2018年11月26日 (月)

妄想劇場・妄想物語

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「世に盗人の種は尽きまじ」は、浄瑠璃や歌舞伎の
題材としても知られる大盗賊・石川五右衛門の
辞世の句だが、

21世紀のいま「この世に詐欺の種は尽きない」
と、次々と商材を変えながら詐欺を続ける人たちがいる。
2000年代に激増し、いったんは減少したリフォーム
詐欺被害がいま、再び目立ち始めている背景について、
レポートする。

久々に、それこそ十何年ぶりに「リフォーム詐欺」
という言葉を新聞で見た。
しかし、驚きなどの感情はほとんど芽生えない。
もしやと思い取材をすると、そこにはやはり
「原点回帰」の傾向が見られた──。

嘘を言って不要なリフォーム工事契約を
交わしたとして、神奈川県横浜市のリフォーム
会社経営者の男らが特定商取引法違反で
逮捕された。

愛知県内のマンションに住む女性らに
「階下に何かがあってからではお金がかかる」
などと虚偽の説明をし、代金約390万円をだまし
取ったとされている。

この「リフォーム詐欺」は、2000年代前半に
隆盛を極めた、ひと昔前の「詐欺」と内容が
そっくりだ。

高齢者宅を狙い撃ちし「床下に湿気が溜まり
家がダメになる」などと嘘を言って、必要のない
高額な床下換気扇などを売りつけたり、

市価以上の高額契約を取り付けて粗悪品を用い、
手抜き工事しかしない外壁業者が
勃興していたのだ。

これら詐欺の手口について、メディアが実情を
報じたことで、業者は相次いで検挙され、
いつの間にか「リフォーム詐欺業者」は
消えたかのようにも見えた。

しばらく後に、いわゆるオレオレ詐欺(特殊詐欺
)事件について取材を続けていた筆者は、
「元リフォーム詐欺業者」のうち少なくない人数が、
場所を変えて詐欺に加わっていると気が付いた。

インフルエンサービジネスやねずみ講まがいビジネス、
流行の仮想通貨投資ビジネスに関するトラブルを
取材すると、リフォーム詐欺やオレオレ詐欺の
取材をしていた時と同じメンツが、まるで
「金太郎アメ」を切るかのごとく出てくる。

不謹慎ではあるが、笑えるほど同じ顔ぶれに
出くわした。当時取材に答えてくれた男性に、
改めて電話で話を聞いた。

「リフォームの前は車金融や090金融ですよ。
それが潰されてリフォームになったけど、
老人狙ったやり口を使ったヤツってのは、
それが最初なんじゃないかな?

リフォームがつぶれてオレオレになり、
オレオレがヤバくなって投資詐欺とか。
金融も最近少しずつ出てきてるけど、昔より
(規制や取り締まりが)キツイでしょ?

だから不動産販売とか、スルガの話もそれ。
リフォーム詐欺もその一環だよね。
巡り巡って、またリフォームってこと」

オレオレ詐欺の取材を通じて知り合った男性は、
かつて090金融など、無許可の「闇金業」で
財を成した人物であった。

その後、リフォーム詐欺を行う「事業」でさらに
莫大な財を築いたあと、首都圏で飲食店や
アパレル店を運営する「経営者」になった。

「いいことをするためには悪いことも必要」
と、自分勝手なロジックを展開していた彼も今や
「実業家」。慈善事業にも参入して、自身で
「身のロンダリングができた」とうそぶくほどだ。

そんな彼が指摘するのは、詐欺は堂々巡りであり、
いつの時代もやり方や商材は変わらない、
ということだ。

自家用車で乗り付けた客に無許可の業者が
車を担保に金を貸す「車金融」、
連絡先がいわゆる「とばし携帯」で発信者や
事業者がすぐにはわからない090金融などの
「闇金融」業者の摘発が相次いだあと、
男性はすぐに身を引き、悪質リフォーム業者に
転身した。

リフォーム事業では、金を持っている戸建ての
老人を狙い撃ちにしていたが「金はふんだくって
いるかもしれないが、老人の話し相手になり、
分かったうえで契約してもらっている」
と開き直り、高額契約を次々に取り付けていた。

リフォーム事業で得られたのは「老人がカモになる」
ということ、そしてカモになる「老人リスト」を作れば、
それもまたカネになる、という知識だったという。

「不動産に証券、先物などの投資詐欺はそれこそ
戦後からあったわけで、ターゲットは金持ちだった。

現代は、金持ちと言えば老人。そりゃ必然的に老人を
狙えとなる。

最初は老人からいかにうまく金を盗るか…
それこそ“騙された”と気づかせず盗るか
ということだったけど、締め上げられて
(※取り締まりや摘発が厳しくなって)、
でも甘い密の味知ってる連中がやめられなくて
オレオレ(詐欺)始めた。

スキームは全く一緒でしょ?
最近は老人も貧乏になって、オレオレも
監視されまくりで、小金持ちや若者をターゲット
にして、投資だ不動産だってカネを巻き上げて
きたけど、それも上手くいかなくなってきたからね。

また老人から“上手に”盗ろうって連中が
リフォーム(詐欺)やってるわけ。
オレオレで名簿の重要性が嫌というほどわかったから、
不動産業者から持ち出された名簿が結構出回っていて、
それをもとに独居老人のところを訪問する感じだね」

まさに巡り巡って復活した「リフォーム詐欺」
というわけである。
だが、昔のように地区全体を一軒一軒
しらみつぶしに訪問しては、契約を取り言いつける
というローラー作戦は実施していない。

あらかじめに入手した名簿を参考に、
騙せそうなバックグラウンドを持つ人々を、
老人や若者に関係なく狙っているというから、
ある意味で「進化」しているともいえようか。

特殊詐欺に関しては、実は平成21年に認知件数、
被害額ともに前年の半分近くまで減少していた。
と男性は言う。

「ちょうどそのころ、トバシの携帯や口座を用意する
“道具屋”の存在に当局が注目し、商売が
でき辛くなっていました。

ニュースでもよく取り上げられたでしょ。
でも喉元過ぎれば何とやら、です。
昔も今も道具屋がいないと成り立たないし、
新興勢力の道具屋が暗躍してるんです。
忘れた頃を見計らってやるんです」

確かに、平成21年度版の警察白書にも、
かの「道具屋」に関する記述があり、その後
道具屋の摘発が相次いだ。

犯罪の根を絶つという意味では、当局の見立ては
正しかったのだろう。
特殊詐欺の件数は一時的に減ったが、その後は
増加傾向にあり、やはりいたちごっこの様相だ。

次の被害者はあなたか、あなたの大切な人
かもしれない。こうした詐欺師側の言い分、
実情を十分に知っておく必要がある。・・・


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認知症は、その特有の症状で本人も介護する家族も
困ってしまうことがある。その1つが「物盗られ妄想」だ。

介護者は身に覚えのない疑いをかけられると、
病気のせいとはわかっていても、切なくなる場合も
多いだろう。

物盗られ妄想とは

物盗られ妄想とは、認知症で起きやすい
被害妄想の一つで、大事な物を盗られた
と訴える症状です。

多くは財布や現金、貯金通帳や宝石類など
財産に関連するものを盗まれたと思い込んで
しまいます。
認知症でなくとも、高齢になると「置き忘れ」を
することがありますが、その場合は「自分が
置き忘れた」自覚があります。

認知症の物盗られ妄想の場合は、自分が
失くした自覚はありません。
記憶障害によって置き忘れた事実を覚えて
いられないため、ほとんど探す事もなく「ない
=盗まれた」と即断してしまうようです。

出現頻度が高い妄想 物盗られ妄想は、
日本では※女性に多く見られる症状です。
認知症の妄想の中でも出現頻度が高く、
症状が出るのは、比較的身体が動く初期
と言われています。

○○家で起こった母の「物盗られ妄想」について
教えてもらった。どのように対処しているのだろうか。

身近な介護者であるのに泥棒扱いされない理由

母がよくなくすものは、ハサミ、爪切り、化粧用スポンジ、
メガネ、財布、お金などです。

在宅介護であれば、身近な家族が物を盗んだ
と疑われることが多いようですが、母の場合は
一番身近である息子のわたしを、疑うことはありません。

「化粧用スポンジをね、この前持っていったのよ」
母がこう言う場合、化粧スポンジを盗った犯人は
わたしではなく、娘(わたしの妹)だと思っています。

おそらくですが、息子は男性で、化粧をする習慣が
ないという判断ができているから、わたしは
疑われないのだと思います。

しかし、こういう日もあります。
「ようちゃん(義弟)がメガネを貸して欲しい
と言って、持っていったわ」

メガネは個々の目の状態に合わせて作るので、
度数の合わないメガネを義弟が持っていくはずが
ありません。そのことは母も理解できると思うのですが、
自分の非をどうしても認めたくないのか、
義弟を犯人にすることがよくあります。

化粧用スポンジもメガネも、結局は家の中から
見つかるので、妹や義弟は犯人ではないのですが、
母自身がどこかにしまい忘れたことは、
認めたくないようです。

どちらのケースも、わたしは犯人扱いされないので、
介護者としてのストレスはそれほど大きい
ものではありません。

妹夫婦も、母と一緒に居る時間はそう長くないですし、
本人たちに向かって「盗ったでしょ」とは言わないので、
ストレスを感じていません。

その代わり、母が探している物が見つかるまで、
物盗られ妄想を繰り返すという特徴があります。
しばらく時間をおいて、母が探していたものを
忘れてしまうまで待つようなこともあります。

一般的な「物盗られ妄想」対処法とわが家の工夫

認知症の人から、物を盗られたとあらぬ疑いを
かけられ、介護者とついケンカになってしまうことは
よくあります。一生懸命介護してきたのに、
自分が泥棒扱いされるという、恩を仇で返す言動に、
多くの介護者はストレスを感じてしまいます。

一般的に言われている対処法は、
「妄想を否定しない」、「一緒に物探しをする」
というものです。

母の妄想の場合、わたしは、
「そうだね、化粧スポンジ持っていったよね」
「どれどれ、メガネを一緒に探してみようか」
と対処するといいようです。

「また、どこかにしまい忘れたんでしょ!」
と怒鳴ってしまいそうになりますが、母はしまい忘れた
ことを認めたくないので、これだけは、なるべく
言わないようにしています。

この対処法を母に試したことが何度もあるのですが、
母が探している物が見つからない限りは、
自分以外の誰かを疑い続けるため、根本的な
解決にはなりませんでした。

しかし、毎日毎日、母と一緒に物探しを続けると、
母が片付ける場所の傾向や規則性が見えるように
なってきました。

物が見つかると母の頭の中から犯人がいなくなる

最初は家中探していたのですが、1年も経つと、
物がある場所を予測できるようになり、
探す部屋を絞るようになりました。
次第に、探す時間が短縮されるようにもなりました。

タンスの引き出し、化粧ポーチの中、コタツの中など、
母が無意識に片付ける場所が決まっていて、
わたしがそこを探して物を見つけ、すぐ母に
見せるようにしました。

物が見つかると母は安心するようで、母の頭から
犯人はいなくなります。

また、母が「あら、わたしが置き忘れたのね。
年をとるとこれだから駄目ね~」と、自分の非を
認めることもあります。

探すことを諦めた銀行の通帳が、3年ぶりに
タンスの中から見つかったこともありましたし、
財布の紛失届を警察で書いたあとで、家の中から
財布が見つかったこともありました。

常に物を見つけられるわけではないのですが、
いつかどこからか出てくるだろうという感じで、
わたしは気長に構えています。

現実の世界にない物を盗られたと言われると、
こういった物探しはできないのですが、
現実にあるものならば、物を早く見つけてあげて、
認知症の人の不安を解消するというシンプルな
方法もありかもしれません。

今日もしれっと、しれっと。・・・


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2018年11月25日 (日)

妄想劇場・妄想物語

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過去に起きていることから浮かび上がってくる
  真実もある。・・・

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元カレとばったり……ということは珍しくない。
ただ、それが衝撃的な再会だったとしたら、
そしてそこで憎しみの気持ち、あるいはまたも恋心が
わき起こってきたとしたらいったいどうしたら
いいのだろうか。

そんな悩みをいくつか聞いた。
もしドラマにしたら「ご都合主義すぎる」
と言われるような内容ばかり。
まさに事実は小説より奇なりである。
妹の婚約者が元カレだった ・・・

「妹が連れてきた婚約者が、若いとき少しだけ
つきあっていた彼だったんです」
サリナさん(38歳)は暗い表情でそう言った。

父が亡くなって8年、母と2歳年下の妹と女3人で
気楽に暮らしてきた。
サリナさん自身に結婚願望はほとんどなく、
妹も同じだと思っていたのだが……。

「3人とも働いていますからお互いに干渉もせず、
本当に気楽な生活でした。
去年の暮れ、妹が突然、『この人と結婚する』
と彼を連れてきたんです。

つきあっていることさえ聞いてなかったので、
彼が家に入ってきたときはびっくりして声も
出ませんでした」

彼とは知り合いが主催したの飲み会で知り合い、
20代半の短期間つきあっていたのだが、
彼の浮気で破局した。

別れたあと妊娠が発覚、彼に連絡をとったが
最後まで「オレは知らない」と逃げられたのだという。
「泣く泣くひとりで中絶しました。

親しい友だちがカンパしてくれて。ただ、
飲み会を主催した知り合いは親しい人では
なかったし、そんなことが噂になるのも困るので、
あまり公にはできなかった。

ただ、あの男だけは許せないと心の中でずっと
思っていました。それがよりによって妹の
結婚相手だなんて」

サリナさんは、彼とは話さず、挨拶を交わしただけで
「急用ができた」と家を出た。
彼がしれっとしているのが気に入らなかった。

時間を見計らって帰宅すると、妹がにやにや
しながら「おねえちゃん、私が結婚するのが
気に入らないんでしょう」と言う。

母親まで笑っていた。 どこまで真実を話せばいいのか、
彼女は迷う。
このままでは妹は幸せになれないとも考えた。
だが、恋に夢中になっている妹は、姉の注進を
嫉妬としか受け取らないだろう。
なにより彼はどう考えているのだろうか。

「だけど妹に彼の連絡先を聞くのもヘンでしょう? 
どうしたらいいかわからなかった。ただ、
あの男と結婚させてはいけない。
それだけを考えていました」

結局、妹とは疎遠に……

妹にさりげなく、彼の勤め先を聞き、彼女は
彼に会いに行った。

「私の妹だとわかっていたのか、
あのときどうして逃げたのか。
それだけを聞きたかったんです。

彼は私が会いに来たとわかると、外の喫茶店に
連れ出しました。そして『あのときのことは内緒に
してほしい』と。

よくある苗字だから、私の妹だとは知らなかった
というんだけど、本当かどうかわかりませんよね。
それにいきなり内緒にしてほしいという言いぐさも
カチンときて。こいつの性根は変わってない。
やはり妹にはすべて話すべきだと考えました」

帰宅して、妹にすべて話した。
母にはさすがに話せなかったのだ。
きっと妹は結婚をとりやめると思っていたが、
妹の意志は変わらなかった。

「ふたりはつい最近、婚姻届を出したようです。
私はずっと義理の弟を恨み続けていくんでしょうね。
私は妹の気持ちもわかりません」

結婚を機に、姉妹の仲が不穏になったことを
母は心配しているという。
爆弾を抱えたような状況は続く。・・・

元カレに再び恋心が……

もう一つの例は、転勤族の夫とともに、結婚して
12年の間に4回も引っ越しをしているサクラさん
(40歳)。昨年春から都内で暮らしているが、

10歳の長女がどうしてもテニスをやりたいというので、
近くのテニススクールに通わせることにした。
コーチに会ったとき、腰を抜かしそうになったという。

「私も中学からテニスをやっていたのですが、
コーチが大学のテニスサークルの先輩だったんです。
彼とは学生時代つきあっていました。

卒業と同時に彼は遠方の会社に就職、
私は遠距離恋愛でもよかったけど、
『今は仕事のことだけ考えたい』
と一方的に別れを宣言された。

その後、私は引っ越しばかりでサークルの
集まりにも出ていませんでしたから、
彼がどこにいるかまったく知らなかったんです」

彼は人間関係がうまくいかず、30歳のときに退職。
以来、テニスのコーチとして生計をたてて
いるのだという。

「42歳になっても独身なんだよねと彼は
笑っていましたが、そういうことなら私は結婚
しなかったのにと思わず言ってしまいました。

彼には『よく言うよ』と流されたけど。
今さらどうにもならないのはわかっている。
でもそれ以来、娘の送り迎えをするたびに
彼を目で追ってしまうんです。

会うたびに胸が苦しくなる。娘は彼にすっかり
懐いて慕っているから、スクールを変える
わけにもいかないし」

どうにもならないんだけど、とサクラさんは
何度も繰り返す。40歳になってこれほど苦しい
片思いをするとは思っていなかったと
目を潤ませた。

耐えるだけだと感情が肥大していく

元カレとの衝撃的な再会によって、いろいろな
感情が渦巻くことはあるだろう。
憎悪も恋心も、消そうとして消せるものでもない。
耐えるだけだと感情が肥大していくかもしれない。

こういう場合は、とにかく自分の今の感情を
冷静に見つめて、「憎悪の感情は棚に上げる」
とか「恋心は友情に変える」とか、
何かしらの処理をしたほうがいいのかもしれない。

今の生活を守りたいと願うなら。・・・


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高校時代に付き合って彼女が口癖だった言葉。

「やらないで後悔するより、やって後悔したほうが
いいんじゃない?」
別れた後も、何故か手紙のやり取りはしていた。

でも、ある時からぱったりと手紙は届かなくなった。
『忙しいのかなぁ?』
なんて、勝手に思っていた。

しかし、最近高校時代の同級生から聞いてしまった。
元カノは、2年前に白血病で亡くなったと……
享年20歳だったそうです。

どうやら病室で病と戦いながら、手紙を書いて
くれたそうだ。
もっと早く知っていれば良かった。
『何で教えてくれなかったのか?』
そう考えると、とても悔しいし悲しい。

でもあいつが生きれなかった分、オレが
生きなきゃダメだ。
この先真っ暗だけど、進まなきゃ。
挫折もあるだろうけど、立ち止まったら彼女に
言われてしまう。

いつもの言葉。

「やらないで後悔するより、やって後悔
したほうがいいんじゃない?」って。

彼女からの最後の手紙に、こう書いていた。
たくさんの思い出をありがとう。
高校3年間で見つけた宝物……
それはあなたです。

愛する事が上手な男性になってください。
いつまでもあなたらしく……
笑うことを忘れないでね?

あなたの人生はこれからです!
あなたなら出来るよ。
自分の『生』を精一杯、輝かせてください。

あなたは私の理想のど真ん中だった。
こんな出逢いはもうないでしょう。

あいつからの手紙を、久々に読み返して
号泣してしまった

そして決めた。
もう後ろは振り向かない。
オレは自分の信じた道を行く。
オレの背中を押してくれてありがとうな。

おまえの分まで生きて、笑って、
幸せになります。

立ち止まっちゃダメなんだと。
恐れるものはなにもないんだから。
時間と共に前に進めばいい。
きっとこの先には自分の信じた未来が
待っているから。

Just be as you are

~あなたらしく生きてください~



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2018年11月22日 (木)

妄想劇場・歴史・への訪問

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昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー

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むかしむかし、宇都宮(うつのみや)に、
うるし商人の武太夫(たけだゆう)という
男がいました。
武太夫は大金持ちでしたが、それには
わけがありました。

数年前のある日、山奥の谷川のふちの底に、
大量のうるしを見つけたのです。
うるしは、うるしの木の皮から取れる汁で、
おわんなどのぬり物に使われます。

そのうるしが長いあいだ水に運ばれて、
ふちの底にたまったのです。
うるしは高価な物で無断で取る事を禁じられて
いましたが、武太夫はこの谷川の底のうるしを
少しずつ売り大金持ちになったのです。

武太夫は秘密のうるしを、いつまでも自分だけの
ものにしておきたいと思いました。
それで腕の良い細工師(さいくし)に恐ろしい竜の
細工をつくらせて、人が怖がってよりつかないように、
うるしのあるふちの底に沈めたのでした。

しばらくすると竜の細工は上流から流れてくる
うるしや水あかなどがついて、本物の竜のように
なっていました。

ある時、武太夫は十四歳になる一人息子の
武助(たけすけ)を連れて、山奥のふちへ
行きました。そして、うるしの秘密を話すと、
「このうるしは、わしらだけの物じゃ。

わざわざ木を切りつけて汁を取らなくても、
いくらでもここへたまっておる。
いいか、わしがするのをよく見て、
うるし取りの練習をするんだぞ」

武太夫は息子にいいきかせて、親子で
ふちへ入っていきました。

すると竜の細工が、とつぜん頭を動かしたのです。
「おとう! 竜が! 竜が動いた!」
「何を馬鹿な。水の動きで、そう見えるだけだ」
と、 武太夫は言ったものの、見てみると
竜が大きな口を開けて息子に襲いかかったのです。

細工の竜は水の中にいるうちに魂が入って、
いつしか本物の竜になっていたのです。

あわてた武太夫は息子を助けようとしましたが、
竜が相手ではどうにもなりません。
「武助ー!」
「おとうー!」

やがてふちの水の上に、二つの死体が
浮かびあがって下流へ流れていきました。
二人の死体は二日目になって、村に近い
川原で引き上げられました。

取り調べの結果、武太夫はうるしの
盗み取りをしていた事がわかりました。
そして罰(ばつ)として新しく建てたばかりの家や
財産は、全て取り上げられてしまったのです。

あとに残された武太夫の父親と奥さんは、
とても貧しい生活を送ったという事です。・・・

おしまい



鬼が餅つきゃ、閻魔が捏ねる、
   そばで 地蔵が食べたがる


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現代の日本においても、地方に行くと上下水道が
通っていない地域はたくさんあります。
上水道の代わりに井戸の水を使い、排水は
家の周りの側溝に垂れ流しだったりします。

しかし、いまから数百年も前の江戸の町では、
驚くべきことに上下水道完備だったのです。

しかも現代のように水道代や下水道代などは
一切かからず、長屋に住む江戸の住民たちは
すべて無料で利用できたのです。

なぜ、江戸の町では上下水道が発達することに
なったのでしょうか?

高度な土木技術と測量技術で作られた上下水道
江戸時代において、江戸の町以外の地域においては
井戸水を使うのが当然のことでした。

しかし、当時の江戸城の周辺は埋め立て地が
多かったこともあり、井戸水を飲料水として
利用することは困難でした。

もちろん場所によっては井戸水を使うことが
出来るところもあったのですが、その井戸水だけで
百万都市である江戸の住民の飲料水を
賄うことは不可能でした。

そのため江戸の町においては、人々が暮らして
いくうえにおいて上水道はなくてはならないもの
だったのです。
結果として、江戸の町中には網の目のごとく
上水道が張り巡らされることになったのです。

当時は、江戸城周辺に住む上流階級の人々
ばかりではなく、長屋の住民までもが上水道の
恩恵にあずかったのです。

しかも、長屋の住民たちは無料で利用
できましたから、高い水道代金に頭を悩ませる
現代人にしてみれば、なんともうらやましい話です。

江戸の上水道は、多摩川を水源とする玉川上水と
井之頭池を水源とする神田上水が主な水源でした。

これらの水源から、うまく高低差を利用して
水を引いてきたのですが、江戸は坂の多い地域
ですので、そうとうな測量技術と土木技術が
なければうまく水は流れません。

江戸の人々は、われわれが想像する以上に
高度な技術を持っていたようです。
維持費用は地主と武家屋敷が負担
下水道も上水道と同様に、高低差を利用して
川に汚水を流すシステムでした。

現代のように汚水処理場などありませんから、
汚水をそのまま川に流すだけです。

しかし、当時は汚水といっても洗剤や脂分などが
ほとんど含まれていませんでしたので、
汚水をそのまま流しても川が汚染される
ということはありませんでした。

むしろ、汚水の有機物によってプランクトンが
繁殖し、結果的に東京湾で魚が良く獲れるように
なったようです。

下水道といっても、地面に溝を掘っただけでは、
汚水が地中に染みてしまい路地がドロドロに
なってしまいます。
そこで、木で作った樋を敷きつけて、地中に
汚水が染み込まないようにしていました。

そして、それらの下水道には板で作られた
蓋がされていました。これが、いわゆる
「ドブ板」といわれるものです。

いずれにしても、これほど大掛かりな下水道が
江戸中に張り巡らされていたわけですから、
当然その維持管理には相当な費用が掛かって
いたに違いありません。

樋もドブ板もすべて木で作られていましたから、
現代のようなコンクリート製と違ってすぐに
腐ってしまったことでしょう。

当然、それらの不具合のある箇所を定期的に
修繕しなければなりません。
また、常に汚水を流すわけですから、ひんぱんに
清掃をしなければ途中で詰まってしまいます。

それなのに、江戸の長屋の住民たちはこれらの
上下水道をなぜ無料で利用することが
出来たのでしょうか?

実は、上下水道の維持費用として、地主たちが
自己の所有する間口に応じて分担金を
支払っていたのです。

長屋の住民には一切水道料金はかかりませんが、
大家さんがしっかりと支払っていたということに
なります。

また、武家屋敷などは石高によって分担金を
支払っていたようです。

このように、すぐれた土木技術と武家屋敷や
大家たちによる維持経費の負担があって、
百万都市江戸の上下水道は運営されて
いたわけです。・・・


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2018年11月20日 (火)

妄想劇場・一考編

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過去に起きていることから浮かび上がってくる
真実もある。・・・


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#MeToo(ミートゥー)は、「私(me)も(too)」を

意味する英語にハッシュタグ(#)を付したSNS用語。

セクシャルハラスメントや性的暴行の被害体験を
告白・共有する際にソーシャル・ネットワーキング
・サービスで使用される。

このところ、アメリカの教会や中国の仏教界などで
男性を対象とする性暴力が続々と明るみになっている。

昨年来、MeToo運動が世界中に広がっているが、
男性の性暴力被害についてはまだ十分に認識されず、
議論されることもほとんどない。
それでも、日本でも男性の被害実態が報告
されはじめている。

少年6人に1人が性被害に
少年への性被害という問題は、私たちにとって
非常に大事なことです。

あなたのパートナーが過去に被害にあって
いるかもしれないから。
あなたのこどもが被害にあうかもしれないから。
あなたの大切な友人から、被害のことを
打ち明けられるかもしれないから。
もしくは、あなた自身が、実は過去に被害に
あっているかもしれないから。

様々な統計がありますが、世界的には6人に1人の
少年が被害に遭っていると言われています。
少女に関しては4人に1人。日本でも男性の性被害が
年間200件ほど記録されています*。

被害のことを開示された時、身近な人の対応で
その後の人生が大きく影響を受けることが多いです。
あなたの大事な人を守るためにもこのテーマに
ついて知って頂けたら幸いです。

性被害、性的虐待にあうこどもを思い浮かべると、
少女をイメージするのが自然ですよね。
ただ、少年も同じように性被害にあいます。
同じように苦しみ、同じように訳がわからなくなり、
同じように生きづらさを抱えます。

男の子とか女の子とか、男女の前に、
1人の人間です。
加害する人、被害を受ける人というように。

脳の特性で、カテゴリー分けする傾向があります。
少年はこうで、少女はこうというように。
その方が脳がスッキリするので、そうしている。

毎日会社に勤めている男性の会社員だって
過去に性被害を受けている方もいる。
会社を経営している男性だって、政治家だって、
アーティストの中にだって被害を受けている
人がいます。

ただ、過去の性被害をしっかり「認識」できている
人は少ないように思います。

認識するとは、過去の性被害の体験がどれだけ
今の人生に影響があるのかということです。
何となく言われてみれば、性被害的なことが
あったな、という認識がある方は多いと思います。

でも実は、そこが今の生き方、考え方、
人生の選択などに大きく影響している
とカウンセリングの経験から実感させられます。

男性は自分の被害に気づかない?

男性の性被害はなぜ認識しづらいのか
わかりやすく、過去の被害体験が
フラッシュバックしてきて、感情が爆発すると、
その影響だと感じやすいですよね。

ただ、人は記憶を脳の奥底にしまったり、
嫌な感情を麻痺させたりできます。
1日仕事をしていれば、何ともなかったりも
します。

でも家に帰ってきてホッとすると、
その過去の被害体験からくる「嫌な感覚」が
もわっと出てくる。
実はそれが過去の被害体験からきている
と認識していることは稀です。

脅迫的に、お酒を飲んだり、趣味をやったり、
スマホを見たりなどを「する」ことでその嫌な
感覚を麻痺させる傾向もあります。

リラックスできない、脅迫的に何かをし続ける
人の中には、嫌な感覚を麻痺させていることが
多いです。

その嫌な感覚は、過去に恥ずかしかったこと
かもしれないし、いじめられたことかもしれないし、
性被害にあったことという可能性もあります。

特に男性の場合「性被害に遭うのは女性でしょ」
という認識が強いので、このような傾向に
なることが多いのではないでしょうか。

男性が自分の性被害体験を認識しづらい
もう一つの理由は、周りからも理解されない
ということがあります。

そもそも少年は被害体験を大人に
相談することが少ないので、自分だけで
止めておくと、被害体験だと認識しづらいです。

相談したとしても「キモいことを言うな」
とか「ゲイの道を教えてもらったな」とか
理解不能なコメントが返ってきたりします。

例えば、私の男性のクライアントさんでも、
学校で起こった性的ないじめを担任の先生に
打ち明けた時に軽い感じで「そんなことは、
ほどほどにしておけよ」みたいに言われた方も
おられます。先生が「性被害」と認識して
ないのです。

わかりやすく殴られて、腫れていたらわかりやすい
のですが、性的ないじめなどはそういう対応に
なることもあります。

さらに、加害者が女性の場合は3割ほど
あるのですが、女性に加害されたと人に
打ち明けても「ラッキーだったな」とか
「お姉さんに教え込まれたな」とか言われて
しまいます。その場合、被害と認識しなく
なりますよね。

男性の性被害の特徴

さらには、男性の性被害の特徴としては、
性的な混乱があります。
加害者が男性だった場合、被害にあう少年の
年齢が低ければ低いほど、初めての性的な
体験だったりします。

そうすると、自分は男性に好かれているのか?
自分はゲイなのか?
女性を好きになるのが男性だよな?
などの混乱に陥る場合も多いです。

例えば、暴力が当たり前の家で育つと、
子供にとってはそれが普通だと思う。
それが臨場感の高い現実だから。
人生体験を積んでいく中、自分の家の悲惨さに
気づいていく。

もう一つの男性被害者の特徴は、恥が強い
ということ。
女性だけが被害にあうという認識があると、
被害にあった男性である自分は弱くて恥ずかしい
存在だと思います。
抵抗できなかった自分は情けないやつだ
と思ったり。

もう一つの恥は、性被害特有の性的な興奮が
関係します。性的な虐待は、辛さ、気持ち悪さ
と共に、性的な興奮や快感が伴います。
そこがややこしいんです。そこが混乱するんです。

殴られたらわかりやすい。
ただ痛いし、ただムカつくし。性被害は、
その性的な快感を感じた時に恥になります。
(イヤだけれど)感じてしまったという。

男の子の場合はもろに、自分の勃起した
●器を見ると恥を感じてしまいます。
求めているから勃起しているのだと、
加害者に念を押されることも多いです。

カウンセリングをめぐる「誤解」

まず少年や男性も被害にあうという認識が
社会に広まることが大事です。
被害体験を開示した時に、ちゃんと被害に
あったことに寄り添ってくれる周りの人の
存在がとても大事です。

ほとんどの方は、被害体験からくる影響を
認識していないことをお伝えしました。
なのでカウンセリングの門を叩く人は氷山の
一角なのです。

カウンセリングに来る男性被害者の方は、
わかりやすく対人恐怖症だったり、過去の
被害体験がフラッシュバックしてきていて、
それを麻痺させるために依存行為を
繰り返していたりします。

性被害から回復するカウンセリングにおける
1番よくある「誤解」についてお伝えします。

過去の性被害の体験を無理やり吐き出すように
語ることで回復する、ということではありません。

過去を語り尽くして、カウンセラーの前で泣いて、
自分自身を取り戻していくのは
映画の世界だけです。

そう思われるのも当然です。
従来のカウンセリングはそういうアプローチでした。
何年もかけて、過去に向き合い、カウンセラーに語る。
カウンセラーはただ寄り添って傾聴するだけ。
日本ではまだまだこの傾向が強いです。

欧米では、そのような失敗体験から新しい
アプローチがどんどん出てきています。
トラウマを受けるというのは、もちろん心に
影響もありますが、体に影響されることです。

性被害にあった時に「体」が固まるように。
体に影響があるので、体に働きかけるのが
当然ですね。

例えばあなたが、歯がとても痛くて、歯医者に
行ったとします。その時、歯医者が「痛いですね〜」
「どこがどんな風に痛いですか?」などと
共感と質問しかしなかったら、なんだこの医者は!
って思いますよね。それと同じです。 ・・・


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田村ユイは、このところ大学の研究室に
缶詰になっている。 何日も…。

よく「珍しいね」と言われる「理系女子」だ。 食
品化学を専攻していて、早くから某有名菓子
メーカーに就職も決まっていた。
教授の推薦のおかげだった。

ところが、どっこい。大きな落とし穴に入り込んでいた。
卒論が間に合わないかもしれないのだ。

周りの友達が、「またダメだったよお~」
と就活で走り回る中で、 まったく他人事のように
海外へ放浪の旅に出掛けていた。

就活中のカレシのサトルも、しばしば、
「27社目の撃沈」 と暗い暗いメールを
送って来たが、
「ガンバレ!」と一言返信するだけで、この世の
春を謳歌していた。

それが間違いの元だった。
そろそろ帰ろうかと思った最終寄港地のインドで
カバンを盗まれた。 全財産とともにパスポートも。

大使館まで何日もかかる偏狭の地での
災難だった。 そのせいで帰国が2ヶ月も遅れ、
教授からは大目玉を食らった。

午前2時過ぎ、研究室のソファで眠っていたユイは、
軽い振動で目が覚めた。
教授の机の上のテレビをつけると、東北地方で
大きな地震があったとニュースが告げていた。
各地の震度が画面に表示された。

「盛岡 震度5」

それを見たとき、母方の祖母の顔が浮かんだ。
(大丈夫かな。あとでお母さんに聞いてみよう)
そう思いつつ、再び睡魔に負けて眠りに落ちた。

翌朝、テレビをつけると、死傷者は出ていない様子。
しかし、何人もケガを負ったらしい。
慌ててケータイを手にする。

メールが届いていた。 ハッとして開くと、
母親からだった。
「おばあちゃんは、無事です。時間があるときに
電話してあげなさい」

ホッとしたら、お腹が空いた。
ウインドブレーカーを羽織って、 校門の前の
コンビニに朝食を買いに出掛けることにした。
ドアを開けると、店内に大きな声が響きわたった。

「ねぇ、ねぇ、地震どうだった~」

たまに見かけるレジのオバサンの声だ。
とうに六十歳は過ぎているだろう。 こういう店では、
普通は学生のバイトを雇うものなので、
違和感を感じる。

下品とまでは言わないが、なんとも
下町っぽい言葉遣いが苦手だった。

「寝てて気づきませんでした」
缶コーヒーとパンを買いに来た男子学生が
答えた。

「ええっ、私なんか飛び起きちゃったわよ。
いいわねぇ、頼もしいなあ」
「・・・そういうわけではないけど」 「
テレビで見たらさ、道路がこんなに凹んで・・・」

次の瞬間、男子学生の後ろのお客さんが、
「エヘン!」と咳払いをした。
三人ほど出来た列に気づいたらしく、

レジのオバサンは、「ありがとうね~」
と言って、次のお客さんのバーコードを
読み取りはじめた。

ユイも、その後ろに付いて順番を待った。
ところが、またまたオバサンの大きな声が
聞こえた。

「ねえねえ、真夜中の地震どうだった?」

ユイは呆れて溜息をついた。
その日の昼過ぎのことだった。教授に
「肉まんを買って来てくれ」と言われて、
再びコンビニへ走った。
少しでも卒論を書く時間が惜しい。

ついでに、自分の分の弁当も買って、
研究室で食べることにした。 コンビニの
ドアを開けると、

「そうなのよ、さっきのお客さんのお兄さんが
岩手に住んでいるんだって!」
「はあ・・・」
「家が傾いちゃったらしいのよね。あなたも、
親戚か友達か誰かいない?」
と、オバサンがお客さんに大声で喋りかけていた。

ユイの頭の中では、「オバサン」イコール
「ワイドショー」という方程式が成り立っている。
今どきの話題が大好きなのだ。まさしく、
地震は「今どき」。

それも周りで被害者がいるとなると、大騒ぎ
したくなる動物だと思っている。
悪く言えば、「人の不幸は蜜の味」というところか。

ユイが、カゴを差し出すと、
「あなたも親戚か誰か被害に遭わなかった?」
と大きな目をして尋ねてきた。

「え、ええ。祖母が盛岡に・・・」
と口にして、心の中で(しまった)と思った、
しかし、こと既に遅し。

「ええ! そりゃ大変だ!それでそれで、
連絡はついたの?」
その後、ずっと根堀り葉堀り聞かれて、
イライラしつつも心配してくれていると思うと
冷たい言い方もできず、 会話に付き合わされる
羽目になった。

そして午後7時。

またまたコンビニへ行く羽目になった。
今日はもうオバサンに会いたくなかったので、
夕食は学食で済ませるつもりだった。

ところが、今日が休業日である土曜日だ
ということをすっかり忘れていた。
このところ学校に泊り込みなので、曜日の感覚が
無くなっていた。

ドアを開けた。(やっばり)
またまたオバサンの声が店内に響いていた。
もうウンザリだ。

(何で、このオバサンは、こんなに地震の話が
好きなのよ!)
しかし、レジは一つしか開いていない。 仕方なく、
イライラしつつも二番目に並んだ。

「ねぇ、ねぇ~。さっき店内の有線で聞いたけど、  
温泉旅館が地震のせいで火事になって
全焼したんだってね。  

お客さん丸裸で公民館で凍えているんだって!」
「そうらしいですね」 「他にも、道路が何箇所も
通行止めになっているとか」
「うんうん、そうなのよ」 「じゃぁ・・・」

そう答えると、オバサンの会話に付き合っていた
サラリーマン風の男性は、 受け取った釣り銭を
レジの脇にある募金箱に、

チャリン!と入れた。

ユイは、その瞬間、(おや?!)と思って、
その募金箱に目を向けた。
たしか、昨日までは、「緑化推進ボランティア募金」
と書かれていたはずだった。

ユイ自身も、10円未満のお釣を受け取ると、
できるだけ募金するように心掛けているので
記憶に残っているのだ。

それが、いつの間にか
「東北太平洋岸地震災害募金」という手書きの
張り紙に変わっていた。

ユイは、赤面した。オバサンに大きな誤解を
抱いていたことに気がついた。

オバサンは、きっと一日中、地震の話をしまくって
「募金活動」をしていたのだと。 ・・・
まさか店内で「募金して下さい」とは言えない。
だから、だから・・・。

ユイは、小銭を持っていたが、わざと千円札を
出して 550円のオムライス弁当を買った。
お釣が出るようにと。・・・


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2018年11月18日 (日)

妄想劇場・特別編

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人生は道路のようなものだ。
一番の近道は、 たいてい一番悪い道だ。
・・・ フランシス・ベーコン

Tokubetu

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結婚して15年もたっているのに「夫のことが
わからない」と言う女性は少なくない。
むしろ15年たったからわからなくなっているとも
言えそうだ。

こんな面があったのかと愕然

「娘が中学生になって、少し父親を疎ましく
思うようになっています。
夫はそのことに焦ったのか、あるいは女性に
なりつつある娘の変化に戸惑っているのか、
やけに娘に厳しい。

先日も部活で遅くなった娘をいきなり
怒鳴り飛ばしたんです。
『どうして遅くなったのか理由くらい聞いてあげて』
と言ったら、『女子どもがとやかく言うな』と。

はあ?って感じでした。
もともとそんなことを言う人ではなかったし、
結婚前は『女性だって働くべきだよ』
とリベラルを気取っていたので」・・・

困惑したように話すのはアカリさん(45歳)だ。

第一子の長男のときは、なんでも好きなことを
やらせていた夫が、娘に関してはやたらと
規制をかけているのが気がかり。
しかも「女子ども」と言われれば、アカリさんも
黙ってはいられない。

「その暴君的な言い方はなによ、と大げんか。
娘はうんざりしたように自室に入って
しまいましたが、私はどうにも夫が許せなかった。

娘が心配なのはわかるけど、言い分も
聞かないでいきなり怒鳴りつけるなんていう
やり方は、彼自身がいちばん嫌っている
行為のはずなのに」

不安が怒りに変わることはある。
それでも、オトナとして言ってはいけない
ことがあるはずだとアカリさんは言う。

「年をとる、親になるって、こういう理不尽な
意見をまき散らしていいということなの?
夫にそう問いかけましたが、夫は無言のまま。

15年の結婚生活が彼をスポイルして
しまったのでしょうか。私たち、何かが
間違ってきたんだろうかと悩んでいます」

人は変化するものではあるが、
こういう変化は女性にとっては悲しい。

ネチネチと陰口を叩く夫に唖然

明るくて前向きなスポーツマンだった夫…
…のはずが、社内の異動を機にネチネチ愚痴を
言う男に変わってしまったと嘆くのは、
トモコさん(43歳)。

「異動は初めてじゃないし、今までだっていろいろ
経験してきているはずなのに、なぜか今回は
やたらと愚痴る。ただ、話を聞いても夫が
愚痴っている上司や同僚は、別にそれほど
ひどいことをしているとは思えないんです。

男の更年期かと思って医者に行くことを勧めると、
『オレを病気扱いしてるのか』と怒り出す始末」

疲れているのかと労っても慰めても励ましても、
どこか拗ねているような感じがする
とトモコさんは言う。

「かといって仕事がつまらないわけでは
ないみたいで……。
マイホームを手に入れたばかりで、ようやく
ほっとしているのに。もうまったく彼のことが
わかりません。だから放ってあります(笑)」

話を聞く時間的余裕がないふりをすると、
ときどきすり寄ってきたりもするらしい。
夫は寂しいのかもしれない。

夫にも話を聞いてみた。

「僕にも覚えはあるんです。マイホームを
手に入れると、自分が死んでも保険でローンが
相殺されるんですよね。
それなら、ああ、もう僕はいなくなっても
いいんだなと、虚しい気がしてしまいました」

部署異動が問題なのではなく、ひょっとしたら
マイホーム取得が夫の気分低下のきっかけかも。
こういうときはやはり一度、ゆっくり話し合って
みたほうがいいかもしれない。
今後の夫婦関係のために。・・・


B27


Suiheisen1

「おい!玉ちゃん。まだ返事がないのかよ?」

上司からそう呼ばれたのは、新規事業部の
玉置修治である。
修治は、3年前、都市圏に何店舗か展開する
小規模なスーパーマーケットに就職した。

本音では、こんな会社に入りたくはなかった。
故郷の北海道の両親に、 その名前を言っても
「聞いたことがない会社だけど大丈夫なのか?」
と訊かれた。

大学時代から付き合っていた彼女にさえ、
「わたし、誰にも言えないじゃないの」 と 嫌味を
言われてしまった。

しかし、大手の企業はどこも受からなかった
のだから仕方がない。 そんなこともあって、
気持ちが腐ったまま働き始めた。

ところが、である。これがなかなか面白いのだ。
現場でレジや陳列などの研修を受けた後、
新規事業部に配属になったのだ。

部員は上司とスタッフがたった3人。
「儲かることなら、何をやってもいい」
と言われている。

人は、自由すぎると、その自由を持て余して
しまうものだ。 ある程度、「この範囲で」
と制約された方がアイデアが出る。

でも、修治には、この自由というものが合って
いたらしい。 それは、ネットが大好きで、
暇さえあればパソコンに向かっていた
おかげだった。

人のブログを見ていて、 「流行りの個数限定の
無農薬玄米パンを 試食しました」とか、
「女性だけにしか売らない豆乳使用のケーキ店」
なんていう記事を見ると、すぐにアクセスをして
生産者に会いに出掛けた。

大手では扱っていない商品を目玉として スーパーの
棚に並べることができた。
「テーマ」を「スーローフード」に絞った おかげである。
大量生産はできないけれど、他には無い
良い商品に注目した。

小さなスーパーだからこそできる技だ。
上司や社長までもが評価してくれ、今までの
人生で一番生き生きとしていた。
それはすべて、パソコンがもたらしてくれた
ものだと信じていた。

さて、・・・「まだ返事がないのかよ?」 と上司の
八木に訊かれたのは、北海道は 旭川の
小さな牧場で作っているソーセージ のことだった。

これを見つけたのも、ある女性の「さくらの 食
い倒れ日記」というブログだった。
全国あちこちを旅して、「美味しいもの」を見つけては
ブログに「試食体験記」を書くのを 趣味に
しているブロガーだった。

この中から、今までにも3点ほど仕入れる ことに
成功を収めていた。 もちろん、 売上も上々だった。
通販でサンプルを取り寄せて、「美味しい」
と思ったら少しずつ仕入れて様子を見る。

通常は、そんなスタイルを取っていたが、
今回は、特に力を入れていた。
「これだ!」という直感があり、ブログを見た 翌朝、
旭川に飛んでいた。

現地へ行くと、本当に小さな小さな牧場だった。
一応、メールでアポイントメントを取ってはいたが、
「私が社長です」と名乗る青年に会うと、
「みんなオヤジがやってるから、工場へ
行ってくれ」と言う。

そのオヤジ、つまり父親が会長をしており、
会長でないと話がわからないらしい。
事務所の裏の工場へ行くと、今度は従業員が、
「牧場へ行ってくれ」と言う。

会長は、豚舎で、エサやりの最中だった。
「あの~、メールでお知らせしましたスーパーの
玉置ですが・・・」と挨拶すると、 降り返って、
「おお、息子から聞いた。

うちのソーセージ食ったか?」と唐突に訊く。
悪気はないらしいが、強面だ。
「いや、まだです」
「…何で食ってもいないのに、わざわざこんな
田舎まで来るんだ?」

「はい、信頼しているブロガーが美味しいって
書いてたので」
「へ?」
「…へ? って?」会長が首を傾げた。
それに釣られて、修治も首を傾けた。

「ブロなんとかって、何だ?」
「ああ、ごめんなさい。ブロガーです。
ブロガーっていうのは、ネットの日記でして…」

「へ? …ネットって?」
修司は、「これはダメだ」と思った。
まだまだ 年配の人には、インターネットは
遠い存在らしい。

ましてや、この田舎町だ。
それに70歳を越えて いるように見える。
「あのですねぇ、うちのスーパーではですね、  
スーローフードをテーマにして品揃えしてですね」

「へ? …スロー何?」
これは、もういけないと思った。 社長の息子さんと
一緒に話した方がいい。 そう判断して、
エサやりが終わるのを待ち、 一緒に事務所に戻った。

試食させてもらった。美味かった!
本当に美味かった。 こんなに美味しい ソーセージは
食べたことがなかった。

その後、話はトントン拍子に進んだ。
「ぜひに」とお願いをする。
息子の社長に、「じゃあ、条件を出してください」
と言われ、急ぎ会社に戻って提案書を書いた。

仕入れ価格。 そして月当たりの販売予測。
賞味期限の調整などを明記し、その晩のうちに
メールした。

ところが、いっこうに返事がない。 それこそ、一日中
パソコンのメールチェック ばかりしている。

3日目くらいすると、イライラし始めた。
あんなに乗り気そうだったのに。 仕入れ価格が
安過ぎたのか。販売量が少ないからか。

5日目には、我慢ができなくなり、 もう一本
メールを打った。 やはり返事がない。

7日目には、とうとう息子の社長に電話をして、
「メールは届いていますか?」と尋ねた。
「はい、大丈夫です。オヤジに伝えてあります」
と言う。

そのとたん、背中にヒヤリとしたものを感じた。
そうか、会長がすべて決めているんだ。
きっと、会長に嫌われたに違いない。

何が悪かったのか? そうだ。きっと、
「ブログ」とか「スローフード」とか、 知らない言葉を
並べ立てたのが気に障ったのだ。

うん、プライドを傷つけてしまったんだ。
修司は凹んだ。 応接のソファにバタンと
倒れるようにして寝転んだ。

そこへ、総務の由美がやって来た。
「玉置さん、速達が来てるわよ。ハイ!」
そう言われて手渡された一通のハガキの
差出人を見ると、 あの旭川の牧場の会長の
名前が書かれてあった。

裏を向けると、黒い墨で、大きな大きな
「たった一文字」が、 まさにハガキから
はみ出さんばかりに躍っていた。

「諾」
ウワォー! 修司は、寝転がったたまま、絶叫した。
何があったのかと、目をパチクリしている
由美に向かって言った。

「由美ちゃん、ハガキ、ハガキ! ハガキあるよね。
ハガキ1枚頂戴!」
手にしたハガキからは、どことなく糞尿の
匂いがした。・・・

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2018年11月14日 (水)

妄想劇場・チャンネル掲示板

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美しさは女性の「武器」であり、
装いは「知恵」であり、
謙虚さは「エレガント」である。
・・・(ココ・シャネル)


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茨城県水戸市で動物保護活動をするNPO法人の
理事長(55)が、動物を虐待していたというなんとも
皮肉な事件が起きた。

同県警水戸署は先ごろ、保護する猫を叩いたり、
犬の首を絞めたりした動物愛護法違反(虐待)で、
理事長を書類送検したという。

暇があれば虐待していた

告発したのは、環境保護団体LIA。ホームページに
アップした証拠動画では、理事長が木製の細長い棒で
猫を執拗に叩く様子などがわかる。
まるで“百叩きの刑”だ。

「前々からいろんな人から情報をいただいて、
この理事長を調べていた」(LIA担当者)
と念入りな裏取りの成果を語る。

「日常的に虐待をしていました。暇があれば虐待する
ということです。
何かに怒ってやっているとかではないです。
犬の首を絞めている動画がありますが、
別に怒ってないんです。

首を絞めた後にニンマリ笑顔になっていますから」
と理事長の裏の顔をあぶりだした。

表の顔はなんとも評判のいいそれだった。
同NPOの事務所近くに住む古参住民は、
「犬の散歩のときに会えば“こんにちは”って
あいさつするし、人当たりのよい人でした。

愛嬌もあるし、いつもニコニコしているし。犬猫の
里親を探したり、野良猫の去勢手術などの活動を
していました。
地域にも貢献していたのでびっくりしています」
と戸惑うばかりだ。

同NPOのスタッフは、
「理事長は九州の大学出身で、熊本の震災のときも
寄付金を募っていたんです。それで熊本の動物病院へ、
自分の車で物資などを運んで行ったと聞いていたので、
虐待のニュースにはびっくりしました」

同NPOは2015年に設立された。
行政からの助成金は一切なく、基本的には寄付金
などで運営する団体。

「儲けはないんだよ、貯金崩しながらやって
赤字なんだよ、って理事長は言ってました」
(前出・古参住民)

NPO法人運営の一方で、ペットホテルや
ペットセレモニーの運営も手がけていたという。
ペットの葬儀を営んでいたお寺の住職は、
「ペットの供養をするところを探しているって、
飛び込みで来ましてね。

3~4年前かな。当初は、楽しそうにやっていた
気がしますけどね……」
お寺には供養料で1件3000円入るという。
供養するだけで、それまでの手続きなどはすべて
理事長の管轄だった。

事件発覚後、理事長から電話がかかってきた際、
「今は県外にいて……」と説明したきり、
姿をくらませている。

表と裏は全く違う顔
ペット産業をあれこれ手がけていた理事長だが、
以前、理事長が住んでいた神奈川県鎌倉市の
近隣住民は、「決して動物好きじゃない。
犬の扱い方も知りませんでした」と、きっぱり。

そればかりか仕事上も家庭の中も、問題を
抱えていたようなのだ。
「奥さんへのDVがひどかった。

結局、離婚したけれど、
奥さんはあざだらけ。殴る蹴るは当たり前で、
荷物はみんな2階から投げ捨てて、家の中は
ぐちゃぐちゃでした。

当時は注文住宅の会社を経営していましたが、
業績不振で破産手続きをしています。
昨年は、同棲していた女性に対してDVをして、
略式起訴になったと聞きました。

でも、人当たりはすごくいい。
表と裏がまったく違う顔です」
動物を虐待する地金が出たということだったのか。

・・・


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祖母は失踪、父と祖父が自殺。拒食症や会食恐怖を
抱える。取材から数年後に家族から電話が... ・・・

厚生労働省自殺対策推進室は10月12日、9月の
自殺者数(速報値)を発表した。
警察庁の自殺統計に基づいたもので、9月の
自殺者数は1,653人。

対前年同月比で168人、約9.2%減。2018年の
9月までの累計自殺者数は15,578人。
対前年比で1,141人、約6.8%減。2012年以降、
年間自殺者は3万人台を割っている。
また、2014年以降、9月段階で2万人台を割っている。

東日本大震災で被災。生きづらさは解消しない

年間自殺者減少の中でも、自殺者が出ていることに
変わりはない。取材をした男性、佐藤隆明(当時26)も、
その一人だ。

取材をしたのは2013年12月。話を聞いたのは、
東北のある被災地のファミレスだった。
このころ、頻繁に筆者は被災地の取材をしていた。
そのため、隆明の被災体験から話を聞いた。

震災の日、隆明は仙台のアパートにいた。
地震が起きて、すぐに外に出た。
「近くの交差点に多くの人が集まっていました。
携帯を見たら、M8.1、津波4mとありました。

警察も混乱していました。そのうち、雪も降って来て...。
夜9時には仙台駅に行きました。
明かりがついていませんでした。会社が避難所に
なっていたので、そこへ行きました。

ネットはつながらないので、翌日まで津波の映像も
見ていないし、原発事故のことも知りませんでした」

ただ、隆明の「生きづらさ」は、被災体験とは関連がなく、
震災以前の体験が大きい。
なかには、さらなる気分の落ち込みで、「生きづらさ」が
強くなる人もいるが、そうはならなかった。

反対に、震災を機に解消されたという人もいるが、
そのようなこともなかったようだ。

物心ついたときから、両親が喧嘩をして、包丁が
飛んでくることが当たり前だった
隆明が亡くなったとわかったのは、数年後の、
家族からの電話だった。

隆明がなぜ亡くなったのかのヒントを探していたとき、
メモ帳が見つかった。その中に、取材を受ける日時、
場所が書かれていた。

そのため、筆者の連絡先をネットで探した。
見つけることができたが、なかなか電話する勇気が
出なかったという。

2007年7月ごろ、父親が50代で自殺した。
家族の問題や借金があったことが理由ではないか、
と隆明は思っている。どうやら、父方の祖父も、
隆明が生まれる前に自殺している。

祖母は、隆明が16歳のころに失踪している。
そんな状況の中で、隆明は中学時代から「死にたい」
と考えていた。

家族関係はよいと言えるものではなかった。
両親が結婚をしたのは、父の姉の存在が大きい。
母親と同じ職場だったので二人を出会わせた。

「二人は望んで結婚したわけじゃないんです。
父の姉が無理やり結婚させたんです。
父は結婚するつもりはなかったんです。

そのためか、物心ついたときから、喧嘩をして、
包丁が飛んでくることが当たり前でした。
警察も来ていました。両親の仲が悪いのが
デフォルトだったんです」

高校のときは拒食症や会食恐怖。発達障害の診断も
16歳のとき、隆明は拒食症になって、心療内科に
通っていた。そこで「自律神経失調症」と診断された。

「基本、食べないんです。食べたとしても、
すぐに吐きました。それに人と会って食べるのも苦手で、
会食恐怖症ですね」

会食恐怖症は神経症の一種で、不安神経症や
対人恐怖症でもある。自律神経失調症をともなうことが
あると言われている。
アメリカ精神医学会の精神障害診断と統計マニュアル
5版(DSM−5)では、社会不安障害の特徴とされる。

他者の注視を浴びる可能性のある1つ以上の
社交場面に対する、著しい恐怖または不安。
例として、社交的なやりとり(例:雑談すること、
よく知らない人に会うこと)、見られること
(例:食べたり飲んだりすること)、他者の前で
なんらかの動作をすること(例:談話をすること)
が含まれる

こうした特徴が他の精神疾患や医学的疾患では
うまく説明ができないときに、この診断の基準となる。

「自覚したのは大学生のときです。
社会的な振る舞いは難しいんですが、就活では
コミュニケーションはできたんです。

パターンを積み上げていくと、ある程度できるようには
なったんです。だから、面接で嘘をつくのはできました。
経験則によってできるんですが、どこかで、うまく
いかない場面が出てしまうことがあります」

両親の仲が悪いのが基本だったため、幼い頃は
それが「普通」と感じていた。ただ、取材の1ヶ月前には、
心療内科で「発達障害」の診断も受けている。

発達障害は遺伝の可能性もあるが、育った環境も
影響することがあるとも言われている。

「風の音が喧嘩の声に聞こえる」両親の喧嘩があると
幻聴も・・・,隆明が初めて「やばい」と感じたのは
中1のとき。家族仲がより深刻になったからだ。

小さなアパートで、ちょっと大きな言葉で悪口を
言い合うと、周囲に聞こえてしまうことがわかった。
ラジオの音量を大きめにして、周囲に聞こえない
ようにもしていた、というが、実際に周囲に聞こえたか
どうかはわからない。

「自分が喧嘩を止めないと、どちらかが刺すんじゃないか」

険悪な二人であれば、離婚することも考えられるだろうが、
離婚はしなかった。「母が離婚しないのは、お金のため。
父親が退職金をもらうまで離婚しないだろうと
思っていました。

離婚して、慰謝料をもらったほうがいいのに、しない」
喧嘩は、何かの電話が発端のときが多かった。
そのため、中2のときには、幻聴が聞こえるようにも
なったという。

「風の音が喧嘩の声に聞こえるんです。
特に風が強いとダメですね。いきなり大きな音が
聞こえたりしても、喧嘩に聞こえてしまいます」

そんな幻聴がひどくなったのは高校2、3の頃。
3年でひどくなったので、高校には通えなかった。
自傷行為をするようになったのは高校3年生に
なってからだ。

それまで、ストレスがたまり、「死にたい」と考えたことは
あったが、そんな時は、拒食になっていた。

「生きていくことはできない」遺書を残して父が自殺

父親が自殺したのは、隆明が19歳になっていたときだ。
単身赴任先のアパートで亡くなった。縊首(いしゅ)だった。
「こうするしかない」「この先、妻と子どもを抱えて、
生きていくことはできない」と書き記した遺書があった。
遺産についても書いてあったが、母親は読ませて
くれないという。

「亡くなる一年前、父は、土地と家を買っています。
どうやら、両親の話し合いがあり、『あのアパートにいて、
息子が悪くなった。だから家を買う』という話だったようです。

母は『持ち家がないとダメ』という考えもあったようです。
でも、無理な購入だったようで、母が住宅ローンの
連帯保証人。母は『息子も、ローンを払うのが当然』
と考えているようです。
僕は払う必要はないんですが、どうしても
逆らえないんです」

これまでの生きづらさに加えて、支払いの
プレッシャーからか、より自殺が頭を過ぎるようになる。

「他にも(生きるための)手段があるかもしれない。
しかし、死ぬことに囚われるんです。
遺書も書いたんですが、母に見つかり、
破り捨てられました。

母は、父が亡くなっても淡々としています。
たまに悪口をいいます。そんなの、自死遺族の
反応じゃない。自責の念はないのかもしれない」

もしかすると、母にとっては、遺族であっても
淡々としていたり、悪口を言ったりするのは、
日常を平凡に過ごそうとする営みなのかもしれない。

しかし、隆明は文字通り受け止めてしまう発達障害の
診断を受けている。大学時代も「ネタをネタとして
受け止められない」ことで場をぶち壊したことが
あったのを覚えている。

「ちゃんと理由があるのに...」大量の薬を飲み、
病院へ運ばれる、そんな中で、お酒を飲んで、
首を吊ろうとしたこともあった。

錯乱したことで、紐が外れたという。
その後、薬を大量にのみ、さらに暴れて、
壁に頭をぶつけて、血を流していた。

そんなときに宅配の人が訪ねてきて、
119番通報されて、気がついたら病院に
いたことがあった。
その病院で「自分でまいた種だから」と言われたことを
ずっと記憶している。

「そんなことを言われて、被害者のような気がして来た。
自殺しか見えないけれど、死にたくて、している
わけじゃない。ちゃんと理由があるのに...」

レストランで話を聞いてしまったのだが、筆者は、
拒食症や会食恐怖を抱えているのを取材中に知った。
話を聞いていくうちに、苦手な空間だということわかった。

今度、取材するときには、別の空間を確保しなければ
ならないと思っていると、バスの時間が来てしまった。

「(体調が)よくなったら東京へ行きたい」とは
言っていたが、隆明は取材から数年後に自宅近くの
空き地で縊首した。叶わぬ約束になってしまった。

・・・


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2018年11月13日 (火)

妄想劇場・チャンネル掲示板

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若くて美しいことは、 自然のいたずら。
年をとっても美しいことは芸術です。
・・・(エレノア・ルーズベルト )



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30年以上にわたり開発…“果肉まで赤いリンゴ”

リンゴといえば白い果肉が一般的だが、長野県の
ある農家の男性が“果肉まで赤いリンゴ”を
開発したという。

「食べて、見て楽しめるものを」と30年以上にわたり
開発に取り組む男性。そして誕生したのがその名も
『なかの真紅』。

一見すると普通のリンゴのようだが、切ってみると
鮮やかな赤色の果肉だ。
赤肉リンゴは酸味が強く、加工用がほとんどだったが、
『なかの真紅』は生で食べても、甘味が強いという。

開発した吉家一雄さん(61)は、「ぎゅっと詰まった
甘みがある」と胸を張る。
「趣味で始めた」から5品種を登録するまでに…

そもそも、吉家さんは30年前、農業大学校時代に
観賞用の赤肉リンゴに出会い、「これをおいしく
食べられたら」と思い研究を始めたという。

吉家さん:目にやきついた。
こんな(食べられる)リンゴがあったらいいなって
趣味で始めた。

最初は趣味の域だったが、全国の産地や大学から
様々な品種を取り寄せては、交配を試し、
今や研究用の畑にはなんと、約5000種類のリンゴが
栽培されている。

ただ、赤く色付かなかったり、色付いても病気に
なりやすくなったりと商品化できないものが
ほとんどだったという。

「楽しんでいるだけだから苦労はない」と話す
吉家さんは、交配を繰り返す中、今年、ようやく
『なかの真紅』のほかに、甘みがあり生食に向く
『ムーンルージュ』と『炎舞』、加工向けの
『いろどり』と『なかののきらめき』の計5つの
品種を登録することができた。

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各地のホテルやレストランで重宝 吉家さんの
赤肉リンゴを去年からスイーツにして店舗で
出している

ミミエデン・宮下彩花さん:
こんなにきれいな色が出るんだってテンションが
あがった。せっかく赤いリンゴなので目立たせたい。
見た目、味全部を楽しんでほしい、
きれいなリンゴなので。

『なかの真紅』を使った秋限定のムースケーキは、
白と赤のコントラストが目を引く。

ほかにも料理関係者がその鮮やかな見た目に
注目し、吉家さんの赤肉リンゴは現在、県内外の
ホテルやレストランで重宝されている。

吉家さん:
まわりが喜んでくれるからうれしい。
もう一歩先を目指したい。

ふじとか津軽とかリンゴ3兄弟とかあるけど、
ああいうリンゴみたいに当たり前のように店で
売られて、当たり前のようにいろんな家族が食べて
くれるようなそんなリンゴになったらいい。


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Neko1

島民が下したある“決断”

・外国人観光客も多く訪れる「ネコの楽園」で
 不妊手術
・島民9人全員が高齢者…過疎化も進む中での“決断”
・1日に172匹を不妊手術…島民の思いは?

島民9人に対しネコ100匹以上…「ネコの楽園」で
不妊手術

海外からも多くの観光客が訪れ、「ネコの楽園」
として知られる愛媛・大洲市の青島。
島民わずか9人に対し、100匹を超えるネコが暮らす
この島で、すべてのネコに不妊手術を行うことを
島の人たちは決めた。
島民は一体なぜ、ネコの不妊手術を決断したのか…

大洲市長浜町の沖合に浮かぶ青島の島民は
わずか9人。
宿泊施設はおろか自動販売機もないこの島に
住み着く猫は100匹以上だ。

5年前にネコの楽園としてブレイクし、世界中から
観光客が訪れるようになった青島だが、
これまでネコの世話をしてきた島民はある大きな
決断を下していた。

10月2日、20人を超える一団が島にやってきた。
持ち込まれたのは大量のケージ。
その数およそ130個。

高齢化と過疎化が進む中…島民が“決断”

公益財団法人どうぶつ基金・佐上邦久理事長:
3日間の間にすべてのネコを不妊手術する
ということで、大体130~140匹の未手術のネコを
手術してしまう計画です。

「ネコの楽園」が下した決断…、

それは島のすべてのネコに不妊手術を行うということ。
ネコの世話をしている島民(68):
今年また2人くらい(島を)出る。

1人はもう出ていて、また(もう1人)出るとなったら、
本当にこの人数だけで、ネコに餌をやり続ける
ことは困難。
だから3、4年前とは(状況が)違ってきました。

5年前、島には16人が暮らしていたが、今では9人…。
全員が高齢者だ。

高齢化と過疎化が進む中、青島ではこれまで
数十匹のネコに不妊手術を行ってきた。
しかし、ネコの数は減ることはなく、この日を
迎えたのだ。

今回、不妊手術を行うどうぶつ基金は、殺処分される
犬や猫をなくそうと設立された団体で、全国で
年間2万匹を超える不妊手術を無料で行っている。

捕獲を始めて分かったのは、島民の想像を
はるかに超える数までネコが増えていたということ。
その数は推定で200数十匹にも上るというのだ。

翌日、3人の獣医による不妊手術が始まった。
雄ネコは1分程度、雌ネコは15分程度で手術が終わる。
手術の終わったネコは経過を観察しながら、
麻酔から完全に覚めるまでスタッフが見守る

不妊手術は1日で172匹にも…島民の思いは?

この日手術を行ったのは172匹(雄97匹・雌75匹)。
獣医3人だけでこれだけの手術を1日で行うのは
初めての経験だったという。

翌朝6時、獣医がネコの状態を確認した後、
すべてのネコがケージから解き放たれた。

島民の男性(68):
(ネコは)放っといたほうがいいんじゃないかと。
これだけの金をかけて手間かけてっていうのは
あるけど、やっぱり自分たちがここにいなくなった
時を考えると、やっぱりそう(放っとけ)いうのも
いけないのかなと思うだけ…。

ネコの世話をしている島民(68):
今はもう自然にしていったら一番いい、
ネコも人も。普通の生活をネコと一緒に
この何年かできたらいいと思ってる。

いつかはこの島を離れることになるであろう島民と、
人に頼らないと生きていけないネコたち。
青島が下した決断は、私たち人間と動物との
かかわり方を改めて問いかけているのかもしれない。

そして、再び島にいつもの光景が戻った…。




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2018年11月12日 (月)

妄想劇場・the(ライフ)

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未熟な愛は言う、
「愛してるよ、君が必要だから」と。
成熟した愛は言う、
「君が必要だよ、愛してるから」と。
・・・
エーリヒ・フロム


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ひと昔前、「死ぬまでセックス」特集が週刊誌で
大々的に組まれたが、最近はお堅いNHKでも
老後のセックスを取り上げるご時世である。

近い将来「100歳まで生きるのが当たり前の
時代になる」と言われるニッポンの超高齢社会。
高齢者の性事情とスローなセックスライフについて
考えたい。

埼玉県南部にあるデイケア施設に通う清水さん
(56歳・仮名)は二年前、職場で作業中に脳梗塞で
倒れたが、緊急手術により一命をとりとめた。

当初は社会復帰を目指しリハビリに励んでいたが、
右半身の麻痺が悪化する一方で、若くして施設に
通う事を余儀なくされたという。

そんな清水さんには、あるヒミツがあるのだと
施設関係者が声を潜める。
「ずっと独身のあの人は、女性と付き合った
経験がないらしいんです」

施設に入居した頃は、女性職員が声をかけると
顔を紅潮させ、しどろもどろで返答するか、
聞こえないふりを決め込んで脂汗を流していたほどの
純情っぷりで、会話も成り立たないほどだった。

当然、女性介護士による食事や排泄の介助も
拒絶し、数少ない男性介護士が順番で清水さんの
世話をしていたのだというが、30代の女性介護士・
Y美さんの献身的な介助が清水さんの心を開かせた。
……と、ここで終われば美談だが、現実は
明後日の方向へ進んだ。

「Y美さんは既婚で二児のママさん。とにかく
気立てが良く、施設の入居者の誰からも人気でした。
清水さんはそんなY美さんから優しくされた事で
好意を持ち、ラブレターを出してしまった。

ただ、これも珍しいことではない。
清水さんの場合は、その先が予想外でした」
女性の優しさに触れ、還暦直前に甘美な“恋愛感情”が
芽生えた清水さん。

はじめはY美さんにお菓子などのプレゼントを
持ってきたりする程度だったが、日が経つにつれ、
Y美さんではない介護士が清水さんの介助を
しようとすると怒鳴りだし、Y美さんが休みの日は
不機嫌になりモノや入居者に当たり散らし、
ほとんど手がつけられない状態になっていった。

優しいY美さんも、さすがに清水さんを敬遠し
つつあったが、決定的な事件が起きる。

「Y美さんが毛の濃い清水さんにクスリを塗りながら
“毛深いですね”とつぶやいたのですが、翌週には
首から下の毛が一本残らず剃り上げられていました。

聞けば高齢の母親に手伝ってもらい、
全身を除毛したのだと…。
その直後にはY美さんのエプロンが無くなる騒ぎが
あったのですが、清水さんのバックから発見され、
広げると汚されていました」

すっかり勘違いした清水さんは…

気味悪がっていたY美さんのよそよそしさを見て、
清水さんはこれまでの言動を反省するのではなく、
自分に気があるとでも勘違いしたらしい。

なんと、Y美さんの前で婚姻届を取り出すと、
職員や入居者の前でプロポーズをしてしまったのだ。
気丈に振舞っていたY美さんもすっかり参ってしまい、
グループ内の別施設に逃げるように異動した。

一方、施設に通い始めた二年前の照れ屋で
純情だった面影はすっかり無くなり、今では
妙な自信に漲っている清水さんは、今度は
いろいろな女性へ向けて婚活に勤しんでいる。

「Y美さんの後に“惚れた”女性職員の為に、
髪を染めたり眉毛を整えたりしていましたが
呆気無くフラれました。

すると今度は、新卒の若い事務員女性の
気を引こうと、母親の年金で永久脱毛に
通っています。

女性に介助されていい気分になるのはある程度
理解できますが、清水さんの場合は手当たり次第に
女性職員にセクハラを仕掛けるようになり、
すでに四人が辞めるか、異動しました。
“半径50cm以内に近づくと求婚される”と、
女性職員は気味悪がって誰も近づきません」

清水さんの奮闘ぶりを滑稽と笑うのは簡単だ。
しかし、日本の将来を考えたとき、彼の姿は
特殊な例とは言い切れない時代が来るのではないか。

たとえば昨年、女性との交際経験がない男性が
20代未婚男性で53%にものぼったという
調査結果がある(安田生命生活研究所調べ)。

いま20代の男性が50代、60代になったとき、
現在よりもずっと多くの人が「交際経験なし」
になるだろう。異性との交際経験を積んでこなかった
高齢者が、介護という仕事を自分への好意と
勘違いしてしまう事態が、もっと頻繁に起きる
と容易に想像できる。

“相手は老人”かつ“お客さん”として接するがあまり、
清水さんのような婚活暴走老人が生まれて
しまったというわけだが、現在でも彼の例は
特殊と言い切れるものではない。
関係者以外に知られていないだけだ。

実際に、介護職員に思いを募らせるあまり
ラブレターを渡す高齢者は珍しくないし、
職員の身体を触るなどのセクハラは日常茶飯事だ。

笑えそうで笑えない、超高齢化社会の
我が国で起きている現実。
今は取るに足らない小さなこと、特殊な事例だ
と思うかもしれないが、見過ごしているうちに
大きな社会的問題になるだろう。・・・


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85才にして、あえて一人暮らしを続ける矢崎氏は、
伝説の雑誌『話の特集』の編集長を創刊から
30年にわたり務めた経歴の持ち主だ。  

現在も、ジャーナリストとして新聞、雑誌などに執筆、
講演などでも活躍する傍ら、炊事、掃除、洗濯も
自ら行う多忙の日々を過ごしているのだが、
先日、体調に大きな異変が起きたという。

大事に至るようなハプニングを乗り越えた矢崎氏に、
事の顛末、近況、暮らしの心構えなどを
綴っていただいた。  

駅のホームで突然気を失った!

我が盟友・故永六輔は、よく転んだ。
それも所かまわずに転ぶ。街角、旅先、家の中。
捻挫、骨折をのべつ繰り返した。

パーキンソン病とわかったのは、亡くなる5年ほど
前のことだった。あんまりコロコロ転ぶので、
ある日、覚悟して精密検査を受けたのである。

人生は確かに七転び八起きではあるが、
肉体的に転ぶのは怪我になる。
怪我の功名などと笑ってばかりはいられない。

恐ろしいのは、突然、意識を失って転ぶ、
いや、転倒する事態だ。
永さんはそれをやって週に2度救急車で
病院へ運ばれたこともあった。

さる、10月1日の夕方、私は渋谷の井の頭線
ホームで気を失って倒れた。
頭、腰、膝などを打撲したのだが、気が付いた
時には駅のベッドに寝ていた。

どのくらいの時間が経過していたのか不明だったが、
駅員の方が私を覗き込んで「救急車を呼びますか?
それとも、どこかへ連絡されますか?」
と意識の戻った私を覗き込んで言っていた。

私が覚えていたのは、ホームで電車を並んで
待っていたところ、大地震が起きたかのように
脚が揺れ始めた。つぎの瞬間脱力して、
バッタリ倒れたのである。

そこまでしか覚えていなかった。
気付いたらベッドに寝かされていたのだった。
携帯(ケイタイ)をポケットから取り出し、友人の
医師に電話をかけた。私にとって、日頃から
世話になっている主治医でもある。

すぐに、U先生が出てくれた。
事情を話すと、「タクシーに乗せて貰って、
私の病院へ直行して下さい」と言う。

渋谷から病院のある高井戸までは、早ければ
30分で行ける。車椅子に乗せて貰い、
無事タクシーに乗ることが出来た。
とても親切に扱ってもらい、駅員の方々には
心から感謝した。

事故の対応も素晴らしかった。感謝感謝!

やや渋滞していて、45分程で病院到着した。
閉館時間だったが、スタッフ全員で待っていて
くださったのだ。

血圧280、白血球は1万を超えており、
U先生の診断では「一過性脳虚血発作」という
ことだった。早速手当を施していただく。

人間は脳発作では後ろへ、心臓発作なら
前へ倒れるという。このことは、前から知っていた。
もし、心臓だったら、ホームから転落していただろう。
直前に電車が入ってきていた。まったく
一寸先は闇である。

家で安静にして、様子を見ることになってホッとした。
入院などということにいなったら、たちまち
日常が崩れる。

ま、不幸中の幸いだったと駅員の方々、
そして安全運転してくださったタクシー・ドライバー、
むろんU先生に感謝しつつ、自室ベッドに
横たわって数日安静に過ごした。

煙草とコーヒー豆と食材を買い出しに渋谷へ
行ったのだが、街も売り場も夕方とあって
大混雑していた。原因はストレス以外に
考えられないのだが、・・・
アタマに血が上った理由は思い浮かばない。・・・

それはさておき、私が心からお勧めしたいことは、
何かの時に電話口に直接出てくれる主治医を
持ちなさいとうことである。

いきなり救急車で見知らぬ病院へ運ばれ、
手当を受けることは、思ったよりも大きな
リスクを伴う。

実際に、のべつ転んでいた頃の永さんは、
その被害を受けていた。
彼の場合は有名人でもあったので、たちまち
メディアに知られ、他の病気についての
プライバシーを流されてしまっている。

つまり、大病院の医師ではなく、いわゆる町医者
(小さな開業医)であってもいいから、親しい医師を
知っていれば、突然病気になっても適切な
アドバイスを受けることができる。

最も怖いのは、自分だけの判断で勝手に
行動してしまうことだと思う。
肉体的な異変が起きることを習慣化させて
しまうことも良くないし、まして素人の知恵で、
病気を拡大することだってある。

病院嫌い医者嫌いも、年齢と共に寛容になることが
大切だと、私のような野蛮人にもようやくわかった。
頼れる医師を友人にもつ。つまり、主治医と言える
大げさな存在でなくても、気楽に付き合ってくれる
医師を探しておくことは、老人や幼子(おさなご)に
とっては、必須条件ではないだろうか。

昨今は二人に一人がガンになる。だからと言って、
のべつ不安に思っていたのでは、うっかりすると
詐欺に引っかからないとも限らない。

ノーベル賞の先生が、オプジーボが有効な人は
20%だといっているのに、マスコミは万能薬
扱いしている。もって銘するべきではあるまいか。

悠々自適独居生活の極意ここにあり。・・・

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2018年11月11日 (日)

妄想劇場・the ライフ

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恋はまことに影法師、いくら追っても逃げていく。
こちらが逃げれば追ってきて、
こちらが追えば逃げていく。
  ・・・(シェイクスピア)

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夫の不貞を非難する。そこには、まだ愛してほしい、
という気持ちがあるのかもしれない。
本当に恐いのは、「夫の死」を願う妻。

閲覧注意のネット掲示板には戦慄する妻たちの
ホンネが溢れていた。

死体で帰って来い!
〈毎日、警察からの電話を楽しみにしてるんだから。
死ねーー!死体で帰って来い!
赤飯炊いてやるから!
今日こそ帰って来るな!〉(すべて原文ママ)

この台詞は、「このハゲーー!」の豊田○由子議員に
よるものでも、夫・船越英一郎の不貞を暴露した
松居○代のものでもない。

一般家庭の女性がインターネット上の投稿サイト
「だんな デスノート」に書き込んだものである。

連日報じられた船越・松居夫妻のドロ沼騒動
のなかで、この投稿サイトがにわかに注目された。

モラハラや浮気、容姿の劣化といった夫への
不満をウェブ上でぶちまける、妻たちのオアシス。

そこでは、「松居○代さんに共感します」
「松居さんも傷ついたのでしょう」「船越さんと
うちの屑旦那との共通点もあります」などと
松居を支持するコメントが多数寄せられている。

このサイトの目的は「旦那に死んでほしい」
という願いを書くこと。
一日のアクセス数は20万件に上り、夫への
罵詈雑言が連なる。

〈わたしの人生最大の喜びはアイツの無様な
屍を前に大笑いしながら家族とハイタッチ
する事です〉

〈同じ墓に入るのも嫌だわ!お前が先に死んだら
死後離婚して、お前の身内全てと縁をきってやる。
さぁ早く死ね!〉
〈朝起きたらクソヤロウが冷たく死んでますように〉

サイトの管理人を務める「死神」こと牧田幸一朗氏は
語る。「僕自身、母親から父親の悪口を聞かされて
育ちました。その経験がトラウマになり、人間関係が
上手くいかない時期もありました。

今思えば、母親が父親の悪口を言うのは、
日頃ストレスが溜まっていて、積もり積もって
爆発していたのだろうな、と。・・・

ならばネット上で吐き出せる場があっても
いいのではと、このサイトを立ち上げたんです」

その狙いは妻たちに支持され、現在、会員数は
1万人を突破。ありとあらゆる夫に死んでほしいワケが
綴られているが、大別すると以下のようになる。

ATMとしか見てない

ケース①家事をしない夫への不満

仕事を理由に妻に家事を一任している男性に
多いケース。
下手に「手伝う」と申し出て、「煩わせるな」
とますます怒りを増幅させる場合もある。

〈ダメ夫にも家事をさせたいのでゴミ捨ての
担当にしている。雨降りの朝、ゴミ捨て
面倒だからと、玄関外にゴミを置いて仕事に
行ってた。
おいおい、お前何やってんだ!夏の暑い時期に
ゴミ置きっぱなし、しかも玄関先に〉

〈どーしてバスルームに洗濯物干してんのに
そのままシャワー浴びるわけ??
かなりキツく注意したけど何で同じこと2回も
繰り返すの????そりゃアナタはデブだから
早くシャワーで汗流したかったんでしょうけど……〉

ケース②金銭面の不満

借金はもちろん、生活費、日々の小遣い
トラブルまで大小さまざま。
「夫が退職金を渡さない」と妻と娘二人に
殺された事件が脳裏をよぎる。

〈借金まみれの結婚生活、働かない
お前のせいだろ!!
かえせないなら腎臓売って返済する位の
覚悟しろ!!〉

ケース③性への不満

ネット掲示板という匿名性が気を大きく
させるのか、あけすけな性の不満が特に多い。

〈エッチしても入れても入れなくても分からないような
小さな粗末なモノも退化していくだろう。
みこすり半とはお前のことだよ。
テクニックも何もない小学生以下のエッチのくせに、
一丁前に要求してくる〉

〈性欲が強すぎる旦那が気持ち悪い。
触られるのは絶対嫌だから嫌々風俗のように
相手をする。

一度射精しても30分後にはすぐ、勃つ。
また相手をしなければいけない。
ひどいときは、連続3回も。暇さえあれば
裸を見せろと強要してくる〉

〈てめぇの女房いい女房だろ?
いつもニコニコ、美味しいご飯作って家の中も
綺麗にして家事も完璧だろーよ?
てめぇの変態風俗通いもぜーんぶ知ってるよ!
何で何も言わないかって?
てめぇの事ATMとしか見てねぇからな〉

こうした身の毛のよだつ叫びは、氷山の
一角に過ぎない。
なぜ彼女たちはネット掲示板を選び、
書き殴り続けるのか。・・・

「女子会のガールズトークでは、さすがに
ここまでは言えません。
夫をこれほど罵倒していると、そんな夫を
持っている自分が惨めに思えて、自らの
プライドが傷ついてしまうんです。
匿名を担保されたネットならではの言説ですね。

でも実際は、デスノートの投稿には共感できる
ものも多い。『夫に死んでほしい』という感情を
妻たちは当たり前にもっていますから。

ママ友同士で公園に集まっておしゃべりしていると、
綺麗な奥さんが『うちの旦那、出張で東京へ
行っているの』。

周りが『いいね、お土産買ってきてくれるかな』
と返すと、彼女は青空を見上げて微笑みながら
『飛行機が墜ちてくれないかしら』とつぶやいた。

それを受けて、みんな『あはは』と
共感の笑いが起きました」

本当に恐ろしいのは・・・

極めて日常的に「夫に死んでほしい」と願う
妻たち。それほどならば、離婚してしまえば
良いのでは、と思うが……。

「独身時代より生活水準は上がっていますから、
その水準を手放せない。子供もいれば、
なおさらでしょう。

さらに、夫がごねれば手続き上の手間もかかる。
夫が死んでくれれば、未亡人として死亡保険金を
受け取れるし、離婚の手間も省ける、
そんな心理が潜んでいるのです」・・・

やっと永眠しました

そんななか、夫の死を願って、思いも寄らぬ
「行動」を起こす妻もいる。

〈お前は気付いてないみてぇだが子供と二人で
回転寿司いったりお前の歯ブラシでトイレ掃除
したりしてるからなァ!!〉

〈旦那の食事は高脂肪、糖質高めで、確実に
病気になるよう日々仕込み中。心筋梗塞、
脳梗塞で一気に逝けばいい〉

〈排水口洗った歯ブラシ使ってる姿を見るのが
唯一の楽しみ

大阪大学人間科学研究科招へい教授の
石蔵文信氏は言う。

「夫へのストレスを抱える女性に向けて講演する際、
『夫の殺し方を想像してみましょう』と投げかけると
大いに盛り上がりますよ。

日々の生活でも、『夫の歯ブラシで掃除』、
『夫の味噌汁に鼻くそを入れる』などはザラに
聞く話です。

ただ、これだけ過激な思考をしている妻が、
実際に家庭内で旦那に激しく不満をぶつけているか
というと、そうでもない。家庭では表面上いたって
貞淑な妻を演じているのです」・・・

では、妻を「毒妻化」させないためには、
どうすればいいのか。石蔵氏が続ける。

「妻は火山と同じで、機嫌が悪くても普段は
黙っていて、夫の気付かないうちにマグマ溜まりを
形成している。地底のマグマが噴き出る前に
気が付くポイントがあります。

まず、妻が旦那に文句を言っている時期は、
まだ夫婦関係は修復可能です。
次に、妻が黙り込むようになると、深刻。
妙に親切になると、最終手段を考えている段階
と思っていいでしょう。

取り返しがつかなくなる前に話を聞くように
するのが賢明。ことわざに『男は敷居を跨げば
七人の敵あり』とありますが、実際は
『帰宅しても一人の敵あり』。

「演技でもいいので、妻の話に『そうだね』
と相づちをうつだけでいい。
男性は無意識に、妻の発言の後、自分の
発言の前に『そうじゃなくて』と否定表現を上からか
ぶせがちです。すると、女性は全否定された
気分になってしまいます」

見なければ、知らなければ良かった。
夫たちにとって禁断の扉となっている「だんなデスノート」。
最後に、努力が実り、夫の死を「成就」させた妻を
紹介しよう。

「永眠」と題したその投稿には
〈やっと旦那が死んでくれました。
お酒を飲み、そのまま倒れ、そのまま逝きました〉
とある。

この内容を受け、「本当に羨ましい」
「おめでとうございます」「お疲れさまでした」
と祝福の声が殺到した。

本当に恐ろしいのは、家でニッコリと微笑んでいる
妻なのかもしれない。・・・




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小さい頃から私と彼はいつも一緒でした。
周りがカップルに間違えるほどの仲でした。
私が彼に恋愛感情を抱いていると気付いたのは
高3のときです。

今思うと、その前から恋愛感情を抱いていた
と思います。
近すぎた距離と今の関係を、恋人ではないけど
彼にとって特別な存在である自分の立場を
壊したくないという思いから気づかないフリを
していたのだと思います。

私が自分の気持ちに気付いたきっかけは、
友達が彼のことが好きだと私に打ち明け、
今まで2人きりだった登下校に友達が
入ってきてからです。

何故だかわからないけど、2人が楽しそうに
話している様子をみるとイライラし、2人でいる
時間が少なくなったなと思うたびに胸が痛くなり、
寂しくなりました。
自分でも最低だと感じるようなことを
思ったりしていました。

決定的だったのは、友達の告白を彼が断ったとき、
ホッとした自分を感じてからです。
この時から私は幼なじみとしてではなく、
好きな人として意識していきました。

ずっと気持ちを伝えられず、私は大阪に進学、
彼は地元で就職と離れる時期になってしまいました。
もう少しで大阪に行かなければならないという時期、

私達は私が向こうに行く前に会う約束をしていました。
私にとって最後のチャンス、気持ちを伝えよう
と思っていました。

約束の日、待っていた私を見つけたかれは
手を振りながら走ってきました。
だけど、彼の姿は私の目の前から消えていました。
ハッとした時、彼は頭から血を流しながら
横たわっていたんです。

頭が真っ白になり、状況に付いていけずその場に
立ち尽くすことしかできず、状況に頭がついて
いった時には人目も気にせず泣くことしか
できずにいました。
彼の名前を必死に呼び、泣いていたことしか
覚えていません。

彼は病院に運ばれ、お医者さんのおかげで
命は助かりました。
だけど、意識は戻りませんでした。

目を瞑った彼のそばにいるとき、看護師の方が
私に小さな紙袋を渡してきました。
中身は私への誕生日プレゼントとメッセージカードでした。
彼はその日から目を覚ますことはありませんでした。
私が専門学校を卒業する春、彼は息を引き取りました。

カードには
「H誕生日おめでとう。Hに伝えたいことがあります。
俺はずっと前からHが大好きです。
幼なじみのようにしか思ってないかもしれないから、
突然で驚いてると思うけど、もし、同じ気持ちだったら

28日に今日の待ち合わせ場所と同じ場所に
今日と同じ時間に来てください。
その時は、手紙じゃなくて言葉にして伝えます。」

私は今でも28日には彼との待ち合わせ
場所に行き、お供えの花束と彼への想いを
綴った手紙を添えています。

当たり前だと思っている日常は当たり前ではない。
1日1日を今日が最後かもしれない、伝えられるのは
今日が最後かもしれないと思い、1日を過ごせた
感謝をしながら生きていかなければならない
と感じました。

私の想いはあの頃から変わりません。
いつまでたってもあなたは私の特別です。
私の想いが遠いあなたに届きますように
・・・・



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2018年11月10日 (土)

韓信外伝 -春秋の光と影 (楚王逃亡)

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アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい


Kensin1


メジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、
良いかな・・・



Kansin

春秋末期の楚は、愚者たちによって
統治されていた。
能者は他国へ流れ、賢者はそねまれ死を
強要される。
しかし変革に立ち上がった者たちにも行動に
統一性は見られないのであった。

ある者は祖国を改革しようとし、ある者はあえて
祖国を滅ぼす、と主張する。
彼らはそれぞれに信念があり、正しかった。
誰が間違っていたというのか。 ・・・



韓信外伝 -春秋の光と影 (楚王逃亡)

「兄上」決断した闔閭の前に、ひとりの男が進み出た。
闔閭の弟、夫概ふがいである。
外見的には、とりたてて特徴のない男である。

背は高からず低からず、目は大きからず小さからず、
体は太からず細からず……能力的にも、
これまで闔閭は弟に助けてもらったためしがない。

先の王である僚を暗殺して王位を奪ったときも、
彼を助けたのは専諸であり、弟は一切関知していなかった。

その弟である夫概が、このとき初めて自分の意志を
示そうとしたのである。が、闔閭はこの弟のことが、
まるで眼中になかった。少なくともそのときまでは。

「私も兵を率いて、従軍したいのです」
夫概は遠慮がちながらも、そう主張した。だが、
それに対しての闔閭の反応は鈍い。
「お前が? なぜ」いまさら、という気持ちであったのだろう。

闔閭は、この夫概の希望をにべもなく拒否した。
待機を言い渡したうえで、夫概の所有する軍勢五千人を、
自らの所属としたのである。

夫概は当然の如く、これに不満を覚えた。
邪険にするにもほどがある、と。しかしそれは、
誰が見ても当然の沙汰であった。

呉軍の進撃が続いた。楚の人々が誰も知らぬうちに、
もともと従属国であったはずの唐や蔡が呉の側に
靡いており、誰もがその事実に恐怖した。

呉と楚は五度の会戦を経験し、そのすべてが
呉の勝利に終わった。いま、呉軍は郢に近づいている。

「郢は危機を迎えようとしています。お逃げください」
包胥は嬴喜を前にして、言葉少なに状況を説明した。
だがもちろん嬴喜は、言われるまま従おうとはしなかった。

「私と軫さまは、国に対して責任ある立場です。
そのような立場にある者が、そそくさと逃げ出して
よいものでしょうか」
嬴喜の表情には、やや怒りが込められている。

それは珍しいことであった。包胥はそのことに
驚きを隠せなかったが、しかし……彼女の言うことは
正論のようであって、そうではない。

「王さまと、あなた様のお命が失われたとき、
誰が国に対して責任を持つとおっしゃるのですか。
しかも……そもそも国というものは、人の集合体です。

たったひとりやふたりで責任を負えるようなものでは
ございません。どうか……私の言うことをよくお聞きになり、
お逃げくださるようご決断ください」
包胥の語り口に熱がこもり始めた。

隣に控える奮揚は、彼がどう嬴喜を説得するかを
注目した。不謹慎ながら、興味を持ったのである。
包胥どのの唱える「道」の神髄を、太后さまが
理解しうるか……。

おそらく包胥どのにとっては、もっとも理解して
もらいたい相手であるに違いない。
なぜなら、このふたりは惹かれ合っているのだから
……。しかし、事態が深刻であることに変わりはなかった。

奮揚はその思いを表情に出さず、ふたりの会話を
見守った。「……呉はもともと我が楚の従属国であった
唐国と蔡国を従え、国境を侵しました。

今回の出兵には呉王闔閭が親征していると
聞き及んでおります。その軍勢を迎え撃った
令尹嚢瓦は、柏挙はくきょの地で戦いに敗れ、
鄭に逃れました。

すでにその後、楚は五度も呉軍に敗れ、
今に至っております。……

伍子胥が来ます! あの、復讐に怒り狂った男が! 
すでに平王さまはお亡くなりになっておりますが、
それで諦める彼ではない。

彼は、平王さまへの復讐の代わりに、あなた方の
お命を狙う。絶対に見つかってはなりません。
彼に……復讐を遂げさせてはならないのです!」

包胥の言葉は脅迫めいていたが、随所に彼の
心の中にある人間愛をうかがわせるものであった。
彼は、伍子胥の手から嬴喜と、その息子の楚王軫を
守ろうとするばかりでなく、敵である伍子胥その人をも
救おうとしているのである。

それは、かつて彼が伍子胥と友人関係にあったからか、
それとも人が悪に陥るさまを見たくないという気持ちからか
……奮揚には、その双方のように思えた。

だが、嬴喜は包胥の思いをわかっていながら、
それに反発しようとした。

「あなた様は、どうするつもりなのです。仮に私たちが
郢を脱出するとして、行動を共にしてくれるのですか」
それも重大な問題であることには違いない。

王と太后のふたりだけに逃避行をさせるほど、
危険なことはないのだ。道中で彼女らになにかが
あったとしても、それを知る者がいなければ……

誰かが彼女らの身を守らなければならない。
「残念ですが、私はこの国の大夫のひとりとして、
呉と戦わなければなりません。
同行することはできません……。

代わりと言ってはなんですが、ここにいる奮揚が、
その役を担います。どうか、彼を私だと思って
信用してください」

奮揚は、突然の包胥の発言に驚いてしまった。
武人たる彼に与えられた役目は、王族を守ることであって、
戦場に立つことではなかったのである。

「包胥どの、役目が逆ではないのか。
君にもしものことがあれば、太后さまはどうなる。
もともと武人である私を差し置いて、武人ではない君が
戦場に立つとは、いったいどういう料簡なのだ」

包胥の考えが理解できず、口調がしどろもどろに
なりかけた奮揚であった。
しかし彼は、その後にひとつの考えに思い至る。

包胥どのは、伍子胥と対決しようとしているのだ。
自らの手で彼を救おうと……。
その考えを裏付けるように、申包胥は奮揚に向かって
言い放った。

「以前、私と伍子胥はお互いの考えを打ち明け
合ったことがあった。彼はそのとき、『楚を潰す』
とはっきり言った。

それに対して私は、『楚を生き存えさせる』と返したのだ。
これは、私と伍子胥の対決なのだ。
結着をつけなければならない」

・・・つづく



愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る・・



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「え!?まただ」
小百合は、車のハンドルを握りながら、その偶然に
驚いた。 ことの起こりは、一ヶ月ほど前のことだ。

大沢小百合、22歳。 地元の大学を卒業して、
念願の保育園に勤めている。
ところが、一つ問題があった。車の免許を
持っていなかったのだ。

自宅から保育園までは、電車と徒歩だと、
二度も乗り換えた上に、 グルッと遠回りして
2時間近くもかかってしまう。

就職が決まると自動車学校に通い始めたが、
元来の運動オンチ。 3回も仮免に落ちてしまった。
周りの友達からは、「どん臭いなあ」
と言われ、落ち込んだ。

そして、新学期の始まるぎりぎりになって、
免許証を手に入れることができたのだった。

小百合は、慌てて中古車センターで真っ赤な
軽自動車を買い、 ローンを組んだ。

ところが、ただの若葉マークではない。
運動オンチが、 どうにかこうにか手に入れた免許証だ。
バックの車庫入れはもちろん、信号で右折するたびに
心臓が高鳴った。 通勤を始めて3日目のことだった。

朝の通勤時間帯は、町の中を南北に貫く
片側一車線の県道は渋滞しっぱなし。
ノロノロとしか動かない。運転席では誰もが
イライラして、 ヒゲをそったり、新聞を読んだり
している者さえいる。

その県道を南下して、途中、右へ曲がってしばらく行くと
保育園にたどり着く。 その交差点には信号がない。
それどころか、路地のような狭い道路で、
左右から来る車はほとんどない。

小百合が右折しようとしてウィンカーを出すのだが、
正面からやって来る車は、誰も停まってくれない。
チカッ、チカッ、チカッ。

ウィンカーが何度も鳴る。振り返る余裕などないが、
どうやら小百合の後ろは大渋滞を引き
起こしているようだ。

チカッ、チカッ・・・。
焦った。なんとか右に曲がろうとするが、誰も
譲ってくれない。 本当は、少しでもセンターライン寄りに
停車すれば 後続の車も追い抜いてゆくことができる。
しかし、小百合にそんな芸当は無理な注文だった。

プァーン。
後ろの車が、クラクションを鳴らした。
身の縮む思いがした。

その次の瞬間のことだった。 一台の大型トラックが
小百合の車の前で停まった。

ピカッピカッ!
大きなヘッドライトが二度光った。 (助かった)
小百合は、夢中でハンドルを切っていた。
保育園の駐車場に車を止めて気が付いた。
手のひらどころか、全身冷や汗でぐっしょりだった。

こんなことがあるのだろうか。 二度あることは三度ある。
小百合はたった10日間のうちに、 三度も同じ(?)
と思われる大型トラックに救われた。

「え!? まただ」
二度目までは気が付かなかったが、今日、それが
同じトラック、 同じ運転手であることを確信した。

相手も、同じ時間帯に仕事で同じ道を通るのだろう。
それにしても、なんて優しい・・・。

チラッと見ると、黒いサングラスをかけた、
マッチョな中年男性がハンドルを握っている。

小百合は、この人に直接「ありがとう」を言いたかった。
ちょっと大袈裟だけど、命の恩人くらいに感じていた。

(なんとか恩返しがしたいなあ)
しかし、どこの誰かもわからない。ナンバーも覚えていない。
道路を走っていても、歩いていても、 似たような
トラックが走っていないかとキョロキョロ探す。

そう思いつつも、新人として子供たちの世話に
追いまくられる日々を過ごすうちに、 2年近くが
経ってしまった。

そんなある日、小百合が日曜日に近くのスーパーに
出掛けた時のことだった。 買い物を済ませて、
自分の車へと歩き始めると、

ブーブー。と駐車場にクラクションが鳴り響いた。
見ると、一台の乗用車が立ち往生している。
運転席にはかなり歳を取った男性がハンドルを
握っている。

助手席の奥さんと思われるお婆さんが、
窓から顔を覗かせて 周りにペコペコと
頭を下げている。

どうも、狭いスペースに車を止めたのはいいが、
出ようとして動けなくなったらしい。
小百合は思わず駆け出していた。

「運転を変わりましょう」

そう言ういなや、お爺さんを降ろして運転席に
乗り込んだ。 自分が運動オンチであることなど
忘れていた。 慣れない車のハンドルを何度も、
何度も切り返す。

夢中だった。知らず知らず、歯を食いしばっていた。
「よし!」 車は見事に脱出した。
「ありがとうございます」
老夫婦は何度も何度も、小百合に頭を下げて
お礼を言った。 しかし、早く立ち退かないと、
次々と入ってくる車の邪魔になる。

「何かお礼をさせて下さい」とお婆さんが言った。
「いえいえ、お互い様です。早く出た方がいいわ」
「それでも、何か・・・せめて住所とお名前だけでも」
「今度、どこかで困っている人がいたら
助けてあげて下さい」

そう自分で言ってから、小百合はハッとした。
(あっ、これでいいのか) そして、心の中で呟いた。

「サングラスのおじさん。
3回も助けてくれてありがとうね。  
ちゃんと次に回しておきましたよ」・・・



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