2017年4月26日 (水)

妄想劇場・一考編・ニュースの深層

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『ニュースの深層』【衝撃事件の核心】

過去に起きていることから浮かび上がってくる
真実もある。・・・

「妊娠している中国人がいるんだが…」で事件は始まった 
日本国籍を取得する「偽装認知」が横行中


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使えるものは何でも使う。たとえそれがわが子であっても…。
日本の在留資格の不正取得を狙う外国人とブローカーによる
卑劣な犯罪がまたもや明らかになった。

警視庁の捜査で浮上したのは、子供に日本国籍を
取得させるために虚偽の認知届を提出して戸籍を得る
「偽装認知」だ。
同庁は3月、3歳の子供を悪用して「養育者」としての
在留資格を得た中国人の女らを逮捕した。
捜査幹部は「不正を立証するためには捜査上の
ハードルがあり発覚しにくい」と指摘し、警戒を強めている。

裏の顔は不法滞在の外国人相手のブローカー
「妊娠している中国人の女がいるんだが…」
平成26年2月、ある男が知人に持ち掛けたこんな相談が
事件の発端だった。

男はさらにこう続けた。
「誰か認知してくれる人間はいないか」
話を向けたのは、警視庁新宿署が3月、電磁的
公正証書原本不実記録・同供用の疑いで逮捕した
リサイクルショップ経営の足立区の男(48)。
相談相手は、同容疑で男とともに逮捕された
建設業を営む男(52)だった。
2人は、それぞれ表の顔とは別の裏稼業を
持っていた。

警視庁の捜査員は「リサイクルショップを営む男は
不法滞在の外国人相手に、在留資格の不正取得を
取り仕切っていたブローカーだった。
建設業の男はその仲間で、自分の会社の従業員を
紹介するなどして犯罪に加担していた」と明かす。

不正によって在留資格を取得しようともくろんだのは、
東京都豊島区の中国籍の女(27)だった。
思いついたのは、26年11月に不法滞在が発覚し、
入管難民法違反で国外退去処分を受けた中国籍の夫
(27)との間に生まれた3歳の子供を悪用する手口。
夫を通じてブローカーの男に“仕事”を持ち掛けていた。

5万円の報酬で父親役

新宿署によると、女は生まれたばかりの子供を、
ブローカーに紹介された日本人の男(54)に認知させた。
そうして「日本人の子供」に成り済ました出生届を
埼玉県三郷市役所に提出し、虚偽の戸籍を
作成させたという。

「女の狙いは子供が日本国籍を取得すれば
『養育者』として在留資格を得る制度を利用することだった。
不正の片棒を担ぐ『父親役』に選ばれた男は、
ブローカーの仲間である建設業の下で働いていた
従業員だった」(捜査幹部)

新宿署によると、女は、ともに逮捕されたブローカーの
男に「偽装認知」の報酬として約60万~70万円を
支払ったという。

しかし、「父親役」として逮捕された男が得た報酬は
わずか5万円だった。
男は調べに対し、「間違いありません」と容疑を認め、
「小遣い稼ぎ程度にしか考えていなかった。
今は反省している」と供述したという。

「『父親役』の男は他にも数件の偽装結婚に加担した
とも明かしている。
いずれもブローカーの仲間である建設業者から
話を持ち掛けられたと語っており、ほかにも同種の
複数の犯罪に関わっているとみられる」

昨年の摘発者はわずか5人、発覚は困難
新宿署が事件の端緒をつかんだのは、
東京入国管理局からの情報提供だった。
子供のDNA鑑定を実施するなど地道な捜査を
進めた末に逮捕にこぎつけたという。

ただ、ある警視庁幹部は、「偽装認知は親子関係が
ないことを証明するためのDNA検査など、
容疑を固めるまでに捜査上のいくつかのハードルがある。
偽装結婚に比べても不正を見破りにくい」と指摘する。

警察庁によると、昨年、偽装認知事件での全国での
摘発者はわずか5人。
その一方で偽装結婚では322人が摘発されており、
その差は顕著だ。過去5年間の摘発者数でみても、
24年は偽装結婚が466人で偽装認知が8人。
その後も偽装結婚が300~400人前後で
推移しているのに対して、偽装認知は25年に
12人が摘発された以外はいずれも一桁台に
留まっている。

さらに、事件が明るみに出たことで取得した
日本国籍を剥奪された子供の処遇も
問題視されている。
不正を働いた外国人の親とともに国外退去処分
となるのか、新たに在留資格を得て日本に留まるのか。
法務省によると、処遇を決めるための明確な
指針はないという。

「在留を認めても、誰が面倒を見るのかという
問題もある。子供の状況と合わせて総合的に
判断するしかない」
(法務省担当者)のが現状だ。

先の警視庁幹部は、「この種の事件で一番の
犠牲になるのは何の罪もない子供たちだ。
不正を容易にするブローカーの摘発に努め、
犯罪の芽を絶つことが重要だ」と話している。

Author :Logo_header_news


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「江ノ電の運転士になりたいという
病気の子どもの夢を叶えてもらえないでしょうか?」
ある日、こんな手紙が江ノ電の会社に届きました。

難病と戦う子どもたちの夢を叶えることを
支援しているボランティア団体「メイク・ア・ウィッシュ」
からの手紙でした。

「メイク・ア・ウィッシュ」では、
憧れの野球選手やサッカー選手に会いたいという夢や、
コンサート・ホールで憧れのピアノを弾きたいという夢など、
一見、叶いそうにない夢を、難病の子どもたちに
実現させています。

江ノ電の会社に届いた手紙の子どもとは、
「拡張型心筋症」という先天性の難病で入院していた
16歳の少年、新田明宏君でした。

「江ノ電を運転したい」と新田君が強く思うに
至ったのには、理由があります。

幼い頃から病気のために、運動が思いきって
できない新田君を癒してくれたのが電車でした。
お母さんが「外で遊べない息子のために」と
思って買ってくれた電車のおもちゃが大好きでした。

お父さんもそんな新田君を、休日のたびに
電車に乗せてあげました。
電車の中でも、ゆっくり街中を走る江ノ電が、
特に新田君のお気に入りでした。

中学生の頃になると、新田君の電車への
思いは、ますます強くなります。
ところが、彼が15歳の時に、病状が悪化します。
入院した彼は、大好きな江ノ電にも
乗れなくなってしまいました。

それどころか、彼の病状は、もはや治療する
方法がないという状態に陥りました。
病院の先生は、ベッドの上でも時刻表を
離さない新田君を見て、こう思いました。

「こんなに鉄道が好きで、運転士になりたいと
心から思っている彼の夢を何とか叶えてあげたい」
「メイク・ア・ウィッシュ」のことを知った先生は、
その事務所に連絡をいれました。

そうして、新田君の夢は江ノ電の協力により、
実現することになったのです。

運転の当日、この日は11月にしては、とても
暖かい日でした。
救急車で藤沢駅に到着した新田君が、運転士の
制服に着替え、付き添われながら運転席に座ります。
江ノ電がゆっくりと駅を出発しました。

藤沢駅を離れると、新田君の視界にとても
嬉しい光景が飛び込んできました。
江ノ電を愛してくれる新田君に対し、
この鉄道会社でも、彼に誠意を尽くしたい
という気持ちを表します・・・

各駅で、新田君を驚かせ、喜ばせた光景が
ありました。
ふだんは無人の駅もありましたが、
この日はすべての駅に、駅員が待機していました。

そして、運転席にいる新田君に向かって、
直立不動の敬礼で見送ります。

自分に向かって、憧れの駅員さんたちが
敬礼をしてくれている、どんなにか新田君の
胸に響いたことでしょう。

またスタッフは、喜ぶ新田君の様子をみて、
運転免許を持たない彼だが、運転席に
座るだけではなく、何とか本当に電車を
運転させることはできないだろうか、
強くそう思いました。

スタッフが用意した免許を必要としない
検車区間に電車が進むと、新田君はレバーを握り、
自分の力だけで電車を動かしたのです。

その間、彼は病気だとは思えないような笑顔で、
目を輝かせながら電車を運転していました。

その3日後でした。・・・
夢を叶えた新田明宏君は、遠くに旅立ちました。

その後、この新田君のお話は、
「小さな運転士 最後の夢」というドラマになって、
テレビで放映されました。

江ノ電の本社には、新田君の描いた絵が
飾られています。
自分が江ノ電を運転しているところを描いたものです。

江ノ電をこれほどまでに愛してくれた少年がいたことを、
社員全員が忘れないために掛けられているのです。
・・・

Author :「涙を幸せに変える 24の物語」

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歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…



やっと逢えたね






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隙間産業(ニッチ市場)

2017年4月25日 (火)

妄想劇場・特別編 (知られざるニュース)

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昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリ


『ニュースの核心』



過去に起きていることから浮かび上がってくる
真実もある。・・・




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飛田新地、松島新地といえば、聞いたことのある人も
少なくないだろう。
かつては華やかな遊郭だった赤線(公認の売春地帯)
地域だ。
今も日本有数の「ちょんの間」街、つまり風俗街である。

客が店に金を支払い、女の子と本番行為を行う
性風俗店が乱立するが、
不思議なのはどの店も「料理店」として営業許可を
出していること。菓子などを〝料理〟として提供し、
「店員と客の自由恋愛」という体裁で売春が行われる。
実態と明らかに異なる届け出なのに、
なぜかほとんどの店舗が警察当局の摘発から
逃れている印象が強い。

当局は本気を出せばできそうな「掃討作戦」を
なぜ実行しないのか。その背景を探った。

「売春供述」が決め手

「はい、そこのお兄さ~ん、いらっしゃ~い」
大阪市西区の市営地下鉄中央線、阪神なんば線の
九条駅からほど近くにある松島新地。
市民が憩う商店街「ナインモール九条」を抜けると突如、
昔ながらの日本を感じさせる建物が現れ、あちこちから
「やり手婆」と呼ばれる客引きの高齢女性の声が聞こえる。

こちらに向けて手招きし、中では化粧をした20~30代の
女性が手を振って客を今か今かと待っていた。
何とも異様な光景。地元の人たちが自転車に乗って
普通に通り、地域に溶け込むようにたたずんでいるのも
驚きだ。

現在営業しているのは約90店舗。約160店舗を構える
飛田新地(同市西成区)に次いで国内2番目の
規模とみられるが、飛田より金額は比較的安く、
愛好家も多い。

そんな一大風俗エリアで先日、警察による
店舗の摘発があった。

大阪府警西署は1月、売春防止法違反容疑で、
松島新地の料理店「恋心(ここ)」の経営者の
女と引き子役にあたる「やり手婆」の女の計2人を逮捕。
逮捕容疑は共謀し、昨年11月6日と25日の夜、
店内で20代と30代の女性に男性客2人を
売春相手として引き合わせたとしている。

同署の調べに、2人は「料理を出すことはありません」と
容疑を認めた。
同署などによると、店は少なくとも平成25年1月から
料理店の許可を取って営業。20分1万円で、
10分増えるごとに5千円が加算されていくシステムだった。

同署は実際に性的サービスを受けた帰りの男性客から
「売春営業を受けた」との話を聞いて捜査を始め、
逮捕にこぎ着けたようだ。
ただ、男性客の話を聞くだけで逮捕できるなら、
もうすでに新地が壊滅していてもおかしくはない。

どの店舗も実質、「性風俗店」なのは明らかだが、
なぜか警察による摘発は少ないのが現状だ。
松島新地では4年前、店舗の経営者や、店に女性を
送り込んだスカウトグループの関係者らを一斉逮捕。
暴力団関係者を通じてグループと知り合い、
性接待などを受けた男性警部補が処分される事態にまで
発展した過去がある。

ただ、それ以降は大規模な「掃討作戦」はみられない。
売春防止法施行で「料理店」に…
そもそも松島新地はいつの時代に誕生し、なぜ
「自由恋愛」の営業スタイルになったのか。

昭和33年発行の「松島新地誌」(松島新地組合)によると、
かつては「松島遊郭」と呼ばれ、今から約150年前の
明治元年に設置許可が下り、翌年に開設された。
「松島」という地名は寺島という地域に松の大木が
あったことが由来といわれているそうだ。

今とは別の場所にあったが、先の大戦中の大阪大空襲で
大半が焼失。現在の場所に移ったのは戦後のことだ。
しかし、昭和33年に売春防止法が施行。売春行為そのものが
法律に禁止と明記され、遊郭などの流れをくむ売春の
実質的公認地帯だった〝赤線〟が消滅した。

松島の各店舗の存続も危うくなり、各店舗は届け出上は
「料理店」として営業許可を取得するという
〝抜け道〟を考案。
「店員と客による自由恋愛」という名目で性的サービスを
提供するようになり、当局側が黙認する形で続いてきたと
されている。

飛田新地など他の遊郭も同じ理由から同様の営業手法に
なったというのが通説で、現在も「~新地」などの
呼び名で性風俗店の名残が残っている。

今でも店に行けば、まずはじめに茶や菓子がふるまわれる。
これも「料理店」としての体裁を保つため。
当時の営業許可の名残のようなものだ。

ただ、やはりどうしても気になるのは、明らかな
売春行為なのに、なぜ警察は「料理店」としての
営業許可を認めているのか、そして積極摘発を
しないのか、だ。・・・



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「警察はグレーゾーンだと認識しながらも、
店がなくなったときの社会のリスクを考えて料理店の
営業許可を出しているはずだ」
そう語るのは、飛田新地の内情を描いた「飛田で生きる」
(徳間書店)の著書で知られる杉坂圭介氏。

飛田新地で約10年の店舗経営経験があり、
今はスカウトマンとして活動する杉坂氏は
「世の中から性風俗店がなくなれば性犯罪が増えかねない。
そうした社会的リスクを考え、グレーゾーンの料理店を
黙認して営業許可を出しているのでは」と指摘する。

摘発件数が少ない背景については、「街を取り仕切る
料理組合の存在が大きい」とみる。
新地で店を新規に構える場合、料理組合の許可を
得なければならないが、そこでは厳しいチェック
が行われるという。

「組合は暴力団の徹底排除など、安心安全でクリーンな
街にするよう努めている。もし、暴力団とつながりのある
店が見つかれば、組合で自主廃業を促すこともある。
警察も営業許可を出す際、『ちゃんと組合の許可は
下りるんだろうね』と新規参入者に話すようだ。
暗黙の協力関係があるのかもしれない」と話す。

飛田新地では、組合を挙げて定期的な清掃活動を
行うほか、街の防火のために水の備蓄を行うなど、
「きれいな街」を常に心がけている。
松島新地でもいたる場所に「麻薬撲滅」や
「暴力追放の街」などと書かれた看板が掲げられ、
飛田と同様、街を取り仕切る料理組合がクリーンな
街を意識しているようだ。

「警察も組合を信頼」

「過去の摘発店舗は、店員が覚醒剤をやっていたり、
暴力団とつながりがあったりしたところが多い。
売春行為は別の事件から波及する形で問われることが
ほとんど」と杉坂氏。

警察も数カ月に1回、住民票の確認など各店舗の
名簿チェックを行うが、組合が犯罪の芽を事前に
見つけて対処していることも多く、
「組合の活動が摘発数を必然的に少なくしているのだろう。

警察もある意味、組合を信頼している」とする。
とはいえ、松島関係者の関係者は「最近は摘発が
なかったから本当に怖い。
一斉摘発なんてあったらどうしよう」と戦々恐々としている。

「料理店内で何が行われているかという事実関係は
確認しづらいが、売春行為を見つければ逮捕する。
それだけだ」と捜査関係者は語る。

「何でも透明に」との考えが強い現代社会で、なおも残る
グレーゾーンの世界・新地。
料理組合が自警団的な役割を続ける限り、
警察は店舗の積極摘発に動かない方針なのか。

犯罪を抑止し、健全な社会を保つため、
グレーゾーンを見て見ぬふりをする…。
暴力団を「必要悪」とする一つの価値観と
どこか通じるものがあるのかもしれない。・・・



Author :桑村朋
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こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
  知りつつ、 こうして、こうなった



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歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…



「わかっているよ 」






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隙間産業(ニッチ市場) 



2017年4月24日 (月)

妄想劇場・番外編・「蜜月の逆説」

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なぜ、美人はいつもつまらない男と
  結婚するんだろう?
賢い男は美人と結婚しないからさ。・・・



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「Bitter Moon 〜蜜月の逆説〜 

瑤子は、正志への復讐を企んでいた。
それは、瑤子亡き後、正志に激しく後悔させること。
便利な女として邪険に扱ってきたことを、どうしても
後悔させてやりたい。

死んだ後、平気な顔でいられたら、それこそ
報われない。
瑤子は、正志に対して最大限の気配りをし、
尽くしに尽くした。
それこそ、ごみ一つ正志に捨てさせないくらいの
心配りをした。

正志の母親がどれだけ苦労してきたか、
今、身に染みる。初めて挨拶に行ったとき、
正志の母親は「正志の病気も背負う覚悟が
あるのか。」と聞いてきた。厳しい目で、口調で、
瑤子の決意を問うてきた。瑤子は頷き、
それを証明するため、正志の母親に一から百まで
教わりに通った。

半年後にやっと認められ、それからは
瑤子をこの上なく可愛がってくれるようになった。
正志の母親は、瑤子の死をどう思うだろうか。
再び正志の生涯を支える女性に一からすべて
教えねばならない苦労に、喘ぐのだろうか。

死ぬことをわかっていて結婚した瑤子を、
裏切り者と思うだろうか。それとも、・・・
瑤子の死を、純粋に悲しんでくれるだろうか。

結婚式から2週間後、瑤子は病院を訪れた。
順番を待っている間、ぼんやりとしてしまう。
こんなに気を張らないでいい時間が、
ここ何週間も無かった気がする。
今は自分だけの時間。部屋のことも、
食事のことも、正志のことも、考えなくていい
自由がある。

「尾見さん。・・尾見瑤子さん、いらっしゃいませんか。」
アナウンスで応答がなかったためか、看護師が
直接待合室に走ってきた。
瑤子は、自分と同じ名前が呼ばれてるなぁ・・と
優雅に構えていた。が、次の瞬間に気付いた。

そうだ。尾見瑤子とは、自分のことだった。
苗字が、変わったのだ。
「はい!・・・はい、私です。すみません。」
「大丈夫ですか?」
「・・・すみません、ちょっとぼんやりしてました。」
保険証が変わって初めての診察。名前が
変わったことなど全然忘れていた。
正志と結婚したことは、わかっているのに。

診察室に入ると、医者は言った。
「ご主人に、一度病院に来ていただきたい。
すぐに入院が必要なこととか、今後のことを
お話したいので。」
医者は、こんな時にどうして結婚なんかしたんだろう、と
不思議に思っているのかもしれない。
もしくは、こんな時でも結婚せねばならないほど
互いが愛し合っているとでも思っているかもしれない。

瑤子は、きっぱりと断った。
「いいえ、その必要はありません。」
「どうしてですか?あなたが入院に積極的でないなら
ご主人に説得をお願いしたり、家で気をつけて
欲しいことや、緊急の際のことを話しておかねば
なりませんよ。」

「そんなの、必要ありません。主人自身が身体が
弱い人なんです。私が動かなければならない
立場なんです。私の体です。
あの人には・・・関係ないことです。」
医者は、眉をひそめた。

「まさか、病気のこと内緒にしているんじゃないでしょうね?」
「いけませんか。」
「あたりまえでしょう!?結婚したら、ご主人が
あなたの家族なんですよ?
家族には、言わなければならないことでしょう?
どうせ、わかることでしょう!」

「そうです!どうせわかるんです。だったら、
ギリギリまで知らなくていいんです。
余計な波風が立てたくないんです。
それに、入院して、あの人に看病してもらうなんて
絶対に嫌です。下の世話とか、母にやってもらうのも嫌なのに、
絶対に彼にさせられないし、それくらいなら
飛び降りて死んだほうがいいです!」

「馬鹿なことを!そんなこと、考えても、言ってはいけません!」
横にいる看護師が、憐れみの表情で瑤子を見つめている。
結婚してすぐに死なねばならない女の不安定な感情に、
同情しているのだろうか。

だが、瑤子はそんなセンチメンタルに浸っているわけではない。
今、瑤子が立っていられるのは、正志に復讐しようという
強い思いから。それには、できるだけ長い時間正志に尽くし、
瑤子が貴重な存在だと思ってもらわねばならない。

できるだけ多くの優しい時間を作り、瑤子が死んだときの
穴を大きくしなければならない。
そのためにも、病気のことは最後まで知らなくていい。
瑤子が死ぬことを知ってから死ぬ瞬間までの
時間に覚悟などされたら、死んだときのショックが
少なくなってしまう。

今更、正志に同情なんかしてほしくないし、
「もうすぐ死ぬ」ことを理由に優しくされても、
全然嬉しくないし、かえって気分が悪くなる。
「私も、自分の限界はわかると思います。
駄目になるまで、どうか私を自由にしてください。
どうしてもやり遂げたいことがあるんです。

それが私の最期の意地なんです。プライドなんです。
ホスピスを希望しています。予約ができるのなら、
手続きのお手伝いをお願いします。」

「あなたは、あなたの身体を過信していますよ。
熱も高くなっているし、血液の状態も良くない。
体力もなくなっているはずだし、痛みだってあるでしょう?
ご主人の世話がどれほどのものか私にはわからないが、
それは、相当大変なことでしょう?」

瑤子は、穏やかに微笑んだ。
「申し上げましたでしょう?それが、私がやり遂げたい
ことなんです。」
「・・・それが、あなたの愛ですか。」
「まさか。愛なんて幻想は、私を支えません。」

でも、憎しみは違う。憎しみは確かな現実として、
瑤子を奮い立たせてくれる。そして例え憎しみは
消えても、そこには安らぎが待っている。
愛が消えたら、待っているのは絶望だけだが。

瑤子は、医師の眼を凝視した。
「私は、ちゃんと支えを持っています。でもそれは、
彼に傍にいてほしいとか、慰めて欲しいとか、
そういうものとは逆の所にあるんです。」

「薬の影響で、倦怠感なども出ます。そのことを
ご主人に理解しておいてもらわないと、
仲たがいしてしまったり、最悪、暴力に
走ってしまうこともあるんです。」

「それでも、いいんです。」
医者は大きく溜息をつき、回転椅子を回して、
デスクに向かった。
「紹介状を出しますから、ホスピスの見学に
行ってください。そこで色々聞いて、見て、
もう一度考え直してください。

少しでも寿命を延ばすための治療を受けるか、
そのままにしておくのか。」
これ以上反論しても、医者と反目しあうだけだと
わかっている。
瑤子は何も言わず、頭だけ下げて、診察室を出た。

・・・

つづく

Author :井浦美朗( イウラミオ)
http://mypage.syosetu.com/

性別: 女性; 血液型: AB型;


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歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…



Zingarella -Gina Lollobrigida






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「隙間産業」

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2017年4月23日 (日)

妄想劇場・妄想物語

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信じれば真実、疑えば妄想・・


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「南三陸病院」という新しい病院が2014年12月に
復興しました。

この病院の前身は、宮城県南三陸町で、
ただ一つの総合病院だった「公立志津川病院」という
名前でした。
この病院は台湾から何と20億円以上の支援を受けて、
新設復興したものでした。

実は台湾からの支援は、南三陸病院再建だけでなく、
東日本大震災以降、トータルで200億円以上にも
上っているのです。

このことから、江ノ電鎌倉駅では「台湾への感謝」を、
ある形に表していました。
この駅の定期券売り場近くには、1枚のポスターが
貼られています。
中国語表記ですが、和訳するとこうです。

『台湾の皆さん、ようこそ鎌倉へ!
東日本大震災での大きな恩はずっと忘れません。
ありがとう台湾!』

なぜ、江ノ電鎌倉駅が台湾の方へのお礼を
表示しているのか。
鎌倉は、アニメ「スラムダンク」の舞台となった
地でもあり、同作の台湾人ファンが観光に訪れることで
知られています。

実際にこの貼り紙に感動し、
「泣きそうになった」という台湾人の方の投稿が、
ネットで拡散され注目を浴びました。

また貼り紙だけでなく、江ノ電では台湾の人々のために、
こんな特別のサービスを提供しています。

江ノ電では、台湾の鉄道会社と協力して、
お互いの鉄道も、…それに何より台湾の
観光客のためにも、ウィンウィンのサービスを考えました。

「1日乗車券持参で相互サービスを展開」というものです。
鎌倉から台湾に帰国したお客様には、
こんなサービスです。

江ノ電で使用済みの「一日乗車券”のりおりくん”」を、
台北駅および瑞芳駅に、パスポートと共に持参すれば、
「平渓線一日周遊券」を無償で提供します。

これから来日される方には、こんなサービスです。

同じく使用済みの「平渓線一日周遊券」を江ノ電の
「藤沢駅」「江ノ島駅」「鎌倉駅」の乗車券窓口に
持参すれば、「江ノ電一日乗車券”のりおりくん”」を
無償で提供します。

2013年5月から始まったこの取り組みは、当初
2014年3月末で終了する予定でした。
しかし、多くの利用者が鎌倉を訪れたことで、
2015年3月末までに延長、
そして2016年にも同じく再延長されました。

本年、2017年もやはり4月1日以降、延長との
お知らせがありました。
三度に渡る延長からも、台湾から多くの観光客が
来られているのが分かります。

前述のポスターの文面は、日本人からすれば
「受けた恩に対しての感謝」を述べているに
過ぎません。

しかし、その感謝に対して更に感謝を返してくれる。
…これは素敵な連鎖と言えるのではないでしょうか。

もともと台湾と日本との間には、
(政治的な反対意見はありましたが)一定の理解は
形成されていました。

国家間の友情や信頼関係は、このように
民間レベルから更に育っていく、そういう事例に
なりそうな江ノ電の取り組みです。
・・・   

C0591

   

あるジュースの会社の社長さんがいました。
1965年の冬のある日のこと。

全線開通したばかりの名神高速道路を移動していた
彼は、近くにあった養老サービスエリアに立ち寄ります。
そこで彼はレストランに立ち寄り、コーヒーを頼みました。
冷えた体に沁みる一杯のホット・コーヒーでした。

リラックスしながら、そこで彼が目にしたのは、寒空の下、
冷たいジュースを飲んでいる長距離トラックの
ドライバーたちでした。

つい彼はいつものくせで、
ドライバーたちの飲んでるジュースの銘柄を
気にしていました。
自分の会社の商品が売れてるかどうか、
それは商売人なら誰しも気になるところです。

しかし、この社長さん、はっと気づき胸に手を当てました。

自分が気にしなければいけないのは、
ジュースなのか?それとも人間なのか?

忙しいドライバーには、自分のようにゆっくりと、
喫茶店で温かいコーヒーを飲んでる時間などない。

彼は、日本経済を支える縁の下の力持ち、
長距離トラックの運転手さんたちが、温かいコーヒーも
飲めない状況を、何とかしてあげたいと思いました。

そこでひらめいたのが、・・・

その社長さんの名前は谷田利景さん。
ポッカコーポレーションの創業者です。

谷田さんがひらめいたのは、
冷やすことも温めることもできる自動販売機でした。
その中にコーヒーを入れれば、夏はアイス、冬はホットと、
1年中おいしい缶コーヒーを提供できると考えたのです。

それはドライバーたちが喜ぶだけでなく、彼自身が
望んでいた新たな主力商品のアイデアでもありました。

今でこそ、私たちは、当たり前に
夏・冬兼用の自動販売機を利用していますが、
それは当時の飲料業界にとっても歴史的な出来事
だったのでした。

紆余曲折を経て、1973年11月、ついに
冷温式自動販売機の第一号が設置されました。

その場所は、トラックドライバーたちが冷たいジュースを
飲んでいた、あの名神高速道路の
養老サービスエリアでした。

温かいコーヒーは、温かい気持ちがきっかけでした。
そしてその温かさを忘れないよう、
原点の地に第一号機の設置がなされたのでした。

   

C0441


アップル・コンピュータの創業者の一人。
2011年に、56歳の若さで亡くなったスティーブ・ジョブズの
お話しです。

彼が、2005年にスタンフォード大学の卒業生を前に
行ったスピーチは、「伝説の」という冠がつくほどの
素晴らしいメッセージでした。

またその文章は、事前に緻密な推敲が為されており、
適切で高品位な英文で構成されているため、
日本の英語学習者へのテキストとして推奨されることも
多いようです。

Macが生まれたきっかけともなるエピソードです。

「大学の卒業式に出席するのは、これが初めてです。
なぜなら、私は大学を中退したからです」
それがスピーチの出だしでした。

学生たちの笑いを誘います。
続いて生い立ちの話です。

スティーブ・ジョブズが生まれたとき、母親はまだ若く
未婚の学生であったため、彼は養子縁組に
出されることになりました。

母親は養子に出す条件として、
彼に大学を卒業させることを強く望んでいました。

しかし、彼を引き取ることになったのは、
大学を出ていない労働者階級の夫婦でした。

母親は不安になり、一度は養子縁組のサインを断ります。
しかし、夫婦は彼を大学行かせることを強く約束したため、
最後には、母親もこの縁組を認めることにしました。

17年後、彼は約束通り大学に進学します。

しかし、彼の育ての親にとって、大学の学費は
膨大なもので、こつこつ貯めていたお金は
すべて消えてしまいました。

それなのに、彼は大学に半年も通うと、そこで
学ぶことに何の価値も見出せなくなってしまいます。
自分のやりたいことも分からず、
そのために大学が何の役に立つのかも分からない。

しかも、それで両親の貯蓄はすべてなくなって
しまったのです。「私は親が必死で稼いだ金を
垂れ流すだけだったのです」と語っています。

ここでジョブズは、大学を中退することを
決断しました。
スピーチの中でこう言っています。

「その時はとても怖かったのですが、今考えれば
最良の選択でした」
なぜ、大学を中退するのが最良の選択だったのか、
その後のジョブズの行動を知ると、
ああさすがに事を為す人は違うなと思います。

最良の選択だった理由は・・・

大学の中退手続きをとったジョブズは、しかしながら、
すぐには大学へ通うのをやめませんでした。

中退を決めたことで、興味のない必修科目をとる
必要がなくなった彼は、自分が興味をひく科目に
潜り込むことができたのです。

その間、18カ月の間、ジョブズは本当の意味で、
勉強にまい進できたようです。
興味あること、好きなことをやる限り、多少の
辛いことは我慢できます。

ジョブズには寮がなかったので、友達の部屋に
居候を決めて、その床で寝る生活でした。

空のコーラ瓶をお店に帰して5セントもらい、それを
食費の足しにしたりしました。
日曜日にはヒンズー教会の夕食を食べるために、
11キロも歩いたりしました。
「最高の食事でした」とジョブズは語っています。

18カ月の間、この大学で彼が興味を持ったものは、
後に非常に価値あるものになりました。

ひとつの例が「カリグラフィ(英文書体)」というものです。
当時のこの大学には、国内最高のカリグラフィの
授業がありました。
彼はここで、素晴らしい書体を作り上げるための
技術を身につけます。

そして、その10年後、彼の経験により得た技術は、
Macのフォント技術に取り込まれ、
コンピュータの世界を大きく進歩させるに至ったのです。

「大学に失望し、失意にある時、中退を決意しなければ、
またキャンパス内でカリグラフィの授業に巡り会って
いなければ、Macの中心技術は世に出なかっただろうし、
あるいはMacそのものが世に出る可能性も
極めて低かった」

ジョブズはそのように語り、今やってることが
いつか価値あるものへと繋がる、そのために、
辛くとも今やってることを信じようと学生に訴えました。
・・・

Author :ゆるゆる倶楽部
http://yuru2club.com/wp/



歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…



Zingarella





こうして、こうすりゃ、こうなるものと、 知りつつ、
  こうして、こうなった




Photo




P R :

「隙間産業」

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2017年4月22日 (土)

妄想劇場・チャンネルニュース・掲示板

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幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない


11111


片山さつき議員までも参戦する騒ぎに発展した。
さてこの騒動、いったい何がどうなっているのか。


シングルマザーの家庭で母親の仕事がアルバイトであり、
パソコンが買えず、希望する専門学校への進学が
費用負担が大きいためにあきらめたこと、などが
報道されました。  


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これに対して、放送に自宅にあるアニメグッズなどの
趣味の品々が映ったり、放送後にツイッターによって、
高校生自身が昼食1000円のランチを食べたり、
好きな映画を観ていたりしていたことが判明し、

「あれでは貧困とは呼べない。
貧困のふりをしているだけだ」
「好きな昼食や映画を楽しんでいるから、
支援の必要はない」などのバッシングが、
ネットやツイッターなどのSNSにあふれました。

ここには第一に、相対的貧困への無理解が
あらわれています。
報道に対して「貧困ではない」というバッシングは、
貧困とは収入が全くなかったり、食べるものや
住むところがなかったりなどの窮乏状態を
意味するという認識に基づいています。

こうした窮乏状態のことを絶対的貧困と呼びます。  
この絶対的貧困を認識し、解決していくことは
大切な課題ですが、これだけでは先進諸国の
貧困を問い直すことはできません。

この絶対的貧困に対して、その社会での標準的な
生活ができない状態のことを相対的貧困と呼びます。
日本を含む先進諸国は、この相対的貧困を
貧困の指標としています。

日本の「相対的貧困率」は、16.1%と公表されています
(厚労省「国民生活基礎調査」)。
日本社会では現在、約6人に1人が貧困状態にあります。
シングルペアレント(母子・父子家庭)の貧困率は54.6%と、
非常に高い比率になっています。

相対的貧困とは、仕事はあるものの非正規で低賃金で
あるために希望している結婚や出産ができなかったり、
普段食べることはできても学費が払えないために
大学や専門学校への進学をあきらめるなどのことを
指します。

一見、普通の生活をしているように見えても、
その社会での標準的な生活ができていなければ、
貧困であると見なすのです。  

2015年度の大学・短大進学率は56・5%、
専門学校進学率は22・4%ですから、合わせて
高校卒業後に78・9%が進学しています。

アルバイトで働くシングルマザーの子どもで、
同世代の約8割が可能となっている進学を
あきらめなければならないのは、相対的貧困に
当てはまる可能性が極めて高いといえるでしょう。  

また、集団への同調圧力が一人ひとりに過剰に
かかっているのが、日本社会の特徴です。
経済的に貧しい人々にとってそれは、無理をしてでも
「中流」生活に自己を適合させる行動様式を
生み出します。

スマホ所有や趣味、消費行動などを周囲に
合わせなければ、自分が排除される危険性が
あるからです。

「中流」への同調圧力が強ければ強いほど、
相対的貧困は見えにくくなります。  
この相対的貧困について、「一億総中流」幻想も
災いして日本社会の認識は極めて不十分であり、
貧困問題への誤解を生み出しています。
相対的貧困は一見分かりにくいものですから、
それを捉える側に客観的な事実認識と
豊かな想像力が必要です。

貧困報道バッシングの多くは客観的な事実認識と
想像力を欠いており、相対的貧困への無理解を
露呈したものでした。

当事者である高校生へのバッシングは卑劣な
個人攻撃であり、重大な人権侵害です。  
第二に、新自由主義政策によって社会に蔓延する
自己責任論と中間層の解体です。

1980年代に始まり、1990年代以降に浸透した
新自由主義は、人々の思考や行動様式、
メンタリティに大きな影響を与えました。

新自由主義グローバリズムと雇用の規制緩和によって、
派遣、契約、パート、アルバイトなど非正規雇用の
比率が高まり、不安定な仕事が急増しました。

正規雇用労働者でもブラック企業や長時間労働に
苦しんでいる人が多数います。
高校生や大学生も、「学生であることを尊重しない
アルバイト」であるブラックバイトに苦しんでいます。

雇用の安定性が大きく奪われたのが、現代日本の
特徴です。人々の生活を支えてきた日本型雇用が
解体することによって、多くの人々は「自分の身は自分で
守らなければならない」と考え、その感覚を強固に
内面化するようになりました。  

そもそも日本社会において新自由主義が浸透したのは、
それまでの高度経済成長の歴史が影響しています。
「頑張れば何とかなる」という努力主義と成功体験が、
新自由主義を支える自己責任論へと引き継がれる
ことになりました。  

しかし、高度経済成長期の努力主義は頑張ることで
「それまで以上の豊かな生活」が期待できたのに対して、
現在は「頑張らなければ生き残れない」状況へと
悪化しています。


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貧困層の増加と同時に、中間層の解体が急速に
進んでいます。
中間層から振り落とされそうになっている人々の生活は、
貧困層に同情したり、共感する余裕を失いつつあります。
「生き残り」のための自己責任論を強く内面化している人々が、
他者の貧困の苦しみに同情し、共感することは
容易ではないでしょう。そして、自己や他者の貧困を、
自らが声を上げたり、社会に働きかけることによって
解決しようと考えることは、さらに困難であるに
違いありません。  

貧困高校生報道への多くのバッシングには、
「貧困に陥るのはその個人や家族に責任がある」
という自己責任論の考え方と、貧困の是正を
社会に訴えることへの「いらだち」があらわれているように
思います。

このいらだちが貧困高校生報道に向けられました。
自己責任論に依拠するバッシングは、
相対的貧困に苦しむ高校生からの訴えを封じ、
貧困報道を委縮させる危険性があります。  

求められているのは相対的貧困への理解を深め、
貧困層の増加と中間層の解体を同時に阻止する
社会保障の枠組みを提示することです。

高度経済成長時代に人々の一定の生活保障の
役割を果たしていた、終身雇用と年功序列型賃金を
特徴とする日本型雇用がここまで解体した以上、
それは必要不可欠な課題です。  

過度な自助努力を強制する新自由主義政策を転換し、
所得の再分配政策と社会保障の枠組みを
提示することが重要です。それがなければ、

人々はますます自己責任論へと向かうでしょう。
自己責任論が蔓延し、自助努力がこれまで以上に
求められれば、貧困層の増加と中間層の解体・縮小は
さらに進みます。

それらが進めば民主主義は危機に陥り、経済や社会が
衰退することになります。  
今回の貧困高校生報道バッシングから私たちが
学ぶべきことは、相対的貧困を認識してその解決を
目指していくこと、そして自己責任論の罠に
陥らないことだと思います。・・・

Author : 大内裕和(中京大学教授)

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B



歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…


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黒の復活 (黒のコーティング)

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2017年4月21日 (金)

妄想劇場・歴史への訪問

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昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー


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むかしむかし、芝居(しばい)がさかんな
村がありました。
少しでも時間があると、大人も子どももみんな
芝居の練習をしています。

ある年の事、この村で一番芝居の上手な権十
(ごんじゅう)おじいさんが、ポックリと死んで
しまいました。
おじいさんはあの世へつながる暗い道
を一人ぼっちでトボトボと歩いていると、
むこうから金ぴかの服を着たえんま大王が
のっしのっしとやって来ました。

「こら、そこの亡者(もうじゃ→死んだ人)」
「へえ」
「へえではない。返事は『はい』ともうせ。
それに何じゃ、お前のすわりようは」
「へえ。その、腰がぬけましたので」
「ふん、だらしない。・・・

ところでお前、確かしゃば(→人間の住む世界)では、
芝居をやっておったそうだな」
「へえ、よくご存じで。しかしわたしのは
芝居ともうしても、にわか芝(→しろうとの芝居)でして」
「そうか。そのにわか芝居とやらでかまわんから、
ここでやってみせろ」

「あの、えんまさまは、芝居がお好きでございますか?」
「いや、見た事がない。しかし、しゃばの者は
芝居を見て楽しんでおると聞く。
そこで、芝居をしておったお前が来ると聞いて、
わざわざここまで来たのじゃ。
さあ、芝居とはどのようなものか、やってみい」

「へえ、やってみいとおっしゃいましても、
わしはこの通りの亡者でして、衣装も何もございません」
「衣装がなくては、芝居が出来ぬのか?」
「へえ、出来ませぬ。

もし、あなたさまが衣装を貸してくだされば、
地獄(じごく)の芝居をやってごらんにいれますが」
そこでえんま大王は、自分の衣装をぬいで
貸してやりました。

こうして、えんま大王がおじいさんの衣装を着て
亡者となり、おじいさんがえんま大王の衣装を着て
えんま大王になりました。

「では、芝居をはじめろ」
「へえ。さっそく、はじめましょう」
おじいさんはすっかり元気になって、すっくと
立ちあがりました。
「まずは、えんまのおどりでござい」

おじいさんがえんま大王の服を着ておどっていると、
そこへ赤鬼と青鬼がやって来ました。
「もし、えんま大王さま」
鬼たちはおじいさんの前に両手をついて、
ペコペコ頭を下げました。

「えんま大王さま。そろそろ、お戻りくだされ」
「ただいま亡者どもが団体でまいりまして、
地獄は大忙しでござります」

その時、亡者の衣装を着たえんま大王が、
あわてて言いました。
「このたわけめ! えんま大王は、このおれだぞ」
すると赤鬼と青鬼が、えんま大王を
にらみつけました。

「こらっ! 亡者のくせに何をぬかす。
お前は、はよう地獄へまいれ」
「いや、だから、おれがえんまだ。
おれが、本物の大王だ」
「無礼者!」

赤鬼は持っていた金棒で本物のえんま大王を
バシッバシッと打ちのめして、地獄へ
引きずって行きました。

「さあ、えんま大王さま、お急ぎください」
こうしてえんま大王の服を着た権十おじいさんは
青鬼に連れて行かれ、そのまま本当の
えんま大王になったという事です。・・・

おしまい


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むかしむかし、ある北国の川に、
太助(たすけ)とよばれる大きなサケが
住んでいました。

毎年、冬が近づくと、太助がたくさんのサケを
道案内して、川上の卵を産む場所へ
サケたちを連れて行くのでした。

「おお、今年もたくさんのサケが来たな」
「間違っても、大助だけはアミにかけるでないぞ」
「そうそう、毎年たくさんのサケが来るのは、
太助のおかげだからな」

漁師たちはそう言って、道案内の大助が
通り過ぎてからサケをとりはじめるのです。
太助は、とても大事にされていました。

ところがこの川の近くにサケ好きの長者
(ちょうじゃ)がいて、以前からサケの太助を
食べたいと思っていたのです。

ある日の事、この長者が、長者の家で
働いている大勢の人たちに言いました。
「サケの大助を、食ってみたい。
そこでみなの衆、大きなアミを作れ。
よいか、川幅いっぱいの大アミを作るのじゃ」

「えっ、あの太助をとるのですか?」
「そうじゃ。さあ、はやくアミを作れ」
「・・・・・・」
長者の言いつけなので、みんなは仕方なく
長い長い大アミを作りました。

さていよいよ、大アミが出来上がった
晩の事です。長者が眠っていると、
まくらもとに白いひげの仙人(せんにん)のような
おじいさんが現れました。

「これ、長者よ。明日の朝、大助がサケを連れて
川をのぼる。サケは、いくらでもとるがよい。
ただし大助だけは、アミにかけないでくれ。
たのんだぞ」
そう言い残して、おじいさんは消えました。

次の朝、長者は夜が明けないうちから、
家の者をたたき起こして川に行きました。
やがて海から波をたてて、数え切れないほど
たくさんのサケがのぼってきました。

サケのむれの一番先頭には、特別大きい
大助の姿が見えます。
それを見た長者は、大声でさけびました。
「それ、今だ! アミをはれ! 
大助を逃がすなでないぞ!」

川幅いっぱいに大アミがはられて、たくさんの
サケがアミにひっかかりました。
サケのうろこが朝日をあびて、キラキラと
輝いています。
今日は、今までにない大漁でした。

でもその中に、大助の姿はありませんでした。
「太助はどうした?! 太助を探し出すんじゃ!」
大声を上げる長者の前に、昨日のおじいさんが
姿を現しました。

おじいさんは長者に、悲しそうな顔で頼みました。
「長者よ、大助をとってしまったら、たくさんの
サケたちの道案内がなくなってしまう。
道案内がなくなれば、サケたちは川を
のぼる事が出来ん。どうか太助を、
見逃してやってくれ」

しかし長者は、首を横に振っておじいさんを
怒鳴りつけました。
「いやじゃ! わしは太助を食うんじゃ! 
ほかのサケがどうなろうが、わしは知らん!」

するとおじいさんの姿がスーッと消えて、
気がつくと長者の足下に特別大きなサケが
一匹、横たわっていました。
そのサケこそが、太助です。

「やったぞ! ついに太助を手入れたぞ」
長者は手をたたいて喜びましたが、
その日から長者は不運続きで、
やがてひどい貧乏になってしまいました。

そして次の年から、この川にはサケが
一匹も来なくなったそうです。・・・

おしまい


鬼が餅つきゃ、閻魔が捏ねる、そばで
  地蔵が食べたがる


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素顔






P R : 

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黒の復活
(黒のコーティング)

G011

2017年4月20日 (木)

妄想劇場・漢の韓信-(169) 悪意の絆…

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昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
 明日という日はミステリー


メジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、
 良いかな・・・

アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい


Kansin


漢の韓信-(169) 悪意の絆…

「伺おう」そう言ったものの、謀殺される危険性を
感じなかったわけではない。
陳豨は、殺される寸前に二人の間の秘事を
明かしたかもしれなかった。

そう考えると、韓信は自分の死が徐々に
近づきつつあることを運命として受け入れざるを
得なかった。

明日の昼過ぎには自分はこの世に存在しない
かもしれない。そんな風に殺される瞬間のことを
考えると、確かに恐ろしかった。

しかし一方で、その後は現世の苦しみから
解放されることになる、と思うと、気分が楽になる。
死に対する恐怖も「喉もと過ぎれば」という具合の
ものだろう、とも思えた。

恐怖は感じるが、それは彼が想像していたより、
たいしたものではなかった。
殺されるまでは生き続けようと考えていた
韓信であったが、最近では以前より生に対する
執着もなくなってきている。

以前の自分は、よく口にしたものだ。
「死んで出来ることは、何もない」と。確かにそれは
間違いではない。
しかし、今の自分にはもうひとつ、確信を持って
言えることがある。それは、生きていても
出来ることはほとんどない、ということだ。

気・力ともに充実しているときは、個人の
実力こそが、天下を動かす原動力になる、と
考えたものであった。
しかし、結局天下を得たのは自分より実力の劣る
劉邦であった。

思いがけないこの現実に力が抜けた。
これが仮に項羽であったら、自分は即座に対抗
しようとしたに違いない。

実力者が、実力者に挑むのは当然のことだからだ。
では、私は何を思って劉邦に味方したのだ。
結局味方をしたのだから、劉邦が天下をとったのは
当然のことだ。それとも私は、皇帝の座を
狙っていたとでもいうのか。
いや、そういうわけではない。

私が望んだのは…自分の知勇をもって戦乱の世に
けりをつけることであって、結果的に誰が皇帝に
なろうと知ったことではない。
しかし、一連の戦乱が終わればすべて終わり、
というわけではなく、私にもその後の人生があるのだ。

考えてみれば当然のことではないか。
我ながら、なんと浅き知恵……
なんのことはない。天下を動かすのは、
運だけであった。これこそが、真理よ……。
劉邦は運を味方に付けて、私を利用することに
成功したのだ。

韓信の心の中に一種の諦念が浮かぶように
なったのは、いつ頃からのことだろう。
「私は、出来ることなら将になりたい。
将になって天下を動かすのだ」
少年時代、自分は栽荘先生に向かって、
そんなことを言ったものだ。

ああ、先生……。私は間違っておりました。
私は何にもなるべきではなかった。
将どころか、王となっても天下を正しく導くことは
出来なかった。

市中にはびこるクズのような輩を一掃したいと
思っていたのに! 男女を問わず、老若を問わず
先生、どうして私を正しき道に導いて
くださらなかったのですか。

私は、学者にでもなればよかった。
口下手な私ではありますが、世の中に対して
思うところは多々あるのです。
それを一巻の書物にでもすれば……。
かえすがえす、お恨み申し上げます!

しかし、少なくとも自分は、世に名を残すことになった。
それは悪名であるかもしれないが、
自分のような経験ができる者は少ないのでは
ないだろうか。

韓信はそう考えもしたが、すぐにそれを否定した。
馬鹿な! 自分の人生が満足できるものだった、
とでもいうのか。よい経験をしたと? 
私の一生は素晴らしかったと? 
そんなことはないさ! 

私が死に追いやったのは、悪人ばかりではない。
敵として死んだ者の中には、数多くの善男善女が
いたに違いないのだ。それを知りながら
殺さねばならない人生の、どこが素晴らしいのか!

その酬いとして私は蘭や酈生を失うことになった…
それで十分だと思っていたのだが…
どうやら私の罪は限りなく深く、私自身が死ななければ
償うことができないほどらしい。

そう思いながら、目を閉じた。眠ったのではない。
人生の中での数少ない良い思い出を
反芻しようとしたのである。

少年時代の眛。常に私の前に立ち、先に行動した。
年は変わらないというのに、彼はいつも兄貴分を気取り、
私を見下した態度をとった。

当時は癪に障ったりもしたが、今となっては
可愛いものよ。
彼は幼き頃から、私を恐れていたのだ。
だから健気にも虚勢を張り……。

カムジン。ほとんど口をきかないお前と、
心が通じたように感じたのはなぜだろう。
あるいは私はお前を動物のように扱って
しまったのかもしれぬ。
主人の命令に忠実に従う猟犬のように。

もしくは戦うためだけに生まれてきた
軍鶏のように。
いずれにしろ私は、物言わぬお前が人と
同じ心を持つことに思い至らなかった。
もっと早く気付いてやれれば……。

酈生、あなたはよくわからない老人だった。
温和な表情。礼儀に満ちた所作。
それでも若い頃のあなたは荒くれ者だったと
聞いている。
いったい、人はそんなにも変われるものなのか。
もしそうだとしたら、やはり荀子の説は
正しいと言わねばなるまい。

善が悪に変わるのは一瞬のことだが、
悪が善に変わるのにはとてつもない努力が要る。
酈生、あなたはそれを見事やってのけた。
できることなら、私も……どうせ死ぬのであれば、
あなたのように美しく死にたいものだ。

だが、私はひたすら人を殺し、最後には
謀反を犯した。
結局、最初から最後まで悪だ。善人となって
死んだあなたのような最期は、私には
とうてい無理だ。・・・

つづく

Author :紀之沢直樹 (野沢直樹)
http://kinozawanaosi.com
http://mypage.syosetu.com/273441/


愚人は過去を、賢人は現在を、
  狂人は未来を語る




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マラグーナサロロサ - ロベルトポリスアノ

マラゲーニャ(スペイン) のマラガ地方に
起こった舞踊および舞曲。
三拍子でギター伴奏を伴う。


P R : 

G・ブラックコート ”見てね”

黒の復活(黒のコーティング)

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2017年4月19日 (水)

妄想劇場・一考編・ニュースの深層

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『ニュースの深層』

過去に起きていることから浮かび上がってくる
真実もある。・・・

テレビ・新聞が報じない「地面師詐欺」〜
ついに明かされた驚きの手口
12億円の被害はこうして生まれた


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役割分担された犯行

都心のビルや土地を所有するニセの地主を仕立て上げ、
売買を仕組んで買い主から億単位の代金を騙し取る
地面師詐欺は、捜査員たちのあいだで「ニンベン」
とも呼ばれる。

「偽」の字の部首から取られた符牒だ。
1月25日、不動産業者の耳目を集めた地面師事件の
裁判の判決が、東京地裁であった。
午後1時30分、証言台に立った被告人は内田マイク
(63歳)という。

身長180cmほどの長身で、がっしりした体軀の
被告人は、丸坊主に近い白髪交じりの短髪に
黒縁メガネをかけ、黒いジャケットに赤いチェックの
シャツ。一見すると、ラグビーの監督のようないでたちだ。

その正体はかつて「池袋グループ」と呼ばれた
集団を率い、いまや日本の地面師の頂点に立つと
評判の大物詐欺師である。

「地面師詐欺は地価が高騰してきた東京でここ数年、
頻繁に起きているが、摘発できているのは氷山の一角。
その地面師がらみの多くの事件で、マイクは
何らかの足跡を残していると言われています。

例の新橋5丁目で資産家が白骨死体で発見された
変死事件でも、その名が取り沙汰されています」
(警察の捜査関係者)

内田が警視庁捜査2課に逮捕されたのは一昨年のことだ。
容疑は他人の土地の所有権を無断で移し、
嘘の登記申請をした電磁的公正証書原本不実記録・
同供用など。

もう一人の名うての地面師、八重森和夫
(逮捕時67歳)のほか、計9人が一斉逮捕された。
内田らはニセ地主を使って東京都杉並区浜田山の
駐車場を横浜市内の不動産業者に売りつけて
2億5000万円をまんまと詐取。
典型的な成り済まし地面師詐欺である。

逮捕から1年2ヵ月、検察側の懲役8年という
論告求刑に対し、今回下された判決は、
「懲役7年」。内田がまぎれもなく犯行の主犯格だと
認定している。

地面師詐欺における常套手段でもあるが、
犯行は役割分担され、何段階にも分かれた
複雑な経過をたどっている。

事件を振り返りながら、詐欺集団の組織と
犯行のシステムを解剖する。
役割分担された犯行の第一段階は、狙い目の
土地を物色し、地主の情報をかき集めることだ。
内田たちが浜田山の駐車場に目を付けたのは、
'11年5月半ばのこと。

論告公判では情報をもたらしたのが、大賀義隆
(逮捕時63歳)とされる。
内田を知る不動産コンサルタントが明かす。
「内田には女房のやっている浜松町の会社のほか、
いくつか事務所があるが、そのうちの一つでは、

パソコンで不動産登記を片っ端からあげ、
自動車で現場を視察する部隊が常駐していました。
そうして成り済ましやすい資産家の物件の
情報を常に抱えているのでしょう」

温泉街で仲間を調達

その情報をもとにニセ地主役を仕立てなければならない。
浜田山の事件で、そこに抜擢されたのが、
渡邊政志(逮捕時72歳)である。

地面師グループは事件ごとにそれぞれの役割を担う
詐欺師たちが離合集散を繰り返すが、
犯行が成功するかどうか、カギを握るのが、
成り済まし役だといっても過言ではない。

内田らが選んだ渡邊は検察の取り調べに対し、
次のように供述している。
「('11年)6月初めごろ、(共犯で逮捕された)
高橋国幹からニセ地主役をするよう指示されました。
そこで会ったのが、内田です」

成り済まし役には、本物の地主と年恰好の似た人物を
仕立て上げるが、取引現場に立ち会う必要があるので、
それらしく振る舞う演技力も欠かせない。

どのようにして探し出してくるのか。 「簡単にいえば、
グループの中に手配師がいるわけですよ。
それが今度の場合は高橋ですが、後ろに
大掛かりな手配師のネットワークがあります」 と、
先の不動産コンサルタントが話した。

「東京で仕事をする手配師の元締めは、千葉と
神奈川にいるとされます。
彼らは温泉街に人脈があり、そこから成り済まし役を
調達するパターンが多い。

千葉の手配師は、北関東の栃木や群馬の温泉地から、
神奈川は箱根や熱海などに強みがある。
抜擢されるのは温泉地のコンパニオン派遣会社に
登録をしている芸者崩れの中年女性なんかが多い。

男女とも過去はそこそこのいい暮らしをしていて、
何らかの事情で身を隠して清掃の仕事や風呂番
なんかをしている。

地方にはそういう足がつきにくい訳アリを束ねている
やくざもいて、手配師にはそのネットワークが
あるんです」

渡邊を逮捕した際、警視庁が把握していた住居は、
埼玉県のアパートだった。念のため、
そこを訪ねてみたが、住んでいた気配もなく、
単に住民票を置いていただけのようだった。
足がつかないよう、住民票だけを移すことぐらいは
朝飯前なのだろう。

身元が容易にわからない人物であること、犯罪歴の
ないことなどは成り済まし犯の絶対条件だという。
今度の事件で、渡邊は成り済まし役になった理由として
「単なる報酬目当てだった」と本音を吐露している。

億単位を騙し取る地面師詐欺で重要な役回りを
果たす成り済まし役としての報酬相場は
200万~300万円。
彼らにとってはいい小遣い稼ぎになる。

つまり成り済まし役は、曰くつきの詐欺師や
事件師ではなく素人だ。
したがって地面師グループが採用する際には必ず
面接をする。そのポイントはどこか。

「一つは、しゃべりがうまいこと。それと記憶力が
いいことでしょうか。
そこを見極め、使いものになる、と判断すれば
雇うのです」

先のコンサルタントは悪びれずそう説明した。
面接では、取引に備えた予行演習もするとか。
「実際に事務所で取引を想定して目の前に座らせ、
内田マイクたちが『これから本人確認をさせて
いただきます』と司法書士役をしながら、
あるいは実際にお抱えの司法書士に質問させる。

『身分を証明できるものを提示してください』と指示し、
あらかじめ用意した偽造の免許証なり、パスポートなり、
高齢者手帳なりを出す。
『何年何月生まれですか』『本籍はどこですか』
『ご兄弟は』『生まれ年の干支は』などと
矢継ぎ早に尋ね、淀みなく答えさせるんです」



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成り済まし役の選抜には気を遣う。
そのため面接は、たいてい主犯格がおこなうのだという。
今度の事件だと内田であり、八重森だ。
実際、成り済まし役の渡邊は、検事の取り調べに対し、
こう供述している。

「内田の面接を受けたあと、(手配師の)高橋から
地主役の面接に合格したと告げられました。
その後、神田の喫茶店で別の人物と会うよう
指示されたのですが、運転免許証用の写真を
持参するよう言われました」 渡

邊はもう一人のリーダーである八重森から
面接を受けたときの模様を以下のように供述している。
「喫茶店で八重森に会った際、運転免許証の
顔写真を見せると、背の景色などに問題があるといわれ、
(6月)9日に写真の撮り直しを指示されました。

教わった写真店で撮り直した写真を渡し、
それから真の土地所有者であるAのところに
下見に行った。
その帰りに、八重森から1万円をもらいました」
ちなみにこの1万円は成り済まし報酬そのものではなく、
交通費程度なのだろう。

地面師事件は、成り済ましを捕まえなければ、
捜査当局が立件しづらい。
仮に逮捕しても口を割らなければ、捜査は難航する。
そのため、渡邊がしゃべらないように気を
遣っていたのかもしれない。

ところが、用意周到に犯行を計画したはずの
内田たちにとって、ある誤算も生じた。
渡邊が一連の事件に加わった間、
日常の出来事を日記につけていたのである。

犯行直前の'11年6月30日の日記帳には、
次のような記載があったという。
〈八重森から(本当の地主A)名義で、自分の
顔写真が表示された運転免許証、印鑑、
偽造の印鑑登録証明書などを受け取った〉

内田や八重森たちにとっては、日記が彼らとの
関係性を立証する物証として、命取りになったといえる。
「取引に臨む際、(渡邊たち関係者は)
指にマニキュアを塗っていた……」
内田の論告求刑で、検事はそう述べていたが、
それについて、地面師と付き合いのある
不動産ブローカーはこう説明してくれた。


111

不動産取引をするのにまさか手袋するわけには
いかない。それで、両手の5本の指の腹すべてに
透明のマニキュアを塗っておく。

ただ、逆に警察はまったく指紋のついていない不動産の
書類を見ると、地面師事件を疑いますけどね」
地面師事件では、偽造した免許証や偽造パスポートを
使って成り済まし役を仕立て、その次に仲間内の
ブローカーと不動産売買をした格好を装う。

そこからカモにする買い手を見つけ、土地や建物を
転売する形をとる。
今度のケースでも内田マイクは、仲間の福田尚人が
社長になっている「ジェイ・パートナーズ」なる
コンサルタント会社にくだんの駐車場を売却した
体裁をとり、と同時に横浜市内の不動産業者に
話を持ち掛けた。

福田も逮捕され、すでに1審判決で懲役5年の
実刑判決が下っている。

白骨死体になった資産家

なぜ、そんな面倒な手続きを踏むのか。
ある都内の中堅不動産業者が解説してくれた。
「この取引は表向き、間に入った福田に手数料や
転売の利益を落とさせることを装っているが、
実際の目的はそこではありません。

福田のジェイ社とニセの地主との土地の売買契約書を
作成する。それをもとに買い手に信用させる。
それともう一つ、あいだに一枚かませて、ばれたとき
関係者を逃がすことによって事件をうやむやにする」

福田尚人は、昨年の本誌記事で紹介した渋谷区
富ヶ谷のマンション用地の売買にからんだ
地面師事件にも登場した人物だ。

被害に遭った不動産業者が窓口の弁護士事務所に
6億5000万円の土地代を振り込み、
そのうち1億円が弁護士事務所から福田のところへ
渡っている。

地面師グループはITバブルが起きた'90年代末から
'00年代初めにかけ、横行したことがある。
当時、5グループとされた派閥のうち、内田は
池袋グループと呼ばれる集団を率いていた。
今は3大グループが存在し、なかでも内田派は
他を圧倒しているという。

昨年10月、身寄りのない資産家の女性が自宅の
すぐそばで白骨死体となって発見された
新橋の土地取引は、すでに偽造パスポートによる
成り済まし詐欺だと判明しているが、
取引に参加したある不動産業者はこう指摘する。

「もともと、この一帯を地上げしようとしてうまく
いかなかったとき、内田が話に加わってきた、
と聞きました。

土地はその後、転売が繰り返され、最終的に
NTT都市開発が購入しているが、
NTT側は12億円も支払っている。

しかしこれは、相続人がいない土地なので
本来なら、国の所有となるはず。
12億円が戻ってくるとも思えないし、
NTT側はどのように処理するのでしょうか」

12億円の被害に遭ったこの新橋事件をはじめ、
既報した6億5000万円を騙し取られた富ヶ谷事件。
取材でつかんだ主な地面師の被害をざっと挙げると、

世田谷区中町の5億円、中野区中野弥生町では
6億7000万円、墨田区東向島の1億7000万円……、と
数え切れないほどの詐欺が横行している。

文字通り神出鬼没。地面師たちは都心や
高級住宅地を蹂躙している。
犯行グループは暴力団組織のように固定
されているわけではなく、物件ごとに離合集散を
繰り返すから余計に把握しづらいが、警視庁は
大忙しだ。
立件寸前で闇に葬り去られた未解決事件もある。
・・・


Author :現代ビジネス森功(もり・いさお)
http://gendai.ismedia.jp/


B27


歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…



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2017年4月18日 (火)

妄想劇場・特別編 (知られざる深層)

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昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリ


「「40歳を過ぎて女に芽生えた…」
私が見たセックスレス夫婦の現実」


セックスレス社会は全然ヤバくない
「仕事で疲れた」「夫とは面倒だから」。
いま日本の夫婦やカップルの間でセックスレスが
蔓延しているという。

ある調査によれば、その数は全体の半数にも上り、
少子化や人口減少の一因になっていると
指摘する声も少なくなくない。
でも、本当にそうなのか? 
日本人と性、セックスレス社会の未来?。

日本家族計画協会の調査によると、2016年の
夫婦におけるセックスレスの割合は47・2%に及ぶという。
12年前の調査では31・9%だったのだから、
いかにセックスレスが多くなっているかが分かる。

 

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仕事で疲れ切った男と面倒だと思っている女の間で、
セックスという行為が起こらないのは当然だろう。

では独身者はどうなのだろう。
2015年の統計では、34歳の男性で3割、
女性で4割が「セックス未体験」という結果もある。
つまり、独身者も「していない」のである。

「セックスレス」という言葉は1991年、
精神科医の阿部輝夫さんが順天堂大学に
勤務していたころに、セックスしない夫婦が
増加していることに着目、
「結婚して同居しているにもかかわらず、
身体疾患や特別な事情がないケースをセックスレス」
という定義を試みたところから始まっている。

その後、94年に日本性科学会によって、
「特別な事情が認められないにもかかわらず、
カップルの合意した性交あるいはセクシャルコンタクトが
1カ月以上なく、その後も長期にわたることが
予想された場合」をセックスレスと定義された。  

こうやって「定義」づけされた言葉ができると、
そこにあてはまる人たちは一気に増える。
それまで自覚していなかったため、
表面化してくるのである。

当時はセックスレスというと、「夫に女として
みられていない妻」というイメージが強かった。
つまり、セックスを拒むのは男だという認識が
強かったのだ。だが、その後この言葉が浸透してくると、
実際は「妻が夫を拒んでいるケース」も多々あることが
分かってきた。  

夫婦ともにセックスしたくないなら、何の問題もない。
だが、どちらか一方が「したい」と思っている場合、
そしてセックスしたいのに満たされないために
夫婦仲が悪くなっていく場合こそが問題なのである。

以前、セックスレスの既婚女性たちに話を聞いて
まとめたことがある。
当初は、セックスレスになっている夫をなんとか
その気にさせようとしたが結局ダメで、
最終的には「我慢し続けている」女性が多いのでは
ないかと予想したのだが、実際に取材を重ねてみると、
女性たちは「我慢し続けたりはしない」という
意外な傾向が顕著だったのである。  

そのうちの一人、ケイコさん(45歳)のケースを
みてみよう。
彼女は結婚して18年、下の子が生まれてから
13年ほどセックスレスだ。  
「子どもが小さいうちは手がかかってセックスしたい
なんて思わなかったけど、40歳を過ぎてパートで
もう一度働き始めて、なんとなく気持ちが変わって
いったんです」  

ママ友以外の女性たちとの会話も増え、
夫以外の社会で働く男性たちとも接するようになった。
なにより自分自身に目が向いた。  

「ヘンな言い方ですが、『女』としての自分がもう一度
芽生えたというか…」  そんなとき職場の同僚である
男性と急接近した。

男女が同じ空間にいるところでは恋愛感情は
生まれてしまうものである。
久しぶりに男性を好きになる気持ちがわき起こり、
自分では止めようがなかったという。  

「その時点では10年ほどセックスレスでしたから、
いざセックスとなったときは怖かった。
彼にそう言ったら、すごく優しくしてくれて…。
挿入された瞬間、『ああ、私、まだ女として大丈夫
だったんだ』とうれしくて泣けてきました。

セックスレスであることを大したことじゃないと
自分に言い聞かせてきたのかもしれない。
実はしたかったんだと、そのとき初めて思ったんです」  

ケイコさんのような女性は案外多い。
セックスレスによって自分の気持ちが満たされて
いないことに、セックスをしてみて初めて気づくのだ。
本当は「したい」と思っていたことに。

つまり、女性たちは自分の性欲を認識して
いないことが少なくないのだろう。・・・

一方で、30歳になろうとする男性から「来月、
4年間付き合った彼女と結婚するのだが、
ここ3年くらい彼女とはセックスレス」という話を
聞いたことがある。

思わず、それで結婚して大丈夫なのかと問うと、
彼は平然と「子作りセックスはしますよ」と言った。  
家庭を一緒に作ると決めた女性に対しては、
男は急速に性的魅力を感じなくなっていくのだろうか。

子作りセックスはしても、快感を得るための、
あるいはコミュニケーションとしてのセックスは
しなくていいと思うのだろうか。  

長年連れ添った夫婦がそういう心境になるならともかく、
これから結婚しようという人がすでに
「子作りセックス」と「快楽セックス」を分けていることに
愕然(がくぜん)とした。


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さらにその一方で、今の50代、60代の男性たちは
「恋をしたい」「ステキなセックスをしたい」と真顔で
言ったりする。

置き忘れてきた恋愛感情や、お互いに相手への
温かい気持ちをもって抱き合うことへの憧れが
あるように思える。

だが、妻はそれには応えてくれない。
今さら誘うにも照れがあってできない。  
セックスレス社会がヤバイとは思わない。
「セックスレス=少子化」ととらえられがちだが、
そもそも子どもを産むか産まないかは個人の
生き方における選択肢の一つだ。

したくない人はしなければいいし、
したい人はすればいい。  
ただ、繰り返しになるが、カップルとして考えたとき、
片方がしたくて片方がしたくないのが一番の
問題なのである。

その場合は、やはり正面切って話し合うしかないのだろう。  
「うちも話し合ったんですよね。
私がしたくて夫がしたくないと言うから、
しないなら外でしてきていいかと尋ねたんです。
そうしたら、それはイヤだ、マスターベーションで
我慢してほしい、と。それは通らない。

私がしたいのはセックスであってマスターベーション
ではないと、はっきり言いました」  
そう話してくれたのは、40歳になったばかりの
エリコさん。

ちょうど元カレと再会したばかり。このままだと
セックスの関係になりそうなのだという。  
「もちろん夫には内緒にしますが、
おそらく今度、元カレと会ったらしちゃうと思います」  
エリコさんはそう言った。

男たちは女性の性欲を甘く見過ぎているのでは
ないだろうか。
女はセックスしなくても平気なのだと思いすぎては
いないだろうか。  

妻に「セックスしたくないから、外でしてきて」と
言われた夫もいるのだが、彼は風俗が苦手。
本気で恋愛したら家庭を壊すのが目に見えているので、
まだ高校生と中学生がいる身では自重しなければ
ならないとつぶやいていた。  

セックスレス社会はヤバくなくても、セックスレスカップルは
ヤバイのだ。・・・


B21


ところが最近、不思議なことをあちこちで聞くようになった。
妻が不倫をした場合、結果論ではあるが、
家庭がうまくいくというのだ。

たまたま夫とはセックスレス、夫はする気がない。
だが妻はしたいと思っていた。
そんなとき妻が外で恋に落ちた。
妻は夫に悪いとは思っていないが、どこかに
若干の後ろめたさはある。

相手の男性も既婚者だから、いろいろ話すうちに
男の気持ちも少しはわかるようになる。
夫に対して寛容になるのだ。

妻に優しくされた夫もまた、妻を違う目で
見る瞬間が生まれていく。  
結婚記念日に妻をデートに誘ってみた。
久しぶりに外で待ち合わせ、一緒に予約した
レストランへ。

どこかぎこちなかったが、妻とのデートも悪くないと
夫は思う。そしてそんなことを計画してくれた夫に、
妻も温かい気持ちになる。・・・

別の男に「女」として認められていることが、
彼女にとって自信となり、夫に対しても
余裕をもって接することができるのだろう。
こんなケースがこのごろ多々あるのだ。

今どきの妻たちは家庭を壊す気はなく、
恋と家庭を両立できてしまう。
女性は浮気はできないといわれていたが、
それは男たちの希望的観測だったのかもしれない。

誰にもバレずに婚外恋愛ができるのは
女性の方である。    
セックスしたくない人はしなければいいとは思うが、
相手がいる場合、なぜしたくないのかを
自問自答してみる必要はあるかもしれない。

相手が望むことなら、たとえ多少面倒であっても
疲れていても、寄り添ってみてもいいのではないか。
特に夫婦の場合、この先も長く一緒にいる
関係なのだから。
・・・

Author :亀山早苗(フリーライター)
http://ironna.jp/article/6249


こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
  知りつつ、 こうして、こうなった



A111


歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…



「悲しみを拾つて」

      




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2017年4月17日 (月)

妄想劇場・番外編・「蜜月の逆説」

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なぜ、美人はいつもつまらない男と
  結婚するんだろう?
賢い男は美人と結婚しないからさ。・・・



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Bitter Moon 〜蜜月の逆説〜 

次の日。瑤子は初めて、会社で倒れた。
当直の看護師に「貧血らしい」と言われ、
医務室で休んでいると直近の上司が尋ねてきた。
「気分は、どう?」10歳年上の女性チーフは、
優しく声をかけてきた。

枕に頭を埋めたまま動けない瑤子は、そのままの
姿勢で「すみません、ご心配おかけして。」と謝った。
「そんなこと、気にしないで。それよりこの間の
健康診断で『要精検』だったわね。
結果、どうだったの?」

瑤子が健康診断でひっかかったことは、上司である
彼女だけが知っている。
誰にも話せない重荷を、思わず口にして
しまいそうだった。
だが、そんなことをしてどうなるだろう?
優しい上司には正志を紹介済みである。
瑤子が話せば、上司は正志に真実を話して
しまうだろう。瑤子は結局、嘘をつくしかない。

「少し通院は必要みたいですけど、大したこと
なかったです。」
「そう?こんなふうに倒れるなんて、大したこと
ないとは思えないけど。」
「・・・今日は、たまたまです。」
「フィアンセに連絡して、迎えに来てもらいましょうか?
もうすぐ退社時間だし。」

「そんな!大丈夫です。」
「でも、まだ起き上がれないんでしょう?」
「タクシーを呼んで帰りますから。
彼に、心配かけたくないんです。
知らせないで下さい。」
「そう?じゃあ、タクシーぐらいは私に呼ばせて頂戴。
30分後でいいかしら?」
「はい。ありがとうございます。」

上司が出て行くと、瑤子は深い溜息をついた。
寿退社することにしておいて、良かった。
こんな身体では、そうそう長くは働けない。
遅かれ早かれ退社せねばならなかった。
そうなったとき、正志に何と理由を説明すればいいか。
そう思うと、退社を決断しておいて良かった。

結局、正志とは結婚式をあげるしかないところに
来ている。(仕方ないよね。正志が悪いんだもん。
私の気も知らないで、全然考えなしで怒るし、
私のことを便利な女だから結婚するなんて言うし。
・・・私は全然悪くないもん。)

そんなことを考えるたび、自分が惨めで、泣けてくる。
見上げた夜空に浮かぶ月が日ごとに欠けていくのに
比例するように、瑤子の心は日増しに衰弱していった。

式まであと二週間。本当なら、一番幸せで、
期待に満ちた時間だったのかもしれない。
だが、瑤子はいつでも泣けるほどに涙を溜めて
前を向かねばならない。限界だった。

瑤子は、正志に電話をかけた。
言っておかねばならない。黙っていても、
いつかばれることだ。そしてその時、
別れは来るのだ。

結婚するかしないかは正志に任せる。
今更の告白に正志が怒っても、それは当然のことだ。 
式場のキャンセル料も、違約金も払えるくらいの
貯金は持っている。
だから、今日こそ告げようと思う。
そして、ちゃんと口にしようと思う。

正志がどう思おうと、自分は結婚なんて、
正志以外に考えられなかったと。
正志が他の女性をこの先選んでも、
生涯、自分が結婚しようと思ったのは正志が
最初で最後だった、と。告白のセリフを何度も
シミュレーションし、緊張しながら正志に電話をかけた。

ちゃんと正志の仕事を考えて昼休みの後半に
さしかかったところで電話した。
『・・・瑤子、何?』あまり機嫌のいい声ではない。
しかし、怯んでいられない。
「今日、会えない?話があるの。」

『前もそう言って、結局言わなかったじゃないか。』
「今日は、そんなことしないから。」
『悪いけど、今日は絶対はずせない接待が入ってる。
わかってるだろ?今日の今日で会えるほど
俺が自由じゃないってこと。』
「・・・それはわかってる。でも、」

『どうせ2週間後には挙式で、それから先は一生一緒で、
嫌でもいつでも話ができる状態になるんだ。
それじゃ駄目なのか?』
正志は、瑤子が寂しさにかまけて恋人を誘い出して
いる程度にしか、思っていないのかもしれない。

「今のうちに、話しておきたいことなの。」
『何だよ。まさか、結婚やめたいなんて
言うんじゃないだろうな。』
気だるい溜息混じりに言う正志の声が、瑤子の誘いを
面倒に思っていることを示している。
「・・・わかった。もう、いい。」

『本当に、何だよ。じゃあ、今言えよ。
電話だっていいだろう?』
「それくらいなら、とっくに言ってるわよ。」
『俺にどうしろっていうんだよ。とにかく、今日は会えない。
明日も明後日も無理だ。週末は接待ゴルフ。
その次の日は貴重な休みだから、一人で休みたい、
その次の日は・・。』

「わかった、わかったわ。わかったわよ!
ごめんね、私が悪かった!」
瑤子は、正志の言葉を待たずに電話を切った。
そうだ。正志は物分りのいい無料で働く便利な女と
結婚するのだから、そんな女の言い分など
聞く気はないし、そんな面倒を背負う気もないのだ。

男にもてない人生を歩んできた瑤子など、
一度抱いてしまえば言いなりになる程度に
思っているに違いない。

瑤子の悲しみは、次第に怒りに変わっていった。
そして愛は、憎しみへと変貌を遂げていた。
もう、いい。このまま結婚する。
その後どうなろうと、先に死んでしまう瑤子には
どうでもいいことだ。瑤子という便利な女を失ったって、
半年も経てば正志には新しい便利な女が
容易く手に入るだろう。

妻に先立たれた端正な顔立ちの男を、
適齢期過ぎの女達が放っておくわけがない。
(もう、どうでもいい。私を死ぬまで使い倒して、
後悔するならすればいいし、喜ぶなら
それでいいし。・・・どうせ、私が死んだ
後のことよ。そうよ。)

下唇を噛み締めて睨み付けた先に
瑤子が見たもの・・・それは、行き止まりの
闇だった。 ・・・

つづく

Author :井浦美朗( イウラミオ)
http://mypage.syosetu.com/

性別: 女性; 血液型: AB型;


A71211


歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…



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