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2017年9月 8日 (金)

妄想劇場・一考編(ニュースの深層)

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過去に起きていることから浮かび上がってくる
真実もある。・・・

            

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工業デザイナーであるパット・ムーアが大胆な変装を
試みたのは、見た目に美しいデザインの数々が、
年を重ねた人たちの使い勝手を考えているかどうか
疑問に感じての行動だった。

完璧な老婆に変装して街へ飛び出していった彼女は、
普段は愛想のいい店員が邪険に対応したり、
わざとおつりをごまかそうとしたりする事態に直面する。

さらに、ハーレムでチンピラから後遺症が残るほどの
暴行を受け、高齢者がいかに弱く、疎まれた存在で
あるかを痛感する。

高齢者だというだけで周囲から受ける冷たい対応、
あざけり、偏見、無視、差別などを目の当たりにし、
高齢者が疎外されない社会を作るにはどうしたら
いいのか、人を見る確かな観察眼とあふれる
優しさをもつパット・ムーアが、老人体験を通じて得た、
ユニバーサルデザインの出発点ともなる考え方を
社会に投じた。・・・

26歳の工業デザイナーだったパット・ムーア。

彼女は、高齢者向けのデザインについて深く知るために、
自分が『高齢者』になって社会で生活してみるのが
一番いいと考えました。

そんなふとしたアイディアから、26歳の彼女はメイクをし、
変装し、『高齢者』として社会で過ごすことを試みるのです。
彼女は高齢者さながらに老人への虐待や差別を体験し、
その時の苦しい体験が、現在の『ユニバーサル・デザイン』を
生むきっかけとなりました。

彼女は著書の中で、こう書き綴っています。

「バリアフリーなど、『高齢者向け』に考えるデザインの
必要性はある。しかし、『高齢者』という特別な人間は
誰ひとりとしていない。彼らが最も求めているものは、
『高齢者』という特別な枠ではなく、自分と変わらない
存在として接してくれることだ」


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イギリスのヨークシャーにある老人病院で亡くなった、
ひとりの認知症の老婦人。
認知症のせいなのか、話しかけることに答えない。
普通にするべきことが、できない。

こちらの言葉が正確に分かっているのかどうかさえも、
よくわからない。
認知症という言葉もなかった時代に、老婦人のことは
「そういうものだ」と誰もが諦めに近い感情を
持っていました。

老婦人が亡くなった時、老婦人の持ち物の中から、
1枚のメモが見つかったのです。
そのメモは、老人病院の看護婦たちに大きな衝撃を
与えました。

何が見えるの、看護婦さん、あなたには何が見えるの
あなたが私を見る時、こう思っているのでしょう
気むずかしいおばあさん、利口じゃないし、
日常生活もおぼつかなく目をうつろにさまよわせて
食べ物はぽろぽろこぼし、返事もしない

あなたが大声で「お願いだからやってみて」といっても
あなたのしていることに気付かないようで
いつもいつも靴下や靴をなくしてばかりいる

おもしろいのかおもしろくないのか
あなたの言いなりになっている
長い一日を埋めるためにお風呂を使ったり
食事をしたり

これがあなたが考えていること、あなたが
見ているものではありませんか
でも目を開けてごらんなさい、看護婦さん、
あなたは私を見てはいないのですよ

私が誰なのか教えてあげましょう、ここにじっと
座っているこの私があなたの命ずるままに
起き上がるこの私が、あなたの意志で食べている
この私が、誰なのか

わたしは十歳の子供でした。父がいて、母がいて
きょうだいがいて、皆お互いに愛し合っていました
十六歳の少女は足に翼をつけてもうすぐ恋人に
会えることを夢見ていました

二十歳でもう花嫁、守ると約束した誓いを
胸にきざんで私の心は躍っていました

二十五歳で私は子供を生みました
その子たちには安全で幸福な家庭が必要でした

三十歳、子供はみるみる大きくなる
永遠に続くはずのきずなで母子はお互いに
結ばれて・・・

四十歳、息子たちは成長し、行ってしまった
でも夫はそばにいて、私が悲しまないように
見守ってくれました

五十歳、もう一度赤ん坊が膝の上で遊びました
愛する夫と私は再び子供に会ったのです
暗い日々が訪れました

夫が死んだのです
先のことを考え・・・不安で震えました
息子たちは皆自分の子供を育てている最中でしたから
それで私は、過ごしてきた年月と愛のことを考えました

いま私はおばあさんになりました

自然の女神は残酷です老人をまるでばかのように
見せるのは、自然の女神の悪い冗談
体はぼろぼろ、優雅さも気力も失せ、かって
心があったところには今では石ころがあるだけ

でもこの古ぼけた肉体の残骸にはまだ少女が
住んでいて何度も何度も私の使い古しの心は
膨らむ喜びを思い出し、苦しみを思い出す

そして人生をもう一度愛して生き直す
年月はあまりに短すぎ、あまりに遠く過ぎて
しまったと私は思うのそして何ものも永遠ではない
という厳しい現実を受け入れるのです

だから目を開けてよ、看護婦さん・・・
目を開けてみてください・・・
気むずかしいおばあさんではなくて、「私」を
もっとよくみて!


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自分が老人になった時のことなんて、大体想像が
ついているものだと思っていた。でも、全然違っていた。
私達が出会う、ほとんどの高齢者たちは、
訴えられない言葉で、何とかして「もっと、
私をよく見て!」と言っているのだと思う。

しわを見ないで。老人をひとくくりにしないで。
じっくりと時間をかけて、ありのままの私を
見てください…!

パット・ムーアの、老人に変身した3年間の経験は、
現在の社会で一般的に使われている
『ユニバーサル・デザイン』が生まれるきっかけと
なりました。

パット・ムーアがいうこの『高齢者』とは、本当に
『高齢者』だけのことなのでしょうか?
女性でも子どもでも、高齢者でも障がい者でも、
誰もが社会の中で持っている感情なのでは
ないでしょうか?


デザインの世界は進化し、バリアフリーを用いた
ユニバーサル・デザインが当たり前の時代に
なってきています。

わたしたちの心は、デザインほどに壁をとりはらう
ことができているでしょうか?
誰もの心にそれができたなら、この世界は今より
きっと、もう少し優しくなるということを、
パット・ムーアの体験は気づかせてくれています。
・・・・・

ユニバーサルデザインとは?

ユニバーサルデザインは、障害の有無や年齢、性別、
人種などにかかわらず、たくさんの人々が利用
しやすいように製品やサービス、環境をデザインする
考え方です。
1980年代に登場した言葉ですが、さまざまな環境や
製品にこの考え方が応用されています。


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歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…








P R :

0661211

隙間産業(ニッチ市場)


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