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2018年7月11日 (水)

妄想劇場・特別編

V01511111122


昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリ



Suiheisen11211112

「"あの時"に時間を戻せたらいいのに、ということは
いつも思います。
ただ、もしも"あの時"に戻れるとしても、今の自分で
戻りたいです。
自分まで当時の自分に戻ったら、また同じことを
繰り返してしまいそうだからです」

昨年9月中旬、宮崎刑務所の面会室。に宮崎地裁の
裁判員裁判で死刑判決を受け、当時最高裁に
上告中だった奥本章寛(27)は、そう率直な思いを
口にした。

奥本が言う"あの時"とは、自分の手で家族3人を
殺めた"あの時"のことだ。

2010年3月1日の早朝5時頃、奥本は宮崎市の自宅で
生後5カ月の長男を浴槽の水に沈めて溺死させ、
妻(当時24)と養母(同50)をハンマーで撲殺。
そして日中はいつも通り会社に出勤して働き、
夜9時頃、自宅近くにある会社の資機材置き場で
長男の遺体を土中に埋めた。

そのうえで第一発見者を装って警察に通報したが、
犯行はすぐに露呈し、逮捕。
裁判では昨年10月、最高裁に上告を棄却されて
死刑が確定し、現在は福岡拘置所に収容されている。

そんな事件の概略だけを聞くと、奥本に
「死刑で当然の凶悪犯」という印象を抱く人は
少なくないはずだ。

しかし実際には、奥本ほど多くの人から愛され、
「生きて償うこと」を望まれている死刑囚は珍しい。
何しろ、裁判中に支援者らが集めた減刑の嘆願書は
6,000筆を超え、被害者遺族までもが最高裁に
「裁判のやり直し」を求める上申書を提出した
ほどなのだ。…

なぜ、そんなことになったのか。
奥本章寛とはどんな人物なのか。

養母との深刻な関係

福岡県豊前市の山あいの街で生まれ育った奥本は
小中高と剣道部のキャプテンを務め、人あたりもよく、
地元では誰からも好かれる少年だった。

高校卒業後は自衛隊に入り、勤務地の宮崎で
知り合った妻と結婚。
結婚を機に水が合わなかった自衛隊を辞め、
土木関係の会社に転職したが、まじめな仕事ぶりで
社長から信頼されていた。
そしてほどなく長男を授かった。

そんな一見幸せそうな新婚家庭の中で、しかし奥本は
毎日苦しんでいた。
同居していた養母(妻の母)の存在のためだ。

養母は奥本が結婚の際に自衛隊を辞めたことと、
結納も挙式もしなかったことに強い不満を抱いていた。
そして事あるごとに「自衛隊を辞めた時から
あんたは気に食わん」「結納も結婚式もしなかった」と
奥本を面罵した。

奥本の実家はよく米や野菜を送ってくれたが、
養母は「お前の家族は何もしてくれん」と言い、
奥本の両親が福岡から訪ねて来た時も
家に上げるのをいやがった。

養母のそんな仕打ちに対し、忍耐強い性格の奥本は
ひたすら我慢し続けた。
ただ、養母との衝突を避けるため、当時は会社が
終わっても車の中で過ごし、帰宅時間は夜の10時、
11時になるという生活に陥った。

一方で朝は土木作業員ゆえに4時、5時から現場に
出なくてはならず、睡眠時間を削られた奥本は
心身ともに疲弊していった。

そして事件の6日前、事態を最悪の方向に向かわせる、
ある事件が起きる。…

被害者遺族のほうが「謝りたい」

きっかけは、些細なことだった。
長男の初節句を福岡と宮崎のどちらでやるかをめぐり、
養母が実家の両親と対立。
感情が高ぶった養母は、奥本の頭を何度も
殴りつけてきた。

「部落に帰れ。これだから部落の人間は」
「離婚したければ離婚しなさい。
慰謝料ガッツリ取ってやる」

殴られながらそう罵倒され、奥本はとうとう緊張の
糸が切れてしまう。
そして当初は自殺も考えたが、最終的に下した決断は
家族3人を全員殺害することだった。

なぜそれが解決になると思えたのかは奥本自身も
よくわからない。
心理鑑定によると、当時の奥本は精神的に疲弊し、
視野狭窄、意識狭窄の状態に追い込まれていたという。
そして、"あの時"を迎えた・・・。

「心理鑑定の鑑定書は読みましたが、鑑定書の
通りだと思いました。
自分は元々視野などが狭かったと思いますが、
"あの時"はいつも以上に視野狭窄になっていたと
思います。すべての原因は自分にありました」

面会の際、奥本はそう振り返ったが、この事件の
原因が奥本だけにあるとは思えなかった人物が
被害者遺族の中にいた。

奥本の妻の弟であるYだ。Yは母(奥本の養母)の
性格や日頃の言動を当然よく知っている。
上告審段階になって奥本と面会し、最高裁に
「裁判のやり直し」を求める上申書を提出したYは、
その中でこう書いていた。

〈母のほうが悪かった部分については、自分のほうから
被告奥本に謝りたいという思いもあったくらいです〉

しかし、奥本の上告を棄却した最高裁のわずか
3枚の判決文では、このYの上申書の存在に
何一つ触れられていなかった。…

「最後までしぶとく生きる」

実際に会ってみると、奥本はいかにも田舎の朴訥な
青年という雰囲気の人物だった。
獄中では、被害者たちの供養のため、写経や読経を
日課に。また、被害者遺族への弁償資金をつくるため、
支援者らの協力を得てポストカードを製作しており、
そのための絵を毎日描いているとのことだった。

「絵は、被害者3人のことを思いながら描いています。
とくに妻と息子のことを想って、心の琴線に
触れたものを2人に重ねながら描いています」

そう語っていた奥本は最高裁に上告を棄却された
直後には、「この結果(死刑)を潔く受け入れて死のう」
とも思ったが、最終的には再審の請求や恩赦の出願をし、
「生き続けること」に決めたという。

死刑確定後、面会や手紙のやりとりはできなくなったが、
最後にくれた手紙には、その真意がこう綴られていた。

〈私が今、考えていること(再審や恩赦)はまったく
潔くありませんが、間違っていないと思っています。
私は、被害者3人の命をある日突然奪ったのですから、
私が死ぬ心の準備をするのはおかしいです。
私も死ぬ時は、死ぬつもりがまったくない状態で
死ぬべきです。最後までしぶとく生きるつもりです〉

奥本はこれからどんな人生を歩むのか。
その近況は「奥本章寛さんと被害者家族を支える会」の
ホームページで適時報告されている。





Dv11

昨今、絶えることのない児童虐待を報じるニュース。
話題となった目黒区の事件では、加害者である実母と
義父は、あれだけの虐待を加えておきながら、
子供の「将来」の話をしていたとも伝えられています。

児童虐待といじめの相関性、その解決には・・・

痛ましい児童虐待事件によって、未来ある幼い
子どもの生命が奪われる事件が続いて心が痛みます。
いじめの構造を知る上でも、このような事件を起こす
人間の心理と成り行き構造について知ることは
重要だと思います。

私は、かつて司法福祉の仕事に携わってまいりましたので、
実子や連れ子を殺してしまった実母や義父の話を何件も
聞いてきました。また福祉現場で、DV被害者の話も
複数聞き取ってきました。

最近も目黒区で、虐待されていた5歳の女の子が
3月に死亡し、実母と義父が逮捕されました。
警察からメディアへ流された情報の中に、実母と義父は、
被害児童に対して、「将来、タレントにしたかった」などと
言っている、とありました。

実は、このように、虐待しておきながら、普通の親と
変わらないような発言をすることは決して珍しい
ことではありません。

繰り返し体罰を加え、子どもを傷だらけにし、
衰弱死させた事件でも、加害者である義父から
子どもに関する将来の夢を聞きました。
そのうえ、「むしろ親子関係は良かったのですよ」
という涼しげな言葉も聞きました。

確かに、生活の中には、一緒にショッピングモールに
行って買い物をしたこともあるでしょう。
そこだけを取り出してみせるのは問題です。

虐待している親であっても、会社でも、職場でも、
そこそこの評価を得ていたりします。
人間関係のストレスにさいなまれていたり、
金銭関係のトラブルをかかえていたりして、
家庭内に八つ当たりの対象を求めていたとしても、
職場での外面は良かったりします。

ですから、被害者を保護すべき警察や行政が、
本質を見誤ることが、往々にしてあります。

虐待の原因の第一の本質は、「認知の歪み」です。
「認知の歪み」とは、その人の主観を変え、
時間の観念も変え、思い出も変えてしまって、
妄想の世界に入ってしまっているように見えることです。

犯罪者には、珍しくない現象です。
ですから、客観的な証拠こそが真実だと知って
おかなくてはなりません。
「親子関係は良かった」などと言っていても、
死亡した幼児を調べたら、医学的には判明します。

何十時間も縛り上げてなぜ平気だったのでしょうか?
飲まず食わずの子どもがどういう状態なのか、
どうして思いが及ばなかったのでしょうか。

あるいは、数か月も閉じ込めて、おにぎり一個で、
その間、衰弱して食べることも飲むこともできず、
どういう神経だったのだろう、と思われます。

暴力の連鎖で、怪我をおっている子どもを、
ただの「痛い子」として扱うことのおぞましさに
なぜ気が付かないのだろうと思います。

外部の客観的な視点を持つ人から見たら、
まさしく「鬼畜」の行為であったとしても、
その人にとっては、「ただのしつけ」の
一環なのです。

第二に、では、実母はなぜ、その行為を
止めさせることできなかったのでしょうか。
義父にしても、実父にしても同じなのですが、
実は、児童虐待の現場とDVの現場は重なって
いることが多いのです。

共通項として、女性である母親は、直接的な
身体的暴力、罵声や悪言など心理的暴力、
性的な服従を強いられている中で、
「別れなければならない」と思ってはいます。

しかし、毎日の日常の恐怖、さらには、
経済的理由などから、逃れることができません。
そして、配偶者と同じように「認知の歪み」に
入り込んでしまいます。

実際に、暴力で子どもを殺してしまった女性から
聞いたものの中には「もし、夫が怒って殴ると、
子どもは壁にぶつかるくらい飛んでしまう。
だから自分がやったほうが、ダメージが少なくて
済んだから」と言ったものもありました。

「やらないと自分が殴られるから」とも
言っていました。
実のお母さんから、暴力を振るわれ続けた
子どもの中には、脳がすっかり縮んでしまった
子もいます。どんなにか悲しかったことでしょう。

第三に、児童相談所の判断の間違いがあります。
死亡した子どもの4人に1人は児童相談所が
関わっています。

目黒区の事件でも、相談所の話として、
「親に子どもと会うことを拒絶された。
親と信頼関係を築こうと思っていた」とあります。

さらに、反省点として、「都道府県間のケースの
引き継ぎ」や、「一時保護の見極め」、
「親が拒否する場合は警察官へ家庭訪問の
立ち合い依頼をすべきだった」と述べています。

しかし、本質的な誤りは、「子どもの人権よりも
大人の自己決定を優先した」ということです。
そのような考え方の背景を私はよく理解することが
できます。実際に、福祉系大学の教科書では
「自己決定が大切だ」と教えられています。

他の児童虐待の事例においても、「父母が
『施設ではなく家庭で子どもを育てたい』と
希望するので、虐待はあっても、家庭で
子育てすることを支援することとしたい」と
児童相談所が判断した事例もあります。

根本的な間違いは、強者である「親の自己決定
(意思)」と弱者である「被害者の子どもの人権
(権益)」を、取り違えていることです。

自分の意思を表明することも決定することもできない、
幼い子どもの生命をそもそも、強者と天秤や
ふるいにかけることに、間違いはありませんか、
というものです。

児童相談所からこんな話も聞いたことがあります。
「子どもを保護したいが、施設もいっぱい、
里親は不足。
ケースを見極めて、入れたり出したりして、
子どもが自立するまで時間稼ぎをするしかないのだ」と
いうものです。

みなさんに考えていただきたいのは、加害者の
父親を「いじめ加害者」に、母親を「傍観者」や
「いじめ加担者」に、児童相談所を「小中学校」、
児童相談所の担当者を「担任の先生」と考えたら
どうでしょうか? ということです。

どうでしょうか、背筋が寒くなりませんか。
いずれにしても、児童虐待ならば「児童相談所」、
いじめならば「学校」が、キャスティングボードを
握っていることに他なりません。
責任ある判断は、児童相談所や学校がしなければ
ならないのです。

それゆえに、学校や教育者でなければ、どうしても
できない仕事があります。それは、加害者への
「訓戒」であり「再教育」です。

しかしながら、子どもへの教育はできても、
親に対する再教育は事実上、困難であることも
事実です。
児童虐待の加害者は、自分が悪かったとは
思っていません。

「ちょっとしか、こづいていないのに、おおげさに
青あざをつくって失礼だ」と、自分が被害者のように
言ったりしています。

このようなメンタルに至るまでの生育歴や、
家庭環境が大きく関係しています。
しかし、成人を変化させるのは、たいへん困難です。
刑罰という、身をもって知る償いに任せることに
なるでしょう。

一方で、子どもたちは、「良き教育者」に巡り合うことで、
考え方を変え、人生を変えることができます。
父母に愛されていない子ども、貧困にあえぐ子ども、
衝動性を制御できない子ども、言語でなく手や足を
出すことでしか表現できない子ども、

これらの子どもたちに対して、広く深い人間愛を持って、
忍耐強く子どもの魂に語りかけている
尊い先生たちがいます。

昨今では、いじめ被害者といじめ加害者の境界線が
あいまいになっています。
子どもたちはある時には加害者に、ある時には
被害者になるということを繰り返しています。

そういう時代だからこそ、脳が縮み、魂を歪ませ、
行為に障がいを生んでいる子どもたちを、
あたたかく包んで、忍耐強く繰り返し教えて
いかねばなりません。

子どもの感性を伸ばし、相手を思いやる力をつけ、
自由と創造性の翼を広げることは教育の使命です。
先生方は疲労困憊されてしまっておられる方が
多いと思いますが、そのご苦労は、必ずや魂を
輝かせていくと信じています。




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