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2018年6月11日 (月)

妄想物語・妄想劇場 2

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四方健二(39歳)という金沢在住の詩人です。
朗読・講演会に金沢へ出掛けました。
泉鏡花記念金沢市民文学賞を受賞しています。
金沢市の郊外にある病院が現住所に
なっています。


「十三夜」

十三夜の海に舟を出す
手漕ぎボートがゆらゆら
海は黙って鏡の波
櫂は重く軽く銀の滴

航跡は踊る星屑
舳先は月を追って追いつけない
水面の月には正体が無いのだ
すくってみても指の隙間を滴る海水
何度やっても掴めない・・・・・
  ・・・・・・

情感豊かで、風景が目に浮かぶような詩です。
彼の詩からは、あちこちを旅して気ままに吟行
するような印象を受けます。

ところがです。実は彼は30年以上、家から
ほとんど外に出たことがないのです。

7歳で進行性筋ジストロフィー症を発症。
今も病棟での生活を送っているのです。
手足の指先1本動かせません。
まったく寝たきりの状態です。


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講演はステージの上の移動式ベッドから、
本人が語りました。
でも、彼は言葉を発することができません。
どうやって皆に伝えたのか。

額に信号を伝えるためのコードを貼り付け、
瞼を開いたり閉じたりして、 パソコンに文字を
書くのです。

それをパソコンの言語変換ソフトで、再び音声に
換えて講演をするわけです。
もちろん、時間がかかるので、その場ですぐに
というわけにはいきません。
おそらく、何時間いや何日もかかって完成した
ものでしょう。

生きるとは、どういう事なのでしょうか。
人は、身体だけで生きているのではありません。
人には、心があります。

身体と精神ともに息づいてこそ、人は生きていると
言えるのではないかと、私は思っています。
私は、進行性筋ジストロフィーという難病を
背負っています。
全身の筋肉が萎縮し、破壊され、徐々にその機能を
失っていく病気です。

今の私は、身体どころか、指ひとつ動かせません。
寝たきりの状態にあり、人工呼吸器がなくては
生きていられません。

進行性の病気とは、本当にやるせないものです。
病気の進行には抗えず。歩けなくなり、車椅子へ。
そして、ついには寝たきりの生活を送る事に
なってしまいました。

この病気の本当に恐ろしいところは、その短命さに
あるのです。
かつてこの病気は、二十歳までの命とされていました。
実際に、二十歳を迎える前に力尽き、亡くなっていく
仲間たちを、数多く見送ってきました。

その中でも、最も辛かったのは、親友の死でした。
それは、高等部二年生の初秋の事でした。
もう持たないと聞いてからの毎日の病室通い。

見舞うたびに、彼からの反応は鈍くなり、
目からは光が失われていきました。
そんな親友を目の当たりにしておきながら、
私は彼に、何ひとつしてやれませんでした。

あまりにも、自分が情けなく思え。
無力感に苛まれたものでした。

また、この彼の死は、私に拭い去れない恐怖を
植えつける事になりました。
「次は自分かもしれない」という、重苦しい思いが。
現実として、リアルに圧し掛かってきたのです。
今でも、それは重い影となって、私にまとわり
ついています。

私自身も、十九歳の時に、重い呼吸不全に
陥ってしまいました。
それは、命の危機を連想するまでに、深刻な
ものだったのです。

そんな私を救ってくれたのは、当時導入
されたばかりの体外式といわれる呼吸器でした。
この呼吸器によって、私は命を永らえることが
出来たのです。

あの時、ひとつでも時の歯車が狂っていたら。
おそらく、十九歳の冬に私は死んでいた事でしょう。
今、こうして四十歳になるまで生きてこられたことに、
大きな意味と、大きな喜びを感じています。

思い起こせば、よく仲間たちと話していたものでした。
「四十歳まで生きていられたら最高だ」と。

その夢であった年齢を、今年、私は迎える
わけですから、なんとも不思議なものを感じます。
私は自発呼吸が出来ません。

気管を切開して、人工呼吸器を使用しています。
気管を切開したことで、私は声を失いました。
そのために、思うに任せない事も沢山あります。
ですが、これは生きていくため、仕方がありません。

それでも、時には、たまらない思いに囚われる
ことがあります。
割り切っているはずなのですが、複雑な思いも
そこにはあるのです。

夢の中での私は、いつも当たり前のように
喋っています。 こ
の夢こそが、私の複雑な心を物語っていると
言えるのではないでしょうか。

さらに、私にはものを飲み込む力がありません。
必要な栄養や水分は、全て鼻から入っている
チューブを通して胃へと流し込んでいます。
身体を動かせない、声は出せない、飲めない、
食べられない。 人によっては、これを絶望だと
言うのかもしれません。

それでも、失うことばかりではありませんでした。
筋ジストロフィーである事により、得られたものも
あるのです。

これまでの私の人生には、身体的にも精神的にも
辛い事が数多くありました。
不安と恐怖に押し潰されそうになった事も、
幾度となくありました。

苦しい経験ではありましたが、逆にその苦境の
時にこそ、私は大切なものを得られたように思います。
その日も、澱んだ薄暗い病室の中で闇に
沈んでいました。

ふと何かに呼ばれたような気がして、視線を向けると、
そこには、忘れられた一輪挿しに、萎れた桔梗が
残されていました。

私は、「自分と同じ運命か」と、悲観の眼差しで
桔梗を眺めていました。
ところがです、朽ち果てるばかりだと思っていた
その花が。 私の目の前で力強く蕾を開き、
生きいきと花を咲かせたのです。

諦めることを知らず、与えられた命を誠実に
全うしようとする姿勢に、私の心は震えました。
私の中で熱い力が湧き上がってくるのを感じたのです。
生きたいと、強く思いました。

すると、どうでしょう。それまではくすんでいた世界が、
たちまち鮮やかさを取り戻していくでは、ありませんか。

苦しいばかりの毎日が続いて。私は、
気づかないうちに、私自身の作った殻に閉じこもって
しまっていたようです。
自分だけの世界しか見えなくなってしまい。
自分は孤独だと思い込んでしまっていたようです。

しかし、広い視野で周りがよく見えるようになると、
それは大きな間違いであったと気がつきました。
多くの人の力が、その真心が、苦しみに喘ぐ私を、
私の命を支えてくれていたのです。
深く感謝しました。・・・

それからというもの、呼吸不全との暗く孤独な戦いは、
家族や看護師さんたち、先生方との、共同戦線と
なりました。

体調の良い時は、共に喜び。苦しい時には、
共に歯を食いしばり。 身体的には厳しい
毎日でしたが、心は満たされていました。
幸せにさえ、思えていたものです。

私は支えてくださる皆さんの真心を追い風に、
心ある人たちと力を合わせる事で、 この窮地を
乗り切る事ができました。

私は、これまでの人生を通して、生かされている
自分というものを、強く意識するようになりました。
私は毎日、多くの人々に支えられて生きています。
生かされています。

また、私は、自然と対峙するたびに、自然の
大きな懐に包まれている事を感じるのです。
生かされている安心感を覚えるのです。

私は、生きている事の喜びを、生かされていることの
幸せを。 この身の全てで、この心の全てで
受け止めて生きています。

だからこそ、何気ない毎日が嬉しいのです。
愛おしいのです。
今ある事に、感謝して。与えられた日々を、
精一杯生きる。不平不満が無いとは言いません。

嫉妬もすれば、妬みもします。しかし、
私は生きているのです。生かされているのです。
生かされている事に感謝しつつ、自らも生きる
姿勢を持って生きています。

そうしてこそ、豊かな人生を得られるのでは
ないでしょうか。
私は詩作という生きがいを咲かせ、心豊かに、
満たされた日々を送っています。

私は生きています。今は、自信を持ってそう
言えます。
自分の確固たる意識を基に、私らしく、
あるがままに生きています。
私が私であることに、感謝せずにはいられません。

私は幸せです。 私は恵まれています。
この人生を与えてくれた全てのものに、
全ての人々に、心から感謝しています。
私にも、明日がやってくるのです。
私は、幸せです。・
・・・





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海外での話です。

元気で明るく、学校も友達のことも大好きな
女の子がいました。しかし、ある難病にかかって
しまいます。
治療や体力の低下のために、学校へはほとんど
行けなくなり、寂しい毎日が続きます。

少女は、『みんな、私のこと、忘れちゃうのかな?』
と、母に涙を見せていました。
でも人気者だった少女は、クラスメイトたちから、
沢山の励ましの手紙をもらいます。

少女のよろこびようは、病魔に冒されているとは
思えないほどの笑顔で、それを見ている母親も、
同じように嬉しさで心が満たされていました。

しかし、お休みが長く続いていくうちに、
クラスメイトからの手紙も、少しずつ減っていき、
最後には1通も来なくなりました。

『ママ、やっぱり私は、このまま忘れられて
しまうのね』と、少女は泣きます。
母親は、泣き暮らす娘の姿に、いてもたっても
いられなくなり、少しでも娘に喜びと、希望を
持ってもらいたいと考え、『あなたのお友達より』
と、手紙を書きました。

そしてポストへ投函。

手紙が届くと、『あなたに、お友達から手紙が
来ているわよ!』と、娘に嬉しそうに渡します。
落ち込み、塞ぎがちだった少女の顔は、ぱぁっと
明るく輝き、そんな、大喜びする娘を見て母親も、
久し振りに心から笑います。

それからというもの、母親は定期的に手紙を
書きました。
毎回、頑張ってね!とか、早く学校に来てね!
待ってるよ!など、少女を励ます言葉を送りました。

『お友達』からの手紙を希望に、頑張って治療を
続けた少女。
しかし、病魔に勝つことは、ありませんでした。

最愛の娘を失った母親の哀しみの涙は、
いつまでも溢れて、止まりませんでした。

悲しい気持ちを1つも整理がつけられないままに、
母親は少女の使っていたベッドに腰をおろします。
そしてふと、少女のベッドの横にある棚に
目がいきます。
そこにはいくつもの手紙が…

引き出しを開けると、中にはぎっしり、
クラスメイトからの手紙。
そして、『お友達』からの手紙も、ぎっしり、
大事にしまわれていました。

母親は何気なく、ごそごそと見ていると、
少女が書いたと思われる手紙が出てきました。

『私の、お友達へ』と、書かれた手紙。

それには、こんな文章が書かれていました。
私のお友達へ
いつも、私をはげましてくれて、ありがとう。
私を元気にしてくれて、ありがとう。
あなたからの手紙が、私の宝物です。

・・・愛してるよ、ママ・・・





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歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
    世は歌につれ、人生、絵模様、万華鏡…





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