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2018年6月10日 (日)

妄想劇場・妄想物語

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笑っている子ども、
ふざけている子ども、
赤ちゃんをおんぶした女の子、
さかだちを自慢そうに見せてくれた男の子、
いっしょにうたった子ども、
どこまでも、ついてきた子ども。

いろんな子どもたちに会った。

そして、両親や姉兄を目の前で殺された子ども、
ゲリラに腕や足を切り取られた子ども、
親が蒸発し、小さい弟や妹を残された女の子、
親友だった家畜が、飢えて死んでしまい、
ぼう然としていた男の子、

家も学校も、すべて破壊されてしまった子ども、
難民キャンプを、たらいまわしにされている孤児たち、
家族を養うために売春する子ども。
・・・

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だけど、そんなひどい状況のなかで、
自殺をした子どもは、一人もいない、と聞いた。
希望も何もない難民キャンプでも一人も
いない、と。・・・・

私は、ほうぼうで聞いて歩いた。
「自殺をした子は、いませんか?」
「一人も、いないのです」

私は、骨が見えるくらい痩せて骸骨のように
なりながらも、一生懸命に歩いている子を
見ながら一人で泣いた。

「日本では、子どもが、自殺してるんです。」
大きい声で叫びたかった。
こんな悲しいことがあるでしょうか
豊かさとは、なんなのでしょう?

私がいろんな子どもに会って日本の子どもに
伝えたかったこと。
それは、発展途上国の子どもたちを、
「可哀想」と思うなら、「助けてあげたい」
と思うなら、

いま、あなたの隣にいる友達と
「いっしょにやっていこうよ」と話して。
「みんなで、いっしょに生きていこう」と
手をつないで。・・・

私の小学校、トットちゃんの学校には
体の不自由な子が何人もいた。
私のいちばんの仲良しはポリオ(小児マヒ)の
男の子だった。

校長先生は、一度もそういう子どもたちを
「助けてあげなさい」とか
「手をかしてあげなさい。」とか、言わなかった。

いつも、言ったことは、「みんないっしょだよ。
いっしょにやるんだよ」それだけだった。

だから私たちは、なんでもいっしょにやった。
誰だって友だちがほしい。
肩を組んでいっしょに笑いたい。

飢えてる子どもだって、
日本の子どもと友だちになりたい、と
思ってるんですから。

これが、みなさんに、
私が伝えたかったことです。・・・・




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最悪だった。・・・

会議の途中で吐き気を催した。それでも我慢して、
みんなに活を入れる。
会議というのは名ばかりで、売上目標に対しての
報告会である。

課長である健次は、17人の部下に発破をかけるのが
仕事だった。 ノルマは厳しい。課員に嫌われているのも
承知していた。
しかし、一番プレッシャーと戦っているのは自分だと
信じていた。

(たぶん居酒屋では、毎夜、オレの悪口ばかり
なんだろうなあ)
それでも管理職になって以来、先頭を走り続けてきた。
飯沼健次、37歳。有名私立大学を卒業して
大手食品メーカーに就職。

ずっと営業一筋で歩いてきた。大学時代のボート部で
培った体力が自慢。
少々のことではへこたれない。さすがに最近は、
徹夜は身体に響くのでやらないが、 若い頃は
会社に何日も泊まりこんで、新商品のキャンペーンを
張ったものだ。

うぐっ。慌ててポケットからハンカチを出した時には
もう遅かった。 汚物が指の間から噴出し、テーブルの
資料の上に飛び散った。

「キャー」 「カチョー!」会議室は騒然となった。
休憩室のソファで横になっていると、入社3年目の
涼子が 備え付けの救急箱から体温計を
持って来てくれた。

38度2分。健次は(測るんじゃなかった)と思った。
熱があることがわかると、頭がクラクラしてきた。
涼子が心配そうな顔つきで言う。

「今日はうちへ帰られた方がいいですよ。
風邪なら寝るのが一番ですよ」
「バカヤロー、明日からキャンペーンだぞ・・・うぷっ」

どうしても会社を休むわけにはいかない。
注射を一本打ってもらい、 トンプクでももらって来ようと
会社のすぐ近くの個人病院へ駆け込んだ。

待合室に入って、「ああ~」と溜息が出た。
そこは老人たちでいっぱいだった。
初診であることを告げると、問診表を渡された。

「ごめんなさい。一番込む時間帯なの。  
40分くらいお待ちいただかないといけないのですが
大丈夫ですか」

大丈夫じゃないから来たのだ。 しかし、
体力自慢の健次は、「ノー」と言うにはプライドが
許さない。
部下にだって、「風邪をひくのは精神がたるんでいる
からだ」と言っているくらいなのだ。 気を張って、

「はい」と答えた。 そして30分が経った。
あと二人くらいで自分の番のはずだ。 時計を見ながら
イライラしていた。

そこへ、お孫さんらしき女の子に付き添われた
お婆ちゃんが入ってきた。
顔なじみのようで受け付けの女性が尋ねた。

「どうしたの、大崎のおばあちゃん」
「明け方からお腹が痛くなったらしくて。
ずっと黙っているものだから」

大学生くらいか。付き添いの女の子はお婆ちゃんの
背中をさすっている。
受付の女性が健次の方を向いて言う。

「飯沼さん、できたら順番を代わってあげて
もらえませんか」
付き添いの孫が健次の方を申し訳なさそうに見た。
本当は、この待合室のソファでゴロンと横になって
眠りたい気分だった。 それでも精一杯の
見栄を張って言った。

「もちろん。どうぞ、どうぞ」
そう言ってしまってから健次は後悔した。
熱がまた上がったような気がした。

受付を済ませてから、1時間近くが経っていた。
お婆ちゃんは診察室からなかなか出てこない。
健次には1分が1時間にも感じられた。

よほど、「トンプクだけ下さい」と言おうかと
思ったほどだ。
もちろん、そんなことができるはずもない。
孫に身体を支えられて、お婆ちゃんが出てきた。
女の子はお婆ちゃんを椅子に座らせると、
健次に向かって頭を下げた。

「ありがとうございます」
「いえいえ」
「本当に助かりました」
その横で、お婆ちゃんも頭を下げている。
「ありがとうございました」

あまり何度も言われると恐縮してしまう。
(「ありがとう」か。そういえば、最近言われた
ことがないなぁ)
もちろん妻にも。
健次は悪い気がしなかった。
しかし、馴れないことを言われると、
どうしていいのかわからない。
照れもあり、ついついぶっきらぼうになってしまう。
ようやく自分の番だ、と思ったその時だった。

ドアが開いて、赤ちゃんを抱いた母親が
受付に駆け込んできた。
「すみません。さっき吐いてしまって。
熱を測ったら38度もあって・・・」

母親はおろおろしている。
受付の女性は、再び健次の方を向いて言った。
「飯沼さ~ん、ごめんなさい。こちらの・・・」
「いいですよ、どうぞどうぞ」

健次が作り笑いをして答えると、
母親は「すみません、すみません」と繰り返して
診察室へと入っていった。
健次は泣きたくなった。

(オレの方が熱が高いんだぞ)
少し、うとっ、と眠ってしまったようだった。
時計を見ると、15分も経っていない。
全身にびっしょりと汗をかいているのがわかった。
ガタッと診察室のドアが開いた。

「ありがとうございました」
赤ん坊を胸に抱いた母親が、健次の前まで来て
頭を下げて言った。

「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ」
そう言ってから自分で驚いた。
(何がお互い様なんだろう?)

「ありがとうございます、ありがとうごさいます」
母親は、よほどうれしかったのか、
恥ずかしくなるほどに大きな声で「ありがとう」を
繰り返した。

(この爽やかさは、いったい何なのだろう)
ようやく自分の番になった健次は診察室に入った。
初老の先生に聞かれた。

「ええっと、問診表によると仕事中に
吐いてしまったと・・・。
ご気分はどんなですか」 「はい、気分がいいです」
「え!?」 「い、いや・・・は、はい」

そう言って健次は苦笑いした。
事実、心が晴れて身体も軽くなっている
気がしていた
・・・



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