、妥協を許さない創作活動を続けた
数少ない作家の一人である。




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歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
  世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…









P R :


Bu 

隙間産業(ニッチ市場)

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