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2018年5月14日 (月)

妄想劇場・歴史への訪問

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昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー


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むかしむかし、お百姓(ひゃくしょう)さんたちの食べ物は、
とても貧しいものでした。
白いお米のご飯などは、めったに食べられず、いつも
アワやヒエやイモを食べていました。

さて、ある村に、あまり仲のよくない嫁さんと
おばあさんがいました。
二人は顔をあわせると、けんかばかりしています。
朝に起きた時も、「嫁のくせに、何て起きるのが
遅いんじゃろう」

「ふん。年寄りは用もないのに早起きして、
困ったものじゃ」
そしてイモの入ったおかゆを食べる時も、
「おらの方が、イモがすくねえぞ」
「ちゃんと一緒の数を入れたさ。全く、おらより体が
小さいくせにずうずうしい」と、いつも悪口の
言い合いです。

そんなある日、急がしかった田植えがようやく
終わりました。
「なあ、毎日毎日、イモがゆばかりじゃったから、
たまには、うめえもんが食いてえのう」
おばあさんがいうと、珍しく嫁さんも賛成しました。

「そうだな。田植えも終わった事だし、今日は、
ぼたもちでもつくるべか」
「なに~っ、ぼ、た、も、ち、じゃと。それはいい。
すぐつくるべえ」
いつもは悪口を言い合う二人ですが、今日は
仲良しです。

「それでな、ゆんべ夢の中で、ぼたもちを見たんじゃよ。
そして食おうとすると、どんどん消えてしもうてな」
「夢の中でまでぼたもちが出てくるとは、食い意地の
はったばあさまじゃな。アハハハハハッ」

「ところで、アズキはあるのけ?」
おばあさんが心配そうに聞くと、嫁さんは胸をドンと
叩きます。
「あるともさ。こんな時の為に、ちゃんとしまって
おいたんじゃよ」
「そうか。お前は大した嫁じゃ」

こうして二人は、仲良くぼたもちを作り始めました。
まず、米をたきます。次に、アズキを煮ます。
そして、米をつきます。最後に餅(もち)を丸めて、
あんこをつけます。

「出来たぞ。さあ、味見をするべえ」
「ばあさん、一人で味見をするのはずるいぞ」
「じゃあ、二人で一緒に味見をするか」
二人は笑い合いながら、声をそろえて言いました。

「うめえ」~「うめえ」
二人は夢中になって、ぼたもちを食べ始めました。
「ばあさん、いくつ食った?」
「おらは、五つ、・・・いや三つじゃ。
おめえはいくつじゃ?」
「おらは、六つ、・・・いや三つじゃ」

二人はまた、パクパク食べ始めました。
「ふわっ、もう食えねえ。お腹がわれそうだ」
嫁さんは食べるだけ食べると、隣の部屋に行って
しまいました。

おばあさんが見ると、一つだけぼたもちが
残っています。
おばあさんは、そのぼたもちをなべに隠しながら
ぼたもちに言いました。

「ええか、ぼたもちよ。嫁の顔を見たら、カエルに
なるんだぞ」
この様子を、嫁さんはしょうじのすきまから
見ていたのです。

次の日、嫁さんは朝早くに起きると、なべの中の
ぼたもちを食べてしまいました。
「ああ、うまかった。さて、ぼたもちの代わりに、
このカエルを入れておいてと」

嫁さんは、なべの中にカエルを入れて知らんぷりです。
さて、そうとは知らないばあさんは、嫁さんが田んぼに
行ったすきになべのふたを開けました。

するとカエルが、ピョーンと飛び出しました。
おばあさんは、カエルにあわてて言いました。
「これ、待て、ぼたもち。わしじゃ、嫁じゃないぞ。
待て、待て」しかしカエルは田んぼに逃げ込んで、
どこかへ消えてしまいました。

「わ~ん、おらのぼたもちが、
逃げてで行ってしもうただ~」
・・・
おしまい




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むかしむかし、あるところに、カモ取りのごんべえさん
という人がいました。
ある朝、ごんべえさんは、近くの池へ行ってみて
ビックリ。

仕掛けておいたワナに、数え切れないほどのカモが
かかっていたのです。
おまけに池には氷が張っているので、カモたちは
動けずにいる様子です。

ごんべえさんは大喜びでワナのアミを集めると、
池の氷が溶けるまで見張る事にしました。
そしてうっかり居眠りしてしまい、気がついた時には、
もう池の氷は溶けていたのです。

「おっと、大変」あわてた時は、もう遅く、
目を覚ましたカモたちがバタバタバタと飛び立ち、
それと一緒にごんべえさんもカモたちに引っ張られて
空へ舞いあがってしまいました。

カモたちはごんべえさんをぶらさげたまま、
野をこえ、山をこえ、谷をこえ。
「たっ、たすけてくれー!」叫んでいるうちに、
うっかりアミを離してしまいました。

ごんベえさんは、まっさかさまに空から落っこちると、
畑で働いていたお百姓(ひゃくしょう)さんの前へ、ドスン!
「なになに、カモをつかまえようとして、反対に
さらわれたって?」

話を聞いたお百姓さんは、気の毒に思って、
「どうだい、ここでしばらく暮らしていっては」
「はい、よろしくお願いします」
こうして次の日から、ごんべえさんは畑をたがやしたり、
種をまいたり、一生けんめいに働きました。

そんなある日、アワ畑で刈り入れをしていると、
三本だけ特別に大きな穂をつけたアワがありました。
「ようし、こいつを刈ってやれ」
手元へ引き寄せて穂を刈ろうとしたとたん、
茎がバネの様にビョーンと、はね返ったから大変です。

「たっ、たすけてくれー!」
ごんべえさんはピューと飛ばされて、遠く離れた
かさ屋のお店の前へ、ドスン!

「なになに、アワを刈ろうとして、飛ばされたって?」
話を聞いたかさ屋の主人も、気の毒に思って、
「それでは、しばらくここで働いて、お金をかせいで
いくがいい」
「はい、よろしくお願いします」

こうして次の日から、ごんべえさんはお店の
手伝いをして、せっせと働きました。
そんなある日、出来上がったかさを干そうとしていると、
風がピューと吹いて来て、ごんベえさんはかさと
一緒にまたまた空の上です。

「なんだって、こう飛ばされてばかりいなけりゃ
ならないんだ」
ブツブツ言いながら飛ばされていくうちに、
屋根の様な所に足が着きました。

「フー、やれやれ、助かった。誰かさんの家の上に
降りたらしいぞ。
・・・へぇ!?」
ところがそこは、なんとお寺の五重の塔の
てっぺんだったのです。

「たっ、助けてくれー!」
そこへ走って来たのが、四人のお坊さんです。
お坊さんは、持ってきたふとんを広げると、
「おーい、大丈夫かー? ここへ飛び降りろー」
「そんなこと言っても、こわいようー」

「大丈夫、大丈夫。しっかり持っているから、
はやく飛び降りろー」
こうなったら、仕方ありません。
「よっ、ようし。飛び降りるぞ。それ、一、二の三!」
 ヒューーーン、ドスン!

ごんべえさんは見事、ふとんのまん中へ飛び降りました。
しかしそのひょうしに、ふとんを持っていたお坊さんたちの
頭がぶつかり合って、お坊さんたちの目から火花が
飛び出しました。

そしてその火花があたりへ飛んで、五重の塔が焼け、
お寺が焼け、何もかもが残らず焼けてしまった
ということです。
・・・
おしまい


鬼が餅つきゃ、閻魔が捏ねる、
   そばで 地蔵が食べたがる


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84才、一人暮らし。ああ、快適なり 「遊び」

むかし、町内にはご隠居さんがいて、子供たちの
相手をしてくれた。
したがって爺さんは、遊び相手でもあった。
歴史的にも人気のあった好々爺(こうこうや)は、
良寛(りょうかん)さんと一休和尚だった。

この二人は共に僧侶だったが、室町と江戸だから
大部時代は離れている。しかし、共通点が沢山あった。
子供たちに、遊びをとことん教えたのである。

それも、人が生まれて、何より大切なことは遊びだ
という思想だ。
勉強せよとか、親の言うこと聞けとか、礼儀を
わきまえろとか、戦(いくさ)に備えよとか、耳ざわりの
悪いことは一切言わない。

伝え聞いたところによると、絶対に子供を叱らなかった
という。
遊べ、遊べともっぱら遊びを奨励し、楽しい本を
読んでくれたばかりか、いろいろな道具を使って、
陽が暮れるまで境内や原っぱで、子供たちの
相手をしてくれたという。

今どきの爺さんときたら、子供たちとのコミュニケーション
などほとんどない。
これは親たちにも責任はあるが、今や爺さんは厄介者に
なり果てている。
しかも、子供たちにはスケジュールがいっぱいあって、
遊んでる暇などないらしい。
つくづく時代は変ったと痛感する・・・。

「遊びをせむとや生れけむ」という言葉を知ったのは、
良寛さんの絵本からだったが、子供心にズシンと落ちた。
以来、84才の今日まで、私にとって座右(ざゆう)の
銘(めい)ともなっている。

梁塵秘抄(りょうじんひしょう)なるものが原点であって、
正確に記すと、なかなか深い意味(あじわい)を持っている。
「遊びをせむとや生れけむ 戯(たわぶ)れせむとや
生れけむ 遊ぶ子供の声聞けば我が身さへこそ
ゆるがれる」

人の人生は遊ぶために存在すると定義されているのである。
それなのに、いつの間にか、私たちの社会は、
遊びをともすると蔑視するようになる。
遊び人は悪人同然と思われ、遊びは二の次、三の次の
扱いを受けるようになった。

老いてわかったことだが、私が遊び優先の生き方を
していたおかげで、いまだに退屈ということを知らない。
一人で居ても、何かしら楽しいことを思いつき、
遊びに耽ることがある。

遊びほど人を豊かにしてくれることは、他にないだろう。
私はそう確信している。
遊びの種類は、それこそ数え切れないほど沢山ある。
少人数でも大人数でも、遊びに事欠くことはない。
言ってみれば、地球は遊びの宝庫なのだ。

遊び心を忘れずに30年雑誌を作り続けた遊び
どんな場面でも遊びをみつける。ふとしたオシャレも
遊びから…

私はかつて30年間、雑誌作りをしてきた。
しかし、いわゆる職業としてではなく、生業(なりわい)と
呼べるようなものでもなかった。

若い頃、和田誠という天才アーティストにめぐり会い、
「楽しい雑誌を作ろう」と意気投合した。
二人が納得できる雑誌とは何か。
つまり、読者は私たちだけでいいという、遊びの
精神だった。

1965年に『話の特集』創刊号を発行した。
3号雑誌ではなく、30年間は作り続けようと
約束したのだった。

自分たちが読みたい作品、見たい写真や絵、
笑い転げてしまうような会話、楽しませてくれるもの、
面白くてならないもの、そしてふとした眞理(ホント)。

どれもこれも、和田さんと私にとって珠玉のような
ものをひたすら追い求め、一冊の雑誌にギュッと
詰め込んだのである。これが原点だった。

遊びは変化する。一冊の雑誌から、別の遊びが
誕生する。
和田さんも私も、枠の中に定着していたわけではなかった。
そこから形の変えた遊びが派生した。
そして、いろいろな分野にそれは波及して行った。

誰にでも子供の時代はある。
遊びだけが支配していた期間があったはずである。
それを思い出してみるならば、肉体の衰えなど
どうでもよくなってくる。

老いてこそ、子供に還る。
童心が覚えている楽しみを取り戻すことで、
私の現在は満たされるように思えてならない。
「遊びをせむとや生れけむ」という言葉を

・・・」



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