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2018年11月 7日 (水)

妄想劇場・歌物語

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『KKBOX presents 897 Selectors』
(以下、『897 Selectors』)。

一夜限りのゲストが登場し、その人の音楽の
バックボーンや、100年後にも受け継いでいきたい
音楽を紹介する同番組では、ゲストがセレクションし、
放送した楽曲をプレイリスト化。

八代亜紀がまず自身のルーツとして挙げたのは、
ジュリー・ロンドン歌唱バージョンの
「Fly Me To The Moon」。

八代がジャズの名曲として知られる同曲に出会ったのは
12歳のときで、父がジャケ買いしたレコードからの
影響だったという。

当時、ハスキーな声にコンプレックスがあった八代だが、
ジュリー・ロンドンのハスキーかつカッコいい声に惹かれ、
「この曲を覚えたい、こういう歌を歌いたい」と思ったことが、
歌の道を志すきっかけとなった。

また、その頃に八代の父が独立して会社を作り、
苦労をしていたのを見たことや、ジュリー・ロンドンの影響で
一流の歌手はクラブシンガーのことだと思っていたことから、
自分が歌手になって家を支えなければと、
使命感に燃えたそうだ。

八代は演歌歌手としての活動だけでなく、2012年に
小西康陽プロデュースによる初の本格ジャズアルバム
『夜のアルバム』をリリースし、ジャズシンガーとしての
地位も確立しており、「Fly Me To The Moon」も同作で
歌ったうちの一曲だ。

しかし、彼女のジャズ・ボサノヴァへの興味は、幼い頃から
原点として存在していたということが、この日のトークからも
よくわかった。

続いて「10代20代の節目となった曲」として挙げたのは、
The Beatlesの「Rock and Roll Music」(アルバム)
『Beatles for Sale』。

八代は歌手を目指したものの、人前に出るのが
苦手だったため、それを克服するためにバスガイドを
経験したそうだ。

その当時、八代の父が家具ほどの大きさのステレオを
購入し、触発された八代は父からアドバイスを貰いながら
『Beatles for Sale』のレコードを購入。
ビートの効いた同曲を良い音響で聴くことにより、
ビートルズにハマったという。

また、中盤では「音楽を始めてから影響を受けた曲」として、
美空ひばりの「三味線マドロス」をピックアップ。
幼い頃から美空ひばりのファンだという八代だが、
歌手デビュー初日に美空と遭遇し、「テレビの収録前に
音合わせをしていたら、ひばりさんが入ってきたんです。

なのでマイクを譲ったら『ありがとう、今日は歌の
上手い子が来てるから負けないように頑張らなきゃ』
と言ってもらえて、歌手としての自信がつきました」
と、自身のキャリアに与えた大きな影響についてコメント。
そのなかでも同曲は、八代の十八番だという。

そして、同じテーマの2曲目にはマイケル・ジャクソン
「スリラー」をセレクト。
美空ひばりとマイケル・ジャクソンとはまた個性的な
チョイスだが、八代曰く、マイケル・ジャクソンは
リアルタイムで好きになり、初めての日本公演にも
足を運んだそう。

彼の楽曲について、「リズムとダンスと歌の
全部が良いし、パフォーマンスする姿を見ると
ドキッとする。声もカワイイですからね」と存分に
その魅力について語った。

八代亜紀の“100年後に残したい音楽”として、
「カバーも経験したフォークの名曲」や、ジャズの
スタンダードナンバー」を紹介したり、リリースした

ジャズアルバム『夜のつづき』についての
トークも行われた。
1970年代から今日まで、「演歌の女王」として
活躍を続けた八代だが、ジャズシンガーとしての
進化には、様々なジャンルからの影響も
存在していた。





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31歳大学病院勤務の医師です。
僕の最愛の人のお話です。
僕の母親は、一言で言うとだらしなのない人でした。
水商売をしながら、女で1つで育ててくれましたが、
男の家に行っては僕を放置。

見知らぬ男がいつも家にいる。
汚いアパートで、一人っこの僕はいつも一人でした。
そんな時、母が年下の男と再婚。
お腹には彼の子供を宿していました。

僕は小学生二年生でした。
そして、親族の集まりに嫌々連れていかれた時、
出会ったのが、最愛の『ばっちゃん』
ボロボロの服を着て、死んだような目をしてた僕を、
抱き締めて『私の初孫~!』と微笑んでくれた。

母の再婚相手の母親。
血の繋がらない、僕の祖母。
ばっちゃん。

ばっちゃんちの近くのアパートに引っ越し、転校して
新しい新生活が始まった。
母親からの愛情は相変わらず、薄かったけど。
いつも、ばっちゃんがそばにいてくれた。

ばっちゃんは、僕にスイミングを習いなさいと言った。
実は前の学校にいた頃、クラスの友達がほとんど
スイミングを習っていて、羨ましかったけど、うちは
無理だと諦めて口にもしてなかった。

まるで、夢のようだった。
スイミングの月謝は、ばっちゃんがパート代から払って
くれていて、毎週火曜日、送迎してくれた!
僕が泳いでるのをずっと楽しそうに見てくれていた
ばっちゃん。

スイミングが終わると、必ず二人でファミリーレストランに
行った。ファミリーレストランに連れてってくれたのは、
ばっちゃんが初めてだった。

毎週火曜日が来るのが待ち遠しかった。
火曜日以外も、ほとんどばっちゃんについて歩いた。
そして時が経ち、弟が生まれた。

僕が恐れていた事は、母親の愛が弟にとられるよりも、
大好きなばっちゃんの『本当の初孫』が
誕生した事だった。

しかし、ばっちゃんは何も変わらなかった。
そして、一切弟を抱っこもしなかった。
ある日、ばっちゃんの息子である義父がばっちゃんに
何故、弟を抱かないと抗議した。

それでも、ばっちゃんは、特に何も言わずに黙ってた。
子供ながらにも、解ったよ。
大人になった今は痛いくらいに解る。
あなたからの優しさと愛情が。僕への配慮だったこと。

それから、五年生になった時、ばっちゃんが急に、
僕に言った。英語を習いなさいと・・・・
とりあえず、大好きなばっちゃんが言うならと、始めた。

高校生になった頃かな。
ばっちゃんに何故英語を進めたのかと聞いたら、
テレビで今時は英語が出来ないと生きていけない
と言ってたからと笑いながら答えた。
ばっちゃんの言う通り、受験にかなり役立ったよ。英語。

中学の時は塾も行かせてもらった。
ばっちゃんのパート代で月謝を払ってもらった。

そして、小学生の頃の話に戻るが、母親と義父が
僕を置いて、弟を連れて旅行に行くと言った。
やはり、子供ながらに切なかった。
ばっちゃんは、笑いながら、行っておいでと、
母親と義父に言った。そのとき悲しかった。

旅行に行く三人を見送った直後、ばっちゃんが、
あんたも準備しな!と言って、驚く僕の手をひき、
新しい服を着せて、ディズニーランドに
連れてってくれた。

生まれて初めてのディズニーランドだった。
どんな時も僕を守ってくれたばっちゃん。
とにかく、ばっちゃんが大好きだった。

高校生の時、初めて出来た彼女に、ババコンとか
言われてふられたっけな。
ばっちゃんに恩返ししたい一心で医学部合格して、
外科医になった。

ばっちゃんは、とても喜んでくれた。
ある程度稼げるようになって、ばっちゃんと食事に
行った時、僕が払おうとするのをばっちゃんは、
嫌がった。

孫にご馳走されるようになったら、私はおしまいだと。
優しいけど頑固でプライドの高い人なのは、
僕が一番よくわかってたから、ばっちゃんが
喜ぶから、ご馳走になった。

そして、ばっちゃんにマンションをプレゼントしたくて、
一切贅沢せずに貯金して、28歳の時に、ようやく
金がたまり、やっと恩返し出来ると思ってた矢先、
ばっちゃんは乳ガンで全身に転移してて手遅れだ
ということが発覚。

悔しかった、側にいたのに、最愛の人の病気に
気付けなかった。何のために医者になったんだよ!
自分が情けなかった。
そして、三年前ばっちゃんは亡くなった。

ボロボロの服を着た僕に、綺麗な服を着せてくれた。
初めてファミリーレストランに連れていってくれた。
憧れてたスイミングを習わせてくれた。
いつも側にいてくれた。いつも味方でいてくれた。
血の繋がった孫よりも、血の繋がらない僕を
一番に愛してくれた。優しい人だった。

だから、きっと自分の孫も愛したかっただろう。
でも、僕を孤独にさせないために僕だけを
可愛がってくれた。
血なんか繋がらなくても、本当の孫だといつも
言ってくれたよね。

ばっちゃん、でもごめん!
オレ、ばっちゃんを祖母だなんて思ったことないし、
今も思えない。
あなたは、俺にとって、たった一人の『最愛の母』です。
ありがとう。・・・

亡くなる間際に、聞いた。
『ばっちゃん、俺の事ばっかりで、俺と出会ってから
自分の事なんて、なんもしてこなかったでしょ?
ばっちゃんの夢とか、やりたいかととかないの?』

『りょうたの、子供が見たい』
『じゃあ、長生きしてよ。後は?』
『・・・・後は、もう叶った。りょうたが立派になったから。
もう充分だよ。

初めて会ったとき、あんたこどものくせに目が
死んでたんだよ。可哀想で可哀想で。
あんたの笑顔が見たかった、この子は私が守らない
とって思ったの。

言っちゃ悪いけど、あんたの母さんはろくでもないわ、
あ!私の息子もね。
だから、私があんたを守ろうって決めたの』
そう言って笑って二日後、ばっちゃんはこの世を去った。

先月、娘が生まれたので、ばっちゃんへの
報告もかねて書き込んだ。
ちなみに、娘にばっちゃんと全く同じ名前をつけた俺
・・・妻は本当にババコンねと、笑いながらも快諾。
ばっちゃん。最後に一言。
ありがとう。・・・


運がいい人も、運が悪い人もいない。
運がいいと思う人と、運が悪いと思う人が
いるだけだ。・・・(中谷彰宏)


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