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2018年11月23日 (金)

妄想劇場・妄想物語

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なぜ、美人はいつもつまらない男と
結婚するんだろう?
賢い男は美人と結婚しないからさ。・・・


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仏門に入った男性は、修行前に自殺未遂を
経験していた。
仏教は自殺について善悪を判断してない
と言われている。

果たして、この男性はなぜ自殺未遂をし、
なぜ仏門を選択をしたのだろうか。

「生きられない」

深夜、交差点に寝そべって、自殺を試みた
2016年1月某日の深夜、岡田倫大(21)が首都圏の
自宅から徒歩3、4分の交差点で、寝そべった。

自殺しようと思ったためだ。しばらくして、倫大に
軽自動車が近づいて来た。しかし、車は直前で
止まり、運転手の男性が車を降りて、倫大を怒鳴った。

「本当に死ぬこと以外に何も考えられなく
なったんです。何も言わずに夜中に家を出た。
(寝そべると)頭の方から車が来たんです。
でも、運転手にすごく怒られました。
聞こえないふりをして、その場から立ち去りました」

このときの心境にについて、倫大は「どうなっても
いい、という感じです。ただ、『死にたい』とは思って
いないかな。どちらかというと、『生きられない』
という感覚でした」と振り返った。

「覚えているのは、解離とまではいかないまでも、
自分が自分でなくなるような感覚があった。
自分じゃなくなっていく…」

過去の逮捕歴

「自分では嫌だったので、『勝手にやれば』
と思っていた」
実は、倫大は高校時代、警察に逮捕されたことが
ある。どんな事件だったのか。

「友達が野球チームを作ったんです。
でも、お金がなかったので、道具がたりませんでした。
そのため、いろんな学校を回って、部室から
野球道具を盗んだんです」

住居侵入と窃盗の容疑だ。
しかし、関与の度合いが低いため、逮捕から
3日で釈放されたという。

「何もしてないというと嘘になりますが、僕は一緒に
いただけ。野球道具を盗んでいません。
友達の家にいて、野球道具を盗もうという話に
なったんですが、止めませんでした。

ただ、自分では嫌だったので、『勝手にやれば』
と思っていたんです」
揃ってない道具を盗んだほか、他の道具は売って
お金にすることになった。

倫大はそのとき、「売るのは足がつくんじゃないか」
と言ったが、結局、そこから犯行が明るみになった。

半年後のある日、早朝に警察官がやって来て
逮捕された。
「知らなかったのですが、友達から借りていた
グローブが盗難品だったんです。だから、
共犯が疑われました。

警察としては『お前は一緒にいたんだろう?』
『やったんだろう』ということになりますよね」
友人に簡単に売られ、犯行を主導していた
と疑われる

倫大が主導したと警察が考えた理由は、
中学時代に非行歴、補導歴があったためだ。
警察は「お前が命令したんじゃないか」
と追い詰める。その上、友人たちも簡単に
倫大の名前をあげていた。

その後、親からも「絶縁してくれ」との誓約書を
書かされることになった。

「大事な仲間から売られたんです。
自分でも、そいつらの犯行を止められなかった
ということは、『あいつらはどうなってもいい』
という考えが頭にあったからじゃないと思ったんです」

倫大が逮捕されるのはこのときが2度目だった。
1度目は傷害の容疑だった。
このときは家裁に送られ、鑑別所に送られる
ことになったのだ。

「鑑別所から2ヶ月で出て、『2度と、こんな
ところには来ない』と決意していたときだったんです。
逮捕はその3、4ヶ月後の出来事でした。

『また、捕まるんじゃないか』という夢も見たことが
あったんですが、すぐに警察が来ました」

事件に関与したことをSNSで晒され、人を
信じられなくなった
この事件で逮捕されること自体でも、相当な
ストレスを抱えることになるが、自殺未遂は、
逮捕に起因していたわけではない。

この事件と自殺未遂を結びつけたのは、SNSの
書き込みだった。

「隣人からも、警察に逮捕されるなんて、
何をしたんだ、という噂にもなっていました。
そんな中で、SNSで、友達とも言えないくらいの
知り合いが、この事件のことを呟いたんです。

しかも、実名で。僕の名前は珍しいので、
すぐに本人特定されてしまうんです。
それが耐えられなくなったんです」
倫大は誰も信用ができなくなってきていた。

「孤独感ではなく、本当に孤独なんですよ。
会ったこともない人さえ、僕を否定しているのでは
ないかと思っていた。
どんな人も、僕を否定する存在でしかない、
と思っていました」

小学生時代の友人宅へ、

寝そべっていた現場を立ち去った倫大はその後、
1時間半ほどのあいだ、一駅分程度の距離を
歩いていった。小学校のときから付き合いのある
友達の家の方向だった。

「勝手に足が向いたんです。
そして、この日のことを友人に話をしました。
『どうしていいかわからない』
『消えてなくなりたい』と言ったんです。

すると、殴られました。
それまで何をしていても、生きている実感が
なかったんですが、殴られたことで興奮したんです。

『こいつ、やっぱ、考えてくれている』。
そういう感覚になっていったんです」

倫大は、その友人が小学校のころから必死に
生きていたと感じていた。
喧嘩をしたことはなく、このとき初めて殴られた。
そのことで本気さが伝わったという。

その反面、こうも思った。

「僕は、(盗みをした友人を)殴ってでも止めよう
としなかった。本当の意味で、その友人たち
と繋がろうとしていなかったんだと思ったんです」

孤独を感じていたときに、この友人は
本気で怒ってくれた。
「怒りなのかどうかはわからないんですが、
結果的に、僕を鼓舞してくれました」

小学校のとき、倫大は勉強も運動もでき、自らを
「スクールカーストの最上位にいる」と考えていた
という。

しかし、5年生のとき、この友人と出会った。
そのとき、勉強や運動だけで人の価値は決められない、
「こいつが上だ」と初めて思えた。
そんな友人が真剣に怒ってくれた意味は大きかった。

「こんな俺でも修行はできるんでしょうか?」

その後、倫大は真剣に悩み、浄土真宗の寺で
修行をすることにした。
その面接で過去の補導歴、逮捕歴について話をした。

「こんな俺でも修行はできるんでしょうか?」
すると、面接官はこう答えた。

「むしろ、君みたいな人間を待っていた」
修行に入ってから、寝そべって死のうとしたことも
話した。

すると、指導者は「これまでのことがこれからを
決めるのではない。これからやっていくことが
これまでを決めるんだ」と言ったという。

「それを聞いて、『これからなんだ、やった事実は
変わらなくても、価値を変えていくことができる』
と思ったんです。

そのために生きようと思ったんです」
「きっかけさえあれば、誰だって、何者にもなれる」
今後も修行を続ける倫大。

今はひたすら仏教を勉強している。前歴が
あるために、教誨師にも興味が出ている。

「(刑務所の外に)行き場がなくて、再犯する
人がいます。そんな人の行き場も作ってあげたい
と思っています。
きっかけさえあれば、誰だって、何者にもなれる
と思います」

宗教によって「生きづらさ」を植え付けられる
人たちも多く取材してきたが、一方で、宗教によって
「生きづらさ」を解消する人たちも知っている。

倫大は、それまでの生きづらさを仏教で
解消した一人だ。
一人前の住職になるのはまだまだ先だが、
すでに、悩める若者の相談にのっている。

「ある若者と知り合い、話を聞いてほしい
と言われて以来、ずっと話を聞いています。
いろんな問題を抱えているので、すぐに解決
できるわけではありません。

でも、その子にとっては、何を話してもいい相手に
なりました。何かあるたびに連絡があります」
門徒の前で話をすることもあるという。

「仏教的な話もしますが、実体験を入れてほしい
というので、自殺をしようとしたときの話もしています。
衣を身につけていないと、こういう話はなかなか
できませんが、

涙を流す人もいて、『あなたの話を聞いて、
生きようと思いました』
と言ってくれる人もいます。今は、お坊さん以外に、
やりたい仕事はありません」

仏教関係には、自殺に関連した話を受け止める
ネットワークがある。そんな中に、倫大のような
未遂経験者もいるのだ。・・・


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A子は、とても優しい心の持ち主なのですが、
中学校1年の12月に父親を亡くしてしまいました。
それから、少しずつ生活のリズムが崩れて、
学校を休むことが増えてきました。
さらに、中学2年生の夏休みには髪の毛を
茶髪にしてしまいました。

夏休み以降、さらに欠席が増え、12月くらいから
全く登校できなくなりました。
3年生になって、時々学校には顔を出すように
なりました。
しかし、教室には全く入らず、担任など教員に
顔を見せるだけでした。

2年の時から、修学旅行については、
A子に「修学旅行に行くんや!!」
と言い続けていました。

家庭訪問などを連日くり返し、
学校への登校および修学旅行への参加も
促しました。

同時にクラスメートや友達からも、ひっきりなしに
連絡があり、「一緒に学校に行こう」
「修学旅行に行こうよ」
「なぜクラスに来ないの?」
などと訴えかけていました。
それでも、A子はなかなかいい返事は
しませんでした。

実は、昼夜逆転をしていて、外で遊ぶことに
興味をもっていたのです。
修学旅行は6月上旬に実施されるのですが、
その2週間前くらいに、A子はようやく
「修学旅行に行ってみようかなぁ」
といい始めたのです。

数日後、「やっぱり、黒染めしなければならない
のなら、学校も、修学旅行も行きたくない」
と、前回言っていたことを翻しました。

そうこうしているうちに、修学旅行まで5日
と迫ってきた日のことです。
放課後、A子の友人で本校の卒業生である
B夫が、A子を連れて学校へやって来ました。

その時、部活動を終えて帰ろうとしていた
クラスメートのC子、D夫をはじめ、
数人がA子とすれ違いました。

その時、みんなそれぞれ、「学校来いよ」
「修学旅行は来週やで」と必死に声をかけました。
A子は、少し笑みを浮かべ、はにかみながらも、
なかなか「うん」とは言いません。
ただ、気持の大きな変化は感じ取れました。

さらにたたみかけるように、B夫は、
「俺も,中学時代はやんちゃしてたから、
A子の気持はよく分かる。

でも、声をかけて心配してくれている、
この友達を大事にしないと後悔するぞ。
そして、修学旅行に行かなかったら、
自分自身が一生後悔するぞ!!」と、

まるで、自分の妹のようにしかりつけて
くれました。
それを聞いて、A子はついに髪の毛を
その場で元の色に直しました。

横で見ていた、教員達は、本当に感動しながら
見守っていました。

翌日、学校へ登校したA子は、3年生になって
初めて教室に入りました。
久しぶりに教室に入るA子は、緊張した様子で、
ためらいがありました。

すると、教室にいたクラスメートが近寄ってきて、
さりげなく教室に一緒に入りました。
時間が経過するとともに、A子も緊張が
取れてきた様子です。

そうして、修学旅行で沖縄を訪問し、
3日間民家のお宅へホームステイしました。
現地では、民家の方の愛情を十二分に受け、
本当に素晴らしい3日間を過ごすことが出来ました。

この体験は、A子にとっても、クラスメートにとっても、
非常に大きな体験で、決して忘れることの
出来ないものとなりました。
その後も、欠席はあるものの、登校を
続けています。・・・


愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る


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