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2018年7月10日 (火)

妄想劇場・特別編

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昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリ



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夫=当時(58)=を絞殺したとして殺人の罪に
問われた
兵庫県神河町(かみかわちょう)の無職の女(64)は
連日、裁判員裁判の法廷で夫からドメスティック
バイオレンス(DV)を受けていたことを訴えた。

殺害後も後悔の気持ちから遺骨を持ち歩き、
供養のため寺に通ったなどと証言する一方、
殺害前から27歳年下の外国人男性と関係を持ち、
犯行後にはこの男性と旅行に出かけたことが
赤裸々に暴かれた。

DV被害者、夫の殺害を懺悔(ざんげ)する妻、
それとも不倫に走った女…。
裁判員らの目に映った女の「素顔」とは。・・・
      
「下着姿での生活を強要された」

夫の遺体が同町の空き家の庭で発見されたのは
平成27年12月。女は別の詐欺事件で服役中
だったが、県警の取り調べを受け、15年5月31日に
睡眠薬を飲んで自宅の寝室で眠っていた夫の首を
ロープで絞めて殺害したことを自供した。

「もうだめだと思った。この地獄のような生活から
逃れるには今しかないと思った」
今年5月14日に始まった裁判員裁判で女は夫を
殺害したときの心情をこう証言した。

夫のDVは結婚前から始まり、殴る蹴るの暴行に加え、
時には刃物を突きつけられ、自宅外に
逃げ出せないように「下着姿での生活を
強要された」という。
      
DVは15年3月ごろに不倫が発覚したことで激化した。
夫から「別れたいなら現金1億円用意しろ」
などといわれ、限界を迎えたという。
女は涙ながらに「(犯行日は)自分を監視している
夫が先に眠った。
(殺すなら)今しかないと思った」と述べた。
      
殺害後は夫の遺体をのこぎりで解体し、
ベランダのプランターや犯行後に購入した冷凍庫に
保管した。それでも、「申し訳ないと思い、
骨になった後は肌身離さず
カバンに入れて持ち歩いた」
「東本願寺(京都市)に供養に出かけた。
線香は欠かさなかった」などと犯行を後悔していたこと
をアピールした。
      
被告人質問で弁護側は、夫によるDVの内容や、
犯行後の供養などの行動に質問を集中させた。
言葉を詰まらせながら過去を振り返る女の姿に
裁判員も神妙な表情で聞き入った。

不倫相手の外国人に1千万円貢ぐ

ところが、検察側の質問で27歳年下の英会話教室の
外国人講師との不倫生活の実態が暴かれると、
廷内の空気は一変した。

廷内のモニターに女が不倫相手に金を渡した
時期や金額、不倫旅行の詳細などが表示されると、
廷内からはどよめきが起きた。

当時、女は夫とともに兵庫県内を中心に
エステ店を経営。
一時は年商1億円を弾き出していたこともあり、
不倫が始まったとされる14年春から合計で
1千万円近く貢いでいたことが明らかにされた。

検察側からの「これほどの金額をなぜ渡したのか」
との質問に対しては、「(不倫相手に)必要だと
いわれて渡した」などと歯切れの悪い回答を
繰り返した。

さらに夫殺害後、義理の息子には「夫が突然帰って
こなくなった」と説明。兵庫県警姫路署に
行方不明届を出していた。

一方で、不倫相手とはインドネシアのバリ島や
神戸市の有馬温泉、長崎県のテーマパーク
「ハウステンボス」などに旅行していた。

また、夫の生命保険を解約して得た約460万円で
マンションを購入するなど、夫の束縛から解放され、
不倫生活を満喫する妻の姿が浮かび上がった。
      
「夫殺害後すぐに不倫相手と海外旅行をしている。
本当に後悔しているなら中止すべきだったのでは」
という裁判員からの質問に対しては、
「旅行はエステ店経営の勉強のためだった」と
返答するのが精いっぱいだった。
      
検察側から「不倫相手との関係を続けたいから
夫を殺害したのでは」と質問されると、「違います」と
答えたが、弁護側からの質問の際に見せた
歯切れの良さはもはやなかった。

安いマンション、ホテルを転々

年商1億円だったはずの女だが、廷内で自身の
所持金は8万円程度だと明かした。
犯行後しばらくは羽振りがよかったものの、
24年ごろにはエステ店の業績が悪化し、徐々に
生活はすさんでいった。

マンションでの生活をあきらめ、安価な短期
賃貸マンションやホテルを転々とする生活に
変わった。

その間、夫の遺骨は倉庫や庭に埋めるなどし、
転居の際は遺骨をスーツケースや手さげかばんに
入れて持ち歩いたという。

この頃には不倫相手との関係も終わり、
遺骨は空き家の庭にやむを得ず隠すことにした。
その後、現金をだまし取ったとして詐欺容疑で逮捕。
実刑判決を受け服役することが決まった。

5月18日に迎えた判決公判。
女は黒色のジャケットとミニスカート姿で証言台の
前に立った。
公判中、顔は常に白色のハンカチで隠し、
表情をうかがうことはできなかった。

判決では、起訴事実に含まれていなかった
不倫の事実も認定。
川上宏裁判長は犯行動機について
「不倫相手との交際継続もその一つであったことは
明らかだ」とし、懲役11年(求刑懲役12年)を
言い渡した。
      
判決に先立つ最終意見陳述で「生きている間に
罪の償いができることに感謝したい」としながらも、
      「一日も早く死ぬことを望んでいる」と語った女だが、
判決を不服として控訴している。・・・



B27


112

父の闘病生活が始まったのは僕が小学二年生の
時だった。
癌だった。後になって聞いた話だが、癌が発覚
したころはすでに末期だったそうだ。
一年間続いた父と癌の戦いは父にとっても
母や僕、弟や妹にとっても過酷なものになった。

母は、日中に仕事をして夜は車で四十分かかる
病院へ通う日々を繰り返した。
僕は学校から帰ってくると幼い弟と妹の面倒を見た。
お見舞いにもいった。

だんだん弱っていく父を見るのは辛かった。
祈ることしかできなかった。
結局、僕が小学三年生の秋に父は死んでしまった。

父がいない生活は辛いことが多かった。
父を恨んだことさえあった。
今になって考えると愚かなことももたくさんして、
だんだん僕はぐれていった。
家族や親戚にたくさん迷惑をかけていたようだ。

そんなある日、僕は父の本棚に残っていた数冊の
日記を見付けた。
何気無く開いたノートには懐かしい、父の丸文字が
並んでいた。少し涙が流れた。
そして夢中で父の過ごした日々を追いかけた。
癌が発覚してからのものもあった。

検査をしたことや家族が見舞いに来たことが
一行一行、丁寧に書かれていた。
しかしあるページに差しかかって急に父の文字が
乱れ、大きく書き殴るように書かれていた。

そこには、
「死にたくない。生きたい。
このまま家族を残したまま死ねない。
まだまだ生きたい」と書いてあった。
猛烈に涙が出た。

ただその涙は単に悲しかっただけではなく、
自分の今の姿が情けなかったから出たのだった。
堕落した今の自分が情けなかった。
今この瞬間、自分が生きているのは
父が生きたかった日々なのだと思った。

高校生になった僕は最近、
色々な人に父に似てきたと言われるようになった。
精一杯に今を生きることが死んだ父への
親孝行なのかなと思う。
・・・




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