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2018年8月 8日 (水)

妄想劇場・妄想物語

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1998年7月25日に発生した和歌山毒物混入
カレー事件。
事件から2ヵ月半後の10月4日、現場近くに住む
林健治(当時53歳)、真須美(同37歳)夫妻が、
保険金詐欺関連の容疑で逮捕された。

健治は容疑を認め、2005年に刑期を終えている。
一方真須美は、カレー事件における殺人と殺人未遂の
容疑で再逮捕され、2009年に死刑が確定した。

ある日突然、両親が逮捕され「死刑囚の子ども」
と言われながら育った4人きょうだいの20年をふり返る。
家族全員がそろった最後の日・・・

1998年10月4日。早朝5時前に自宅2階の自室で
目を覚ました林家の次女(中2。学年は当時。)が、
ただならぬ予感に窓を開けると、おびただしい数の
ライトが自宅を照らしていた。

すでに2ヵ月前から報道関係者が自宅を
取り囲んでいたが、その日は脚立に乗った
カメラマンがぎっしりと横に並び、こちら側を
向いていた。

林夫妻逮捕の“Xデー”がこの日だと知った
報道関係者が、逮捕の瞬間を待ち構えていたのである。
その数500人、上空には10機を超えるヘリコプターが
旋回していた。

次女は慌てて長女(中3)を起こし、長女は階下で
寝ていた真須美を起こした。
真須美は2階から外の様子を確認すると、長女だけを
一番端の部屋へ呼び、「もしかしたら捕まるかもしれんけど、
パパもママも何もしてないから、すぐ帰ってくる」
と伝えた。

長女が「ほんまはどっちなん?」とカレー事件への
関与について尋ねると、真須美は「おまえはアホか!
やってるわけないやろ」と叱った。

その直後、「林さん、林さん」と玄関が叩かれた。
真須美は「はーい」と返事をすると、財布から3万円を
出して長女に渡し、階段を下りていった。

入れ替わるようにして女性警察官が2階へ上ってきて、
子どもたちに数日分の着替えを用意するようにと伝えた。
つけっ放しにされていたテレビの画面には、両親が
警察の車で連行される様子が映し出されていた。

林宅に家族全員がそろっていたのは、この日が
最後だった。

4人の子どもたちは児童養護施設へと連れて行かれ、
空き家となったあと落書きされるに任せた家は、
2000年に放火され、全焼してしまう。

「ヒ素、入ってんと違うか?」

真須美は2002年6月まで子どもたちとの接見を
禁止されたため、母子は弁護士を介して
手紙を交換した。

長女は真須美に心配をかけまいと、
「施設のみんなは私たち4人がなんで施設に
来たか知っています。
でも、そんなことを言う子は一人もいません。
みんな同じだからです」と書いたが、

実際には“カレー事件の犯人の子ども”ということで、
あからさまないじめに遭っていた。

施設の子どもたちだけでなく、職員たちからも
暴力を受け、入浴中も監視され、手紙もすべて
コピーされた。

食事にカレーライスが出たとき、職員に
「ヒ素、入ってんと違うか?」と言われ、
気丈な長女が泣いたこともあった。

長男は、施設へ入ってから2ヵ月ほど外出
させてもらえず、ストレスで10キロも痩せてしまった。
6畳の部屋で8人が寝起きする生活で、長男以外の
7人は高校生だった。

今でこそ180センチを超える長身の長男だが、
その頃はまだ小柄で、高校生たちから暴力を
振るわれては布団の中で号泣したという。

毎日の生活に絶望を感じていたとき、園部で
通っていた小学校の先生が、元同級生たちが
書いた手紙の束を持ってきてくれた。

手紙には「また帰ってきていっしょに釣りに行こうね」
などと書いてあり、うれしくて泣いた。

両親が逮捕された日は、小学校の運動会だったが、
もちろん参加することはできず、先生にも友達にも
会えないまま施設に連れてこられたのである。

長男にとって、手紙の束を読んでいるときが唯一、
心が休まる時間だった。
しかし2つ目の施設に移る際、荷物は極力少なくする
という方針のもと、ほとんどの持ち物を処分され、
手紙の束も捨てられてしまった。

長女と次女に手を引かれて施設を抜け出し、
逮捕後真須美が取調べを受けていた
和歌山東警察署の前で口々に「パパとママを返せ!」
と叫んだこともあった。

すぐに施設の職員たちに連れ戻されたが、
姉2人は頻繁に行っていたという。
真須美が拘置所へ移ったあとも、子どもたちは
そのことを知らず、警察署の前で叫んでいた。

施設に入ったとき4歳だった三女は、なぜ両親と
離れて生活しなければならないのか理解できずにいた。
長女の言うことを聞かずに怒られたとき、
「おうちに帰る。ママに言うもん」と拗ねたこともあった。

しかし姉や兄にしてみれば、幼い妹が状況を
理解できないでいることは救いだった。
三女の誕生日に、長女が自分の小遣いで
プレゼントを買い、「パパとママからのプレゼント」
と言って渡すと、三女は泣きそうな顔をしたという。

三女は真須美からの手紙を楽しみにし、
大きな声で読み上げ、返事を書くために字を練習した。

正月やお盆になると、きょうだい以外の子どもたちは
全員、親や親戚のもとへと帰っていった。
まったく帰るところがなかったのは、きょうだいだけだった。

毎日いじめられ、もうイヤだった…

長女と次女はそれぞれ高校へ進学し、施設から通った。
長女は、林真須美の娘であることを隠さなかった。

私はママの事も全部、友達に言ってるよ。
それで同情でみてくる子、そこで友達やめる子、
色々といたよ。でも私の生き方は
「ついてくる者だけついて来い」って決めてるんだ。

一方次女は、自分の母親が林真須美であることを
いつ周囲に知られるかと恐れていた。

学校でもさ、今はイジメとか全然ないけど、
もうバレかけなんだ。
もし、毎日そんなコト言われて私は気小さいし、
耐えられやんし、強くないし、どうせ行かんようになるなら、
一刻も早くやめてお金を貯めたいな…って。

(中略)

〇〇(三女)なんかさ、施設のやつに、八つ当たりとか、
ひにきられ(引用者注・つねられ)たりして泣いてんの
見てたら、自分が一生懸命働いて早く引き取りたいって
強く思う。
きょうだいの中でも、小さかった三女が特にいじめられた。

三女に「お父さんとお母さん、どこに行ったか知ってる?」
とわざと聞く子どもや、食事の準備や洗濯を押しつける
子どももいた。

本当は、その子ら、お金持ちやから、家に帰ることが
できるんやけど、施設でイジメてる方がおもしろいって
言うんよ。

それで、入ってくる子、入ってくる子、陰でいじめられ、
小さい子にも暴力ふるってる。
そんなやつらが何人もおったんよ。
私と〇〇(長女)は毎日ペコペコ、ペコペコ、と
耐えられやんかった。

もうイヤでたまらんかった。けれど、もう火がついて
爆発して、言ったんよ。
「あんたらに〇〇(三女)をたたく権利はない。
今度、たたいたら、許さんからな。
陰で生徒をイジメやんと、堂々としろ。

弱い者、イジメんと、強い者イジメろよ」って言うたら、
それっきり、私らには何も言わんようになったんヨ。
自分を「気小さいし、耐えられやんし、強くない」と
評していた次女だが、三女のために言わずには
いられなかったのだ。

2000年7月、きょうだいは真須美の誕生日に合わせて、
ラジオ番組にリクエストはがきを送った。
一枚のはがきに託した思いは通じた。

なんとも切ないお手紙が届きました。

ママへ。39歳のお誕生日おめでとう。
私たち4人はもう2年もママに会っていません。
いつもママは10時から12時までこのラジオを聴いています。
今日もきっと聴いていると思います。

ママの大好きな曲、『シルエット・ロマンス』を
リクエストします。
ママの名前は書いてありませんね。きっと聴いて
いることでしょう。
それではお聴きください。『シルエット・ロマンス』。

真須美は独居房でこの放送を聴いていた。
頭上の監視カメラとマイクを意識して、普段は
布団の中でしか泣かない真須美も、
このときばかりは声を出して泣いたという。

長女の怒りが爆発した

長女は高校卒業後、看護学校へ進学したかったのだが、
弟や妹のために働くことを選んだ。
大阪に出て、最初の1週間は野宿をしたという。

アパレルメーカーに採用されて給料をもらうようになると、
その年のクリスマスには、次女にティファニーのネックレス、
長男にゲーム機、三女には巨大なハムスターの
ぬいぐるみを贈った。

長女はその後、同年代の男性と結婚。妊娠した。
彼は“林真須美の娘”と結婚するにあたり、
実家と縁を切らねばならなかった。

妊娠したことを喜び、すぐに手紙で真須美に知らせた
長女だったが、出産予定日が健治の出所の時期と
重なることがわかると、警戒せずにはいられなかった。

逮捕当時の過熱報道が脳裏に蘇ったのである。
新しい家族と“普通”に暮らしたいと願う長女が、
守りに入るのも無理はなかった。

長女は真須美に、自分の住所を健治に伝えないように
と手紙で念を押した。
ところが真須美は健治に住所を教えたばかりか、
長女の彼の実家に挨拶の手紙まで出して
しまったのである。

それは、せめてもの親心であり、手紙の内容も
無邪気なものだったと思われるが、すでに拗れている
彼と実家との関係をさらに拗らせる結果となった。

心労がたたったのか、長女は早産してしまった。
予定日よりも2ヵ月早く生まれた赤ん坊は、
1200グラムの未熟児で、命も危ぶまれた。
精神的余裕のない状況で、これまで耐えに
耐えてきた長女の怒りが爆発した。

あんた、ほんまに私の親なん? 
二度と手紙も〇〇ちゃん(引用者注・長女の夫)の
親に送るな。

あんたが親って事だけで、みんな迷惑してんねん。
(中略)
あんたが親なんか、私からしたら人生の汚点やわ。
顔も二度と見たくない。
表面づらの母親なんかせんといて。
私はこれでほんまに、あんたを一生許さへんから。

一方的に責められた真須美だが、実際には
長女の立場をよく理解していた。
健治には、出所後は和歌山へは帰らず、
大阪で暮らすように言い含めていた。
また、健治の行く末を案じてもいた。

4人の子供はもう私達2人から離れたよ。
その方があの子らのため。
マスコミに追われるのイヤらしいわ。

(中略)
はよう一生めんどう見てもらえる女みつけなよ。
(中略)
私とは離婚の方がいいと思うし。
私、旧姓に一日も早く戻りたいし、先祖の墓に
入りたいんよ。
わりけど(ママ) 、ずっと思ってる。

(中略)
もう人生ドッテコトナイヨ。
4人のことは大丈夫。心配はアンタのことよ

それぞれの人生を歩んでいる

実際に、死刑が確定したあと、真須美は健治に
離婚届を送っている。真意のほどはわからない。

健治は出所後、弁護士が用意した和歌山市内の
アパートで暮らし始めた。
すると、子どもたちは休みごとに家電や日用品、
食料品などを持って集まり、一緒に食卓を
囲むようになった。

その様子を知った真須美は安心し、健治に
「子どもたちをカラオケに連れて行ってやってくれ」
と手紙を書いた。

「ちょっと毛染めてシラガなくして、メガネと
帽子していけや。
目立つと子どもイヤがるしさ」と付け足すことも
忘れなかった。

両親が逮捕されたとき、きょうだいのなかで
最も不安を感じていたのは、中学3年生だった
長女ではなかったか。

妹たちや弟を守ってやれるのは、自分しかいない
という使命感が彼女を強くしていた。
彼女は自力で道を切り開き、母親になった。
未熟児で生まれた赤ん坊はその後順調に成長し、
今はもう中学生である。

現在、次女、三女も独立し、それぞれの人生を
歩んでいる。
30歳になった長男だけが73歳になった健治の
近くに住み、あれこれと世話を焼きながら、
真須美の面会にも出かけている。
・・・



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腰から下と両腕が全面的に麻痺。
自分で立つことなどおぼつかなく、
ベッドでも自分ではほとんど動けない。
植物的人間になってしまったのだ。

不幸といえば、こんな不幸なことはない。
ある日、突然、谷のどん底に突き落とされたような
気持である。

大小はどちらも看護師さんの手を煩わし、
風呂は特浴の機械浴。
ベッドから車いす、車いすからベッドへの移動は、
看護師さんの首にぶら下がって移動する。

ある日、
「Iさん、自分で立とうとしていますね。
その気があれば近いうちに立てますよ」と言われた。

そのひと言が私に大きな勇気を与えてくれた。
立てそうな気がしてきて、危険を覚悟で
ベッドの手すりにつかまり、立とうと試みた。

足元はかなり崩れそうだったが、必死で立つと
立てているではないか。
「立てたんだ!」思わず声が出た。

反射的にナースコールを押してしまった。
呼ばれた看護師さんは・・・
「あっ、Iさんが立っている!」

呼ばれた看護師さんは、ナースステーションに
走って戻り、「Iさんが……」と口々に言い交わす声が
聞こえてきた。

その日詰めの看護師さんが、四、五人私に
駆け寄り、「本当に良かったですね」
「頑張りましたものね」と喜んでくれた。

「ありがとうございます。皆さんのおかげです」
と言ったとたん、私の目からポロリと涙が落ちた。
看護師さんも抱き合って涙を流している。
涙は後から滝のように頬を伝った。

それからは、ベッドの金具を手がかりに、
まずは立つことに専念した。
しばらくすると、看護師さんの付き添いで、
歩行器を使って廊下を往復できるまでになった。

四か月の訓練を経て、ついに退院できたのだ。
不治の難病を宣告されたときの絶望感。
回復の兆しが見えなかったときの辛さ。
それでもリハビリを通して、出会った
たくさんの感動。

今は、「やればできるのだ」という実感が
わいてくる。
これからも出来るかぎり、自分の足で
この大地を踏みしめて歩いて行きたい。
そんな思いで今日を生きている。・・・



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