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2018年7月13日 (金)

妄想劇場・一考編

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過去に起きていることから浮かび上がってくる
真実もある。・・・


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ハイリスク・ノーリターン

「同和タブーは無くなった」と言われることがあるが、
それはネット限定の話で、現在でもテレビを筆頭に
新聞、ラジオなどの大手メディアで自由に
取り上げられることはほぼない。

取り上げられても、大体は部落解放同盟の
協力の元でという限定がつく。

大手メディアの同和への恐怖心は、じつに半世紀に
渡る歴史をもっているため、もはや理屈抜きの
拒絶状態になっており、それは普段、報道される量
という意味では、天皇制タブーよりも深刻だと
いっても良い。

例えば他の社会問題でいうと在日韓国・朝鮮人、
障害者をテーマにしたテレビ番組、ドラマ、映画は
わりと知られているものもあるが、同和問題を
テーマにしたものはそれに比べてほとんどない。

出版界でいうと、小説では若干存在するが、
「在日文学」と呼ばれるムーブメントになるほど
ではない。
同和は在日と同じく、日本全国に散在している
問題であるにも関わらず、だ。・・・

しかし同和タブーといっても、ようは売れれば
良いのである。
売れて注目されれば、大手メディアも無視は
できないものだ。

同和問題は現在も「ハイリスク・ノーリターン」という
認識が定着し、メディアをはじめ日本社会の
宿痾となっている。

『路地の子』では、人間の本音を突き詰めて
描くことに専念した。
人間の本音というのは、つまり「金」のことである。

のし上がろうとした男

内容は、大阪にある河内という地域の同和地区を
舞台に、解放同盟、共産党、右翼、ヤクザを駆使し、
高度経済成長と部落解放運動の高揚という
時代の波にのって成り上がろうとした男の話だ。

戦後しばらくたった昭和24年から東日本大震災
までの、ある一人の男の半生記である。
かつて同和地区には、33年間で13兆円もの
税金が投入されてきた。

全国のスラム化した同和地区を改善するため
団地を建て、保育所をつくり、道路を整備。
教育もほぼ無償化し、税金もフリーパスという
時代があった。・・・

同和地区、被差別部落への差別がまだまだ
きつかった時代、同和問題の解決は国策であった。
そして国をバックに、かつて絶大な権力を
誇ったのが部落解放同盟だった。

解放同盟は、部落差別に反対する全国組織
であるが、こうした金の投入で組織内部も次第に
腐敗していく。それが2002年からの同和利権の
事件化につながっていくのだが、もちろん
同盟員すべてが腐っていたのではない。

国をバックにしたその権力に群がる人々が、
組織内外には多かったということなのだ。
国をバックにつけた解放同盟の威を利用する者が
同和地区の内外に現れ、同和地区に投入される
金や特権の奪い合いが水面下で始まるのが
1960年頃からだ。

俗に「人間は実利がともなってこそ本気になる」
と言われるが、同和地区で成り上がろうとする
者たちはみな、解放運動を建前にして、
同和利権を獲ろうと躍起になる。

共産党、右翼を駆使

最初は、「人権の季節」ともいわれた1960~80年代
の頃のこと、もっと大雑把にいえば「昭和」の
同和地区の状況を描きたいと思っていたこともあり、
とりあえず数年前から父親にインタビューを
するようになったのが発端だった。

父の龍造は、大阪の河内という地域で肉工場を
経営している一介の食肉卸業者だ。
食肉という職種をべつとすれば、どんな田舎にもいる
小さな工場の経営者である。

しかし話を聞いていて興味深かったのは、
父親がとんでもなく突破な人であったがゆえに、
時代の覇者であった解放同盟とはまったく
与しなかったことだ。

というのは当時(1960~90年代)、解放同盟に
入っていないと、同和地区に住んでいても
同和利権がとれなかった。
つまり解放同盟に入っていないと、儲けられ
なかったのである。

たとえば事業を起こすうえでさまざまな援助を
してくれる同和行政の窓口は、解放同盟が
独占していた。また同和地区に優先的に
割り当てられている事業をとろうと思ったら、
解放同盟を通すしかない。

つまり解放同盟に参加することは、
同和地区で成り上がろうとする者にとって
必須のことだったのである。

しかし、解放同盟の窓口となる人物と少年時代に
ケンカしたという極めて個人的な遺恨から、
父の龍造は解放同盟と組むことをあきらめる。

そこで解放同盟と対立していた共産党をはじめ、
右翼、ヤクザを駆使して同和利権を奪おうと
奮闘するのである。

うまく呑み込めなかった
そういえば幼い頃から、実家の肉店の看板に
「新同和」の看板が掲げてあるのを、
おかしな光景だなと思って見ていた。

どうも父親は右翼と関係しているのかもしれない
と思っていたが、中学生くらいになると、
父親の支持政党が共産党であることがわかった。

さすがに中学生でも、当時は左翼と右翼が敵対
していることは知っていたし、特に右翼と共産党は
正反対の組織というのはわかっていたから、
これはいったいどうなっているのだろうかと
疑問に思っていた。

しかも父親はどう考えても、共産党を支持する
ような人ではない。
また夏休みや冬休みに実家の店を手伝っていると、
数本の指のない男が盆栽などを持って訪ねてくる。
盆暮れによくあるヤクザの営業である。

一目でヤクザだとわかったが、共産党に右翼に
ヤクザというのが、商売とはどうも結びつか
なかったので、おかしいなあと思っていた。

ヤクザというと、商売人から金をとるという
イメージがあったからである。
少年時代の私は、肉屋という商売と、そうした
運動団体とヤクザとの関係がうまく
呑みこめなかった。

あるとき、肉の配達に行った得意先でも
「あんたのお父ちゃんは最近、いい付き合い
してないな」と言われた。
「悪い付き合い」というのは、どんなことを
言うのだろう? 
それは私の中で澱のように残っていく。

そこで大人になって父の龍造から話を聞いていて
わかったのは、解放同盟とは与しないが、
同和利権は奪いたい。

そのために彼が頼ったのは当時、解放同盟と
熾烈な抗争をつづけていた共産党であり、
利権をとるために同和団体を乱立させていた右翼、
そこに群がるヤクザたちであった。

強大な解放同盟と渡りあうには、それぞれと
うまく付き合う必要があったのである。

当時、右翼は同和会系の組織を無数に
立ち上げており、共産党とともに同和行政の
交渉窓口を解放同盟から奪い取ることで、
両者の利害は一致していた。

思想信条よりもまずは生活を、というわけだ。
そしてヤクザはその狭間で、トラブル処理などを
担っていたというわけである。

こうした事情は、昭和の時代に同和地区で商売を
していた人には常識であったようだが、
私はその構図をわかっていなかった。

1973年生まれの私は、高度経済成長はもちろん、
バブル期も学生だったから何も知らない。
しかし結果的には、そうした白紙の状態が
よかったと思う。
思い込みや偏見がないためにいろいろな質問をして、
疑問点を一つ一つ解消していけたからだ。

みんな成功したわけじゃない

同和の中で成り上がっていく者の話を
書いたわけだが、同時にわかったのは、
同和地区の出身だからといって、みんな
成功したわけではないということだ。

主に東京から西の同和地区にはさまざまな特権、
金が投入されたことは事実だが、
一方で、それは所詮あぶく銭、みながみな
成功するわけではなかった。
また逆に、金とは無縁の生き方をいる者も
いたのである。

父の龍造は、着実に事業を拡大していくのだが、
その周囲には覚醒剤で身を持ち崩す者もいれば、
夜逃げなどして没落していった人々も多かった。
またそれとは反対に金には無頓着で、清貧を
つらぬいた者もいた。

一般の人でも、一時的に入った大金を元手に、
何らかの運営をして将来に活かすことができる人は
意外に少ない。
かつてのバブル紳士の没落でもわかるように、
それは同和地区であっても一般地区であっても
変わりない。

解放同盟の堕落も同じで、最初は部落解放運動
という理想に参加した人々も、やがて金で堕落
していく人がでてくる。
これは解放同盟に限ったことではなく、組織なら
どこでもそうだ。

もともと田舎の貧乏人だし、成功しても所詮は
ただの成金である。
同和地区に大金が投入されたのは期間限定だから
なおさらだ。
そのほとんどは、いずれ没落していく者たち
ばかりである。

そして国がバックにつくことで得られる
強大な権力と、それに踊らされる恐ろしさも、
雰囲気として感じられるようにしたかった。

日本独特の社会問題

やはり同和地区といっても同じ人間の集団
であるということである。
父親の一代記を通して、同和地区はもちろん、
政治や信条も、金の前ではあまり重大な意味を
もたないという側面を描いている。

本書の帯に「金さえあれば差別なんかされへん」と
あるように、金持ちを賛美するような話だと思って
しまうかもしれない。

確かに金というのは人間の本音の部分であり、
本書も金を通して人間の性を描いている。
しかし実際、ことはそう単純ではない。

金持ちになっても職業が肉屋だと、近畿地方では
差別の対象になる。
特に結婚のときに差別されて破談になる
可能性もある。

もっとも効果的なのは大学教授など、社会的
ステイタスがあって収入が比較的高い職に就くことで、
そうすれば結婚差別をはじめ、大方の差別は
回避できるだろう。

しかし、同和地区の住民の皆が皆、大学教授に
なることはできない。
簡単になれないからこそ、社会的ステイタスが
あるからだ。
そのような仕事に就ける人の方が稀である。

また、なれたとしてもそれはあくまで個々人の
事情であり、それをもって日本社会に部落差別が
なくなったとはいえない。

同和問題というのは「日本社会にある見えない壁」
であり、個人の金や社会的ステイタスだけで
解決していくには限界がある。

同和問題とは、これからはまた違ったアプローチが
求められている日本独特の社会問題なのである。
人間の本音の一つである「金」を通して見た、
部落解放運動と個人の突破力を描いたが、

それはあくまでも同和問題の一側面に過ぎない。
少しでも興味をもってもらえるきっかけに
なればと願っている。・・・・




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何年か前から?
1月の朝がとても寒い時に必ず思い出す
少年がいます。
当時、私は狭心症で休職して、九州の実家にて
静養していた時でした。

毎朝、デッカイ黒のラブラドールレトリバーの
愛犬テツと散歩していた時に、いつも遅刻して
実家の前の中学校に通ってた、少し不良な
少年のことです。

いつの間にかテツと仲良くなり、私ともよく言葉を
交わすようになりました。
家庭環境は複雑みたいですが、よく部屋に遊びに
来るようになったのです。
しかし、何を語るわけでなくテツと部屋で
よく遊んでました。

2月、3月と時が過ぎていき、次第にその少年は
不良のボルテージが上がり、髪も染めていきました。
でも私の部屋ではいつも純粋な少年の目で、テツと
遊びよく笑ってます。

そんな時でした。

急に部屋に遊びに来なくなり、学校にも行ってない様子。
少年のことを心配しておりましたら、突然夜中に
部屋に来て、さよならを言いに来たと言うのです。

どうしたのか聞いても、うつ向いたままで、
テツの頭を悲しそうに撫でて部屋を出ました。

やっと暖かな春が来たのに、それから少年は
来なくなりました。
半年が過ぎ、もうすぐで1年が経とうとしてる
まだ寒い時期。
いつしかその少年のことも気にしなくなっていた頃、

寒かった夜のことです。

愛犬テツが寿命を全うし、静かに眠っていきました。
寂しさで胸が引き裂かれそうな思いでした。
こんなにも家族同然に育ったテツと別れることが
悲しいものなのかと、とても落ち込んでいました。

そんな悲しみのどん底であったと思いますが、
何もしたくなく、何もできなく、何も考えられないほど
私は悲しみの底に沈んでいた時のことです。

1年前に来なくなったあの少年が、急に部屋に
遊びに来たのです。
1年前の少年の暗い表情とは明らかに違いがあります。
私はその少年の表情を見て、なぜこんなに明るい
顔になったんだろう?

何があったんだろう?

とても興味をひかれながら、テツが亡くなったことを
告げました。
そうすると、少年は笑顔から一変して、
周りも気にしないほど大きな声を出して泣き出しました。

私も、涙がこぼれました。
テツとの別れを、私と同じように悲しんでくれる少年の
思いに泣いてしまいました。

良かったなテツ!
おまえのことをこんなにも想っていてくれた人いたよ。
嬉しいな!会いたかったよな!
また遊びたかっただろうな!

私と少年は悲しみを共有して泣き続けました。

どれくらい時間が経ったのか、少年がポツリポツリと
語り始めました。
その話の中に、少年の明らかな変化の理由が
あったのです

両親の仲が悪く、家に居たくないことから、
少年は不良仲間とつるんで犯罪を犯し、昔で言う
少年院に入ってたようです。

本来なら半年で出られるのに、親が引き取り拒否をし、
その結果「学園」という施設に入所していたそうです。
そこでは親と一緒に過ごせない子供たちが、
共同生活をしていました。

そうだったのか…いろいろあったんだね…。

その施設には、4歳から5歳になる小さな
男の子がいて、その男の子がとてもその少年に
なついてきたそうです。
最初はびっくりし、どうしていいか分からず
戸惑っていましたが、先生から、優しく
諭されました。

「君になついているので、お兄ちゃんみたいに
お世話をしてあげなさい。
他のお兄ちゃん達には、なつかない子だから
大事にしてあげてね」

そんな役割を任されるのも、初めての少年でした。
その子供は、実はすごくわがままらしく、
手を焼いていたとのことです。
でもなぜか、少年にはなついてくる。

ある日、少年が、その子と一緒にお風呂に入ると、
その子供の背中に違和感を感じました。
背中に、いくつもいくつも、タバコを押し当てられた
ようなケロイド状のアザがあったそうです。
その少年は、その子供のアザを見て涙が
出てきたそうです。

こんなにちっちゃいのに、なぜこんなに
ひどい目にあったのか。
どれだけ悲しかっただろう。
どれだけ痛かっただろう。
辛かったろうなぁ… 。

自分が両親からされたことに比べたら、
こんなにちっちゃい子が、これほど可哀想な
姿になるまで… 。
それを考えたら涙が流れてきて止まらなく
なったそうです。

その子供がびっくりして少年に聞いたそうです。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「ゆうくん痛かっただろう…」
「うんにゃー覚えてないよ。
痛かったかどうかも覚えてないよ」

それを聞いて少年は、ますます涙が止まらなく
なったそうです。
僕だけじゃないんだ。
僕だけが辛いんじゃないんだ。
僕だけが悲しいんじゃないんだ。

それからは、その少年は子供と仲良く、
毎日元気に施設で頑張ったそうです。
明るく笑顔が絶えない、そんな生活を
過ごしたそうです。

やがて、その少年が施設を出る時のことです。
その子は、少年から離れません。
お兄ちゃん行かないで。
お兄ちゃん行かないで。
泣きながら、その子が少年にすがりついてきます。

その少年は、ただその子の目を見つめて、
抱きしめるだけでした。
すると先生が、その子に言い聞かせました。

「お兄ちゃんは今からがんばるために
行くんだぞ。
ゆうくんの大好きなお兄ちゃんが
がんばるんだから、
ゆうくんもここでがんばんなくっちゃね!
ゆうくんがここでがんばれなかったら、
お兄ちゃんはとても悲しいと思うよ」

するとその子は涙をふき取り、小さい声で
言いました。
「ぼくがんばる、お兄ちゃん、ぼくがんばる。
お兄ちゃんぼくがんばるから!」

すがりついていたその子どもは、
お兄ちゃんから1歩離れて、最後は大きな声で
言ったそうです。

「ぼく泣かないで頑張るからね!!」

その少年はこらえていた涙が、もう我慢できなく
なったそうです。
その場に崩れてしまいました。

よっしゃ!
元気を出して出発しなさい。
先生から声をかけられて我に戻り、その場を
去って行ったそうです。

そう語り終わった少年の涙は、キラキラ
輝いていました。
大人の自分がこんなにも頼りないものなのかと、
とても反省させられました。

この子たちの信頼関係、
この子たちの出会いと別れ、
こんなにも素晴らしい人間としての愛が
あるのかと…。

いつまでも忘れられない思い出として反省し、
心を洗われるこの思い出を大切にして
いきたいと思っています。
・・・・



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